14/5「渦巻く」
14/5「渦巻く」
しかしまた妙なことになったな。ボスコフは連合領域から遠ざかるグレートウォールを釈然としない様子で見守っていた。第11旅団は勧告に従って退去するグレートウォールを領域外まで監視するという体裁で後を追っていた。このままグレートウォールが連合領域外まで退去すればことは解決なのだが、懸念が一つ残っている。イージス隊の旗艦イージスがいまだグレートウォールの旗艦ミストレスと連結したままなのである。
「一応だが聞いておく。エノーをそのまま連れ去ったりはせんだろうな」
ボスコフにとってはそうなったところで知ったことではないのだが、立場上想定していなかったという無様は晒したくない。聞かれた方のソープはアリバイ作りの問答に真面目に答える気はなかった。
「僕に聞かれても困ります。もちろん、そうなっても困りますがね」
心配したところでどうにもならないだろうとソープは考える。
ルビエールからは状況が変わったため時間がかかるとだけ連絡が来ている。その状況とやらが何なのかを当人は語らないが聞きたくもないというのが大方の考えである。要件が済むのであれば時間がかかろうが何だろうがいい。ともかく何事もなく終わってくれさえすれば。
三日が経った。状況は悪い意味で変化しなかった。グレートウォールは連合領域から離れていくのだがいつまでたってもイージスが離れる気配はない。イージス隊の者からはルビエールは無事であるのだが戻らないので動きようがないことが繰り返し報告される。
いよいよグレートウォールが連合の影響力圏外に出ようという段階になっても動きがない。こうなると旅団も浮足立ってきた。
「おい、まさか本当に人質になってるんじゃなかろうな」
「まさか。何の意味があるのか」
繰り返すソープも歯切れはよくない。支隊や旅団にそんな意味も価値もないがルビエール・エノーその人がもつ価値と意味はソープにも計りかねる要素だった。
「このまま領域外にまでついてくと誰に目をつけられるか解ったもんじゃないぞ」
領域外となれば何が起こっても不思議ではない。共同軍辺りと遭遇する可能性があるし、何よりジェンス社そのものが何事か仕掛けてきてもおかしくはない。
「まぁつまり、その領域外に何かがあるんでしょうけどね」
いずれにせよルビエールの区切った4日後を越えてみるまでは動けない。
イージス以外の支隊の艦艇は旅団本隊と共に行動しており、支隊でも状況に対する不信感が広がりつつある。その不信感は旅団本隊とは比にならない。ルビエールは定期的に問題ない、とだけ報告してくるのだがそれ以上の情報はなく、我らが姫様に何事か致命的な何かが起きつつあるのではないかと疑心暗鬼になる者も現れ始めた。
やがて強硬策によってルビエールを奪取し、離脱すべきと主張する者が現れ始めてそれを諫めることが必要になった。明らかにソープ向きの仕事ではない。
幸いと言うべきか。ルビエールにおんぶにだっこの支隊には実際に行動を起こすための手順を描ける人間がいない。唯一それができそうなジェニングスとウェイバーは我関せずを貫ている。実際にソープがやるべきことは宥めすかすだけで済むのだがこういったことの矢面に立たされるのは自分の仕事ではない。そう思うソープのやり口は投げやりであり、これでただでさえ低い評判はさらに低下する羽目になってしまうのだった。
四日目が来た。ルビエールはミストレスの貴賓室で来客を待っていた。
「うむ。よく似合っているじゃないか。軍服よりはよほどマシだ」
ソウイチらが用意したスーツ、ウィッグ、ファンデーションでアイコンを隠した姿は秘書に扮するという本来の目的よりソウイチやディニヴァスを楽しませることに効果を発揮しているように思える。
「高くつきますよ」
嫌がらせでも収穫があるなら我慢もしよう。ここまで時間と恥じをかけたのだから生半可なことでは満足してやる気はない。恐れ知らずに睨みつけるルビエールにソウイチは抑えきれないにやけ顔を頷かせる。
「解ってる解ってる。期待しててくれよ」
どこまで期待できるんだか。理性の部分ではバカげた行動を取っているとルビエールは思っている。しかしここまで踏み込んだルビエールは意固地になっていた。
「言うまでもないことだろうが、ここで見たこと聞いたことの取り扱いは注意しろよ。何かあっても俺たちは保証してやれないし、場合によっては積極的に排除することにもなりかねない」
黙って頷く。
