02:騎士になる決意
十五歳になるわたしが、まだ十歳になったばかりのアルデート様に好意を抱くなど、決してあってはならないこと。
しかもわたしは平民、アルデート様は伯爵家の御令息なのでございます。どう考えたってもう一度会うことなど叶わない。叶わないのでございます。
なのに、伯爵邸から帰っても、わたしはアルデート様のことがどうしても忘れられませんでした。
わたしは彼の心優しさに、惚れ込んでしまったのでございます。あんなに心が清らかな方は今まで目にしたことがなかったのでございます。
昼も夜も、ずっとあの方のことだけを考えてしまっておりました。父様には叱られ、母様には心配されてしまう始末です。
……もちろん、わたしがどれだけ愚かな考えを持っているのか、わかってはおりました。
しかしわたしはあの方のおそばにいたいのです。メイドでも奴隷になったっていい。あの方にしっかりお礼がしたい。わたしの身でもって、尽くしたい。
いつしかそんなことを思うようになっていたのでございます。
そこでわたしが思いついたのが、騎士になるということでございました。
うちは平民であり、騎士の家系などでは決してございません。けれども、父はそこそこ腕の立つ騎士ですから、もしかするとわたしにもできるのではないか。
今までただの町娘としてしか生きてこなかったわたしには険しすぎる茨の道であることを、この時のわたしはまだ理解できていませんでした。
ですから幼い憧れのままに、父様に懇願したのです。
「わたしを騎士にしてくだまし」と。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日から父様の厳しい訓練が開始されました。
本気で騎士になりたいなら本気を見せてみろと、そうおっしゃったのでございます。そしてわたしはそれに頷きました。
父様から貸していただいた木刀を握り、ただひたすら振り続けることから始まりました。
決して剣を交えるようなことはせず、己の心を殺すかのように、朝から晩まで剣を振るのでございます。
しかしわたしは、たったの一刻すらそれができず、くたばってしまいました。
「と、父様……。無理でございますっ」
「わかった。ではお前の心はそんなものだというのだな?」
言われて、わたしは唇を噛み締めました。
これは全て彼の方との再会のためでございます。このまま町娘であることに妥協したとすればその機は一生訪れないでありましょう。
ですからわたしは――。
「まだ、やります」
木刀を片手に立ったのでございました。
女が騎士になることなど、無論のこと今までになかったことでございます。
女は力が弱いでございますから、剣を手にすることすらままならないのでございましょう。しかしその点、わたしは一つだけ優れたところがありました。
身長が、異様に高いということでございます。
わたしは町一番ののっぽで、どんな男性にも負けないような背を誇っていたのです。
今まではだからと言って何か利になるどころか、「おとこ女」などと侮辱され、ただ不快になるだけでございました。
しかしこれが剣を振るにあたって、非常に便利でした。
毎日毎日、女子にしては太い腕で、必死に木刀の素振りを続けたのでございます。
当初「すぐに飽きるだろう」と思っていらしたのか、父様は非常に驚いておいででございました。なおもわたしは屈しず、いつまでもいつまでも振り続け、やがて、逞しい筋肉を手に入れたのです。
「父様。見てくださいまし、この腕を」
「……。ニニ、お前の努力とその肉には感心した。だが、女が騎士を目指すことなど」
今更になって、父様がそんなことを言い出されました。
しかし、
「わたしはなんとしても騎士になって見せてご覧に入れます。いいえ、なりたいのでございます」
断固として膝を折ることだけは致しませんでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
木刀の模擬戦で父様を打ち負かしたのは、十六の頃でございました。
父様の木刀を折った瞬間、わたしは心から歓喜しておりました。わたしが、父に勝ることができたのだ、と。
この噂は近隣の町に一気に広がっていきました。
仮にも騎士である父を負かしたのですから当然でございますね。
父様は、わたしを騎士団に紹介してくださるとおっしゃいました。
さすがに驚いたのでしょう。しかもそれがまぐれの負けなどではなく、わたしは初勝利から五度も父様を超えたのでございますから。
まもなく騎士様がリヒト家へやって参りました。
そして話を聞くなり、わたしを騎士団の元へ連れて行くことに決められたのでございます。
わたしは嬉しくて仕方がありませんでした。
「父様、母様。今までたいへんお世話になりました。わたし、必ず騎士様になる所存でございます」
「……気をつけて」
「行ってらっしゃい」
両親はわたしを止めるような愚かなことは致しませんでした。
そうしてわたしは、騎士団本部へと向かったのでございます。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アルデート様。
わたしが騎士になることができれば、きっときっとあなたをお支えいたします。
わたしは川でお助けいただいたあの日あの時、あなたに運命を感じてしまったのでございます。もう一度お会いできるだけでもわたしは構いません。ですから――。
わたしのことを、どうかまだ覚えていてくださいまし。