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18/1「過去からの亡霊」

18/1「過去からの亡霊」

 地球圏各地で同時多発的に発生した襲撃、破壊行為は実行者以外にその全容を把握できているものはいなかった。軍事研究を行っているような施設だけならまだしも一見すると全く関係ない場所でも似たような事件が起こっていた。これらの施設の多くは秘密を抱えており情報が出揃わない。ゆえに誰もが疑心暗鬼に陥っていた。何を狙いにしているのか。そもそも、一体どこまでが「一連の事件」であるのか。

 この事件には多くの勢力が巻き込まれる側であったがそれら勢力の上位にあたるプロヴィデンスも例外ではない。プロヴィデンスの管理者コンサルトことエドワード・ソーグは即座に事件に対処するために動きだした。襲撃された施設の中にはプロヴィデンスと関りのあるものがいくつもある。直接的にプロヴィデンスが攻撃されたわけではないが相手の狙いが解らない以上は無視するわけにもいかない。

 この時点でコンサルトはこの事件をもっとも俯瞰的に見渡せる位置にいたがそのコンサルトをもってしてもその事件の全容、特に狙いを絞ることは困難だった。もっとも、それはコンサルトの役割ではない。自分たちに関りを持っている要点を洗い出し、対処する。まずはそこからであり、それだけであればコンサルトだけで問題ないはずだった。

「で、そろそろ何が起こっていて、何を確認するのか聞きたいね」

 助手席で暇を持て余していたベイカーが痺れを切らしたのか問い詰めてくる。問われたコンサルトは無表情を維持したが招かれざる同行者にウンザリしていた。ベイカーは事件の発生直後にはコンサルトの動向を確認し、その動きを待ち伏せて調査に無理矢理帯同していた。そのフットワークは褒めるべきだろう。

「誰かが山火事を起こし、その間に火事場泥棒を行った」

 端的に過ぎる表現だったが内容自体は大きく離れていないだろう。問題は何を盗んだのかだ。それを特定するには規模が大きすぎる。煙幕が濃すぎて盗まれた本人がそれに気づいていない可能性がある。そんな間抜けだけは避けなければ。

「どうせマウラが関わってるんだろ?なら奴に聞けばいい」

「そうかもな。君がそれをやってくれて構わない」

 もちろんそんなことは不可能だ。ベイカーは肩を竦めた。

「なるほど話は解った。だからと言って闇雲に動いてるわけじゃないだろう」

 残念ながらそれも問題だった。コンサルトは率直に言う。

「我事ながら心当たりが多すぎる。相手の狙いがそのうちの一つとも限らない」

「まさか手あたり次第か?」

「御免被るよ。そもそも今は犯人もその目的も突き止める必要はない。対処するのが我々である必要もない。重要なのはこちらの被害、その確認だ」

 それだけは外部の者にやらせるわけにはいかない。できればベイカーにもやらせたくはないのだが。

 コンサルトらは地中海に浮かぶ島にいた。歴史的には重要な島であるが現代においては見捨てられたその島にプロヴィデンスと関わりのある施設はあり、そこもまた一連の事件に巻き込まれたと考えられている。

 目的地のかなり手前で地元警察が立ち入りを制限していた。2人は本土の調査官ということになっており、あっさりと通行が許可される。

「中がどうなってるか掴めてません。気を付けてくださいよ」

「ありがとう。我々は一陣だ。無理はしないよ」

 上品な返しに地元警官は気をよくして2人を見送る。さらに奥地へと進み下界からは完全に隔離された山奥にその施設はあった。はずである。

「こいつはひでぇな」

 そこには見るべきものはほとんど残っていなかった。その先が異世界であることを示す物々しいゲートは爆発の衝撃でかしいで役割を果たしていない。もはやその必要もないのかもしれないが。

 2人は車を降りるとゲートを乗り越えて敷地内に入る。建屋の一部だったと思われる瓦礫がそこら中に散乱しており、一部はいまだ燻っていた。

「まだ誰にも入らせていない。何が残っているかわからんぞ」

 キョロキョロするベイカーにコンサルトが義務的に警告する。

「爆弾でも貯蔵してたのか?」

「表向きは銃の製造工場だ。狩猟用の散弾銃が基本で特段珍しいものは作っていない」

 ベイカーは冗談のつもりで言ったのだが当たらずも遠からずだったので反応に困った。もちろん銃の製造工場だからと言ってここまで派手に爆発することは考えづらい。何者かの破壊活動なのは間違いないだろう。

