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16/2「歪な三角関係」

16/2「歪な三角関係」

 機体受領を終えた分艦隊がデウィントを進発して1日後、ボスコフ率いる旅団本隊がほぼ完ぺきな旅程で合流してきた。移動と並行し旅団は受領した機体を各部隊に配分し始めた。

「お疲れ様です。見ましたよ」

 支隊を預かっていたジェニングスも合流。ニヤニヤしながらの開口一番にルビエールは顔を顰めさせた。例のトークショーの話だろう。その件には触れず道中何事もなかったかを確認するとルビエールは支隊の主立った人員に作戦室に集まるよう指示をした。

 集められた人員はコールの他に支隊司令補佐フレッド・ソープ、HV総隊長ギリアム・ロックウッド、支隊戦術オペレーターのアディティ・ネール、支隊主計マオ・ウイシャン、支隊参謀リーゼ・ディヴリィらいつものメンバー。ここに新たにピーター・ジェニングス、ダニエル・ウェイバーの2人が加わった。

 イージス艦長ロバート・コールは顔が綻ぶのを我慢できていなかった。ロックウッドが冷やかすようにコールの方を向くがきっと彼も似たようなことを思っている。コールが気にせず笑い返すとロックウッドは苦笑いしながらも同調するように頷く。

 ここにエノー支隊の陣容が整ったのだ。

 ルビエールが作戦室に入ってくると各々は思い思いの面持ちで敬礼をした。いつもの素っ気ない表情で敬礼を返すとルビエールは着席を促した。

「先に。これからジェニングス大尉とウェイバー大尉をこの先の支隊運用におけるコアメンバーとして扱うことになる。特にジェニングス大尉は緊急時における司令代行となる。ウェイバー大尉も兼任参謀として支隊運用に関わる。各員そのように弁えること」

 既に示されたことが改めて明言された。2人は立ち上がって敬礼し、それぞれの要員と目を合わせた。

「よろしく大尉たち」

 ソープが軽口を叩くとジェニングスは屈託のない笑みで返した。実はソープにとってジェニングスのような人種は天敵なのであるが彼はこの時点でそれを確信したようだった。

「さて、本題よ」

 顔合わせもほどほどにルビエールは用件を切り出した。今後の日程が各員の端末に表示される。

「直行するわけではない、わけですか」

 リーゼが難しい顔をしながら確認した。旅団はミンスターへ直行するのでなく各所で演習を行いながら移動する予定を立てていた。それ自体はそこまで不可思議なことではない。かなり時間をかけていることと日程があやふやな点を除けば。

「ミンスターへ移動したところでまた待機状態になりそうですからね。急ぐ必要もないですし、向こうについてからやるにしても関係各所にすり合わせる必要があって面倒です。時間の有効活用ってことですよ」

 ソープがハミルの思惑を代弁する。リーゼはあまり納得しているようではなかった。日程に空白が多すぎるのである。これでは時間つぶしのためにぶらぶらしているのと変わりないではないか。

「質問いいですか」

 ウェイバーが日程を睨みながら手を挙げた。ルビエールが首是を返すとウェイバーは何やら気に入らなさそうに口を開いた。

「これは旅団の日程のようですが、それがつまり支隊の日程なんですかね?」

 ソープが顔色を変えた。細やかなウェイバーらしい気づきだった。ルビエールも顔を綻ばせる。他の面子は日程を改めて確認した。そこには旅団の行動日程は記されているが支隊のものは一つもなかった。支隊が旅団に追随するという前提であれば別段おかしくはないがウェイバーはその前提に捉われなかった。何よりウェイバーが気になったのは演習を行いながら移動するとしながら肝心の演習内容が全くの空白だったことである。決めていないということはないだろう。あのハミルがそんな適当なことをするわけがない。となればこの空白は意図的な空白と見るべき。つまり演習内容は旅団に対して秘匿されるものなのだ。そこから想像を働かせることは容易だった。

「いい読みだ大尉。我々支隊は別行動を取る。アグレッサーとして、な」

 ルビエールは答えを提示し、支隊の日程を表示した。ウェイポイントだけが指定されていてやはりほとんどが空白だった。つまりどこでどう仕掛けるかは支隊次第の抜き打ち演習というわけである。

 支隊は主にアグレッサー部隊、つまり敵役として旅団と別行動をとり、不定期に強襲する役なのだ。

「なるほど。こいつは面白そうだ」

 ロックウッドが笑う。まるでボーイスカウトのオリエンテーションだが実に旅団らしい演習だ。

「こんな演習聞いたことありませんよ」

 ウェイバーはぼやく。抜き打ち演習自体は珍しいものではないがここまで内容が空白の演習は例がない。やろうとしてもできるものでもない。支隊という別枠を抱えている旅団ならではだ。