死に至る情報。これはサイトウたちだけでなく、クリスティアーノに対しても、その他の勢力にしても言える。誰にも漏らしてはいけないし、そもそも知っていることそれ自体を悟られてもいけない。
ルビエールに最後の確認を済ませたサイトウはお楽しみのはじまりとばかりに指を鳴らした。
「結構。存分に楽しんでいきたまえ」
程なくして一人の男が、老人が数人の護衛と共に現れた。
その人物をルビエールは知っていた。会ったことがあるわけではない。習ったのだ。歴史の授業、あるいは情報番組か。
オーギュスト・ゼイダン。コロニー国家共同体の一角ガリスベンの独裁者。
とんでもない大物にルビエールは動揺を隠すことに苦労した。一方でディニヴァスは仮面の奥でほくそ笑む。
ルビエール・エノーとオーギュスト・ゼイダン。時代の潮流において対岸に位置する二人。ほとんど歴史上の人物であるその男が実は立場的にはほとんど同じであることをルビエールはまだ知らない。今日、この二人が同時にその潮流そのものを理解することになる。このような場を演出できたことにディニヴァスは大いに満足した。
グラハム・D・マッキンリーの歴史講義「敗北者」
コロニー国家共同体の盟主ガリスベン。その独裁者。オーギュスト・ゼイダンは衰退しかけたガリスベンを立て直した政治家として界隈に名を残している。ただし、悪名だがな。その主たる手段は一代で権力の頂点に上り詰める者にとって古典的だ。つまり、武力だ。
カナンの戦いによって大きな被害を受けた共同体だったがそのダメージは特に武力によって主導権を握っていたガリスベンにとっては痛恨事だった。参加国の多くはガリスベンに責を求め、これによってガリスベンは孤立状態となり、その影響力は大きく後退することになる。
カナンの戦い以降、WOZが追い打ちをかけないこともあって共同体はダメージの回復に努めることになるわけだが。当然ガリスベンは共同体運営からは排斥される。しかし強力なリーダーの不在が共同体の団結に大きな影を落とす。当初は共同体中央政府が音頭を取っていたものの中央政府の権威も結局のところガリスベンの後ろ盾あってのものでしかなかった。もとよりガリスベンの傀儡であった中央政府を強固に支援する国家はなく、必然共同体の方針は残った国家の合議に重きが置かれるようになっていく。
カナンの戦いによって武力を大きく損失した共同体だったがこの損失は各国から抽出された戦力だ。この戦い以降、各コロニー国家は共同体中央軍への戦力提供に消極的になって自前の戦力を確保するようになる。これもまた共同体中央政府の衰退を加速させる要因となったが影響はそれだけにとどまらない。自立防衛、自立経済、これらの志向は先立つものがあってこそ成り立つ。もとより規模が小さい、経済力の乏しいコロニー国家には無理な話ってもんだ。そもそもコロニー国家共同体とはそのような中小コロニー国家が自衛のために寄り集まったわけだから、力を持たない中小国家は自前の軍事力、経済力が充実した国家の庇護に頼らざるえなくなっていったわけだ。
ここから共同体は力のある国家が中小コロニー国家を様々な力を用いて陣営に引き入れ、その数を持って権利を主張するパワーゲームの様相を呈す。この時点でコロニー国家共同体の理念は形骸化していた。当然、共同体内での争いには地球・火星の2強国のみならず月やジェンス社も絡んでいただろう。地政学的にこれらの国家を敵に回すか、さもなくば味方につけるかのいずれかを強制される国家も少なくなかった。そう遠くないうちの内部崩壊が確実視され、多くの国家がそれを前提に動いていた。
宇宙戦国時代の再来が予測されるようになっていくなか、しかし現実には共同体が崩壊することはなかった。それぞれ置かれる状況が異なり、依存する勢力も理屈も異なる烏合の衆。各コロニー国家はもはやまとめようにもまとまりようのない状態だったが、一方で決定的に崩壊すれば戦国時代に巻き戻って大きな被害を生じさせる。仮に何らかの形で団結したとしても結局のところ彼らは地球や火星と比しては弱小だった。まとめようにも困難、まとまればまとまったで強国と相対せねばならない。結局のところ彼らは現状維持以外の選択肢を取りようがなかったわけだ。
コロニー国家共同体とはどのような組織であるのか。当時の人間たちでも明確に説明できないだろう。その曖昧に移ろう様子をクラゲ国家と評した奴もいる。辛辣だが的確な表現だ。もっと辛辣な表現もある。それ自体は故障したポンコツでありながら処分するにも困る粗大ごみ。どちらも当時の共同体の人間の言葉だ。
