16/1「続・絡まる釣り糸」
16/1「続・絡まる釣り糸」
オシカの戦いでの敗北は火星にとって戦略的に大きな打撃ではなく、むしろ無意味な場所に置かれていたボルトン兵団を手札に戻すこととなった。共和軍は大きな機会を得たと見られた。しかし実際にはこの大きな機会は活かされることなく時間は過ぎた。
この展開に大きな失望を覚えたのは最前線のサンティアゴ兵団だった。敵主要拠点と睨み合う最強兵団の怒りの矛先は動かない本営に向けられる。
「有能な敵より無能な味方とはよく言ったものだ」
サンティアゴ兵団の参謀クリーディーは吐き捨てた。なぜ本営は次の一手を打たないのか。負けて帰ってきたボルトン兵団も汚名返上の機会を欲しているはず。この不動にメリットがあるとは思えない。
いまや機会は過ぎ去った。連合軍は態勢を整え、次の動きに入りつつある。対共同体への戦線転換の兆候は兵団にも入っている。この動きを無視することはできない。ここからはこちらが敵の動きに付き合うことになるだろう。
サンティアゴ兵団が軍略的にも政治的にも身動きの取れない状態にある時、サンティアゴに向けて私的な通信が齎された。敗軍の将スコット・ボルトンからの通信である。
この通信に嫌な予感を覚えたのはクリーディーだけではない。彼らにとってボルトンは軍人ではなく、政治屋だった。もたらされるものに興味より疑心を抱きながらクリーディーらはサンティアゴとボルトンの通信が終わるのを待っていた。
サンティアゴとボルトンの通信はまず互いの状況報告から始まった。と言ってもサンティアゴ側には大した状況の変化はない上にボルトンはそれを求めていなかった。サンティアゴ側の短い説明の後にボルトンからオシカの戦いの顛末とドースタン、フランクリンベルトの状況の説明が始まる。その内容はサンティアゴ側が予め集めていたものとほとんど差異はなく、従って事実であると認めることができるものだった。つまるところ、サンティアゴたちにとって喜べるものではなかった。
一しきり説明が終わったところでサンティアゴは大きく息を吐いた。まるで裁定を受けるまえの被告人のようにボルトンは畏まっている。
「で、この先の展望は?」
自分が次に口にする言葉の意味を理解しているがゆえにボルトンの声は低かった。
「解らん。こっちもすぐに何らかの動きがあると思っていたんだが音沙汰がない。近衛兵団が動くという話も途中で止まっているようだ。あまり考えたくはないが本営は身動きが取れなくなっている可能性がある。逆にこちらが聞きたい。この先、そっちはどうするつもりだ?」
ボルトンの見解にはリアクションせず、サンティアゴは質問にだけ答えた。
「特に変化はない」
何も変わらない。予想はしていたがそれでもボルトンは落胆した。サンティアゴ兵団はネーデルラント、ロックウェルの両拠点に対処するという方針のままだった。この不変は不自然だった。明らかに今の情勢に合った戦略目標ではない。
「方針に拘っている。という風には思えない。むしろこっちのことに係ってられないのか」
本営で何かが起こっている?ようやくボルトンの通信の意図がサンティアゴにも理解できた。ボルトンは本営に疑念を抱いていてその確認をしたいわけだ。こんな話は兵団長同士くらいでしかできないだろう。だが残念ながらボルトンが欲しているような情報はサンティアゴにも入っていない。
「貴様の疑念は理解できなくもないが。それは俺たちのやるべきことを変化させるものではないはずだ」
突き放すような物言いだったがボルトンはサンティアゴに取っ掛かりがあるように思えた。そうでないなら理解できるなどとは言うまい。
「確かにその通りだ。俺たちのやるべきことは変わらない」
政治屋が軍事屋に同調してきたことにサンティアゴは僅かに困惑した。ボルトンもそれに気づいて心の中で自嘲したが面の皮を厚くして語る。
「俺たちの目的は変わらない。だがそれは手段が変わらないことを意味しているわけじゃないはずだ。状況が変化している以上、取るべき手段、何より選択肢を確保するために動くことも重要だと思うが、どうか?」
この投げかけにサンティアゴは沈黙を貫く。拒絶されているわけでもないと判断するとボルトンは本題に入った。
「俺は常々あんたが自由裁量によって動けばどうなるのかと想像を働かせていたもんだ。俺たちがフォローすることでこの状況を何とかできないか?」
「何をやらせるつもりだ?」
不信を隠しもしないサンティアゴに気圧されたボルトンは慌てて言葉を繕った。
「何も企んじゃない。本当だ。何をやるかはそっちに任せる。重要なのは前線が動く、ということだ。俺が言いたいのはつまり、俺たちが動くことで本営も動かざるを得ない、そうでなくとも状況に対する説明をするんじゃないかってことだ」
現状、共和軍は身動きが取れない状態にある。特にボルトン兵団とカルタゴ兵団は政治的にも軍事的にも身動きが取れない。これは明らかに不自然な状態であり、程なく地球もその状況に気付くだろう。もう気づいていてもおかしくない。共同体への戦線転換もそれを切っ掛けとしている可能性もある。この状況にボルトンは強い危機感を覚えていた。何でもいいから動くことで状況を動かす必要がある。本営がそれをやらないなら自分たちで何とかするしかない。では、いま共和軍で動くことができる者は誰か?