「こういう時にものを言う余剰物資なわけですね」

 ジェニングスが得心する。物資はため込むだけでは役に立たない。使える時に使ってこそ。他所の部隊ではやりたいと思ってもできることではない。

「内容はこちらに一任されている。で、どこでどう仕掛けるかをこれから話し合うわけね。これは旅団の連中には秘密よ」

「とはいえ、ほんとにボスコフさんに嫌われるようなことはしないでくださいよ。愚痴を言われるのは僕なんで」

 ソープのこの発言は実際には支隊に余計に手加減する理由を無くさせることになるのだが、それがソープの意図した通りなのかは本人のみぞ知るところである。


 ミーティングが終わるとジェニングスはすぐにウェイバーを捕まえてデウィントでの顛末を聞き出した。その内容にジェニングスは呆れる。

「そりゃまた随分と危ないことを」

「悪かったな」

 ジェニングスが筋道を利害に求めたのはウェイバーのためでもあっただろう。それを無視してウェイバーは踏み込み過ぎたのである。

「こっちの話だ。いざという時はそっちは知らぬ振りでいいよ」

「いや、いいですよ。僕もそれに乗ります」

 気楽に言ってのけるジェニングスをウェイバーはまじまじと見つめた。ジェニングスは可愛らしい顔でウインクし、口では全く可愛くないことを言った。

「こう見えて義理堅いんですよ、僕は」

 冗談だろ。とウェイバーは思ったが実際、その行動は義理以外に理由が見当たらない。本当に見かけと行動が一致しない奴だ。

「それに、僕だって中佐の事情に興味がないわけじゃありませんからね」

「好奇心は身の破滅だぜ」

「あなたがそれを言いますかね」

 ああ、全くだ。ウェイバーは肩を竦める。

「絶賛後悔の真っ最中。とはいえ、今さら引っ込めるのもなぁ」

「どうしてです?引っ込めればいいじゃないですか」

 あのなぁ。ウェイバーは恨めし気にジェニングスを睨む。この男は相手に思っていることを確認させるようなことを言う。そのせいで自分と向き合う羽目になる。

 ウェイバーはルビエール・エノーに突っ込み過ぎたが引っ込める気はない。なぜか?

 そりゃーまぁ、格好悪いからな。ウェイバーがそれを口にすることを拒否するとジェニングスも深くは突っ込まなかった。

「まあまあ。なるようになりますよ」

「お前はほんとに気楽だな」

 改めて嘆息する。ジェニングスのお気楽さにウェイバーはかえってお先真っ暗になる。するとジェニングスは一転して表情を引き締めた。と、言っても元の端麗か、さして真剣味は増さなかった。

「じゃぁ切り口を変えましょうか」

 急な転調にウェイバーは身構える。この男は普段はのんびりしている一方で動き出すと呵責がないのである。

「行きましょう」

「行くってどこへ?」

「決まってるでしょ。中佐のとこですよ」

「はぁ?」

「中佐の事情が気になってしょうがないんでしょう?ならとっとと聞き出しましょう。中途半端に足を踏み入れるくらいなら頭まで突っ込む方が気も楽になるってもんです」

 マジかよ。ジェニングスの斜め上にぶっ飛んだ切り込みにウェイバーは完全に尻込みした。しかし当のジェニングスは歩き出しており、それは放っておいても絶対に止まらないことをウェイバーは承知していた。慌てて追いかける。

「待て待て待て待て」

「待つべき理由を述べよ」

 そんなものはないことを承知でジェニングスは要求する。

「わ、解った。それは解ったけど、まずは落ち着いてただな」

「ウダウダしてて必要に迫られたところで切羽詰まって大失敗」

 ウェイバーは心臓にナイフが突き刺さったのを幻覚して膝から崩れ落ちそうになった。

「はい。それじゃいきますよ~」

 飄々と、されど断固としてジェニングスはウェイバーを連行していく。ウェイバーももはや振りほどこうとはしない。そもそも、知りたくないと言えば嘘になる。ジェニングスの行動は渡りに船でもある。もっともその船が渡るのは三途の川なのかもしれないが。


