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15/1「シンギュラリティネットワーク」

グラハム・D・マッキンリーの歴史講義「正義に関する個人的な私見」

 私には歴史家として決めていることがある。それは正義と悪の区分けを信じないことだ。

 正義。そんなものは存在しない、とまでは言わない。だが、それは絶対的な定義によって成り立つものではない。その意味するところは時代によって変わる。多少ズレる程度に確固たるものだったならいいんだがな。ひと時信じられた正義が、ある日を境に全くの逆に転じることもある。断じられた悪が正義へと翻ることもある。あるいはそれまで冗談のようと軽視されていた妄言が熱狂的に支持され正義へと変わることも。特に、命の価値を語る正義なんかは酷いもんだな。ま、歴史においては往々にしてあることだ。

 どうしてそうなるのか。それらは本物の正義ではなかったということなのか。中身が偽物だったのか。勝った側が正義なのだと皮肉に口元を歪めて言うやつもいる。ぶん殴りたくなる。

 正義だの悪だの評価する前に我々は考えるべきだろう。そもそも正義とは何なのかを。その定義すら持たずに評するなど愚の骨頂だ。

 正義。果たしてそんなものは存在しうるのか。歴史を振り返るまでもないな。今日に至るまで人類はその答えに辿り着いておらず、相も変わらずお互いの正義らしきものをぶつけ合っている。それこそがミソだと私は思っている。

 正体不明変幻自在、時代に応じて変化する。そんな不確実なものであるにも関わらず人々はそれを求める。求めずにいられない。なぜなら、その不確実性をこそ人々は利してきたからだ。触れることができぬがゆえに、都合よく形を変え、解釈を変えることができる。正義とは触れることができぬがゆえに、正体不明であるからこそ力を持つのだ。これと似たものがある。

 神の名の下に、正義の名の下に。

 宇宙開拓歴末期にも正義は存在しただろう。ただしそれは今日我々が評価する正義と同質ではありえない。歴史上の悪役たちも今の価値観においてそう解釈されているだけに過ぎない。今後もそれがひっくり返らないとは言い切れんだろう。我々が悪と評価しているものの中にも今日の正義は存在しただろう。逆説、正義とされてきたものの中にも、今日の悪はあったはずだ。

 誰もが正義を抱えている。自らの都合と理念の下にこねくり回された正義を。しかしそれを正義だと定義できるのは究極的にはそれを生み出した本人のみだ。周りの人間まして後世の人間がそれを正義だ悪だと区分けするなど烏滸がましいと私は思っている。

 とはいえ、私にも世間体というものがある。今の話はあくまで私見ということで一つよろしく。



15/1「シンギュラリティネットワーク」

 グレートウォールへの警戒対処という名のランデブーを終えた第11旅団は再びサンローへと移動し、またしても待機状態に戻ることになった。何の意味があったのかと訝しむ任務からの再びの待機にほとんどの人間は空いた時間を持て余すことになる。ただ一人を除いては。

 ルビエールはサンローに戻る前にグレートウォールで得た情報を頭の中で整理し、やるべきことを始めていたがそれは却ってやるべきことを増やす結果になっていた。

 グレートウォールでルビエールが得たもの。ソウイチからの情報。そのコネクションの証となるコイン。そしてもう一つ。

 グレートウォールから帰還してルビエールがすぐに行ったのは銃の整備だった。ディニヴァスの秘書であり、WOZのスパイであろう女の助言。

 銃の整備をしろ。ルビエールは今までその銃の手入れをしたことがないのでもしかしたらただの助言である可能性もあるにはあるがそんなおせっかいをあのスパイがするとは思えない。WOZが絡むとなると話が余計にややこしくなる可能性はあったが考えるべきことはどれから手を付けても思考の迷宮が行き詰まるのが目に見えていた。一番成果が出るかもしれないと思ったのがそれだったのである。

 いずれにせよこの件に関しては行動することで結論が出るのである。まず一つ、それを片付けるためにルビエールは銃のマニュアルを調べ、必要な道具を資材担当から借り受ける。整備なら請け負いますが?というスタッフの気遣いを謝絶してルビエールは自室で作業を始めた。