この長い迷走こそWOZの狙いだったろう。共同体は本来持っている規模、国力を何ら活かすことができないまま宇宙開拓歴の中期を浪費することになる。その状況に変化が生じるのに宇宙開拓歴中期から後期への転換点まで待つことになる。
宇宙開拓歴250年台。長らく膠着していた共同体。変化はやはりその硬直の反動によってもたらされた。
当時の共同体は状況が複雑化することで勢力争いは立ち竦んでいた。表向きは外部の脅威に目が向き、内部での争いは裏に隠れていた。人によっては平穏とも表現される期間だったが不満をためているものもいた。共同体主要国家内で例外的かつ私的な制裁によって冷遇されていたガリスベンもその一つだ。
もとより有数の武力を保有していたガリスベンはカナンの戦いで失った戦力も相応だったがそれでも残存した戦力は強大なままだった。それだけの軍事力を持ちながら共同体内では孤立していた。共同体の有力勢力はカナンの戦いを経てなお強大な軍事力を持っていることを理由にガリスベンを都合のよいスケープゴートにして「内部の敵」として徹底的に利用した。ガリスベンを自由にさせてはいけない。そのために自分たちは徒党を組むのだと。これらの勢力によってガリスベンには共同体政府への必要以上の拠出などカナンの戦いに端を発する制裁、課役が重くのしかかっていた。力を持ちながら冷遇されること。何世代も経てなお続く制裁に納得している者はガリスベンにはいなかっただろう。
そんな時勢の中でその男は現れた。それがオーギュスト・ゼイダンだ。彼は先鋭化していくガリスベンの若者たちの代表者としてガリスベンの名誉と権利の回復を唄う活動家だった。
ゼイダンが活動家から政治家になるのに時間はさほどかからなかったし、権力を手に入れるのにもさほど時間はかからなかった。彼の率いる党は熱狂的な支持のもとに躍進を繰り返し一挙にガリスベンの意思決定の大半を掌握した。共同体の他勢力はこれを警戒してガリスベンへの圧迫を強めたがこれは悪手となった。却ってゼイダンへの同調・支持がより強まったのだ。孤立に追い込まれた反動もあってガリスベンはより頑なにゼイダンに傾倒していくことになる。
既視感を覚えるだろう?そう、残念ながらまたしても歴史の教訓は活かされなかったのだ。
政治家あるいは統治者としてのゼイダンの才覚は武力の扱い方に顕著に見られる。共同体内で影響力の低下したガリスベンだったがそれはあくまで共同体内だけの話だった。彼らは当時決して少なくなかった共同体不参加あるいはカナンの戦い以降に離脱した小コロニー国家をその武力でもって庇護する武力派遣を行い始めた。武力に乏しい国家に武力を貸し付ける。一種の傭兵稼業と言ったところだ。この事業は成功を収めた。ガリスベンに庇護された宙域一帯は安定した。治安への貢献によってガリスベンへの評価は大きく変化する。特に庇護下に置かれた不参加国の支持は高まった。安全と安定をもたらす者としてガリスベンは歓迎され庇護された国家群は共同体へ加入。彼らは当然、ガリスベンを支持する。ここにガリスベンは再び勢力を盛り返すことになった。
しかしゼイダンが得ようとしたものはそのような立場ではなかった。結局のところゼイダンが、ガリスベンが求めたものとはかつての力。つまるところ恐怖だった。彼らは治安の守護者という新たな立場の正当性を隠れ蓑にして恐怖の拠り所たる武力をさらに貯えていった。表向きは治安活動の為に献身的に活動しながら、派遣エリアをどんどん広げてゆき、巧妙にその全容を隠蔽した。やがてその武力はかつての勢力をすら上回った。
自分たちを守っている存在が、治安を守る騎士が卓越した暴力の使い手でしかないと気づいた時には遅かった。勢力の小さな国家の大半は既に自分たちの安全をガリスベンに依存しており、そこから抜け出すことはできなくなっていた。愚かなことと笑うことはできないだろう。力を持たぬ者が既に出来上がった流れに乗るということは当然だった。彼らに過ちを求めるのであればもっと前に遡らなければいけない。ともかく、彼らは自らの安定と安全のために自立を売り渡したのだ。
共同体そのものが持つ戦力が弱体化したままだったことは却ってガリスベンの権力を補強することになってしまう。正当にガリスベンの武力を抑制できる者がいないことに気付いた時には他の勢力はガリスベンを抑止することより自分たちを守ることを選択するしかなかった。ついにガリスベンに対するあらゆる制裁は解除され、ここにコロニー国家共同体の列強ガリスベンが復活することになったのだ。
