14/2「プロヴィデンス」
14/2「プロヴィデンス」
不愉快極まるカスティヤーノとの会談を終えたクリスティアーノは身の汚れを落とすと言わんばかりに風呂で身を清めてたっぷりと身体を温め、そしてビールで一気に頭を冷やした。さすがのサネトウもこればかりは諫めない。
「どういう客だったんです」
ローズの問いにサネトウは冷ややかに答えた。
「ニコライ・カスティヤーノ」
この答えにローズの二重の驚きに見舞われた。一つはもちろん客の正体であるがもう一つはあのサネトウから明確な敵意が感じられたことだった。
「違ってたら訂正してほしいんですけど。まさかカスティヤーノ元大統領が僕らの敵だったりします?」
「ローズ様にとってかは解りかねますが。クリスティアーノ様にとっては、敵です。そして私にとっても」
断言にローズは唖然とした。ローズはサネトウという人物の背景を知らないが初めて彼の本質が単なるクリスティアーノの側近なのではないことを悟った。
豪快にげっぷを出すと気を入れ替えたのかクリスティアーノは会談内容をサネトウに説明した。
「整理するぞ。あのクソ野郎の立場とこっちの立場だ」
サネトウは頷くと相関図を描き出す。ローズは自分がここにいていいのか?とキョロキョロした。興味がない、と言えば噓になるが、いよいよもって深入りすることになりそうである。
「好きにすればいいぞ」
クリスティアーノが嘯くとローズは席を立つ気が失せた。
「ま、今さらですよね」
ローズが肩を竦めると巻き込んだ一人はニヤリと、もう一人はニッコリと共犯者を迎え入れた。
現時点で解っているマウラとマリネスク、そしてカスティヤーノの利害、目的がローズにも解るように整理された。
ゴードン・マリネスクは戦争の巻き返しを試み、その果てに戦争の終結を企図している。捨て石の長官は大きく役回りを逸脱しながらも本来の責務を野望として邁進し始めた。
ニコライ・カスティヤーノ、そしてプロヴィデンスは戦争の巻き戻しを望み、少し前の計画的な戦争スタイルへの回帰を望んでいる。
一見するとMPEを介して両者は相反する関係に見える。だがそれぞれの目的を整理するとカスティヤーノがマリネスクを積極的に邪魔者とはしない理由が見えてくる。
「意外と言えば意外ですが。カスティヤーノとマリネスク殿の利害は必ずしも衝突するわけではありませんな。落としどころさえ整えれば手を組んでもいいくらいでしょう」
サネトウの見解にクリスティアーノは面白くなさげに鼻息を漏らす。
この両者は道中までは共通しているし、マリネスクは妥協してカスティヤーノの線に落ち着いてもいいのである。凡人マリネスクならそれでも上出来と評価できる。カスティヤーノにとってマリネスクを無理に排除する必要はなく、ねじ伏せるタイミングだけが重要なのだ。
が、今さらマリネスクはそれに屈するだろうか?屈して欲しいという気持ちをかすかに抱きながら、クリスティアーノはそちらに分を感じなかった。
「興ざめもいいところだ」
「同感です」
サネトウは応じると冷笑を浮かべた。
「如何でしょう。楔、とまでは言わないまでもマリネスク殿を応援する一手を打つというのは」
サネトウの恐ろしいところが顔を見せてクリスティアーノは苦笑いを浮かべた。マリネスクが妥協に靡かぬように背中を押すということだが、それはつまるところマリネスクを追いこめ、ということでもある。マリネスクに日和られては困るし、カスティヤーノを調子に乗せるわけにもいかないのでこの提唱には理がある。しかしどういうわけかクリスティアーノは全く乗り気にならなかった。
「そうなったらそうなったときだ」
「御意に」
あれだけマリネスクを嫌っていながら。
恭しい礼に苦笑を隠しながらサネトウは引き下がる。結局のところクリスティアーノはマリネスクに期待しているし、信用したいのだ。クリスティアーノにはこういう甘さがある。しかしそれでこそ、とも思うサネトウだった。
「それで、ジェンス社との件は、如何しますか?」
「続ける」
クリスティアーノは全く揺るがなかった。むしろカスティヤーノのせいでより意固地になっていた。サネトウも頷く。
「いずれは敵対する相手にそこまで畏まる必要もないでしょう。さりとて大仰に動くことも好ましくはない。そこで一つ腹案がございます」
