18/7「ノウ・ユア・フレンド」
18/7「ノウ・ユア・フレンド」
後日、ルビエールたちはミンスター軍事港の端に駐留している機甲師団の下へ向かっていた。同行しているのはいつもの2人。
「さてはて、何が出てくるんでしょうね」
ジェニングスは機会の方に興味津々だったがウェイバーの方は面倒ごとの方に目を向けて不機嫌に黙り込んでいる。
「さぁ?ここで考えて答えが出るもんじゃないでしょ。でも仮に向こうが何か企んでいるとするなら、その相手が旅団もしくは支隊というだけである程度は絞り込めるわね」
「相手の目的が何であれ、こちらの手元にあるもの、少なくとも多少はあると期待できるもの、ということですね」
そうなる。向こうも相手を見もせずに誘いはかけないだろう。それなりに引き出せるものに算段はあるはずだ。
「ものによっては提供するのも手かもね。もちろん見返りありの話でだけど」
取引。いつのまにかルビエールにとっては当然あるべき選択肢だったがウェイバーは戒める。
「そっちの領分ですから反対はしませんけどね。その取引で何を得て、それでどうしようってんですか」
痛いところをついてくるな。ルビエールは苦笑した。自分も少し前まではそんなことを考えていたはずなのだが。いつからこんな思考を当たり前にしたのか。ルビエールは首を傾げた。
「まずは相手の思惑を確認してからですよ。何でもかんでも欲しがって最初から取引あり気じゃ足元を掬われますよ」
一理ある。が、それを心配するのは自分である必要はないだろう。ルビエールは意地悪な笑みを浮かべてウェイバーを見た。
「そうね。うっかり口を滑らせるかもしれないわ。代わってくれる?」
お断りだ。ウェイバーは表情でそれを表明したがその思考は相手の目的を見抜くことに集中しはじめた。ルビエールは微笑むとその方向はウェイバーに任せて逆のことを考え始めた。
向こうが何かを得ようとするなら、こちらも同じように得ることも叶うだろう。独立機甲師団。統合軍の誇る精鋭部隊ではあるが謎に包まれた部隊。その実力を知るだけでも意味はある。だが、もっと大きな意味を持たせるのであれば。
コネクション。それが真っ先に浮かぶ。自分たちに近いが異なる立場。統合軍とのチャンネルはともすると次元が違い過ぎて活用のしようがないジェンスやWOZとのコネクションよりもはるかに活かしやすいはずである。大本の利害が一致していることもあって今のルビエールの立場とも親和性が高い。
懸念点はやはりあのマツイとかいう男。果たして何を企んでいるのか。
「実のところ暇なだけかも」
ジェニングスのお気楽な発言にウェイバーはなんじゃそりゃと顔を顰めたのだがルビエールの方は言葉を呑み込んでから神妙になった。確かにその可能性もないわけではない。ルビエールたちの思考には向こうに企みがあるという前提があるがその根拠はマツイとかいう男が怪しいという薄弱なものでしかないのだ。この考えは前提というよりも願望や偏見と呼ぶべきものではないか。
大昔の教育係の言葉が頭を過る。
自分が何か企んでいる時、相手も企んでいるように思えるようになる。嘘をつくようになると真実にすら嘘を見るようになる。
全くその通りらしい。口元を綻ばせてルビエールは思考をリセットした。
「確かにそれもありえるわね。敵陣に乗り込むんでもないんだからそこまで考え込む必要はないか」
ルビエールの泰然とした様子にジェニングスは感心してみせた。
「さすが、慣れてますねぇ」
斜めった褒め方にルビエールは不服気に顔を歪めた。しかしジェンス社に乗り込んだり、WOZと交渉したりとこの手の事例に慣れ始めているのは確かだった。それらの例に比べたらこの程度の会合はもののうちに入らないだろう。
第07独立機甲師団旗艦「アルバトロス」は統合軍の精鋭部隊の旗艦としては不釣り合いな旧式艦だった。大型でかなり堅牢な設計をしており名艦と評される型級ではあるが他の師団艦艇と比すると2世代は古い。その古い艦艇の通路を行く3人は同じ感想を持ったが2名はそれを口にすることを慎んだ。
「練習船訓練を思い出しますねぇ」
ジェニングスの呑気な呟きをウェイバー睨みつけて咎める。
練習船訓練とは士官候補生たちが初期に行う宙間航行の訓練で艦艇を運用する人員がどのような仕事をしているのか身を以って体験する訓練である。大抵の場合は現役を退いた旧式艦艇で行う。まさにこの艦艇のような。現役の旗艦に対してあまりにも失礼な感想だった。
