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14/6「見えざる脅威」

14/6「見えざる脅威」

 その問いかけは不明瞭なものだったがゼイダンは問い直すことをせず黙った。その沈黙が問いかけを正しく受け止めたことを示している。ソウイチは必要なだけの時間を与えゼイダンは充分に吟味した上で言葉を紡ぎ出した。

「事の真贋はともかく。火星をはじめとした諸勢力の行動が4年後のフォースコンタクトを見越していることくらいは知っておるよ。そしてその情報の出所が君らだということも」

 その程度なのかとルビエールは拍子抜けした。全てを語ったわけではないだろうがゼイダンの認識はルビエールとほとんど変わらないようである。ゼイダンクラスですらいまだその程度しか情報を得ていないのか。それとも自分こそが知り過ぎているのか。

 拍子抜けしているのはソウイチも同じようだった。それをばら撒いた張本人が求めているのは種が蒔かれたかどうかの確認でなく、芽吹いたかどうかの確認だった。

「そいつは事実だ。そのくらいは今なら結構な数の人間が知っている。今となっちゃ大した情報じゃない。重要なのはその先だ。あんたはその情報をどう解釈し、どう使った?」

 火星のマルスの手はその情報を大戦の状況を変える好機と解釈した。5年後に戦争は有耶無耶になる。それまでに優位な状況を作り出して妥結する。それが火星の狙いだろう。

 月はさらにその状況を利して共同体の壊滅を狙う。

 一方でクリスティアーノもまたその5年後を見越して地球連合の仕組みを改変しようとしているようである。

 では、ゼイダン、ガリスベンはその情報を以って何を狙うか、どう動くか。この疑問は期待外れの返答となった。

「どう、と言われてもな。そもそもその情報の真意が不明だ。5年後にロウカスが襲来するという情報。実際に何が起こるのかもいまいち判然としないではないか。ロウカスが脅威だとして、どれだけの規模で襲ってくるのか、どうやって対処するのか。解らないことだらけだ。だが、その後すぐに状況が動き始めた。私はすぐにこう思ったよ。これが目的だったのだ、と」

 つまり共同体ではそもそもフォースコンタクトの情報そのものが偽情報であるという認識になっているのか。

 確かにルビエールもその可能性を考えなかったわけではない。ルビエールだけでなく、火星も月も考えたはずである。その上で行動することを選んだ。彼らにとって情報の真贋など関係なかったのだ。

 一方ゼイダン、恐らくは彼だけでなく共同体の多くは情報そのものが怪しいと考え様子見を選択した。動きようがなかったとも言えるだろうが、どちらかと言えばそちらの方が正常な判断かもしれない。ところが火星とプロセロの行動によって同盟が結ばれたことでその方針は破綻することになった。それでゼイダンとしては情報の出所であるジェンス社に確認をする必要があったわけだ。

「なるほど。そこまで変形してたか」

 頭を掻いたソウイチは話のとっかかりをなくしたように考え込んでしまった。ゼイダンもそれ以上語りようがない。

「結局こうなるわけか」

 ソウイチがぼそりと呟いた言葉には失望の色があった。その意味をルビエールもゼイダンも理解できない。気まずい沈黙がしばらく続いてからソウイチは盛り上がることのなかった質問に答えを提示し始めた。

「こちらはジェンス・エンタープライズ。疑惑を売りもすれば作りもする。皆さんご存じの通り。だと言うのに。今回も俺たちの嘘にものの見事に踊らされちゃってご苦労様だと思うよ、まったく」

 ちゃぶ台をひっくり返すような発言にルビエールはギョッとしながらゼイダンの反応を伺った。しかしゼイダンは予測していたのか静かに溜息をついた。さもなくば、期待していたのか。

「やはり、フォースコンタクトなど虚言ということか」

 その情報の出元はあのジェンスである。最初からその可能性は見据えていたとゼイダンは嘲る。しかし今度の相手の反応は想定外だった。

 ソウイチは笑い出した。明確な侮蔑の笑い。釣られるようにディニヴァスも笑い声をあげる。面白くて笑うのでなく、侮辱するための笑い。

「的外れだなぁ。まったく見当違いだ。そいつは結局のところあんたらの願望だろ?」

 ゼイダンの顔は紅潮したがこの時点でも彼は大きな勘違いをしている。その滑稽さがソウイチを笑わせる。

「フォースコンタクトは起こるさ。いや、厳密に言うならサードコンタクトも終わっていないんだな。ナルキッソス号より以前から連中は旺盛に偵察を行い続けながらこちらに近づきつつある」