サネトウの言葉にクリスティアーノは首を傾げたがその案を聞くと何やら含み笑いを浮かべてすぐにそれを採用した。
その部屋には人間的な温かみを感じさせるものは何一つ存在せず、ほとんど全てのものが金属のように感じられた。いくつかの端末とデスク、来訪者のための椅子。ほとんどの調度品がアルミかステンレス製で床、壁、天井には窓と照明以外の区別がない。完成された無機質であり、色のあるもの、命のあるものを拒絶しているようだった。
それがプロヴィデンスと呼ばれる組織のほとんど唯一の実体だった。
その部屋の主である男もまた人間味の感じられない表情で身じろぎ一つもせずに部屋をうろつく来訪者を目で追っていた。
「ご老人は状況を解っているのか?」
来訪者はいかにも居心地悪そうに部屋をうろつきながら独り言のようにぼやいた。来客用の椅子があるにはあるが彼はそこに座る気にならなかった。部屋のど真ん中に置かれた椅子には来客のための茶どころかそれを置くためのテーブルすら据えられていない。その椅子に座ると部屋の主と正対することになり、まるで尋問を受けているような印象を受ける。この部屋は完全に部屋の主のものであり、来訪者は異物として扱われているのである。要件が済めばとっとと退散するつもりだった。
来訪者のボヤキを独り言として処理したのか部屋の主は沈黙を守っていたのだがその視線が向くと部屋の主は仕方なく口を開いた。
「どういう状況を?」
「とぼけるな」
部屋の主はとぼけてなどいないので状況が何を意味しているのか説明を待った。来訪者は面倒な説明させることを非難するように部屋の主に詰め寄った。
「マウラのことだ。なぜ引き込む必要がある」
部屋の主は質問そのものを理解できないように首を傾げた。相手の方もなぜ理解できないのかとイラ立ちながら前のめりになる。
「これ以上自由にさせておけば取り返しがつかんことになると言ってるんだ。クリスティアーノが邪魔なら消せばいい話だ。引き入れたところでいいことはないだろう」
「状況を理解できていないのは君の方らしい。ベイカー」
ベイカーと呼ばれた男には予想外の評価だったらしく。その顔は屈辱に歪み、今すぐでも部屋の主を殴り倒してもおかしくなかったがそうはならなかった。彼に我慢を強要したのは立場だった。
ベイカーは50台前半の人間としては衰えるころ合いの人間であるがプロヴィデンスの中では新参に近い。今はまだ自身の有用性を試される側の人間だった。少し太り気味だが大柄で血色はよく、豪気で細かいことは気にしなそうな印象を持たれる。これは実際そうであるのだが、今は違った。
「ならば聞かせてもらおうか。マウラを取り込まなきゃならない状況とやらを。コンサルトさんよ」
コンサルトとはその男の個人名ではなく役職のようなものだった。彼はほとんどの場合で面識のないプロヴィデンスのメンバーたちを繋ぐ役割を持つ構成員である。彼自身はプロヴィデンスにおいて何らかの意思決定を行う立場にはないが全ての構成員は彼を通じてプロヴィデンスという組織を知ることになるため組織の代弁者という側面も持っている。結果として各員の相談役のようなことも担うためその役割を持ったメンバーはコンサルトと呼ばれるようになったのである。
コンサルトは自身の役割を面倒とは思っていないがこの程度のことを説明しなければならないことに失望感は見せた。
「クリスティアーノの目的が何であれ、現行の統治体制の転換がその過程に含まれていることは間違いないだろう。仮に、それが手段ではなく目的そのものであるとするなら、我々は奴の扱いに慎重を期せねばならない」
「どういうことだ」
「クリスティアーノは自爆によって我々の目的を妨害できる、ということだ」
ベイカーは理屈だけは理解した。確かに手段を選ばず、後先を考えなければプロヴィデンスの目的を頓挫させられるだろう。だが、そんなことに何の意味があるのか。その先の世の中がめちゃくちゃになるだけで誰も得することがない。そんなことをできる人間をベイカーは理解できなかったし、そのような警戒をするカスティヤーノ達も理解できなかった。
ベイカーが訝しんでいるとコンサルトはふと人間味を見せて苦笑する。
