12/1「簡単なお仕事」
12/1「簡単なお仕事」
第11旅団は編成されたもののその活動方針が決まったのは2週間後のことだった。その間、旅団はエッフェルステーションで待機状態になっていた。
その日、ハミルは初めて旅団の主だった人員を集めてミーティングを開いた。それだけで大きな動きがあることは明白であり、集った者達は落ち着きなく周囲を伺いあう。ハミルが現れたのは全員が揃って後である。全員の注目を惹くと前置きも何もなしにハミルは切り出した。
「命令が下った」
しんと沈黙が降りて旅団の大半は固唾を呑んで次の言葉を待ったのだが、中には空気を読まない者もいた。ソープである。
「ようやく決まりましたか。さて、どんな無理難題なんでしょうねぇ」
ハミルはソープの言葉に反応しなかったが各員にファイルを転送すると明らかにソープ向けに言った。
「残念ながら今回は簡単な仕事だ。…例のふざけた名前の作戦に関わることになる」
そういうとハミルはさらに別のファイルをソープに渡した。ソープがそれを戦術シミュレーターに読み込ませるとその内容が一同に開示された。
「ボブの帰還」と名付けられた作戦がそれである。この作戦名はほとんどの人間にとって意味不明で、また後日その意味するところが周知されてもほとんどの人間の反応は苦笑、さもなくば呆れだった。
しかし、作戦そのものは真っ当だった。ハミル以下旅団の人員もその内容を呑み込んでいくにつれて表情を引き締めていく。
「酔狂なものだ」
皮肉気味にハミルは溢すがその心内にはこの作戦を遂行する者への敬意があった。この作戦を遂行するためにもっとも重要なものは忍耐だった。ひたすら打たれ続けて、味方が立て直すのを待ち続けるのがこの作戦の骨子となる。正直なところそんなものを持ち合わせているものがいたとは驚きだった。
「それで、我々の役割とは?」
ハミルは少し表情を歪めてから立ち上がった。
「現状、連合正規軍でもっとも自由に動けるのが我々だ。つまり、このボブの帰還作戦によって共和軍が誘引されている間に我々第11旅団がエコーズ領域を跳梁しているボルトン兵団を各個撃破する」
どよめきが拡がった。確かに旅団は自由に動ける。しかしそれはいまだ新設されたばかりであるからだ。これほど重要な作戦の一環として投入するには実績が明らかに不足している。
一人が手を挙げた。
「我々だけでですか?」
「そうだ」
ハミルの答えは素っ気ない。この応答はかえって旅団を不安にさせた。ボルトン兵団は実績もあり、また単純に戦力として大である。旅団も少ないと言えるような戦力ではないが戦力規模で明らかに劣勢だった。
「なーるほど」
再びソープがその軽い口を開く。周りから充分な注目を惹いたと判断するとソープは続けた。
「皆さん、心配はご無用。ボルトン兵団そのものを我々が相手する必要はないんです。ボルトン兵団は宙域に戦力を分散している状態です。その一つ一つずつを各個に撃破する。これが司令の言う簡単なお仕事の内容というわけです」
旅団の者たちはしばしソープの言葉を咀嚼したが得心した様子はなかった。分散された小兵力を大兵力でしらみつぶしにする。確かに、ソープの言う通りの仕事であれば簡単な話である。しかしそのやり方で兵団そのものを叩けるわけではない。ただの場当たり的な対処に過ぎない。何より非効率的である。それではボルトン兵団は適時に戦力を補充すればよいだけで痛くもかゆくもない。そんな戦いに何の意味があるのか?
