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13/4「変わらないことのない日常」

13/4「変わらないことのない日常」

 クサカの開発拠点に戻ったモーリの生活はそれなりに充実していた。最新の開発環境に身を置きながら危険とは無縁でいられる。エリカの精神状況も落ち着きを取り戻していた。やはり戦地という特殊環境がエリカを可笑しくしていたのだろう。つまりモーリは順風満帆に日々を送っていた。

 ただ一点不満と言うか、不安があるとするならそれはハヤミ・シロウである。本来あるべきでない場所にいると感じているハヤミは終始仏頂面で仕事をしている。周りに馴染もうという努力もなく、しかもエリカとは犬猿の仲というのだから歩み寄ろうという人間は極僅か。となればその緩衝役が回ってくるのもモーリに他ならない。

 一応、役得と言うべきなのか。モーリはハヤミも関わるRVF15及びVFR16の改修作業チームのチーフとなって出世している。しかしてその実態はそれまでの業務にプラスして各所への調整回りが増えただけというありがちなオチなのだが他部署との調整とはこの手の開発職においては極めて重要な役回りでこれを任されることは順調に評価され、キャリアを進めているとも言えた。

 ハヤミはそうでないがモーリの方はこのような環境こそがいるべき場所である。その環境を壊されないように、また自分自身もハヤミに引っ張られて変わらないかが不安になりながら、それでもモーリは現状に満足していた。そのうちこのまま日々が過ぎていき、いつか戦争も終わり、元の世界に戻ってしまうようにモーリには思えた。

 しかし時は常に変化し、流れている。諸所のプログラムは消化されていき、RVF15にしても、同時進行で独立正規版が開発されるALIOSの進捗も止まることはない。日々を順調に重ねているモーリだが自身の人生にとんでもない落とし穴が潜んでいることなど気づきようもなかった。

 この時期、一つのレポートがモーリらの現場にもたらされ、それが話題になっていた。旧イージス隊でXVF15のテストパイロットを務め、そして現在のイージス隊でもRVF15を狩るエースパイロットであるエドガーのリポートである。

 もっとも現場に近しいパイロットの実戦運用データと共に送られてきたその報告書はデータとしてだけでなく生きた教材として各所にあるべき方向性を提示することになる。エドガーに対していい感情を持っていないエリカ・アンドリュースはそれを一通り読み終えるとふんと鼻を鳴らしてデータベースに放り込んでしまったのだがその位置は誰にでも見やすい場所になっていた。個人的な感情はともかくとして貴重なデータであることは認めざる得なかったようである。モーリの眼から見ても極めて貴重な資料であり、仕事の合間に何度も目を通すことになる。

 しかしこのリポートがクサカ社で活用されることはほとんどなかった。既にALIOS開発におけるデータ収集はほぼ終わり、ALIOSの正規版は固まっている頃だったのである。エドガーリポートは開発を継続するイスルギ社によって活用されることになる。

「いやいや、エース様様だわ」

 エドガーリポートを閲覧し終えたエディタは両手を合わせてモニターを拝んだ。

「活かされるの、これ?」

 まだ読んでいる途中のハヤミの質問にエディタは失笑しながら答える。

「活かされるも何も、こいつはほとんどALIOS活用の完成系だよ。こういう使い方ができますって見本そのもの」

 うへぇ、とハヤミは顔を顰めた。彼から見ると要求過大に思える。

「まぁ、確かにここまでできる人間はまずいないだろうね。とはいえ、ハヤミ。あんたもこの領域に近いんだよ?」

「俺の話はいいっすよ。世の中がこんなレベルで使いこなせる奴ばっかりだとは思わない方がいいって話で」

 エディタの言う通りハヤミはクサカ社でのテストパイロットとして経験値を積み続けた結果、ALIOSへの理解度という点では世界有数の存在になっていた。それには開発コアメンバーであるエディタの影響もあるだろう。そのエディタが言う言葉を否定するのは無理があるというものである。しかしハヤミの思う要求過大というのは彼でなく、世間一般のパイロットに対するものだった。ALIOSは従来のシステムと同じ方法で扱える点が画期的で注目されているがそれは機能の一端でしかない。ALIOSの真価とはパイロットの個性に合わせて親和し、より適したスタイルを作り出す相乗効果にある。ただし、この真価はパイロットにも相応の理解を要求する。ただ操縦するだけのパイロットには無理があるとハヤミは見做していた。

「もちろん、そこまで楽観してはいないさ。私らもこのマスターピースを元にさらなる改良に努めるわけでございますがね。ALIOSの完成系は一つじゃないんだ。このリポートが本当に役立つのはこっちじゃなくてユーザー側、そしてあんただよ」