 慎重に周りを確認しながらソーグは敷地奥に進んでいく。道中で必要なことだけ説明した。

「爆破時刻は深夜2時前後、従業員はほぼ無事で無人に近かったと考えられる。ただし2名ほど行方不明だ」

「その2名が肝なわけだ」

「施設管理者だ」

 つまりプロヴィデンスの息のかかった。もっとも、当の本人たちはプロヴィデンスなどという組織のことは知りもしなかっただろう。可哀想になどと上辺だけ口にしてベイカーは自分の興味に移った。

「で、ここには何があった?」

「何も。ここはハブだ。プロヴィデンスが情報をやり取りするための中継地点というのが本質、だった。ここ自体に大したものはない」

 目的地に近い場所に辿り着いたのか、コンサルトは立ち止まると周囲を物色し始めた。ベイカーが尋ねる前にその行程は終わり、コンサルトがどかした瓦礫から排水溝の蓋が現れた。

「さすがに頑丈だな」

 コンサルトが珍しく満足げな顔を浮かべた。

「まさかここに入るのか?」

「ついてこいとは言ってない」

 ベイカーは躊躇したが蓋が開くとそこにはさらにもう一つの蓋が現れた。シェルターのように強固で、何よりベイカーにとってありがたいことに清潔そうな入口だった。

 梯子を降りるとそこは別空間だった。もとあった工場のそれとはまったく異なる用途で作られた無機質な空間。コンサルトの部屋に近い。

 20メートルほど伸びた通路の先にさらに物々しい扉があった。銀行の金庫よりも仰々しく、何者の侵入も許さないことを誇示している。扉の両端に訪れる者に審判を降すためのコンソールがある。

「右へ」

 それだけ言うとコンサルトはカギを投げ渡した。ベイカーはそれだけですべきことを呑み込むと右のコンソールに立ち、コンサルトに倣ってカギを差し込む。

「1、2、3」

 同時にカギを回すと扉が開き始めた。ベイカーにはひどくシンプルに思えた。

「これまた簡単に開くじゃないか」

「言ったろ。大したものはない」

 素っ気なく言うとコンサルトは扉の向こうに足を踏み入れた。

 大したものはないだって?ベイカーは口元を歪めた。大した広さはない部屋だったがそこには古今東西の貨幣、金塊。さらに食料と銃、その弾薬がびっしりと詰まっていた。さらに壁は無数の金庫で埋まっている。そこにも何らかの物品が眠っているはずだった。

「すげぇな。いくらあるんだ?」

「額か?そんなことは問題ではない。重要なのは襲撃者がこれに全く関心を持っていなかったということだ」

 コンサルトの見たところセーフルームには弄られた形跡はなかった。ここからは何も持ち出されていない。となれば襲撃者の目的はハブそのものということになるか。なぜそんなことをする必要があるのか。こちらの連絡網を破壊するため?それには規模が小さすぎる。そもそもこのハブはプロヴィデンスの情報網の中ではある限られた部分でしか使用されていない。古く、ほとんど誰からも忘れ去られた通信網だった。

