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2/4「切り札」

 2/4「切り札」

 4度目のCSAを目の当たりにしてルビエールのバイパスは目まぐるしく切り替わり続けていた。この作戦で共同軍HV戦力が受けた損害は総合で250機を越え、これは当面の作戦行動に甚大な影響を及ぼすだろう損失だった。機体はいくらでも用意できるだろうがパイロットはそうはいかない。これは覆しようのない結果であり、ここから連合軍の支払うであろう被害を算出しても到底釣り合わないだろう。

 ルビエールも戦術画面で後方待機していた部隊が突進してくるのを確認していた。早い。包囲ミサイルに晒された味方には目もくれずに後退する連合軍を追撃せんとしている。その動きでAABであることは確信できた。

「追撃部隊の機種確認。CLZ01マトリクスも含まれています!」

 不吉な機体名が戦術画面に姿を見せた。ゾーイとも呼称されるその機体は共同体に属する民間軍需企業ジオ・オーディナンス社の生み出したハイエンドHVであり、超高価かつ少数生産ゆえの高品質を誇る機種だった。自社名を捩った形式番号に並々ならぬ熱意が込められている。

 CLZ01は現時点で存在するHVの中にXVF15に対抗できる機体はあるか?と議論したなら真っ先に候補にあがるだろう。その特徴は軍用規格を無視した高品質にある。軍用HVとは軍用規格に沿った代物であるが、その規格とはコスト・整備効率とは決して無関係ではいられない。CLZ01はコスト・整備規格を無視したオーダーメイドじみた手作業によって生産されている。本体のほとんどを高度な専用規格部品で構成しているため部品の調達性は劣悪、取り扱う整備員にも高度な技術と知識を求められる。拡張性も無視されており民間規格として一般に出回っている携帯武装以外のほとんどの装備に対応することができず、火力面はそれらの民生品に完全に依存している。その設計思想は愛称である「マトリクス(母体)」にも表れており、HVとしての基本的なスペックを追求した機体であった。

 ようするに本体性能に極振りした性能であり、それはXVF15に近い発想とも言える。メーカーも半ば技術力示威のために作っていて量産することを想定しておらず、まして実際運用するとなるとサポート外と匙を投げる始末だった。そんな機体を運用するには想像を絶するコストと運用制約が発生する。

 それを許される部隊は共同軍最精鋭たるAABの中ですらごく一部だった。しかしそれは実際に相対する者にとってみれば何の慰みにもならない。それ以外の機体も高度な調整を施された機体に高練度のパイロットを組み合わされており、現実問題として連合軍の現行主力機であるVFH11では分が悪く、まして後退戦という条件下ではより深刻な差になるだろう。

 ここでルビエールはキャプテンシートから徐に腰を上げた。誰もが部隊の後退を指示すると思っていた。

「第一小隊、そちらにAABの新手が向かっている。迎撃できる?」

 ほとんどのクルーは耳を疑ったようでルビエールの方を見た。現場でも同じなのか通信が返ってくるのには間があった。

 答えたのはエドガーだった。

「ようやく来る奴が来たな。試してみようじゃないか」

 その声にエースが持つどう猛さが垣間見えた。完全にやる気になっている。

「ちょ、ちょっとまってください!それは危険すぎます。無意味なリスクを背負う必要はありません!」

 エディンバラが声を荒げた。彼とてマトリクスの性能とAABの勇名は知るところだ。しかも部隊は逃げている最中なのだ。開戦時からパラノイアに捉われている彼には悪い予感しかしなかった。

 しかしその悲観は相手には全く響かなかった。ルビエールはエディンバラを見据えると小首を傾げた。

「無意味とはどういうことか?」

 改めて問われるとエディンバラは怯んだ。ルビエールは溜息をついた後に言葉を連ねた。

「現在、艦隊は防空ミサイルを持たない完全な無防備だ。奴らはこれを看破している。つまりHV部隊に対する追撃ではなく、こちらの後退に乗じて浸透を図っているということだ。ローテンリッターはこれを妨害するために前に出ている。これを援護することは無意味どころか艦隊への大きな貢献になるだろう。そして、それが可能なだけの能力を我々は保有しているし、それを証明することも私たちの仕事のはずだ」

「仰りたいことは解りますが、事にはタイミングというものがあります。今は条件が悪すぎます。いまのXVF15はほぼハンドメイド生産の貴重品なのです。問題点を見つけるたびに逐次改良を施す関係上、失ったからと言って安易に生産できるシロモノでもありません。それはパイロットもです。テストのためには継続性を必要とされます。つまりパイロットが変わればやり直しも同然ということです。しかるべきリスクを負うにしても別のタイミングがあるはずです」

