15/2「ルークandビショップ」
15/2「ルークandビショップ」
第11旅団とエノー支隊とジェンス社との不可解なランデブーはマリネスク長官の周到な根回しのおかげか世間的にはほとんど話題になることはなかった。しかし旅団内部では改めてルビエール・エノーなる人物が信用に値するのかを問い直すことになる。
ルビエールに追従するだけのエノー支隊の人員の中で数少ない例外であるカーター組の2人。ピーター・ジェニングスとダニエル・ウェイバーの両大尉はエノー側の人間として深入りしていく中で身の振り方を改める必要に迫られていた。
最初にその決断をしたのはジェニングスだった。
「ねぇダニーさん。僕の考えを聞いて貰えますかね」
「断る」
ジェニングスにサンローの街に誘い出されたウェイバーは既に嫌な予感を抱えていてその予感が的中したことを確信した。
「そうですかぁ。それは残念。で、話というのは他でもない中佐のことなんですけど」
ウェイバーは咥えていたストローを噛みちぎりたくなった。ジェニングスが相手の意向を無視することは珍しくもないので構わないが2人はサンローの繁華街のど真ん中のオープンカフェにいる。機密もへったくれもない環境でする会話なのかは確認する必要がある。
「おい、そいつはこんな場所で話すことなのか」
「場所の問題でしたか」
そういうことじゃない。と視線で射抜くがジェニングスは気にする風もなく洒落たカバンから遮音機を取り出すと公衆の面前で堂々と遮音層を作り出した。何人かの視線が2人に刺さった。
「やーめろ。かえって目立つ。わかった話を聞く。ここでいい。小声でだぞ」
ジェニングスがスイッチを切るとやがて周囲の関心は失せた。やれやれとため息をつくとウェイバーは話を促した。ジェニングスは話を始めたがあまり声は小さくなかった。
「現状僕らはカーターさんから派遣されて支隊にいるという名目で支隊と線をひいているわけですが。支隊は中佐を中心によく回り出しているわけで、今の立ち位置に意味がなくなってるように思うんですよ。僕としてはそろそろ中佐殿と連携していってもいいんじゃないかって」
だいたい予想通りの話だった。支隊においてはカーター組から派遣された要員というのが今の2人の立場である。これはルビエールの政治的要素に対する防衛措置であるがそれが2人を外様の地位に留めていることも事実だった。果たしてこの措置は双方にどれだけの益を齎しているのか。あるいはどれだけの不利益をため込んでいるのか。2人は確信を持てているわけではない。
ウェイバーは今でも自分の立ち位置を支隊ではなくカーターのところに置いていたいという意識がある。片やジェニングスはその立ち位置を変える時期が来たと考えだしていた。ウェイバーもその時が来ないと思っているわけではない。ルビエール・エノーの指揮官としての資質は2人が敬愛するカーターに近いものがある。年下という要素は気に入らないが付き従うに十分な結果も見せた。ルビエール自身に問題があるわけではない。しかしその周りがあまりにも不穏だった。それをつい最近も見せたばかりではないか。
「このタイミングでかよ」
エノーがジェンス社との胡散臭い会合をしたのはつい先日の話である。ウェイバーにはもっともあり得ないタイミングに思えた。何だって今その決断をする?
