始まりの朝
ある日の晴れの夕方、勤務先から退社した山村光二は、途中立ち寄った書店でポスターやコミックを見て、目を閉じ小さくため息をつく。
他にも色々と見て回ったが、結局何も買わずに店をあとにし、そのまま駅まで歩いて行き、そこから電車に揺られて降りる駅に着いたあと、自転車を漕いで借り家である古いアパートに帰宅した。
「はあ…今日も疲れてくたくただ。ここのアパート、壁が薄くて響くからなかなか寝られない。引っ越すにもお金かかるし。気にしなければ大丈夫だけど…」
光二はその部屋で一人で暮らしている。玄関のドアの鍵を開けて、仕事着から着替えて夕食を作って食べた後、柔らかいデニムの青いスウェットを着てベッドに寝転がる。
「ああ、どうせなら別の世界に行って、魔法使いの女の子になって気楽な生活がしたいなあ…」
と心の中でつぶやき、スマホを見ながら寝落ちという形で眠りに就いた__。
次の日の朝、光二はとある場所で目を覚ます。
「んん…ふわあ…あれ?ここは…どこ?
(えっ…声が変わってる!?か、髪が綺麗な金色で長い…しかもさらさらしてる…!!)」
寝てるときに着てたデニムのスウェットが、いつの間にか白いワンピースのようなものに変わっていた。
胸に違和感を感じ、覗いてみると
(ブ、ブラジャー!?
いつの間に…着けてる…!)
それはまさしく女性用の白色の下着で、光二はなぜ着けてるのか分からず、戸惑う。
目覚めたら見知らぬ部屋、服装、自分の身体…これは夢だろうか。試しに、ほっぺを両手でつねってみると
ギュウ…
「いたたっ…!
ゆ、夢じゃない、マジの現実じゃん。どうなってるんだ?」
つねった色白のほっぺがうっすら赤く染まった。
ふと周りを見わたすと、自分の部屋には無い服や小物、他にも男性用のものも置いてありベッドが2つあることから、夫婦とかが使っているのたろうか。
光二はベッドから降りて、鏡台の鏡を見て一番驚いたのが、自分の顔と瞳の色だ。
(!!!…えぇ!?…これ、ボクなの…!?目がピンク色…しかも顔が小さい…)
出入口であろう、ドアの横にある縦に長い鏡に全身を映してみる。
(完全に女の子の姿だ…!
しかも、自分でいうのもなんだけど綺麗でかわいい。時々見るアニメや漫画で活躍するヒロインキャラがいま、目の前にいるとは…。まあ、願いが叶ったからいいかな…えへへ)
自分の変わりに変わった姿に見とれていると、目の前のドアからノックする音がした。
コンコン…
「入るわよ」
(わわっ、誰か入ってくる!)
光二は慌ててベッドに戻る。と同時にノブが回りドアが開く。
ガチャッ
「あら、起きてたのね?」
入ってきたのはこの家に住んでる女性だろうか。よく見ると耳が長く、エルフの耳に似ている。服装は中世のヨーロッパのようなゆるい感じで、おまけに美人だ。
「え…あ、はい。自分から起きました
(うわ、見られた…ボクの変わり果てた姿が…。といっても変わる前の姿は知らないだろうし、問題ないっしょ)。」
するとさらにそこへひとり、小さな子供が入ってくる。
「わあ、見たことないお姉ちゃんがいる~!お母さん、あのお姉ちゃんだれなの?」
どうやらお母さんと言われた女の人は
その子供の母親らしい。
「おはよう、話すのは初めてよね?
わたしの名前はリリ。この子はベルよ。あなたの名前も教えてもらえるかしら?」
(今のこの姿で山村光二ですって名乗るのはちょっとなあ…。うーん…あ、そうだ、思いついた。この名前なら…!)
光二は今の自分の姿にふさわしい名前をリリとベルに明かした。
「エ…エニアスです、
エニアス・オルドレーです」
「エニアス…エニちゃんね。覚えたわ」
光二改めエニアスはちゃん付けされ、少し顔を赤くしながらもリリに礼を言う。
「はは…ありがとうございます」
「うん。でね、実は昨日の夕方まで、あなたは森の中で寝てたの。そこへ偶然通りかかったわたしの夫が見つけて、ここまで運んで来てくれたわ」
「えぇ!?森の中で寝てたんですか?」
「そうなの?お母さん」
「そうよ。あのまま寝ていたらそこに住む魔物に食べられてたところよ」
それを聞いたエニアスはビクッとして、青ざめた顔で話す。
「はわわ…!!
そんなところで寝ていたなんて。た、助けて頂いてありがとうございます!!」
「ううん、礼はあとで夫に言って」
「あ、はい…
(寝てるときにベッドから魔物の巣くう森に…?ひょっとしてこれは…まさか!?)」
エニアスは心して、おそるおそるリリに質問してみる。
「あ、あの、ここはどこですか?