 企業人としての処世術か、エディンバラは決して激することはないにしろ、理解しているわけでもないのに理解した風を装って言い募った。

 言葉遊びだな。ルビエールはエディンバラに対して侮蔑の感情を抱き始めていた。タイミングとはなんだ。エディンバラはただ「今」を避けたいために言葉を連ねているに過ぎない。ルビエールは悪いタイミングこそがチャンスなのではないのかと考えていた。実績というものはリスクのない小さきを積み重ねて得られるものではないし、御膳立てをされて手に入るものでもない。

 しかし言葉遊びはルビエールも同じことだった。実際のところはルビエールにとって実績云々は些事だった。いまイージス隊はピレネーの時と違って明確に味方の損害を抑えられる手立てを持っている。それを行使しないでいることが正しいとはルビエールには思えない。それこそこのリスクある選択の理由になっていた。

「XVF15は時間稼ぎもできないのか」

 ただ足止めをできればそれでいいのだ、ローゼンリッターと協力してであればそこまで勝算のない賭けではないはずだ。それにルビエールにはもう一枚手札がある。

「何なら9番機を出しましょうか?」

 不意に伊達眼鏡の少年がエディンバラに向けて言った。

 出しますとはなんだ?とルビエールは怪訝な顔をした。会話の流れからするとそれは出撃するという意味なのだろう、誰が?エディンバラを見ると明らかに狼狽した顔を横にふっていた。

「バカな、ありえません」

「んじゃ、黙っててくださいよ」

 一体どういう力学が働いたのか、そのやり取りはエディンバラの主張を挫くことに成功したようだった。口に綿を詰め込まれたような顔をしてエディンバラは席に腰を落とし、マサトは続きをどうぞとルビエールに促した。

 摩訶不思議なマサトからの援護に感謝をしつつルビエールは最後にリーゼに意見を促した。

「すでに後退している第二小隊を念のために後詰に、第三小隊にも引き続き護衛に当たらせるべきかと」

 ルビエールの賭けには何も言及することなくリーゼは淡々としていた。リーゼの考えに興味がないわけではなかったがそれは後回しにしてルビエールはそのように指示を飛ばしていた。


「第一小隊、交戦を許可する」

 まさか出撃した時はこんなことになるとは思っていなかった。エドガーのもう一山あるという言葉をエリックは思い出していた。

「こちらローテンリッターリーダー。前線に張り付いている部隊は自殺志願者でもなければ後退しろ。さもなきゃ弾除けに使うぞ」

 前線用帯域通信にドスを効かせた声が響いた。

「あー、こちら試験小隊のリーダーだ。指揮官殿のお許しが出たんで付き合わせてもらうぜ」

 ほう、と通信の向こう側でローテンリッターの小隊長ゲルハルト・ボーマンは好奇心をざわつかせた。

「新型機の御一行様がいるのは聞いている。やる気のある奴がいるのは結構だ。だが、面倒は見てやれんぞ」

「そこまで厚かましくはないさ」

「結構。ゲルハルト・ボーマンだ。TACはベア。CSは長ったらしいから勘弁してくれ。そっちはなんと呼称すれば?」

「悪いがこっちは番機呼称になってる。個人特定はここでは控えさせてもらうよ」

「そいつは厄介だな。そっちの事情もあるだろうが連携も考慮するならせめてCSくらいはつけといてくれ」

「OK。帰ったら文句を言っておく」

「お互い後退するときは報告するようにしよう。健闘を祈る」

 まるで古くからの知り合いだったかのような流れで簡潔なやり取りが行われた後、即製の迎撃部隊はこの戦い最大の山場に挑んだ。


 イージス隊の艦であるエスクード級3番艦「イージス」の艦長ロバート・コールは老齢で若いスタッフだらけのイージス隊にあって極めて古参の軍人だった。熟練の船乗りであり、多くの艦で航法管制として、また艦長として従事してきた。

 コールの階級は少佐であり、ルビエールの大尉を上回っている。これは幕僚の誘いを固辞して現場の船乗り軍人として生き続けてきた結果であり、彼自身は隊の指揮権を有しているわけではない。パイロットの名誉階級に近しく、珍しい事例ではあるものの指揮系統上の問題があるわけではない。それでも現場の指揮官にとって名目上だけとはいえ自分より高位のものがいることは面白いものではない。さらに現場において強い信任を得ているとなると猶更のことである。

 その異質さゆえにコールはイージス隊に召致されたのだと解釈している。ようするに扱いに困って厄介払いをされたということだ。ほとんどの者にとってイージス隊はキャリアのスタート地点、もしくは踏み台であったがコールの場合はキャリアの締めくくりとなるだろう。とはいえ、コールは左遷という捉え方はしていない。むしろ上手い使い方を考えたものだと関心すらしていた。

