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2/2「ファーストオーダー」

2/2「ファーストオーダー」

 イージス隊には出撃に関して大きな裁量を与えられている。それはようするに、いつどこで戦うかを勝手に決めることができるということである。もちろん相手あってのことであるから日時場所を指定して戦えるというようなものではないが、戦わないことを選べるというのは極めて異例である。

 リーズデンに入ったイージス隊は1か月で5度の出撃を行った。3度の侵攻戦と2度の防衛戦でいずれも味方が優勢な状況での出撃だった。ルビエールはイージス隊に与えられた特権を最大限に行使している。これは現地部隊に大きな不快感を与えるものだったがルビエールは意に介していない。

 出撃の可否についてルビエールは整備の方針を重視した。あくまでXVF15のテストがイージス隊の使命であって戦果を上げることではない、とルビエールは解釈している。万全ではない状態で出撃させて逸失するなど大失態である。また新型機が目の敵にされないように戦闘介入するタイミングにも注意は払われた。それは過保護の域にあると揶揄されることもあった。

 この方針に不満がないわけではない。頭の痛いことにそれはリーゼ・ディヴリィとロドニー・エディンバラの両ナンバー2を筆頭としている。リーゼは現地部隊の心理的影響を考慮して戦区への貢献を高めるべきと考えている。エディンバラは純粋に進捗に対する遅れを懸念している。

 リーゼの意見は私的な感情であるのでルビエールは黙殺した。リーゼとしてはルビエールの現場評価を下げたくないという思いもあるのだろうが、そのために部隊を消費するような選択をルビエールはする気はなかった。

 一方でプログラムの遅れを理由とするエディンバラの真意は別にある。エディンバラ、というよりクサカ社はXVF15の喧伝になるような戦果を期待しているのだ。ややこしいことに、これにはエリカ・アンドリュースが真っ向から対立している。完璧主義者のエリカのロジックはあくまでXVF15の試験を粛々とこなすことにしか興味はなく、これは至極真っ当かつ単純だった。

 ルビエールの方針とエリカのロジックが一致したことでエリカと整備スタッフのルビエールに対する評価は大きく向上した。が、これはルビエールにとっては不本意でありがたくない信頼だった。

 そんな折にリーズデンにおいて大きな動きがあった。

「共同体が大規模な攻撃を仕掛けてくる予兆があるらしい」

「…それがどうかしましたか?」

 ルビエールの淡々とした言葉にマサトは怪訝な顔をした。軍人組が主に使用する休憩室で鉢合わせ気まずさの漂っていた矢先の一言だった。最近になってルビエールは計算も駆け引きもない雑談を仕掛けてくるようになっている。そんなノリで切り出されたのでマサトは軽い混乱状態になっていた。

 どうかするだろうが、どうしろっていうんだ?

「それとAABの部隊がベルオーネに入ったらしい」

 不穏な3文字にマサトは身を縮めた。

 AAB。共同軍突撃機甲大隊は言ってみれば共同体における特殊戦略師団にあたる遊撃戦力である。独立した複数の大隊で構成されており、寡兵とされる共同軍の中では飛びぬけた攻撃性を持つ。戦略師団との違いは共同体中央政府の直下にあって共同体自身の強力な意思伝達手段だということにある。単に守りを固めたという類の配置ではないだろう。

 しかしこの時期にこの戦区に仕掛けてくる意味はあるのだろうか。

 マサトの脳裏にパッと浮かんだのは火星共和との連携。ないわけではない。が、それをやるなら他に戦区はいくらでもあるだろう。もう一つはあまり愉快な推測ではなかった。

「おっかない話ですねぇ。危うきに近寄らずでいいんじゃないですか?」

「ところがこっちから仕掛けようという話が戦区司令部で出ているらしい」

 ここでようやくマサトはルビエールに正対した。

「珍しい。司令部の人事に動きでもありました?」

「司令部にはない。が、こっちはこっちでつい最近ピレネーの残存戦力が配備されたばかりだし、反攻作戦のための戦力再編がされている。厄介なことになる前に潰そうという発想はありだと私は思う」

「なるほど。で、上層部の設定は?」

「痛打」

 マサトの表情は好奇の色を見せた。連合軍らしくないシンプルさと割り切りだ。で、この話はどこにいくんだ?