サンティアゴは尚も不信を表情に残していたがボルトンの想定を無視はできなかった。ボルトン兵団が脇役に下がり、自分たちが自由に動ける状況。そうなったときに自分たちにできることは何か?
肝を冷やしながらボルトンはその黙考に付き合った。ボルトンにはもはや他の人間を利用する思考はなかったが今さらどの口でそれを言えようか。今のボルトンの言葉に力はない。
エコーズ宙域でのマズい敗戦はボルトンの信用と野心、そして誇りを強かに打ちのめした。そこから彼が拾い上げることができたのは誇りだけだった。その誇りは汚れていた。誰あろう、ボルトン自身によって。
振り返れば何と愚かなことか。軍事的には何ら意味のない戦いに拘泥してその足元を掬われての敗戦。負けることそれ自体は軍人であるなら覚悟していて然るべきだが、それに値するだけの戦いであったのかと問われればボルトンは言い返す言葉がない。ボルトンは負けたことへの後悔よりも自らが兵団に不純物を持ち込んでしまったことを後悔している。その結果、少なくはない被害が出たことに呵責を抱かないほどボルトンは終わってはいなかった。今となっては負けたことそれ自体よりも軍人としては不釣り合いだったその野心の方が恥ずかしく思えている。
では、この後悔に対する雪辱とは何か。ボルトンの考えではそれは手柄を得ることではなかった。
しばらくしてサンティアゴは黙考を終えたがそれは結論を出したからではなかった。
「貴様の思惑はともかくとして、考えさせてはもらう」
それだけ言うとサンティアゴは通信を切ってしまった。冷淡な対応に苦笑いを浮かべるボルトンだったが断られたわけではない。怪しいと思った時点で聞く耳持たずに切り捨てられてもおかしくはない。キース・サンティアゴという男にしては驚くべき対応と言える。ボルトンにしてみればまずは一歩だった。
話を聞いたクリーディーの反応はいつも通りだった。それに対するブリッゲンの反応もいつも通りである。
「またこちらをいいように利用するつもりでは?」
「そう邪険にしてもしょうがないだろう。ボルトン中将は敗戦によって自身の有り様を見直したのかもしれん」
「根拠のないことを言う」
実のところブリッゲンの考えは当たっているのだがクリーディーには性善説の願望にしか思えなかった。両者ともに苦い顔をしたがその思考は既に別の方向に向いている。
「まぁボルトン中将の思惑がどうであれ。こちらが自由に手を打てるというのはそそられる状況ではありますな」
「連合は共同体相手に本腰を入れる動きを見せています。動くなら今でしょう」
2人の意見は一致し、サンティアゴも頷いた。
今のままではじり貧に追いやられる可能性が濃厚なのだ。連合軍が共同体に仕掛けるつもりならそこに突くべき隙はでてくる。隙がなかろうと共同体が崩されるのを黙って見ているわけにもいかない。
「まぁその前にやるべきことがありますが」
いくらボルトンが脇役に徹してくれるといってもそれでこちらが自由になるというのは楽観である。まずはそこの保障が必要だ。
「ピレネーだな」
「左様。あれはこういう時の為にあそこに居座っているのです」
こちらが動く時の障害。こちらがどのような手を打つにしても一度はフランクリンベルトへの帰還をせねばならないだろう。フランクリンベルトに帰還するのも、また再度出撃する際もあの要塞は静観しないだろう。
「ボルトン兵団が出てくるなら彼らに補給隊をやらせるのはどうだ?」
ブリッゲンの提案にクリーディーは失笑しかけて思いとどまった。ボルトンがこちらと入れ替わる時にこちらの物資も運ばせて、補給も済ませる。効率的なやり方だが完全なる雑用である。以前までのボルトンであるならそんな雑用は絶対に引き受けない。だからこそその役割はボルトンの心変わりが本物であるかどうかの試金石になる。
「ボルトンが引き受けるようならそれでいこう」
サンティアゴも同じように考えた。これで行動に移る目処は立った。問題となるのはここからだ。どう行動するか。