 戦術画面を注視しながらコールは一つの可能性を模索していた。この状況を打開することができるかもしれない。しかし、この部隊の性質を考えると無用な危険を伴う。

 イージス隊においてコールは艦長職に専念し、部隊運用には関与しない姿勢をとっている。それはコールのこれまでの立場と変わらない。コールを含め、ほとんどの軍人組には試験小隊運用という勝手の違う部隊での自身の領分に迷いがある。どこまで踏み込むべきか、どこまで許容されるのか。

 コールはルビエールに視線を送ってみた。この孫世代であってもおかしくない若い指揮官のブリッジ上でのやり取りをコールは全て耳にしている。若さゆえの切り替えの早さと柔軟性はコールも驚かされる。何より変化の激しさがコールの興味を惹いた。それを成長と呼ぶべきかわからないが自分の置かれた状況下で役割を果たそうと苦闘しているのは察せられる。その様子を微笑ましいと老兵ならではの感性で観察していた。

 賭けてみるのも一興か。深く考えてもしょうがない、言うだけ言ってみればいい。

 このような感情を抱いたことはない。ベテランならではの堅実さを持ち味とするコールの心境変化は投げやりなところからきていた。キャリアを上積みすることにほとんど価値はなく、試験部隊の行く末も自身に影響しない。無難にやり切れればそれでよく、またそのように期待されてここにいるのだろう。つまるところコールは試験小隊にもクサカにも興味を持たれていないと考えていて、コール自身も興味をもっていなかった。

 老兵の意識は常に前線にある。長年にわたり第一線で活動してきた老兵の矜持が戦闘に貢献できないことにイラ立っていることを自覚している。クサカに対する感情もほとんどの軍人組と共有していた。

「艦長」

 視線に気づいたルビエールの声に正対するとコールは次の言葉を待った。船に自分より若い指揮官を迎えることを当たり前として久しいがこれほど若い者はいなかった。

「艦を前に出そうと思いますが、どの程度までいけると考えますか?」

 ブリッジ内を激震が走った。ただコールを襲った衝撃だけは異なるものだった。コールは平静を取り繕って目を細めると自身の考えを述べた。

「本艦であれば艦隊前面までは十分にいけるでしょうし、離脱も可能でしょう」

 エスクード級はクサカ社の作る最新鋭の軍用艦艇である。3番艦イージスは元々クサカ社がテストベッドとして保有していた艦で試験小隊に箔をつける目的で回された。その性能は1・2番艦で既に実証されている。些かオーバークオリティなところもあって次期主力艦としては少々手を加える必要があるだろうとコールは見ている。とはいえ、いまのイージスの持っている優位性はそこにはなかった。コールは状況理解の追い付いていないエディンバラをちらりと見て、彼が回復するより先んじろうと前置きを省いた。

「防空ミサイルですな」

 一瞬の驚きの後、ルビエールの顔は不敵な笑みを作った。

「さすがですね艦長」

 そう、イージスには防空ミサイルが残されている。それも対艦ミサイルを廃した分だけの量だ。艦隊全体の量から見れば微々たるものであるが、それでも「ないはずのものがある」のである。意表を突けるはずだった。

 イージスは防空ミサイルセルをCSAミサイル並みの数で搭載している。その名の通りに艦自身を守るために使用する自衛用ミサイルで、対HVとしてはもちろん、対艦ミサイルの迎撃も用途に含まれる。極めて高い速力と誘導性能を誇る一方で高コストで誘導性能の一部を艦自身の索敵力に依存しているため最大限に誘導性能を発揮する有効射程圏は自立誘導を行うCSAミサイルほど広くはない。また、一度に大量に使用することを想定していない。そうしようとしても誘導処理が追い付かず、散発的な発射となるかお粗末な誘導ということになるだろう。

 しかし、新鋭艦エスクード級はこれを多目標に対して使用可能な索敵処理能力をもつことを非公式ながら実証している。これを知る者はあまり多くはない。コールはその一人だった。

 コールはさらに述べた。

「現在のAABの突出は2つの判断に支えられております。1つは艦隊に防空能力が欠けているという判断、2つはこちらが後退局面にあるという判断。この2つの判断によって危険性がほぼない一方的な狩りが行えると彼らは思っている。これは実際その通りですが、その判断に迷いを生じさせれば突撃を鈍らせることになるでしょう」

