白い部屋の人
扉を開けると、真っ白な部屋の中に一人の人物が居た。
その人は無機質な白いベッドに、枕を支えにして上半身だけ起こすような形で座っている。
部屋に一つだけある、開け放たれた窓から心地よい風が吹き抜け、その人の白い髪を揺らす。
そして私は悟った。「この人はもう長くは無いのだ」と。
理由は分からない。だが何故かそう思ったのだ。
「貴方は死ぬのですか?」
思わず口に出た私の言葉に、その人は嫌な顔一つせずに微笑んで「えぇ、死にますよ」と返した。
「死ぬのが怖くないのですか?」
「いいえ、とても怖いですよ」
「ではどうして、そんなに落ち着いているのですか?」
「怖いから、落ち着いていられるのですよ」
その人の言葉の意味が分からず、私は眉をひそめる。
対してその人は、無垢な瞳で私を見つめてこう問うた。
「アナタは死ぬのですか?」
その人の言葉に、私は驚いた。驚いて、そして何も言えなかった。
静寂に満ちた空間に、再び風が吹く。風が私の頬を撫で、髪を揺らす。
「……私はもう、疲れました。だから死ぬのです」
――夢を諦めました。
――親友を失いました。
――目標を失いました。
ポツリポツリと呟いた私の言葉に、その人はそっと静かに耳を傾けていた。
裏切られ、絶望し、挫折した。疲れきって全てを終わらせたくて、さ迷った。
そして気づけばここにいたのだ。
言い終えた私を無言で見つめていたその人は、そっと口を開く。
「……大変、でしたね。アナタはよく頑張りました。本当に偉かった」
その人の言葉に、目頭が熱くなる。
頬を伝うそれを拭いながら、私は子供のように泣きじゃくった。
どのくらいそうしていただろうか。私が泣き止む頃、その人は真剣な眼差しで私を見ていた。
「アナタにはこれからもきっと、沢山辛いことや大変なことが起きるでしょう。再び裏切られ、絶望する日もあるでしょう。ですが、これだけは覚えておいてください。アナタの人生は辛いことだけではなかったのだと」
そう言ってその人は、私が入ってきた扉へと指をさす。
「さぁ、私はそろそろ逝きます。だからアナタもお行きなさい」
私は促されるように元来た扉へと足を向ける。最後に振り向けば、しわくちゃなその人が微笑んでいる。
私は扉の向こうへと戻る。
扉が閉まり、一人残されたその人は窓の外を見つめて呟く。
「私の人生、そう悪くなかったですよ」
入道雲の浮かぶ青い空の向こうでは、一羽の鳥が飛び去っていく。
そうして、私は深い眠りについた。
お読みいただきありがとうございます。
少しでも誰かの心に響けばと思います。
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