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18/6「怪しい味方」

18/6「怪しい味方」

 第11旅団がミンスターへと到着してから一週間。地獄の強行軍の疲労も癒えた頃合だった。ハミルとルビエールの2人はミンスター軍令部から呼び出しを受けた。

 即日、ハミルはソープ、ルビエールはジェニングス、ウェイバーをそれぞれ引き連れて出頭した。

「どういう用件なんだか…」

 5人の通された待合室でウェイバーが不穏さを感じて溢した。他に同伴もなさそうなので用件は旅団だけに関わるものらしい。挨拶云々であるなら今さらすぎる。任務に関連するような話なら旅団だけに話すというのは明らかに不自然である。

「苦情の類ならまだ気が楽なんですけどねぇ」

 ソープが茶化す。ミンスターに到着した旅団はかなりの無理難題を押し付けており、騒ぎも起こしている。方々から苦情や抗議が寄せられていてもおかしくはない。その可能性はあるし、まだその方がいいな。不謹慎にもウェイバーもそう思った。

 5分ほどすると待合室の先の扉から美人の女性将校が出てきた。些かキツイ印象のある将校は5人を隣の応接室に招き入れた。入り際にそれぞれがチラリと女性将校の階級を確認する。中佐。当然その先にいる人物はそれ以上だろう。

 出迎えたのは上級将校の制服に身を包んだ眼鏡の男だった。40歳ぐらい。一部の隙もない身なりで空調の行き届いたオフィスが仕事場の軍人に見える。

「すまない待たせたね。急な連絡があってそれに応対していてね。座ってくれ」

 男が席を勧めると5人は部屋中央の会議テーブルにハミル組とエノー組とで向かい合う形で座った。男はテーブルに手をついて寄り掛かるようにして立ち、ハミル以外の4人の顔を見比べた。

「ハミル以外は初めましてだな。スティーヴン・ハモンド。参謀総長だ。君らから見たら黒幕、ということになるかな」

 参謀総長スティーヴン・ハモンド。前であり、そして現。ドースタン会戦で辞任に追い込まれた旧連合軍長官の腹心でありながら、新長官の腹心へと鞍替えした男。そして第11旅団及び支隊を操る男。

 予想外の大物の登場にウェイバーは驚いたが他の4人が全く驚いていないか、さもなくばそれを表に出さなかったので必死に無表情を維持した。

「で、何の用だ」

「相変わらずだねぇ」

 ハミルがぶっきら棒に切り出す。階級を無視した言い草だったがハモンドはまるで気にしているようではなく苦笑するだけだった。

「用事は3つ。1つは今後の旅団の活用方針に関する周知。2つはちょっとした野暮用。3つめは」

 少し貯めてハモンドは次の言葉の効力を高めようとした。あるいは単にもったいぶっただけか。いずれにせよ、5人には全く効力がなかった。

「警告だ」

 何のリアクションもなかった。ウェイバーですら白けている。散々振り回して好きにさせておいて今さら何の警告だと言うのか。

「3つめから済ませてくれ」

 ハミルが溜息混じりにリクエストする。当てが外れたのかハモンドは気まずそうに眼鏡を直した。

「全く。指揮官も指揮官なら部下も部下だな。それならお言葉に甘えて愚痴らせてもらおうか。ま、俺も悪いっちゃ悪い。文句を言う筋合いじゃないかもしれん。だが言わせてもらう。オシカの戦いだ。今後、ああいうのはやめてくれ」

 やっぱりそれか。ルビエールは心内で溜息をついた。オシカの戦いはほとんど旅団の都合で行われた戦いである。それは本来ハモンドやマリネスクたちが求めていたものとは全く違う結果を齎した。予定にない大戦果にハモンドらの予定は大いに狂わされたことだろう。

「俺の言葉じゃ信用はないかもしれんが相談してくれてればこっちもそれなりに準備できたんだ。ああいうことされちゃこっちがそっちを信用できなくなる」

 身に覚えのある話にウェイバーは複雑な気分になった。ハモンドの言うことももっともではある。信用しない相手を信用する筋合いもない。だがそこに筋を求めるにはハモンドもまた信用できるようなことはしていない。