 不穏な新情だったが気にするべきはそこではなかった。フォースコンタクトが起こることは同じ。では情報通りということではないか。ゼイダンの顔は怪訝になる。この愚鈍さにソウイチは軽く苛立ったが次の顔に期待を抱きながら場に伏せてあった次のカードをめくる。

「俺たちがついている嘘、厳密に言えば隠していることだが。そいつは連中の脅威ってことだよ。あんたらは俺たちが戦争を起こすためにフォースコンタクトをでっちあげたか、さもなくば誇張していると思っているようだが、その根拠は?それも結局のところ願望なんじゃないか?」

 ゼイダンの顔は今度は青ざめていく。彼はジェンス社によって隠された可能性に間抜けにも今さら気付いた。

「逆なんだよ。俺たちは過小評価して伝えてたんだ。それをあんたらは疑い、願望に基づいてさらに下方修正した。偽情報か、事実だとしてもさほど大きな脅威ではないだろうってな。だが、現実は全くの逆だ。連中はあんたらが思うよりはるかに強大で、厄介な存在なんだよ。それこそ人類総出で対処しなきゃならんレベルでな」

 ソウイチは徐に立ち上がると部屋の中央にあるホログラムを操作した。そこに気味の悪い生命体が表示される。

「さて、お立合い。ロウカスとは何か?君らの知っていることは多くはない。しかもそこから生み出される推察は多くは願望と偏見に満ちていて的外れだ。もちろん、俺たちもそこまで詳しいわけじゃないがね」

 ソウイチの操作でロウカスのサンプル画像が次々と表示され流れていく。そのうちの2つで画面は止まる。それまでのどれにも当てはまらない未知なるタイプ。その異様に2人は凍り付く。何より、その大きさに。

「今のところ公に周知されているのは2タイプ。大型犬サイズと大熊を越えるサイズいずれも斥候を役割にしていると推察されている。ま、こいつらは正真正銘の雑魚で気にするほどのもんじゃない。だが、実際にはこれに公にされていないタイプも既に確認されている。雑魚の2種を格納して宇宙を移動してきたタイプと、さらにその母艦となるタイプだ。俺たちはこれをそのサイズからクルーザー型とマザーシップ型と呼んでいた」

 この情報を知った瞬間にゼイダンの思考は停止した。この秘匿された2種の存在が意味することを即時に理解したことは賞賛に値するがソウイチはそれを少しも表に出すこともなく、冷笑を維持する。

「知っての通り、連中にはエネルギーを補給するような器官が存在しない。つまり餌を食べない、ということなわけだが残念ながらこの特徴はこの2種には当てはまらない。クルーザー型はマザーシップ型と連結するための器官を有している。そう、つまりこのタイプは補給ができる」

 前提である条件が崩れていく。ルビエールはどういうことかと問いただしたいのを必死に我慢していた。幸いにいして聞きたいことは2人を無視して垂れ流され続けた。

「つまり連中は目的をもって長距離を移動して活動しているというわけだ。何をしているのか?これに関しては従来の推測で間違いないと考えられる。つまり偵察活動だ。問題となるのは奴らが何を「偵察」しているのか、だ。奴らは何かを探している。生き物が何かを探す、となればそりゃー大概は餌だろう。この推察そのものは的を外してはいない。ただし、奴らにとっての餌が何であるのか?ここでほとんどの人間は思考停止している。つまり餌とは俺たち人間を含む動植物である、と。残念ながら映画の見過ぎだ」

 宇宙から飛来した生命体と人間との戦い。多くの創作で描かれてきたが考えてみれば襲ってくる側の動機が完全に明示されている例はあまりない。謎の生命体が襲ってくるという前提で話が作られていて、そこに理屈が落とし込まれているのでそこまで完璧な理屈は必要ない。見る方もそういうものと思ってみているのでそれで問題とされることはないのである。

 未知の生命体は襲い掛かってくるもの。ルビエール自身この前提に違和感を持っていなかったことに気付いた。この思い込みは長い年月に渡って染みこんだお約束であり、実際の未知の生命体との対峙にも影響を与えたようだ。

