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15/3「ナイトandクイーン」

15/3「ナイトandクイーン」

 ダニエル・ウェイバーの人生稀に見る大失態に対するルビエールの反応はウェイバーにとって幸いというべきか驚くほど平静で冷淡だった。

「たわけ」

 驚かなかったわけではないがルビエールは前後の脈絡から状況を察するとそれだけ言って警護の人間を睨みつけると今のやり取りを記憶の奥底に沈めて置くことを要求した。ルビエールにしても巻き込まれた側でウェイバーの失態が拡散しては迷惑だった。警護要員も心得たもので苦笑いしながら頷く。

 自らの大失態に呆然としていたウェイバーはパニック状態になっていて次の言葉が出てこない。同情の顔をしながらルビエールは助け舟を出す。

「話があるから付き合ってください、でしょ」

 どっちが年上なんだよ。ウェイバーは膝から崩れ落ちそうになった。

「し、失礼しました。話があるというだけで決して他意があるわけではなく」

「解ってます。ただここでするような話でもないでしょ」

「そ、そうですね」

「こちらはまだ予定があります。こっちに「付き合う」なら道中で聞きます」

 皮肉に表情を歪めながらルビエールは歩き出した。

「お、お供します」

 何たる大失態か。これでウェイバーはルビエールに弱みを握られてしまったわけである。


 ルビエールの予定を挨拶回りと思っていたウェイバーはさほどかからないだろうと思って予定が終わってから自分の用件に入ろうと思っていた。しかし、ルビエールの予定は終わる気配がなかった。

 ルビエールの挨拶回りは港湾施設を出てデウィントの行政区画にまで及んでいた。お互いに中身のない言葉を交わして握手をして写真を撮っておしまい。中身のない儀式の繰り返しにウェイバーは嫌気を顔に出すことを我慢しない。

 クサカ社連中はまだ解るがコロニー側の人間に挨拶回りなど必要には思えない。市長や港湾関係部署の重役たち。確かに彼らは偉いが軍事には関りがないだろう。

「顔が売れるとこういうことになるわけ」

 道中でルビエールはボヤいた。

「・・・なるほど」

 こちら側には必要はない。しかし相手側から求めてくるわけだ。英雄様と会ったというだけでそれを自身の箔にする人間がいるのだ。

「断ればいいじゃないですか」

 恐れ知らずにウェイバーは言う。同じようにこの手の力学に振り回されることを嫌うルビエールは諫めずに苦笑する。

「魅力的な提案ね。できれば私もそうしたい。まぁ今回の場合はノイマン少佐への援護という側面もあるので私も我慢できるわけ」

「な、なるほど」

 そこまで気が回らなかったことをウェイバーは恥じた。ルビエールもただで相手に付き合ってやっているわけではないのだ。ハミルからデウィントの物資を可能な限り回収することを命じられたノイマンは今頃方々と折衝しているところだろう。そこにルビエールの顔利きがあればスムーズに事が運ぶ場面もある。

 しかしこのような実態を伴わない利益のやり取り、政治的な動きはウェイバーの忌避するところだった。カーターも物資確保のために手段を選ばないところがある。しかしルビエールのような自らのネームバリューを売りにするようなことはしない。実際にはできないだけでその手があるならカーターもやるかもしれないのだが現時点でやっているのとやっていないのでは全く違うとウェイバーは考える。

「これで挨拶回りは終わり」

 いくつめか解らない儀式を終えてルビエールは首を鳴らした。ウェイバーはその言い草からまだ自分の話を切り出せないことを悟った。

「まだ挨拶回り以外があるわけですね」

「察しがよろしい。その通り。今日一番の厄介仕事が残ってる」

 引き攣った笑みのルビエールが向かったのは地元の報道局だった。またしても察したウェイバーはさすがにルビエールに同情した。

 テレビだ。

 そこには予想外の人物もいた。アントン・ハミルである。同じように英雄視されているハミルもルビエールと同じく方々を回ってきたのだろう。ルビエール以上に不機嫌そうだった。

「ご苦労様です」

 ルビエールは敬礼を省いたがハミルは気にも留めない、というよりもルビエールそのものを気に留めていないようだった。

「そちらもお疲れのようで」

 ハミルに帯同していたソープがニヤニヤしながら聞いてくる。こちらは気楽なもので上司の苦行を眺めて楽しんでいるように見える。

 主役が揃ったところで一同は楽屋に案内されてプロデューサーだかディレクターだか解らないスタッフに収録内容を説明される。地元有志が司会を務めるトークショーで生放送でもなく、台本もほとんど用意されていて特別なことは何も起こらなそうな内容だった。