「まぁご老人が状況を理解しているか、といえばそれもまた怪しいところではある。君の懸念はもっともであるし、プランBとまでは言わないがCなり、Dなりとして考えておくべきだろうな」
コンサルトの意見にベイカーは意外そうな顔を見せた。彼が私見を見せることは珍しいことだった。
コンサルトから見てもカスティヤーノはプロヴィデンスが直面している現状に楽観的過ぎるように見えていた。
破壊することはさほど難しいことではない。創造はそれより難しく、維持することはそれ以上に難しい。どれも後先を考えれば考えるほど困難になる。プロヴィデンスは現状でもっとも困難な目的を抱えており、クリスティアーノは気楽な状態にあると考えられる。その跳梁を封じ込める手立ては他にも考えておくべきだろう。ただし
「ご老人がどこまで本気なのかはともかく、今はクリスティアーノを追い詰めるのは危険だ。こちらが奴を欲しがっていると思わせている分には暴発することはないだろう」
マウラ閥への対処は今のところこれでいいだろう。ベイカーも自らの懸念が全く考慮されていないわけではないことを確認すると矛を収めた。
「手遅れになる前に対処はしなければならないぞ」
「もちろんそうだろう」
そう言いながらコンサルト個人にとってその筋合いはないのだが。
不躾な来訪者が退散するとコンサルトは端末でもっとも慣れた手順を行った。現在のプロヴィデンスの盟主。カスティヤーノへのホットラインである。
「ベイカー殿が懸念を抱いておりますよ」
「若いねぇ」
見た目にはベイカーとそう変わらないのだが。ベイカーを若僧と評するカスティヤーノとの対比にコンサルトは皮肉を感じる。
「ですが、ベイカー殿の言うことは真っ当だと思います。マウラはともかく、クリスティアーノと我々が相容れるとは思えません。マウラ閥が必要であるにしてもそれがクリスティアーノである必要はない。彼女がいまだ組織を完全に固めていないうちに首を挿げ替える。その選択が選ばれない理由は?」
「必要なのはマウラではなく、クリスティアーノだからだよ。厳密に言うなら、あの女が持っている手札だが」
コンサルトは眉を少し傾けた。クリスティアーノ・マウラが持っている切り札に対する認識にズレがあるようだった。
「それはロバート・ローズとは異なるものと?」
「違うようだ。大戦を終わらせるに足るだけの切り札。それをクリスティアーノは個人で隠し持っているらしい。マウラに調べを入れても解らんはずだ。もちろんブラフの類である可能性はあるが。それであそこまで大それた行動に出られるとも思えない」
確かに勝算もなしに志のみであそこまでの行動ができるとは思えないし、ジェンス社が接触を図ってくることもないだろう。
「つまり、それをはっきりさせない限りは手出しできないと」
「そこまでは言わないが。それだけの切り札が存在するならば、内容次第ではこちらで管理することが必要になるだろう」
「なるほど」
別の誰かに渡っても厄介なことになる。カスティヤーノが慎重になることは納得できる。それでベイカーから不信を買ってまで伏せておく理由も大体予想できた。
「ことは慎重に見極める必要がある。ベイカー君がそれで納得するかは解らんし、むしろ自分で調べようとすることもありえるだろう」
あり得る話だ。いまだ試される側の人間のベイカーから見ればクリスティアーノは潜在的なライバルとも取れる。クリスティアーノが持つとされる切り札に興味を抱かないわけがない。独断で行動する。コンサルトには容易に想像ができた。このようなことを懸念せねばならないことにコンサルトは静かに失望した。
「失礼ながらベイカー殿はプロヴィデンスの一員としての資質に欠けると思いますが」
ベイカーは組織の長としては有能であるが組織の一員として、歯車としての資質には欠ける。とことん意見をぶつけ合わねば納得しないし動かず、士気にも著しく影響する。
「君から見ればそうだろうが、そう都合のいい人間ばかりが転がっているわけではないよ。躾けていけばいいだけのことさ」
「私の仕事ではありませんよ」
「もちろん」
そう言うカスティヤーノだが、では誰がその役割を果たすのか。ベイカーは組織においては新参だが人間としては充分に成熟している。そのような人間を修整することができる人間は多くない。ましてあの気質である。自分以下と見做した相手の理屈に耳を貸すとは思えないし、同等であっても難しいだろう。
