2/3「ジョン・アリー・カーター」
2/3「ジョン・アリー・カーター」
地球連合軍の動きに対する共同軍の動きは鈍くはなかった。打撃部隊に呼応する形で出撃してきたベルオーネ守備隊はほぼ予測された通りの戦力で相対してきた。これはベルオーネそのものを傷つける気のない連合軍にとって都合の良い動きだった。
一般に共同軍は寡兵とされる。地球連合と同様に複数国家で構成されるコロニー国家共同体は正規軍という枠組みは連合のものと比して弱小だった。これは動員した戦力の大半を逸失したカナンの戦いに起因する。かの戦い以降、各コロニー国家には共同体中央政府に戦力を集中することへの強いアレルギーが生まれた。各コロニーは自前の戦力を優先し、共同体正規軍への予算拠出を渋る。このため共同軍の戦力構成は各コロニー自衛軍の比重が大きく、必然的に正規軍の影響力も薄くなっている。
しかしベルオーネは違った。長くダラダラと続く戦役に嫌気がさしたベルオーネは統帥権を共同正規軍に引き渡し、事実上ベルオーネ自衛軍は消滅している。これは中央政府にしてみれば迷惑な話であったが正規軍にとってはそうではなかった。
多くの場合で主導権を自衛軍に握られる共同正規軍にとってベルオーネは自分たちの独力で維持される戦区なのである。それは自分たちの存在意義と能力を示す戦区ということであり、ここを失うことは立場を逸することである。ようするに、メンツがかかっているのである。相応に士気は高く、平均体な共同体よりは手強い。単純な殴り合いで打撃を与えることは難しいだろう。
ルビエールはこの戦いの勝敗にあまり意味はないと考えている。
今作戦の肝は敵戦力に打撃を与えて回復のための時間、つまり行動不能な時間をより多く与えることにある。多少はこちらの方が損失を被ってもかまうことはない。と、上層部は考えるだろう。もちろん、ルビエールたちがその損失のうちに入ってやる道理はない。肝心なのは相手とどれだけ殴り合えるかになる。地の利は向こう側にあり、ダメージを最小に抑えるような動きをされるとこちらも強引な手法に出る必要もあるかもしれない。
つまりベルオーネを直接の標的にすること。甚だ人道的ではない手段である。
イージス隊が出撃態勢を整えたときには先鋒による小競り合いははじまっていた。
「全機出撃。オペレーターの誘導に従い担当エリアに移動。所定時間までラインを維持し、可能な限り敵戦力を削ること。今回は味方との連携も考慮して動くように。なお、第三小隊は付き添いの任務を優先とすること」
最後の一言は余計だろうとロックウッドは苦笑した。意外とこの上官は質の悪いジョークを好むところがある。
「戦線の状況は?」
ルビエールの言葉に戦術画面を注視していたマサトは首を傾げた。
「AABらしきものは見えませんね。まぁ連中が何かの作戦のために出張ってきたんなら参加してこないのも不思議ではないですけど」
AABという物騒な言葉にリーゼは顔を顰めた。そんな話は聞いていない。それが本当なら試験小隊は最精鋭部隊とぶつかる可能性は高く、この出撃は思った以上のギャンブルということになる。それをルビエールは黙っていたのか?
「AABが来ているのですか?」
「あくまで噂よ」
リーゼの咎めるような視線にルビエールは澄ました顔で答えた。
何度目かのカタパルト射出に耐えてエリックは戦術画面を一瞥した。
両勢力が徐々にぶつかり合って青と赤の境界線を形成していく。いままではそのライン上を行ったり来たりしていたが今回はそのラインの一端を形成することになる。これはどちらかが折れるまで続く撃ち合いを意味する。
それはエドガーの得意とするところであるし、XVF15はこの点で特に力を発揮するよう設計されていた。敵味方入り乱れてのドッグファイト。ただこれは単機で好き勝手できることとも違う。敵を追うと同時に追われない、そういう状況を作り上げるためには小隊連携こそ肝要だった。
しかしイージス隊の2小隊にはそんな連携能力はない。自機のセットアップ、フィードバックなど開発プログラムに忙殺されているテストパイロットたちには小隊ごとの連携戦術を構築するだけの猶予も相互理解も全く足りていなかった。
小隊機銃を装備する7番機を擁した第二小隊はまだ役割がはっきりしてきたので幸いだった。アトキンスの援護をあてにフィンチたちは前線を張れる。第一小隊はいまのところエドガーの突出した操縦・戦術センスに任せたワンマンチームに過ぎなかった。
この点に関してエリックは不安をもっていた。ある時、思い切ってそれをロックウッドに話したことがある。
ロックウッド率いる第三小隊「オライオン」は既存の主力機であるVFH11で構成されており、連合軍の伝統に則り、各機はそれぞれ小隊名+番機で呼称され、互いをTACネームで呼び合う。機体もパイロットもそれぞれ役割を持ち、それに応じたカスタマイズを施されていた。
ロックウッドは不思議そうな顔をして言った。
「小隊での機体運用なんてものは現場によって違う。理想で言えば確かに役割はあった方がいいが、全機それぞれ好き勝手にやってるとこもいくらでもある。現場で自主的に構築する例もあれば自然発生的に生まれる例もあるし、小隊指揮官の戦術思想で構築されるとこもある。お前が必要だって思うんならエドガーに言え」