「これまたどういう風の吹き回しかしら」

 ジェニングスが唐突に訪れることは前にもあったがウェイバーもとなると。ぐったりしているウェイバーを見てルビエールは大体想像がついた。

「いや、ダニーさんが確認しておきたいところがあると言いましてね」

 で、ウダウダしているところを連れてこられたと。想像通り、期待外れ。ルビエールは咎めるように目を細め、ウェイバーは針の筵になった。

「で、何の確認かしら」

 ルビエールはジェニングスでなくウェイバーに問う。何の用意もしていないウェイバーは頭が真っ白になり、以前のトラウマもあってか言葉が出なかった。代わりにジェニングスがかいつまんで述べる。

「まぁやっぱり司令が首を突っ込んでいる事情とやらを多少なりとも知っておきたいということですね。今の程度だと踏み込みが足りないと、そういうことですよ」

 実際にはウェイバーが知りたい、というよりもジェニングスが知りたいのではないか?ルビエールは大きくため息をついた。

「難しい注文ね」

 今知っていることだけでも軍人の枠を大きく逸脱しているのである。それを知った上でウェイバーらは職務を全うできるのか。もちろんいずれはできて貰わねば困るのだが。

 ルビエールは少しだけ考えてから情報を切り出した。

「私はクリスティアーノだけじゃなく、WOZやジェンス社ともコネクションがある。個人としてね」

 唐突にとんでもない情報が出てきてウェイバーはギョッとする。前回の件があるのでジェンス社は解るがWOZは予想外だった。ウェイバーは改めてルビエールの巻き込まれている状況の途方もなさの片鱗を知った。

「で、あなたたちは私の名代としてそういった連中と渡り合えるのかしら?」

 交渉。ウェイバーはゾッとして首を振った。いまルビエールとこうして話しているだけでもわたわたしている自分がジェンス社などという怪異と渡り合えるとは到底思えない。

「そ、そういうのはジェニングスにお願いします」

 素直でよろしい。呆れながらもルビエールはジェニングスに視線を移した。当の本人は肩を竦めて一言。

「ま、やれるだけはやってみますよ」

 それでいいのよ、それで。ルビエールはウェイバーを改めて睨みつける。これくらい言えずに踏み込んでくるなど覚悟が足りない。ルビエールの視線に含まれる叱咤にウェイバーは思わず目を逸らした。

 さて、どうしたものか。ルビエールはもう一度ため息をつくと2人に座るように言って切り抜くべき情報を吟味しはじめた。

「前に私はクリスティアーノを信用していないと言ったわね」

 この切り出しにウェイバーは慎重に頷いた。

「それはクリスティアーノが目指している方向が私には示されていないから。つまり私はクリスティアーノが何をしようとしているのかを知らない。そして特段何かをやれとも指示されていない。この意味は解る?」

 解らない。率直にそう思ったがその答えでいいわけがないのでウェイバーは頭を回転させた。

 現状、ルビエールはマウラ閥の実働者の筆頭のように見られている。あれだけのプロパガンダに使われたのだから当然だろう。しかし当のルビエールはマウラ閥の方向性を知らないと言う。にも関わらずマウラ閥はルビエールを支援しながらも放任してもいる。不可思議な状態だがある想定から見ると筋が通る。ウェイバーがルビエールを信用していないことと同じなのだ。つまり

「クリスティアーノ・マウラもあなたを信用していない」

「そういうことね」

 ルビエールはあっさり肯定した。ウェイバーは顔を顰めたがこの返答によって一気にルビエールの現状に対する理解が深まった。

「つまり今の中佐はマウラ閥の支援を受けてマウラ閥であるかのように振る舞いながら陽動を行っているがその実はマウラ閥ではない。実態としては利害関係で持つ協力者ということですか」

 ルビエールは僅かに目を見開いた。

「ご明察」

 言葉ではそういうがこのことはルビエール自身もウェイバーに改めて言葉にされて気づいたことだった。ルビエールとクリスティアーノの関係は協力に近いのである。今やローマ師団の人間でもないルビエールはクリスティアーノに従う道理もなく影響下からも離れている。そうしたのは他ならぬクリスティアーノである。

「ということはですよ」

 ウェイバーは薄ら寒さを抱えながら訪ねる。ウェイバーだけでなく支隊の人間が共通して持っているであろう前提が崩れる質問だった。

「第11旅団はともかくとして、エノー支隊というのはマウラ閥の組織のように見えるだけで実際には誰の後ろ盾も持っていない組織ということですか」

「そうなるわね」

 これにはウェイバーだけでなくジェニングスも呆気に取られて口を開けた。当然だろう。ルビエール自身も言葉にして確認するとバカげて見える。

 自分の勢力を持ってもらうとクリスティアーノは言った。それはマウラ閥の補助戦力の話とは言えない。ルビエールを信用していないあの女がそんな能天気な話を期待するわけがない。期待しているならもっとあれこれ御膳立てをするはずだがマウラ閥は顔利きをする程度で自前の構成員はまるで出すことなく、ほとんど丸裸に近い状態でルビエールを送り出している。