 銃の整備そのものは初期の訓練で受けているが系統の違う銃を苦もなくできるほど熟達しているわけでもない。作業はあまりスムーズにはいかなかった。自分で使う銃なのに何を苦労してるんだと過去の横着に悪態をつきながら一通り整備を終える。

 やはり銃としてのモノはいい。バレーナ社は高級品にありがちな複雑さや独自性よりもひたすら精度の高さを志向していると評されている。ルビエールに銃の何たるかは理解の及ばないところだがそれでもいいものを所有しているという事実にはわずかな満足感があった。

 これからはちゃんと整備しよう。ルビエールは道具を片付けて返しに行こうと腰を上げたところで本来の目的を思い出して座りなおした。

 何を満足しているんだ。少し赤面しながら改めて銃を分解して調べる。何事もなかった。まさか本当に窘められただけなのかと怪訝になりながらマガジンに弾を入れようとしたところで答えは出てきた。一発だけ重さが違うのである。マガジンから取り出した時は気づかなかった。弾頭を取り外して出てきたのは綿で包まれたマイクロメモリだった。

 やはりである。謎解きは減るどころか増えた。指先のメモリをルビエールは恨めし気に睨む。もちろん中身は気になるが迂闊に見ようとして罠だったでは洒落にならない。

 あの女スパイが自分とWOZの繋がりに気付いたのは間違いない。そこから4日もあったのだから本国とコンタクトを取って指示を仰ぐなりの時間はあっただろう。となれば、これはWOZからのメッセージであり、思い上がりでなければそのあて先はルビエール個人だろう。だとすればその中身を知ることなく他者に委ねることは危険だった。個人感情から言ってもあり得ない。つまり何とかスタンドアローンの端末を見繕って自分で中身を見るしかない。自分でどうにもならないような暗号化がされてなければいいのだが。


 第11旅団がサンローに帰還し、待機状態に入るなりルビエールはサンローの街で適当な端末を見繕って数時間の格闘のうちに何とかメモリの内部を覗くことに成功した。その中身は期待以上。ただし見方を変えれば爆弾とも言える代物だった。

 秘匿回線用の暗号コードとそれを使うべきアドレス。それが誰に繋がるものなのか。予想はできるが確信はない。安易に通信を試みるのは危険だった。通信を行えば痕跡が残る。こちら側でいくら消しても相手側には残るのでこればかりはどうにもならない。ルビエールはそう思うのだが回り出した好奇心はそれを捨て置くことを断固として拒否した。

 結局、ルビエールは大して悩むこともなく好奇心に負けた。勝つ気があったのかと問われれば勝算があるのか?と開き直るところだった。今度はイージスの通信室を使う。どう足掻いても痕跡が残るなら足元にそれを置いておくのがもっとも管理しやすい。幸い、ルビエールにはクリスティアーノなど他所からの秘匿通信が来ることもあってそれに不信を抱くものはいない。

 さて、何が出てくるか。予想している相手に出て欲しいような気もするし、出て欲しくない気もする。

「最悪」

 通信相手は開口一番そう言った。


 WOZ外務局外務官マチルダ・レプティスは蒔いた種が芽吹くことを確実視していたが、かといってその瞬間を不眠不休で待っているわけにもいかない。

 無数の欺瞞用中継を経てルビエールの通信が届いたのはまさにマチルダが就寝して眠りこけていた最中であり、従ってその姿は寝間着そのものだった。一瞬出るのをやめようかと思ったが次があるとは限らないので止む無くマチルダは出た。通信相手が解っているので開口一番の選択肢は粗雑極まりなかった。

「最悪」

 寝てたな。画面には映っていないが声色からルビエールは推測した。そして相手が予測通りの人物であることも確信する。

「お久しぶりです」

「偉くなりましたわね。ご健勝で大変結構ですわ」

 まだ呂律は怪しいが皮肉ぶりはやはりあのマチルダ・レプティスだ。

「間の悪いタイミングだったようで」

 ここで切ったら面白いのでは?さすがに実行はしなかったがルビエールにはそんなことを考える余裕すらあった。勝手知ったる相手に緊張は一気に緩んでいた。

「ま、考えうる展開ではあります。そこを突いてくるのがあなたの徳か、私の業か。たぶん両方ですわね」

 そういうことにしておくか。ルビエールは苦笑した。私的には向こうの不徳だと思いたい。

「で、ジェンスとはどういう話をしたんですの?」

 早速の切り出し。舌も回ってきたのかマチルダの口調はルビエールの知る調子に戻ってきた。ルビエールは緩んだ緊張を引き締めた。ただし、そこまで警戒はしていない。今回はお互いが対等の立場にある。