「続けて言わせてもらいますが、近年我々の組織の質は下がる一方であるように思います。ベイカー殿がそうだと言うつもりはありませんが多くがプロヴィデンスの理念ではなく、組織がこれまで振るってきた力の方をこそ重要視し、確保すべきと考えている。これではやがてプロヴィデンスは崩壊し、翻って星間大戦という統治機構をも崩壊させるでしょう。組織として利権の確保でなく、人の養成に力を入れていただきたい。私もいつまでも現役でいられるわけではありませんよ」
「寂しいことを言うじゃないかエドワード」
「事実ですニコライ。私がこの仕事を始めてからそろそろ50年です。もう潮時ですよ。もしかしたら遅すぎたかも」
コンサルトことエドワード・ソーグは65歳という年齢からさほど見た目は離れていない。薄くなった頭髪と潤いのない肌。カスティヤーノと違って時間に抗うことなく、むしろ流され過ぎた程度には老人だった。
「引退を望むと?」
「仕事そのものは今少し続けられるでしょう。しかし、後任を育てるのにも時間は必要です。後輩に私と同じ苦労をさせるのは忍びない」
エドワードが今の仕事についたのは16歳の頃。前任者の不慮の事故による緊急抜擢だった。コンサルトの代替わりは事実上プロヴィデンスの更新と同じことだった。前任のコンサルトが持っていたネットワークの全てが破棄されて次のコンサルトが新たに構築しなおすのだがこれは盟主の交代よりも大きな変化となる。プロヴィデンスという組織はコンサルトによって引き継がれる習わしだったがエドワードの16歳での引継ぎは異例であったし無茶でもあった。
「そうか。そうだな。君には随分と苦労をかけたな」
「全くです」
エドワードの言い草にカスティヤーノは苦笑しながら首を振った。この男をコンサルトにつけたのはカスティヤーノである。そこからカスティヤーノがプロヴィデンスの盟主となって幾年。プロヴィデンスを、地球統治機構を管理してきた2人は盟友だった。
「では、後継者への引継ぎを行うということでよろしいですね」
「それに関して私に決定権があるわけではないだろう。君のことだ。候補は用意してあるんだろう」
「ええ、もちろん」
「結構、引き続きよしなにできるように願うよ」
通信が切られてからコンサルトは溜息をついた。
カスティヤーノはまだまだ続ける気のようだ。一体いつまで続ける気なのか。身を引く決意をしているコンサルトは軽い軽蔑を抱いた。もっとも。あれほどの活力をいまだ持ち続けている怪物が隠居する姿など想像もできないし、なったらなったでロクでもないことを始めそうだが。
ともかく、これ以上は付き合えない。彼の忠誠はプロヴィデンスに捧げられており、カスティヤーノ個人に向いているのではない。そして彼が仕事を引き継いだ時、彼のプロヴィデンスは終わりを告げ、新たなプロヴィデンスが生まれる。そこには何の筋合いも残らないのだ。
「カセレス」
コンサルトが呼ぶと一人の少年が入室してきた。
「今日から君を次のコンサルトとして扱う。私の傍に立ち、やり方を学び、プロヴィデンスを作り直すのだ」
少年は驚く様子ではなかったが疑問から口にした。
「引き継ぐのではないのですか」
「違う。作り直すのだ。私の作ったプロヴィデンスは私の代で終わる。何の痕跡も残さない。君以外は」
全ては終わりと始まりを繰り返す。組織の崩壊、言い換えれば理念の喪失とは優先順位の逆転を発端とする場合が多い。理念よりもそれによって生じた結果に重点が置かれる現象である。これによって組織はその土台を下支えしてきた柱を失い、変質する。本来の組織目的に矛盾を生じ、そこから腐り始めるのである。
プロヴィデンスはその愚かさをよく理解している。ゆえにコンサルトは結果を残さない。自らが作り上げた組織のネットワークの全てを消して去るのである。
「それでマスターはいいのですか?」
これまでの功績を誰に知られることもなく、全ての痕跡が消え去る。そのような結末に身を委ねられることを少年は理解できない様子だった。
その問いかけに少年の慈しみを感じてエドワード・ソーグは人間味のある優しい顔を浮かべた。
