表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

斐古の詩・短編集

白い部屋の人

作者: 斐古

 扉を開けると、真っ白な部屋の中に一人の人物が居た。


 その人は無機質な白いベッドに、枕を支えにして上半身だけ起こすような形で座っている。

 部屋に一つだけある、開け放たれた窓から心地よい風が吹き抜け、その人の白い髪を揺らす。


 そして私は悟った。「この人はもう長くは無いのだ」と。

 理由は分からない。だが何故かそう思ったのだ。



「貴方は死ぬのですか?」

 


 思わず口に出た私の言葉に、その人は嫌な顔一つせずに微笑んで「えぇ、死にますよ」と返した。


「死ぬのが怖くないのですか?」

「いいえ、とても怖いですよ」

「ではどうして、そんなに落ち着いているのですか?」

「怖いから、落ち着いていられるのですよ」


 その人の言葉の意味が分からず、私は眉をひそめる。

 対してその人は、無垢な瞳で私を見つめてこう問うた。


「アナタは死ぬのですか?」


 その人の言葉に、私は驚いた。驚いて、そして何も言えなかった。

 静寂に満ちた空間に、再び風が吹く。風が私の頬を撫で、髪を揺らす。



「……私はもう、疲れました。だから死ぬのです」



 ――夢を諦めました。

 ――親友を失いました。

 ――目標を失いました。


 ポツリポツリと呟いた私の言葉に、その人はそっと静かに耳を傾けていた。

 裏切られ、絶望し、挫折した。疲れきって全てを終わらせたくて、さ迷った。

 そして気づけばここにいたのだ。

 言い終えた私を無言で見つめていたその人は、そっと口を開く。



「……大変、でしたね。アナタはよく頑張りました。本当に偉かった」



 その人の言葉に、目頭が熱くなる。

 頬を伝うそれを拭いながら、私は子供のように泣きじゃくった。





 どのくらいそうしていただろうか。私が泣き止む頃、その人は真剣な眼差しで私を見ていた。


「アナタにはこれからもきっと、沢山辛いことや大変なことが起きるでしょう。再び裏切られ、絶望する日もあるでしょう。ですが、これだけは覚えておいてください。アナタの人生は辛いことだけではなかったのだと」


 そう言ってその人は、私が入ってきた扉へと指をさす。


「さぁ、私はそろそろ逝きます。だからアナタもお行きなさい」


 私は促されるように元来た扉へと足を向ける。最後に振り向けば、しわくちゃなその人が微笑んでいる。

 私は扉の向こうへと戻る。




 扉が閉まり、一人残されたその人は窓の外を見つめて呟く。




()()()()、そう悪くなかったですよ」




 入道雲の浮かぶ青い空の向こうでは、一羽の鳥が飛び去っていく。




 そうして、()は深い眠りについた。

お読みいただきありがとうございます。


少しでも誰かの心に響けばと思います。


またブックマ、評価・感想など頂けると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 本当に短い短編小説でしたが すごく引き込まれましたよ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