「いや、でも相手も同じこと思ってるんじゃないですかね。どうです?」
艦内を案内する士官に話を振ると相手は困った顔をして苦笑した。その表情はジェニングスの言葉を否定してはいない。
「だからってわざわざ口にする必要はないだろ」
小声でウェイバーが抗議する。2人のやり取りに笑うルビエールだがジェニングスの視点にも興味を持った。確かに機甲師団の旗艦が旧式艦艇であることを当人たちが納得するとは思えない。他の艦艇はそうでないのだからそこには何らかの事情があるのだろう。
旗艦だけが旧世代艦艇を用いていることに何か意味があるのか。3人は興味をそそられながらその古臭い大型艦の会議室に案内された。
部屋には既に2名いたので3人は自然とその2人と向き合う形で座る。まだ面子が揃っていないと思っていた3人にとって会談はまだスタートしていなかった。なので正面の女性将校が徐に立ち上がったとき、3人は座ったままだった。
「では、はじめましょうか」
そこにいた人物がそうであることにルビエールたちは最初気づかなかった。相手がマツイ・エドワード。つまりオッサンであると思い込んでいた3人は既に先着していた2人組の女がそれとは思わず困惑し、それに気づいた女将校は苦虫を噛み潰した。
「マツイ大佐なら一度本国に戻っているわ。あなたたちを呼んだのは私です」
3人は顔を見合わせてから慌てて立ち上がる。あれこれ考えておきながら蓋を開いてみたらマツイの影すらなかったのである。バツ悪げにルビエールは咳払いしてから名乗った。
「大変失礼しまた。地球連合軍第11旅団付き独立中隊司令ルビエール・エノー中佐です」
女将校は統合軍式の見事な敬礼で応えた。
「ハルカ・ケープランド大佐。統合軍第07独立機甲師団を預かっております」
凛という表現が相応しいだろう。40前後。成熟した大人の女性だが高位軍人としての威厳も持ち合わせている。釣られて3人も背筋を伸ばした。思っていない展開に3人は緊張する。もしかしたら自分たちは全く場違いで適切ではないところにいるのではないかという気持ちになった。
それを察したのかケープランドは表情筋を緩めた。
「そう緊張なさらないで結構よ。謀は私の領分じゃないから」
柔らかい笑み。その裏に潜む苦みと皮肉は3人に益々バツを喰らわせた。ウェイバーとジェニングスそれぞれが名乗ると最後にケープランドの横に控えていた女性将校が名乗る。
「ナリス・エリクソン少佐です。主に戦術分析を担当しております」
年齢は30台中盤だろうか。艶がなく、手入れされていない金髪、荒れた肌、くたびれた軍服。お世辞にも整えられたとは言えない見た目はケープランドと並ぶことでさらに際立って見えた。偏見で言うなら軍服よりも白衣を着て日光の届かない研究室に籠っているようなタイプの人間。ウェイバーの印象はそんなところだったが他2人の印象も似たようなものだった。
5人共に着席すると話を切り出す前にケープランドは姿勢を崩してその内容が砕けたものであることを示唆した。
「さて。身構えて来てもらってこんな話をするのは心苦しいのだけれど。こちらがやりたいことは取引とかそういうことではないのよ。実戦に関わる事前打ち合わせといったところかしら。我々独立機甲師団とそちらは特殊性から密接に絡むでしょうから。今のうちにすり合わせ、可能なら取り決めをしておきたいと思って」
本気か?どうやら野暮用は本当に野暮用になるらしい。ルビエールはこの件を引き受けたことを後悔し始めた。
ケープランドが目配せするとエリクソンが立ち上がり話を代わった。
「我々独立機甲師団は統合軍が錬磨を重ねた精鋭でありますが…」
と、切り出したエリクソンだったがいきなり言葉を切るとケープランドの方をちらりと見る。何事かと訝しむ3人の視線も向くとケープランドは居心地悪そうに肩を竦めた。次の瞬間にはエリクソンの口調が一変した。
「まぁそういう建前ですが。実際には雑魚です」
唐突に過ぎるカミングアウトに3人はポカンとして口を開け、ケープランドは憮然とした。
「統合軍には小部隊単位での戦いはともかく正規艦隊レベルでの戦いに経験がほとんどありません。中規模は多少あってもドースタンのような大艦隊同士の戦いに至っては0です。完全なる無。もちろん大佐をはじめ独立機甲師団の人員は月の精粋と言うべきものですが、経験無くして力を発揮できるなどという考えは愚の骨頂。まして他所様の軍隊との連携など求めるだけ無駄でしょうし、求められても困ります」