「で、まずは目標の設定ですな。現状の方針はネーデルラント、ロックウェルを何とかすることなわけですが」
「正直、そこに拘ってもしょうがない気がするな」
ブリッゲンと意見が一致したことにクリーディーはいつも通り顔を歪めた。遺憾ながらあの両拠点を軍事力で何とかするのは不可能に近いというのがクリーディーの結論だった。仮に何とかしたところで痛手は避けられず、攻め手の少ない火星側にとってじり貧に向かう手立てにしか思えない。これまで模索してきた野戦に引きずり出して第6艦隊を何とかするという方針も両拠点を沈黙させるための手段に過ぎない。そもそも両拠点の攻略にそこまで拘る必要があるのか?今回の想定でそれは見直されるべきだろう。
2人の考えを受けてサンティアゴはらしくもない考えを口にすることになったと顔を歪めた。
「想定を戦略レベルにまで拡大するか」
この発言は驚きを持って2人に受け止められた。
「やれやれ、こういう役割はエレファンタの仕事だと思っていたのですが」
クリーディーの冗談とも嫌味ともつかないボヤキにサンティアゴは陰気な笑みを浮かべた。
状況を戦略レベルにまで拡大解釈して動かす天災のような女。ライザ・エレファンタであればどうするだろうか。3人はそれぞれ想像するが慣れぬことに苦笑する。改めて思うのはやはりあの女は狂っている。なぜそんな大それたことを考え、あまつさえ実行できるのか理解に苦しむ。
しかし戦争とはそういうものか。まともさと賢明さがあるなら戦争という選択肢は生じない。以前の戦争は地球の仕掛けた戦争で火星側に選択肢はなかったが今は違う。
サンティアゴはこの戦争は軍事力では勝ちようがないと最初から考えている。何らかの落としどころがなければじり貧になる。にも関わらずここ最近の本営の動きは止まっている。
これまでサンティアゴらは本営と政府には何らかの落としどころ、手立てがあると考えてきた。始めた時点であったのは間違いないだろう。しかしそれが今の状況までを想定しているとは考え難い。最悪なのはその結果として用意されていた手立てが水泡に帰しているケースだ。
もしかすれば本営は手立てを失って立ち竦んでいるのではないか。以前から抱いていた疑念がサンティアゴの中で明確に形を成した。
これまでサンティアゴは指針に沿うことを自身の意義としてきた。課された役割を全うすること。しかし、そもそもその役割が与えられない場合はどうなる?指針なき状態で戦うとき、サンティアゴ兵団は何を目的とするのか。サンティアゴはこの想定にうすら寒さを覚えた。
目的の明確でない組織は脆い。これは先のボルトン兵団の醜態からも明らかである。今度は自分たちがそのような状況に陥る可能性がある。明確な目標なしに戦い、負ける。それが自分たちの直上、本営を原因とするならやり切れるようなものではない。
見えぬ展望、不信、動く状況がサンティアゴに自身のありようから逸脱する決断させることになる。
「いずれにせよ。ここで考えあぐねているのが俺たちの仕事ではないはずだ」
行動を起こす。サンティアゴの決断にクリーディーとブリッゲンは息を呑んだ。
「作戦を拡大して検討しろ」
クリーディー、ブリッゲンの二人はどこか待ち望み、そして恐れていた指令を最敬礼で受け取った。
これまた妙な因果が回ってきたな。
一人になったところでクリーディーは軽くため息をついた。ボルトンに脇役を押し付けてみたら自分たちが主演になってしまった。この展開は元を辿ればクリーディーの謀に辿り着く。ボルトンがエコーズ宙域で活動したのは何もクリーディーだけの思惑ではないだろうがその企みが巡り巡ってこんな展開を運んできた。サンティアゴ兵団は作戦部の方針を踏襲して完遂することに特徴がある。つまりこの展開はサンティアゴらしからぬ動きということになる。
らしからぬ作戦部の動き、らしからぬボルトンの動き。それがサンティアゴらしからぬ動きにつながったわけだ。