 寡黙な軍人と見なされていた老兵の饒舌は多くの者を驚かせたると同時に反論よりも耳を傾けることを優先させた。これを援護にルビエールは言葉を重ねる。

「この戦いの趨勢が既に決しているのは相手も承知している。AABが当初は前線に出てきていないことからも共同正規軍とは別の意図によって動いていたのは間違いないだろう。つまり、何が何でも逆襲してやろうという心構えでこの突撃を行っているわけではないはずだ。言ってみればAABは状況に踊っているだけだ。これをやめさせるには興を殺いでしまえばいい。白けさせてお開きにする。手っ取り早いのは相手を驚かせてやることだ」

 そこで、あるはずのない防空ミサイルの出番ということだ。

 コールはルビエールの言い回しに内心苦笑しつつも感心していた。面白い表現だ。状況に踊らされるのでなく、状況に合わせて踊る。AABは即興で行動しているに過ぎず、必ずしも状況を支配しているわけではないということだ。

 問題となるのは艦を前に出すということに対する拒否反応だった。コールとルビエールの2人はエディンバラを意図的に無視して話を進めている。

「肝要となるのはAABの前進速度と艦隊前衛の後退速度。本艦が前衛に直接的に移動すれば相手に不審がられましょう。双方の距離が防空ミサイルの射程圏に入ると同時に本艦も前衛に合流する形が理想です」

 艦を前に出す、この案をエディンバラに納得させることは可能だろうか?難しいだろうとコールは思っている。しかし、納得しようがしまいがルビエールさえ覚悟を見せてくれれば強行する腹積もりだった。コールは艦長であり、いかな試験小隊であろうと今現在、イージスはコールの船であり、イージスの運用スタッフはコールによって掌握されている。

 エディンバラの状況把握が追いついたとき、胸を占めたのはイラつきだった。エディンバラには2人は暴走していると映っていた。コールとエノー、特にルビエールの動きはエディンバラにとって腹を据えかねる問題となりつつある。

 クサカ社のXVF15プロジェクトリーダーであるエディンバラはそのプロジェクトの前途が順調ではないと思い始めていた。彼を含めクサカ社のスタッフたち企業人はイージス隊とはXVF15プロジェクトの遂行を目的とした集団であるべきと確信している。一方で軍人たちは試験小隊に課された任務を全うする立場にあれど、その理念はどこまでも軍人のそれであった。そこに大きな誤解が生じている。

 エディンバラは企業人であり、組織に対する考え方が軍人のロジックとは全く異なる。彼にとって組織とは目的によって構成されたもので目的に対して利己的でなければならず、忠実でなければならない。その観点から言えばルビエールの行動はそれを大きく逸脱するものだった。

 要するにエディンバラの軍人組に対する望みはプロジェクトに対する忠誠であったが、軍人組にはそんなものを持つ理由はどこにも存在しない、軍人にしてみれば見当はずれの要求だった。

 軍隊という組織は目的ではなく理念によって構成された組織である。これは「死なねばならない」ことと無関係ではない。軍人は死ぬ危険があっても行動せねばならないし、それをわかっていてもやれと命じられなければならない。その時、兵士は命を賭すに値するモノを必要とする。それは目的ではない。人間は目的に命をかけることはできない。目的は命を上回らない。その役割を果たしているのは理念だった。理念があるから命じられるし、殉ずることもできる。

 軍にとって目的とは常に変動するタスクに過ぎない。

 とはいえエディンバラにも理屈はある。彼らは戦争をしにきた軍人ではない。少なくとも契約上は。軍人が理念によって戦場に立つのであるならば、それを持たない企業人に立てる道理はない。彼らは戦争に巻き込まれている。そんな彼らを守ることもエディンバラの仕事だった。

 プロジェクトリーダーであるエディンバラは部隊運用における緊急的な命令権をもっている。プロジェクト全体の危機にあると判断する場合、彼の命令は現場指揮官のそれを上回る。その危機の判断もまたエディンバラの権限に含まれる。今がそうだと言うのなら、そうなる。

 そうしてエディンバラが腹を括りかかったところを制したのは先ほどと同じようにマサト・リューベックだった。

「やめた方がいいですよ」

 エディンバラにだけ聞こえる声で少年は冷然と告げる。

「あなたがどう言って権利を振りかざしたところで、彼らはやります。放逐されるのはあなたの方です。暴力が彼らの主な意思伝達手段だということを忘れない方がいい」

 その言葉はエディンバラの想像力を大いに掻き立てた。

 エディンバラのやろうとしていることは無視されるだろう。マサトにはその確信があった。同時にそれはイージス隊に決定的な破局をもたらすという予測も。

 平時において軍人たちに出向組への理解を欠いているのと同様に戦時において企業人たちは軍人組への理解を欠いている。

 ルビエールやコールは軍人たちが、仲間が命をかけていることを知っている。エディンバラにはその想像が欠けている。自分たち以外の部隊に対して仲間意識を持っていないのだ。そのことが自身の置かれている状況に対する理解の不足を招いていた。エディンバラは軍人にとって仲間を見捨てる存在と見なされつつある。それはつまり有害な存在だということだ。