 マサトの視線にルビエールは溜息をついた。

「まぁ、それ事態は反攻作戦開始前の布石だろう。おそらくここに限らずほとんどの戦区で同じようなことになってるはずだ。それより問題なのはこの作戦でこちらがどう対処するかだ」

「それはここで話すことですかね?」

 もっと言えば、2人で話すことか?ということだがマサトはそこには敢えて触れずにおいた。ルビエールも解ってはいるんだと苦笑した。それでもこの話に限ってはリーゼを入れたくないのだ。

「実はその作戦に参加を打診された」

「…聞きましょう」

 マサトにも事の次第がわかった。命令系統を無視した展開が起こっているのだ。

 ルビエールは戦区司令部に呼び出されたことと、近いうちに農業プラントを無視したベルオーネに対する直接的な打撃作戦を説明されたこと、その作戦への参加を熱望されたことを話した。

「作戦そのものと参加の打診は別物ですね」

 マサトは静かな口調だったが内側には冷たいものも籠っていた。イージス隊の周囲には外側から影響力を行使しようとしてくる者が多いようだ。今回の場合はどうだろう?

「で、司令はどうお考えで?」

 腕を組んで考えていたルビエールは総合的なリスクを計算してそれを確認するように口に出した。

「こっちの要求を通すために受け入れるのもありだと思っている」

「危険度の高い役割を押し付けられる可能性が高いですよ」

 マサトの予測ではこの要求はクサカか、もしくはマウラの足元を掬いたい者達の仕掛けてきた挑戦だ。つまりクサカとマウラの肝入り試験部隊の失態を見たいということだ。足元にロープを張られていてもおかしくない。

「遅かれ早かれの問題だろう。親に言われてやるより教師に言われてやる方がマシだ」

 ルビエールは意図的に無視しているだけで、この部隊の役割を単に新型機の試験を完了すればいいものではないことを理解してはいた。エディンバラの突き上げからも分かる通り、クサカが華々しい戦果を欲しているのは明らかだった。今回のような要求をクサカから直接要求される日もくるかもしれない。で、あるならばクサカではなく、別の誰かとの駆け引きに乗る方がイージス隊にとってはマシだろう。方針を変える切っ掛けとしてありかもしれない。

「なるほど、わかっているならいいんじゃないでしょうか」

「そこで、一つ頼めるか」

 マサトは首を傾げた。

「裏側にいるのがどこの誰なのかを探って欲しい」

 それによってこちらの求めるものも変わってくると付け加える。少年の眼鏡の奥が値踏みするようにルビエールを貫いた。ルビエールは澄ました顔でそれを受け流してコーヒーに口をつけた。

「やれやれ、面白い人ですね」

 貸し一つです、と付け加えると席を立ったマサトは何か思いついたのか邪気を含んだ顔で振り返った。

「さすがは大隊指揮官の部下です」

 その皮肉はルビエールを痛打した。


「二日後、出撃する。戦区司令部の打撃作戦だ」

 ルビエールはミーティングルームの檀上で淡々と概要を説明した。

 多くの者は寝耳に水といったような顔になった。イージス隊の出撃は受動的なものが多く、出撃に先立って作戦全体の説明をするようなことはいままでなかった。さらにその作戦はイージス隊を最初から戦力として組み込んだ内容だった。つまり新型機のテストというイージス隊独自のタスクとは別に作戦上のタスクが付加されることを意味している。これも初めてのことだ。

 反応は様々だった。

 リーゼとエディンバラの両名は多少の困惑を表情に滲ませている。両名にとって望んでいた状況の変化ではあったが、その変化も預かり知れぬところで起こったとなると面白くはないのだろう。

 エリカをはじめとした整備スタッフは緊張した面持ちだった。作戦に際して機体整備に関しては十分な猶予を与えられているので不満はなかった。問題はこれが自分たちの開発した機体は戦場において本当に役に立つのかという試金石になるということだ。不具合がでたから帰還して残念でしたということにはならない。作戦を成功させなければ「失敗」となるのだ。そして、以降はそれで当たり前になる。