 鶏が先か、卵が先か。軍という組織においてはハモンドの側に一方的に優位があるはずなのだが旅団は真っ当な組織ではないし、ハモンドのやろうとしていることも真っ当ではない。そこに強気に出れない事情があった。

「いいか。君らの本質的な役割は旗頭なんだ。今の長官が連合軍全体を主導しているという印象を得るため、勝ち馬であるという印象をつけるためのな。こっちの手札の正規艦隊は独立色が強い。自由に動かそうとしても邪魔が入る。おかしな話だがそいつらを引っ張り出して自分たちもってやる気にさせるのが今の君らの役割なんだ。その君らが自由気まま好き勝手だと知れたらどうなる?正規艦隊の連中も好き勝手し始めるだろう。だから最低限、こっちが手綱を握っているというポーズだけは取ってもらわなきゃ困るんだよ。こっちだって君らを自由に動かすには遠すぎるからそこまで縛るつもりはない。そもそもそんなことやりたいわけでもないんだよ。正規艦隊の連中がおかしいんだ。なんであいつらこっちより地元を優先してやがるんだ!」

 ハモンドの話は延々続き徐々に話が旅団から正規艦隊、連合軍全体の体質にシフトしていき5人には預かり知らない話になってきた。

 なんかただの愚痴になってきたな。付き合いきれなくなってウェイバーは周りを見た。ソープとジェニングスはどこ吹く風といった表情で受け流している。ハミルは瞑目して聞いているかどうかも怪しい。ルビエールだけがウェイバーと同じ表情をしている。ふとお互いに目があって2人は苦々し気に顔を背けた。

 さらに10分たった。ハミル以外の4人の表情も呆れ、疲れで染まりハモンドの愚痴は彼のストレス発散以外の意味がない状態でさすがにルビエールもウェイバーもまともに話を聞いていられなくなった。

 何とかしてくれ。ウェイバーの視線を受けたルビエールはどうしろって言うんだと睨み返す。どうにかできるとしたらハミルくらいだろうが瞑目したハミルには何も伝わらない。最後の頼みはハモンド付きの女性将校だった。

 無表情に立っているだけだった女性将校はルビエールの視線を受け止めたようには見えなかったが突如として大袈裟に咳払いをした。ハモンドの説教が止まった。しばしの沈黙。次に口を開いたのはハミルだった。

「そろそろ仕事の話に移ろうか」

 ハモンドは不服そうだったが意味のない説教をしていた自覚はあったのか次の話に移ることにした。その前にウェイバーらを見やる。

「念のために確認しておくが。そこの3人は巻き込まれても問題ないわけだな?」

 ハモンドの視線がソープ、ジェニングス、ウェイバーをなめてからその頭領に向けられる。

 ハミルは無言のまま肯定し、ルビエールは2人を一瞥した。ジェニングスはいつも通り飄々と肩を竦め、ウェイバーもいつも通りいかにも嫌そうな顔をした。ルビエールは鼻で笑うとハモンドに首是を返した。

「オーケー。まずはおさらいだ。現状、対共和連邦との戦いは膠着状態にある。フランクリンベルトを取り戻すのは極めて困難だ。だからその鼻先に打たれ役を配置して動きに釘を刺した。こいつは今のところ有効に機能している」

 ボブの帰還。ロンドン師団を中心とした戦力と機動要塞ピレネーを相手の鼻先に置いた大胆な陽動作戦。ピレネーそのものは今のところ小規模な差し合いを繰り返すだけだったがこのサンドバッグの存在によってフランクリンベルト駐留戦力の動きが抑制されているのは明らかだった。

「それで、次の動きだ。そっちもだいたい予想はついているだろうがこちらは統合軍と共に対共同体に舵を切る」

 旅団がこのミンスターへ移動したこと、統合軍独立機甲師団が出張ってきたことからほとんど明らかなことだったがそれが参謀総長の口から語られたことで4人は背筋を伸ばした。大きな動きになるのは間違いない。