自分のとこのことは自分でやれという当たり前の話だった。エリックは恐る恐る口にした。
「あの人、そういうの興味なさそうですけど」
ロックウッドは少し口元を緩めつつキツめの口調で言った。
「それでもお前が話すべき相手は俺じゃなくてアイツだ」
いまだにエリックはそのことをエドガーには切り出せずにいた。
第一小隊は実はもう一つ問題を抱えている。マリガンとエドガーである。規格外で規律を軽視するエドガーと規律重視のベテラン枠であるマリガンはかなり折り合いの悪い関係だった。何も表立って喧嘩をするということはなく、任務上の連携はこなせるもののプライベート間では全くというほど交流はない。エリックとマックスは年も近いこともあってそれなりの交流はあったがマックス・ホーエンザルツという人物は狙撃手という立場もあって小隊連携に関しては門外漢で頼りにならないのであった。
「よし、エリアに入る。どんな連中が相手だ?」
エドガーの声は弾んでいた。得意とするところのドッグファイトを期待しているのだ。
「無闇矢鱈と突っ込まんでくださいよ。敵を呼び込むのが仕事なんであって自分から釣ってこいってことじゃありません」
マリガンが釘を刺した。通信の向こうで興ざめといったため息。
戦術的な話で言えば敵のヘイトをとってこちらのエリアに敵を呼び込むのは待ち伏せ戦術として典型的なもので選択肢としてはありだったが、それは連携の取れていることを前提にしている。許容量を越えるヘイトを取って飽和したら目もあてられないし、実際エドガーであればそれくらい釣ってきかねない。
「じゃぁ領域のギリギリでこっちの雄姿をあちらさんに見せつけてやるか」
今度はマリガンのため息。しかし、それくらいなら枠を外れた行動とまではいかないので反対の言葉は出なかった。それでも無用な挑発である。
「じゃぁ、おれが周りを見ときますよ」
マックスが進言した。領域ギリギリということは味方の中でもっとも突出するということだ。小隊が孤立しないように一歩引いたポジションは不可欠だし、狙撃手というマックスの適性にもマッチするだろう。これを自分から買ってでるのは臆病者の誹りを受けかねないところではあったが第一小隊では受け入れられたものだった。
「よし、ここらで陣地を張ろう。アトキンス、頼んだぞ」
傍らの第二小隊ではフィンチがアトキンスに指示を出す。第二小隊はフィンチを中心に明確な役割を確立しつつあった。
「はいはーい。お仕事開始」
独特な応答をすると7番機は編隊から外れ、その大袈裟な小隊機銃を展開した。
小隊機銃はそれ単体で運用するには大きすぎ、機動性をはじめとした多くのデメリットを機体に付与する。その性質上、多くの危険に晒されることからガンナー機には多数の補助装備がガンナーパックとして含まれている。
アトキンスはこれと定めた座標に機体を固定すると所定の手順に沿って巣を作り始めた。ガンナーサイトと呼ばれるそれはガンナーを隠蔽、または守るための簡易塹壕である。
シールドポッドは小隊機銃を担架するものであると同時に機体の前面を守る装甲板と姿勢制御機構を兼ねる。防御としては破片といくらかの銃弾を防ぐ程度の気休めレベルであるが凄まじい反動を持つ小隊機銃運用には欠くことのできない装備で、実質的に小隊機銃と対になる。チャフグレネードはビームの拡散とレーダーのかく乱を企図する防御システムで攪乱物質を含むガスを自機周辺に滞留させることで効果を発揮する。チャフ・フレアと同系統の装備だがこれは必ずしもガンナー専用の装備というわけではない。とはいえ、滞留させなければならない性質から機動戦には全く不向きでこれを使用すれば当然ながら自身もビーム兵器の使用が不可能になることもあって運用は限定的にならざるをえない。定点に座すガンナーがこれをもっとも有効に活用できるということである。これらの装備を用いることでガンナーサイトは強力な援護と同時に砲火を引き寄せるトーチカとなるのである。
装備を展開して全て正常に動くことを確認するとアトキンスはさて、と口にした。
「オーダーは?」
ガンナー、つまり小隊機銃の役割は大きく2種。旺盛な弾幕によって敵の動きをけん制する制圧と味方が追い立てた敵をエリアごと打ちのめす制圧の2種だ。
「けん制だ。側面は取らせるな」
フィンチの指示は当然と言ったふうで素っ気なかった。味方の追い立てた敵を小隊機銃の蹂躙射撃で仕留める戦術は高等戦術の域にあって高度な連携を要求される。当然、そのような連携は無理だし、打ち合わせもしていない。しかしこれは一級ガンナーであるアトキンスにはつまらないオーダーでもある。単に敵勢力の鼻先を抑えるだけなら課題としてイージーなものだった。
「オーケィ」
その気持ちは気のない口調に出た。気にとめたものはどれだけいるだろうか。もちろんアトキンスにもそれが第一小隊への援護も兼ねる妥当な指示であることは承知している。しかしそんな仕事をさせるためにメリッサ・アトキンスという一級ガンナーを召致したというのならこれは大いなる無駄遣いだと断言できる。戦歴こそ浅いもののアトキンスの撃墜数は公式なもので23を数え、ガンナーというポジションを差し引いても既に「エース」の称号を冠するのに十分。そこに異論を挟ませる気はない。アトキンスは自分を主役だというほど自惚れてはいないにしても主役を張れるだけの能力はあると自負している。この部隊にはそういった主役級ばかり集まっているのだが、その誰も主役ではない。その意味にパイロットたちは薄々感づき始めているのだが。