 マサトの行動はエディンバラがそうなることを避ける意味も持っていた。

 自分たちが理解されていないと思えるのであれば自分たちも理解していない。相互理解においてどちらかの一方的な理解などありえない。ただその理解も彼の特殊な立場のなせるものであって、それを周囲に言い聞かせたところで共感は得られないだろうし、そこまでの役割を買って出る理由もない。今は黙らせてやるだけで十分だろう。ただこのフラストレーションはどこかで処理しなければならないだろうが。

 この間にコールは航法管制官に前衛との合流タイミングを算出させ、火器管制官に防空ミサイル使用の手順を踏ませていた。

「参謀役の意見は?」

 ルビエールが振ってくるとマサトは予め用意していた言葉を述べた。

「艦を前に出した分だけ小隊の回収も早まりますし、この艦なら周りを置き去りにして後退できます。いいんじゃないですかね?」

 策そのものの効果や実現性を無視したマサトの意見にルビエールは怪訝な表情を浮かべたがエディンバラを一瞥すると納得した様子で「そうだな」とわざわざ言葉にして頷いた。

 そう、上手くいくとは限らない。どちらかというと気休めに近い言葉なのだろうが、時にはそういうものも必要なのだろう。


 ブースターの光が無数に瞬き入り混じる。AABのHV部隊の動きは迎撃部隊に肉薄し、隙あらば突破しようという明け透けなものだった。迎撃部隊のほとんどはエネルギーが底を尽きつつあり、積極的な行動を行えず、AABにあしらわれている。実力・勢いの差は明らかだったが被害のほどは致命的ではなかった。しかしそれは現時点での話であり、不吉な予兆でもあった。

 本来であればパイロットにとって絶好のスコア稼ぎの場となりえる場面のはずである。にも関わらず敵機は積極的には狩りにこない。つまりAABの狙いは撃墜数を稼ぐことにはない。個のスコアに関心を持たない敵機の動きはつまり獲物を異にしていることを意味し、迎撃部隊の誰もが薄ら寒さを感じていた。AABの狙いが艦隊であるのは間違いない。そのために弾薬を温存しているのだ。これの突破を許せば帰る場所を失うかもしれないという危機感が迎撃部隊を踏みとどまらせていた。

 迎撃部隊は文字通り身を盾にして戦っていたがそれでも艦隊と前線の距離は縮まっていった。一定距離に達したところで強襲をかけてくるのは間違いないだろう。

 しかし、これはAABの思い描いていた展開というわけでもなかった。

「存外に粘るものだ。いい兵士だ」

 遥か後方のAAB第九大隊の旗艦で司令官マーク・ライゼルは連合軍の殿軍を称賛した。AABの実力、そして彼我の状況の差から容易に突破、艦隊に一撃を加えた後に離脱可能とみていたが殿軍は秩序だった動きでそれをさせない。AABに無理をする必要がないという事情はあるにしても計算の内に含まれていない戦いぶりだった。とはいえ、その称賛は健闘よりは献身に重きを置いていた。

 ライゼルには無駄な足掻きと見えた。連合軍としても無抵抗というわけにはいかないのだろうがこの時点で艦隊の損失は避けられないだろう。自分であれば殿軍を当てつつ艦艇のいくらかを切り離してトカゲの尻尾切りを図ると言ったところか。

 その戦いぶりの中心的な役割を果たしていたのはローテンリッターと第一小隊の戦いだった。両隊は最大の脅威であるCLZ01で構成される小隊の迎撃を役割としてこれの跳梁を許さずにいた。

 ビームライフルの閃光が走り、さり気ない百合のマークをペイントされた機体がその未来予測を間違いだと嘲笑った。イージス隊の一番機は大胆に機体を火線に晒し、そこを通ることは不可能であることを誇示していた。

 これを迂回しようとするものを妨害するようにローテンリッターと第一小隊の残りメンバーも展開している。何の打ち合わせもなく、エドガーを中心とした戦い方が出来上がっていた。

 エドガーの派手さばかり目立ってはいたがこの戦いでもっとも大きな貢献を果たしていたのはマックスの3番機だった。狙撃手としてのセンスと高角視野で敵機の動き出しをけん制して未然に防いでいる。「お前を見ているぞ」と警告する、この3番機の支援なしではエドガーの負担は大きく増したことだろうし、そもそも後背を預けることもできなかっただろう。それは戦果としては現れることのない貢献であった。