 それで後はお前の裁量で好きにせよ。である。考えてみれば訳が解らない。ルビエールがクリスティアーノを信用していない以上、その動きがマウラに忠実である理由はない。実際、ルビエールはジェンス社と対クリスティアーノを見据えた協力関係を持ち、WOZとも誼を通じるという動きに出ているのである。この動きをクリスティアーノが気づいていないとも思えない。気づいた上で泳がせていると見て間違いない。

 ルビエールがマウラ閥に背信することはないと高を括っているのか。されたところで何の支障もないと考えているのか。

 なめやがって。

 ルビエールは歯を噛み締めたところで思考に没頭していたことに気付いた。咳ばらいをしてルビエールは自分自身でも今初めて気づいた事実を述べた。

「つまり、私に付くということとクリスティアーノに付くことは同義ではないわけね。別々の方角から同じ方向を目指しているならまだいいけど。今はクリスティアーノと私の選択が同じ方向を目指しているという保証すらないわ」

 何言ってるんだこいつは!?ウェイバーはルビエールの言っていることを理解して身震いした。

「つ、つまり貴方は場合によってはクリスティア―ノ・マウラと敵対することもあり得ると言っているんですか」

「さぁ?どうかしらね。それに関しては私自身が一番知りたいわ」

 動揺するウェイバーに対してルビエールは呑気に惚けた。クリスティアーノを信用していない。これが本当にできなかった場合はどうなる?もしかしたら敵対するのか。現時点でその可能性は極めて低い。クリスティアーノは先を考えて動いている。その先が何であろうが人類の滅亡とは別の結末であるはずだった。少なくともそこまでは道を別つ理由にはならないはずである。

 だからといって信に値するかと言えば違う。全く異なるよりも多少ズレることの方がより致命的な衝突を生むこともあるのである。そのズレがルビエールには読めない。自分自身がどこを目指しているのかすら解らないのだから当然だろう。

「つまるところ今の私には誰が本当の意味で味方であるのかすら解らないってことね。我事ながら恐ろしいことになってるわ」

 何の気なしに吐いた言葉だったがこれはルビエールが初めて2人に吐き出した愚痴だった。

 ジェニングスはにっこり笑みを浮かべるとウェイバーを小突いた。その意図を察してウェイバーは咳払いする。

「仔細は相変わらず不明ですが…。とにかく難しい状況にあるってことは解りました」

 お互いが苦笑いになった。

「そうね。秘密だらけで悪いと思ってるけど。可能な限り皆に類が及ばないように努めるわ」

 ジェニングスが再度ウェイバーを小突こうとしたがその手は止まる。必要なかった。この言葉がウェイバーは気に入らなかった。

 つまるところこの女はほとんど独力でこの組織を作り上げて背負い込んで、目的もなくフラフラしているわけだ。なんて危なかっしいことをやっているんだ。冗談じゃない。類が及ばないとか信用できるわけがないだろう。

 この女は放っておくわけにはいかない。

「そういうことじゃないでしょうよ」

 ルビエールとジェニングスの双方が驚いて目を大きくした。その反応にウェイバーは心外だとばかりに声を大きくする。

「失礼ですが中佐。僕にはあなたが後ろ盾もない癖に一人で支隊全員の運命背負い込めるほど大層な人間とは思えません」

「言いますねぇ」

 ジェニングスが口笛を吹いてはやすがウェイバーの発言を否定するものではなかった。それはルビエールも同じだった。

「確かに、そうね。私はそんな大層なものじゃないわ。だから困ってるんだけど」

 三者ともに次に誰が何を言うべきか解っていた。ルビエールとジェニングスは目を細めてそれを促す。ウェイバーは赤面しながら、ついに観念した。

「だ、だから!僕らが味方になろうって言うんですよ!」

 言った。ついに言った。ウェイバーは崖下に飛び降りた。放心するウェイバーに代わるようにジェニングスが初めてルビエールを正面に捉えて自分の意思を述べた。

「中佐の資質はともかく。頼ってもらうことに関しては僕も賛成です。こう見えて僕らも使い道はありますよ?」

 やれやれ。ルビエールは澄まし顔のジェニングスと強張った顔のウェイバーを見比べた。ウェイバー単独でこんな展開になるはずがない。一方でジェニングスだけでもここまでは踏み込んでこなかっただろう。