「つまらないですねぇ。もうちょっとウィットに飛んだ質問でもあればいいのに」

 完全に他人事なソープは台本を流し読みしながら楽屋の菓子類を口に放り込んでいる。逆にウェイバーは面白味がないことに安堵した。エノーにしてもハミルにしてもこの手の仕事に向いているとは思えない。迂闊な質問が飛んでくればだんまりを決め込むだろう。放送事故が起こりかねない。無難にこなしてとっとと終わってくれと思う。

 進行スタッフと入れ替わりに次はメイクスタッフが入ってきた。ルビエールを見た瞬間にたじろいだのが見える。ルビエールが持参した道具を示して謝絶するとメイクスタッフはほっとしたようにハミルの方についた。その様子にウェイバーは軽く苛立った。

「しかし君がついているとは思わなかったな。どういう風の吹きまわしだい?」

 ソープが話かけてきたのはこれが初めてのことだった。フレッド・ソープという人物はウェイバーとジェニングスの2人ともまた違った立場にある。あくまで旅団に重きを置いた要員でありエノー派ではなく、ハミル派と言うべき人間。この先も2人にとっては完全には心を許せない相手。

「別に。編成上の打ち合わせをしようと思ったら帯同する流れになっただけです」

 嘘は言ってないな。ウェイバーは心の中で確認する。話はこれでお終い。しかしソープは思う以上に踏み込んできた。

「僕はジェニングス君じゃなくて君が任されると思っていたよ」

 どういう意図だ?短い思巡でウェイバーはソープの意図を測った。ソープは支隊内で異なる立場にあってそれを認められてはいるが孤立してもいる。自分を味方に引き入れようとしているのか?それはない。話をしたことはないがウェイバーとソープは考えもアプローチも異なるし、連携したところで全く旨味がない。話をしたことがない。そうか。ソープから見れば自分たちはカーター組であるはずで、その立場が変動しつつあることを確認したいわけだ。

「ジェニングスはもう立場を宣言してて、こっちはまだってことです」

「ああ、なるほど。それで君は乗り遅れたわけだ」

 図星をつかれてウェイバーは不機嫌になった。やはりこの男とは絶対に相容れなさそうだ。

「で、立場は定まったのかな?」

「これまで通りでいいとは思ってませんよ」

 いまだ立場を表明できていないウェイバーは遠回しな表現することが恥ずかしくなった。二の句はそれを誤魔化すようにソープに向けられる。

「で、そっちは放置しててもいいんですか。ますます独立愚連隊になりますけど」

 ウェイバーとジェニングスがエノー派として立場が明確になればエノー支隊で異分子と言えるのはソープだけとなる。ソープは苦笑するが問題にしている風ではなかった。

「実のところ歓迎してるよ。もちろん支隊があまりに勝手なことをしたり、厄介事を連れてくることは警戒しなきゃいけない。でもそれに関しては今までもそうしてきたわけでこれは別に変らない。それより問題が一つ片付くことの方が有難いね。厄介事ってのはあらゆる扉のマスターキーを持っているものでね。支隊だけを警戒してればいいってもんじゃない。扉はあっちにもこっちにもある。今回の件に関してはエノー組が強化されたという話ではあるけど、見方を変えればカーター組が消えたとも言えるわけさ」

 なるほど。ソープはこれまでジェニングスと自分のカーター組も別途警戒する必要があった。それがエノー派としてまとまるなら余分な扉が一つ減るわけだ。むしろ楽になるところもあるのだろう。

「それに君らの心変わりも理解できる。僕だってここまでルビエール・エノーって人物を見てきたんだ。それなりに評価してる。何なら僕が君らの立場ならもっと早い段階で鞍替えしてるよ」

 ウェイバーにもとっとと宗主替えするソープが容易に想像できた。しかし、それは口先だけで現実にはこの男は自身の立場を一貫させている。どちらがフレッド・ソープという男の本質なのであろうか。それともアントン・ハミルという男にはこの軽薄な男すら忠誠を誓うだけの素養があるのか。

 政治には関わることなく、自らの立場を堅持し、ソープどころかエノーのようなくせ者も使いこなす男。性格はまるで異なるがハミルもまたカーターに似た性質を持っているのだろうか。ウェイバーは俄かにハミルに関心を持ったが脳裏にトレバーの顔が浮かんで頭を振った。

 バカか。ハミルとソープはエノーと協調しているのである。ここで自分がハミルやソープに近づいたところで白眼視されるだけだ。むしろ逆。エノー派として行動するのであれば自分こそがソープやハミル、旅団を警戒すべきなのである。

 警戒。ここでウェイバーに天啓がおりた。これまでウェイバーは自身をエノー派におくことを=臣従することと捉えていたが何もそれだけがエノー派としての立場ではない。このソープのように外部を警戒し、牽制する役回りもあるのではないか。