できれば国と町の名前も…」
するとまさかの答えが返ってきた。
リリ「ここはアルプルベーン王国にある、クアド族が住む村、サザレアよ。ほら、私もベルも耳が長いでしょ?クアド族はみんな耳が長いのよ」
エニアス「えっ……アルプルベーン王国?サザレア村?初めて聞く場所ですね」
(自分が住んでいた世界に、その国と部族、村の名前は存在しない。ましてやリリと名乗るこの母親は嘘は言わない感じだ。おそらく、ここは''異世界''としか…)
そう考えていると突然、
グ…グウゥゥ~
「ふぁ!?」
お腹の鳴る音がしたのはエニアスからだった。恥ずかしそうにお腹を押さえる。それもそのはず、一日中寝ていたので何も口にしていないのだ。
ベル「エニアスおねえちゃんおなかペコペコだぁ~。ベルもおなかペコペコだよ~」
リリ「あ、ごめんねベル。すっかり忘れてたわ。丁度、朝ごはんが出来て起こしに来るところだったのよ。エニちゃんも一緒に食べない?」
「えっ?は…はい!ごちそうになりますっ」
エニアスは早速ベッドから降り、部屋を出て朝食を食べに行くことに。廊下を歩き別の部屋のドアを開ける。
ガチャッ
中に入ると美味しそうな匂いが部屋いっぱいに広がっていた。そこにひとりの男性が木で出来た椅子に座って何かしら食べている。テーブルにはその料理が綺麗に並べられていた。
「おっ、目が覚めたんだね、おはよう。待ってたんだ」
「お、おはようございます…」
「ごめんねパウル、待たせちゃって。」
「全然待ってないさ。元気そうで何より。好きな場所に座っていいよ、お嬢さん」
「いっぱい食べていいわよ、エニちゃんのためにたくさん作ったから」
「あ、はい…!」
(この世界にもパンがあるんだ。他のも普段食べてるのとほぼ同じかな…?にしても生まれて初めてお嬢さんって言われちゃった)
エニアスはベルと向かい合わせでリリの隣に座り、早速この世界で最初の朝ごはんを食べ始める。
「頂きます…はむっ、う~ん、美味しい!」
美味しそうにパンやサラダを頬張るエニアスに、パウルは名前を伺う。
「ところで君、なんていう名前だい?」
「あ、紹介遅れたわ。この子、エニアス・オルドレーっていうの」
「エニアスおねえちゃんだよ、お父さん」
エニアスは慌てて食べ物を飲み込んで自分の名前を紹介する。
「エ、エニアふでふっ、ゴクッ
き、昨日は助けて頂いてありがとうございますっ、ケホッ」
「そんな慌ててお礼をしなくても大丈夫さ。あまりにも可哀想だったから放っておけなくてね。魔獣もうろついていから危なかったし。それにしてもエニアスかあ。ここら辺じゃ聞かない名前だけど、いい名前だ」
「おねえちゃんって、なんか不思議な感じするよね」
「そうかもしれないわねベル」
この世界で初めての朝食はエニアスにとって、美味しくて楽しい時間になった。
「ごちそうさま~」
エニアスはお腹いっぱいに食べて心も満たされ、幸せそうな顔をしている。
「食器とかは私が片付けるから大丈夫よ」
「あっ、ありがとうございます」
「そうだ。エニ、このあと一緒に王都へ買い出しに行かないかい?」
パウルがそう話すと、エニアスは少し驚いた顔をして言葉を返す。
「えっ、王都って…?」
「アルプルベーンで一番大きな都市、王都ネクロフィアのことよ。この村から近い場所にあるわ」
(ファンタジー系のゲームに出てくる冒険に必要なアイテムとか、武器が買えるあの大きな町のこと?それなら俄然行ってみたい!)
先ほどの魔獣のことについての不安よりも、見に行って確かめたいという気持ちが勝り、胸いっぱいに期待を膨らませる。
「ボク行きます、行ってみたいです!」
「おっ、行く気満々だね」
「じゃあ、私の服を貸してあげるわ。お洒落しなくちゃね」
「身長はリリの方が少し高いけど、まあ、大丈夫だろう。ゆっくり着替えてくるといいよ」
「え…マジ?」
エニアスはリリと一緒に部屋に行き、リリから服や帽子を借りることに。ちなみにエニアスがいる家の中ではみんな靴を脱いでスリッパのようなものを履いている。
(うう…このワンピースもそうだけど、人前で女の人の服に着替えるのもすごく恥ずかしい…。身体は女の子だけど中身はそのままだから…)
抵抗はあるものの、試しに着てみたがそんなにキツくはなく、ゆとりがあって動きやすい。
「うん、似合う似合う。可愛いわ」
一通り着替えを終えると再びリビングに戻る。
「ど…どうですか…?」
「とてもいい感じだよ。出会った時のリリを思い出すね」
パウルがそう話すと、リリは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「まあ…あなたったら…もうっ」
エニアスが着ているのはブラウンのコルセット、ピンクのペティコート、リボンの付いた黒いニットの靴下で頭には白い帽子を被る。
「はい…(あ、リリさんに言うの忘れてた、デニムのスウェットのこと。でも急ぎじゃないし、帰ってきてからあとで聞こうっと)」
「じゃ、準備も整ったということで、早速王都に行くか。リリはベルを頼むよ」
「分かったわ。エニちゃんも気をつけて行ってきてね」
「エニアスおねえちゃん、いってらっしゃい」
「はい、行ってきます…」
ついに、エニアスはパウルの家からこの世界の外へ歩き出す。無事に、王都へたどり着けるだろうか。