しかしジェニングスの見方は異なる。
「むしろ今だからこそですよ。中佐はどうやら僕らには知りようのない、預かりようのない深みにハマっているようです。中佐がそこから抜け出せない以上、支隊も抜け出すことはできないでしょう。前回のように知らんふりができるならいいですけど。今後もそうとは限らない。むしろ前回は運がよかった」
ジェニングスの言う前回とはルビエールがジェンス社に半ば拉致監禁状態になったときの話だった。2人は我関せずを貫いたがルビエールに依存しているエノー支隊は完全に浮足立っていた。これは支隊の重大な欠点であり、今後も起こりえることだった。
「だからこそ。今が売り込みのタイミングだと思うんですよ。ダニーさんだってあのソープに指揮させるわけにはいかないと思うでしょう?」
「そりゃぁまぁな」
確かに緊急時の指揮代行を担うなら2人のどちらかしかないだろう。間違ってもあのソープではない。そして今、エノーは2人の力を欲しているだろう。
確かに売り時だ。しかし買い時か?やはりウェイバーは納得しきれなかった。そこにはカーター組への未練もあった。
ダニエル・ウェイバーは問題児が多いとされるカーター組の中では優等生である。ただし本人曰く絶望的に運が悪い。彼は上司との巡り合わせが非常に悪くこれまで散々に貧乏くじを引かされてきた。上司の割りを喰わされることは軍に限らず珍しいことではないがウェイバーの場合はそれがキャリアに致命的に影響してしまっていた。ろくでもない上官の悪さの証拠を掴んでしまったのがケチの付き始めである。もともと評判のよくなかったその上官のキャリアにトドメを刺したウェイバーの行動はその時だけは評価された。しかしその評価がウェイバーの足を引っ張った。栄達の名の下に部隊を去ることになると以降ウェイバーは部隊を転々とすることになる。
ウェイバー自身は特段落ち度なく職務を遂行しているはずなのだが一度厄介払いを経験すると上官を告訴したというキャリアが転任のたびに膨れ上がって補強されていった。行く先々でウェイバーは上官からあらぬ不信感と先入観で見られるようになった。そのような状態で職務に忠実でい続けろというのも無理な話だった。
鶏が先か卵が先か。実態とはかけ離れた厄介者というレッテルがウェイバーを上官不信に仕立て上げてしまったわけである。
その不幸な巡り合わせの中で唯一の幸運がカーターとの出会いだった。厄介払いの果てにカーターに拾われたウェイバーをカーターは配下中では数少ない真っ当で常識的な士官として重宝した。経歴から穿った見方をされることに慣れていたウェイバーにとっては皮肉なことだったがカーター組ではウェイバーは至ってまともだったのである。以降ウェイバーはカーターのやり方に呆れながらも優等生としてそのやり方に慣れ切ったカーター組を窘める立場を得た。
しかし不幸な巡り合わせは消えたわけではない。ウェイバーはカーターの腹心であり奇抜さの権化であるナカノと反りが合わなかったのである。自身がエノー支隊に飛ばされたのもナカノの仕業だと考えている(ナカノは別にウェイバーを嫌ってはいないが人選したのは事実である)。
そして今現在もウェイバーは不運な巡り合わせの真っ最中にあると考えていた。ルビエール・エノーはどう考えても真っ当な軍人ではない。その配下にあればいつかとんでもない事態に巻き込まれるだろう。
ウェイバーにとってはカーターの下こそが自身のあるべき場所だった。一方でジェニングスがエノー組へ趣向変えする理由をウェイバーは理解できた。
ストロベリーピンクに染め上げたショートカットのピーター・ジェニングスは女性用制服を着こなし、見た目にもほとんどの人間がそう見えるくらいには女性らしい容姿をしているがれっきとした男性である。連合軍には着用すべき制服に関して男女の区別がないのであるがその建前上の冗長性を堂々と利用しているのがジェニングスだった。ただこれは当然ながら周囲からは奇異の目で見られる行為である。この奇抜さが優秀な士官であるジェニングスがカーター組となった主な理由となっていた。そしてエノー組となる理由でもあるだろう。