「ナルキッソス事件の映像を見たことはあるだろう。未知の生命体が人間を襲う衝撃的なシーンだが。そもそも事の発端がクルー側の攻撃だったことはご存じかな?」

 先ほどのソウイチの言葉から想像すればロウカスに初めて遭遇した人間がパニックになって攻撃したということか。あり得る話だ。ゼイダンも同じ想像をしたようだった。

「つまり、連中はそもそも人間を襲わないというのか」

「そうは言わない。襲われたことを学習すれば次は向こうから襲ってくる可能性は十分にある。だが、それは目的ではなく手段に過ぎない。これはつまり人間と同じだ。連中が人間をサンプルとして持ち帰ったのも実は同じだ。襲い掛かってきた生命体を倒してサンプルとして持ち帰った。特段おかしなことじゃない。考えてもみろよ。俺たちだってきっと同じことをするはずだ」

 ゼイダンは意表を突かれて目を丸くした。確かに人間もロウカスの死骸をサンプルとして散々弄って調査しているのである。同じことをロウカスがやっていて何の不思議があろうか。しかしこのことはロウカスがかなりの知能を有していることも意味している。そして手段には必ず目的が付随する。

 ソウイチの話は核心に迫る。

「さて、ここまでの話からロウカスの目的が「人間」でないことは明らかだ。そもそもおかしいと思わないか。このクソ広い宇宙でいるかどうかも解らない生命体を探して回るなんて馬鹿げてる。餌としては不確実に過ぎる。では、奴らは一体何を目的に放浪しているのか。何を探しているのか?それはこの宇宙のどこに、どれだけ存在しているのか?想像してみろよ」

 問われるゼイダンとルビエール、双方ともに答えに辿り着いてはいた。しかしその答えの恐ろしさに口は重く閉ざされた。もとより出題者は2人の答えなど期待しておらずその舌は滑らかに回り続ける。

「わざわざ宇宙を渡らねばならず、しかしそこに確固として存在するもの」

 ソウイチはモニターを操作し、一枚の画像を表示した。それは蚕食されてボロボロになった岩の塊のようだった。隕石のようにも見えるが画像が荒く詳しくは解らない。

「こいつの直径は凡そ1万3千キロ。つまり地球とほぼ同じサイズの惑星。だったものだ」

 答えが提示された。しかしそれは2人の想像を上回った。

「これが奴らの餌だ。結論から言おう。ロウカスとは有機資源を中心とした惑星資源を用い、自分たちを増産しながら星を渡り歩く生命体だ」

 次々に資料映像が提示された。そのどれもが見たことのないタイプのロウカスであり、そして、信じられないほどの数だった。

「星を喰らう生命体。ロウカス。その星あらん限りの資源を吸収して増殖し、また次の星へと飛び立つ。まぁ言ってみればヤゴが宇宙規模で進化したような存在ってところだな」

 ルビエールは寒気を覚えた。ソウイチはヤゴと呼ぶがこれに似た生命は他にもいる。アリやハチ。そして人間だ。むしろクルーザー級など役割を分類した生態系を構築する部分などはそちらに近いのではないか。

 ソウイチの操作で画面に無数の情報が走った。認識できないほどの量。その量に2人は圧倒された。

「120年もかけた集大成だ。これのために命を落とした連中もいる。自分たちの代では活かされることもなく、次に繋げるために残された情報だ。十分とは言い難いがそれでも褒めてやってくれよ」

 どこか感慨深げにソウイチは言う。しばらく適当に流されていた情報はそのうちの一つにフォーカスされる。それは星図のようで線を描き、最終的にルビエールのよく知る図、太陽系に結ばれていた。その線の道中にいくつかの天体の情報が表示されている。蚕食された星々である。

「これまで犠牲になった星を結んだ経路。つまり連中の移動軌跡だな。喰われた後だし、遠すぎるから調べるにも難しいが恐らく条件となる組成があるんだろう。ここからも色々推察できるんだが、確かなのはこっちに近づいているってことだ」

 線の中ほどにフォーカスが移り暗礁帯に覆われた天体が表示されエネミーと名付けられている。つまりそれが現在位置か。ルビエールにはその星図からは距離をおし測ることはできなかった。

「さて連中の規模の話をするか。答えを先に言うと、なんと算出不明だ」

 茶化しながら言うが2人はそれを冗談とは受け止めなかった。その反応にソウイチは苦笑しつつ続ける。

「なんと言っても星を喰うってレベルだからな。コロニーレベルじゃ比較にならん。星を喰い潰してその資源を使うんだ。連中のコストがどのくらいかもわからんし、どのくらいのスピードで増殖できるのかも解らん。そもそも星を喰うとはどういう手法であるかも判然としていない。喰われた星を観測できているだけで、その瞬間までは観測できていないからな。連中が実際にどういう生態でどれだけの脅威であるのか。残念ながら全容は今だ不明だ。ただしはっきりしていることはある。連中の狙いは俺たち人間ではなく、星。この場合、地球か火星だと言うこと。本体とも言える群れは今現在もこちらに向かっていること。そして」