そりゃそうだろうけどな。ウェイバーはエリクソンの隣で天を仰いでいるケープランドを見て気の毒になった。自分の隊を酷評など普通するか?このナリス・エリクソン。かなりの難物のようである。
しかしエリクソンの言うことは真理でもあろう。どれだけ優秀な人材を集め、訓練を行っても経験なき集団が不確定要素ありきの戦場で十全に動くことを期待するのは楽観にもほどがある。ましてやり方が異なり考えも違う集団との連携となれば上手く機能する確率の方がよほど低い。
それにしても。統合軍最精鋭と言われる部隊の実態に3人は内心溜息をついた。ハモンドは可能なら統合軍も引き立てるつもりだが、実はかなりの無理難題なのではないか。そしてこの難題は旅団と支隊にとって他人事ではない。
「そしてこれはそちらにとっても他人事ではない。違いますか」
まさに。それを指摘されて3人は心理的に横面を叩かれた気になった。ここでエリクソンから第07独立機甲師団の思惑が語られる。
「我々は十全ではありません。しかし足りないものは解っています」
「それで、こちらと連携をしたいと?」
エリクソンが頷くとウェイバーは自分の役割と疑問を投げかける。
「失礼を承知で言わせてもらいますがこちらの強みはまさに連携と行動力です。そこににわか仕込みの連携を持ち込んでもこちらだけでなくそちらにも不利益になりかねない。そして、今からそれを高めることも現実的ではない」
旅団は旅団だからこそ動けるのだ。そこに他所の指揮系統との連携、しかも経験不足の部隊では足手まといになる可能性の方が高い。これをどうにかしようと思えば結局のところ演習なりで経験を賄う必要があるだろう。しかし演習であっても物資は必要になる。エリクソンが欲する大艦隊戦に相当する演習となればかなり大規模になる。統合軍のためにミンスターがそこまでしてくれるとは思えない。
「もちろんそこまで望んでいません。ですが我々には我々のやり方があります。だからこそ、そちらにお願いしているのです」
ミンスターの連合軍ではなく、旅団及び支隊へのお願い。
「つまり少数でも問題なく可能なやり方というわけですか」
そんなものがあるのか?訝しむウェイバーにエリクソンは平然と答えた。
「そんなものはありません」
ウェイバーは唖然として言葉を失った。その隣でルビエールが苦笑する。
「つまり、経験を補える別のモノを得ようというわけですね」
ルビエールの解釈にケープランドが感嘆の表情を見せる。エリクソンも我が意を得たりと笑う。
「その通りです」
経験が足りず、得ることも難しい。ならばどうするか。代用可能な別の何かで埋め合わせればいいのだ。大胆な発想の転換である。これでルビエールはこの話の行先に凡その見当がついた。エリクソンは淡々と大胆かつ不遜なそれを提示した。
「この先、実戦はもちろんのことですが多少なり連合軍主導での演習があるでしょう。これらの作戦全てで我々独立機甲師団は旅団付きの与力戦力として動きたいのです。連携などと言わず、そちらの考えで自由に我々を使ってもらう。有体に言えば、独立機甲師団が第11旅団の指揮下に入るということです」
指揮下に入るだって?得体の知れない部隊が自分たちの隊に入り込む。その要求の狙いを看破する前にウェイバーは拒否反応を示した。
「そんな勝手なことできるわけが」
編成に関わる話だぞ。と思ったのだがウェイバーはそこで言葉を詰まらせた。
「もちろん作戦部よりそちらに了承を取り付けます。私感ですがこれは受け入れられるでしょう」
ですよね。ウェイバーにもすんなりとそれが描けた。上層部にしても何をしでかすか解らない不確定要素を一つにまとめてしまえるのである。無碍にする理由がない。ハモンドならこれ幸いと快諾するだろう。ケープランドらがどこまで本気なのかは疑わしいが完全に指揮下に入るとなるなら旅団側としても使い道がないわけではないだろう。
これによって師団側には大きなメリットが生まれる。旅団と支隊の立場に相乗りできるのである。旅団に潜り込むことで自分たちの経験不足を肩代わりさせつつ間近でその経験を得られる。さらに旅団の性質上、しわ寄せを喰らうこともまずないだろうおいしいポジション。
厚かましいだろ!ウェイバーはそう思ったがその発想に敗北感も抱いた。ルビエールも同種の感情を持って苦笑するがまだ全てに納得したわけではない。