必要なのは抜本的な対処であろう。しかし、どうやら旅団に与えられた役割はそうではないらしい。大層なお題目を掲げながら、やることは簡単で非効率的な作業。作戦目的とその実態があべこべになっている。
そのような歪な御膳立てがされる理由に思い当たるものがある。しばらくして皆の視線はルビエールに集中した。
ルビエールは遺憾を表情で示すと発言の許可を求めた。ハミルが無表情に応じるとルビエールは席を立って持論を展開した。
「ボブの帰還作戦の肝はピレネーでの防衛戦の間に状況を整理することにあってその本質はピレネー以外での動きにかかっています。我々の役目もその一環でしょう。しかし我々を用意した長官には別の思惑もあると考えます。我々が相手にするボルトン兵団は規模で旅団を大きく上回り、実績もまた十分な兵団です。一方で我々は目立つことを求められる部隊ですが実態は作られたばかりの有象無象の寄せ集めに過ぎません。そのような部隊がボルトン兵団を相手に勝つ。目立ちます。印象的な勝利。実際、それこそが重要なのでしょう。司令部はこれまで相手がやってきたことをやるつもりなのです」
ルビエールの言葉に各員は不服気な顔をした。彼らにはそれがまるでルビエールの思惑であるかのように思えたのだ。しかし次の言葉でルビエールはそれをいなした。
「上の思惑はともかくとして、我々には実績がありません。これはそれを得るための好機です。この作戦は我々を作った者たちが用意したものと考えていいでしょうが、我々にとって今もっとも必要なものでもあります。何だろうが勝てるだけ勝てばいいのです」
これが旅団におけるルビエールの挨拶となった。ほとんどの者は予測を外した挨拶に互いに視線を飛ばし合い、何事か呟き合う。ざわめきに収拾を付けたのは支隊の司令補佐であり、また旅団の参謀でもあるソープだった。
「まぁエノー中佐の言いたいことはつまり、上の思惑と今現在の我々の利害は一致しているってことですよ。勝てば強くなり、生き残る。実際我々には実績がない、これは事実です。遊撃戦力である我々が各地を飛び回って現地部隊の協力を得る上でも実績は非常に重要なツールになる。長官はそれを我々に用意してくれたわけですね。もちろん長官にも長官なりの思惑はあるわけですがそれを我々が考える必要はないでしょう。少なくとも今は。率直に言えば、僕はこのチャンスをものにしたい。皆さんはどうです?」
ソープは各員を見渡す。何人かは憮然としたが否定的な顔をした者はいない。彼らはこの部隊が極めて特殊な存在であることを理解することになる。第11旅団なる部隊は戦略を無視した存在であり、政治的な目的のために戦術的な勝利を得るための部隊である。とにかく勝って勝って、勝ちまくることが求められるのだ。それが戦争でなく、民衆の留飲を下げるため、と言うのは表現が歪みすぎか。
ソープは視線を流してハミルで止めた。ハミルも長官の意図を解さないわけがない。それどころかこの御膳立てはハミルの方から求めたものだったとしても驚くに値しない。それくらい実績というものをハミルは重視している。命令を受けて戦うだけの部隊ならともかく、ある程度は自由に動いて各地の戦線に割り込む部隊が実績0では相手にもされないだろう。また新設されたばかりの旅団をまとめるためにも勝利は非常に役立つ。
それにしても破格の好待遇にソープは内心苦笑するしかない。これだけの御膳立てが得られたのは長官の目的・思惑によるところが大きいだろう。ルビエールも結局のところは長官に利用されているに過ぎないのだが、旅団内においてはそのスケープゴートになってしまうのは気の毒なところだった。
第11旅団、特にエノー支隊の活躍の御膳立ては新長官ゴードン・マリネスクによるものであるが支隊の活躍を願う勢力は他にもいる。その代表的な存在はクサカ社である。エノー支隊の主戦力であるVFR15及びVFH16の活躍はさらなる採用に拍車をかける材料となるのである。
