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01:少女の憧れ

 わたしがあの人と出会ったのは、まだ十五歳で、やぼったい町娘であった頃でございます。


 わたしはその日、川へ水汲みへ来ておりました。

 しかしうっかり足を滑らせ、川へ落ちてしまったのでございます。


 流されながら「わたしは死ぬのだな」などと、まるで他人事のように考えておりまして、死への恐怖感などは全然なかったのでございます。

 ……体がどんどん冷たくなり、意識が遠くなっていった頃に聞こえたあの声。あれをわたしは一生忘れないでございましょう。


「だ、大丈夫か君!」


 慌てた様子で、一人の少年が川へ飛び込んで来たのでございます。

 それはわたしより五つは歳下だろうと思われる、まだ幼い少年でありました。


 霞む視界で彼の姿を認識したわたしは、その時、ハッと息を呑んだのでございます。

 それは、その少年があまりに美しかったからです。


 輝かしい銀髪に、澄み切った菫色の瞳。

 わたしはそれに魅入られてしまったのでございました。


 彼はまもなくわたしの腕を掴むと、グィと握りしめました。

 わたしより随分小さいのに逞しい掌。それが頼もしく、わたしは、ただひたすらにそれを握り返していたのでありました。


「ごぼっ、ふごっ。い、今なんとかするからな!」


「…………」


 川底が煌めいて、何かが現れたように見えました。

 その時、わたしの意識はプツリと途絶えてしまったのでございます。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ここは……」


 次にわたしが意識を取り戻した場所、そこは我が家のベッドでございました。

 ベッドと言ってもお貴族様が使うようなものではなく、貧素な木材でできたものです。うちはごくごく普通の平民よりは富んでおりますが、そこまで裕福というわけでもございません。


 ……と、この時になってわたしは大事なことを思い出しました。

 意識を失う前、自分が川へ落ちて溺れたこと。そしてそれを、わたしより遥かに小さい少年によって救われたことでございます。


「あ、あの方は、一体」


 わたしは慌てて、自室を飛び出しました。


 後で両親に話を聞いたところによりますと、わたしはどうやらあの後、少年によって川から救い出されたようでございました。

 そしてそのまま、親切にもわたしの家まで送ってくださったようです。どうやってわたしの家がわかったのかといえば、家紋があったからでございました。


 なんとお優しい方なのでございましょう。わたしは感涙してしまったのでした。


「それで、その方は何処に?」


「礼はいらないと言って帰っていった。一体、あの子は何だったのやら」


 わたしはそれを聞いて、驚いてしまいました。

 わたしの命を救ってくださったというのに、お礼を受け取ることすらなく帰って行かれたのでございます。それはなんと、謙虚なことなのか。

 しかしわたしはそれでは気が済みませんでした。直接、あの少年にもう一度会ってお礼が言いたい。そう思ったのです。


「彼の方は綺麗な銀髪でした。銀髪の方などこの国では珍しゅうございます。父様、お心当たりはございませんか?」


「わからんな。明日、騎士団の者に聞いてくるとする」


「ありがとうございます、父様」


 わたしの父様はこのスピダパム王国の騎士団に所属しています。

 とはいえ平民上がりでございますから、下っ端も下っ端。どこまで調べられるかは怪しいものの、多少有力な情報が得られるかも知れません。

 わたしは静かに頷き、その場を辞したのでございました。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 わたしを助けてくださったあの少年。

 彼の名はアルデート・ビューマンというらしいとのことでございました。


 しかし困った事態になりました。

 だってアルデート様は、伯爵家の令息だったのでございますから。


「ビューマン伯爵家の御令息……。これは早急にお礼をしなければなるまい」


 そうして、我が家――リヒト家は総出でビューマン伯爵家へ赴くことになったのでございます。

 まさかわたしは彼がお貴族様だとは夢にも思わず、驚きしかございませんでした。


 いざ足を運んでみますと、伯爵邸の方々は、こんな平民騎士の家だというのに快く通してくださいました。

 そしてわたしたちの持参した金品を断られるのでございます。


「息子がした行いは、貴族として当然の行為だ。そこまで恐縮するほどのことではない」と伯爵様はおっしゃいますし、夫人も同じお考えのようでございました。

 そして肝心要、アルデート様は――。


「君を見た時、咄嗟に『助けなきゃ』って思っただけだ。気負うことはないさ。無事で良かったな」


 菫色の目を細めて、そう微笑まれたのです。

 その時、わたし――ニニ・リヒトの胸は高鳴り、熱を持ったのでした。


 これがわたしの憧れ、そして恋の始まりでございました。

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