10/2「ロバート・ローズ」
10/2「ロバート・ローズ」
地球に帰還したルビエールを待っていたのは茶番役者のポジションだった。悲劇的なドースタン会戦の帰還者としてその生還劇は大幅に脚色され大々的に紹介された。むろんマウラ閥の仕業である。
降下したなりにルビエールとローズの二人は多数の報道陣から手厚い出迎えを受けることになった。注目されることに慣れているルビエールもこれにはさすがに困惑した。
半分以上は仕込みであり、二人は用意されたシナリオ通りに対応すればよいと理解はしていても困惑を隠すことは難しかった。もっとも脚本家にはそれも計算の内であり、二人の戸惑った様子は却ってリアリティを増すスパイスになった。しかし、この演出は実際に演じる側のストレスを全く無視していた。
最初のうちはとりあえず脚本通りに応対していたルビエールだったが徐々に鬱憤が溜まってくるようになった。
こいつらは何回同じことを聞いてくるんだ?わざわざ口にしなけりゃ解らないのか?
「彼らはそういう仕事だし、こっちもそういう仕事なんですよ」
繰り返される同じようなやり取りにウンザリするルビエールに比べればローズはまだまだ余裕がある。このような場数ではローズはかなりの経験がある。だからと言って楽なわけでもない。
むこう1週間、二人は方々を連れまわされて英雄を演じさせられる。その過程でルビエールとローズの名は世界的に知れ渡ることになる。一方でそのフィクサーたるクリスティアーノは姿を見せなかった。イージス隊を預かるローマの司令官である。堂々と自分たちの手柄にしてもいいものだが。
「どうやらマウラは徹底的に僕らに話題を集中させたいようですね」
二人セットでの英雄行脚の道中、ローズは推察する。それで間違いないだろう。クリスティアーノが出てこない理由はいくらでもあるだろうがしかしローズはともかく、ルビエールまでそうする意味は何なのか?
「残念ながら大した意味はないでしょう」
答えたのはカリートリーだった。彼はイージス隊の責任者としてリターナーと関りのある者として二人の監視役と責任者も兼ねて帯同し続けている。
黒幕であるクリスティアーノの懐刀である。ローズにとって心を許せる相手とは言えない人間だったがカリートリーの方はそうは考えていないらしく気まぐれにローズとルビエールの疑問にも応えることがあった。そういうことを繰り返しているうちにローズもいくらか警戒心を薄くするようになっていた。
「詳しく聞かせていただいても?」
自分の推測であることを念押ししてからカリートリーは答えた。
「裏があるというよりは、単に都合がいいだけでしょう。ローズ殿は若く容姿端麗。エノー大尉も見てくれがいい。この二人が英雄譚の主役なわけです。誰もが想像を掻き立てるでしょう。華のあるストーリーが勝手に出来上がって誰もがそっちを向いてくれるわけです」
そして勝手に加速していく。カリートリーは心内でそう付け足した。
身も蓋もない理屈にルビエールは不快気に顔を歪めた。しかし次の瞬間カリートリーは真顔で冗談を言った。
「残念ながら、私にはできん芸当です。代われるものなら代わってやりたいくらいです。主に容姿の話ですが」
この言葉には二人とも反応のしようがなかった。
カリートリーの言葉が真実であるならクリスティアーノの目論見は見事に結実したと言える。しばらくすると二人の人気は実態をかけ離れた虚像によって彩られていく。どこをどう調べたのかルビエールはリーズデンでの活躍やピレネーでのエピソードを掘り起こされてそれを紹介される。リーズデンの件はまだいいとしてピレネーの件はルビエールにとってあまりいい思い出ではない。
ルビエールはピレネー事変におけるボルトン兵団の戦術をいち早く見抜いたもののそれは何の役にも立たず、かえって混乱のもとになったところがある。しかしこのエピソードは旧態依然の上層部と新進気鋭の鋭才の対立というよくある物語にされてしまう。しかもその結末は鋭才を活かすことのできなかった司令部の落ち度と仄めかしている。
勘弁してほしい。というのがルビエールの心情である。これではピレネー司令部の立つ瀬がないではないか。勝手に脚色された挙句に恨まれるのはルビエールになる可能性がある。そうではなかったのに周りが煽り立てて結果的に本当に対立構造ができてしまったら責任を取ってくれるのか?