段飛ばしで正規採用機となったVFR15とVFH16は採用した現場からの評価は抜群で、特に機種転換からの成果の早さは絶賛されている。しかし新しいシステムに対して懐疑的な現場も多く、その威力が周知されているとは言い難い状況である。クサカ社はVFR15及びVFH16の性能に絶対の優位性があると確信しており、現場がそれを認知すれば連合のHV戦力を寡占できると期待している。イージス隊の活躍でそれに弾みをつけたいところである。
しかし先立つものがなければいくら優位性があっても意味がない。星間大戦の時流の速さはクサカ社の見込みをズラす。HV戦力拡充の緊急性に対して生産能力が足りないのである。クサカ社はスキュラと言った特化機の減産、開発能力すらギリギリまで削ってVFH16の生産体制に力を注ぐがその体制が整うにはまだいくばくかの時間が必要だった。
これを反撃のチャンスと見たのが現行機VFH11の生産元であるモーリス・ゼネラル社をはじめとしたメーカーである。クサカの埋めることのできない穴に自分たちの案を滑り込ませようと殺到する。
軍部としては苦笑いである。第七艦隊の壊滅による補填も含めて早急に補充を済ませたいところではあるがVFH16の性能はその特性も含めて魅力的であり、特に現場からの要望が高い。かといってクサカに肩入れし過ぎるのも他社からの反発は必至である。時間的な猶予のなさ、先立つものもあって折衷案は検討されることになる。
やはりもっとも有力なのは現行主力機のVFH11の改良増産のプランである。主力機として長く採用されてきたこの機体はこれまでも改良を得てきており、ノウハウもある。もっとも無難で無理がない選択肢だった。
このタイミングである情報が軍需産業界で出回るようになった。VFH16及びVFR15の高性能の秘密であるALIOSに関する噂である。ALIOSは汎用システムであり、この2機種だけでなく、ほとんどの機種に搭載可能という真意不明の情報が出回ったのである。
これは噂でなく、事実だったが伏せられていた情報だった。クサカ社としては本来ならVFH16とVFR15が十分に普及してから公表する腹積もりの情報が拡散してしまったのである。軍部からの詰問にクサカ社は将来的にそうなるように開発中と説明した。
これは完全な藪蛇となった。本当に価値があるのは機体でなく、ALIOSであることに軍部は気づいたのである。完全新規のHVにコストを裂くよりも既に存在する機体をアップデートできる。これは他にも利用方法がいくらでもある。これまでに軍部に提出された機体案の全てが活きた案に生まれ変わるのである。
必然、軍部の関心はVFH16の増産よりもALIOSの完成に変わってしまう。クサカ社にとってはたまったものではない。ALIOSの開発よりも先にVFR15及びVFH16の増産改良を急がねばならない。
この変化に振り回されることになった一人の男がいた。
どうしてこうなった。
イージス隊とともにリターナーとなった元シュガート隊のパイロットであるシロウ・ハヤミ准尉は自身を翻弄する運命の悪戯に悪態をつく。神様なりがいるとするなら悪趣味に過ぎる。
地球連合への帰還を果たしたシュガート隊、ホーリングス隊、ブラッドレー隊の第七艦隊の生き残り部隊はひと時の夢から覚めるとそれぞれ新たな任地へと飛ばされていった。整備チームなり、事務チームなりはひとまとめということもある。しかしシュガート隊で唯一の生き残りパイロットとなってしまったハヤミはそうはいかない。ハヤミ自身は別の隊の補充に回されるだろうと考えていた。ところがハヤミの処遇は思ってもいない迷走を始める。戦地昇進とリターナーでの功績による准尉という階級が悪さを働いたのである。この階級は下位部隊なら隊長クラスの階級である。安易に補充として扱えずそれなりの待遇とならざるえない。しかし実際のハヤミにはリーダー格を務めるだけの経歴がない。しかもリターナーという付帯事項も気色悪がられることになった。要するにハヤミは実績がそれほどでもないわりに階級と勲章だけは一丁前という有様になったのである。もちろん引き抜きなどあろうはずがない。こうしてハヤミ・シロウ准尉は完全に道を踏み外すことになってしまうのである。
そんなハヤミは与えられた任務によって潮風に身体を晒していた。第三トウキョウ。OPAの首都である巨大人口大陸の端先。そこにあるクサカ社の開発拠点が彼の新たな任地だった。