 もちろんそれには強固な信頼関係を必要とするが他の役回りよりはウェイバー向けに思われる。

 立つべき場所がおぼろげに見えてきた。現金にもウェイバーは急にやる気が出てきた。

「逆に聞きますが。そちらこそ支隊司令補佐としてその立場につくべきだったんじゃないんですか」

 藪から棒な質問の意図をソープはすぐに察し、こぼれそうになる皮肉を我慢した。ここでウェイバーと関係を悪くするのは得策ではない。ここはお互いに面の顔を厚くして協力関係を築くところだろう。

「君も知ってるだろうけど、僕にその才能はないよ。それどころか支隊の中で僕が果たすべき役割も今じゃほとんどない。そもそも僕の出番はないのが理想だし、支隊内に立場があるのも好ましくはない」

 ウェイバーは同意を示さなかったが実際その通りだった。支隊の運用にソープは全く必要ないピースである。ソープの存在意義は旅団と支隊との渡し役であり、その関係性はエノーとソープの間でのみ成立していればいいのである。

 しかしそれをわざわざ口にするのか。ソープと違ってウェイバーは呆れを我慢できなかった。

「恥ずかしくないんですか?」

「楽で大いに結構だよ」

 ズレた回答にウェイバーはそれ以上理解する努力は必要ないと判断し、理解される必要を感じないソープはお返しとばかりにウェイバーを辱める呼び名を与える。

「僕はこの通りだから姫様の隣にいるには相応しくない。ナイト役は君らにお任せするよ」

 騎士役という表現にウェイバーはゲンナリした。そういう風に呼ばれることになるのは想像に難くない。というか、ソープがそう広めるに違いない。


 収録の時間となって4人はスタジオに案内された。そこからはウェイバーもソープも黙って収録を見守る。

「もうちょっと愛想よくならんもんすかね」

「軍人なんざあんなもんだろ」

 収録スタッフの小言が耳に入る。ステレオタイプの評価にウェイバーは苛立つ一方で可笑しな認識のズレを発見した。

 確かにハミルは終始仏頂面受け答えも愛想なしに淡々としている。それはスタジオスタッフから見れば堅物の軍人となるらしい。これはハミルの愛称である鉄兜にも共通する。一方でハミルという軍人は組織運用に関してはかなり破天荒なところがあって政治にも無関心で軍組織においては扱いづらいところも多々ある。決して真っ当な軍人ではないし、堅物という評はハミルを適切に表現するものではなかった。つまり民間どころか軍そのものにすらハミルの本質は理解されていないということになる。その評価は結局のところ表向きでしかされていないわけだ。

 全く、人の評価とはいい加減なものだ。ウェイバーは渋い顔をする。思い返せばウェイバー自身もハミルを噂だけで聞いていた時点ではそう思っていた。エノーに対しても同じだ。自分も同類だ。それに気づいていウェイバーはさらに苦虫を噛み潰した。

 司会者のターゲットが移って今度はルビエールの番になった。この手の儀式を毛嫌いしているという点でルビエールとハミルは共通しているが場数という点でルビエールは大抵の軍人を圧倒している。その受け答えは適度に柔らかく、毅然としていた。

 ところがそれもウェイバーは気に入らない。エノーが内心ではウンザリしているのは解っているのだが、それを包み隠して見事にやり遂げるという状況が気に入らないのである。

 収録は休止を挟みつつ1時間ほどで終わった。これが切り貼りされて30分ほどの番組に納められる。司会とプロデューサーはあまりいい顔をしていなかった。2人の受け答えには隙が無く、作為的に編集したところで刺激的な話にはなりそうにならなそうである。

「では、職務がありますので」

 ようやく全ての予定が終わったルビエールはアンコールが入る前に宣言した。ハミルも無言で同調してメイクもそのままにスタジオを後にする。有無を言わさぬ撤収にスタッフからは乾いた笑いが漏れる。ソープとウェイバーの2人も苦笑いしながら後を追う。

「中佐はともかく大佐には愛想が一握りでもあればいいと思うんだがね。敵を作らないって意味で」

 ぼやくソープの言葉はウェイバーにも共感できた。ウェイバーには軍人に愛想が必要かと問われれば否という考えもあるのだが、さすがにハミルのあれは行き過ぎとは思う。しかし

「あれで愛想のいい姿は想像できないですね」

「はは。全くだ」

 ソープは皮肉のない笑顔を見せてウェイバーを驚かせた。そこにフレッド・ソープという男の本質が見えた。

 局を出て二組がそれぞれの車に乗り込もうとする段でハミルが声をかけた。

「明日、次の予定に関して話す」

「解りました」

 それだけのやり取り。ハミルもルビエールもお互いを見もせず、車に乗り込んだ。

「これだよ」

 肩を竦めながらソープはウェイバーに向けてぼやいた。何のこと解らなかったが向こうも向こうで苦労はあるのだろう。何となく理解しながらウェイバーも自分の方の車に乗り込んだ。