 パイロット組の反応はそれぞれの資質を如実に示していた。

 マリガン、フィンチといった実直な面々は作戦概要に聞き入り、時折メモをとって状況に対する理解を深めようとし、一方でエドガーら数名は無関心に聞き流すような態度をとった。

「何か質問は?」

「念のための確認ですが」

 ロックウッドが腕組みしたまま尋ねた。

「我々の優先事項は作戦ですか、テストですか?」

「むろん、テストだ」

 ルビエールは断言した。ロックウッドはニヤリと笑って承知した。

「それはこの先もでしょうか?」

 続けたのはエリックだった。ルビエールは目の端をわずかに釣り上げた。少しの迷いが指揮官に走ったのに気づいたものはどれだけいただろうか。

「我々は任務を帯びてここに立っている。その任務が再定義されれば自ずと優先事項も再定義されることになる」

 ルビエールは当たり前のことを述べた。その当たり前の危うさを忘れかけていた自分に舌打ちした。

 エリックの方は余計な質問をしたかと気まずげに下を向いた。そのエリックをエドガーが黙って肩を小突いた。

「あの、すいません」と恐縮するエリックにエドガーはむしろ励ますように笑いかけた。

「わかってるって。手厚く保護されるご身分で気分のいい奴なんていねーし、いちゃいけねぇよ」

 エリックははっとした。この隊に配置されて以来まとわりついていた瘧の正体が突如としてはっきりした。そしてそれを見透かされたことに耐え切れず顔を背けた。

 2人のやり取りに聞き耳を立てていたロックウッドはふっと口元を綻ばせた。

 エドガーは無神経極まる言動の持ち主だったが不思議と人の感情の機微には敏い。だからこそ、その言動が一々誰かの神経に直撃するのだろう。無神経というよりトラウマ発見機とでも言うべきか。ただそれは決して悪い方向ばかりに作用するものではない。

 エドガーは決して人をけん引したり、導くようなタイプではないが、何かのきっかけ、特異点にはなる。そんな人材は極めて貴重だとロックウッドは考えていた。

 さて、とロックウッドは気を引き締めた。護衛小隊という自分の役割がいよいよ気色の悪さを帯びだしてきた。イージス隊の首脳部としての立ち回りからこの隊はきな臭い潮流に乗せられていることをロックウッドは感じ取っていた。

 果たしてこの隊はどこに行き着き、どれだけがそこにたどり着けるのだろうか。

 その疑問は多くの者にとって共通するものとなりつつあった。


 二日後、リーズデンより地球連合軍の打撃部隊が進発した。半数はリーズデン駐留の打撃部隊でもう半数はピレネーから移動してきた新規着任の戦力で構成されている。移動してきた戦力を試してみようという意図も垣間見える編成だった。

 その先鋒部隊の中に、やはりその戦力価値を試されるイージス隊の姿があった。

 このイージス隊の配置には内外から驚きを与えた。当然ながらこれも「要望」だった。戦区司令部の狙いは要するにイージス隊を誘蛾灯にしようというのだ。あまりにあからさまな配置にルビエールは乾いた笑いを我慢した。ここまであからさまならそれ以上の含みはないだろうと判断し、これを承諾した。

 転じてこれはチャンスでもある。その実力があればの話だが。

 ここ最近でルビエールは大きな思考の転換を得ていた。まず自分の置かれている状況を正確に把握すること、そのうえでできることとできないことを見出す。マサト・リューベックの重用はその一環だったが、肝心なのはイージス隊そのものの真価だ。実力もないならないでそれでいい。ないなりの手段を講じることもできるし、持たせるための手立てもないではない。

 一種の賭けであることは間違いない。ルビエールは自分をそういった賭けをするタイプだと思っていなかった。リーゼも同じ認識であったためこの変化に戸惑いがあった。

 変化。それ自体は珍しいことではない。教官として多くの士官をしごいてきたリーゼは多くの羽化を見守ってきた。それは多くの場合で驚きを伴う。

 豪快、マッチョな人物がストレスで潰れてしまうようなこともあれば、誰もが線の細さを心配するような人物が図太く生き残ったりもする。人の資質・真価などというものはまったく予見不可能なものであることをリーゼは知っている。では、なぜこの変化に戸惑っているのか。その矛盾にリーゼはこの時、気づくことはできなかった。