「お仕事お仕事」
呟いてアトキンスは余計な思考を排除した。それはいまの自分には必要ない。効率的な生存と殺戮を求めるマシンとなることを自身に命じる。
7番機の小隊機銃が大雑把な弾幕をばらまきはじめた。最初の斉射は敵機編隊に戦うべき相手を示す。
「来たぞぉ」
「第一小隊、エンゲージ」
エドガーの嬉々とした声にマリガンの声が続いた。
HV同士の戦いはほとんどの場合、互いの射程内に入ったところではじまる正面切っての撃ち合いを起点とする。これはあまり効果的なやり方ではない。お互いに機動し続けている環境では直接照準の武装はそれなりの距離に詰めないと命中を期待できず、ミサイルをはじめとする誘導兵器は容易に迎撃されるためだ。この不毛な撃ち合いはどちらかが痺れを切らして肉薄することで破られる。その切っ掛けとなるのが艦隊からの援護である。
「味方艦。CSA入ります」
「早いな」
オペレーターの報告にルビエールは首を傾げた。CSA(援護飽和攻撃)は艦隊からのミサイル飽和攻撃によって味方HVの突撃、もしくは撤退を援護する攻撃である。このミサイル攻撃自体に戦果はあまり期待できない。前線のはるか後方から撃ち出される艦対HVミサイルは射程距離と敵の迎撃能力を飽和させるために数を必要とされ誘導性能を犠牲としている。大昔は火力の面、特に危害範囲の向上を志向されたこともあったが、味方の間隙を縫って飛翔すること、必要な数に対してコストの増大を招くことから現在では危害範囲も抑えられている。つまりほとんど嫌がらせのためだけのミサイルだった。
この攻撃は艦隊がまとまって行ってこそ効力を持つため一度の戦闘で行える回数には限度がある。基本的な想定で2回、あとは予備の1回分があるかないかくらいだ。当然、敵味方の規模によって必要なミサイルの量は変動する。これと艦の自衛用防空ミサイル・対艦ミサイルをどの程度の割合で搭載するかは艦隊運用の難題だった。
このような背景があってCSAのタイミングは会戦の重要なポイントとなる。これを切っ掛けに前線は敵味方入り乱れる混戦となる。
ルビエールの目にはそれはまだ早いと映った。もちろん、後手に回るのもマズいが戦端は開かれたばかりで戦線も流動的な状態だ。
「先手先手でやることやってトンズラって魂胆ですかね」
短気だな、というのがマサトの感想だった。味方の損害を軽微にする狙いもあるかもしれないが、痛打という作戦目標に対して効果的な一手にはあまり思えない。
「こちらも参加なさいますか?」
「もちろん、よろしくお願いします」
老齢の艦長の言葉にルビエールは頷いた。1艦だけ出し惜しんだところで大した意味はない。司令部のやり口に口を出しても藪蛇もいいところだろう。
数分後に全軍に通達されたカウントダウンに従って連合軍艦隊から数多のミサイル群が発射された。
これらのミサイルは最初のうちは何も狙ってはいない。ただ方向を指定され、味方の識別信号を回避し、連鎖誘爆を避けるためにミサイル同士で距離を保つよう設定されている。終末誘導でのみ付近の敵性信号を追尾するためそれまではただのロケットに過ぎない。それでもミサイル群が持つ数の暴力は無視できるものではない。共同軍機は隊列を組みなおしてミサイル群に相対し、持てる銃火器をもってこれを迎撃しようとする。
ミサイル群が射程に入ったと同時に共同軍機の銃火器も火を噴き、戦場の輝度は急増した。瞬く間にミサイルは数を減らしていく、それでも爆発の影で照準を外れたミサイルが迎撃の許容量を上回って敵機に殺到していく。最前線の機体は銃撃を止めて、回避機動に移る。多くは回避できるが運の悪い者は複数のミサイルに標的とされ逃げ場を失う。これに乗じて連合軍機が襲い掛かる。
XVF15の一団も7番機の援護を充てに戦線を押し上げにかかった。エドガーの1番機を先頭に混乱する共同軍機を追い回す。入り乱れてはいてもそれは連合軍によって制御された混乱だった。
そこら中で起こる爆発の輝きが熱気を錯覚させる。動き続ける機体に脳を攪拌されながらエリックは全周囲に意識を張り巡らせていた。
HV近距離格闘戦における絶対の禁足事項「止まるな!」は無意味な項目だとエドガーは笑い飛ばす。止まれるわけがない、ということだ。まさにその通りだとエリックは思った。この状況下でスロットルを緩めるという選択肢はありえない。その選択を実行できるのはパニック陥った者か、ある種の狂人しかいないだろう。相手に狙いをつけさせてはいけない。ロックオンされて撃たれた瞬間にビームは装甲を貫く、当たり所が悪ければ即撃墜だ。銃弾はもっと悪い、質量弾を相手に叩きつけるその古めかしい方式はかすめるだけで機体の慣性制御を破滅させる。近距離戦闘ではビーム攻撃以上に恐ろしい結果をもたらす可能性をもつ。当然、エリック自身もその恐ろしい攻撃を行使する権利を持っている。