 旅団、支隊はそれぞれの歯車がかみ合って上手く動いている。しかし上手く回らないものもあった。ハミルとルビエールの関係である。2人の間に挟まれることしばしのソープはこんなエピソードを語る。

 旅団の活躍は軍だけでなくマスコミからも喧伝され、今回のように2人が公的な場に引きずり出されることは少なくなかった。今回の収録然り、双方ともに素っ気のない対応でインタビュアーを閉口させることは度々なのであるが。双方それぞれがよくソープに溢したのが「もう少し愛想よくできんのか」という言葉だった。要はお互いにやりたくない役割を押し付け合っていながら文句を言っているのである。

 2人は相手の欠点を自身の欠点とも認識しているがゆえにイラ立っている。双方ともに互いの立場を理解しており、また同情的ではあるがそれはそれとしてお互いを嫌悪しているのである。その結果が無視とも言えるほどの不干渉として顕在しているのである。

 この滑稽な同族嫌悪をソープは仲裁するどころか楽しんでいた。誰が仲介したところで2人の仲が良くなるわけでもないだろうからソープとしては無駄な努力はしなかったと主張するところである。


 帰りの車。コロニーはすっかり夜間モードになって辺りは暗く、田舎コロニーらしく人気もほとんどなくなっていた。ルビエールとウェイバーは後部座席に並んで黙っていた。一日を望まざる交流に使わされたルビエールは疲れているし、不機嫌でもあった。ほとんど半日をルビエールに付き合う羽目になったウェイバーも何をしていたわけでもないのに疲れていた。

 しかし肝心の用件が済んでいないことはお互いに承知している。しかしルビエールは動かなかった。億劫だと言うのもあるが筋合いがない。切り出すのはウェイバーでなければならない。ウェイバーももちろんそれは承知している。優柔不断と映らないようにとっとと切り出さねばならない。客観的にはもうとっくに優柔不断だったが。

「このまま戻ってもよろしいんですかね。どうせ外に出たんですから外の食事というのもいいと思いますが」

 ここで2人に助け舟を出したのは車を運転していたパーマー軍曹だった。いかにも護衛という風体で傍にいるだけで守られている感じのする巨漢の男だが温和で気の回る人間だった。

 彼はウェイバーの大失態を目撃し、ここまでのウダウダをヤキモキしながら、またどう展開するかを楽しみに見守っていた。しかしここに至ってもウェイバーは動かない。このままではこの顛末に立ち会えないかもしれない。冗談ではない。俗的な動機ではあったがともかくパーマーによって状況は動き始めた。

 ルビエールはすぐにパーマーの意図を汲み取った。食事などどこでもよかったのだが読み取った上でパーカーの配慮を蹴るのも無粋な話だと考えた。ウェイバーの方を向いてパーカーの提案に乗るかを暗に問う。もちろんウェイバーに断る理由はなく受け入れた。受け入れただけだった。

 ルビエールは内心ため息をついた。結局自分が動かなければならないのか。

「そうだな。ならそこに寄っていこう」

 指示されたパーマーは困惑した。ルビエールが「そこ」と言う方向にはただのバーガーチェーンしかなかったからである。

 パーマーが指示に従うとウェイバーも困惑する。エノーには店を選ぶという発想がないのか。あったとしても探す手間の方が勝ったのか。もしくは自分にはそれで十分と考えたのか。

 実際は全部だった。ルビエールは何の躊躇もなく店に入るとオーソドックスなセットを頼んだ。自分の分だけ。

 店員がウェイバーとパーマーの方を見ると次はパーマーが同じものを頼み、続いてウェイバーもやはり同じものを頼んで3人は並んで注文の品が出てくるのを待った。

 なんだよ、この状況は。ウェイバーは不満が顔に出た。思い描いていたのとまるで違う。流されているだけの分際で文句は言えないのだが、にしてもエノーの対応はおかしくないか。

「何か不満が?」

 心を読んだようなルビエールの呟きにウェイバーは心臓を掴まれたような心地になった。

「あ、ありません」

 すぐに3人分のバーガーセットが出てきた。受け取るとルビエールは店の隅の席に、パーマーは少し離れた場所に座った。ウェイバーは、少し迷ってからルビエールの正面に座った。閉店時間も近く客はルビエールたちだけだった。店員も片付けの作業があるのか裏に引っ込んでホールには3人だけになった。

 何の遠慮もなしにルビエールは食事を始めた。これは自分から動く気がないという意思表示だった。この時点で両者に不協和音が鳴り始めているのをパーマーは感じ取った。余計なことをしたかもしれない。とは思うもののそもそもの問題はウェイバーの不甲斐なさにある。