「その前に、WOZはフォースコンタクトに関してどこまで知っていますか?」

「その話に関係ある、ということでよろしいかしら?」

「要件は2つあって、そのうちの1つは確かに関係あります」

 マチルダがどちらの話を聞きたがっているかは解らないが今のルビエールには2枚手札がある。一つはルビエールの私的な話。材料にするならどちらかは考えるまでもなかった。

「ま、いいでしょう。我々はジェンスと同等、あるいはそれ以上に知っています」

 マチルダの回答はそれが本当であるなら予測の斜め上と言ったところだった。以前にソウイチが言っていたこととも矛盾しないがジェンス社の知らないことすらWOZは知っているということになる。一体何を?

 ルビエールが考えているうちに通信は映像も付与されてマチルダが姿を見せてにっこりと笑みを浮かべた。寝起き直後にルビエールと会話を交えながら整えたであろう姿には一部の隙もなかった。

 さすが。とルビエールは恐れ入りながら笑い返した。今や調子を完全に取り戻したマチルダは自身の言が本当であることを証明するために言葉を続ける。

「ジェンス社が地球圏の統治体制を崩壊させる切っ掛けとしてフォースコンタクトを吹聴していること。そのために誇張、あるいは過小していること。そしてロウカスが人類、正確には地球と火星にとって致命的な存在であること。あなたが今知っているのはこんなところでしょうか?」

 完璧だ。これでWOZはジェンス社がルビエールとゼイダンに明かした情報と同等のものは持っていることが解った。そして当然と言うべきなのだろうがこの情報にはいまだ隠されている部分もあるというわけだ。これをマチルダに材料として提供させることは可能か?考えている間にマチルダが先手を打ってきた。

「しかし、そんなことを聞くためにグレートウォールにいたわけではないでしょう。ソウイチ・サイトウを呼び出したのか、それとも呼ばれたのかは知りませんけど」

「両方ですね」

 返答にマチルダは少しだけ驚いた様子だった。

「つまり2つの用件。それぞれでお互いを呼び合ったと?」

「いえ、ジェンスを呼び出したのは地球連合、呼び出されたのは私、ということです」

「なるほど」

 マチルダは納得してからしばらく考えた。まだ聞きたいことは山ほどあるはずだ。ルビエールにも手札はまだある。どれを切り、どれを引き出すか。

 しかしマチルダは思ってもいないところに着目していた。

「地球連合側がジェンスに接触を図る理由は大体わかりますが。しかしソウイチ・サイトウがあなたに興味を持つ理由が解りませんわね。ディニヴァス・シュターゼンとも仲がよろしい様子だったと聞いていますわ」

 おいおい。ルビエールは顔を歪めると率直に言った。

「遺憾ですね」

 マチルダはケラケラ笑っていたが唐突に核心に抉り込んできた。

「私がソウイチ・サイトウならばあなたを対クリスティアーノの切り札として引き込むことを考えますわね」

「面白い考えですね」

 思わず切り返してルビエールは自分の言葉に迂闊さがなかったか確認した。マチルダはお見通しとでも言うように冷笑を浮かべる。しかしルビエールは怯まなかった。まだ確信を与えるようなことはしていないはずだ。

「私にはそちらの願望のように思えますね」

 ルビエールの切り返しにマチルダはわずかに目を大きくした。

「なるほど。面白い考えですわね」

 WOZもまたクリスティアーノを理解していないはず。ジェンス社と、そしてルビエール自身と同じものを望んでいる。だからこそ、そんな発想が浮かんだのだ。

 この看破にマチルダはルビエール・エノーなる人物を過小評価していたと認めることになった。揺さぶりをかけて一方的に情報を搾取できる相手ではない。だとするならば、アプローチを変えるべきであろう。