と、ここまでが歴史に詳しい人間の知るところだが。これ以降のゼイダンとガリスベンの動向を説明している資料はあまりない。なぜかと言えばそこからは大した「結果」がなかったためだ。
権勢を取り戻したガリスベンだったが他の勢力も政治に関しては百戦錬磨の怪異たちだ。それに地球連合や月、WOZなどガリスベンの復権を歓迎しない勢力はいくらでもいた。ゼイダンはこれらの難敵との押し合いへし合い引っ張り合いに労力をつぎ込むことになってしまった。
そして時は過ぎた。ゼイダンへの支持もガリスベンが権威を復活させたことで冷却されてしまった。ゼイダン自身がどう思っていたかはともかく。多くのガリスベン市民の願いとは不当な抑圧からの脱却であり、その目的自体は既に叶っていた。彼らの求めは変化から安定へと移った。これ以上は充分だ。望んでいない。
こうしてゼイダンは変革への支持という大きな武器を失ってしまった。一つの時代を変えた男は自らの作った時代に縛り付けられたのだ。そしてこの行き詰まりが彼を追い詰めることになる。
まだ生きていたのか、というのがルビエールの率直な感想だった。齢は既に90を越えているはずである。生きていてもおかしくはない年齢だが今だ暗躍しているとは。
しかし一時代を作り上げた独裁者もかつての姿のままではなかった。記録映像に見られたかつての覇気は消え失せて、目から自信ではなく、別のものを滲ませている。それをルビエールはよく知っている。
自分が作り上げたものが奪われ、崩壊することを恐れ、そして怒れる人間のそれだ。祖父もそんな眼をしていた。年老いることは誰しも避けては通れないものだが、独裁者ゼイダンであってもここまで変貌するものなのか。失望にも似た感情をルビエールは覚えた。
しかし、なぜこんな相手との会談に自分を同伴させているのか?ゼイダンからルビエールの求めるものが得られるとは考えにくい。と、なればソウイチがこれからゼイダンに向けて語ることに求めるものがあるのか。
「さて。本日はどういったご用向きか。まずはそこから確認しておきましょうか。こちらもあちらへこちらへ大忙しでしてね」
礼を欠いた切り出しはジェンス社におけるゼイダンの扱いを端的に表していた。ルビエールの扱いは特異な例であろうがカリートリーの扱いですらこれよりはもっとマシなものだった。
ゼイダンの表情は憤りを隠しきれていなかったがまずは目的が優先された。
「プロセロの連中と火星を繋いだな。なぜだ」
プロセロ。ルビエールは記憶に検索をかけた。共同体内の列強コロニー国家の1つであり、かなり火星よりの勢力だったはずである。ゼイダンの言葉からそのプロセロが火星と共同体の同盟を主導しただろうことは想像がつく。その仲介役がジェンス社。不思議な話ではない。逆に意外なことだがガリスベンは火星と共同体との同盟に否定的だったらしい。
ゼイダンにとって重要でルビエールにとって興味深い疑問はソウイチにとってはどうでもいいものらしくその返答には誠実さが欠片もなかった。
「なぜと言われてもなぁ。火星が話をしたいから紹介してくれと頼まれたからそうしたまでなんだが。何かマズかったのかな?」
「なぜそれを知らせなかった」
「そんな取り決めはあったかな?」
「貴様」
はた目から見てもゼイダンの我慢は臨界に達しかけておりルビエールは次の瞬間には激発するのではないかと身構えていた。
ゼイダン、そしてガリスベンはジェンス社に完全に軽視されている。しかしそれをここまでひけらかす意味はなんだ?挑発による暴走、暴発。しかしゼイダンほどの人間にそんな低俗なやり口が通用するだろうか。
ゼイダンとは対照的にソウイチは落ち着き払った様子でジェンス社による愚弄を何の遠慮もなく続ける。
「自分たちの情報精査能力を棚に上げて非難されてもね。駆け引きというものをご存じないのか、それとも忘れたか」
耄碌したな爺さん。ソウイチの目は明らかな侮蔑、そして憐みを湛えていた。隣に座るディニヴァスもわざわざそれを態度で示して見せる。
憐れだ。ディニヴァスは仮面の下でせせら笑う。