HVが人型である理由はいくつかあるが、その一つはその双腕にあった。近距離格闘戦においては3次元方向全てに対して即時に射撃体勢を取れなければならない。武装が固定されていては機体そのものを転回させねばならない。これは常に行えるわけではないし、攻撃のために機動を制限されるということでもある。HVはその両腕に多種の携帯火器を装備可能でこれを稼働領域の許す範囲で振り回すことで広大な射角を保有できる。当然、性能面で制約も多く固定火砲に大きく譲る部分は多いにしてもHV同士の戦いにおいては必要十分である。
4番機は右手に標準的な98式アサルトライフル・左手にXVF15用のビームアサルトライフルを装備している。速射・連射性の高い実弾兵器で相手をけん制、あわよくば足止めしてビームライフルでとどめを刺す典型的な戦術を狙う構成になっている。
ドッグファイトではレーダーはほとんど役に立たない。3次元方向全てに注意を払う必要のある空間戦闘でレーダー情報を一瞬で理解するのはほぼ不可能だった。OSの抽出した脅威に反応するだけで精一杯というパイロットで大半になる。
エリックはこの点で恵まれた才覚を持っていた。レーダーの示す彼我の位置関係を感覚だけで現実に落とし込むことのできる優れた空間認識能力がそれだった。ただこの才能を戦場で活かすにはエリックは経験が圧倒的に足りていなかった。いまはただFCSに捉えられた目標に向かって撃ち、MCSの警告する脅威から逃げるだけの存在である。
4番機のアサルトライフルの連射は宙空を虚しく駆けた。エリックは舌打ちをしたがすぐに警告に従って機体をランダムに振り回して自機に迫る脅威を振り払った。この機体はスゴい。OSと自分自身の操縦が馴染むに連れてXVF15の機動は思いのままとなりつつあった。当初は過敏だと批判されていた操縦性も影を潜め、いまは自信をもって動かせる。
気づけばエリックは敵を追い回すことを滅多とする狩猟者となっていた。それがXVF15の真価であった。共同軍の主力機は火星共和のハイローミックスのローにあたるWMV09のライセンスモデルを独自改良したモデルCOL21で原型機よりは性能向上がされていて現行機として決定的な欠点をもつわけではない。XVF15は新兵すら容易に狩猟者に仕立て上げるまでの圧倒的な機動力を誇っているのだ。
連射された銃弾の一発が敵機の脚部を捉えた。不意の衝撃に挙動は乱れ、制御が失われたのは明らかだった。左腕の可動域では捉えられないと判断したエリックは機体を少しだけ捻ってトリガーをひいた。今度は左手のビームアサルトライフルから連続的に光の線が撃ち出され、数発が胴体部を直撃、しばらくのたうったかのように見えた敵機は四散した。
「4番機、バンディットダウン。本日2機目」
一度の出撃で2機を撃墜したのは初めてだった。しかもドッグファイトで。オペレーターの声も弾む。
これまでは逃げる敵を追うような形ばかりだっただけにエリックは信じられない気分だった。小隊各機も続々と戦果を挙げている。狩るべき旺盛な敵機を得てXVF15は躍動していた。それまで不確かな感触でしかなかった新型機の性能が明らかになるつれ彼我の立場は明確になった。それは自信へとつながりより積極的な攻勢を志向させる。
連合軍は優勢に戦いを進めていた。
「かかり気味じゃないですか?」
イージスのブリッジでマサトは他人事のように呟いた。
かかり気味とは要するに視野狭窄を揶揄するもので状況を無視した積極策を指している。
言葉の意味を理解するとエディンバラは狼狽しはじめた。
「大事になりそうならはやめに後退を」
「まだはじまったばかりですが」
ルビエールは呆れた風に言った。作戦内容を聞いていたのか?今回は好き勝手に動いていい立場ではない。しかも理由がパイロットの精神的な問題など恥さらしもいいところだ。
「しかしこのような戦いで撃墜などというとこになりましたら大問題です」
それでもエディンバラは食い下がってきた。ふむ、と。ルビエールはエディンバラを観察した。
根拠はない、にも関わらずそうなったら困るという一点がエディンバラの主張になっている。どうにもエディンバラの中には悪夢じみたシナリオができあがっているようだ。確かに調子に乗ったパイロットが猪突して孤立というのは有り触れたシナリオではある。
ルビエールはリーゼを見た。こちらは平然として取り合う必要なしと目で訴えている。続けてマサトに視線を流すとこちらは肩をすくめて見せた。
ルビエールは溜息をつきたいのをぐっとこらえた。エディンバラも戦果を急かしていた一味の一人ではないか。いざそうしようとしたところで日和られても困る。だいたいここで逃げては戦果どころか腰抜け扱いだ。
「では機体の信用上の問題が発生したということにしましょう」
エディンバラの提案に一帯は凍り付いた。ルビエールは辛うじて無表情の仮面を取り繕うと戦術画面に視線を戻した。
危うく「たわけ!」と罵倒するところだった。エディンバラは状況を見失っている。そんなことをしたらXVF15の信頼性を疑われる。本末転倒も甚だしい。問題がないのに機体のせいにすればアンドリュースたちからの信頼も失墜する。絶対にありえない選択だった。
ルビエールは胃がムカムカしてきたのを自覚した。何が腹立たしいといえばエディンバラの提案はルビエールやマサトのやり口の出来の悪い模倣だということだ。
とんでもない爆弾が潜んでいたものだ。ルビエールは思い出してそれに火をつけたマサトを恨みの籠った眼で睨みつけた。相手は申し訳なさそうに苦笑した。実際のところマサトは連合軍全体を指して「かかり気味」と言ったにすぎないものの結果としては同じことだったのでバツは悪かった。