ジェニングスはその特異性から上からも下からも信任を得づらい。エノーも初対面の時は露骨に怪訝な面持ちをしている。しかしそれは最初だけだった。エノーはどうやらその手の特異な人間との親交を持つ機会が多いようで腫物のように扱うことはなかったのである。この司令官の性質は下位にも伝播し、ジェニングス麾下の兵士たちもやがてジェニングスを受け入れるようになった。純粋にジェニングスにとってエノー支隊は居心地がいいのだ。今ではカーター組にいたとき以上にジェニングスは活き活きしている。
「ま、お前の考えは解ったし、好きにすればいいだろ」
ただ、自分がそれに付き合う理由はない。言外にウェイバーはジェニングスを突き放した。自分はまだルビエール・エノーにはベットできない。
「もちろん僕は好きにさせてもらいますけどね」
あーそうでしょうね。これで話を終わりにしてくれませんか。ウェイバーはそう願ったが当然続きがあった。
「一緒にやりましょうよ」
「やだ」
「why?」
「信用できない」
「それは僕も同じですよ。でも信用するしかないでしょ」
痛いところをつかれてウェイバーは顔を顰めた。実際その通りだった。エノー支隊においてはエノーを信用しないというスタンスはほとんど意味がなかった。直上にある第11旅団がルビエールを放任している以上、ウェイバーだけがエノーと別スタンスでいても意味がないのである。それにカーターがエノーを信任してウェイバーたちを派遣している以上、これを個人的な感情で破綻させることもできない。
とはいえ、理屈だけで心を納得させられるなら誰も苦労しない。ウェイバーがシブい顔をしているとジェニングスは切り口を変えた。
「解りました。じゃぁこうしましょう。僕は中佐を信用します。ウェイバーさんは僕を信用してください。中佐との折衝は全部僕がやります」
「屁理屈作りやがって」
「でもこの辺が折り合いじゃないです?」
確かにどこかで折り合いを付けなければならないことは事実である。だが、この理屈には一つ重大な欠点があった。
「いつからお前は信用できる人間になったんだ?」
ジェニングスはギャハハと下品な笑いを上げた。
「と、いうわけで。今後は僕とウェイバー共々手足の如くお使いください」
そうは言われても。ジェニングスの唐突な訪問でどんな話をされるかと身構えていたルビエールは過程をすっ飛ばした結論に困惑するしかなかった。
ジェニングスが自分たちカーター組の心変わりを伝えたのは即日である。ルビエールに単独でアポイントメントを取ることも、イージスの司令室に訪れることもこれが初めてのことでありルビエールが警戒から入るのは当たり前のことだった。
「私は今まで線をひかれていたと思ってたけど」
「そうですね。仰る通りです。で、それをなくすことにしたと」
「どうしてこのタイミングで?」
ウェイバーと同じ疑問をルビエールは持った。今が一番胡散臭いルビエールである。ジェニングスはウェイバーにしたのと同じ説明と共にもう一つの理屈を付け加えた。
「今が売り時だと思ったことが一つ。もう一つは結局のところは踏み込まずに本当のところを知ることはできないと思ったからです」
疑っているだけでは疑問は晴れない。疑う者を信ずる筋合いはない。離れた場所から真実を求めたところで与えられるはずもない。
「あなたは踏み込んだ。前回のジェンス社との折衝はそういうことだったんじゃないですかね?」
ジェニングスの洞察にルビエールは驚いた。自らの上司が預かり知らぬところに踏み込んではまっている。逃げるわけにもいかず、放置しておくにもあまりにも由々しい事態だろう。ゆえにジェニングスもまた踏み込む決断した。ルビエールは完全に納得した。
しかしこれはルビエールにはありがたいことでもあり、困ったことでもある。
「私は別に2人を信用していないわけではないです」
「でも、信用されているとも思っていないでしょう」
「まぁ。そうですね。信用されるようなことはしていませんし」
「いやいや。実績は充分だとは思いますよ?ちょーっと陰でこそこそしているのが気になるところですが。もちろん腹を割ってもらうのもいいんですが。それはそれ、これはこれ。上手いこと切り分けてもいいでしょう。とにかく上手いことやれないものですかね」
ルビエールは目を細めた。どこまで本気か測りかねる。これまであまり親交を深めていなかったのだが、このジェニングスと言う人物。実はソープやマサトと同種の怪人物なのでは?