シロウ・ハヤミ准尉はALIOSシステムの運用実績を買われ、VFR15及びVFH16のテストパイロットとして派遣されたのである。
大いに遺憾である。
「ハヤミ曹長。こちらです」
途方に暮れていたハヤミに聞き覚えのある声がかかった。姿にも見覚えがある。モーリ・シエナ元出向伍長である。現場での油汚れの整備服ではなく、バンダナもしていないがようやく見知った顔に少し安堵する。ここではハヤミは完全な外様である。軍人であれば転任など珍しい話でもないがそれでも同じ軍人同士でのコミュニティに納まる。しかしここにはハヤミ以外の軍人は極めて稀で、常駐するとなればハヤミだけだった。
モーリに案内されてハヤミは開発施設を回るがそれだけでも環境の違いに苦笑いせずにいられない。スタッフたちの基本的な応対がまるで違うのである。一挙手一投足がまるで異なる。もちろん敬礼はない。相手側の応対も無関心、物見遊山とあまりハヤミにとって心地のいいものではない。極めつけは最後にきた。
「ああ、誰かと思えばあんたか」
職場における事実上のボスであるエリカ・アンドリュースはXVF16を預かったときに少し顔を合わせただけのハヤミの名前など憶えていなかった。
「俺で悪かったですね。言っちゃなんですが他の連中のがよかったんじゃないですか」
よりにもよってこの女の下で働くのかよ。ハヤミの対応も投げやりになる。これで叩き返されるなら望むところである。残念ながらそうはならなかった。
「もちろん、イージス隊のパイロットが欲しかったわよ。でも連中は今じゃ英雄様なの。それでこっちに回されたのが英雄のなり損ないってわけ。ああ、なるほど英雄になり損なってここに飛ばされたから不服なのかしら」
この言い草は完全にハヤミの機嫌を損ねた。
「そんなもんなりたかねーよ」
喧嘩上等とばかりのハヤミの態度にエリカは意外にも乗ってこなかった。
「殊勝なことね。ま、来た以上は使わせてもらうわ」
最悪のセカンドコンタクトを戦々恐々と見守っていたモーリは退出すると即座にハヤミに抗議した。
「ちょっと、ああいう態度はやめてください。エリカさんはめちゃめちゃ気難しいんですよ。機嫌を損ねるとどうなるかわからないんですから気を付けてください」
ハヤミはウンザリの表情を隠さない。
「だったら俺以外のやつを呼べよ。こっちにだってパイロットくらいいるだろ?何も現役にこだわる必要もないだろ」
ハヤミは何も特別な存在ではない。経験なんてものも他に積ませればいいだけの話だ。他にできる人間はいくらでもいる。しかしこの考えをモーリは受け入れなかった。
「いえ、それは違います。確かにうちにもパイロットはいますけど戦闘経験、それも現場でALIOSの運用実績があるパイロットではありません。実際にハヤミ曹長は貴重なんです。それにALIOSシステムは個々のログがとても貴重でうちのパイロットとの比較にも役に立ちます。主任もあんな態度ですけど、実際にはハヤミ曹長が確保できたのは嬉しいはずです」
モーリの論にハヤミはあまり理を感じなかったのだが否定するのも面倒臭く半ば降伏するように肩を落とした。実際のところはともかく、建前としてはそう受け取ることにする。ただし、最後のだけは到底信用できないが。
こうしてテストパイロットとしてのシロウ・ハヤミの仕事が始まった。この仕事のなかでハヤミはモーリの誤った認識のせいで周囲から曹長と呼ばれ続けることになるのだが本人自身が准尉という階級を自身のものと思っていなかったため訂正されることもなく、ハヤミに関する後日談に少しの混乱を呼ぶことになる。
ハヤミのテストパイロットとしての日々はただのパイロットの頃より多忙だった。
実際やるべきことは山ほどあった。XVF15改めVFR15は戦闘機として特化した機体であり、現状ではまだ対艦対物戦闘任務武装の多くに非対応だった。これらの武装統合作業はさらに増産の急がれるVFH16にも共通して必要となり、何としてでも採用基数を増やしたいクサカにとっては急務と言える作業だった。
