13/1「勝利の定義」
グラハム・D・マッキンリーの歴史講義「第二次星間大戦中期」
第二次星間大戦をチャプター分けすると序盤はドースタン大会戦に始まり、フランクリンベルトの失陥までとなるだろうか。しかし中盤がどこからかと言われるとこれは難しい。実際には多くの動きがあるが火星がフランクリンベルトを得てからの両者の動きに目立った展開はない。ただ一つ言えることは星間大戦序盤の性質が火星対地球であるのに対して中盤がそれ以外の勢力の対立にあることだ。
月、共同体、WOZ、ジェンス社。それまで自分たちの勝利のために暗躍していた勢力が表立って激突を始めることで星間大戦は地球対火星から新たな世界秩序を見越した覇権争いへと移っていく。
歴史に関わるものとしては悔しいんだが正直なところこの辺の流れは複雑で解り難く、判然としていない部分も多くて人気が薄い。ここらで脱落する者も多いんだよなぁ。
しかし、ここで各勢力が求めたもの、つまり彼らにとっての勝利、得ようとしたものが大戦の末期にどのように変化していくのか。それは歴史を知る上で極めて重要なものになる。
大戦の勝者が誰であるのか。これは諸君らも知っての通りだが、それは形だけのものに過ぎない。勝利の定義とは戦う者によって異なる。負けながらにして勝った者もいれば、勝ちながら負けた者もいる。個人にとっての勝利も、組織にとっての勝利もそれぞれ異なる。もっと言うなら始めた時と終わる時の状況も異なる。始めた時の勝利設定が戦争の変遷によって無価値なものになることも珍しいことではない。それに拘り続けて破滅した例も暇がない。むしろそういう例の方が多いかもしれないな。
戦争というものは始めることと続けることにはメソッドがあるが終わらせることにはない。始める人間は勝利を前提としているからな。つまり勝てば終わる、という理屈だ。では、勝てないときは?そういった時の為に続けるメソッドがある。腹立たしい話だ。
そもそも始めたことからして間違っている戦争もあるんだが。それは置いておくとして。第二次星間大戦とは何のために、何を目指す戦いだったのか。ここまでの段階ですら既に変化しているんだが、ここからさらにそれは二転三転する。そんな無茶苦茶な戦争が果たしてどうやって君たちの知る終わりに繋がるのか?とりあえずはそこをとっかかりにして話を聞いてもらいたい。
変化。流れ。それこそが歴史を知る面白さであると同時に難しさでもある。
そこにどのような転換点があったのか。我々はそれを未来の者としてある程度は知ることができる。だが、未来に、時代に挑む者にとってそれは保証されるものではない。変化に気づかず取り残される者もいれば、誤った流れに身を任せて破滅する者も多い。
後世の者にとって不可解に見える歴史上の人物の行動もその時の変化、流れに身を置かない限りは真に理解することはできないだろう。
星間大戦の中期。それは各勢力が目まぐるしく変化する情勢に翻弄されながらも自分たちの有り様を模索する苦悦苦闘のモザイクアートだ。一か所だけを理解しても意味がない。
さぁ、ついてこいよ。
13/1「勝利の定義」
勝利の定義は受け取る者によって異なる。一部の評価に影響するだけで戦略的にはほとんど意味がないと目されていたオシカの戦いの勝利はしかしボルトン兵団をエコーズ宙域から撤退させることに繋がる。戦略的には却ってマズい状況にもなりかねない要素を含んではいたもののこれは政治的には十分過ぎるほどの意味を持っていた。
大勝利。こう表現することをルビエールとハミルは好まなかったが旅団の活躍はただちに喧伝され、民衆を落ち着かせる精神安定剤の効果を発揮し正規軍上層部を安堵させた。また「ボブの帰還」からの派閥、自衛軍、正規軍の垣根を越えた作戦遂行が動き出したことも大きな意味を持ち、マリネスク新長官の立場を安定させることにもなった。これによって連合軍上層部の勢力争いはこれまでとは違う動きを見せ始める。
特殊戦略師団の司令たちを始めとして現場に近しい将校たちがマリネスク長官との連携を模索しはじめたのである。
この流れを苦笑しながらも歓迎したのは旧主流派にも新長官派にも属さない者たちである。クリスティアーノもそこに含まれていた。
「新長官は案外と使えるかもな」