どう対応すべきか、そう考えていたルビエールにオペレーターが告げた。
「味方艦。CSA入ります」
ルビエールは耳を疑った。後退するのか?という考えも一瞬頭を過ったがそれは違うと思い直した。これは撤収のためのCSAではない。艦隊は3回分のCSAを用意していたのだ。それなら早すぎるCSAにも合点がいく。廉価ミサイルとはいえ数を必要とする分、CSAは高コストな戦術だ。ほとんどの場合は2回しか行われないCSAを3回ともなると投入されるコストはかなりのものになる。
「なかなか気合が入っていますね」
興味深いものを見れるとマサトの口調は浮ついている。
「こちらはどうしますか?」
「ない袖は振れない」
リーゼが聞いてきたが、大した問題とは思えなかったのでルビエールはすぐに結論を出した。
各艦がミサイルセルに何をどれだけ詰むかは作戦指示によって変わってくるが、イージス隊は員数外ということもあって何の通達も受けていないためルビエールはいつも通りの積載を行った。イージス隊では対艦戦闘を考慮する必要性がほぼないためその枠を防空ミサイルに充てているがCSAミサイルは標準的な2回分しか搭載してきていない。事前に通達されていないのだから最初から期待はされていないだろう。残されている1回分をどこに使うか。今か、後退の時か、どちらに使ったところで大した影響はないだろうがどちらに比重を置くべきかと言えば後退の方だろう。
ルビエールは一息をついた。このCSAはイージス隊に嬉しい副次効果をもたらすだろう。CSAは戦場のチェックポイントであり、強制的な思考リセットを全ての人間にもたらす。味方が押し込まれたときに体勢を立て直そうとするときの手段としても用いられるほどだ。それはパイロットにも、また敵にも例外ではない。
はて、それはいままさに共同軍が求めているものじゃないか?。ルビエールもまたそのリセットされた思考でそんなことを考えたときに事体が急転した。
「敵艦、CSA!」
オペレーターが声を荒げた。
敵艦隊から発射されたミサイル群が戦術画面に雲状に表示され戦線に流れていく。
なんてタイミングだ。ルビエールは呆気に取られていた。敵が起死を回生しようと敢行したCSAに被せるような形でこちらの2度目のCSAが撃ち込まれる。相手にしてみればたまったものではない。そしてそれは最前線の味方にとっても…。
「敵CSA。1分後にきます!続けて味方のCSA!」
「はぁ!?なんだそりゃ!」
オペレーターの通信に混乱したのはエドガーだけではなかった。互いのCSAが入り乱れる。理論上はありえないことではないがそれを実際に、それも最前線で経験したものはいなかった。
それは敵も同じことだった。互いにどうすればいいのかわからず混乱していたが迫ってくるミサイルに対処するためにドッグファイトを切り上げて隊列を組みなおす動きが目立った。入り乱れた戦線に敵と味方の線が整えられていく。
奇妙な光景だった。CSAには敵を混乱させ、味方を落ち着かせる効果を持つが、双方からのCSAがかち合うことで戦線は強制的に仕切り直されたのである。
しかし元に戻ったということにはならない。優勢な戦いをリセットされた連合軍は冷や水をかけられた形となった。また2回のCSAは3回目での後退を意味する。つまりこれ以上の突撃援護はない。このことは共同軍も知るところとなり、反転攻勢にでる理由としては十分と考えられた。多くの連合軍将兵は思ったことだろう。
こちらのターンは終わった。
さほどの間を置かずに互いのミサイルが交差し、互いの迎撃に晒され大規模に連鎖爆発を起こした。それは両者を隔てる炎の壁となって見る者の意識を奪った。いくらかのミサイルは業火をすり抜けたもののほとんど効果はなかった。
ただエリックに対してはちょっとした不運を巡らした。比較的至近で爆発した破片の一つが機体脚部を直撃したのだ。それは破損を招くほどの破壊力をもっていなかったものの機体を揺さぶるには十分な衝撃だった。当たり所も悪くバナナの皮で滑ったような滑稽な回転がエリックを襲った。
こうなるとパイロットは自分の空間認識を取り戻すのに大きな時間を必要とする。手がかりとなるものがないのだ。重力下であれば「上と下」の区別くらいは容易に定められる。それを失うと途端に人間はいまどこにいて、どんな姿勢であるかを認識することが困難になる。数値で認識できるものなど何の役にも立たない。不思議なことにHVが人型であることがこの時に役立つ。HVには手もあり、足もあり、頭もある。画面越しに自機の手足があることでパイロットは自分の状況を疑似的に認識したように錯覚する。このことは態勢を立て直す大いなる慰めとなるのだ。
ドッグファイト中であれば撃墜必至の大きな隙だったが事実上、戦闘は中断されていたことで4番機は十分な猶予をもって姿勢を回復することができた。とはいえ、このことでエリックはテンションを完全に落としてしまった。
戦術画面を見やると敵味方の完全に分かれてにらみ合う初期の状態に近い布陣になっている。戦闘が佳境になる前に強引にリセットされたために互いに戦力は旺盛なままだ。これってマズいんじゃないか?