 マチルダは姿勢を崩すと今度はラフな態度をとった。

「思ったよりもタフになりましたわね。結構。まどろっこしい駆け引きをするのも面倒ですし、あなたにはそれだけの価値がありそうです。この通信にはあなたはルビエール・エノーとして、私はマチルダ・レプティスとして相対しているわけで何を背負っているわけでもありません。どうです?ここは率直に情報協力ということで。そちらが出した情報にこちらは相応の対価を出す。もしくは逆でも結構」

 踏み込んできた。相応の対価とは持ち寄るものを情報に限定しないということであろう。ルビエールはマチルダの対応変化に不穏さを感じながら伺う。これまではお互いに牽制しあいながら情報のやり取りをしてきた。互いに情報を得ることを目的としながら獲られないためにやり取りをあくまで会話に限定してきたのである。リスクを回避するための深入りしない関係。ところがここにきてマチルダはそのスタンスを変えてきた。

「つまり、情報を売れと?」

「そう珍しい話でもないでしょう」

 それはそうだろうが。ルビエールがこれまで触れてきた敵側の内部情報の中にもこのようなやり取りを得て入手されたものはあるはずだった。それをルビエールは当たり前のように使ってきた。しかし実際に自分がそれをやり取りすると思うと途端にそれが異常なことに思えてきた。自分が売り渡した情報がどのように扱われるのか。場合によっては敗北、大きな犠牲を伴うことにもなる。利己的な判断で地球連合の内情を売り買いして良いはずがない。

「考えていることは解りますわよ。しかし逆もまた真なり。渡したものの価値より手に入れたものの価値が上回ることも充分ありえる」

 身構えているルビエールに対してマチルダは大仰なことではないと言うように気楽に言ってのける。

「簡単には判断できません」

「でしょうね。それにあなたが得るべき情報が何かを考える必要もあるでしょう。とりあえず今回は協力関係を確認する。それだけでもいいんじゃありません?」

 上手いな。話そのものは美味しい。これではこの線を切るのが惜しくなる。

 もう一歩だな。マチルダの方も逃す気はない。対クリスティアーノに限らずこの女は対ジェンス社にも繋がる。これほどの特異点は作ろうと思っても作れない。それがマチルダをさらに踏み込ませる理由になった。

「この回線はWOZの外務局ではなく、私個人に繋がっています。以後もこの回線は使用可能のままにしておきますわ。それで如何です?」

 回線を残しておく。これはルビエールとマチルダの繋がりを外部に知られる危険性を孕んでいる。つまりお互いに一蓮托生の関係になることを意味していた。

 ルビエールはその意味を理解した瞬間に手の平を返した。得られる情報以前にコネクションそのものに大きな価値があると判断したのである。

「解りました」

「大変結構」

 にっこり微笑んでマチルダも満足を示した。リーの言う通りになった。放流した魚は大魚になって戻ってきたのである。

 ルビエールにとってもとんでもない大収穫だった。コネクション。ルビエールはWOZの外務官、それもエース級の人物との個人的なホットラインを得たのである。

 これでルビエールはジェンス社のソウイチ・サイトウ、WOZのマチルダ・レプティスとの情報協力をたった一人で得たことになる。明らかに一軍人としては過ぎた縁である。

 そんなものを何に使う気だ?自分自身でも訝しむところだが今さら手放す気になろうはずもない。



 語れないことだらけの会談ではあるが報告は当然すべきだった。ルビエールがクリスティアーノに連絡を入れたのはサンローに戻った初日だったが他に要件があったのか折り返しとされ、クリスティアーノの方から連絡があったのはその翌日だった。その間に状況は動いていたようだった。

「ジェンス社から接触があった。月側の感触も良好。まもなく連中の仲立ちで話が進むことになるだろう。首尾は上々と言ったところだな。で?」

 クリスティアーノは機嫌が良さそうに送り出した鉄砲玉の土産話を無心した。それがルビエールの癪に障る。

「で、とは?」

 かなり機嫌がいいのか。クリスティアーノはルビエールの惚けた返事を少しも気にしなかった。

「ジェンス社との交渉の話だよ。連中のことだ。ただ事で済んだとは思ってない。こっちもそれなりの対価は覚悟しているんだが。それとも、そちらで払ってくれたのかな?」

 本件に関しては何もなかったどころか完全に予測されていてあっさりと了承されたのだがその経緯をルビエールは個人的な事情から脚色する必要がある。交渉そのものに4日もかけたことになっているのである。それがルビエールの個人的な用事。それも対クリスティアーノ絡みとなれば言えるはずもない。