 このことをもっともわかっているのはエドガー自身だった。AABを相手にして戦闘の難易度は格段に跳ね上がっている。XVF15の性能、エドガーの操縦センスあっての活躍であっても彼はそれを独力と思いあがるようなタイプではなかった。

 天蓋方面で旺盛な光線が走りその先にいた敵機の機先を制した。ビームアサルトライフル独特のそれはいずれかのXVF15のけん制射撃に違いない。

 マリガンの野郎、気が利いてやがる。

 射手はその敵機には興味を示すこともなくすぐに別の敵機の動きを追っていた。マリガンのバランス感覚も光っている。特定の担当を持たずに網の目の解れそうな地点をピンポイントでフォローする嗅覚はさすがベテランと舌を巻くしかない。

 ローテンリッターの動きも良い。名前負けするような実力ではないらしい。何よりエドガーが好感を覚えるのは無理を通すことをしないところだった。名前の主張ほど我の強いところはなく、部を弁えている。それどころかエドガーの動きを見るや、積極的にこれの支援に回った。これはどちらかというとエドガーを利用してやろうという厚かましさ、図太さと解釈すべきだがエドガーには望むところだった。

 エリックはロックウッドとのやり取りを思い起こしながらエドガーを出し抜こうとするものをけん制し続けていた。小隊だけでなく、他部隊までも巻き込んで自然発生的に戦い方が成立していることに感嘆を覚える。その中心になっているのは紛れもなくエドガーの1番機だった。

 これぞエースなのだ。そう自然と納得させるものがエドガーにはある。

 状況は決して楽観できるようなものではなかったが、少なくともこの戦い方を維持する限り、AABとて中央突破を行うことは不可能だろう。その確信はそれ以外の部隊にも波及し安定をもたらしていた。

 しかし、破局は迫っていた。徐々に艦隊の前衛と前線との距離は縮まる。艦隊と前衛が接するとき、まともな迎撃能力を持たない前衛艦は攻撃に晒されるだろう。既に後退しているHVを再度出撃させるという手もないわけではない、しかし打撃を受けた共同軍もAABの突撃に遅ればせながら後詰を送り出している。これと衝突することになれば再度の開戦となってしまい収集のつかない状況に陥る危険性があった。

 艦隊司令であるカーターは既に前衛艦数隻の犠牲を覚悟していた。AABの突撃も弾薬・エネルギーの両点で無限ではないにしても温存されていたAABにそれを期待するのは虫が良すぎる。こちらから囮を差し出して猶予を稼ぎ出さなければ。

「先鋒の艦艇でもっとも練度の高いのはどの艦だ?」

 カーターの言葉にナカノは考え込んだ。暗にどの艦を犠牲にするか?と聞いている。

 練度の高い艦であれば囮としての役割を全うし、迅速な退艦によって人員の被害も最小に留めるだろう。しかし戦力としてのダメージは無視できない。逆に練度の低いものを当てるという判断もあるだろう。さらに言えばリーズデンに配備されたばかりのピレネー組の根性なし共を指名するのもありだ。その判断を参謀に任せるため、カーターはそのような聞き方をしている。

 参謀ナカノはこの質問に対して正直に答える必要はなかった。練度の低いものを高いものとして進言することもできる。もちろん、質問に正直に答えることもできる。が、それは自身の戦術思想に対して正直であることとは必ずしも一致しない。実際、ナカノは練度の高い艦を犠牲にすべきではないと考えていた。そしてカーターは質問に正直に答える相手としてナカノを参謀にしているわけではないことを心得ている。

 熟考の後、ナカノは意を決した。

「マクドナウとビネーに働いてもらいましょう」

 マクドナウとビネーは必ずしも練度の高い方でもなければ低い方でもない。ただこの両艦とその艦長は退役の近い老兵であることがナカノの判断基準となった。両名ともにナカノの知己であり、何を願っているかを承知してくれるだろう。彼らならば若いスタッフを優先的に脱出させてくれることに疑いの余地はない。

「よし、両艦に殿軍を通達。所属HVは直近の艦に拾わせろ」

 カーターは何も言わずにナカノ進言を取り入れた。それと同時にその選択の責任も引き受けたことをナカノは承知している。

 憂鬱な表情を押し隠してナカノは戦術画面上にマクドナウとビネーの両艦を探し求めた。そしてその違和感に気付く。

「何を考え…」

 口に仕掛けてナカノは電流に捉われ、叫んだ。

「司令、撤回です!いまの無し!」


「これより5回目のCSAを行う」

 ルビエールの通信はまったく質の悪いジョークであり、それを聞いた第一小隊の面々は呆気にとられた。

 もちろんCSAと言ってもそれはCSAミサイルを使って行うものではなく、防空ミサイルによるもの。さらに実行するのはイージス単艦と、規模の上では全く飽和攻撃と言えるような代物ではない。