同じことをルビエールも考えていた。
戦線はリセットされた。開戦前と違う点は連合軍にはもう攻め手がないということだ。しかも当初の作戦目標を達成したとは言い難い。このまま戦いを続けても相手は一定のダメージを負った時点で後退を始めるだろう。
そもそもこの戦いは相手を壊滅させて進軍することを目標にしていない。当初の作戦目標を達成後は撤収することになる。後退ありきなのだ。後退こそもっとも難しい。これはいつの時代でも変わっていない。相手戦力の万全な状態ではさらに困難となる。つまり相手を削れずに攻め手を欠いた今の状態は、攻めるにも困難、逃げるにも困難な状態にある。
この作戦は失敗した。ルビエールは率直にそう思った。これはルビエールの戦術眼でなくてもたどり着く自明の結論だった。そう間も置かずに共同軍はほくそ笑み、連合軍には動揺が広がるだろう。
司令部はどうする気だ?作戦目標を放棄して撤退するのが真っ当に思える。しかしそれは明白な失敗を意味するので選ぶとは思えない。この時点で強引に作戦目標を達成することも可能と言えば可能なのだ。その場合の撤退過程で被る損害は想像もつかないが、作戦成功と言い張れないこともない。
前者の方がルビエール好みだったがその感覚は異端に属する。戦略的観点から作戦目標を放棄することは現場指揮官の中では忌避される。それが大局的に見て理のある選択だったとしても独断であっては上層部からはいい顔をされない。そのことは自身の栄達を阻みかねない。将校のロジックでは後者の方がより真っ当なのだ。
さすがにそれを選択されたらイージス隊としては離脱するしかない。臆病者の誹りは甘んじて受け入れるしかないがこちらにもこちらのロジックがある。ルビエールは覚悟をきめかけていた。
その時、艦隊全体の傍受できる広域通信で司令部からの通達が入った。この通信帯域は戦闘時では緊急的な意思統一の必要な場合でしか用いられない、つまり艦隊全体で逃げるときか、突撃するときかのどちらかだ。
「あーあー。こちら艦隊司令ジョン・アリー・カーター大佐である。全艦に告ぐ。これより我が艦隊は第三次CSAを敢行する。艦隊を整え、順次後退せよ」
司令部は名より実をとったか。意外という心持ちだったがルビエールはその判断を尊重した。
「CSA準備、HVを順次に下げて」
当たり前の指示だけを出してルビエールは一息をついた。味方の殿軍はかなりの攻撃に晒されるだろうがこれに付き合う必要はない。艦隊にとってはともかく、イージス隊の戦いは終わった、そう思っていた。
その時、マサトの含みのある視線にルビエールは気づいた。
「なにか?」
「どうも、艦隊司令はかなり癖の強い御仁のようですよ」
「どういう意味?」
しばし迷うような仕草をしてからマサトは座ったまま話した。
「傍受される危険を冒してまであんな当たり前の通信をする必要ありますかね?3回目のCSAをやるとなれば誰でもだいたい察します。それにわざわざ艦隊司令が名乗りあげた上で「逃げるぞ」なんて言います?あれはこれからやることは自分の所業だって暗に主張してるんじゃないでしょうかね」
ルビエールは衝撃を受けた。自分の望んでいた答えを与えられたことで満足していた。何たる安直さか。歯噛みしながらもルビエールは即座に思考をリセットした。
「CSAはそのまま実行。HV隊は味方隊と足並みを揃えて戦線を維持しろ」
「帰投させないのですか?」
リーゼが驚いたが、それ以上にエディンバラは狼狽していた。ルビエールの思考転回は大きな武器だったが、一方でその朝令暮改ぶりは周囲を困惑させるものだった。2人は即座に異を唱えた。
「艦隊はすでに主導権を持っていません。この戦場にこれ以上こちらに都合のいい動きがあるとは思えません」
「我々は試験小隊ですれば勝敗に責任をもつものではありません。私もこれ以上艦隊に付き合うのは得策ではないと思いますな」
マサトは苦笑するしかなかった。朝令暮改という部分ではこの2人も相当なものだ。リーゼはともかくエディンバラに関しては戦果をあげるということにそれなりのリスクを伴うことを理解できていないようだ。
ルビエールの方はというと司令部のやろうとしていることに意識を向けていた。戦場末端の一つであるルビエールにそれを考える意味はさほどないのだが戦術家としての矜持がそれを見過ごすことを拒否していた。
司令部は勝ちを諦めていない、いや、そもそもここまでが勝つためのシナリオなのか?
