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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
陽ざしの中で
12/80

 五人は国道16号を少し桜木町の駅の方へぞろぞろと歩き、お寺の所の最初の角を右折した。

 いつも練習の後は、一緒に昼食をとってから解散となる。

 桜木町駅の反対側の方がいくらでもレストランがあるのだが、国道16号と並行する一本向こうの大通り脇がスタジオの専用駐車場で、善幸よしゆきはそこに車を停めている。その関係でいつもこちらの方へ来るのだ。

 その片道二車線の市道高島関内通りは、ほかに新横浜通りとか桜川新道とかいろいろな通称を持っている。

 その大通りを信号のある横断歩道で渡って直進すると、すぐに小学校に行きあたって道は丁字路になる。その音楽通りと呼ばれている道をコンビニで左に折れ、少し行ったところにあるビルに挟まれ、小ぢんまりとした二階建てのイタリアンバル・レストランがある。

 バルとはレストランとバーが一体化したものだが、ランチタイムはほとんどレストランだ。外観は喫茶店と変わらない。

 スタジオから歩いて一分ちょっとだ。

 

 テーブル席のある二階で食事をする間も、善幸と愛美めみの様子はこれまでのバンド仲間という感じと全く変わりはなかった。二人がつきあい始めたことは、やはり駿と健太にはまだ秘密になっているようだ。

 あまりにも普通すぎるので、翔さえその事実を忘れそうになった。

 食事の後、桜川新道まで戻った五人は、ここで解散となる。

 善幸は左の方の駐車場へ行く。駿や健太は右へ行って、市営地下鉄ブルーラインで帰る。翔と愛美も地下鉄の乗り場のある地下道を一緒に降りて、地下鉄に降りるエスカレーターの所で健太たちと別れ、さらに進んでエスカレーターを昇る。こちらの歩道では16号を歩行者が渡れる横断歩道がないからだ。


 エスカレーターの上で駅に入り、愛美は左側のJRの改札へ、翔は直進して駅を抜けバスターミナルでバスに乗る。



 別れ際となる改札の前で、翔は立ち止まった。



 「なあ、愛美、お茶でも飲んで行かないか」



 「いいよ」



 愛美は笑ってすぐに応じた。


 駅の反対側に、アメリカを拠点とする巨大チェーンであるコーヒー店があった。高架の駅の下だが、外側から入る形になる。横に細長い店だった。

 入口以外の壁もすべて全面ガラスウインドウなので、中の様子がよくわかる。そこそこ人は入っていたけれど、平日なので割と空席はあった。

 入口の自動ドアを入って、二人は窓際の二人用テーブル席を取った。

 それから愛美を待たせて翔はカウンターに行き、自分とすでに聞いていた愛美のドリンクを注文し、その場で受け取って支払いを済ませた。

 翔はカフェモカのアイスのトール、愛美はコールドブリューコーヒーだった。

 二つのカップをトレイにのせて席に持ってきた翔は、ウエイター口調で愛美に言った。


 「お待たせしました。コールドブリューコーヒーのお客様は?」


 愛美は笑いながら小さく手を挙げた。


 「まだバイトの癖が抜けないの?」


 翔も笑って、自分がとった席に座った。ガラスウインドウの外はすぐ近くに空中を散歩するゴンドラの乗り場があり、その向こうに観覧車も見えた。

 カフェモカをストローで一口すすってから、翔は椅子の脇に置いてあったリュックの外ポケットから手のひらに入るような小さな紙袋を取り出した。


 「はい、湘南のおみやげ」

 

 「うそ」


 愛美は嬉しそうにそれを受け取ると、中を開けた。小さな貝のブローチだった。


 「これ、渡そうと思ってお茶に誘ったんだ」 

 

 「わ、ありがとう」


 愛美はそれを眺めながら、すぐに自分のバッグからも何かを取り出した。


 「じゃあ、私からも。お返しっていうかこの間のお詫びもかねて」


 やはり同じような大きさの紙袋だ。


 「サンキュー」


 あけてみると鳩サブレーをそのまま小さくした形のキーホルダーだった。


 「これ、おもしれえ」


 「でしょ」


 「お詫びなんて……なあ。だってあの時、愛美、めっちゃ泣いてたっていうじゃないか」


 「うん」


 「それなのにあんな陰険な感じでLINEして、俺の方こそごめん」


 「いいの。私が悪いんだから」


 「もう、その話はよそう」


 翔がまたアイスモカのストローを吸うので、愛美もコールドコーヒーをストローで吸った。


 「あの時は、いろいろ鎌倉、見て回ったんだな」


 「うん」


 「どうだった?」


 「暑かった。外国人ばかりだった」


 「いいなあ。俺なんか二週間毎日通ってて、全く観光なんかしてないんだ」


 翔は口調を変えた。


 「ところで」


 「ん?」


 「おめでとう」


 「何が?」


 「ゼンコーと」


 「やだ。知ってたの?」


 「この間ゼンコーを問い詰めて白状させた」


 愛美は目を落として、照れたように笑った。


 「なあんだ。私、ゼンコーさんからは翔さんにもほかのバンドのメンバーにもまだ言うなって言われてたのに」


 「俺だけはしっかり聞いたよ。駿とクロベ―はまだ知らない」


 クロベ―とはドラムの健太のことだ。苗字が黒岩だからそう呼ばれている。

 愛美は視線を落としたまま、ふふと笑った。


 「なんとなく、そんなことになっちゃった」


 「めでたいことだ」


 「バンドの仲間でっていうのは、会社だったら社内恋愛みたいなものでしょ」


 「そんな、大げさじゃあない。プロのバンドだって、メンバー同士の男女で結婚するなんてよくある」


 「そっか」


 愛美の瞳が一瞬輝いた。


 「去年の夏ごろ、実は私、いちばん落ち込んでた」


 「愛美でも落ち込むことあるの?」


 「あるよ。いつもあほばかりやってるけどね」


 ひとしきり笑ってから、愛美はまた目を伏せた。


 「そんなころひょんなことでゼンコーさんと知り合って。バンドに誘われて。とても楽しかった」


 たしかに愛美は、善幸がある日突然連れてきたのだった。


 「あれから約一年。まさか今ゼンコーさんと付き合うことになるなんて思ってもいなかった。ただのバンド仲間としか思ってなかったし、これは一つの事件よ」


 「運命だな。いや、縁かな?」


 「なんかのCMみたい」


 愛美は笑った。

 翔も笑いながら言った。


 「実は俺からも報告があるんだ」


 何気に翔は視線を愛美からずらしていた。


 「俺、今度の水曜日にデート」


 「え? 彼女できたの?」


 愛美は興味津々という感じで身を乗り出している。


 「この間のバイトで知り合ったんだ。で、今度の水曜日にバイトの時以来は初めて会う。それで彼女になるかどうか決まると思う」


 「やったじゃん。がんばって」


 愛美はとにかくうれしそうだ。


 「応援するから」


 「ああ」


 それだけを翔は言った。

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