「2人に何のメリットがあります?」
「ありませんね。あなたが与えない限りは」
意訳:寄越せ。ルビエールはそう受け取った。あまり口には出したくなかったがルビエールはついに観念した。
「では2人はエノー派として行動していく。そういうことでよろしいですか」
ルビエールの心情など知らずジェニングスは胸を張って宣言した。
「そういうことです」
ルビエールは大きくため息をついた。
エノー派。元より軍内で勢力を持てとのクリスティアーノからのお達しはある。しかしいまだこれと言った目的を持たない自分がどんな理念で人を引っ張っていけるというのか。むしろ巻き込み、振り回すことになるのは明白でそんなものを構成するべきとは思えない。しかし方々で壁にぶち当たりまくっているルビエールが必要としているものもそれだった。心中を吐露し、悩みを共有できる仲間が欲しい。果たして、この2人はそうなるだろうか?なって欲しいのか、なって欲しくないのか。ルビエールにすら今は解らなかった。ゆえに最終的な返答は曖昧になった。
「語るのは構いませんが責任は負いかねます。今のところは」
この答えにジェニングスは落胆した表情を見せた。
「ま、今はそれでもいいですけど。どーせ巻き込むんだったらがっつり引き込んでほしいんですよね。振り回すだけ振り回して肝心なところではじき出される方がこっちは困るんで」
それは確かに質が悪いな。実際、今の自分ならやりかねない。ルビエールは苦笑しながら頷いた。
それでも今はこれでいい。実際にはルビエールもジェニングスもそう思っていた。いきなり信用も理解もできはしまい。互いの意思を示し合わせただけでも進歩と考える。
退室際、ジェニングスは悪戯っぽい顔を浮かべて振り返った。
「みんなで幸せになりましょうよ」
どこまで本気なんだこいつ。ピーター・ジェニングスとダニエル・ウェイバー。ルビエール・エノーにとって欠くことのできない主要な側近の誕生はその当初、ルビエールにとっては頭痛の種でしかなかったという。
旅団が再びサンローでの待機状態になってからさらに2週間後、ようやく状況は動き出した。
旅団の主だった人間が集められハミルはいつも通り単刀直入に切り出した。
「移動命令だ」
サンローでの待機状態に飽きていた面々は冷や水を浴びせられた。移動とは、前回のサンローへの移動と同じで何か作戦があって移動するということではないらしい。
「やれやれ、苦情でもでましたかね?」
ボスコフの言葉に各員は想像を働かせた。サンローはさほど発展しているコロニーではない。旅団を駐留させ続けるほど余裕のある拠点ではないし有名人となってしまった旅団が居座ることを気味悪がる人間がいてもおかしくはない。
いつもならこのような不可解な司令が出た場合はルビエールに視線が集まるところだったが今回は旅団の主計であるノイマンが対象となった。
ここでルビエールならば遺憾の意を表情で示す程度だったがノイマンの場合はそれだけでは済まない。視線を向けた人間を一しきり睨み返すと冷笑と共に溢す。
「缶詰だけで腹を満たせるというなら私の仕事も楽なんですけどね」
意訳:缶詰食だけにするぞという脅し。ノイマンの言っていることは冗談ではなく、過去、ノイマンに理のある激怒を被った士官がそのような懲罰を受けたことがある。旅団において主計官ノイマンにはそれだけの裁量があるのである。
おお怖いと各員は首を竦めるがその顔には笑み。それを解っていながら茶化すのが旅団の者たちのノイマンへの信頼の裏返しだった。
少し羨ましいとルビエールは思う。今やホームとなったエノー支隊も気心の知れた仲とは言い難い。ルビエールと支隊の者との間には如何ともしがたい線がある。そしてその線をひいているのは他ならぬルビエール自身だった。
「で、お次はどちらへ?」
話を脱線させた張本人であるボスコフが厚かましくも話を戻した。ハミルは珍しく苦笑し、次の言葉に含みを持たせた。
「ミンスターだ。休暇は終わり、ノイマンの貯えが意味を為すことになるわけだ」
その意味が浸透するのに時間がかかった。