そして気が気ではないのがヤングの件である。これが掘り起こされたらどうなるのか。想像もしたくないのだが今の勢いではそうなってもおかしくない。
幸いと言うべきか。ヤングの件に関しては細心の注意が払われているらしく存在そのものからして話題に上がることがなかった。これもこれでルビエールには釈然としないところである。
度し難いのはこれらのエピソードのほとんどがルビエールの意思とは真逆に結実している点である。ピレネーの件も然り、ヤングの件の決着もルビエールの意思とは無関係だ。少しでも関りがあるならルビエールも腹を括っていられるのだが。これらの心労のせいでこの時期、ルビエールは体調不良を覚えている。
しかしルビエールの立場などまだマシな方だった。ルビエールは既に見せ場を終えている役者であり、シナリオにおいては添え物でしかない。いままさに舞台に立ち、見せ場がやってくるのが元地球連合大統領補佐官ロバート・ローズだった。リターナーの主役。謎とされたドースタン会談の生き証人。
この役はローズにとって不服ではあったが受け入れねばならない。脚色されたシナリオはほとんどが生還劇を大袈裟、ドラマチックに仕立て上げるためのものでローズに関わる部分に関してはそこまで大胆な脚色はされていなかった。これは核心に迫る部分であるためマウラも慎重になったのだろう。それでもローズが苦笑いするしかないのは身近に見続けてきたゴールドバーグの虚像だった。
そのシナリオはゴールドバーグを平和のために地球と火星の双方を相手に奔走した平和主義者として描いていた。ゴールドバーグの孤独な苦闘はルビエールたちの脱出劇の大袈裟な脚色と比すると静かで重々しい。これは二つの物語を対比することでよりリアリティを持たせる演出だった。巧妙なのはこのシナリオが地球側にも一定の非を認める内容であったことだ。ゴールドバーグの独断行動を正当化するためにゴールドバーグは列強たちによって追い詰められたという体裁を持たせたのである。
この役回りを列強は不服という心情を押し込めながら受け入れゴールドバーグを惜しむ声明を出す。これにはローズだけでなくカリートリーすらも失笑する。
何とも皮肉な話である。ゴールドバーグは間違いなく列強国の思惑から外れて勝手な行動をしたにも関わらず、聖人君主として列強に脚色されることになったわけである。自分たちの顔に唾を吐きかけた人物にそのような処置をせねばならなくなった連中の忸怩たる顔を見てゴールドバーグは何を思うだろうか。
「あのオッサンは言われるほど立派な人じゃなかった。土壇場で臍を曲げた偏屈ジジィだよ」
後年、そう口にすることを憚らなかったローズだがこの時ばかりはその虚像を受け入れ、共犯者とならねばならなかった。
こうした二人のプロパガンダツアーの締めが2週間後の連合総会緊急会合での演説となった。
ロバート・ローズという駒を手にした欧州共同体の要請で招集された各国特使と世界の前での演説。それがマウラ閥の用意したプロパガンダの締めくくりである。ここまでの道中はこの演説で欧州共同体が列強の主導権を握るための御膳立てに過ぎない。この時点でルビエールはお役御免となりローマ本営に待機となった。それと入れ替わりに姿を見せたのがクリスティアーノだった。
ここまでの演出の黒幕。自分自身の感情だけでなく精神的に消耗したルビエールを間近に見ていてローズはこの人物に好意的でいられる理由がなかった。それでも一抹の期待は抱いていた。この自分たちの上位にあたる人物が類まれなるカリスマを持つ指導者であることを。残念ながらこの期待は脆くも崩れ去るのだが。
「やぁ伊達男。ご機嫌は麗しいかな?」
総会の待合室でクリスティアーノは座ったままローズを出迎えた。礼服ではなく、シャツにジーンズという出で立ち。待合室の椅子の一つに腰を、一つに足を占拠させている。ローズは絶句し、次に言葉の意味を考えて憮然とした。伊達男。この言葉には飾り、外見だけの者という意味も潜んでいる。今の自分がその言葉に相応しいとこの女は言っているわけだ。考え過ぎだろうか?いや、そうは思えない。
「いいわけがないと思いませんか?」
ローズは肩を竦めながら答えた。なるべく穏便に、されど媚はしない態度。しかしその心内には敵愾心が頭をもたげていた。こいつは一体何様なのだ?