「カセレス。人はみな死ぬ。我々も例外ではない。それは人の作り上げたものも同じだ。組織も死ぬ、建物も死ぬ、作品も死ぬ。どれだけ形を残そうと、いずれは忘れ去られ、その価値をなくすのだ。ゆえに我々は作り直す。新たに、形を変えながら。私のことは君だけ覚えていればいい。そうしてプロヴィデンスは繋がっていくのだ」
穏やかに諭すコンサルトの顔。しかしカセレス・シュリーマンはその顔に、エドワード・ソーグに一点の曇りがあることを見逃さなかった。
「プロヴィデンスっていうのは、どういう組織なんです?」
ローズがその質問を投げた相手はサネトウだった。サネトウは作業の手を止めてローズを真っすぐ見つめた。その視線はローズを歓迎しているようには見えなかった。
「よろしいのですか?」
警告。それを知る者はプロヴィデンスの敵となることを意味している。しかしローズに選択肢はあるだろうか?クリスティアーノとサネトウにとって敵であるなら、ほとんど自動的にローズにとっても敵になる。少なくとも相手はそう見做すだろう。
ローズはこの選択に関してはほとんど迷うことはなかった。
「汝の敵を知れ」
どのようなことになるせよ。相手のことくらいは知っておきたい。この場合、ローズを動かしたのはとても原始的な欲求だった。
「好奇心は猫を殺すとも申しますがね」
言いながらサネトウは姿勢を正した。ローズは猫ではなかろう。そしてサネトウからプロヴィデンスなる組織の概要が語られた。その荒唐無稽な話にローズは2分と持たず呆れ始めた。
地球連合政府を影から操っている権力組織。その組織が星間大戦を演出し、統治機構として制御している。まるきりフィクションの話だ。到底信じられない、とも言い切れないことにローズは首を振る。一般人であるならともかくローズは元大統領補佐官である。それなりに政府の実態は知っている。大統領がまともな決定権を持たず、列強の操り人形であることを彼は間近で見てきた。しかし操っている人形遣いそのものをローズは見たことがあるわけではない。ゴールドバーグも見たことはないはずだった。そうでないなら彼にとっての「敵」はもっと具体性を持ったはずである。
過去の大統領にまで遡るとさらに不可解な部分も見えてくる。列強の力関係というものは時代によって変わってくる。常に地球内部で変動し続けており、それが大統領の人事に影響を及ぼしてきた。当然、その施政はその当時の列強の影響が現れる。カスティヤーノなどはその最たる例だろう。しかしそれらの大統領の全てがこと星間大戦に関してだけは右へ倣えとばかりに方針を維持し続けてきたと言うのも不自然ではないだろうか。動かしようがなかったと言えばそれまでだろうが、その動かしようがない状態を作っていたのがプロヴィデンスであるなら。
いやいや。考えすぎでしょ。ローズは陰謀論に傾倒することに躊躇した。
「まさかそんな秘密組織があるとは思えませんけどね」
「ええ、ローズ殿の思うような秘密組織はございません。私の知る限りですが」
肩透かしを喰わされたローズはこの話自体が冗談だったのかと思いたかった。しかし、老人は冗談を言っている風では断じてなかった。
そしてサネトウはプロヴィデンスなる組織、というよりは存在の本質を語り始めた。
「プロヴィデンスとは実体をほとんど持たない組織なのです。目的だけを共有した管理者によって受け継がれるシステムそのもの。時の権力者たちを選び抜き、集めて、統治機構を管理させる統治の継承システムなのです。プロヴィデンスのメンバーはそれらの統治機構によって選ばれ、それぞれ自らの権力機構を持ち寄って時代時代のプロヴィデンスを形成し、そして利用するのです」
「どういうことです?」
ローズはさっぱり理解できなかった。意味、仕組みどれも不明瞭だ。サネトウはもっともだろうと頷き、辛抱強く説明を続けた。
「プロヴィデンスなる組織に実体はほとんどないのです。管理者と資産だけが存在していると理解してください。管理者はその資産を活かしつつ時代の権力者たちを選抜し、彼らに力を与え、時に得ながら世界を動かしてきた」
「…なるほど」
理解することを諦めたのかローズは話を変えることにした。
「で、具体的にそのプロヴィデンスって組織は何をやってきたんです?」