ほう、とカリートリーは意外そうな顔をする。ドースタン会戦のゴタゴタに乗じて統合作戦長官となったマリネスクはほとんど実績のない名ばかり元帥であってその手腕には疑問符がついていた。そのような人物が新長官についたことから本命は別にいるとクリスティアーノたちは認識していたし、これは事実だったはずである。場繋ぎの長官。この認識があるからこそマリネスクはその他勢力からは軽視されていた。
新長官派などと言われているがマリネスク自身は派閥の全面的な後ろ盾を持っているわけではない。彼は使い捨てにされるのが規定路線という哀れな役回りである。
それがかえってマリネスクの発奮を促したのかもしれない。立場が人を育てるとは言い古された至言であるが追い込まれた凡人はそこで初めて自分が持っている手札の使い道を悟ったのだろう。マリネスクは自派閥の意向を無視して独自の動きを見せ始めた。
しかし、マリネスクの挑戦はまだ始まったばかりだ。彼が自身の役回りを自身で決定するのならば、まだまだやらねばならないことは多い。
まずは功績を上げること。これは必須である。しかしこれさえ達成できれば残りのハードルは一気に下がる。次は自派閥内での立場を確固にすること。実績を上げる力を示したところでそれを自身の者にできる立場でいられるかは別問題である。主役は別にいて、彼が脇役である限りマリネスクの功績は後任の御膳立てになってしまうだろう。
それを避けるならば正規軍内に足場を作る必要がある。既成事実によって固めてしまう方法だ。長官の椅子に根を張るためには実績だけでは足らない。自派閥だけでなく、他派閥にも旨味を与えなければならない。マリネスクはこの道筋に気付いているはずだった。
ボブの帰還作戦における第11旅団の活用、その第11旅団の司令にハミルを招聘したこと。そしてルビエールの放任。マリネスクは実績を上げるためになりふり構わず。また他派閥に旨味を与えることにも寛容と映る。この方針は実を結びつつある。後はこの功績を新長官派という括りでなくマリネスク個人に転換できればよく、そのための味方もできつつある。Mとミラー。クリスティアーノもその1人である。
「なるほど。新長官派でなく、マリネスク長官個人を支持するのは我々にとっても筋が通りますな」
「違う違う」
話を聞いたカリートリーの投げかけをクリスティアーノは否定する。次の言には皮肉がたっぷりと込められていた。
「私は新長官派をこそ支持しているんだ」
意味を理解するとカリートリーは破顔して笑い声をあげた。マリネスクが新長官派から自立すれば、それこそが新長官派となるわけだ。
「なるほど、では旧新長官派は何と呼びましょうかな。従来通りなら反主流派ということになりますが」
とはいえ、従来の主流派も弱体化して旧主流派となっているわけで反主流派という呼び名もアンマッチである。
「他の奴が勝手に名付けるさ」
クリスティアーノの言葉に賛意を示すと話題は次に移ったがその顔は笑みで固定されていた。
マリネスクの躍進とこれによる正規軍内部の地殻変動。この流れは旧主流派にとってはもちろん、今の新長官派にとっても面白くない動きだろう。しかしもはやマリネスクを止めることは難しくなった。彼は実績を上げ、そして何より現場を味方につけた。戦争の勝敗を優先する者たちがこの期に及んでの内部闘争など望むわけがない。上手く立ち回ればマリネスクはさらなる支持を確保して一大勢力を築くことができるだろう。現場を無視した茶番の結果、現場から総スカンをくうわけだから因果応報というものである。そしてこの流れを呼び込んだのはまたしてもルビエール・エノーだった。
特異点。カリートリーはルビエールをそう表現することをもはや躊躇うことはなかった。あの小娘は様々なしがらみに縛られている。ゆえにそれが這いずる時、その鎖の先にあるものまでも引きずり回すのかもしれない。
いずれは自分たちも引きずりまわされるのかもな。
そんな想像をするカリートリーの表情はどこかそれを期待しているようでもあった。
連合軍内での地殻変動に対する見方は立場によって変わる。相対する火星軍・共同軍にとっては注視するに値しない情報との見方が大勢だった。外側から見れば連合軍内で派閥が割れることはよくある話である。またか、と冷笑した者もいたし、派閥が3つに分裂することを隙と見做すものもあったがいずれにせよこの現象が連合軍にとってプラスとなっていると見ることは難しい。