朝目覚め、仕事をし、夜に寝る。第三トウキョウに置かれるクサカ社の開発拠点でハヤミに与えられた境遇である。
清く正しいこの生活にハヤミは居心地の悪さを感じる。実戦部隊に配備されていた頃とはあまりに勝手が違う。
しかしどれだけ差のある環境でもそれなりには適応するのが人間である。ハヤミも自分の仕事と精神衛生のためにギャップを感じながらもいくらかの人間とコミュケーションを重ねていくらかの交友を持つようになった。軍人であり、さらに現場のボスであるエリカと喧嘩上等なハヤミに対して好意的に接してくる人間はそれほど多くはない。しかしそれを承知で接してくる物好きな人間もいるにはいる。
その中の一人がエディタ・ジョーダンという女だった。
「ようハヤミ。今日もよろしくたのむよ」
赤髪長身のエディタはいかにも姉御肌といった感じの容姿、その予測を裏切らない明瞭な口調と裏表のない性格をしている。しかしその体育会系のなりからは想像がつきがたいが生粋のソフトウェアエンジニアであり、あのALIOS開発の主要メンバーである。クサカの人間ではなく、イスルギから出向してALIOSの調整を担当している。エリカの直接的な部下ではないこともあって一線を引いた関係を持っている。つまり立場的にはハヤミに近い。その性格も軍人であるハヤミと相性がよく、くだらない雑談のできる数少ない相手になっていた。
「はいはい。今日もよろしくお願いしますよ」
「何だい、今日はいつになくご機嫌が悪い感じじゃないか」
そんな自覚は毛頭ないのだが。単にテンションが低いだけを不機嫌と言われるのも心外だが単なる話のとっかかりに喰ってかかってもしょうがないので適当に話を合わせる。
「代わり映えのない毎日に手ごたえのない仕事。少しは刺激も欲しくなるってもんでしょうよ」
実際、手ごたえがない。テストパイロットとしてのハヤミの仕事は言われた通りに機体を操縦すること、まれに感じたことを報告することくらいだった。これらの仕事はタスク上では数えきれないほどあって到底尽きるものではなかったが実機に修正すべき点が見つかればそれを反映するのに数日かかることはざらで一日何もすることがないなんてことも珍しくはなかった。この突発的に降りかかる暇な時間がハヤミは苦手だった。開発拠点では外様のハヤミに他の仕事があるわけでもなく、ハヤミはトレーニングなどで時間を潰すしかない。
また仕事上の役回りもハヤミにとって満足とは言えなかった。実際に問題が生じたところでそれを改善するのはモーリ達技術スタッフの仕事でハヤミはそれを確認するだけになる。それで改善されるならまだいいのだがハヤミが問題を指摘したところでそのほとんどは技術スタッフには共感されず。運用上の注意点とされて修正項目に入ることがなかった。これでは何のために仕事をしているのか解らないともなろう。
しかしこれはハヤミの意見が蔑ろにされているからではない。彼らにはそれらを反映するためのコスト、つまり時間が与えられていないのである。
開発現場では修正箇所が見つかるたびにテストプラグラムの見直しが発生する。その問題を根本から修正するのか、それとも将来的な修正項目として見送るのか。修正するとしてもそれは他のプログラムと並行しながら可能なのか。修正したとしてそれはこれまでのテストデータと干渉しないのか、やり直すはめにならないか、などなど。完成度と納期のバランスを見ながらこれらを判断しなければならないのである。
ハヤミもそのミーティングに義務として首を揃えるのであるがその精査自体が時間コストを圧迫していることもあって常にピリピリしており、紛糾することもしばし。それがさらに時間コストを圧迫するという悪循環である。問題を見つけてしまった人間が担当者に逆恨みされることも珍しくない。
このような状況でパイロット視点から見た運用上の些細な問題に逐次対応していたらいつまでたっても現場に届けることができないのである。
ハヤミもHVの仕様上の難点を愚痴って「開発は現場を理解してない」と仲間内で口走っていたものだが「こちらの現場」を知ってしまえば「現場は開発を理解していない」のだと考えざるえない。