重要なのはそこだろう。ローズの着眼点にサネトウは頷いた。
「時代によって異なりますが我々、そして彼らにとっても注視すべきは星間大戦の維持を一貫した方針として活動してきたことでしょう。時には戦争を深刻に演出し、時には楽観的に見せることも。戦争の管理者と言っても語弊にはならないでしょう」
「戦争を管理」
ローズは思慮に沈んだ。戦争を管理する。勝つでもなく、負けるでもなく。続けることを是とする戦争体勢。
「戦争の管理。その本質とは「安心と恐怖」の管理でした。過去、多くの施政者が恐怖と不安を武器としてきました。プロヴィデンスのやり方も基本はそれを踏襲してはいます。しかし究極的に彼らの最大の武器とは恐怖と不安を通じた先に得られるもの。つまり安堵、安心だったのです」
ローズの想像力は飛躍した。安堵。その効能を政治家の末席にいる男は知っている。恐怖と不安は人を動かす。一方で安堵は人を止める。戦争を管理することによって恐怖と安堵、この2つを操つる。政府のような表立った存在では困難だが影に隠れた存在であれば可能だろうか?通常なら無理だ。戦争とは相手があって成り立つものだ。しかし、相手もそれを望んでいるとするなら?
不可解な前提を得ると全てが成り立つにことにローズは気づいた。2つの星の距離、間に広がる宇宙と言う荒野。存在しない国交とそれを肩代わりする得体の知れない企業。戦える者だけで行われる宇宙戦争のドクトリン。全てが戦争を管理するのに好都合だった。
これに考え至った時、ローズに去来した感情は悍ましさだった。200年もの間続いていた戦争がマッチポンプになっていた事実は知っていたがそれはあくまで結果論としてそうなったのだと思っていた。しかしそれが最初から巧妙に仕組まれていたのだとしたら。
待て待て。再びローズは思考にブレーキをかけた。
「一体それに何の意味があるんです?」
確かに本格的な戦争に及ぶよりはマシな世界かもしれない。その時代の統治者にとっては都合がいいだろう。しかし、プロヴィデンスなる組織がその統治者の選別者であるというなら、彼らは一体何を目的として存在しているというのか。
ローズの疑問にサネトウは急に冷ややかになった。
「そればかりは当の組織に聞いてみないことには解りませんが、少なくとも目的の一端は結局のところ権利に帰結するでしょう。少なくともプロヴィデンスに選ばれた者達にとってはそれが報酬となっているはずです」
それはそうだろうな。権利を報酬に権利を得る。世界を裏で牛耳ること。しかしそれではプロヴィデンスという組織とその実体を担う者達は必ずしも目的と理念を共有していないということになる。
「そんな脆弱な組織が権力を維持できるものなんですか?」
そんな組織は裏切りや乗っ取りが横行するだろう。名前だけが残って形骸化するはずだ。ローズの疑問にサネトウは我が意を得たりと笑う。
「脆弱であることが重要なのです。プロヴィデンスという組織は莫大な権利や資産を握っていると考えられますがそれらは極めて少数の人間によって管理されている。それは盤石であるどころか極めて細い生命線で保たれており、ちょっとしたことで簡単に崩壊し、失われるような形になっているのです」
「敢えてそのような形にしていると?」
「左様。吹けば飛ぶような組織ですが、そうなれば協力者たちにとって非常に重要な諸々が失われることになる。利益だけではありません。プロヴィデンスが抱えている利権が空白化すれば各勢力の力学にも致命的な影響を齎すことになります。これは協力者たちにとっても致命傷となりえる。プロヴィデンスという存在は大層な名前をしていますがいっそ儚い花のような存在でもあるのです」
何て発想だ。ローズは唸った。盤石であるどころか脆弱で脆い存在であるからこそそれを維持するためにプロヴィデンスの者達は協力者であるしかないわけか。しかしこれは。
「外部の人間にとっては攻めどころだ」
「そう。とは言っても事は簡単ではありません。プロヴィデンスに選ばれた者たちが立ち塞がることになりますし、プロヴィデンスという組織自体が権力という力学の爆弾のようなものです。それが失われた時、どのような反作用を生むのか。誰にも予測できないでしょう。それをやったときに世界が一体どのように変化するのか。それを見通せずに行動に及ぶはお嬢様にとっても望むところではありません」