ミンスターは共同軍に対処している第5艦隊が展開している宙域にあるコロニーの一つであり、対共同体戦線の後方支援基地のような役割を担っていた。つまり第5艦隊の後詰めに等しい位置に旅団は入ることになる。
「自意識過剰でなければ連合軍は対共同体に舵を切ると、そういうことになるか」
ボスコフが訝し気に呟いてルビエールの方を見た。ルビエールも本当のところを知っているわけではないがボスコフの考えに異を唱える必要を感じなかった。
「有り得る話ですね」
今のところ作戦活動が決まっているわけではないが近いうちに月との同盟が再締結される目算が高くなったのだ。それを見越しての移動と言うことだろう。いずれにせよマリネスク長官の意識がそちらに向いていることは間違いない。
「そう遠くないうちに対共同体で動きがある。これを見越しての移動と考えていいと思います」
「そいつは例のアレと関係あるのか?」
「さぁ、どうでしょうね」
例のアレとは?悪戯心からルビエールは聞いてみようかと思ったが思い留まって当たり障りのないよう韜晦した。もちろんボスコフもそれ以上は踏み込まない。
「で、出立は?」
2人の話がひと段落したと判断してノイマンが切り出した。ただの移動であっても主計官にとっては実戦と同じである。ノイマンの頭脳は既に戦いを始めていた。
ハミルはすぐには答えずノイマンに落ち着けと目で示した。まだ他に要件があることを察してノイマンは顔を顰めた。
「その前にいま一つ。移動に際して野暮用が入る」
「と、申しますと?」
「機体の補充だ。前回の勝利に気をよくした上層部が卸し立てのRVF15を8機とVFH16を16機割り当ててきた。道中のデウィントに運び込まれる予定だ。そこで受領する」
「ほう。太っ腹ですな」
ボスコフは言葉とは裏腹に喜んでいるようではなかった。確かに旅団で現用しているVFH11を更新できれば戦力の向上が見込めるので有難い話ではある。しかし新型機が偏り過ぎだ。贔屓に過ぎるのではないか。本当に欲している場所にはちゃんと割り当てられているのかボスコフは不安になってしまう。
「全部隊で移動すると受領拠点に負担がかかるし時間がかさむ。部隊を抽出して先行させる。本隊はボスコフが指揮しミンスターへ向かうこと」
「先行部隊を大佐ですか」
「他にも野暮用があるんでな」
吐き捨てるような物言いに野暮用の正体が大体解ってしまった。ハミルはその不機嫌のまま視線をルビエールへと転じた。
「クサカからのリクエストだ。貴様も同行しろ。どちらにせよクサカの機体は支隊の方が扱い慣れている。そちらの隊からもいくらか抽出して受け取りに参加しろ」
そういうことか。ルビエールは溜息をついた。新型をやるから向こうの用事に付き合えということだ。
「ではこちらのイージスと2艦出します」
ハミルは頷き旅団本隊からは8艦を出すことになった。HV24機に対して明らかに過剰な艦数だったがこの疑問はすぐに消えた。
「ノイマン。お前も同行しろ。デウィントにある物資とクサカが持っている物資を引き取れ、買い取ってもかまわん」
「はっ」
「先行部隊は4日後、本隊は1週間後に進発とする。錨を上げろ」
この指示にハミルの本気を見て取った面々は表情を引き締め、各自の部署に戻っていた。
デウィントでの補充機体を受領するために支隊の艦艇8艦のうちイージスを含む3艦が別行動をとる。となれば残りの5艦を誰かが指揮することになり、誰がそれを担当するのかに支隊内で注目が集まった。それ自体はボスコフ率いる旅団本隊についていくだけの仕事ではあるがそれを行う者が支隊のナンバー2ということになるのである。本来なら司令補佐官であるソープがその役割にあたるべきなのだがソープの本来の役割は参謀であり、実戦指揮に関しては経験豊富なわけでもなく、何より致命的なことに支隊の誰からも支持されていない。本人も全くやりたがっていないのでルビエールは分散した支隊を率いる人間、つまりエノー派のナンバー2を指名する必要に迫られた。
悩むほど選択肢があるわけではない。現実的にはウェイバーとジェニングスの2人しかいないのである。そして2人のうちのどちらか、となればルビエールの選択は自ずと立場を宣言しているジェニングスとなる。