 しかし防空ミサイルは最大射程こそCSAミサイルに劣るものの誘導性能の点では圧倒的な優位を誇り、射程圏内で発射されればイージスそのものの強力な索敵能力と相まって敵HV部隊を執拗に追い回し、多大な圧力をかけられる。数の少なさ、さらに一発ごと一機一機にロックオンを必要とする部分が不利だったが、対象のAABは突出した状態であり、数の上では決して多くはない。

 局所飽和攻撃。

 要は相手の対処能力を奪えば飽和攻撃ではないかというのがルビエールの理論だった。

「えーと…補足しますと、いまからイージスより防空ミサイルを一斉射しますんで、それに合わせてなりふり構わずに後退してくださいってことです。近隣の部隊にも通知よろしく」

「マジかよ、おっかねぇな」

 マサトの補足説明で各メンバーはようやく意味を理解し、エドガーが代表して率直な感想を述べた。

 防空ミサイルの誘導性能をパイロットはよく知っている。撃墜必至とまでは言わないまでも対処に大露わになる。それを一斉射すればどうなるかは容易に想像できた。

「ベア!うちのボスが防空ミサイルをばら撒くぞ。こいつが切り上げる最後のチャンスだ」

 数秒の沈黙があった。困惑があるのだろう。それでも熟練のローテンリッター隊長は理解することより対処することを優先したようだった。

「了解した。他の隊にもこっちから通達する。しかしどっからそんなものがでてくるんだ」

 防空ミサイルがないからこんなことになっているのに、その防空ミサイルが飛んでくるのだから何か皮肉めいたものを感じる。

「そいつはこっちの台詞だ。あんだけのCSAどっからもってきた」

「なるほど、それもそうだな」

 エドガーの突っ込みにボーマンはさもありなんと返した。もっと言えばそれを喰わされた相手こそ言いたい台詞だろう。

「お互い生き残ろう」

「了解だ、終わったらうまい店を紹介する」

 両隊長は通信を切ると気を引き締めた。この戦いの最後にして、もっとも危険な瞬間が訪れる。


 前線の部隊への通達には時間を要した。やはりイージス隊は員数外であり、不承不承の了解には大小の不信感も潜んでいた。それでも何とかレッドラインには間に合った。敵HV部隊はイージスの防空ミサイル圏に到達。まもなく強襲をかけてくるだろう。

 全ての準備が整ったと判断するとコールはルビエールに向けて頷いた。

「防空ミサイル、全弾だ。CLZ01を優先に!」

 これまで真っ当な仕事をしてこなかったイージスの火器管制官たちが慌ただしくコンソールを操作する。気取られることを避けるために直前までロックオンは避けなければならない。さらに撃つときは同時多発に、となるとかなりの神経を必要とする。通常の運用からかけ離れたやり口であるため、当直ではない火器管制官も総出で操作に当たっていた。

 ブリッジ内の何人かは全弾撃つべきなのか?という疑問を持っていたもののここに至ってそれを口にする愚は犯さなかった。

 この疑問に対する共通の回答をルビエールとコールそしてマサトの三者は持っていた。自艦防御のための温存よりも、今は一発でも多くのミサイルを叩き込むことの方が結果的に多くの生還と効果的な防御につながるという考えだ。

「全弾、発射できます!」

 火器管制のチーフが興奮気味に告げた。

「撃てっ!」

 イージスの艦体各所に設置されたミサイルセルから細長い高機動スパイクミサイルが立て続けに発射され、味方の間隙を縫ってAABに襲い掛かった。それと同時に連合軍機は欺瞞信号を発するフレアとチャフグレネードをあるだけばらまき一斉に後退をはじめた。

 効果は、不十分だった。

「くそったれめ」

 こうなるわけか。いち早く状況に気付いたエドガーは毒づいた。

 敵機の立て直しが想像をはるかに超えている。予想外の攻撃を受けたAABだったが早々に防空ミサイルを迎撃、回避すると即座に追撃を再開してきた。やはり完全に相手の腰を折るには足らなかったか。ロックオンを必要とするために敵機にとってどのミサイルを迎撃すればいいのかわかりやすいのも効果を減じた要因かもしれない。

 一点、追撃を再開したAABのそれまでと異なるところは逃げる連合軍機に対して積極的に攻撃を仕掛けてくるようになったところだった。防空ミサイルの一撃はAABに艦隊攻撃を諦めさせるだけの隙を作ることはできたのだ。それでも少しでもダメージを与えようと標的をHV部隊に切り替えてきた。