 何とかしろよ、男だろ。

 針の筵なウェイバーも動かなければならないことは理解している。ルビエールは明らかに不機嫌になっており、その不機嫌の理由もウェイバーの煮え切らない態度にある。完全にやらかした。そのやらかしたという事実にウェイバーは挫けていた。

 根性がない。

 さすがにルビエールはウェイバーをそう評した。どうしても思い切った言動を取るジェニングスと見比べてしまう。もちろんウェイバーの置かれた立場も複雑ではある。エノー派などという得体の知れない派閥に流されて属するなどルビエール本人にとっても薄ら寒い展開だった。その怪しい流れに身を投じられるジェニングスはかなり特異な例で二の足を踏むウェイバーの方が精神的にはよほど健全だろう。

 しかしそれはそれ。ウェイバーの優柔不断はルビエールを苛立たせた。なのでその対応は意地悪になる。ルビエールはウェイバーが嫌がるであろうところから切り込んだ。

「ジェニングスは筋道を立てた上で自分から踏み込んできたわよ」

 予想通りウェイバーは思い切り顔を顰めた。恥、情けなさ、不甲斐なさ。しかしそれよりもルビエールへの反骨心が全てに勝った。

 誰のせいでそうなってるんだよ!

「そりゃぁ。筋道がありませんからね」

 考えてみればバカげている。不服は不服なのだ。嫌々なのだ。それを包み隠してよろしくなどやってられるか。更迭上等ではないか。その方が都合がいいではないか。何のことはない。嫌えばいいし、嫌われてもいいのだ。

 ここまでの苦労は何だったのか。ウェイバーは居直ってルビエールと対決する方向に舵を切ってしまった。パーマーは頭を抱えた。

「でしょうね」

 ルビエールにしてみれば解りきっていることだった。この態度がさらにウェイバーをヒートアップさせた。自分でも思ってもいない展開に頭が真っ白になっているウェイバーは感情に任せたまま言ってはいけない台詞を言ってしまう。逆の意味で。

「僕はあなたを信用していません」

 それは以前にルビエールが覚悟を持って発した台詞だった。それがここで顔を出すのか。ルビエールは思わず笑いそうになるのを我慢した。相手は真剣なのである。まさか同じセリフをルビエールが使ったことがあることなど知るわけもない。しかし顔が綻ぶことまでは我慢しきれなかった。その様子はウェイバーにもはっきり見えた。

 バカにされている。ウェイバーが席を立とうとするのをルビエールは制した。その顔はもう笑うことを我慢していなかった。

「いや、すまない。違うんだ。そういうことじゃないんだ」

 どう違うんだよ。さすがにそれは気になったウェイバーは動きを止めた。一しきり笑い終えてからルビエールは語り始めた。

「私はクリスティアーノ・マウラという人物の派閥に属していることになっているけど、クリスティアーノという人物を信頼しているわけではない」

 クリスティアーノ・マウラ。ローマ師団の司令であり、欧州軍閥マウラの長。ルビエール・エノーの黒幕。カーターからも聞かされてはいる。ウェイバーはその人物の目的も重要性も知らない。しかしその名がルビエールの口から出たことの重さくらいは理解した。

「私はあの人がやろうとしていることを知らないし、賛同もしていない。けれど付き合うしかない。つまり、今のあなたとの関係性と似たようなものってことね」

 この言葉はルビエール自身がクリスティアーノと同じことしていることを突きつけていた。そして今のウェイバーがルビエールと似たような立場でもあることも。

 ウェイバーもそのことに気付いた。納得したくはないがルビエールもまたウェイバーと同じような立場にある。あったのだ。

 ウェイバーは座り、ようやく2人は相対した。ルビエールが遮音機を起動させるとパーマーは視線を2人から外した。

「さて、何から聞きたいかしら」

「支隊を、僕たちをどうするつもりですか」

 やっぱりそうなるか。ウェイバーにしてみればそれこそが重要なのだ。

 ルビエールは自信を持っているわけではなかったがそれを表に出さずに淡々と口に出した。

「その答えを私は持ってないわ。私には何かやりたいことがあるわけでも目的があるわけでもない。ただ事実を知り、自分自身の意思で選択をしたい。それだけよ」

 目的がない。そのような人間がこのような組織を率いる。ウェイバーはそれを無責任だと思った。エノー支隊はただの軍隊ではない。名目はともかくその実体はエノーのエノーによるエノーのための部隊だ。にも関わらず当の本人には何の目的も理念もない。