「クレバーですね。しかしそれなら我々に言わずに上層部に直接言えばいいでしょう。そちらの予測通り喜んで受け入れると思いますよ」
わざわざ旅団側を招いてお願いなどする必要はない。これに答えたのはエリクソンではなくケープランドだった。
「その場合、こちらがもっとも得たいものが得られない」
3人の視線を真っすぐに受け止めるとケープランドは堂々と答えた。
「つまり、あなた方の信用を」
再び3人は横面を叩かれた気分を味わった。連合軍上層部からの上意下達させるのと、予め当事者に筋を通しておくのでは心証はまるで違うだろう。しかしこれは相手に無用な優位性を与えかねない行動でもある。それでもケープランドはその筋に重きを置いた。これと似たような考え方をする人間を3人は知っている。ジョン・アリー・カーターである。ケープランドもまた自身の仕事において味方にすべきは現場にいると考えているのか。
いや、待て。自分たちはそこまでされるほどの関係ではないぞ。ウェイバーは却って訝しんだ。カーターのような人間がそう多くいるはずもない。半ば願望に基づいてケープランドに揺さぶりをかける。
「つまり整理すると厚かましいお願いをするから予め筋を通しておこうという話ですか。自分の部隊を他国の指揮下に預けることもそうですが、それだけのために安易に他国部隊にお願いをするというのは責任のある司令官のすることとは思えません。こちらはあなた方を使い潰すこともできるんですよ」
もちろん、ハミルがそんなことをするわけはない。しかしそれをケープランドは知らないはずである。にも関わらず師団の命を預けるなど無責任に過ぎる。それに何よりプライドはないのか?
ウェイバーの言外の問いかけにケープランドは煙たい顔をした。ウェイバーの考えを理解した上で嫌悪している。なんだこの人?ウェイバーは苛立った。大部隊の司令官としてならウェイバーの考え方の方がよほど真っ当なはずである。未熟なのは部隊だけでなく、将校も同じなのではないか。
「そういうことがないように願っています」
願うだ?他力本願な返答にウェイバーは到底納得できなかった。
「それだけですか?」
「それだけです。我々はあなた方を信用する。これは大前提なのです」
この時、ケープランドの見せた決然とした眼差しにウェイバーは気圧されてどう返せばいいのか解らなくなった。ここで始めてジェニングスが口を開く。
「なるほど。この案自体は統合軍の方針に沿ったものなわけですね」
この問いかけにケープランドは初めて動揺した様子を見せた。それもほんの一瞬のことだったが。ケープランドは不承不承に実情を説明し始めた。
「その通りです。我々独立機甲師団は元より今回の派兵の主眼を経験の蓄積に定めています。それをもっとも効率的、かつ確実に行うための手段がこれということね」
この白状でようやくウェイバーにも筋道が見えた。師団の任務それ自体が経験の蓄積であるならば、その目的のためには相手を信用することができるかできないかは問題にならない。ケープランドの立場では信用する以外の選択肢しかないのだ。
内心ではケープランド自身もこの方針に必ずしも納得していないのではないか。こちらと同様に師団も連合軍全体を信用することはできていないだろう。それでもケープランドは任務のために連合軍を信用するしかない。
もちろんケープランドは作戦に独自に活動して経験を得ることを選択できるだろう。しかしそれでは十分な成果となるか解らない。それでケープランドは良しとしなかった。そこで考え出されたのがこの案というわけだ。この案の本質は師団が信頼すべき相手を連合軍全体ではなく、旅団と支隊に絞り込むことにもあるのだろう。
連合軍を信用していないが信用しなければならない。弱い立場を見透かされたケープランドは滔々と語り始めた。
「我々に限らず月統合国は決して豊富な人材を持っているわけではありません。だからこそ育成に力を注ぎ、数で劣る分を補っています。我々は軍隊。戦場で失われることは覚悟すべきでしょう。しかしその原因が避けられるものであるならその努力を惜しむことはすべきではない。それが私の責務であると考えています。そのためであればプライドなど保持するに値しません。それに、この作戦で我々が得る経験は我々だけのものにはなりません。第07以外の師団のみならず、統合軍全体の経験となる。それがいずれ来るべき命を賭ける時への備えとなるのであれば今笑われることなど些細なことでしょう」