「こんなん参考になるどころか目の毒っすよ」

「そんなことはない。0から1を生み出すのは難しいけど、1から2を派生させるのはそれより簡単だ。そいつを見て、自分ならこうする、ああするとか思わないかい?」

 ハヤミは否定も肯定もせずにリポートに目を戻した。確かに、このリポートはこれまでの無地のキャンパスだったALIOSのテンプレートとなり得る。多くの者にとってここに至ることは無理でも一つの方向性となるだろう。そしてハヤミにはハヤミで別の道筋を示す。

 一つのやり口、解答が別の解法を導くことはある。単に模倣するのではない。自分だけの思考ではその点は自己を中心とした拡がりにしかならず、その座標を知ることはできない。別の誰かの点があることで初めて自分の立ち位置が解ることもある。ハヤミはエドガーの立ち位置と自分の立ち位置の間に線を引くことによってそれまで自分の視点からは影になって見えなかった別の道を見出す視点を得るには得た。が、その道よりもはるかに楽そうな道がすぐ横に見えてしまっては滅入るところである。

「言いたいことはまぁ概ね解りましたよ。ただ、これを見ちまうともう一つ結論が出るんですがね」

「ほう?」

「結局のところ実戦に勝る経験はないってこと」

 エドガーが作り上げたALIOSは実戦で作り上げられたものだ。これにいくらか近いものはメソッドとして構築できるかもしれないが結局のところは実戦でのすり合わせなしには完成することはないだろう。つまりいまのハヤミのALIOSも結局のところ実戦なしでは完成することはないのだ。これはハヤミが以前から抱いていた疑念だったが実戦をしながら作り上げたエドガーとそれしかやっていない自分との差で確信に近いものになった。これでは自分の仕事に立つ瀬がない。

「もうこれでよくない?」

 結局のところエドガーリポートはハヤミにとっても目の毒になったようだった。すっかりやる気をなくして椅子に沈み込む。

 横で二人のやり取りに耳を傾けていたモーリにはハヤミの理屈は極端な例を取り上げて都合のいい結論に持ち込んでいるだけにも聞こえる。ハヤミがこの結論を自身の仕事の虚無を嘆いているのか、それとも「ほら見たことか」と思っているのか解らないが(恐らく自分でも解ってないのだろうが)一部分に捉われているのは間違いなさそうだ。

「ふーむ、なるほど。そうなるか」

 エディタは納得している風ではない。それどころかハヤミの理屈を的外れなものだと思っているようだった。

「んじゃ、ハヤミ。一つ実験をしてみようか」

 不意にそう切り出すとエディタは席を立った。

「5分後に中庭に集合」

 そういうと部屋を出てしまった。ハヤミはモーリを見た。いかにも面倒くさそうな顔をしている。しかしモーリに首を突っ込む義理はない、のだが出ていったはずのエディタが顔だけを覗かせると嫌なことを言う。

「モーリもね」

 今度はモーリがハヤミを見て面倒くさそうな顔をする。ハヤミの顔はニヤついていてモーリは引っ叩きたくなった。

 中庭は研究施設の設計ミスでできた空白と言われるくらい味気のない空間で施設の外周がちゃんとした庭になっていることもあって外が晴れていてもそこで休憩をしているような人間は滅多にいない。二人がその中庭に出てしばらくするとエディタが何やら重そうな荷物を抱えて現れた。

「いや、こんな重かったけかな、ハヤミに手伝わせればよかったわ」

 グダグダ言いながら持ってきた荷物を開けてその中身を中庭の中央に置く。それはドローンだった。小型ではあるが子供が遊びで使うようなチープなものではなく撮影用の本格的なもので飛ぶこと以外にカメラ操作など、多くの機能が操作コントローラに盛り込まれている。

 その大型のコントローラを投げ渡すとエディタは近場のベンチにどかりと座った。

「動かしてみな」

「いきなりそんなこと言われてもな」

 何をどうやったらいいのか解らない。とは言い切れない。コントローラにある複数のレバーとボタンをハヤミは見直す。ボタンで機動を操作するのは現実的な話ではない。コントロールするのに手の届きにくい場所に配置するとも思えない。と、なれば肝心要である飛ぶための操作に必要な部分は限られる。

 ハヤミは一つのレバーを倒した。するとドローンは上昇を始め、つぎに別のレバーを倒すとそれはハヤミの思った方向に動き出した。ただし動き方はハヤミの思ったものではなかった。ドローンは必要以上に傾いて次の瞬間には立て直しのためにバランサーが機能して予測にない動きをした。ハヤミはしばらくコントローラと格闘して安定させることのできる操作を掴んだ。