「当然、君らにはこの戦いで大いに活躍してもらうつもりだ。もちろんこっちの指定する範囲での話だが」

 先ほどの警告(愚痴)もあってかウェイバーはこの話が気に入らず、思わずいつもの調子で口を挟んでしまった。

「シナリオは用意されてるってことですか」

 言ってしまってからウェイバーは不遜な態度だったことに気付いたがハモンドは表向き苦笑するに留める。

「有体に言えばそういうことだが、そこまで綿密に演出するわけじゃないから安心してくれよ。こっちだって戦場がままならんことくらいは解ってるつもりだ。まさについ最近も味わったしな」

 根に持つタイプだな。ウェイバーは縮こまって引き下がる。

「それに今回の戦いには統合軍のゲストもいる。彼らと協力して向こうに華を持たせるのも仕事の一つだと思ってくれ」

 これにはさすがのソープも飄々とはしていられなかった。自分たちが主役であるならまだマシだが都合で役割をころころ変えられては困る。しかもそれを演出するのがこれまで放任してきた連中であるなら尚更だった。

「向こうにこちらの相手が務まりますかね。まして脚本家はアドリブ好きときたものだ」

 迂遠な言い方にハモンドは鼻白んだ。

「あくまでゲストはゲストだ。主役は君らで変わらない。必要ならゲストも含めて犠牲にして君らには活躍してもらう。もちろんケースとしては喜ばしいことではないから可能な限り避けたいがね」

 その可能な限りとやらが厄介なのだ。ソープは納得したようではないが言質として確認を取る。

「今の発言は現場判断の根拠としても問題ありませんかね」

 黒幕の反応はやはり苦笑だったが決して否定的ではなかった。自分たちで裁量権を確保しようとする図太さ。これがハモンドを悩ませるイレギュラーを呼び込む要因。一方で旅団の強さでもあろう。

「それで結構。実際のところこっちが一番危惧しているのは君らが勝敗に対して妙な責任感を持つことだ。君らは強い。状況を動かす力がある。それは認める。だが第11旅団の役割は勝敗を決することにはない。こっちが御膳立てした条件をクリアしてもらうこと。まずそれが第一でそれ以外は自分たちを守ることを優先してもらいたい」

 結局は前と同じか。この時ルビエールがついた嘆息を理解できた者はいない。勝敗など二の次。味方を犠牲にしてでも生き残ること。旧イージス隊の時と同じだった。ただ一つ違うのは今のルビエールはその方針に素直に従うほど従順ではないという点である。それは忌々しいことにハミルも同じはずだった。

 そのハミルはハモンドが求める共通認識に何のリアクションも示さず、興味なさげに問うた。

「それで、それはいつになる」

 急所を突かれたらしくハモンドはバツ悪げに頭を掻いた。

「そこが問題なんだ」

 4人の表情が変わる。ようするに決まっていないのだ。

「今からする話はこっちの管轄じゃないから俺に文句を言わないでくれよ。もちろん他人にも。月との同盟見直しと対共同体の話そのものはほぼまとまってる。これは決定事項と言ってもいい。ただ向こうさんが何やらタイミングを計っていてね」

 向こうさんとは統合軍、というよりも月のことか。連合側の準備はほぼ整っており待つことに意味があるとは思えない。むしろ兆候を掴んだ相手に対処する猶予を与える不利益の方が大きいだろう。

「あまり時間をかけると火星がどう動くか解りませんよ」

 当然の懸念をウェイバーが代表して口にする。全くの同感。今度はハモンドも皮肉を交えずにそれを肯定した。

「その通りだ。こっちも当然つついてはいる。その結果が独立機甲師団の派遣なわけだ。やる気そのものはあるとみていいんだろうな。それでもいま行動を起こすことを向こうさんは頑なに拒否していてね。独立機甲師団の派遣はやる気があることを示す一方でこっちが独自ではじめないための時間稼ぎでもあるってことだ。はてさて、一体何を待っているんだかな」