誰から見ても身構えているローズにカリートリー、そしてサネトウは嘆息する。またか、である。クリスティアーノの他人を刺激する才能はたびたび余計な火花を上げてきた。時に火薬庫の隣でそれをやって相手を爆発させたこともある。
しかし今回もクリスティアーノの態度は過去の経験を反映してはいなかった。
「よくない、ということでいいのかな?それならよかった。今の君の立場で機嫌が麗しかったらそいつは狂人だとしか思えないからな」
「はぁ・・・」
狂人はあなたでは?ローズは喉から出かかる言葉を呑み込んで適当な相槌を打つ以外のことができない。目的が読めない。
「ローズ様。演説内容は問題ありませんか?」
ここでサネトウが助け舟を出した。彼からすれば主の問題行動を中断させる意図の方が比重が大きかっただろうが。
「あまり緊張なさらずに、こちらのシナリオ通りにやって貰えればよいのです。ローズ様はここを乗り切ってさえもらえれば後はこちらが万事よしなにいたしますれば」
「つまり、これを乗り切れば休暇をいただけるわけですかね?」
老紳士はにっこりと笑顔を浮かべた。
ここで僕の役割は一旦終わりか。さすがにここまで有名になった自分が早々に始末されることはないだろう。とはいえ、このオッサンはローズの質問を言葉で肯定したわけではない。どうやらまだまだ自分には使い道があるようだ。
「果たして、僕は一体何に加担させられているんだか。それくらいは知りたいですね」
ローズはサネトウに問うたがその問いに答えるべきは彼ではなかった。ほとんどローズに無視された状態だったクリスティアーノは露骨に不機嫌になっていた。
「まずはやることやってからだ」
切り捨て後に女は皮肉に口元を歪めた。
「もっとも、君にとってはやった後じゃ遅いのかもしれんがね。だが、知ろうが知るまいが、君がやるべきことに何の変化もなかろうよ」
「果たして、それはどうでしょうね?」
ローズの挑発にクリスティアーノは好奇の顔を浮かべたがローズの目論みそのものは失敗した。
「なるほど。それなら猶更何も答えてやれないな」
椅子から飛び上がるとローズの肩を叩いた。
「それでは、一世一代の舞台を楽しんでくれたまへ。歴史に名が残るんだから、くれぐれも粗相のないようにな」
邪な顔を浮かべてクリスティアーノは部屋を後にしようとしたが何事かを思い出したように振り返った。
「一つだけヒントをやろう。君が今日やることが遠い歴史にどのように記されることになるのか」
少しの溜めの後にクリスティアーノは無邪気に、無責任にも宣った。
「それは、まだ決まっていない」
この言葉の意味をローズは測りかねた。しかし控えるサネトウとカリートリーの二人が不敵な笑みを浮かべたことが妙に印象に残った。
結局のところクリスティアーノという女との邂逅はローズに不安感を与えただけだった。あの女は果たしてまともなのか?その思惑に加担することは取り返しのつかない事態を招くのでは?