「おお、意外と早い」

 エディタは褒めるがハヤミはさほど嬉しくない。この時点でエディタが何をやらせ、解らせたいかをハヤミは感づいていた。ハヤミは経験則からコントローラの大まかな機能を推測し、それは的を射た。しかし、実際にはその加減が解らず制御するのに時間を要した。知っていることと実際にやってみることは違う。

 しかしHVの操縦に限って言えばこの感触をハヤミはここしばらく味わった記憶がないのだ。毎日RVF15とVFH16という異なる機種を乗り換えているにも関わらずである。

「んじゃ、貸してみな。あとあんたの個人端末も」

 そういうとエディタはコントローラを受け取るとハヤミの端末に繋いで何やら始めた。5分ほど時間を使うとまたハヤミに投げ渡した。

「何をやろうってんで?」

「ちょっとした魔法さ。まぁあんたならすぐにタネはわかるだろうけどね」

 ニヤニヤしながら見てくるエディタを訝しみながらハヤミは再びドローンを操作した。違いはすぐに分かった。

「マジかよ」

 ドローンはハヤミの思った通りに動いたのである。先ほどようやく安定させた程度の慣れのはずが今は縦横に操作ができている。この短時間でハヤミがドローンを手懐けたか、ドローンがハヤミ好みに改良されたのか。もちろんどちらでもない。

 エディタの言う通り前後の成り行きからタネはすぐに解った。自然とハヤミの口からため息が漏れる。

「これがALIOSっすか」

「正確には「あんたのALIOS」だね。エドガー・オーキッドのALIOSでもそこまではできない。実のところALIOSはHVを操縦してる時だけあんたといるわけじゃない。こいつにも忍び込ませてある」

 エディタの手には業務連絡の為にハヤミに支給された個人端末がある。それにALIOSが入っているというのである。ハヤミは驚き、そして呆れた。つまりALIOSはハヤミの日常生活からも情報を得ているというのである。それじゃまるで実験ではないか。

「そいつがセンサー類を通してあんたの視線と動作、それにこれまでの傾向を分析してどう操作したいのかを分析してそれに合わせて動かしてるってわけさ」

 とんでもないシステムだ。ドローンのカメラを見ながら、また見られながらハヤミはしばらく適当に振り回す。

「まぁ、それであんたの仕事の意味も少しは解るでしょ。ALIOSの場合、メソッドが必要なのは場であって個人じゃないのよ」

 ハヤミは納得したくなかったが言っていることは解った。ALIOSの本質は汎用OSであり、その活用はHVではなく、人間そのもの。活用者本人と共にあってこそのALIOSであり、そこに実戦経験の有無など関係ないのだ。

 ハヤミの見えないところでこういうことがこれまでもずっと続いていたのだ。ALIOSはハヤミを観察し続けている。ハヤミはエドガーリポートの備考欄に素っ気なく入っていた個人的感想を思い出した。

「気味が悪い」

 エディタは苦笑する。

「まぁ、そういう感想を持つのは解らんでもないけどね。でもそいつは使用者を操縦することはないよ」

 確かに。ALIOSとの付き合いでは有数の経験値を持つハヤミはその点をよく承知していた。ALIOSは使用者を自発的に動かすことはしない。勝手な判断をすることがないのだ。そう思えるほどの先読みを見せることはあるのだがそのフォローは常にパイロットのアクションに対応してのものだった。

「いっそのこと人格でもつけた方がいいんじゃないです?」

 コミュニケーション機能をつければ多少は気味の悪さを低減できる。そういう試みをしたOSは過去にも例がある。しかしエディタは苦笑するだけで乗り気にはならなかった。

「単品のOSとしてはそれもありなんだけどね。こいつの場合はそうはいかんのよ」

 ALIOSの場合。ここまで黙ってALIOSの驚異的な機能に圧倒されていたモーリはエディタの言葉に引っかかりを覚えた。つまりALIOSは単品のOSではない。これは汎用OSであることから不自然ではない言葉だが、汎用OSであってもコミュニケーション機能をつけることに問題があるとは言えない。なぜALIOSにはそれをつけるわけにはいかないのだろうか?

 単品のOSとしてならあり。ということはつけては駄目な理由があるということだ。なぜ?その機能が邪魔になる理由があるのか。

「モーリ」

 呼ぶ声に脊髄反射で背筋を伸ばしてモーリは思考を中断した。振り返るとエリカが腕を組んで立っていた。

「ちょっと話がある」

「あ?は、はい」

 マズいところを見られた、とモーリは何となく思ったがエリカはエディタとハヤミを一瞥するだけで特に表情は変化しなかった。二人の方は何事かと身構えるが

「借りてくわよ」

 そういうと顎をしゃくってエリカは施設に入っていく。二人に見送られながらモーリはその後を追った。

 エリカは自分のオフィスに入るまで無言だった。特別不機嫌というわけでもなさそうだがこういった場合の話がいい話とは思えない。オフィスに入るとモーリに座るよう促すとエリカも座ると軽く息を吐いた。緊張している?いつもと様子が少し異なる。モーリの不安が別方向に傾いたところでエリカはいきなり切り出した。