 要するに防空ミサイルは犠牲を艦からHVにすり替えただけのことだった。全く正しい判断だ。気に入らない。

「シャーロックがやられた」

 ロックウッドがあっさりと報告した。護衛小隊3番機のTACネームだった。彼の機体は既に爆散し、戦術画面上にその光点はなく、議論の余地もないKIAだった。誰もその瞬間を目撃しておらず、また振り返ることすら許されなかった。

 既に手は打ち尽くしている。今さら逃げを緩めることもできない。後はどれだけの犠牲を出すかという問題でしかない。逃げの一手に入った連合機は背後からの攻撃に次々と撃墜され、果敢に応戦しようとした機体もものの数秒も持たずに爆散した。この状況は敵の弾薬が尽きるまで続くと思われた。


「いまだ!」

 そのとき、前線のパイロットたちの預かり知れぬところでルビエールは叫んでいた。

 次の瞬間、歴戦の強者であるAABは前進をとめ、明らかに困惑した体でまとまりなく散開を始めた。

 パイロットたちに何が起こったのかを理解したものはいなかった。それを考えている余裕もなかった。この隙に乗じて連合軍機は彼我の距離を一気に引き離し、完全に離脱することに成功したのである。

 彼らに必要な事実は戦いが終わったという一つで十分だった。


 AABが状況に気付き、不服ながらも撤収していく。それを確認してコールは軍帽をとって胸にもっていった。戦没したものを悼むいつもの所作だったがそのとき彼の胸中を占めていたのは指揮官ルビエールに対する敬服の念であった。

 コールの策は防空ミサイルで隙を生み出すこと、それによって悪くても艦隊へのダメージをHV部隊に転嫁すること、そこまでだった。

 ルビエールの策はさらに一手先に踏み込んでいた。タネはそれほど複雑ではない。防空ミサイルはロックオンを必要とする。パイロットにとってロックオンされていること、それ自体が警告となる。

 お前は狙われている

 これはパイロット全ての本能に根差す認識であり、逆説的に防空ミサイルでは意識外の攻撃にはならないことも意味している。防空ミサイルは不意打ちには根本的に向いていないのである。

 だからこそ、ルビエールはその点を逆用した。イージスによる局所飽和攻撃では不十分な結果となることを予期していたルビエールは予め前衛の各艦にある申し合わせを行っていた。

 所定のタイミングに全艦で敵部隊にロックオンを行う

 というのがその内容だった。もちろん、各艦には防空ミサイルはない。そもそもAABはそれを看破しているゆえに突撃してきたのだ。先ほどまでであれば意に介されなかっただろう。しかし結果的にそれはAABの対処能力を飽和させる効果を発揮した。

 巧妙な心理トリックが働いていた。共同軍には「あるものをない」と印象付けてから叩き込まれた4回目のCSAが頭の片隅に残っているはずだった。ルビエールはその逆を行ったのである。共同軍にとって存在しないはずの防空ミサイルを敢えて使って見せ、「ないものをある」かもしれないと疑心を植え込んだ。

 AABは状況を支配しているわけではなく、艦隊に反撃手段がないという状況判断に従って前進を行っている。この前提を揺るがすことができれば、その強襲は見かけ上のリスクを跳ね上げる。

 倒せる相手と倒されるかもしれない自分たち、その価値を天秤にかけさせる。疑わせる、想像させるだけで十分だった。イージスのミサイル攻撃はその芽を相手に植え付けるためのものだった。そこに前衛艦全てからのロックオンに晒されたことでAABはないものがあるのではないかという疑心を抱き、思考をフリーズさせたのである。ペテンを悟ったAABのパイロットたちは帰艦するなりヘルメットを床に叩きつけた。冷静さと賢明さがかえって仇となったのだ。

 かくしてリーズデン戦区における連合軍の打撃作戦は成功を収めた。共同軍は投入したHV戦力の3割を失うことになった。この打撃は共同軍に多大な回復期間を押し付ける。時勢的に共同政府にはベルオーネに積極的な戦力回復を行う余裕も理由も見当たらず、本戦区における当面の趨勢は決したと言えた。

 この戦いは後に戦局を左右することになる2人の指揮官がその真価を見せた戦いとして戦史家に記憶されることになるがそれはいまの時点では意味のないことだった。その勝利も連合軍の全体戦略的に然したる意味を見出すことのできない平凡な勝利の一つに過ぎない。しかしクサカ社の立場から見れば大きな勝利となった。それはイージス隊をより大きな戦いへ引きずり込むことになるのである。


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