司令室に呼び出されたジェニングスは凡そを察しながらも少しばかり困惑している様子だった。
「と、いうわけで留守の間の支隊をお願いします」
「いやぁ。こういうのもなんですけど思ったより早かったですねぇ」
イージスの司令室でジェニングスがルビエールに自身の立場を宣言したのはつい先日の話であるがこれはあくまで2人の間だけの私的な表明に留まる。それをこうも早く公的に表明することになるとは。
ルビエールも全く同感だった。
「ですね。どうします?撤回しても私は全く構わないけど」
「男に二言はありませんよ」
使い古された言葉も女性用制服に身を包んでいるジェニングスに言われると反応に困る。ルビエールは微妙に表情が歪むのを我慢できなかった。
「私的なことを探るのは避けてきたんだけど」
「僕はノーマルですよ」
先回りされた答えにルビエールは声を詰まらせた。誤魔化せばいいものをルビエールは不躾なことを考えてしまったバツの悪さで思考が迷走した。
「あ、そう」
「司令のことも好きですよ」
絶句。今度こそルビエールはフリーズした。
「あ、そう」
4日後に旅団と支隊から機体受領のための先発部隊が出発した。旅団、支隊双方の司令が先発部隊を率い、残された本隊を旅団ではボスコフが、支隊をジェニングスが率いる。
支隊司令代行ピーター・ジェニングスの誕生を支隊のほとんどの人間は違和感なく受け入れた。誰から見てもウェイバーとジェニングスしか適任がいないのだからそれほど予想を外した指名ではない。強いて言うならジェニングスの見た目のエキセントリックさに眉を顰める者が見た目にも品行方正であるウェイバーの方が適任であると考えていたくらいである。
そのジェニングスの見た目もそもそもルビエール・エノー自身が見た目に関してはエキセントリックな存在である。他にもメリッサ・アトキンスもいる。そこにジェニングスが増えたところで大した違和感がなく、この人事はすぐに馴染んだ。良くも悪くもエノー支隊だからそんなものか、となってしまったのである。
リーゼ・ディヴリィは意外なことにジェニングス司令代行に対しては何のリアクションも見せていない。支隊全体の素行に目を光らせているリーゼであるがジェニングスの素行は特段問題なく、見た目に関して思うところがあっても規則の範囲内である以上は口出しすべきものでもなかったのである。
別角度から不満、というよりも焦りを感じたのがもう1人の候補者だったダニエル・ウェイバーである。ルビエールとジェニングスにとってそうであるようにウェイバーにとってもこの展開は急であり予測外だった。単にジェニングスの立場が明確になっただけならまだしもその立場が司令代行、事実上のナンバー2である。ウェイバーから見るとジェニングスに出し抜かれたような気分になるのは無理からぬことだった。
「いや、わかっちゃいるんだよ。わかっちゃ」
自らの預かる艦のCICでウェイバーは独り言のようにボヤいた。
別にジェニングスに出し抜こうなんて意識はない。この展開はジェニングスだけでなくエノーにとっても急な展開だった。しかし、僥倖とも言うべき内容でもある。要するに2人は流れに乗っただけのこと。そしてウェイバーは流れに取り残されたわけだ。
「で、どうするんだ?」
隣に控えていたHV隊長トレバー少尉が冷やかし気味に聞く。ウェイバーよりもはるかに年長の親父パイロットは若いウェイバーを小僧と馬鹿にしながらも気に入っておりよく補佐している。上司に恵まれないウェイバーは一方で癖が強いが有能な部下に恵まれる、というよりも気に入られるという側面を持っていた。本人的には全く気に入らない因果だったが。
「せっかくの招待状だ。親睦は深めるさ」
ウェイバーたちはルビエールと共に補充機体受領のための先行部隊に加わっていた。わざわざウェイバーの隊を同行させたことに意図がないと考えるのは愚鈍だろう。
放っておいてもエノーはこちらと接触を図ってくるだろうか?それともこちらの出方を試しているか。
「おい。お前さん相手を敵か何かと思ってないか」