恥ずかしいことを堂々と言ってくれる。しかしこの恥ずかしい理想論を否定することはウェイバーに自己矛盾を生じさせる。ウェイバー自身プライドを優先させて効率的な判断を否定してきた上司をこれまで何度も見てきており、そうはなるまいと心に命じてきたのである。
余計なことを言ったと後悔しながらウェイバーは心理的に白旗を振った。実際に笑われるのは自分たちではない。好きにしてくれ。
ウェイバーを黙らせたケープランドは視線をこの場における意思決定者であるルビエールに移し、頭を下げた。
「どうか我々を鍛えてもらえないでしょうか」
すごいな。というのがルビエールの感想だった。自分たちの弱さを認めた上で他所の同系統組織に助けを求める。簡単にできるものではない。
この時点でルビエールは損得抜きでこの話を引き受けたいという感情になっていた。損得あり気でも目をかけねばならない相手である。今手をかけるか、後で手を煩わされるかならば今のうちだろう。
「解りました。我々でよければお引き受けしましょう」
ウェイバーが何か言いたげにこちらを見ているがルビエールは無視した。この件によって旅団と支隊が得るものはあまりに少ない。しかしそもそも断ることは難しいのだ。ならば小なりとも得られるものは得ておけばいい。それに信頼は無価値なものではない。まともではないコネクションばかり持っていて失念していたがケープランドとルビエールの間柄には軍人同士の至極真っ当なコネクションが成立する。あのマツイとかいう怪異よりよほど信頼のできそうな相手でもある。何を考えているのか解りづらい統合軍とのチャンネルを恩を売る形で得られるのだから望むところではないか。
「感謝します」
ありきたりな言葉だったがケープランドが口にすると誠意がこもって聞こえるのは贔屓か人徳か。
自分には無理な芸当だろうなとルビエールは嫉妬する。大抵の人間はノーブルブラッド且つ年若であるという部分にフォーカスして偏向したフィルターでルビエールを見る。分不相応な権威を傘に来た生意気な小娘。
ま、半分は事実なんだけど。そう自虐するとルビエールは小生意気な不良軍人という側面を露わにした。
「一つだけいいでしょうか?」
ケープランドが首是を返すとルビエールは平然と切り込んだ。
「月は何を待っているんでしょうか」
ウェイバーがあっという顔をした。相手に恩を売った場面で抜け目なく利益に転換するクレバー、というよりは小生意気な要求。ややすれば相手の機嫌を損ねかねない質問だったが今のケープランドはお願いする立場。無碍にはできまい。
さて、どうでる?ウェイバーは注目するがケープランドはむしろ面目なさげに答えた。
「知っているなら教えてあげたいところだけど。残念ながらこっちも知らないわ。マツイさんなら何か知ってるか、あるいは予想がついているかもだけど」
本当に知らなさそうだ。ケープランドの人柄からルビエールはそう判断する。マツイの名を出したのは暗にそちらにコンタクトしてみるかと問うているのか。この一団ではあのマツイがその方面を担当しているのだろう。
ならばマツイとかいう怪人にも接触してみるか?いや、そこまで深入りするとメリットよりリスクの方が大きいのではないか。それに折角ケープランドとの縁ができたのである。どうせならそちらとの縁をより深める方が賢明だろう。ルビエールはコネクションとしてマツイではなくケープランドを選らんだ。
「では、そちらで何か解りましたら聞かせてください。もちろん教えられる範囲で」
図太い要求を受け入れたのだからそれくらいのサービスはして貰わねば。ケープランドはルビエールの意図を読み取ると不敵に笑った。
「光栄ね」
後日具体的な調整を行うこととしてその日の会談は終わる。帰り際のウェイバーは不満たらたらだった。
「ハミル司令にはどういうつもりなんですか」
「そのまま伝えればいいじゃない」
勝手に引き受けたのは事実だがどのみちハモンドが引き受けてしまえば断れるものではない。ハミルにしてみればルビエールから聞かされるか、ハモンドから聞かされるかの差でしかない。ルビエールにとっては大した差はないし、ハミルにとっても同じだろう。
「旅団の人たちはどう対処すると思います?」
既に実務的な部分に思考を移しているジェニングスが聞いてきた。ボスコフらもウェイバーと同じようなリアクションをするだろうし、呼び込んだルビエールらを恨みもするだろう。この話は旅団側にはほとんど旨味がないのである。あまり気持ちよくはないがこれはしょうがない。もちろんルビエールとしてはそれを最小限に留めたいところである。