 出撃前のハンガー内をいつものように整備スタッフが慌ただしく走り回っている。

 キャットウォークではパイロット組が所在なさげに一塊になっていた。

 第二小隊のまとめ役であるフィンチはここ最近でまがりなりにも小隊として連携をとれるように各機の役割を設定しようと腐心をはじめていた。特に今回の作戦はこれまでとは大きく変化する。

 エリアドミナンス。設定された領域を支配し、維持する。そこがこの戦いの主戦場となる。これまで小隊は味方の優勢な領域に移動して敵を一方的に追うことばかりをしていたが今回はその領域内に留まらなければならない。それはつまり戦う相手を選べないということでもある。こちらから出向くのでなく、迎え撃つのだ。

「機銃が間に合ったのは幸いだったな」

「やっと仕事ができるのだ」

 7番機のパイロットで1級ガンナーとして配置されたメリッサ・アトキンスは短く刈り込んだ金髪に戦化粧のように引かれたアイラインなど特徴過多な外見をしている。ベテラン枠に入ってもおかしくなさそうな成熟した兵士だったが、その実は戦歴的にはルーキー組の次に浅い。

 7番機には大型の実弾兵器であるM68小隊機銃が装備されている。携行兵器と呼んでいいのか怪しい大型機銃は弾薬パックとセットになっており、その豊富な弾薬量で小隊火力の根幹をなす。

 その大きさゆえに装備機は大きく運動性能を減じるばかりか相手にも目の敵にされるため、これを装備するガンナーには度胸と覚悟を必要とされる。エリアドミナンスにおいては特にこの小隊機銃による弾幕は敵に強い圧力を加えることが可能であり、その危険性も相まって1級ガンナーはパイロット界隈では常に一目置かれる存在だった。

 その逆がスナイパー・狙撃手という存在だった。狙撃手は目の敵にされるという1点に於いては共通するものの戦術的な役割も過程も結果も異なる。本来であれば狙撃手は専任チームで構成されるもので小隊に配される例はあまりない。狙撃手とそのサブの2機構成で員数外として行動するのが一般的である。狙撃点から狙撃点へ常に移動を繰り返し、基本的に撃ち合いに参加することはほとんどない。機銃が敵集団そのものに対抗するものであるなら狙撃は敵勢力の有力な個を対象とする。その最たる対象こそ敵方のガンナーなのは皮肉である。

 3番機にはXSS1は装備されていなかった。調整が間に合わなかったのである。マックスの懸念が的中した形。とはいえ間に合ったところで今回の作戦には全くマッチしないので外してくれと懇願する羽目になっただろう。狙撃銃も機銃ほどではないにしても大きく、繊細であるので機動戦では邪魔になるだけだった。

「全機搭乗!」

 各パイロットはその声に反応してそれぞれの歩調で自機に足を向けた。

 エリックは駆け足で4番機のコクピットに滑り込もうとしてブレーキをかけた。コクピットの中でモーリが気まずげにエリックを見返してきた。

「ちょ、調整中です」

 いつぞやとは逆の立場になってモーリは顔を赤くした。このモーリが実は整備における主力クラスの扱いであることをエリックが知ったのは最近のことだった。

 エリックはこの整備員の扱いに困っている。モーリは4番機を含む第一小隊の機体を重点的に見ているようなので接触は避けられない。整備スタッフのパイロット嫌悪は相変わらずだったが、個人的な感情でそういう態度をとっているのではないだろうことはエリックなりに推察していた。周りの空気がそうさせているのだ。

 パイロットも整備も同じチームなのだから個人勘定を優先したところでいいことはないだろうに、整備チームはパイロット許すまじという空気を形成している。その出所がパイロットたちには分からない。

 とりあえずエリックは黙ってモーリの作業が終わるのを見守っていたがこの行為はモーリの癪に障ったようだった。

「集中できません、あっち行ってください!」

 理不尽な話だ。どうしろっていうんだ?と天を仰ぐとモーリの視界から消えて機外で待機した。

 出撃直前まで調整中というのはいい。機体を万全なものにしようという努力を悪く思う必要はない。それが今に至ってしまったのも結果論でそれに関して態々口にする必要はない。ただほんの少し柔らかくはならないものか。エリックは頭を掻いた。