 ホログラフがさらにズームし先ほどまで曖昧だった天体がはっきりと表示された。そこには。

「これが連中のマザーシップである、ということだ」

 それは星だった。いや星だったもの。先ほどの虫食いの惑星に生態らしきものが寄生している悍ましい異形。ロウカスは寄生した天体を動かしながら移動しているのだ。そして次の星に乗り換える。地球と火星がその姿になる想像をしてルビエールは震えた。しかし衝撃はそれだけではなかった。フォーカスはさらに絞られてそれまで暗礁帯だと思っていた靄の正体を露わにした。暗礁帯と誤認するほどのロウカスの群れ。その全てが先ほどマザーシップ型と呼ばれていた個体と同クラスの大型ロウカスだった。気づいた瞬間に鳥肌が立った。ゼイダンすら愕然とした。

 一体どれだけの数がいるんだ?数万などという規模ではない。艦船と同じくらいの巨大サイズのロウカスである、兵器で打倒するにしてもとんでもない火力が必要になる。これがヤゴのように襲ってくるとするなら到底防ぎきれるものではない。ここにきてルビエールもその脅威が理解でき始めた。

「さっきも言ったが連中の規模は「渡り」の長さに応じて変わる。宇宙を渡り続けるのは連中を持ってしてもやはり過酷なものらしい。距離が長いほど数は減っていく。逆説。渡りが短いならば旺盛なままだ。連中はより大規模になる。何が言いたいか解るか?地球か、火星。どちらかが落ちた時点で奴らは規模を増やし、そのまま次の星を喰う。ゲームオーバーってことだ。その2つだけじゃない。ガニメデのような衛星も喰われる可能性は高いだろうし、連中から見れば月だって充分ご馳走かもしれない。太陽系の資源は根こそぎ奴らに喰われることになるだろう」

 そうしてソウイチは結論を告げた。

「つまり、人類は滅びる」

 仮に自立型コロニーがいくらか生き残ったところで所詮は枝葉。地球、火星の双方が失われれば人類は資源基盤を失う。やがて文明を維持できなくなり緩やかに今の人類は滅亡するだろう。

 ルビエールには物語の世界の話にしか思えなかった。現実感が薄すぎる。だからこそだろうか。その状況で自分たちの事情を優先して行動する者達の考えが理解できてしまう。非現実的過ぎるし、仮に事実であったとしてもどうしようもない。人間は結局のところ手の及ぶ範囲でしか動くことはできないのだ。

 こんな話を本気にできる人間がいたらその人物は狂っている。

 ああくそ。ルビエールの脳裏にクリスティアーノが過る。あの女はこの話を本気にしているんだ。

 ゼイダンは表向き平静を保っているようだったがそれは単に表情を失っているだけだった。やがてかろうじて言葉を絞りだした。

「もう少し現実味のある話をしてくれ。仮にそれが事実であるなら、貴様らのやっていることは何なのか。バカげているとしか言いようがない」

 本当に存亡の危機であるなら今戦争を助長するのは人類が滅ぶ手助けをしているようなものだ。そんなバカげたロジックの飛躍がゼイダンには理解できなかった。

 さもありなん。ソウイチはゼイダンの言葉に深く頷きはするがまるで同意している風ではなかった。

「残念ながらこいつは事実であり、その事実を基にこちらは行動している。人類が団結して勝てばいい。そんな簡単な話なら美しい。だが、現実は違う。まさかあんたほどの人間がそれを解っていないわけじゃないだろう」

 そう言われてゼイダンは思わず顔を顰めた。共通の危機的問題に直面していながら互いの立場から分裂と結託を繰り返してきた共同体の歴史が頭を過る。

「人間ってのは危機を前にしては団結するより、分裂することを選択するもんだ。その方が種として生存する見込みが高いからな。人間が団結するのは攻める時、まぁつまり勝てると思ってる時限定なのさ」

「ゆえに大した脅威ではないと思い込ませたと?」

「それもあるっちゃある。だがそれより重要なことは余計なことを考えさせず、行動させないことだ。本当にヤバいってことが解ればパニックが起こる。そしてさらなるバカをやる。だから力をもっていない。何もできない奴らには現実から目を逸らしてもらいたいのさ」