 月は何かを待っている。それぞれ想像を飛ばしたがハモンド以上に管轄外の5人に及ぶところではなかった。

「ま、君らは行けと言われた時に行くのが仕事。だろう?その時が来たら可能な限り迅速、かつ詳細に伝えるようにする」

 だから勝手なことはするなよ、とハモンドは言っている。まぁ努力はしよう、可能な限り。5人は太々しく受け止める。

「おっともうこんな時間か。喋り過ぎたな」

 ハモンドが時計を見て頭を掻いた。ほぼ間違いなくハモンドの愚痴が原因なのだが。

「次の予定があるんでね。今日のところはここまでにしておくとしよう。ともかく、自分たちの役割だけは守ってくれよ」

 一つ足りないな。4人は気づいていたがわざわざ口にするか迷った。その時、再び美貌の女性将校が咳ばらいをした。全員の注目が集まっても表情一つ変えることなく、ハモンドをじっと見つめる。それでハモンドは思い出した。

「ああ、忘れてたな。2つめ、野暮用の件だ。手短に言うぞ」


「黒幕として顔を見せておきたかったんだろうな」

 野暮用を預かって5人が会議室を出たところでハミルは誰に聞かせるでもなく呟いた。辛うじて聞き取ったルビエールが怪訝な顔を向けるとハミルは皮肉に顔を歪めてもう一言付け加える。

「ああ見えて律義な男なんだ」

 それで話は終わったのかハミルは黙って帰路についた。何の話かさっぱり解らなかったがルビエールは一点だけ何となく理解した。ハミルとハモンドは友人なのだろう。


「軍事交流だぁ?」

 ハミルたちが持ち帰ってきた案件にボスコフは困惑した。これはボスコフだけでなく旅団人員大方のリアクションに等しかった。

「親睦会でもするってのか?」

「そういうことも含めて将校同士で話し合いましょうってお誘いらしいですよ」

 ソープが肩を竦めて説明する。ミンスターに駐留する月統合軍第07独立機甲師団からのリクエスト。それがハモンドの野暮用だった。独立機甲師団はミンスターの軍港の端に半ば隔離された状態になっていた。立場的に目立つ演習なども行えないため完全に暇を持て余しているという。ハモンドの立場からは断りがたいし、そもそも断る理由もなかった。彼曰く

「向こうも向こうでやることがなくて暇だそうだ。ま?付き合ってやってもいいんじゃないか?」

 とのことである。ハモンドにはリスクがないから軽く言うが旅団からすれば胡散臭いことこの上ないリクエストだった。あのマツイとかいう男は何を考えているのかわからない。当然乗り気になるものなどいなかった。

 ハミルの方もボスコフと同じように乗り気ではなさそうだった。やはりハミルにもマツイのニヤケ面が脳裏を過っており、何がしかの面倒ごと、さもなくば山車にされるのではないかという懸念が浮かんでいる。

「断ってもかまわんが」

 そう前置きしてからハミルはルビエールの方を向いた。

「そっちはどうだ?」

 遠回しだな。ルビエールには嫌がらせのように思えた。ただ本当に嫌がらせをしてくるようなハミルではないだろう。思いなおして考える。旅団でなく、支隊の方で引き受ける。ハミルとボスコフにとってはそうなれば上々だろう。では支隊にとってはどうか?

 正直なところ興味はあった。ルビエールもマツイのような怪異とは付き合いたくはない。しかし怪異からこそ引き出せるものもある。しかも今回の場合はマツイ側からの誘いである。向こうには得たいものがあり、すなわちこちらにも得る機会を作ることができるのではないか。ハミルもそう考えている。これはルビエールも経験から実感していた。業腹な話であるがルビエールはそのような怪異を任せるには打って付けと見做されてもいるわけだ。

「期待に応えられるとは限りませんが」

 素直にやると言う前に前置きしておく。何かを得られるとしてもそれが期待に叶うものとは限らない。むしろ知るべきではない、扱いに困るような厄介な情報が出てくることもあり得る。これもまた経験から得たものだった。

「こちらは何も期待はしていない。そちらが機会に変えられるならそれに越したことはないというだけだ」

 無視してもいいがそれには惜しい。あとは単なる厄介払い。

「つまり内容に関しては関知しない、と」

 ハミルは無言で肯定する。それならそれで結構。こちらの機会として使わせてもらうか。以前までならしない思考をルビエールはあっさりと受け入れた。

「解りました。こちらで引き受けます」

 その言葉を聞いてウェイバーはがっくりと肩を落とした。


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