なるほど。ここにきてローズはクリスティアーノの目的に筋道が見えた。
「つまりクリスティアーノの目下のところの課題はプロヴィデンスなる組織の全容を把握すること。そしてそれが消失しても問題のない世界の仕組みを作ること。ですか」
「理屈の上ではそんなところですな」
「理屈の上では?」
サネトウは複雑な表情で本来なら打ち明けるべきではないことを打ち明けた。
「実際のところお嬢様にとって作りたい世界などないのです。お嬢様にとって後の世界がどんな世界になるかは予測できない方がよろしい。それをやるのは別の誰かであることをお嬢様は望んでいらっしゃいます」
この告白がローズにもたらした感情はゴールドバーグからの打ち明け話のそれに似ていた。つまり、呆れである。
「無責任ですね」
切り捨てにさもありなんと頷くサネトウだが恥じ入る様子すらなかった。
「そうでもありませんよ。お嬢様はそれをやる者に既にベットしております。単に役割を分担しているだけのことなのです」
そう言うとサネトウはニッコリと笑う。
やれやれ。人を追い込むのに余念のない爺さんだ。サネトウの言うクリスティアーノのベットは何も一人の人間に限らない。そのうちの一つに自分も含まれているだろうし、恐らくはルビエール・エノーもその一つではないだろうか。
サネトウの言葉を信じるならば。クリスティアーノ・マウラはプロヴィデンスなる組織と彼らの作り上げた世界の仕組みを破壊し、後を別の誰かに託そうとしている。丸投げと言っても語弊はないだろうが確かに破壊する者と作り上げる者が同一である必要はない。適材適所。ローズもクリスティアーノに世界を作る才能があるとは思えないのでやって欲しくはない。
だからと言ってそれを自分が担うなど冗談ではなかった。気持ちの問題ではなく、できるわけがない。
「どれだけ追い込んでも期待には応えませんよ」
「もちろん、それもよろしいでしょう。先ほども申しました通り、お嬢様にとっては先のことなどどうでもよいことですからな」
飄々と嘯くサネトウにローズは違和感を持った。どうにもおかしい。クリスティアーノはともかく、この老人の投げやりはどこから来ているのか。サネトウはカリートリーと並ぶクリスティアーノの側近であるがクリスティアーノの目的に本気で殉じているのだろうか。サネトウ自身の目的が世界の破壊のみに絞られているとは思えない。
「あなたはそれでいいんですか?」
サネトウは穏やかな笑みを浮かべた。そこには質問への肯定も否定も存在しなかった。
「ローズ殿は随分と私を買って頂いている様子です。ですが、私はそれほど高尚な人間ではございませんよ」
どういう意味だろう。つまりサネトウはローズが思うほど高い志でクリスティアーノに同調しているわけではないのか。
老人は自嘲気味に笑うとぼそりと溢した。それはクリスティアーノにすら語られていない老人が世界の理に挑む動機だった。
「戦争のために失われた真実があるように、彼らの作る平和のために消え去った真実もあるということです。私は失われた真実を彼らに贖ってもらうために生きております」
つまるところは復讐?この老紳士の胸の奥にあるものが酷く個人的なものであることにローズは意外さを隠せなかった。本来なら失望すべきところかもしれない。プロヴィデンスのやっていることへの反逆が個人感情によるなど分不相応にも思える。しかし、そんなものかもしれなかった。ゴールドバーグの行動とて結局のところは彼のささやかな反抗心から来たものではなかったか。
そうだ。ゴールドバーグの低俗とも言える動機が世界を動かしたのと同じように、クリスティアーノの子供のような衝動が世界を変えることもあるだろう。良し悪しは別として、そのようにして世界が動いた例もないわけではない。多くの場合はテロリズムと呼ばれるべきものだが世界を、戦争を制御してきた組織を動かしてきたものが理念であるとするならば、逆にそれを破壊するものが子供じみた反発と衝動だというのも随分と皮肉な話ではないか。
ローズはこの時初めてクリスティアーノがやろうとしていることに筋が通り、それが成功した時、その先がどうなるのかを考えている自分を認識したのだった。