しかしそれを推し量る時間をローズは与えられていない。扉の向こう、議場ではまさにローズの紹介がはじまっている。
あー、あのオッサンはこういう状況だったんだなぁ。ローズはくたびれた前大統領を思い起こした。そりゃー全てを投げ出したくもなるだろう。
とはいえ、ローズの場合は逃げ出すには踏み込み過ぎているようである。議場では粛々とアナウンスがされている。出番が来る。
拍手が起こった。スタッフが扉を開けた。ここまで来たらもはや気が触れでもしない限りはこのレールからは降りられそうにない。いっそそうなってしまった方がどれだけ楽か。ひりつく喉、上昇する体温。酸素を求めて襟元を緩めたい衝動をローズは抑える。求めているのは逃げ道か。それとも活路か。
拍手の津波に晒されてローズは足を竦ませた。この拍手のどこからどこまでが本当なのだろうか。考えたくはない。皆は何を見ているのだろうか。真実か?ここにそんなものはない。ここに立っているのもロバート・ローズではない。少なくともローズ自身はそんな風には定義できない。これから語られるストーリーは真実からは遠い。もちろん彼の体験したものではないし、思ったことでもなかった。
しかしそれでも、ローズは演じねばならなかった。気に入ろうが入るまいが、自分自身で選択した道である。ならば、自分自身の意思と言葉で演じてきってやろうではないか。
ペテン上等。登壇する直前にローズの脳裏を過ったのはルビエールのことだった。あの女は状況に振り回され、選択に迷いながらも逃げることだけはしなかった。どれだけふざけた状況であろうが、この戦いは逃げることによっては行えないのだ。
腹は決まった。戦え。ローズは自分にそう言い聞かせながら議場の中心に立った。
拍手が止み、全ての人間がローズの第一声を待ったとき、ローズは歴史の一歩目を踏み出した。
「なぜ拍手で出迎えられているのか。理解できません。僕はいま、とても悔しい気持ちです。僕の尊敬する大統領。ルーサー・ゴールドバーグは暗殺されました」
その切り出しを予測した者は少なかった。クリスティアーノの方も用意されたシナリオではない滑り出しに凍り付く。ローズはシナリオを改変するという大胆に過ぎる行動をとっている。しかし当のローズは落ち着き、完全に自己を統制していた。
思わぬ展開に沈黙する観衆にローズは静かに語り掛ける。
「なぜなのか。今日ここに立つまでに僕は考え続けてきました。そして今日、ここで、僕なりの答えがでました」
敢えて時間を作り、ローズは周りを見渡した。視界の端にはクリスティアーノも映る。さぁ、あの女はどう反応する?あの国はどう反応する?世間はどう反応する?試されるのは何もこちらだけではないぞ。
ローズは突き付ける。一体、お前たちは何者なのか?
「ゴールドバーグ大統領は戦ったからです。何と?都合のよい現状にしがみつき、変化することを歓迎しない者達。平和を望まない者たち。自分たちのことしか考えていない者達に抗ったのです」
ローズが示唆する者達が火星だけではないのは明らかだった。列強の要人たちは聞かされていない過剰演出に顔を顰め、このシナリオを用意した(と思われる)クリスティアーノを恨んだ。これでは公開処刑である。
「彼は戦った。相手は敵ではありません。ままならぬ、この世界の理です。そして孤立無援のまま」
ローズは言葉を切って続く言葉を観衆に委ねた。
クリスティアーノはローズを壇上から引きずり下ろしてもいいものか考えている。もちろん非現実的な考えだったが本格的にシナリオが破綻することだけは避けなければならない。そんなクリスティアーノを嘲笑うかのようにローズは突如としてレールに復帰する。
「周りを見渡していただきたい。敵はいるのです。戦争は起こっているのです。誰かが戦ってくれるとお思いですか。今まで通りで問題はないとお考えですか。そうではない。世界は動いている。地球は、僕たちは打ちのめされているのです」
ローズの話はドースタン以降の戦いに移った。彼自身が見て経験したドースタンの惨劇は説得力を生み、聞く者の想像を育んだ。
そして話の終わり際、またしてもローズは脱線をはじめた。
「目を逸らしている時ではありません。我々も変わらなければいけない。いま、この時も戦っている人たちがいます。ぬるま湯から叩き起こされ、ろくな準備もないまま戦場に駆り出されることになってしまった。その中で彼らは必死に戦っている。国を守るためでもあるでしょう。しかし何より、自分たちが生き残るためにです」
自分たちが生き残るため。この言葉はクリスティアーノには響かなかったがカリートリーの心は揺さぶった。