「それでこれだけの人間を巻き込んでいるんですか」

 それはこれまでルビエールが散々悩み、自問してきたことだった。しかし実際に誰かにそれを突きつけられたとき、ルビエールは自分でも驚くほど平静だった。

「そうなってることは事実だし、申し訳ないとも思ってるわ。でも私は自分の選択を否定しないわ」

 実際にはしないのではなくできないのであるが、他人に語るならば「しない」と言うしかない。これまで歩んできた道程の否定はこれまでの犠牲の否定となる。犠牲だけではない。力を貸してくれた者たちまでも否定することになる。良きことも悪きことも含めて自らの選択によって生じた結果。これを捨てたときルビエール・エノーは自分を維持することができなくなるだろう。

 ウェイバーにはほとんど居直っているようにしか見えなかった。しかしその居直りなくして人を率いることなどできないのかもしれない。カーターも犠牲を選択し、その選択を否定することはないだろう。

 ウェイバーの考えていることがルビエールには手に取るように解る。ならばクリスティアーノもそうだったのだろうか。癪なことだったがルビエールはクリスティアーノと同じ気持ちになった。自分がクリスティアーノのやり方に沿っていることに気付きながらもその口は意地悪に歪む。

「でも、あなたも似たようなものじゃない?何か目的があって戦っているのかしら」

 指摘されたウェイバーは言い返そうとしたが何も出てこなかった。軍人になった理由にしろ、戦う理由にしてもそれはダニエル・ウェイバーという個人がたどり着いた目的ではなく国や組織の持つ目的でしかないし、それらの目的に対してウェイバーはどれだけ本気であろうか。

「特別なことじゃないのよ。それは」

 ほとんどの人間がそうだろう。個人的に目的を抱え、そこに本気で挑んでいる人間など確実に少数派だ。

「大抵の人間は本質的な意味で目的なんて持って生きてはいないわ。その時その時に手にある選択肢を選んでいるだけ。それで何も問題はないのよ、本来はね。問題が起こるとするならその選択肢が誰かによって作為的に用意されていて、それに気づいていしまった場合くらいじゃないかしら」

「それがあなたなわけだ」

 苦笑でルビエールは肯定する。ルビエールはいまだにその場所に自分を置くことを躊躇している。しかし目の前にいる人間を巻き込む上でそれを見せるわけにはいかなかった。

「知ってると思うけど私の家は古い血統でその伝統を作り直すために私は軍人になったの。もっとも、それは祖父の目的。私のじゃないわ。それが最初だったわけだけど。今となってはどうでもいい目的ね」

 軍人家系エノーの復興は今やルビエールにとって全く価値のないものになっていた。それどころではない、というのもあるが状況が落ち着いたところでそれに殉じる気は全く失せていた。そもそも、この先の状況次第では人類そのものが滅びかねないのだ。そんなことを考えて何になるのか。

「いま世界は複数勢力の思惑でバラバラになっているわ。この場合の世界っていうのは地球だけでなく、全てのって意味なんだけど。その複数勢力の一つがクリスティアーノよ。ただ、私はそのクリスティアーノを信用していない。したくないわけではないけど、現時点ではできない。だから何を信じられるのかを求めて世界の流れに注視しながら目の前の問題を処理している。他に何かすべきとは思っている。けど、今はそれしかできないのよ」

 それはウェイバーがルビエールに持っている感情と全く同じだった。ルビエールはクリスティアーノが何をしようとしているのかが解らない。解らなければウェイバーの求める答えも出しようがないのである。

「軍人としてただ従っていればいいだけの話だったら楽なんだけどもね。こっちが足を突っ込んでるのはそういう領域の話じゃない」

 どういう話だ。ウェイバーが訝しむとルビエールはパーマーを確認してから自嘲気味に告白した。

「つまるところ、私が足を突っ込んでいる泥沼というのは戦争の勝敗じゃなくて世界の秩序を巡る争い、ということになるかしらね」

 ポカンとした表情でウェイバーは固まった。チープな表現にルビエール自身がいたたまれなくなった。しかしロウカスの襲来による人類生存の危機とそれに端を発する勢力争いなどと言って理解されるとも思えないし、そこまで話してしまえば後はその背後関係まで話さなければいけなくなる。今はこれくらい大雑把に表現するしかなかった。

「悪い冗談ですね」

 思った通りの反応にルビエールは全くだと同意した。

「そうだったらどれだけ気が楽か」

 今でもソウイチの話が嘘ではないかと疑っている。ただそれはそうであって欲しいと言う願望として処理されていた。

「私から言えるのはここまでね」

 歩み寄れるのはここまで、次はそちらの番だとルビエールは告げる。ウェイバーは頷いた。

 ルビエールは結局のところ重要な情報のほとんどは隠したままである。しかしこの材料からウェイバーは結論を出さねばならない。

 ルビエール・エノーという人物とスタンスは充分に聞くことができたとウェイバーは考える。少なくとも考え方やスタンスがウェイバーと相反するわけではない。むしろルビエールの性質、立場はウェイバーと近いものがある。二人の間にあるものは「事情」だけだった。