盛者必衰。諸行無常は世の常だが、この男ほどその評価を不服とする者はいないだろう。オーギュスト・ゼイダンという男は世間的には盛者だったが彼の人生の総括とは挫折だった。この男はガリスベンをいまだ抑圧の中にあると考えている。ゼイダンにとってのガリスベンとは共同体の盟主であり、導き手であるべきなのである。そしてコロニー国家共同体とは宇宙の覇権を得るための存在であるはずだった。それこそがこの男の目指すところ、達成されるべきラインなのである。だが実際にはガリスベンは復権こそ果たし、勢力としてはかつて以上だが共同体の意思をまとめ上げる存在ではない。ガリスベンが勢力を弱めている間にいくつもの対抗勢力が出来上がり、共同体の主導権を争い、ゼイダンとガリスベンを阻むことになった。この結果、共同体は相も変わらず他勢力に振り回されるクラゲ国家のままだった。つまりゼイダンなる男は結局のところは野心の途上で頽れ、望んだものを叶えることができなかった敗北者なのである。さらに今は世間的には得られたと見做される栄華すら奪われようとしている。ゼイダンは勝ったことなどないにも関わらず盛者にされ、衰えることを必然かのように見られている。
だからこそ、ゼイダンはいまだ独裁者であった。自らの野望の着地点を求めて足掻き続けている。その足掻きがさらなる敗北を呼びこむことなど明白であるのだがそれでも止まることを拒否して破滅に突き進んでいる。
憐れで、そして愉快だ。
ただ一点、ディニヴァスを感心させたのはジェンス社からのあからさまな侮辱をゼイダンは耐えて見せたことだった。ここまでは予想の範疇でもあったのだろう。ゼイダンは話の流れを変えようと試みてきた。
「プロセロの連中は状況を解っていない。共同体が大戦に関われば月とWOZが動くことになる。宇宙覇権の取り合いが始まることになる」
「実際、そうなっているな」
ソウイチはあっさりと同意したがゼイダンは少しも気にせず話を続ける。
「貴様らがその主導をしていてもおかしくはなかろう。そうでなくても看過はできんはずだ。が、この流れはどうも貴様らのシナリオ通りということでもないようだ」
伺うようにゼイダンは口を閉じた。ソウイチは表向きリアクションせず、どうぞ続きをと促した。内心では舌をまいていたが。
「確認しておこう。そもそもピレネーの一件は貴様らの仕込みなのか?」
この質問に緊張したのはルビエールだった。第二次星間大戦の発端。それにジェンス社が絡んでいる。あり得ない話ではない。
ソウイチはさほども悩まず答えた。
「あれはこちらの預かりじゃない。火星の勝手にやったことだ。仮に俺たちだったとしたらあそこまで派手な結果にはしないさ。ドースタンに関しても同じだ」
ゼイダンは不敵な笑みを浮かべた。獲物の痕跡を見つけた狩猟者のそれ。
「まぁ、そうだろうな。となれば、ここに至るまでの流れも貴様らにとっては必ずしも想定内の運びだったわけではないわけだ」
確かにそうなる。ルビエールは全神経を研ぎ澄ませて耳に入る情報を整理していた。
ピレネーはまだしもドースタンに関してはジェンス社も巻き込まれた側であるはずだった。この流れは誰のシナリオにもない。誰もが暗中模索に陥っている。ジェンス社とて例外ではないのだ。
「フォースコンタクトの情報をトリガーにしてそれぞれの勢力にシナリオを提供し、暴発を誘い世界を活性化し、流動させ、都合よく形を変えていく。それが貴様らの基本的なシナリオだったはずだ。ところが、状況は思ってもいない方向に滑り出した。最初はピレネー、そしてドースタン。それ自体は切っ掛けに過ぎなかったが思ってもいない形でトリガーが弾かれたことで貴様らが予め仕組んでいた工作の多くが制御を外れて暴走しだした。貴様らはその対処に大慌てになっている」
「だいぶそちらの願望が混ざっているように思える。たしかにそういう例もある。ただ流れと言うのは表裏一体。結果的にこっちに都合よく展開したものもある」
たまりかねたかソウイチは口を挟んだ。ゼイダンは先ほどのお返しとばかりに冷笑した。
「探せばあるだろうな」
だが肝心の部分がそうでないならそれは慰めにもならない。
「さて、問題はプロセロと火星を繋ぐのは貴様らにとって望ましい形だったのかどうかだ。それはシナリオ通りだったのか。私にはそうは思えない」
ゼイダンの言い草はそのシナリオはなかったと見做している。ルビエールもそう考えた。火星が諸々のリスクを承知で同盟を望んだのは間違いなくドースタンでの必要以上の勝利が切っ掛けであるはず。仮にその同盟が織り込み済みだったとしてもそれは別の形。つまりガリスベンなども巻き込んだ形になっていたのではないか。