さて、この連鎖は最終的に誰にいかなる帰結を導くのか。なまじ誰の思惑にもない潮流であるだけ気味が悪い。ボルトンが何かを企んでいるという方がまだクリーディーにはマシに思えるのだがキース・サンティアゴはこの手の謀術にはクリーディー以上に鋭敏な男である。そのサンティアゴが気にしないのであればクリーディーの疑心は願望と思うべきものだろう。
いずれにせよ今回はサンティアゴ兵団が主演を務めることになる。クリーディーは自分たちにその資格があることに疑問を抱いていない。彼にとって気になるのはこの白紙の脚本が喜劇であるのか、悲劇であるのかだった。
コロニー国家共同体の主要国家であるヘリオス9。そこに生まれたマリオ・ボンスン28歳はその事実上の支配者であるハイペリオン社に入社し、そのCEOであるジョー・ポラックの複数いる秘書官の一人として見出された。彼はエリートであり、周囲からも羨望の眼差しを向けられているが彼自身はその評価にため息をつく。
ハイペリオン社CEOであり、事実上のヘリオス9の支配者であるジョー・ポラックの秘書を長く務めた人間はいない。多くがポラックの癇癪に触れて排斥されるか、さもなければ激務と心労でリタイヤするかのどちらかである。
もって2年。それがCEO秘書の寿命であり、内情を知る者はボンスンに同情的である。しかしボンスンは従来の秘書たちとは異なるアプローチで3年を越えてその場に留まっていた。
先任者たちの多くはポラックの機嫌を損ねないように常にお伺いを立ててきた。命令には絶対。入念な確認と準備を行って先任者たちはそれを引き受け、そして自滅した。ポラックの要求は大体の場合において過大であり、どれだけの準備をしたところでいずれは破綻するのである。準備と確認それそのものも先任者たちを圧迫した。無謀な「やります、できます」がポラックに肩透かしを喰わせて不興を買うことになる。
ボンスンは違った。彼はポラックの無理難題を叶えることをしなかった。彼は自身をランプの精とは定義しない。私情を交えることを一切せずにできるかどうかの試算をしてから本当にやってもいいかを確認する。ポラックは当初は煩わしいと威圧的な態度でボンスンを従わせようとしたがボンスンは一向に態度を改めることはなかった。
無理に従って壊されるなど馬鹿々々しい。首にするならすればいい。ボンスンの態度は周囲には投げやりに見えたが本人からすれば優先順位を決めた上での合理的な判断だった。意外なことにポラックはボンスンを罷免することはなかった。できますと言ってできませんでしたと報告してくるバカよりも最初からできませんと言ってくるボンスンの方が有益な存在であると判断したようだった。それからは無茶な要求をする相手は別の者に移ってボンスンは主にポラックにやるべきことを報告する枠として定着する。その枠でボンスンは存在感を発揮した。
その日、ボンスンは大きな用件をポラックに報告する必要があった。ポラックに報告をするにはコツがいる。ハイペリオンにとって不愉快、不利益な報告をする時はそれを齎したものが八つ当たりを受けることが多い。この日の用件にはポラックを不愉快にさせる相手が関わっている。なので報告するのでなく、ポラック自身に興味を持たせて問わせるように誘導するのがよい。
「少々気になることがあります」
切り出しにポラックは興味を示さなかった。赤茶色の髪をカールさせたジョー・ポラックは50台前半の年齢以上に皺枯れているが活力は旺盛で大抵の人間から見れば関わりたくないと思わせる威圧感と胡散臭さを持っている。
「以前にゼイダンがジェンス社と接触したとの報告をしました。その後、内容把握と動向に注視していたわけですが」
ポラックは不愉快な情報を察知して報告を遮った。
「入れ知恵されて動き出したか。後ろに奴らがいるなら厄介だが今さら手を貸してやるとも思えんな。利用されているのか、それとも自棄になっているのか。あるいは両方か」
ポラックの決めつけを裏切ることができることにボンスンは僅かな愉悦を感じた。もちろん億尾にも出さず殊勝に振る舞う。