 この事情と何とか折り合いをつける方法はないものか。いつの間にやらウェイバーはルビエールの側に立つための理屈を求めていた。

 大きく息を吸い込んでからウェイバーは絞り出した。

「まず。やっぱりどう考えてもあなたは信用できません。できるわけがない」

 先ほどと同様ルビエールは含みのある笑いを溢したがウェイバーは無視した。

 信用に足る材料がないのだ。これは動かしがたい。それでもジェニングスはベットしたわけだがウェイバーにはできそうにない。ならば、ウェイバーが支隊に乗るには別の口実が必要だった。ここで先ほど得た天啓がウェイバーの中で反転した。

「ですが、あなたが嘘をついているとも思っていません。あなたの抱えている事情とやらに興味がないわけでもありません」

 そう来たか。ルビエールはウェイバーの作った理屈に半分呆れながら静聴を維持した。自分の言っていることをちゃんと理解しているようではないがそれを今指摘する必要はないだろう。

「その事情とやらを知るために、僕はあなたの側につきます。場合によってはあなたを止めるために」

 監視と抑止。それがウェイバーの出した答えだった。実際にはウェイバーがルビエールの抱える問題を知ったところでどうにかできるものではない。お互いの問題を棚上げした上での協力関係と言ったところだろう。

「私はそれでも全く構わないんだけど」

「構わないんだけど?」

「ジェニングスは利害を共有することを筋にしてこっちに乗ったわ。逆に言えば利害を別つならばその限りではないって体裁なわけだけど。あなたの場合は」

 そこで言葉は途切れたが続きは必要なかった。ウェイバーは自分の理屈の危うさに今さら気づいて青ざめた。ジェニングスはルビエールの事情など知ったことないというスタンスを維持しているのにウェイバーはその事情にまで踏み込んでしまっているのである。知ったが最後、ウェイバーはルビエールと一蓮托生か、もしくは完全なる対決かの選択を迫られることになるのである。

 ルビエールは悪戯な笑みを浮かべてウェイバーをからかう。

「そんなに知りたいなら詳しく教える?」

 狼狽してウェイバーは首をぶんぶんと横に振った。奇妙な話だがウェイバーの理屈は答えが出ないことを前提としている。答えを出されても困るのである。

 苦笑するルビエールだがウェイバーの事情は他人事ではない。ルビエールはその事情にだいぶ深入りしている。決して遠くないいつか。ルビエールはその答えを出すことになるだろう。

「心配しなくても遠からずその事情はあなただけでなく全世界が知ることになる。ま、その頃には手遅れになんだけども。私はその手前段階で決断をすることになりそう」

 どんな決断を?不穏な気配にウェイバーは息を呑んだ。ルビエールは首を振る。その答えはルビエール自身も持っていない。誰より知りたいのもルビエール自身だった。

「それを知りたいなら、付き合うしかないってわけですね」

「そういうこと。相応の覚悟がいるわよ」

 言わずもがな。とウェイバーは顔を引き締めるがルビエールには本当に解っているか疑わしかった。これもやはりルビエール自身にも言えた。

 必要なのは真実を受け止める覚悟ではない。受け止めた後の決断、その覚悟だ。とはいえ、今はそれを確認しようがない。ならばこのやり取りにもこれ以上の意味はないだろう。

「じゃ、こっちもそういうつもりであなたを使わせてもらうことにする」

 この程度の結論を出すために随分と遠回りしたものだ。ルビエールは苦笑しながら萎びたポテトを口に放り込んだ。

 話に区切りがついたと思っているルビエールだったがウェイバーはまだ終わったと思っていなかった。

「そ、そのですね。今回の装備受領でジェニングスは司令代行を担ったわけですが」

 ああ、そっちの話か。ルビエールは頷いたが畏まるほどのものとは思わず口は動き続けている。

「その。今後の僕の立場はどうなるのかぁ、と」

 ルビエールは視線を彷徨わせながら炭酸飲料で口の中の油を洗い流した。

 ポジション。ジェニングスは司令代行という立場についたことで他の支隊幹部とは一線を課す立場となった。ウェイバーもまたその立場を示す意味でも他の要員と異なる肩書があった方がいいだろう。

「そうね。望みがあるならそこにつけるわ。どうしたい?」

 藪から棒な逆質問にウェイバーはギョッとさせられる。

「どうしたい、と言われましても」

「エノー支隊は私の支隊よ。如何様にでもできる」

 ルビエールはわざとウェイバーの癪に障る言い方をしたが実際、ルビエールの考え一つでウェイバーのポジションは自由にできることは事実だった。ウェイバーは苦虫を噛み潰しながらどう答えるべきか考えた。