「実戦ではちゃんと対処してくれるでしょうから、それ以外はこっちで引き受けましょ」
実戦外での調整諸々。うへぇとウェイバーが露骨に嫌そうな顔をした。まぁウェイバー向きの仕事ではないのは間違いない。ルビエールはジェニングスの方を向いた。
「あたしももちろんやるけど、あなたが中心で調整してくれるかしら」
珍しく含みのある苦笑ではあったがジェニングスは頷いた。
「やれるだけはやってみます」
「一応は上の指示を待ってから行動しましょ。何かあったらすぐに投げて」
「仰せの通りに」
支隊はあくまで旅団の中の一部隊である。独自に他部隊、しかもよその国の部隊との交流などないはずなのだが。これもエノー支隊の特殊性であろう。しかしこの交流は転じればジェニングスとウェイバーらエノー派の力試しになるかもしれない。
「いやぁそれにしてもいい上司って感じの人でしたね」
一区切りしたと判断したのかジェニングスが話を変えてきた。ルビエールはしみじみと、ウェイバーは不承不承に頷いた。
ハルカ・ケープランドとはルビエールが漠然として持っていた理想的な将校像の体現者のような存在だった。一般人から見る絵に描いたような理想的な軍人。皮肉も込めてウェイバーも後にそう回顧している。
ルビエールが今回の話を進んで引き受けたのもケープランドの人となりとは無関係ではない。
「ああいう人は味方であってほしいわね」
確かに。とウェイバーは思うのだがそれは逆に不穏な想定を呼ぶ言葉でもあった。月と地球が敵対することなどあり得ないと思うのだがルビエールから見ると違うのか?
「敵になることもあり得るっていうんですか?」
「まさか」
さすがに深読みし過ぎだ。ルビエールは一笑に伏す。月にそんな理由はない。それなら月が仕掛けてくる可能性より地球が月に仕掛ける方がまだ現実味があるだろう。しかしウェイバーの懸念はルビエールに新鮮な発想を与えた。
仮にケープランドが敵となるならそれは信頼のできる敵と言えるだろう。そうなったとき、自分はそのコネクションをどう扱うだろうか?味方ではなく、敵とのコネクション。むしろその価値は跳ね上がることになる。捨てるなどとんでもないと考えるのは間違いない。
「案外、そういう時にこそこのコネクションは役に立ったりするのかもね」
「どういうことです?」
「信用するなら味方より敵、ってことよ」
2人の注目が集まるとルビエールは口元を皮肉に歪めた。
「利害と立場が確定できる分だけ味方より敵の方がよほど信用できるって話よ。特に上司に当てはめる訓示ね」
身に覚えがあり過ぎて2人はどう返せばいいのか解らなかった。
後日、ケープランドらの思惑通り独立機甲師団は共同作戦時において第11旅団の指揮下に入ることが内々に通達された。常識を彼方に吹き飛ばすこの指示にボスコフらは絶句する。これによって第11旅団は突如として正規艦隊クラスの大戦力になったのであるが統合軍側に経験がないのと同様にボスコフらにもそんな大艦隊の扱いの経験はない。そんなものをどうやって操れというのか。
もちろんハモンドもそこまで旅団には求めていない。そもそも連合軍にとって独立機甲師団はお客様でしかなく、戦力の核と考えていない。これは旅団も同じである。お客様には安全と見做せる場面でのみ戦ってくれればいいというのがハモンドらの願いである。もとより作戦部はその場面を旅団に提供するつもりだったが同時に統合軍にも与えねばならないことに頭を悩ませていた。そこに統合軍の提案である。彼らにとっては渡りに船だった。2つを一緒にして独立機甲師団にもご相伴して貰えばいいわけである。指示された場所に一緒に移動して戦ってもらう。これだけであれば統合軍はもちろん旅団側にとっても難しい話ではない。
そう上手く行くものか?嫌な予感しかしないボスコフらだったが諸々の雑事を支隊が受け持つことになると自分たちが気にすることもなくなったので文句も言えなくなった。
ハミルはこの件に関しては何も言わず、それよりもいつまでたっても来ることのないその時の方に意識を向けているようだった。
月は動かない。
ここからさらに旅団と支隊の待機は続くことになってしまう。状況が動くのはほぼ1か月の先。310年の8月後半の話となる。
次回更新は8月予定です。