「突然なんだけど、来週付けで私はここの現場から離れることになったわ」

 足元がグラつくのを感じた。思ってもいない方向から日常が崩れ始めてモーリは説明を求める。それは半ば抗議に近かった。

「新型の開発を急ぐって判断よ。それで私はそっちに移されるってわけ」

「新型って、もうですか?」

 新型のプロジェクトが進んでいるのはモーリも認識している。ただそれはいまだ企画段階の話で実際の設計開発には遠いはずである。それにRVF15は就役したとは言っても完成系にまで至っていない。ここでプロジェクトのエースであるエリカを引き抜いてまで新型を急ぐなど非常識かつ無責任にモーリには思えた。

 エリカは溜息をついた。

「今までとは状況が違うの。X15の開発期間を知らないとは言わせないわよ」

 エリカの指摘を受けてモーリは顔を赤くした。そうだ失念していた。

 XVF15、そしてXVF16は驚異的なスピードで開発されている。ALIOS。この外部オペレーションシステムを搭載することを前提にXVF15は開発されている。これが従来のHV開発における諸々の制約を無にして自由かつ、迅速な開発を可能とした。当然、次の新型もこれを活用しない手はない。

 つまりモーリの思う以上のスピードで新型開発は進んでいるのだ。

「お供させてください」

 すぐに口をついた言葉にエリカは冷酷な顔をして話を進め始めた。

「言うまでもないことだけど、私が離れてもここの仕事は継続されなきゃいけない。新型開発は確かに華があるけど未知のことをやる分だけ成功も失敗もある。言い換えれば多少は思い切ったことができるけど。こっちはより確実、信頼のできる人材が必要になるわ。私が抜けて停滞するなんてことがないようにね。そこでまぁ、もっとも信頼のできる後輩の出番というわけ」

「あの、それはつまり」

「私の後任をやれってことよ」

 その言葉を聞いた瞬間モーリは大声を挙げて驚いたエリカに引っ張叩かれた。

「やかましい。少しは落ち着きなさい」

「いや、でも何でそんな急な」

 エリカが抜けるにしても後任となる候補はいくらでもいる。モーリに順番が回ってくる前にまだ5~6人はいるのである。いくら何でも順序がめちゃくちゃだ。

「いま進んでる新型は3機種でそれぞれにスタッフが必要なのよ。もちろん、かといってこっちの人員が味噌っかすでいいわけでもない。それでまぁこっちにもできるスタッフを残す必要があるわけ。で、ここでいま一番色んなスタッフを回しているのがあんた。抜けられて一番困るし、適任だとも思ったのよ」

 説明するエリカの歯切れが悪いのはモーリにはすぐわかった。エンジニアとしてどう考えても新型機の方が栄達なのは間違いない。昇進なのは間違いないがその実態は余りのポジションが回ってきただけなのだ。

 つまり私だけ置いてけぼりってこと?

 放心状態のモーリにエリカは溜息をついた。敢えては言わないがエリカとてモーリを手放したいわけではない。しかしモーリの依存する性質を鍛えなおすいい機会とも思っている。他の開発現場では誰かの主導でモーリは動くことになるし、それでは依存先が変わるだけになる可能性が高い。多少乱暴で雑なやり方だが独り立ちさせるチャンスとして上層部にこの配置転換を提案したのはエリカだった。

「いずれにしろ、これは決定よ。いつかはやらなきゃいけないことが早まっただけだし、これはむしろチャンスでもある。ものにしなさい」

「そんな無茶な」

 モーリは自分にそんな能力があるとは思えない。ルーキーがいきなり満塁のチャンスで打席に立たされても大抵は凡退するだろう。失敗するビジョンばかりが頭に流れる。

「無茶もマテ茶もないのよ。やりなさい」

「…やってみます」

「みますじゃない。やるのよ。あんたの下に何人部下がつくと思ってるの」

 叱咤激励のつもりであろうがモーリはむしろどんどんやる気をなくしている。もっともそこで本当にやる気がなくなって断るほどの勇気もモーリにはない。なのでただただ小さくなっていくだけだった。

 さすがに意気消沈させすぎたことに気付いたエリカは固まって気まずい雰囲気に咳払いする。エリカ自身も若く、この手の仕事を得意としているわけではない、どころか下手くそな部類だった。

 何とかやる気を取り繕う理屈を捻り出そうとしたエリカは最後の最後で致命的なミスを犯した。

「それにあなた。あの曹長と仲がいいって話だし」

「はぁぁぁぁ!!??」


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