 エノー支隊の現在の幹部は司令代行ジェニングス。司令補佐ソープ、支隊参謀ディヴリィ、戦闘隊長ロックウッド、主計官ウイシャン、旗艦艦長と艦隊運用を代行するコール。管制官を統括するネール。小規模な戦闘部隊を支える要員は足りているように思えるが歪なエノー支隊の欠点をウェイバーは見抜いていた。

 それは参謀が参謀足りえない点である。支隊参謀リーゼ・ディヴリィはその適正から司令補佐につくべき人材であるが旅団との事情で参謀にすり替わっており、逆に参謀であるはずのソープが司令補佐になっているというあべこべな配置をしている。しかもソープは参謀の中でも大規模部隊の参謀であり志向が中小規模部隊向きの参謀ではない。要するにエノー支隊には中小規模部隊を動かすのに適切な参謀、もしくは戦術指揮官がいないのである。現状ではルビエール自身がその役割を果たしているのだがそれで問題ないとするならジェニングスの立場もいらないだろう。

 問題はその重役をウェイバーが果たせるのか?果たせると思ってもらえるかである。

「戦術指揮官か、支隊参謀。ですかね」

 お伺いするような口調にルビエールは溜息をついた。ついにルビエールはウェイバーへの対応を改めた。

「それで周りが納得すると思うか。しっかりしろ参謀!」

「は、はい!」

 電流が走ったような反応を見せてウェイバーは間抜けな間を置いてからハッとして言うべきことに気付いた。

「や、やります!支隊参謀やらせてください!」

 今日一のため息をついてルビエールはこれでよかったものか不安になってきた。もしかしたらクリスティアーノも似たような心境だったのだろうか。自分はここまで優柔不断ではなかったと思うが。

 もう一度ルビエールは炭酸飲料に口を付けた。ほとんど残っておらず中身がなくなった音がウェイバーにも聞こえる。その音がこの会話の終了の合図になった。店内を見渡すと店員が床を清掃しながらちらちらこちらを伺っていた。明らかに帰って欲しがっている。

「じゃ、今日のところはこれでお開きにしましょ」

 ウェイバーにはまだ不十分に思えたが不承不承に頷いた。とりあえず、今日のところはこれまで。それでも一定の進歩だ。そう思わなければやってられない。

 一日中頭を回転させていたウェイバーは一気に緊張が抜けた。目の前には手つかずのバーガーセット。それを見た瞬間にウェイバーの生理機能は急にやるべきことを思い出した。そのタイミングはルビエールが遮音機を切るタイミングと完全に重なった。

 閑散とした店内にウェイバーの腹の音が響き渡った。控えていたパーマーも、店内を片付けていた店員にもそれは聞こえ、思わず音源の方を向く。

 ウェイバーもルビエールもフリーズした。その硬直がパーマーと店員にも伝播して店内の時間は止まった。

 数秒程度の沈黙を打ち破ったのは笑い声だった。この日初めて、いや、いつ以来だろうか。自分でも思い出せないほど久しぶりにルビエールは何の邪心もなくただただ笑った。

 くそ。どうしてこうなるんだ。顔面を真っ赤にしながらウェイバーは震えている。怒りよりも情けのなさに泣きたくなる。

「さて、私は帰る。そっちはどうする?」

 妙にすっきりした顔をしてルビエールは席を立った。暗に付いてこなくていいと言っているように思えたのでウェイバーはきっぱり答えた。

「歩いて帰ります!」

「結構。夜道に気を付けて」

 ルビエールは立ち去りながら手を振ってさっさと店を出ていった。パーマーもそれに続く。去り際に口が「気を強くもて」と動いたがウェイバーに効果はなかった。残されたのはウェイバーと店員だけになった。なにをどう解釈したものか。店員は苦笑いしながら「ごゆっくり」と告げると引っ込んでいった。

 一人取り残されたウェイバーはのたうち回るのだった。


 やれやれ。手間のかかる部下が増えた。そう思いながらルビエールは少しもネガティブに考えていなかった。むしろ愉快な気分であり、今日一日の疲れがどこかへ消えてしまっていた。

 それにしても皮肉なものだ。自分がクリスティアーノと同じような立場になるとは。因果は回る。やがてルビエールはクリスティアーノへの向き合い方を決めることになり、そしてその時にウェイバーもまたルビエールへの向き合い方を決めることになる。笑い事ではないのだがどこかそれが楽しみでもあった。

 パーマーはニヤつくルビエールという貴重なものを見ながら安堵した。ウェイバーにとってはなかったことにしたい一日だろうがどういう経緯であれ、本人がどう思おうとも今回の邂逅は上手くいったのだ。

「軍曹」

「はい?」

「ありがとう。お疲れ様」

 どう返したらいいものやら。パーマーは気の利いた言葉も浮かばず、ニッコリ笑うに留めた。その笑顔はルビエールには苦笑いにしか見えなかった。


次の更新は1月の予定です

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