しかし立場を転じればその価値は変動する。ジェンス社の捉え方は異なった。ただし、価値を図りかねるという点では共通している。ジェンス社CEOソウイチ・サイトウは予想外のキャストの乱入にいい顔はしなかった。
「面白い。実に面白いが、お呼びじゃないんだよなぁこれが」
ゴードン・マリネスクに関する報告書に目を通し終えたソウイチはそう呟いたがマリネスクの動きを受け入れないわけにもいかなかった。ゴールドバーグと違ってマリネスクの行動にはちゃんとした理屈がある。そりゃーそうなるよな、というのがソウイチの素直な感想だった。
もう一点受け入れなければならない理由はどうやらクリスティアーノがマリネスクを支援する側に立ちそうだということである。これもまた理解できる。しかしマリネスクらが連合軍の主流となることはソウイチたちにとって完全な想定外だった。その結果がどうなるかを予測することは現時点では困難だった。
一番困るのはこのまま連合軍が一気に態勢を立て直してしまうことである。非現実的な予測ではあるが勢いというものが状況を覆す原動力となる例は決して少なくない。
「少しばかりMPEに手を貸してやるか?」
マザープラネットアース(MPE)は地球至上主義者たちを中心とした過激な主戦派であると同時に現在の新長官派の強力なバックボーンである。かつてジェンス社はこのMPEを地球側のマルスの手とする構想を持っていた。しかし地球には4Cという旧大戦の敗北者たちの勢力もあってMPE単独で十分な組織に育てあげることが難しかった。結局ジェンス社は地球勢力の群雄割拠を利する方に舵を取り、MPEに対して積極的に介入することはなかったのである。
この放任状態の中でピレネー事変とドースタン会戦が起こる。これによって連合軍主流派が躓くと日陰にいた勢力にチャンスが回ってきた。しかしMPEは思った以上に手際がよくなかった。折角のチャンスに集中することなく保険に保険を重ね過ぎた。その結果、マリネスクごときに付け上がる隙を与えてしまった。期待外れもいいところである。そんな連中にいまさら手を貸したところで大したことはできまい。
まぁこれはつまり手を貸さなかったことが正解だったことでもあるよな。ソウイチは思いなおした。
「やっぱなしだな」
自分で言っておきながらソウイチはMPEへの肩入れを否定した。今さらに過ぎる。黙っていたディニヴァスは肩を竦めて見せた。
「お前はどう思うよ?」
「マリネスクは勝つだろう」
ディニヴァスは断言した。マリネスク自身の資質はともかくとしてあの男は波に乗った。ここからさらに奴を指示する陣容は充実していくだろう。むしろマリネスクが倒れてしまうと連合軍内の勢力争いの昏迷が度を超す。クリスティアーノが支持していることもあってジェンス社としてもこれを邪魔するわけにはいかないだろう。ディニヴァスは別のアプローチを提示した。
「マリネスクが倒れるようなら火星側有利に傾き過ぎる。構わんさ、マリネスクのせいで地球側が強力になり過ぎるようなら逆側を支えてやればいいだけの話だ」
「朝令暮改極まれりだな」
ソウイチはディニヴァスの言うことに異論なかったがついこの前まで火星が勝ち過ぎたなどと話あっていたのである。自分たちの破廉恥さを自嘲気味に笑う。
「バランスとはそういうものさ」
さして気にする風もなく、ディニヴァスは言ってのけた。いつもの如く、彼は仮面の向こうで選択を強いられた者の心理を読み解こうとしていた。
面白いものだ。最悪のタイミングで出番の回ってきたマリネスクはそのタイミングをチャンスへと変えた。彼の周り、それどころかマリネスク自身すらこんな展開は予想していなかっただろう。立場は人を変えるという。ゴールドバーグもそうだったが追い込まれた人間は思わぬ行動を起こすことがある。マリネスクという人物の場合はそれが自身の理念に沿った真っ当な選択であることがゴールドバーグとの違いか。
順調にいけばマリネスクは軍人としての履歴のほんのわずかな一時期を持ってして英雄と記されることになるだろう。もちろん、その逆の可能性もいまだ潜んではいるのだが。