3度目のCSAが敢行された。これに合わせて連合HVは敵勢力と一気に距離を離し、艦隊はそれを受け入れる準備をはじめる。当然、相手がそれを見過ごすはずもなかった。
既に隊形を整えていた共同軍はCSAミサイルを迎撃しながらも前進を強行し、後退する連合軍に襲い掛かかる。速度においては連合軍機に分があったが射撃を受けながらでは全速後退はできない、回避機動、あるいは敵を遅滞させるためのけん制を行った機体は捕捉され敵機の強襲に捉われる部隊が相次いだ。
XVF15で構成される第一小隊、第二小隊はその有り余る推力で敵機を寄せ付けずに済んでいたが第三小隊はそうはいかなかった。
「オライオン、大丈夫か?」
本来であれば守られる側のエドガー率いる第一小隊の援護を第三小隊は受けていた。
「この程度は問題ない。それより帰投してもらわんとこっちの立つ瀬がないんだがな」
ロックウッドは気丈に言ったがそれは虚勢でも何でもなく、事実だった。エースとは言わないまでも第三小隊オライオンのメンバーはベテラン揃いでこの程度の撤退戦は困難のうちに入らない。フィンチの率いる第二小隊は既に安全圏といえるだけの位置にまで下がっていたがそれも第三小隊への信用あってのことだった。
「いやなに、こっちはまだ暴れたりなくてね」
エドガーは気楽に言ってのけた。建前なのか本音なのか、あるいは両方か。
「ま、お好きにどうぞ」
ロックウッドも無理に言い合いを続ける愚は避けた。どのみち命令権があるわけじゃないんだ。付き合ってもらおう。
「そういうわけで、俺はもうひと暴れしてくる。調子の悪いやつは下がっていいぞ、ルーキー」
「え、いや、大丈夫です。いけます」
エリックは衝動的に否定した。しかしテンションが切れていることは自覚していたし、見透かされたと思った。しかしエドガーの方はさほど気にしている様子でもなかった。
「そうか。1回落ちたテンションを戻すのは難しいぞ。3番機、フォロー頼む」
「こっちは消耗少ないですからね。引き受けましょう」
マックスが気さくに請け負った。エリックは恥じ入りつつも部を弁えた。
「俺の予感じゃこの戦いはもう一山あるぞ。弾は残しておけよ」
「これ以上悪くなるのは勘弁してほしいですね」
マリガンの嘆きにエドガーは心外とばかりに口を尖らせる。
「お前は悲観的だねぇ。それで逃したチャンスは多いんじゃないか?」
あんたは楽観に過ぎる、と口にしようとしてマリガンは思いとどまった。この手の人種にこの言葉は通用しないのだ。エドガーはその楽観を実績で証明してきている。あるいは彼らのような人種にはそれは楽観ではないのかもしれない。凡人には理解しえないナニかによって得られる現実的な予測なのだろう。残念ながらマリガンには理解の及ばない話であり、一生わかり合うことはないだろう。
イージス隊の者はともかく、連合軍全体においては被害が出始めていた。
後退することの難しさは特に兵士の精神面、士気に対して甚大な損耗を強いる。秩序だった後退戦線も徐々にそれぞれの兵士の生きたいという衝動によって綻びを生じ、敗走とかわるのは時間の問題となっている。その自明の理は連合将兵をさらに憔悴させる。
このとき、艦隊旗艦「アラナミ」で指揮をとっていた艦隊司令ジョン・アリー・カーターは腕組みをして傲然と佇んでいた。
「思ったよりも瓦解が早いですねぇ、これは困りましたぁ、計算違いですぅぅ。根性なしぃぃ!」
後方でヒステリックに叫ぶ参謀のケン・ナカノにブリッジクルーの冷めた視線が集中している。これはいつものことだったので気にすることもなくカーターは自らの選択に集中していた。
ナカノの言う通り、思ったよりも早い。今は整然とした後退ができているが一度ほころびが生じると立て直しがきかなくなる。そうなれば大物もわざわざ出向いてこないと考えられる。より大物を釣るためにも前線にはいましばらく頑張ってもらいたかったがやむをえまい。
それにしてもピレネー組め、もう少しは気骨のある連中だと思ったのだが。新参の情けのなさに心内で悪態をついてカーターは決断した。
「ナカノ少佐。やるしかあるまい」
「なぁぁぁ、釣れなかった獲物に牙を向けられるかもしれません。いまやると逆に危険です。いいじゃありませんか、多少ガタガタになっても打撃を優先すべきですぅ」
ナカノの言にも理はある。何より自分の策であるから中途半端な形で実行に移したくはないだろう。だが、カーターは聞く耳を持たなかった。
「はっはっは。悪いがナカノ参謀。俺が君の案を採用したのは敵への打撃もさることながら味方の損耗も最小にできると思ったからだ。心配するな、君の作戦は成功するだろう。前線にローテンリッターを回せ、彼らなら獲物が向かってきても耐えるだろう。さぁ、切り札をきろうじゃないか」
ローテンリッターは艦隊司令直属の精鋭HV小隊だった。深紅の騎士などという小っ恥ずかしい名前を与えられたこの小隊にはカーターの並々ならぬ贔屓があり、それを壁にするとあってはナカノも異議は唱えなかった。渋々といったふうに全艦に対して作戦要項の実行を指示した。
「全艦、作戦要項CSの4Aを開いてください」
この作戦要項は質の悪いジョークに彩られており、艦隊司令カーターとその参謀ナカノのコンビが異端であることを連合将兵に知らしめることになった。
その要項には一言こう記されている。
―CSAを実行する。防空ミサイル、対艦ミサイルを使用せよ、…と。
何かのミスなのでは?と連合将兵の間に動揺が走った。すでに3度のCSAでそれ用のミサイルは使い果たされており、言うまでもなく対艦及び防空ミサイルではその役割を果たすことはできない。
即座にいったいどういうことなのかという通信が旗艦に殺到した。ピレネー組からのものは半ば抗議に近い調子だったがカーターは笑いながら応じた。
「はっはっは。黙っていて悪いがこちらの供給した対艦・防空ミサイルセルはCSAセルにすり替えさせてもらっている。つまりミサイルはあるということだ」