 ソウイチは座りなおすと表示される天体図を見つめる。その表情に哀愁のようなものが過ったがすぐに呆れと諦観の過る苦笑に代わった。

「率直に言うと人類が勝てる可能性はかなり低い。というよりも、今のところ勝てる見込みがない。この戦いは人類がこれまでやってきた戦争とは全く異なる戦いだ。連中が渡りによって生存する生態である以上は目的を果たすまでひたすら突き進むだろう。妥協による終結もあり得ない。オールオアナッシング。地球と火星を守りきるか、失うかだ。この戦略目標は奴らの方が有利となる。連中はどちらを狙うかを選べる。こちらは戦力をある程度分散せねばならないがあちらはどのようにでも割り振れるわけだ。そもそも生存のためのイニシャルコストも違いすぎる。連中は生存に命、つまりコストを全振りできる。こっちはそれを100%完全に防ぎきらなきゃならないわけだ。当然、支払うコストは天文学的になるだろう。少なくとも1国で賄える物量ではない。もしかしたら人類が持ってる分の全てを合算しても足りないかもな。で、だ。人類はこの生命体に対して全てのコストを集中して一致団結して対処することができると思うかな?」

 ゼイダンは口を閉ざし、ルビエールも否定的な見解しか出なかった。ソウイチは自らの愚問に答えを待たなかった。

「残念ながら、ここまではそういう風になっているとは言えないな。俺たちは敢えて過小評価して情報を流した。最初から勝ち目が薄いと知れば多くの人間が別の選択肢を選ぶだろうからな。それでも危機は危機だ。団結する理由に充分だったはずだ。だが現実は全くの逆方向に向かっている。各国の要人たちはそれを自分たちの機会として利用し始めた。確かに、俺たちが焚き付けているのは事実ではあるよ。でも火ってのは火打石があれば起こるもんじゃない。薪があってこそ成り立つもんだ」

 ルビエールはその現実を見てきた。事を起こした人間たちの中には先に事態を収束させてからロウカスに対処すればいいと思っている者もいるだろう。しかし状況はより悪化し、さらに混沌とするところである。まさしく見込みがないのだ。

 だからと言って行動しないわけにはいかないだろう。実際ジェンス社は何らかの意図を持って行動しているはずだった。良し悪しは別として。

「とはいえ。先のことを考えて置くことも頭から否定はできない。全コストを集中すると言ったがこっちがそれをやると文明が死にかねない。人間は生存には余計なものを山ほど抱えているがそれこそが人間を人間足りえさせていることもまた事実だからな。星を守るのと引き換えに文明崩壊してもそれも形の変わった敗北だ。しかし転じれば勝利の形にもいくつかある、ということになる」

 勝利の形。文明が生き残らなければ敗北も同然。逆説的に言えば。ルビエールはそこまで考えてざわついた。

「あんたに言っても信じないかもしれんがね。俺たちは各国が団結して事に当たるようならそれに協力するつもりだったんだ。世界がそう流れるなら俺たちだけが逆らったところで無意味だからな。ま、ご存じの通りそうはならなかった。ゆえに、俺たちも分裂することを選択したわけさ」

 分裂する選択。その瞬間、これまで想像しえなかった選択肢が姿を見せた。ソウイチはしゃあしゃあと宣言した。

「つまり俺たちは人類が負けた時を見据えて動いてきたわけだ。グレートウォールはそのためにある。グレートウォールは動く社会であり、細分化された艦隊を順次更新していくことで機能を長く維持できる。このグレートウォールによって我々は外宇宙に飛び出し、資源を持つ星々を渡って生き延びる。まさに連中と同じようにね」

 文明さえ生き残れるならば星がどうなろうと問題ない。火星のテラフォーミングを実現した人類ならば代わりの星さえ見つけることができれば地球と火星に縋り続ける必要もない。地球なくして生き延びる手段を作り上げる。それがジェンス社の選択した勝利の形なのだ。

 途方もない話の展開にゼイダンは放心していたがやがて怒りに身を震わせた。つまるところジェンス社は自分たちだけは逃げる手立てを確保して逃げる算段をしているのだ。

 察したソウイチは機先を制した。

「おっと。言っておくが似たような選択肢をしてるのは俺たちだけじゃないぜ。賢い人間は気づき、準備をしてきたんだ。今になって月やWOZが動き始めたのはなぜだと考える?星間大戦の動きをチャンスと捉えたと思っているから?甘い、そんな程度の状況変化で動くほど連中は浅はかじゃない。月もWOZのエーデルワイス1も動く人口天体だ。その気になれば連中は太陽系外に避難することができるんだ。俺たちのように外宇宙にまで行く気かは知らんが、一時的に退避して頃合いを見て戻ってくるとかは考えててもおかしくないだろうな」