オシカの戦いを経て連合軍と共和軍の差が徐々に戦況に影響を与え始めていた。政治ありきで戦略が組み立てられる共和軍は現場不在であり、逆に政治不在の連合軍は現場主導で戦争を戦っていた。開戦以来、戦略的に後手に回っていた連合軍はエコーズ宙域でついに戦略レベルでの勝利を得ることがかない士気を大いに高めた。戦争はここからだ。近いうちに大きな動きがある。多くの将兵がそう思い、いきり立つ。
ただし、そのように考えてはいない人間たちもいる。その勝利を引き入れた第11旅団の面々の中にも含まれている。
ボルトン兵団という主敵がいなくなったことで第11旅団のエコーズ宙域での役割は消失した。旅団はとりあえずエコーズ宙域からは離れ、主戦線への中継点となる位置にあるサンローで補給を受けるために移動している。しかし、そこから先の活動は今のところ全くの白紙だった。
旅団旗艦アレウトでは旅団幕僚たちがサンローでの補給作業と休暇体制の打ち合わせに顔を突き合わせていた。
「あっちへ行けこっちへ行けと忙しないよりはマシだが。先の方針がないというのは面倒なもんだ」
ボスコフのボヤキは大方の賛同を得た。やることはないがいつでも即応できるように準備をしておかねばならないのである。完全な休暇シフトを作るわけにもいかないし、物資に関してはもっと神経を使うことになる。この意見にもっとも賛同しているだろうノイマンは神経質そうな顔をさらに険しくしてサンローの物資と自分たちの物資を睨んでいる。
「で、どうなるんだ。このさきは?」
「どうして僕に聞くんですかねぇ」
ボスコフは牽制気味にソープに詰め寄るがもちろんソープは取り合わない。
ボルトン兵団という相手がいなくなったことで第11旅団は行動目標のない状態になっていた。いまやマリネスク長官の意思伝達手段と言える旅団は安易に戦線の穴埋めとして使われることはなく、次の使いどころを見極められている。旅団はその次を待ち望んでいるところもあるし、恐れているところもある。
ソープが韜晦すると視線はルビエールに流れた。ルビエールはいつも通り遺憾を表情に映した。
「ま、そうだよなぁ」
ボスコフが言うと全員が天を仰いだ。最近ではボスコフたちもルビエールが自分たちと同じ側の人間であることを受け入れつつある。以前のようにルビエールを腫物のように扱うことはなくなり、代わりに特別視するようになった。信用はできないが腕の立つ仲間ではある、くらいの認識。ちょうどソープと似たような立場だろうか。
これは大きな進歩ではあるのだがルビエールにしてみればよりによってソープと同じ扱いというのは納得し難いところだった。
「ま、あくまで推測でよろしければ」
そのソープが予防線を張ってから話はじめた。
「本来なら我々は勝てる戦いを勝っていればよかったわけです。僕らに用意されたのはゲームのチュートリアルのようなものでしたからね」
憎まれ役をナチュラルに買う男、フレッド・ソープは連合軍の得た勝利、また旅団の得た勝利をそのように評する。
「ところが先の戦いで旅団は結果的にボルトンをエコーズから追い出してしまった。こんな展開を予測できるわけがありません。だもんで、今頃、長官は頭を抱えているじゃないですかねぇ」
「今さら藪蛇扱いされてもなぁ」
ボスコフ自身そう思っているところがあるが時計の針は巻き戻せない。それに、巻き戻ったところで恐らく同じことをすることになるだろう。あの勝利を求めたのはハミル、つまり旅団なのだ。
「仰る通り、こっちはこっちのことだけ考えていればいいんです。僕らは勝つのが仕事。どう勝つかはこちらのもの。それをどう扱うかを考えるのはこっちの仕事じゃありません」
冷淡にソープは切り捨てる。こっちが獲った勝利を好き勝手に使うのだからこちらもどのような勝利を獲るかはこっちの勝手だ。長官は旅団を鵜飼の鵜のように思っているのかもしれないがハミルは鵜であることより鷹や虎であることを望んでいる。ハミルだけではない、旅団の主要な者全てがこれに同調するだろう。この齟齬は後々問題になるかもしれないがそんなことはソープたちが考えるべき問題ではない。とってきた獲物の責任は長官に投げてしまえばいい。こっちはこっちでやるべきことをやればいい。
このソープの言い草に異なる立場に立っているルビエールはひっかかりを覚えた。旅団の立場と立ち方は特殊だ。政治的な思惑によって作られ、動かされる一方でその当人たちは極めて利己的に物事を考えている。ハミルもそうだとは思わないが旅団の中にはこの環境に甘える考えが生まれているのではないか?
