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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
陽ざしの中で
11/80

 八月になった。

 かけるは愛用のエレキギター、エピフォンのレスポール100を背中に58系統のバスで、終点の桜木町駅で降りた。

 ランドマークタワーを横目にゴンドラのケーブルの下をくぐり、その乗り場の脇を抜けて駅前広場を歩いて駅の方へと向かう。

 歩きながら、途中で何度か汗をぬぐった。

 夏の陽ざしは今日も容赦ない。殺人的な暑さだ、早く日陰に入りたかったので、彼は歩を早めた。


 背中のギターがずしりと重い。このギターがあるから、今日はバイクで来るわけにはいかない。


 巨大な商業施設のコレットマーレの入り口の前をスルーして、桜木町駅の北改札東口から通路に入り、改札口を左に見てそのまま反対側の西口へと出た。

 また容赦なく陽ざしが彼を襲う。

 すぐにJRと並行して走っている国道16号に出るが、彼はJRの高架がちょうど日除けを作っている歩道を北へと二百メートルほど歩いた。

 そこに信号があって、やっと国道を横断できる。

 信号が青になるのを待って横断すると、今度は国道の反対側の歩道をUターンする形でもと来た方へと歩いた。

 しばらく行くと右側に、九階建てくらいのビルがあった。

 振り向くとJRの高架の向こうにはコレットマーレの白亜の建物がどっしりと鎮座し、その影になって巨大な観覧車はここからは見えない。ランドマークタワーがかろうじてその頭をのぞかせている。

 入口の左に地下に降りる階段があり、「Studio LAYLA 」の白い文字が入った青い看板が階段の上にある。翔はその階段を下りて行った。

 階段のいちばん下には、中の受付の側面が見える窓がある。その右のガラス窓があるドア引くと、一気に涼しい空気がぶつかってくる。緑と黄土色のギンガムチェックのフロアが、涼しい中にも温かさを感じさせた。

 左手が受付カウンターだ。その前のロビーはそう広くもなく、四つのスタジオとトイレのドア、そしてエレベーターに囲まれている。入り口の右手にはさらに、ミキシングルームのドアもあった。

 その狭いロビーには丸い簡易折りたたみテーブルがあり、赤い背もたれのプラスチック椅子がそれを囲んでいた。

 壁にはCDや資料が積んでる棚もあって、その背後の壁にはいろいろなポスターやお知らせのチラシなどが多数、乱雑に貼られている。

 簡単な書棚もあった。

 

 カウンターにいた若い茶髪の女性は、翔の姿を見てにっこりと笑った。


 「ああ、寺島さん。もう皆さん来てますよ」


 顔なじみなのだ。


 「そうですか。どうも」


 翔も愛想ばかりの笑顔を見せて軽く会釈し、いつものスタジオに入った。

 いつものスタジオとは、ちょうど受付の正面に緑のドアがある一番小さなスタジオだ。

 ドアを押して入ると、たしかにもう翔が所属するバンド「象の鼻」のメンバーは全員そろってすでにスタンバイしていた。


 「おはよう」


 少しおどけた様子で翔は言った。


 「おう」


 「久しぶりだな」


 ベースのチューニングをしていた鈴木駿(しゅん)は、翔に少しだけ笑顔を見せた。


 「俺のバイトのせいで、二週間も練習に穴あけちまってわりいな」


 「俺が頼んだバイトだから」


 善幸よしゆきが相変わらずの天然パーマで、やはり笑顔を作る。

 その近くで愛美めみがキーボードの調整をしながら、特に何も言わずに翔に笑顔だけを見せた。愛美はボーカルだからマイクさえ準備すればいいのだけれど、曲によっては善幸がギターボーカルを担当する場合もあって、その時は愛美はキーボードにまわる。

 ドラムセットの椅子にはすでにクロベ―こと細身の黒岩健太が座り、肩慣らしのスティックを振るっていた。


 「すぐ準備する」


 翔は背中からギターのソフトケースを下ろし、赤っぽいぼかしのレスポール100を出した。


 「暑かったろう。汗が引いてからでもいいぜ」


 ドラムセットの向こうから健太が言う。


 「たしかに、朝から暑いよな」


 翔はそう言ってからリュックからペットボトルの飲料を出して、のどを潤した。

 

 「朝っていったって、もう十時だぜ」


 駿が突っ込む。翔が笑う。


 「バイトで毎日早起きで、やっと寝坊できるかと思ったら、練習はまた午前中なんだな」


 「午前中は時間当たりの使用料が安いから、俺たち貧乏学生は節約のためにどうしても午前になるんだよ」


 そんな分かり切ったことを、健太が説明する。

 その間にも翔はギターをアンプにつなぎ、スピーカーから音を出しながらチューニングをした。アンプやドラムセット、キーボードはスタジオの備え付けで無料で使える。

 このスタジオは四つあるスタジオの中で一番小さく、五人でちょうどくらいだ。ただ、天井が高い。


 「準備OK?」


 善幸が翔に聞いた。翔はうなずいた。


 「ああ」


 「じゃあ、一回合わせるか。まずは “眩しすぎる海に溶けこんで” から」


 善幸がギターボーカルの曲だ。

 健太がスティックを鳴らす。まずは愛美のピアノ音色に設定したキーボードの独奏から始まり、8小節の短いイントロのあと重厚にギターの音が入ってボーカルが始まる。ドラムは軽いリズム程度だ。

 全体的に静かな曲調だけれど、バラードよりはテンポがある。

 善幸の作詞作曲だ。


  ♪岬をまわってこのまま加速していけば

   バイクの振動うなりをあげていく

 

   それは僕らの愛の鼓動と同じように

   高まる心も so exciting to the sun

  

     青すぎる海とひとつになれる

     そのときに真実ほんとうの姿 空に飛んでいく

     高く高く

    

    砂浜沿いの国道の潮風

    それは遠い記憶と混ざり合って

    あの日と同じ明るい世界の中

    何ひとつ変わらないそんな景色に

    僕は溶け込む

     ……………………………………………………

     ………………………………………………

     

 ほかに愛美がボーカルの曲も含めて数曲、三時間にわたって練習した。

 後片付あとかたづけをして、善幸がカウンターでこの日の分の使用料を支払った。午前中は千円なので一人二百円ずつすでに出し合っている。

 消費税の百円は毎回持ち回りで、この日は善幸が出す番だった。

 続いて次回の練習日の予約を取る。八月はちらほらと×がついているくらいで、特に午前中の小さなスタジオはほかの予約が入っている日はなかった。

 もうライブまで二週間を切っているけれど、とりあえず三日後にまた予約を入れた。 


 表へ出た。一気に真夏の猛暑が五人を襲った。

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