 本当にそんなことがあり得るのか?ルビエールもゼイダンも半信半疑だったがバカなと切り捨てることもできなかった。2人は判断をするための基準を失っており、ソウイチはそれを与えることをしない。

「つ・ま・り・だ。月、WOZ、そして俺たちはあんたらが立ち竦んでいる間に惑星に依存せずに独力で生存するための準備を整えてきたんだよ。フォースコンタクトによって地球と火星が滅んだ後も生き残るために。ただ、これを他の人間が知ればどうなるだろう?」

 今度もルビエールにはその流れが容易に想像できた。さらなる混乱と分裂だ。このカオスは恐怖と怨嗟によって膨れ上がり特定の方向に流れるだろう。ジェンス社にとって不都合な展開を生むことは間違いない。

「いざその時に他の勢力に邪魔されないためにもバカにはこっちを見ないでいて、大人しく滅んでもらう必要があるってことさ。どっちみち滅ぶんだ。遅いか早いかの問題でしかない」

 だから共同体には今のうちに滅んでもらい。地球と火星にはギリギリまで相争っていてもらう。その間にジェンス社は悠々と外宇宙へ逃れる。それがジェンス社が生き残るためのシナリオ。

 なんと悪辣な。ルビエールは怒りや呆れよりも自分たちのためにそこまで徹底できることに敗北感を覚えた。自分では絶対にそんな判断はできない。

「まぁそういうことで。大戦は最終的には否応なしに休戦となるわけ。従来まではそれによって漁夫の利を得ようと各勢力動いてきたわけだが、そいつは手前勝手な都合と願望で構築されたシナリオでご破算になるだろう。なのでゼイダン殿。あんたも生き残りたいのであるなら」

 今や完全に目的を見失った独裁者にソウイチは宣告する。

「逃げることだ。できる限り、遠く」

 ゼイダンがその言葉をどう受け止めたのか。ルビエールには解らなかった。その表情は無だった。ただ心内は混沌としているのは間違いない。

 ソウイチは椅子に深く背を預けこれ以上喋ることはないと示す。するとゼイダンは急に平静になったようで席を立ち、無言のまま退室した。それを見送ったディニヴァスは満足げに笑った。

「さすがは時代の寵児。やることが定まれば動きは速い」

「かつての、だがな」

 ソウイチの付け足しの言葉も然り。やはり2人はゼイダンを全く重視していない。ゼイダンは動かされた。ルビエールはそうみた。

 ゼイダンを、ガリスベンを動かす意味。ガリスベンは共同体の武力の中心。それを戦争から遠ざければ共同体は大きく弱体化するだろう。

 現状の共同体は全く意思統一のできていない状態にあるが事実としては火星との同盟関係を結び、さらに月が動き出したことで旗色が完全に固定され対地球陣営との対決が避けられない状況になっている。そこにゼイダンは別の危機感を押し付けられた。

 旗色を塗り替える最後のチャンス。戦争などやっている場合ではないと吹き込むことでジェンス社は共同体の一部の勢力に逃げ道を用意した。

 これで共同体はさらにぐちゃぐちゃになる。ただし、これはジェンス社にとって得な展開だろうか?現状でも共同体包囲網は充分に強烈である。そもそもジェンス社の言うことが本当であるなら、共同体を潰すことに固執する理由としては薄くないか。最初から逃げることありきであるなら月が宙域覇権を得ることもどうでもいいことではないか。

 まだいくつも釈然としない要素抱えているルビエールは自身の考えに没頭したかったがソウイチはここからがお楽しみだと言わんばかりの下卑た笑みを浮かべた。

「さて聞きたいことはあるだろうが俺も無限に喋り続けられるわけでもない。そこの朴念仁が変わりをしてくれるわけでもない。そっちも頭の中を整理したいだろう?一端休憩としつつ我が巣に戻るとしよう。それまでおしゃべりは禁止だ」

 朴念仁と呼ばれた本人は肩を竦めると先導して部屋を出た。ソウイチの部屋に戻るまでの間、本当にソウイチは一言も発することはなく、ルビエールも会談の内容を整理することに意識を集中した。


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