「ま、確かにあんたらなしで話が進むのは俺たちの望むところじゃなかったが。あの時点であんたら乗ったか?」
ソウイチは認めた。そしてソウイチの言うことをゼイダンも認めた。
「お察しの通りだ」
「なら、俺たちの立場も理解してほしいね。こっちはどうすればよかったってんだ?」
その時点で獲りうる選択肢に正解があるとは限らない。ジェンス社もその時点で確信をもって仲介を引き受けたわけではなかった。断ったところで別の誰かが担うことになるであろうし、火星への影響力を維持する必要があった。さらなる火星の暴走を抑制する必要もあった。それも早急に。結局ジェンス社はその要件を満たす他の選択肢を用意することができなかったのだ。
ジェンス社でも苦労するものなんだな。ルビエールは歴史の舞台裏における暗闘を見た。後の世で見た時にバカげた選択もそれ以外の選択肢がなければ排除しようがない。
ゼイダンはジェンス社の立場を否定も肯定もしなかった。
「ま、過ぎたことを言ってもしょうがない。こちらにとって問題なのはその結果として他の勢力に付け入る口実を与えてしまったことだ」
共同体が消極的にでも火星に加担したことで月が共同体に攻勢をかける切っ掛けを与えてしまったのは事実である。
ここでようやくソウイチは話の流れを理解した。
「責任を取れと?」
「そんな感性をお持ちとは恐れ入った」
「持ってるわけないに決まってるだろう。特にあんたに対してはな」
先ほどまでと違って今はゼイダンの方に余裕があるように見える。ソウイチはその余裕が気に入らなくて挑発を繰り返す。
挑発の応酬に話が頓挫するのではないかとルビエールは不安を覚える。ソウイチやディニヴァスが見せたかったものがこれのはずがなく、このやり取りが破断になってしまえば有耶無耶になりかねない。そうでなくてもこれほどの重要人物のやり取りである。物別れでなく、何らかの成果が成立することをルビエールは期待してしまう。幸い、ゼイダンは余裕をもっており目的を優先させた。
「私らとて君らにどうこうしてもらおうとは思っていないよ。そうしてもらえるならもらいたいところではある。期待していたのも事実だしな。だが、君らの実情を知るにそれは期待できそうになさそうだ。君らにそんな気がないということではない。その力がないと考えるからだ」
ソウイチの指が不自然に動いたのがルビエールに見えた。イラついている。つまりゼイダンの言うことは事実ということか。ジェンス社は今の流れを制御できていない?
「見くびられたものだ」
「果たしてそうかな」
「言いたいことがあるならどうぞ」
ウンザリ顔をしながらソウイチは付き合う。付き合うしかないのか。一方で話の主導権を握っているゼイダンはどこまでも不敵だった。
「先ほど言った通り。共同体はその他の勢力に付け入る隙を与えた。その他の勢力とは月やWOZのことだが連中と君らは立場が似ている。宇宙の利益を喰い合う存在。ま、つまりライバルということだな」
言わずもがなの話にソウイチは全く反応しない。
「それらの勢力が共同体を喰うというシナリオは君ら本来のシナリオではない。とするならば、このシナリオは一体誰の手によって書かれているのか?」
勿体ぶりながらゼイダンは部屋の者を見回した。一瞬ルビエールとも目が合うがゼイダンの意識は結局のところソウイチにしか向いていない。
「数日前。君らを呼び出す切っ掛けになった情報が飛び込んできた。クーロンからだ」
クーロンコロニー。表向きリゾートコロニーとして運営されている非国家コロニーである。共同体に属する大企業合同で運営されている。共同体の中にあるが共同体ではないという体裁を利用して共同体以外の企業も進出しており所謂ヘイブンとなっているコロニー。共同体内で強い影響力を持つ企業体が都合よく振る舞うための治外法権。共同体の企業だけでなく、各国、各企業の思惑も混ざり合う伏魔殿。もちろん、ジェンス社もその出資者に含まれているだろう。
「場所が場所だ。何があって、誰が誰と話をしていようが不思議ではないのだが。それが月とハイペリオンの連中となればさすがに首を捻るところだろう」
また新しい情報だな。次々に出てくる情報にルビエールは疑問を抱くよりもそれを脳に刻むことに手一杯になりそうだった。
ハイペリオン社。共同体企業の中でも格別の存在である九龍の一角。ジェンス社と同様の他業種コングロマリットであるがその最たる商売は建築。つまりコロニーとその中身の建造にありコロニー国家の集合体である共同体の中で力を持つことは極自然なことだった。