 ただ全くの嘘を言うわけにもいかない。事実は事実の中に隠すのだ。

「交渉の件そのものは相手に予測されていました。これは私の推測ですが、同じタイミングで月からも同様の依頼がジェンス社に舞い込んでいたのではないかと。偶然というにはあまりのタイミングです。相手もかなり慎重な姿勢を見せました」

 クリスティアーノは驚きこそすれどさほど動揺はしなかった。

「なるほど。それで背後関係を洗う時間をかけた、と。面白いな。で、どうみる?」

「どう、とは?」

「お前の思考はそこで止まったのか?」

 4日もボーとっしていたというのは体裁としてマズい。クリスティアーノの背後ではサネトウが目を光らせているだろう。ルビエールは慎重に言葉を選ぶ。

「これも私の推測に過ぎませんが。月は以前から地球を対共同体の戦線に巻き込むシナリオを描いて準備もしていたのでしょう。そしてこのタイミングでそのシナリオがジェンス社のシナリオにねじ込まれた。今回の一連の流れにはジェンス社も振り回されているのだと思います」

 クリスティアーノはその推測に頷いた。

「想定がお前の言う通りならそうだろうな。にも関わらずジェンスの連中は自分たちのシナリオを捻じ曲げた張本人からの厚かましい依頼を引き受けたわけだ。謹んで、なんて柄ではないだろう。連中も連中で自分たちのシナリオへの回帰、さもなくば足元を掬うつもりがあると見るべきだろうな」

 カオス。クリスティアーノはそこに興奮を覚えた。現在の流れは月が主導権を握っている。しかしその流れは今だ決定的ではない。ジェンス社と月はお互いに面の皮を厚くしながら足元で靴の踏み合いをしているわけだ。

「こいつは危うい情報だが、使える情報でもあるな」

 ルビエールは頷いた。月と地球の同盟という観点から見ればジェンス社の不満はリスクではある。一方で月対地球という観点では好き勝手に地球を振り回すことを牽制するために使えるだろう。

「以上か?」

 さらなる挑発。しかし一定の義務は果たしたとルビエールは付き合わなかった。

「以上です」

 しばらくの沈黙。クリスティアーノは子供の悪戯を見なかったことにする。

「よろしい。お前は私の部下じゃない。他に何かあるにしても喋る筋合いもないだろうしな。ご苦労だった」

 だったら先にそう言え。茶番に苛立ったルビエールは何とかこの女に一泡吹かせられないかと思った。ソウイチやマチルダたちとのやり取りもあってルビエールは大胆になっておりこのまま使われるだけでなるものかという敵愾心も合わさって自重の二文字は忘却された。

「で、報酬は?」

 一泡、というわけでもないがクリスティアーノは意表を突かれて目を丸くした。

「報酬ねぇ…」

 斜め上に視線を彷徨わせるクリスティアーノはそんなこと全く考えていなかっただろう。しかし意外なことにクリスティアーノはこの無心を無碍にしなかった。

「確かに働いて貰って何の恩賞も与えないのは沽券に関わるところだな。良いだろう。何か考えておく。楽しみにしておけ」

 と、それでクリスティアーノは通信を切ってしまった。あ、と思ってももう遅い。ソウイチの時と同様ルビエールが欲したものとは情報に他ならなかったがクリスティアーノにそう伝わったとは思えない。かといって通信を開いてそれを伝えるのも決まりが悪い。果たしてどんな報酬が送られてくるのやら。自分で無心しておいて不安しかない。

 消化不良に終わったがこちらの動きを悟られずに済んだわけだしよしとするか。気を取り直したルビエールだが後に不安は的中することになる。この時クリスティアーノに無心した報酬はとんでもない難物としてやってくることになるのである。


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