絶句する相手にカーターはウインクをしてみせた。
カーターとナカノのコンビは艦隊に供給した対艦・防空ミサイルセルを偽ってCSAミサイルセルに切り替え、都合4回分のCSAミサイルを持たせていたのである。極秘裏に進めたのはタネが割れてしまえば容易に対処可能な奇術に属する方法だからだった。3度のCSAで次がないと思わせた相手に4度目のCSAを叩き込む、それが2人の持ち込んだ異端の策だった。
4度目のCSA。各艦がその準備を整えた時点でも何が起こるか、どういった効果を発揮するものかを想像できたものは多くなかった。
「さて、そろそろ前線を楽にしてやらねばならん。これを合図に一目散に逃げるように徹底しろ。それでは発射!」
次の瞬間、戦場にいる誰もが目を見張った。4度目のCSAミサイルが連合軍に追撃加えるために突出していた共同軍HV部隊に襲い掛かる。それはもはや援護などというものではなかった。純粋な飽和攻撃。発射されたミサイルは前のめりになっていた一団を覆うように集中誘導され迎撃の猶予も逃げ場すらも与えずに殺到した。
エリア一帯はミサイルの爆発とHVの爆発が次々と連鎖し、その破片も飛び散ってさらなる爆発を呼び込む地獄と化した。
「敵機、撃破164、やりました!」
「よし、作戦は成功!いいか、作戦は成功。これにてお開きだ」
カーターはしつこく念を押したが旗艦のブリッジは歓声に支配されていた。敵勢力を誘引してからのミサイルによる包囲飽和攻撃。それはまさに共同軍に対する痛打となった。艦隊が戦場の主役ではなくなり、ミサイルもただ敵をけん制するだけのものになり果てて久しい。その固定概念あっての一撃だった。
ルビエールもその光景を唖然として見ていた。ルビエールだけではない、イージスのブリッジのクルーたち、連合軍の将兵、さらに敵対する共同軍でも多くの者が同じようにしているだろう。
CSAを4度やる。言葉にすれば簡単だが実行、いや実現するのに必要な要素は山ほどある。そもそもそれだけのCSAミサイルをどこから調達してきたというのか。くださいと言ったところでそうホイホイと与えられるようなものではない。まず真っ当な方法で集められたものではないだろう。
こんな戦い方があるのか。自身の戦術概念では思いもつかない方法だった。ルビエールはある種の敗北感すら覚えていた。
与えられた条件・枠組の中で最大限の効果を得ようと苦心するのが戦術だ。時にはその条件・枠を独自に解釈することはある。しかし、この作戦の骨子は条件・枠組を戦術から戦略の領域にまで拡大解釈することによって成立している。実現するのに必要な権限が戦術家たちの権限より高みに存在するのだ。それをどうやって手に入れたのか、知りたい一方で知りたくない。そこまでやらねばならないのか。
しかしそれを実現して見せたナカノ参謀は浮かない表情で戦術画面を見つめていた。後退が遅い。一大戦果に浮かれて危機意識が欠如しているのだ。
「どうしたナカノ参謀。君の作戦は奏功した。胸を張り給え」
白々しいことを言わないでくれといった表情でナカノは上官を見やった。この作戦には欠点がある。実現に際して2人は考えうる限りの想定を行い、懸念事項を洗い出したが、そのうちの一つはどうあってもクリアにできなかったのだ。もちろん、カーターの立場でそれを表に出すことはできないのはナカノにもわかっている。
その時だった。戦術画面上でこれまで後方に座して動かなかった部隊が急速な前進をはじめた。
「のぉぉぉぉぉ!やっぱりきましたぁぁ、あいつら甘くありませぇぇん!」
ナカノ絶叫にブリッジクルー全員の驚きと呆れを交えた視線が集まった。カーターの方も戦術画面を見て内心では唸っていた。想定外のダメージを相手に与えて動きを止め、悠々と後退する腹積もりだったのだが、そう上手くはいかないものだ。
この作戦は実体的には相手HV部隊を削る以上の意味を持たない。こちらの手に動揺せずに動いてくる手合いの存在こそ最大の懸案事項だった。なぜなら艦隊はCSAに特化していて防空能力を著しく欠如した状態なのだ。そこを突かれてしまうと艦隊のいくらかが危機に瀕する。そしてそういったことに気付く手合いは大体の場合で手ごわい。それは間違いなくAABだろう。
共同軍最精鋭部隊。連中がこちらの戦区に移動してきたと聞いたときはどう対処するべきか悩まされたものだ。彼らは何某かの意図を派遣されたとみて間違いない。ことによっては作戦実行前に一撃を見舞われるかもしれなかった。連中の動きを見極めるか、その前に決行するか、というのが今回の作戦実行におけるもっとも難しい選択だった。
この危機はその選択による当然の帰結であった。痛打の内訳にAABも含まれてくれればという淡い願望は砕け散った。痛手を覚悟しなければならない、と思いながらもカーターはそれを表には出さずに味方を鼓舞した。
「はっはっは。落ち着き給え。そのためのローテンリッターだ。こちらの勝ちはこれ以上揺るがんよ。それにこいつは悪いことばっかりでもないぞ。これまで高みの見物をしていた奴らを引っ張り出せたということは奴らの目的が変わったことを意味している。つまり連中は目的を見失ったんだ」
ナカノが物は言い様だなという顔をした。確証のない話ではあったがAABがこちらに移動してきた理由が何らかの作戦行動のためであるとするなら共同軍が被った損失によって頓挫した可能性は高いだろう。それゆえに高みの見物を切り上げたとも見れるのだ。
ローテンリッターはカーターのお気に入りで装備・訓練には格別の贔屓をしている。連合軍の中でも指折りのHV部隊だと誇っている。それでも相手がAABで尚且つ後退戦ともなればある程度の被害は覚悟しなければならないだろう。
時には都合の良い推測も利用して味方を鼓舞し、一方で味方の被害を打算する艦隊司令の業がそこにあった。