そのハイペリオン社が基盤としている国家は確か…。記憶に検索をかけるルビエールを置き去りにゼイダンは話を進める。
「奇妙な話だな。ハイペリオンと言えば共同体の中でも特に自己利益優先の連中だ。そんな連中がなぜ月と絡むのか。気にはならんかな?」
気になる。ルビエールの目的には恐らく無関係の話であろうが連合が対共同体に舵を切ろうとしている以上、その主要企業の動向は確実に情勢に影響するはずだった。
ゼイダンの言う通り、ハイペリオン社は玉石混交の共同体勢力の中でも特に自立主義の強い存在である。ハイペリオン社の基盤となるコロニー国家「ヘリオス9」は有力な企業がそのコロニーを掌握する典型例であり、コロニー名そのままの投げやりな名前からも伺えるようにハイペリオン社の傀儡国家でしかない。事実上ハイペリオン社はジェンス社と同様の企業国家体と言える存在なのである。そのような存在が月と接触している。
「どういうことかと首を捻ってしまったよ。とはいえ、その席にジオ・オーディナンスも同席しているとなれば描きようはある。君らも知っての通りハイペリオンは近年軍需産業に強い興味を示している。3年前のジオ・オーディナンス買収もその流れだが、ここにきて線として繋がったわけだ」
ジオ・オーディナンス社。ルビエールにとって縁のない企業ではない。CLZ01マトリクスを製造する企業である。現状では軍事産業において大規模に成功している企業ではないが技術力は示している。そんな企業と月が接触する。そこから想像される展開は一つしかない。
「月は地球製の装備に頼る状況を好ましくないと考えている。そしてその問題に対する解答をハイペリオンは持っているわけだ。ハイペリオンは共同体の状況に危機感を抱いており、ジオ・オーディナンスを土産に月側に取り入ろうとしている。裏切り、と言えばそうだろうがハイペリオンは国家でなく、企業。共同体に対する責任はヘリオス9にあってハイペリオンにあるわけではない。ま、連中の理屈はそんなところだろうな。月にすれば共同体を内部から切り崩す手札としてもハイペリオンとヘリオス9は強力だ。あるいは、この件はハイペリオンからでなく、月から出た話だったとしても不思議ではないだろう」
下衆の理屈にルビエールは顔を顰めた。そんな連中がいるのでは共同体が結束しないのも当然だった。
ハイペリオン社はその気になれば月の企業としてその下につくこともできる。月としても共同体有数の巨大コングロマリットを手中にできるだけでも価値がある。双方にとって大きな利益がある。ただそれは共同体と月が敵対関係になければの話。こんな裏切り劇は有史でも例がないのではないか。
「つまりこういうことだ。ドースタンでの展開は結果としてハイペリオンの危機感を煽った。奴らは自分たちの権益を確保するために新しい立場を得ることを選択する。それが君らの下であるならよかっただろうが君らはその立場上、ハイペリオンとは相いれない存在だ。WOZもハイペリオンに対共同体以外の価値を見出さないだろう。奴らにとって候補となる勢力は必然、月となる。この推測に対する答えを君らはもっているはずだ」
沈黙は何より雄弁だった。ゼイダンはその答えを以って結論を提示した。
「君らは、出し抜かれたんだ。共同体というピザを分割するカッターは月が握っている。そして君らは月が共同体を切り分けるその手伝いまでもさせられている」
ゼイダンはほとんど確信をもっていた。そしてそれは事実だった。しかしソウイチはそれを認めることはなかった。事実であるにしてもそれは遠くないうちに覆されるものであるからだ。
「ご老人。勝負は始まったばかりだよ」
ルビエールはこの時初めてソウイチ・サイトウという人物から覇気を感じ取った。軽薄な振る舞いの裏側に隠された本性。その威容にゼイダンすら気圧された様子だった。しかしゼイダンとて時代を作り変えてきた男。その表情はすぐに不敵さを取り戻す。
「本性を見せたな若僧」
相手が本性を見せたことをゼイダンは小さな勝利と解釈した。ソウイチも苦笑しながら老人の小さな勝利を許容した。
「で、本題は?」
ここでようやく話が進むのか。ルビエールはホッとした。情報に埋もれて窒息死そうだった。抱えた情報が出口を欲っしている。この話は一体どこに行くのか。
ゼイダンは満を持して切り出した。
「貴様らも月の好きにさせる気はないだろう。ならばこちらが手を貸そう。月がハイペリオンを使って簒奪するならば、そちらはこちらと共に内側から蚕食すればいい」
