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18/5「彼方の友」

18/5「彼方の友」

 現時点で手に入れられる情報は集められたと判断したルビエールはウェイバーとジェニングスの2人を呼び出した。2人には情報を開示するという約束もあるのだが、今回の場合は2人の客観視点が欲しかった。

 話を聞いた2人の反応はルビエールの予測と差はなかった。ウェイバーが頭を抱えながら確認を取る。

「それじゃなんですか。そのリューベック何某はイスルギを手に入れることが目的じゃなくて、それどころかALIOSを提供することそのものが目的だったわけですか?」

「現時点では目的の一つとしてそう考えられるってだけだけどね。それ以外のことも起こってて誰も彼も疑心暗鬼に陥っている」

 ALIOSを拡散させる。それだけが目的であればあんな大がかりな事件は必要ない。大がかりにするところに「それ以外のこと」が隠されているのだろうが。

「ルビエールさんとしてはむしろそっちの方が気になるわけですね」

 そう聞かれると困る。気にはなるが自分たちには及ばない領域の話であり知ったところでどうにもなるまい。以前までのルビエールならそう思って言葉を濁しただろう。しかし、2人の前でそれを誤魔化したところで意味はない。他人に語って聞かせる。その過程でルビエールは自分自身が何を望んでいるかを自覚する。

「そうね。気になる。そこには何か大それたことが隠されている。私たちもいずれはそれに巻き込まれることになる」

 根拠はない。しかし確信を持ってルビエールが言い切ると2人もその何かに想像を馳せた。

 ウェイバーは早々に考えることを諦めて要点を切り出した。

「結局のところそのマサト何某が何者なのかってところじゃないですかね」

 WOZを動かしている組織の大物では済ますことはできない。むしろそれこそが問題になっている。

 なぜWOZの軍需企業のトップが自分の手札を地球に譲り渡す必要があるのか。立場と行動がまるっきり結びつかないのだ。この動きはWOZとクリスティアーノが交流を結んでいなかったことからもマサト・リューベック独自の動きということになる。

 一体こいつは何をやろうとしているんだ?

 ウェイバーにとっては得体の知れない怪人物。その所業も合わさって印象は敵に重きを置いていた。しかしジェニングスの見解は異なる。

「で、ルビエールさんとしてはその人の味方になりたいわけですね」

 例によって2人はギョッとさせられる。ルビエールは勘弁してくれと嘆き顔でジェニングスを見やるが当の本人はいつも通り口を閉じなかった。

「聞き方を変えましょうか。その人に味方であってほしい」

 勘弁するのはこっちのほうらしい。ルビエールは降参してやけくそ気味に認めた。

「ええ、そうよ。そうであってほしいわ」

 あくまで個人的な心情として。後ろめたげにそう付け加えるとルビエールはマサトとの個人的な関係性を説明した。マサトには大いに助けられた身の上である。まだひよっこだったルビエールにとってマサトの存在はコールやロックウッドなど以上の意味があった。マサトがいなければルビエールが軍人としての枠を越えることもなかっただろう。その点はマサトのおかげとも、せいとも言えるがそれなくしてリターナーを乗り越えることはなかっただろう。

 今にして思えばリターナーにおけるWOZの協力もマサトが密かにバックアップしていた可能性がある。ルビエールのマサトの味方になりたいという感情に十分な恩義があった。2人もその顛末を聞くと神妙になる。

「なるほど。話は解りました。聞く限りじゃ極悪人ではなさそうで安心しました。ですけど。自分の立場は忘れないでくださいよ」

「それくらい解ってるわよ」

 もちろん。現時点では到底そうはいかない要素だらけだ。マサト・リューベック。一体何をやらかそうとしているのか。知りたいと思う。

「で、もう一つ。ALIOSの話の方ですけど。こっちはどうするんです?」

 得体の知れないOS。マサト・リューベックの目的がそれを拡散することにあるのなら何かが仕掛けられていると考えて当然だろう。上層部が受け入れたからといってはいそうですかと無条件で受け入れられるものではない。ALIOSは現在支隊で運用されるHV全てに搭載されている。仮にトラップが発動した場合、支隊は全ての戦力を失いかねないのである。

 ウェイバーが切実と考える問題に対してジェニングスは逆の考えを持っていた。

「それに関しては話してもしょうがない気もしますけどねぇ」

 支隊に限らず旅団も多数のRVF15とVFH16を運用している。これらの代替が用意されない限りALIOSを運用しないという選択肢は取りようがない。用意されるとも思えない。結局のところ使い続けるしかない。

