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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
陽ざしの中で
14/80

 バスはまず高速道路の高架線沿いの国道1号を走り、すぐに左折してすずかけ通りを港の方へと向かう。そのあとはまた右折して、栄本町通りへと続くみなとみらい大通りを進んだ。

 途中、赤レンガ倉庫はこっちという標識が見えた。


 「赤レンガも行きたいな。今度は、赤レンガデートしましょう」


 バスの中で、陽子は翔にそんな話をしていた。

 翔の顔が少しほころんだ。陽子は完全に今度もある前提で話をしているし、その「デート」のひと言が翔の心に刺さった。

 そのあとバスは中華街の先で山下通りと合流、あとは横浜市主要地方道82号、すなわち本牧通りを進む。

 そして信号のあるかなり大きな交差点を左折したとき、翔が言った。


 「俺の家、この近く」


 「へえ、そうなんですね」


 陽子はそう言われて、あたりをきょろきょろ見回していた。

 

 「ここが俺のホームタウン、おいらの町にようこそ」


 また陽子はけらけら笑っていた。


 「次は和田山口わだやまぐち」というアナウンスに、翔は降車ボタンを押した。

 ここまで四十分くらいかかった。

 バスから降りたところは、落ち着いた感じの町の一角だった。

 片側二車線の道にはここだけ緑の中央分離帯があり、ずっと街路樹が続く。

 バス停の背後には一階にコンビニの入った六階建てくらいの商業ビルだが、この辺りは住宅街というのとも違うしオフィス街でもない。ショッピングエリアでもなさそうだけれど、ビルは結構ある。

 だがそれは無機質なビルというよりも白亜のマンションという感じで、数はそう多くはなかった。

 どことなく日本離れしたエキゾチック感さえある。


 バスの進行方向に四十メートルほど左側の歩道を歩くと、信号があった。その信号で、本牧通りを横断した。

 そのまま本牧通りを背にして離れ、高架の小さな道路の下の細い道を進む。この道にも街路樹が、本牧通りよりもむしろ密に続いている。

 行く手にはこんもりとした森が見える。

 

「この道、イスパニア通りっていうんだ」


歩きながら、翔が言った。陽子は周りを見回した。


「え、なんで?」


「さあ」


 翔は少し笑った。確かに右手に続く高架の柱もコンクリートの無機質なものではなく、白く塗装された柱と柱の間は天井がアーチ状になっていたりした。

 やがて車道は高架をくぐって右へとカーヴするが翔は陽子とともに車道を離れ、そのまま高架とともに直進した。

 そこからはタイルのはめ込まれた歩道となった。

 すぐに高架の道をくぐって右側に出たけれど左右が逆になっただけで、高架の道はそのままずっと隣に続いていた。

 道は全体に上り坂となり、木々の間へと入っていった。

 やがて公園の入り口という感じのところに来て、高架の道と同じ高さになって合流した。高架の上の道もただの歩道だった。


 「ここ、公園?」


 陽子が聞く。


 「うん。丘全体が公園になってて、結構見晴らしもいいんだよ」


 そのまま整備された公園の緑地の中の歩道を歩いた。ずっと上り坂で、たしかに丘の上に登っていっているという感じだ。


 「静か」


 陽子が言う通り、ほとんど人はいない。平日の昼間だし、かなり暑いということもあるかもしれない。

 ただ、蝉の声だけが聞こえてくる。

 ときどき広場にも出る。これまでの遊歩道と同じように、広場も地面は普通のアスファルトではなく一面にタイルがはめ込まれていた。

 だんだん見晴らしがよくなってきた。周りの植え込みも完全に人工の植樹で、自然の森ではないだけに景色がよく見える。

 白い壁のマンションが点在する町が、ずっと下の方に広がっていた。バスを降りてからまだ十分くらいしか歩いていないのに、もうここは異次元空間だった。

 たまに建物もあって、レストランだったりする。それを横目にさらに登ると芝生の広場もあったりで、やがて芝生に覆われた小さなまんじゅうを伏せたような小ぢんまりとした見晴らし台があった。細い道はその周りをらせん状に上る。

 見まわしてもこれ以上高い部分がないので、ここが丘のいちばん上のようだ。


 二人はその見晴らし台に上がった。土まんじゅうの上のやはり下にはタイルが敷き詰められた円形のスペースに、実際は金属だろうが木材を模した胸の高さくらいの茶色い手すりがついている。


 「あ、海」


 陽子が指さす方の遠くに、たしかに海が見えた。

 陽子が見慣れているはずの湘南の海のような自然の海岸ではなく、あくまで人造の港湾の海だ。だがよく晴れた空を反映しての青さは変わりない。

 

 「ここは相模湾じゃなく、東京湾だよ」


 翔がつぶやくように言った。


 「あの、港が見える丘公園ってあるじゃないですか」


 「うん」


 手すりに手をかけ、二人とも視線は海の方を向いたままだ。


 「あそこは昔から友だちとよく行ったんですよ。たしかに丘だし、雰囲気もいいし好きなんですけど」


 陽子は翔を見た。


 「港は見えないですよね。見えるのは大きい倉庫とか工場とかドックのクレーンとかばかりで。ベイブリッジは見えたけど」


 「そんなのができる前は確かに港が一望だったんだろうな」


 「でもここの方が静かで、景色もよくて、やっぱ穴場ですね。さすが地元」


 「小学校の遠足とかでもここ来たしね」


 翔の目はまた遠くを見つめた。そしてすぐに陽子の顔を見て言った。


 「穴場といえば実はもう一カ所、別の穴場があるんだ」


 「行きたいです」


 「でもそこ、バスで行くと途中で乗り換えだし、乗り換えるバスがほとんど本数ないんだ。また四十分くらいかかる」


 「じゃあ、だめですか?」


 「本数が割とある路線のバス停からだと、三十分くらい歩く」


 「車じゃないと行かれないようなところなんですね」


 「そうだね。でも俺、車は持っていない」


 翔は少し考えてから、陽子を見た。


 「俺のバイクで行こう」


 「バイクで? 二人乗り?」


 「バイクの場合はタンデムっていうんだけど、自転車と違って禁止されてはいない」


 「なんか怖い。乗ったことないです」


 「大丈夫。そんなにスピード出さないから」


 「バイクは?」


 「俺の家。ここから歩いて十五分くらい」


 「でもさっきバスで、この近くがおうちだって言ってからまだ遠かったような」


 「バスは遠回りするからね。歩いて行くなら近道がある」


 翔は笑った。陽子も微笑んだ。承諾の笑顔だった。

 二人は来た道を少し戻ってから、すぐに分かれ道を別の方向に歩きだした。

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