このような価値観、環境の差異の体験は社会勉強としてはいいものである。しかし残念ながらハヤミは軍人である。こちらの郷に慣れ親しんでは戻るに戻れなくなる。そもそも馴染もうにも頭の出来が違う。良い悪いとか以前に仕組みが違う。ハヤミ以外の技術スタッフはいずれも工学関連の一流教育を受けたエリートたちであって一般教育も半端に軍人となったハヤミとは全く幽世の住民たちなのである。
このようなハヤミの憂鬱をエディタは笑い飛ばす。
「手ごたえねぇ。そんなこと言うならあたしの仕事だってそうそう手ごたえなんてあるもんじゃないさ。日々の仕事なんてそんなもんでしょ。ただその積み重ねが結果につながるわけで、無駄になってるわけじゃないよ」
むぅ。そんなことは解っているとハヤミは表情で抗議する。確かにいずれは結果になる。しかしハヤミが言っていることはそういうことではない。やがて結果は出る。しかし、その間にも戦いは起こっており、誰かが戦っている。ハヤミは軍人としての仲間意識からそれに呵責を抱かずにはいられない。
「私が言うのも違う気がするけど。あたしらの仕事がなければ現場は古臭い攻撃機を使い続けるしかなくなるんだ。現場がよりよく戦えるために尽くすことも重要な戦いでしょーよ。前に出て戦うだけが戦うってことじゃない」
「そりゃー解りますがね。適材適所ってもんがあるでしょ」
理屈は納得できる。整備員やオペレーター。それぞれにやり方の違う戦いがある。しかし、もともとハヤミはこういう場所で戦う人間ではない。向いているとも思えない。
しかしエディタはこれをきっぱりと否定した。
「悪いがそれには賛同できないね。あんたはきっちり状況把握のできるパイロットだ。そいつはテストパイロットとしては有意義な特性であるし、操縦技術にきっちりした土台があるってことでもある。反応速度なり超絶技巧なりを持ってるパイロットはそりゃいるだろうけど。ここで求められてるのはそういうことじゃない。それに適性どうこうはともかく今から他のパイロットに交代されても一からやり直しするのと変わりない。来たときはともかく、今のあんたはライトスタッフだよ」
ハヤミ自身はそれを望んでいないのだが。しかし今さら放り投げてエディタらに迷惑をかけることも望みではない。まぁ要するにやるしかないのだ。それが憂鬱。
「それにあんたの経歴的にも悪くない話でしょーよ。聞いた話じゃ下手に勲章なんかもらったもんだから敬遠されてるんだって?こっちでキャリア詰めばそれも多少は薄まるってもんじゃない」
身も蓋もないことを言いやがって。ハヤミはウンザリ顔をさらに濃くした。
エディタはイスルギの人間と言うこともあるにせよ現在のハヤミの職場の中では毛色の違う人種だった。ALIOS開発の副主任という立場でありエリカとも直接的な上下の関係にないこともあって対等に物言える立場であり、実際に何度か方針を巡って火花を散らすこともある。今の現場でエリカに臆せずにモノを申せるのはエディタとハヤミくらいのものである。そのようなこともあってエディタはハヤミを骨のある人物と見做しているようだった。
組織の色はそれを率いる人物の色が反映されるというが、エディタの言動や思考傾向にはチラホラとあの男がチラつく。
「そういえば、あのマサトって奴はいまどうしてるんです?」
途端にエディタの表情が重く曇ってハヤミは息を呑んだ。
「何でその名前を知ってるわけ?」
迂闊だったか?他意のないことを証明するためにハヤミはマサトとの関係をエディタに話した。話を聞き終えるとエディタは表情を戻した。
「なるほどね。マサト・リューベックはあたしの直属の上司ってことになる。一応ね。ただ、あの風貌だから表には滅多に出てこないわけよ」
なるほどね。とハヤミもごちた。そりゃーあの容姿で歩き回ればそこら中で呼び止められることになるし、いらぬ噂も立つだろう。エディタの視点から見ればマサトの存在を知っている人間は限られるはずなのだ。
「あたしもしばらく会ってないんだけど。そこら中飛び回ってるんじゃないかねぇ。少なくとも本社にはいないよ」
一体何を企んでるんだかねぇ。ハヤミはそんな感想を持ったが少ししてなぜそんなことを思ったのか首を捻るのだった。