 確かにできることはないだろう。だが何の行動も起こさないことが正しいとはウェイバーには思えなかった。

「そうでもなくとも正体は突き止める必要はあるだろうよ」

 ALIOSの正体を突き止める。それができれば何をすればいいかもはっきりする。上層部を動かすこともできるだろう。

「どうやって?」

「ど、どうやってって…」

 解析して正体を掴む。当然そんなことはクサカが必死にやっているだろう。何の知識も

 伝手もない自分たちがやってもしょうがない。

 煮詰まったウェイバーをジェニングスは鮮やかに切り捨てた。

「自分の立場は忘れちゃいけませんよ」

 ぐぬぬと唸るウェイバーをルビエールはニヤニヤしながら見ていた。しかし次の瞬間にはジェニングスの矛先はルビエールの方を向く。

「ま、これは真っ当な手段での話ですけどね」

 真っ当な手段以外なら他にもやりようはあるだろう。その示唆にウェイバーは思い当たったが口にすることは避けた。当然ルビエールも既にその手段に行き着いていた。

 当の本人に聞けばいいだけの話。相手がWOZの人間であることが解ったのだからルビエールのコネクションで情報を引き出せる。上手く行けば本人ともコンタクトできるかもしれない。彼自身の目的も合わせてそれで解決できる。

 やっぱりそうなるわよね。ルビエールは頭を掻いた。

「いよいよ軍人の道を踏み外すことになるわね」

 カリートリーからも示唆されていた手法である。ルビエールもそのためにコネクションを使うのは妥当に思える。むしろこういう時に使わなければ何のために持っているのか。

 立場を忘れるなと諭した次の瞬間に立場を逸脱させる選択をさせることになったウェイバーはバツ悪げに意味のない意見を出した。

「どうせその方面もマウラがやってはいるとは思いますけど」

 ウェイバーの想像通り、もうそれは済んでいる。カリートリーはクリスティアーノが何らかの保証を受けたことを示唆している。いずれはこっちにもその情報は入ってくるだろう。しかしルビエールはそれを待つことがいい選択とも思えなかった。

「確かに待っていてもいずれ答えは出るでしょうけどね」

 ジェニングスのフォローは言葉とは裏腹にウェイバーとは全く逆方向の斥力を持っていた。それでは遅いのだ。言外の訴えに背中を押されてルビエールは決断する。2人に話したのもその是非を問うことに重きがあった。

「解った。そっちの伝手を使ってみるわ」


 2人を下がらせ再び通信室に舞い戻ったルビエールだったがそこからの動きは鈍かった。決めはしたもののまずどう聞き出すべきか。馬鹿正直に聞いても惚けられることもあるだろう。聞き出せるにしてもタダということにはならない。その場合は一体何を要求されるか。答えに対する迷いが予防線を張ろうとする。

 1時間程度シミュレーションに使った頃にはその日が終わるころになっていた。結局一日をこの件に使って休暇は終わりかけていた。2人にやると表明した手前は、今日のところはやめておくという選択だけは最初に排除される。

 ウェイバーではないのだ。格好悪い。萎える気持ちを奮い立たせてルビエールは決行をすることにした。時間を確認するとWOZの基準時間で深夜だったがそのことはむしろ勢いを加速させる。多少は頭の回りが鈍いマチルダの方がマシだろう。叩き起こしてやる、という後ろ暗い感情に任せてルビエールは通信を飛ばした。

 前回のような出だしを想定していたルビエールだったがマチルダの応答は平静且つ無機質だった。

「どうも。どういったご用件で?」

 いつもなら皮肉の一つや二つ浴びせてくるだろうに。その日のマチルダ・レプティスは夜中の通信であることを差し引いても様子がおかしかった。いきなり本題を求める辺りその内容を察しているのではないか。そしてその内容を歓迎してはなさそうだ。

 さて、どうしたものか。ルビエールは事前想定が全く役に立たないと感じた。こうなれば自棄だ。むしろ失敗してもいい。ルビエールは一番使わないだろうと思っていたカードを切った。

「シミズ・マサト・リューベックなる人物を紹介してもらえないでしょうか」

 これ以上ないほどの単刀直入な切り込みへのマチルダの反応は無だった。ただし努めて無であろうとしての無。その裏にあるものを隠している。ルビエールの要求は想定外のものではなさそうだった。