「いえ、逆なのです。このところ中央政府への働きかけがなくなりました。特使は引き揚げてはおりませんが理事会での発言もなく、裏で動いている気配もありません。まるで共同体そのものに関心を失ったような状態です」
ポラックの顔色が変わった。プロセロの性急な同盟締結以降、ガリスベンは旺盛に動きまわるようになっていた。これはハイペリオンも例外ではない。火星との同盟締結のおかげで共同体は重大な危機に瀕している。今はそれぞれの勢力が生き残りの為に奔走しているのである。それが急に静かになったというのはどう考えても不可解だった。
「確かに妙だな。ゼイダンが死にでもしたか」
皮肉交じりにポラックは言う。冗談ではあろうが筋の通る考えでもある。ボンスンも最初はそう考えた。そうであったなら話は簡単だったのだが。
「今のところそのような情報は入っておりません。それともう一点気になる点が」
ボンスンにとってはそれこそが本題だった。狙い通りポラックは興味を示した。
「言ってみろ」
「ガリスベン勢力圏のコロニー全体で食料、建材、ほぼあらゆる資源の買い付けが活発化しています。指示によってそれらの勢力圏には割増を行っておりますがそれでも買い付けます。ガリスベンそのものは参加しておりませんが、これはカモフラージュでしょう」
古来より兵糧の貯えが意味するところは一つしかない。
「前時代のTレックスめ」
ポラックは軽蔑を口にした。ゼイダンによって列強に返り咲いたガリスベンだったがその手口はポラックには石器時代のような野蛮な手口に映った。武力に頼った威圧、恫喝。ポラックはそのようなやり口を軽蔑する。
このポラックの軽蔑こそがハイペリオンがガリスベンに立ち塞がる動機となった。コロニーインフラの大部分に影響力を持つハイペリオンはその影響力を以ってガリスベン、及びその傘下にある小国家群を冷遇する措置を取る。これは大きな効果を発揮し、ガリスベンの動きを制限することになった。この結果をポラックは自画自賛する。
それ見たことか。真に力となるものは価値を決定する力なのだ。武力などその力の発現に過ぎない。根っことなる資源を抑えられればその価値はあっと言う間に矮小化するのだ。
「いかがいたしましょうか」
ポラックは顎に手を当てて考え込んだ。
言い値でも買うのだから巻き上げるチャンスではある。しかしそれでも買い付けるということはそれだけの価値を見出していることになる。価値が逆転する可能性があるということか。
「ボンスン。貴様の考えを聞こう」
ボンスンは恭しく礼をしてから用意していた考えを述べた。
「こちらの言い値で買うということはそれだけの必要性があるということでしょう。問題はそれをどう使うつもりなのかです。それが解れば彼らの手元に残るものをゴミにするもこちら次第かと」
欲しい答えを提供されてポラックは満足した。そう、こちらで価値を操るのだ。
「当面は売ってやれ。程よく釣り上げながらな」
「御意に。ガリスベンの動向を引き続き調査します」
ボンスンの返答に頷くとポラックはボンスンをさがらせてその件に関しては優先度の低い記憶領域に放り込んだ。
今回も無事に地雷を回避しきったボンスンは軽く息を吐いた。ポラックはこの件を大した事象ではなく、いくらでも制圧できる類のものと考えているようだ。しかしボンスンにはそうは思えなかった。何か不吉な予感がする。もっともそれを一々訴える利点がボンスンにはないし、言ったところで聞きはしまい。
ポラックは平たく言えば拝金主義者であり、富こそが世界を動かす力と考えているタイプの人間だった。ポラックの考える富の力とは価値を決定する力に他ならない。ゆえに自身の思う価値が他人によって変質されることをポラックは酷く不快に扱う。自身の設定する価値こそが絶対であり、それに反するものは富の力によって潰される。それがポラックの正義だった。
しかし、その考えこそ彼の側近であるボンスンが彼を軽蔑する主たる要因でもあった。小さい事象と思いたければ思えばいい。いつか自身の思う価値が否定されたとき、その吠え面を一番近くで見てやろう。