 最初からこのつもりだったんだろうな。根拠はないがルビエールは確信した。ジェニングスはウェイバーを巻き込んでルビエールの懐に切り込んできたのだ。

 ルビエールは返答しなかったがそれは否定より肯定の意味が大きかった。好きにしてくれの心境である。

 思い通りの展開に満足げなジェニングスはその話は終わったとでも言うのかいきなり舵を取って話を転じた。

「それで、予め知っておきたいんですけど。司令は誰の味方をしたいんです?」

 何を言ってるんだこいつは。ルビエールとウェイバーはギョッとしてジェニングスを凝視した。

「あれ、そういう話じゃなかったですか?」

「違うだろ」

 ウェイバーが否定してルビエールの方を見た。違うと言ってくれと訴えている。しかし当のルビエールは唐突に提示されたそのテーマを切り捨てることはできなかった。

 誰の味方をするのか、したいのか。そして誰を敵にするのか。

 ジェニングスの問いはルビエールの抱えている疑問に新たな形を付与する。クリスティアーノ・マウラ。ソウイチ・サイトウ。いずれ敵になるかもしれない相手。カリートリー、カーター、マサト。味方でいたい、味方であってほしい相手。しかしルビエールの心情がその選択に入り込む余地などあるのだろうか?

「私は軍人だぞ」

 ルビエールは泣きそうな顔をしながら絞り出した。誰よりその定義が相応しくないことを承知しているのは自分だった。もちろんジェニングスもそれを承知している。

「その枠に納まるのならそんな立場にはいないでしょ」

 ルビエールはたじろぎ、ウェイバーは友人の情け容赦のなさに戦慄した。本当に踏み込んだら呵責がない奴だ。

 ジェニングスはさらに畳み掛ける。

「少なくとも僕らにとってあなたは軍人ではありません。もはや上司でもない。命を預ける相手として、ルビエール・エノーとして答えてください」

 ルビエールは答えに窮した。

「それが解れば苦労はしないわよ」

 解るわけがない。ルビエールは普段なら絶対に見せることのない嘆きの顔で降参した。

「でもそれが解らないと話になりません。ですから、そこに関してだけは僕らには隠さないようにお願いします」

 そうきたか。ジェニングスも今すぐ決めろと言っているわけではない。その時が来たら言え、という話でしかない。しかしこの最初の約束はルビエールの心に楔を打ち込むことになる。もっとも、それをルビエールが拒絶しているとかと言えばそうではなかった。

「どうなっても知らないわよ」

 大した意味のない確認にジェニングスはあっさりと、ウェイバーはまだ引っ掛かりのありそうな顔をして頷いた。

 ま、突っ込んできたのは2人の方だわね。そしてついにルビエールも観念した。

「解った。2人に対しては、そうするわ」

 ジェニングスはにっこり微笑むと引き下がった。

 すげー。ウェイバーには自分があれだけ苦労したやり取りを自分優位であっさりとやってのけるジェニングスが詐欺師に見えた。

 ここで奇妙な間が空いた。ジェニングスとルビエールは目を細めてウェイバーを睨む。

 あ、そうか。この話のそもそもの始まりは自分だった。手元にバトンがあることに気付いたウェイバーは咳払いする。

「ま、まぁ今日のところはこれでいいんじゃないでしょうか」

 なんだそりゃ。締めるにしてもなんかあるだろう。ルビエールは改めてダニエル・ウェイバーという男がそもそも信用に値するのか疑問符をつける。嫌味の一つでも言ってやりたいのを我慢してルビエールは手を振って退室を促した。

 相変わらずギクシャクしたやり取りをウェイバーも自覚しているのだがどうにもならない。改めてエノーと上手くやれるのかと考えると全く自信がない。しかしもう一人の男ジェニングスはウェイバーの肩を叩いて小声で「上出来です」などと言うのだった。

 退室際、そのジェニングスは例の言葉でルビエールを怪訝にさせる。

「みんなで幸せになりましょうよ」

 ジェニングスが引っ込むとルビエールは椅子からずり落ちながら息を吐いた。ウェイバーは頼りにならないという点で信用に疑問符がつくが、ジェニングスの方は何を考えているか解らないという点で扱いが難しそうである。

 ルビエール・エノー、ダニエル・ウェイバー、ピーター・ジェニングス。この3人の歯車が嚙み合うのはまだまだ先の話である。


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