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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
ソルティ・キャット
3/80

 話に聞いていた通り客であるサーファーたちは皆、慣れた口調でマスターに声をかける。マスターの受け答えも、客に対してというより友達相手の口調だ。


 「君も同じ年くらいのお客にだったら、タメ口でいいんだよ」


 たしかにマスターは、かけるにもそう言っていた。


 「あれ? 新入り?」


 客の方も注文を取りに来た翔の姿を見て、テーブル席からこなれた口調で話しかけてくれる。


 「はい、今日からです」


 タメ口でと言われても、初対面の相手になかなかできるものではない。


 「二週間だけですけど」


 「へえ。じゃあ、ヨシキのピンチヒッターか。がんばってね」


 ヨシキとは、今休んでいるもう一人のバイトのようだ。


 「あいつ、沖縄でいい波が出てるらしいって聞いて、さっそく飛んでいったものな」


 もう一人が言う。ヨシキというのもサーファーらしい。


 そんな感じで、何人もが気さくに声をかけてくれる。

 マスターもどんどん話しかけて、彼らの会話に入り込んでいっていた。

 時々気遣ってなんとか翔を話の中に入れてくれようとするけれど、翔はもじもじするだけだ。

 サーフィンのことを全く知らない彼は、客たちのサーフィン用語が飛び交う会話にそうそう入れるものではない。

 自然と受け答えも事務的なものとなり、注文を聞いたりしか声を掛けられなかった。

 昼食時は多くのサーファーグループが押し寄せたので忙しくなり、会話をする余裕もなくなった。


 こうして、あっという間に一日が終わった。

 帰りは134号や、八幡宮を抜けて北鎌倉を通る県道21号すなわち鎌倉街道が特に混むという。だから稲村ケ崎駅入口の信号を左折し、江ノ電の線路に沿って極楽寺駅を過ぎてまた134号に合流し、若宮大路に入ってすぐに右折するようマスターがアドバイスをくれた。


 「そのあと葉山への県道311号を行って、名越なごえ切通きりとおしのトンネルが三つあるから、そのあとでスカ線の踏切越えて左折、あとは金沢街道をまっしぐら」


 「はい」


 「スカ線の踏切超える前の311号との分岐点は見落としがちだから直進しないように。それと朝比奈インターの手前は急カーブが連続するから気をつけてね」


 「了解です」


 店を後にした翔はバイクに取り付けてあるナビで教えられた道をもう一度確認し、言われたとおりに進んだ。

 金沢街道を朝比奈インターの近くを過ぎると笹下釜利谷道路、環状3号、そして国道16号で自宅まで帰れる。


 翔の自宅に着く少し手間にコンビニがあった。片側二車線の大通りから住宅街の細い道へ曲がる、信号のある交差点沿いのコンビニだ。

 駐車場はないが、翔はバイクから降りて押して歩道にあがった。コンビニの入り口のそばのダストボックスの脇に、自転車が二台停まっている。その隣に翔はスズキGSRを停めた。

 しばらく飲料のコーナーで飲み物を物色しているうち、スナック売り場のあたりに親しみのある顔を見かけた。

 もう自宅はすぐそばなのだから、知り合いがいても不思議ではない。


 「千恵ちえ


 翔の方から声をかけた。


 「あれ、翔。今日からバイトって言ってたよね」


 「うん、今帰ってきた」


 大学生の女の子だ。明るい色のボブカットで、Tシャツと短パンという普段着。しかもすっぴんだ。

 もっとも翔は、知恵のすっぴんの顔の方が見慣れている。


 「たしか湘南のカフェだったよね」


 「うん」


 「いいなあ、湘南。きれいな水着のお姉さんに見とれてちゃだめよ」


 「残念ながら、店の客はサーファーばかりだ」


 二人はコンビニの店内で立ち話する形になった。


 「でも、サーファーガールだっているでしょ。夏だからかわいい女の子もたくさん来てるんじゃない?」


 千恵はいたずらっぽく笑う。


 「せいぜい頑張った方がいいよ」


 「頑張るって何を頑張るんだよ?」


 翔も苦笑した。

 二人はそれぞれの買い物の支払いをレジで済ませ、一緒に外に出た。

 もう外は薄暗くなっていて少しは涼しくはなっていたけれどまだまだ暑く、今夜も熱帯夜になりそうだ。

 もう家も歩いてすぐなので翔はバイクには乗らず、そのまま押して大通りから細い道に入り、千恵と並んで歩いた。


 「もうすぐ亜佑美あゆみさん、結婚式だよな」


 「うん、家にいてもなんかそわそわしてる」


 「そうか」


 「でもお姉ちゃん職場結婚だし、ずっと付き合ってて婚約までしてたから、自然よねえ」


 「自然か。俺は自然に結婚なんてことになるのかなあ」


 「何言ってるのよ」


 千恵は歩きながら笑って、隣を歩く翔を見た。


 「翔、まだ二十歳じゃん。男の人って三十過ぎないと、結婚なんて考えられないんじゃない?」


 「まあ、なあ」


 真顔の次の瞬間、翔も笑った。


 「千恵は昔からそうして、容赦なく鋭い意見をぶつけて来る」


 「だって幼馴染じゃん。幼稚園から高校までずっと一緒だったし、兄妹みたいなものだしね」


 「ある意味、兄妹より近いかもな。俺、妹の由佳とはこんなまじな話できない」


 「そういえば由佳ちゃん、高校生になってめっちゃ可愛くなったね」


 そんな話をしながら、二人のそれぞれの家への分かれ道まで来た。入口の近くだけ壁に青いタイルが貼ってあるビジネスホテルのある丁字路の角だ。

 翔は直進、千恵は左に曲がる。


 「送ろうか?」


 「大丈夫」


 千恵は笑った。


 「まだ完全に暗くなってないし、もうすぐそこだから」


 「このトワイライトゾーンって時間が、一番危ないんだ」


 そのまま立ち止まる形となった。千恵は話を続ける。


 「誰かが言ってたけどね、大勢いる女の人の中でぱっと見回したら、特にきれいでなくても何か自分には輝いて見える人がいるって」


 「そんなことあるのかなあ?」


 「でも、そんな感じじゃない? いずれ結ばれる人って。知らないけど」


 「亜佑美さんもそう言ってた?」


 「お姉ちゃんの場合はよくわからないけど、よくプロポーズされる前から自分はこの人と結婚するんだって思うことがあるって聞くよね」


 「あるのかな? わかんね」


 「気になっている人とかいないの?」


 「いるよ、一応」


 「え、うそ。誰誰誰?」


 「同じバンドのメンバーだけど、気になってるって言ってもそれがどんな気持ちなのか自分でもわかんねえ」


 「向こうは?」


 「もっとわかんねえ」


 翔は笑った。そして片手をあげた。


 「じゃ」


 「バイト、がんばってね」


 千恵は自分の家の方へと細い道を曲がっていった。

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