図星をつかれてウェイバーは不機嫌になった。トレバーの言い草にではない。自分の思考に。一体何をそこまで身構えているのか。
「ここの生殺与奪の権利は姫様の手元にある。なきゃならん。主導権の取り合いなんざ何の役にも立たんと思うがね」
ウェイバーは一々指摘されなくても解っていると反発したくなったが子供じみた対応になると思って我慢する。
「ああ。君の言う通りだ。必要以上に身構えてもしょうがない。これからのために協力してことにあたる」
するとトレバーはニヤリと笑うとさらにウェイバーを弄ぶ。
「さすが話が解る。いやいや大人な対応ですねぇ」
「う、うるさい!僕が君の意見を受け入れるのはそれに理があると感じたからであってそれ以上の意味はない!」
「はいはい。そういうことにしときましょ」
「だいたいなんだその口の利き方は。僕はこの隊の司令だぞ。上官を一体何だと思ってるんだ君らは」
烈火のごとく怒っているつもりのウェイバーだがCICの人間には「またか」としか思われていない。
デウィントはサンローよりも小さなコロニーで宇宙田舎を具現化したような場所だった。駐留戦力も貧弱で従ってその港湾施設も手狭。このようなコロニーがウェイポイントとされたのは単純にサンローからミンスターの道中に近く、かつクサカの輸送艦隊にとっても距離が短いというだけだった。
小さなコロニーに明らかに過剰な艦艇が集結したため補充のやり取りには民生用の施設まで動員されることになった。
「迷惑な話じゃないか」
民間の宇宙港にまで溢れ出てしまった物資を眺めながらウェイバーは不愉快気に吐き出した。この作業のおかげでデウィントの輸送インフラと交通機関には大きな遅延が発生することになった。港湾施設職員の冷たい視線の中で作業をしている人間たちも気の毒だ。
軍事側の勝手な都合で民間に迷惑をかけるなど言語道断。緊急時ならいざ知らず、今回はただの物資の授受に過ぎない。しかもこの物資は単なる補充ではなく、取引に近い。現場の人間たちの預かり知らぬところで勝手なやり取りが行われ、何の利益もない人間が迷惑を被る。ウェイバーはこの手の力学を嫌悪していた。
「端々に気を回すのは結構なことですがね。ここにいていいんですかい?」
またしてもトレバー。ウェイバーは宿題をやりなさいと言われた子供のような心境になった。
「言われなくてもやるさ。それはもう決めただろう」
「で、いつやるんです?」
今でしょ。それも言われなくても解っている。
「暇なんでしょ?」
「だ、黙れ!身体を動かしてなければ暇だとでも言うのか!考えることはいくらでもあるんだ」
「なるほど。で、そのお考えとやらは実を結ぶんですかね?」
ぐぬぬとウェイバーは顔を歪めた。まさにウェイバーの思考は煮詰まって堂々巡りを繰り返しているところだったのである。
ウェイバーとしては今回の受領作業の間にエノーと立場の確認を済ませておきたいところだった。いまだエノー派となることに抵抗はあるが何もそれが終生の立場となるわけでもない。エノーがカーターと連携していくならば復帰する目もあるのではないか。その時に何もしていなかったなどという無様を曝すわけにもいかない。
それがウェイバーの用意したギリギリ納得できる理屈だった。それにあのジェニングスのことである。何もやらずに合流すればどんな皮肉を言われるか解ったものではない。放っておいてもエノーから誘いがある可能性は高いがそれを待っているのも情けのない話であるし、何より誘わせてしまうこと自体がウェイバーに愚鈍、もしくは優柔不断という評価をつけかねない。
理屈は用意した。あとは行動あるのみ。しかし、ウェイバーはいまだに踏ん切りがついていなかった。
そもそもどういう話をすればいいのか。どう話を展開するのか。必要以上に身構えるウェイバーの悪い癖はシミュレーションを繰り返し続けている。経験上、それが役に立ったことはないにも関わらず。
このうだうだも結局のところウェイバーの未練によるものだろう。やはりウェイバーはエノー派にはなりたくないのである。ならばもういっそエノー派とは異なる立場を支隊に作るべきなのではないか。