 しかし考えてみれば整備員とは仲良くしとけといった趣旨の言葉はパイロット界隈ではよく言われることなのだが、整備員側にはそういう至言あまり聞かない。エリックは整備員ではないので単に知らないだけなのかもしれないが。どうあれ、歩み寄るべきなのはパイロットの方なのだろう。

「あの、なんか僕の動きに問題とかありませんか?機体にあってないとかそういうのがあったら指摘してくれたら修正します」

 返事はない。沈黙が無視を意味するのだろうと判断しかけたころ、例によって重役出勤のエドガーが冷やかしにきた。

「なんだぁ、パイロットをクビにでもされたか?」

「いえ、調整中で」

 口にしたエリックはしまったという表情をした、時すでに遅かった。

「はぁ?もう出撃前だぞ。そんなもん終わらせとくもんだろ」

「いや、そうなんですけど。機体を万全にしようとしてくれているわけで…」

 出撃前にゴタゴタは勘弁だ。エリックは泡立って言葉でモーリを擁護し、身振りでエドガーを諫めようとした。モーリがコクピットから這い出てきたのはそのタイミングだった。最悪だ。

 顔をあげたモーリの表情は予想よりは悪くなかった。やはり険の立った不機嫌さではあったがいくらかバツの悪さを顔に滲ませていた。

「調整終わりました。遅れて申し訳ありません」

 恭しい態度が逆に怖い。

「4番機は戦果がワーストです。もう少し頑張ってください」

 エリックはたじろいだ。確かに4番機はこれまでの撃墜数でいうとワーストなのは事実であり、本人もそれなりに気にしている。一方で、モーリは自分が口にしている言葉の意味をちゃんと理解していないように思える。だからこそたじろぐ。

「それはつまり、たくさん殺して来いってことかな?」

 エドガーがそれを音に出すと若い女性整備員は言葉を詰まらせ、見る間に顔を青くした。

 2人の視線から顔を逸らしてモーリは自分の迂闊さに歯噛みした。くだらない自尊心から滑りでた言葉には戦場で命がやり取りされているという事実が欠如していた。なんでそんなことを言ってしまったんだろう。

 そんなモーリの迂闊さに対してエドガーは意外な表情を見せた。

「まぁいまのは冗談だ。もうちょっとその眉間の皺を少なくしてくれるとお兄さんは嬉しいなぁ。俺たちはナーバスになるのは戦場でだけにしたいわけよ」

 そういうとモーリの肩を強い力で叩くとエドガーはさっさと背中を向けて自機に滑り込んでいった。

 その肩を小突く所作がエドガー流のお仕置きで、それでこの話は終わりという意思表示だろうこと、エリックにはそれが分かる、モーリはどうだろうか。

 モーリはずっとうつむいたままだった。何か言うべきか?エリックが言葉を探していると足元から整備班長の怒声が飛んできた。

「全機搭乗!全機搭乗!いつから4番機は員数外になったんだ!」

 一連のやり取りまでは見られてはいないだろう、エリックは大声で返事をするとコクピットに滑り込んだ。

 戻ってきたら話をしなければならないと思った。何を話すのかはそのとき考えるとして。しかし、それはパイロットとしては随分と悠長な思考だった。戻ってこれる保証など、どこにもないというのに。


 取り残されたモーリは泣きそうになる自分を必死にこらえていた。なんでこんなことになってるのかわからない。

 ただ泣いては駄目だと自分に言い聞かせた。それをやったら整備員の多くに誤解される。そうなればパイロットと整備の亀裂はより一層深まる、破断と言っていい状態にまで陥るかもしれない。それは駄目だ。

 仕事だ。仕事に戻ろう。それで4番機が戻ってきたら謝らなければならない。それでうまくいかなかったらやめよう。エリカ先輩に頭を下げて開発チームから降りよう。

 油汚れを拭う振りをして目尻の水分を払うとモーリは歩き出した。

 その様子をエリカ・アンドリュースは全て見ていた。

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