ジェンス社は月の動きに翻弄されている。ガリスベンはこの状況に対して共同体を見限りつつある。月とハイペリオンが共謀するのであれば、手を結んで別方向から共同体を切り分けようと言うのだ。世界に激震を走らせかねない提案だった。
しかしソウイチの反応は鈍かった。あるいは警戒しているのか。
「なるほどね。で、それでそっちは何を得るのさ」
「君らが宙域の覇権を得たところで各国のコロニーを管理しきれるわけでもなかろう。企業体である君らに拒否感を持っている国家も多い。結局のところジェンス社を中心としながらも各コロニーで新たな共栄圏を築くことになるはずだ。その中心に我々がいれればそれでいい。こちらにはそのノウハウもある」
ルビエールは身震いした。この独裁者はジェンス社を味方につけて共同体を内側から侵食する提案をしている。そしてジェンス社をバックにしながらもガリスベンを中心とした新たな共同体を作り上げる気なのだ。恐らくそれはゼイダン、そしてガリスベンが夢見たあるべき共同体の姿。ジェンス社のような組織を味方につけるなど暴挙に近い。そうまでしてでも自身の野望を優先させる。その狂気じみた邁進にルビエールは震えた。
しかしこの恐るべき提案に対するソウイチの返答はルビエールにとっても、ゼイダンにとっても全くの想定外だった。
「なるほどね。まぁそんな程度か」
落胆。ソウイチの目にはそれしかなかった。
「いやー、もうちょっと大それたことを考えてたりしたなら見直したんだけどねぇ。期待外れもいいところだ。こっちが腰を抜かすような大胆で思いもしないようなことを提案してくれないとおひねりも出せない」
クックとディニヴァスも笑いを溢す。ジェンス社の二人は再びゼイダンを侮辱し始めていた。その転換が理解できずゼイダンは呆然とする。
自分の時代に固執するジイサン。こっちはあんたの盲執に付き合うわけにはいかないのさ。ソウイチは急激に冷淡になった。
「悪いんだが。こっちは共同体の後なんて興味ないんだよね。そもそもあんたら勘違いしてる。こっちの目的をね」
目的。行動の大前提にあるもの。ジェンス社の目的と言えば星間大戦を利用して覇権を得ること、拡大すること。ルビエールの認識はそんなところでゼイダンも似たようなものだった。それが食い違っているとなれば全てが変わってくる。その不安を嘲笑うようにソウイチは宣告した。
「共同体には消えてもらう。それこそがこちらの目的だ。あんたの中では共同体が消えた後の宙域覇権こそが重要なんだろうがそいつは俺たちに必要なもんじゃない。確かにそれを月が独占するのは面白くはない。だから何か対策をする必要はあるし、悩んでもいるんだが、その結果君ら、というよりも共同体の残りカスができるのはもっと都合が悪いんだ。つまりあるべき共同体を作り直したいってあんたの夢想に肩入れする理由はこちらにはないってことだ」
ゼイダンはソウイチの言っていることが理解できているようではなかった。思考がそれ以前のところで止まっている。ルビエールも前提を覆されて混乱していた。土台から両者の思惑は食い違っているのだ。宙域覇権に興味がないというならジェンス社は何を目的に行動しているというのか。共同体を破壊することも結局のところ目的のための過程でしかないはずだ。ここにきて二人はジェンス社の考えが理解できなくなってしまった。
「解らないって顔をしているな。なら、理解してもらうためにこっからはこっちの話をさせてもらおう」
そう言うとソウイチはルビエールを一瞥してニヤリと笑ってみせた。
「さて、ゼイダン殿。そちらにはどこまで伝わっているのかな?」
この質問にルビエールは心当たりがある。フォースコンタクトに関する情報。カリートリーとの会談と同じ切り出しに酷似している。
結局のところそこに繋がるのか。ルビエールだけでなく、ゼイダンすら得心したようだった。
ルビエールは自身の知るフォースコンタクトに関する情報を浮かべたがあまり役には立たないだろうと思った。あの時と今は状況が違う。語る相手が違うのはもちろんのこと、時期が違う。情報は常に拡散し、変質を続ける。ソウイチは以前の会談で共同体のいくつかの勢力に情報を流していると認め、それが変形しているとも言った。
果たしてゼイダンはどこまで知っている?ジェンス社の目的とはなんだ?
果たしてこの話は核心にどこまで迫るのだろうか。