ウェイバーの思考が逃げていることを察したのかトレバーが警告する。
「いいか坊主。中立なんて立場になれると思うなよ」
思考を読まれたウェイバーは固まった。トレバーの表情はこれまでの茶化しではなく、警告の真剣さを帯びている。
「中立なんて立場はそもそも存在しないんだ。あるとしたらそいつは隙を見て両方を出し抜こうとする立場だけだ。どっちにとってもろくでもない存在。それが中立ぶってる奴の正体だ。お前さんにそういう気があろうがなかろうが、立場の違う奴はそれを警戒するしかなくなる。そいつが一体何の役に立つと思う?」
中途半端な位置に立つ支隊内の不穏分子。支隊全体がエノーを中心に確立されつつあるなかでウェイバーだけがそのような立場になればどうなるか。反エノー派と呼べるような者がいるのかどうか定かではないがその受け皿になってしまうことは間違いないだろう。これは明確にカーターの意思に反する立場でもある。ウェイバーはその危うさに気付いて薄ら寒さを感じ、そして恥じた。
「忠告感謝する。君の言う通りだ」
理のあることは認める。それをしない上司を反面教師にして得たウェイバーの鉄則である。トレバーはニヤリと笑うがいつもの余計な一言は出てこず、代わりに肩を小突いて飄々とその場を去っていった。
畜生め。心の中でウェイバーは毒づく。さすがにこれで腹を決めなきゃ男ではないだろう。ああもう、やってやるさ。漢ウェイバーは5秒ほど硬直した後に錆びたおもちゃのようにギクシャクと動き出した。
それで物事がスムーズに運ばないのがダニエル・ウェイバーという男である。意を決してイージスに乗り込んだウェイバーだったが当のルビエールは受領作業のためにドックの方に出向いていて不在だった。
肩透かしを喰らわされた気分だがウェイバーにとってこれぐらいは想定内。熱の冷めないうちにドックに足を向けるがルビエールはまたしても不在。今度は資材を運び入れたクサカ社の輸送艦に向かったという。
まだだ。これくらいも想定の範囲内だ。出直した方がいいのでは?という心の声を押し込めてウェイバーは足早に移動する。
しかしここでダニエル・ウェイバー痛恨のミス。輸送艦は1隻だと思い込んでいたがクサカの輸送艦は2隻。そのどちらにルビエールがいるのかを確認しなかったのである。したところで聞いた相手が把握していたかどうかは解らない。しかし確認を怠ったのは事実である。
他に何かあてはないか?ルビエールはかなり目立つので誰か気に留めていてもおかしくはない。周りを伺って聞いて回ると確かにルビエールの目撃情報はある。しかしわざわざどっちの艦に乗り込んだかまで確認している人間はいない。ここでウェイバーは各艦の守衛に聞けばいいことに気付く。間違えたらロスにはなるが当たりを確定できるのだからとにかく突撃すればよかったのである。とんだ時間の無駄である。
馬鹿か俺は!正常な思考ができていないことに赤面しながらとにかく歩き出す。右か、左か。ええい、ままよ。ウェイバーは選んだ一隻の通用口の守衛に確認した。
が、ハズレ!自分の間の悪さに挫けそうになっているウェイバーだがもはや意地になっていた。ここまでやって引き下がれるか!もう一隻に向かって走り出す。既にかなりの時間を使っている。また入れ違いになってもおかしくない。次にそうなったら心が折れるのではないかという恐怖。お願いだから早く見つかってくれ。
ウェイバー一人の辛苦など露知らず、ルビエールはちょうどクサカ輸送隊の挨拶回りを終えて警護要員と共に艦から出てくるところだった。息せき切って走ってくるウェイバーを見たルビエールは何事かと身構えた。
「どうした大尉」
「いえ、あの」
呼吸を整えようとするウェイバーをルビエールは怪訝に見守る。ここまでの道中でウェイバーはルビエールを捕まえることに夢中になっていて他のことに思考が全く向いていなかった。つまり会ってからどうするかを全く考えていなかったのである。厳密には彼なりのプランはあったもののそのプランも走り回った後で回るようなものではなかった。
ようするに、この時点でウェイバーは頭が真っ白になっていたのである。
「僕と付き合ってください!」