そこには本来あるべき軍事組織としての基本が抜け落ちている気がする。
「そういう戦いだけやっていても戦争には勝てない」
ルビーエルの言葉に何人かはバツの悪そうな顔をした。しかしソープは嫌味たらしく反応する。
「戦争に?大それたことをお考えですね中佐は。我々は所詮戦場の末端でしかありませんよ。僕らにできることは目の前の戦い、一つ一つを戦うことだけです。戦争に勝ちたいのであるなら、こんな場所にいてはいけませんね」
忌々しいがソープの言うことには理があった。しかしいま態々それを言う必要があるか?ルビエールは露骨に不機嫌になった。
「ま、中佐の仰ることもその通りでしてね。僕らの黒幕である長官はそれを考えるべき立場にあります。というよりもそれが本来の仕事なわけで、いま長官たちは作戦目的そのものを見直し、作り直しているところでしょう」
目的そのものの見直し。当初この戦争はドースタンを攻略して星間大戦のラインを押し上げることを目標としていた。しかしフランクリンベルトを失った今となってはその目標からは却って遠ざかり、目標は形骸化。今なお地球連合政府が方針を見いだせない以上、連合軍も目標を定めないまま場当たり的な対処に終始している。この状況を長官たちは何としても変えたいところだろう。
「つまり、落としどころをどこにするか、か。完全に政治の領分だな」
「シビリアンコントロールの観点から言えば、タブーですがね。頭がいつまでたっても定まらない以上、軍部からこれを提案するというのも一つの手でしょう」
軍部が勝手に政治に踏み込んで行動するなど考えられない。しかし現実はそうも言っていられない。戦況が政治を動かした例はいくらでもある。特に現在の地球連合は大統領不在という異常事態にあるのだ。良し悪しはともかく自ら動いて流れを作ってしまうことは可能だろう。
「それに考え方を変えれば、通常は上からの言いなりになる戦争目的をこちらで定めるチャンスでもあります」
ソープのこの言葉は顰蹙を買ったが一方でルビエールにはある想定を導いた。
マウラ閥はこの状況を政治面からも軍事面からも活用できるのではないか?通常ならできない、するはずのない選択を政府不在の今の状況にならねじ込むことが可能かもしれない。
「で、次の戦いはどうなる」
ボスコフがうんざりしながら話を戻すことを要求した。ソープの話していることは自分たちの領分からはかけ離れている。ソープは肩を竦めると結論を提示する。
「長官の事情次第でしょうが、少なくとも今の彼に現状で旅団を使って博打をする気も意味もないでしょう。長官の立場から言えばハミル大佐、そして旅団は貴重な手駒、伝家の宝刀ではありますが今はそんなことより考えるべきことがあるし、いざという時の為に鞘には納めておきたい。今は確実なところ、尚且つ短期的に働かせるはず。とりあえず、といったような不確定な使い方はしないでしょう」
長官個人の意思伝達手段。つまり手柄を得るための旅団は継続させるがいざという時の為に危険にも晒さない、か。ボスコフは面白くなさそうに鼻息を吐いた。とはいえ、この見解が正しければボスコフらの想像する最悪のケースは消滅しそうだった。
「短期的ね。この先こちら側から戦いを起こすとしたらネーデルラント、ロックウェルの戦線だが、これはないってことになるな」
「ええ、さすがにそれはないでしょう。相手はサンティアゴ。そもそもそこは火星との主戦線です。簡単に動くことはないでしょうし、そもそも上手くいくとも言い切れない。危険度が高すぎます」
あの戦線は旅団が動いたところですぐに片のつくような状況にはない。それにボルトンが退いたことも悪材料になっている。悪くなることはあっても良くなる展開はまだないだろう。
ボスコフ達の思考が自分たちの戦いに向いている一方でルビエールの思考は別の方に向いていた。長官たちの戦い。戦争目的の再定義。クリスティアーノもこれに噛んでくる可能性が高いだろう。そもそもこの戦争をどうやってやめることができるだろうか?
少なくとも地球側はフランクリンベルトを取り戻さない限りは矛の収めようがないはずである。仮にそれが果たせたところでマイナスが0に戻るだけ、戦争で失われた犠牲を考えれば実質的には負けに近い。ここでの妥結を諸勢力に納得させるのは難しい。しかしそれ以上の戦争遂行には大きな問題があることをクリスティアーノは知っているはずだった。
5年後。既に4年後になっているだろうか。実際にその時に何が起こるのか。ルビエールには決定的に情報が不足していてそれ以上は考えてもしょうがなかった。
一体誰がどのようにこの戦争に収拾をつけることになるのか。それを知るための重要なピースを持っていながらその全体像に近づくことができないことにルビエールは口惜しさを感じていた。
どこにそんな道筋があるのか。ルビエールはそう考えて、首を振った。あの女のことである。
ないのであれば、作るはずである。