 だからこそ、か。コンサルトは思い起こした。数ある襲撃地点の中でこの場所がコンサルトの目に留まったのはそれがほとんど忘れ去られた場所であったからではなかったか。

「そういうことか」

 コンサルトの脳裏に自分たちを呼ぶ者の姿が浮かび上がる。

 ならばこれ以上ここに留まる理由はない。コンサルトは踵を返すと部屋から出ていった。鍵の掛け直しすらしないのでベイカーは慌てた。

「おい、これどうするんだよ」

「肉体労働がしたかったのか?二陣が回収する。何なら残って手伝ってもらってもかまわない」

 ほんとに一陣だったのか。ベイカーは名残惜しそうにセーフルームを後にした。

 車に戻るとコンサルトは運転をベイカーにさせて自身の端末で島の空港で待機しているカセレスに連絡を取る。

「私だ。30分後に戻る。すぐに飛べるように準備を」

 それだけで通話を切ると、またすぐに別の通話を始める。

「私だ。2つほど確認を取りたいことがある。資料を送る。至急で頼む」

 ベイカーの運転は乱暴でコンサルトは端末の操作にいくらか苦労した。

「次はカスティヤーノに連絡する。少し揺らすのをやめてくれ」

 運転に文句を言われて腹が立ったが連絡相手が盟主であることを言われてベイカーは仕方なく速度を落とした。

 隣にベイカーがいるからか。カスティヤーノとコンサルトの連絡は大したやり取りはなかった。現地を確認したことと手掛かかりから調査してみることだけの手短なもの。

「承知しました。では」

 通話を切るとコンサルトはしばらく考え込んだ。速度をあげながらベイカーは目ざとくそれを察知した。

「何か腑に落ちないか?」

 ベイカーの意外な機微にコンサルトは感心する。その報酬か。コンサルトはぼそりと呟いた。

「カスティヤーノはこの件に興味がなさそうだ」

 この呟きにベイカーはさほど驚かない。カスティヤーノには考えることが他にいくらでもあるだろう。組織そのものが攻撃されたわけでもないのに末端の被害に関心を示す方がおかしい。と、なればコンサルトが考え込むのはカスティヤーノの関心ではない。

 コンサルトにはこの件に関して引っかかるものがある。そしてカスティヤーノはこの件に興味がない。ベイカーは実にらしい思考を発揮した。

「なら、好きにやれるな」

 驚いたコンサルトのリアクションはいつもの切れがなかった。

「君と一緒にしないでくれたまえ」

 苦笑して首を振る。言葉とは裏腹にその脳裏には既にベイカーの差し込んだ思考が食い込んでいた。それを確信してベイカーはほくそ笑む。

「それで、何を見つけて、これから何が起こるんだ?教えてくれよ」

「ダメだ」

 シンプルな拒絶にベイカーは目を丸くした。立場上そんな経験は久しくなく、返すべき言葉が見当たらずベイカーは黙り込んだ。

 島の飛行場にはソーグたちが乗ってきたジェット機が既に準備を終えて、留守居のカセレスが2人を待っていた。

「つまらない役をさせて悪かったな」

 ベイカーがいなければ帯同させたのだが。ソーグが労うとカセレスは上品に微笑んだ。

「こちらもいい経験になりました。30分で飛行機を飛ばす準備をするというのはなかなか手間がかかるものなのですね」

 遠回しの嫌味にソーグは苦笑する。

「で、行先は?」

「まずはドゴール。そこから先は対象の居場所を調べてからだ。場合によって空路は使わない」

「陸路の手配も?」

「そうだな。やってもらおう」

 頷くとカセレスは一足先に飛行機に乗り込んでいく。コンサルトは招かねざる客にツアーの終了を告げた。

「ドゴールまでは送るがそこまでだ」

「はいはい」

 今や完全に蚊帳の外になってしまったベイカーは不機嫌を隠してはいなかったがコンサルトにそれを何とかする気はない。

 席についたコンサルトの端末に一報が入った。それは偶然と呼ぶにはあまりにも都合の良すぎる符号だった。コンサルトは表情を変えなかったが内心では苦笑いした。

 さて、困ったことになったな。

 コンサルトは岐路に立たされていることを自覚した。この調査は組織のための仕事の範疇を越え、ソーグ自身の好奇心によって歪められつつある。かといってコンサルトの立場から言って無視はしかねることも事実である。

 なら、好きにやれるな。

 ソーグはカセレスを呼び出すとペンを走らせた。

「次の目的地が決まった。この列車に乗りたい」

 カセレスが受け取った紙には欧州を縦断する鉄道のとある便が記されていた。奇妙な指定にカセレスは首を傾げるが彼なりに推測して納得する。

「この列車が目的地なわけですね」

 ソーグはその推測に満足して頷く。

「すぐに手配します」

 カセレスが動き出す。つまりソーグの独断が。瞑目してソーグは頭を整理した。

 この一連の事件はプロヴィデンスへの攻撃ではない。少なくとも本命ではないだろう。しかし明確にプロヴィデンスを意識してもいる。そんなことをするのは何者であろうか。予想はつく。

 誰にも聞こえない声でソーグは呟いた。

「過去からの亡霊、か」


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