 しばらく間を置いて、マチルダは溜息をついた。諦めでもしたのか、少しだけいつもの表情を取り戻す。

「藪から棒ですわね。いろいろ聞きたいことはありますが、まずはどういった了見なのかお聞かせください」

「地球で起こったクサカ、並びにイスルギ社の襲撃事件に関して聞きたいことがあります」

「それをなぜシミズ・マサトに?」

「彼が関わっていると考えられるからです」

「それをなぜあなたが?」

「興味があるからです」

「つまり、これは私的な用件ということですか」

「そうですね」

 マチルダは呆れた顔をした。次に口をついた言葉は彼女らしく捻じれていた。

「あなたのその妙な素直さが嫌いですわ」

 前と逆じゃないか。ルビエールが苦笑するとマチルダはようやくいつもの調子に戻った。

「さて、私の公的な立場から申しますと、そもそもシミズ・マサトがその件に関わっているということからして受け入れがたい話です。妄言と言ってもいい。そのような妄想と私的好奇心でWOZ国民、それも貴族の紹介してくれなどお話にならないと言ってもいいでしょう」

「なるほど。で、私的には?」

 慣れたものでルビエールはマチルダの建前を完全に無視した。顔を顰めてマチルダは一枚の紙を手に取った。

「私の立場表明は控えさせてもらいます。ですが、当の本人から言付けを預かっていますのでそれを伝えます」

 予測されていたってことか。ルビエールは驚きはしなかった。あれだけ大胆なことをやりながらもマウラには周到に根回ししていた男である。その気配りが自分にも向けられていたことがどこか嬉しくもあった。

 マチルダは軽くため息をついてから事務的に読み上げ始めた。


 1つ。ALIOSに関しては地球連合のみならずWOZにおいても既に用いられており、今後さらに世界的に広まるものである。これらに連合で用いられているものとの差異はなく、問題なく使用可能である。ALIOSがあなたに害をなすとするなら、それは敵として相対した時のみである。

 2つ。クサカとイスルギ以外の件に関してはこちらの私的な意思表明であり、あなたはもちろんクリスティアーノにとっても関係のない領分である。あなた方はこちらに関わるべきではない。

 3つ。クリスティアーノの戦いと自分の戦いは異なる。そしてあなたの戦いも異なるだろう。しかしあなたがどちらへ向かい、誰と戦おうと僕はあなたを友人だと確信している。あなたにとってもそうであると願う。


 そのメッセージの内容に大した情報はなかった。しかしルビエールにとっては過不足のない充分だった。

「以上です。内容に関して私から答えられることはありませんので悪しからず」

 マチルダはそう結ぶ。不機嫌そうなその顔はこのやり取りを終わらせたがっていたがルビエールはその襟首を掴んで引き戻す。

「内容以外のことは答えてくれるわけですね?」

 不遜な物言いにマチルダは露骨に嫌そうな顔をしたがそれだけだったのでルビエールは引っかかった点を聞いた。

「その言付けは私が連絡をした場合にのみ伝える約束だったんでしょうか」

「そうです。貴方から接触があった場合のみ伝えるようにと」

 マチルダ側からルビエールに積極的に伝えることもできたはずだ。そうしなかったのはルビエールの覚悟を問うたと考えていいだろう。

「彼はいまどこに?」

「こっちが聞きたいくらいです。知っていても教えませんが」

 ぶっきら棒な応対にルビエールはおかしくなってしまった。この女、意外と解りやすい。そこでもう一点気になることが増えた。マサトの言付けはそれ自体が機密だ。それを預けられるということは。

「あなたもマサト・リューベック側の人間と言うことでしょうか」

 マチルダは答えたくなさそうだったが答えないでいることも癪に障るのか。少し迷いはしたものの出された答えははっきりとしたものだった。

「ええ、そうです。私は彼の味方です」

 その言葉に含まれる棘にルビエールは苦笑いした。今日のマチルダの違和感、不機嫌にも納得がいく。

「解りました。メッセージは確かに受け取ったと友人に伝えてください」

 ふん、と鼻息をならすとマチルダは僅かに頷いて通信を切った。笑うルビエールの顔からはそれまでの迷いが消えていた。

 ごく短時間のやり取り、得られたものも僅かだった。しかしもっとも重要なものは得られた。懸念、推測だった部分にマサト本人による保証はされたがそれに然したる価値はない。ルビエールにとって重要なのはたった一つの単語だった。

 マサト・リューベックはルビエール・エノーを友人と定義した。マサトを信用したいと願うルビエールが必要としていたものとは、自分でも驚くほどちっぽけで根拠薄弱なものだった。しかし他の誰にどう見えようがそれで吹っ切れてしまったのだからしょうがない。

 マサト・リューベックは自分を友人と呼ぶ。自分もマサトを友人と呼ぶにやぶさかではない。であるならば、これを信用するのに何の呵責があるだろうか。


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