いま、この地球がゴタゴタしている間も前線の兵士たちは戦いの目的も、先の展望もなく戦い続けている。自力で勝るのだからいずれは逆転できる。これは確かにそうかもしれない。しかし前線の兵士にとっては今しかないのだ。彼らはまさに孤軍であった。それを理解している者がこの重力下にどれだけいるだろうか。
兵士は国の為に戦っている。それはそうだろう。だが、それを当然のものと思ってもらっては困る。自らの命をどこの誰とも知らぬ者達のために犠牲になどできるものではない。今の地球連合兵士の状態はなさねばならないからなしているに過ぎない。では、地球にいるものたちはどうであろうか。彼らはなすべきことをなしているのか?ローズは聴衆を、各国を戦争という現実に引きずり出そうとしている。
要するにローズは今の地球が抱える諸問題の全てに地球人を巻き込もうとしている。これは、正しいと軍人カリートリーは考える。
そうだ、やってしまえ。知らしめろ。突きつけろ。貴様らも当事者なのだ。心の内でカリートリーは喝采を送る。
ローズの発想にイージス隊が関わっていることは間違いないだろう。彼は目撃したのだ。兵士たちが生き残るために手立てを駆使し、必死になる様を。つまり、これもやはりルビエールが導き出したことというわけか。
「見捨てないでいただきたい!彼らを。戦っている人間を。彼らはあなたたちのために戦っているのではありません。あなたたちの代わりに戦っているんです。彼らは地球人だ。あなたちと同じ地球人だ」
こんな扇動者がいるものなのか。クリスティアーノは内心失笑している。それは各国の大使も似たようなものだった。しかし、民衆に対する演出としては充分だった。主要な大使たちには既に根回しがされており、ローズの演説それ自体が役割を持っているわけではない。この演説はどちらかと言えば発信される先にいる聴衆たちに向けられている。
このローズの演説はその場ではほとんど影響を与えることはなかったが徐々に世界に浸透していくことになり、やがて大きなうねりとなって返ってくる。その勢いは、当事者たちの予測を大きく上回ることになる。
形ばかりの喝采を浴びながらローズは舞台を降りる。彼は走りきった。
クリスティアーノは舞台袖で表情を維持していたが靴先はそうではなかった。ストーリーは同じだ。ローズは用意されたゴールに転げ込んだ。ただし、蛇行しながらだ。いつ脱輪してはみ出すか知れたものではなく、クリスティアーノは生きた心地がしなかった。
後ろに控えているカリートリーは苦笑しながらその様子を見守っている。カリートリーはローズに脚本をぶち壊す気はなかったと見ている。ローズの境遇はゴールドバーグほどひっ迫してはいないし、彼の理念と照らし合わせてもそこまでズレたものではない。ただそれが何者かの思惑で舗装されているのが気に喰わないだけなのだ。ローズの脚色はクリスティアーノへの意趣返し以上の意味はないだろう。
もっとも、カリートリーがそうやって苦笑していられるのも彼の立場の為せるところでクリスティアーノが苛立つのは当然のことではあった。果たして最初の出番を終えたローズをクリスティアーノはどう評価するだろうか。カリートリーの興味はそこに移る。
「大した役者ぶりじゃないか。脚本家も喜ぶだろう」
降壇したローズに真っ先に与えられたのは皮肉以外のなにものでもない。主の稚拙な対応に呆れつつカリートリーはローズの反応を伺った。
「道化になるつもりはありませんのでね。次にシナリオを渡すならもう少し出来のいいものでお願いしますよ」
こいつ、さっきまでの男か?クリスティアーノは思わぬ返しに次の言葉を返すことを忘れ、カリートリーは刮目した。
ロバート・ローズは武装した。カリートリーはそう解釈した。自らの有り様を決定し、そこに向けて自分自身を演出することをはじめたのだ。登壇し、降壇するまでの僅かの間にロバート・ローズは変わった。そこに如何なる心理的な変化があったのか。
線の細そうな男と思いきや、案外と骨のある男ではないか。カリートリーはロバート・ローズという男を好意的に捉えはじめていた。それと同時に警戒もする。役回りが道化であっても自らの意思で踊る男を侮るわけにはいかない。
シナリオの改ざんを何ら悪びれもしないローズを見送ったクリスティアーノの表情は複雑だった。その心境をカリートリーは理解できる。
ローズが口にした言葉。この世界の理との戦いとは奇しくもクリスティアーノ自身がやろうとしていることそのものだった。
その言葉は演技に過ぎないはずである。しかし演技の目的には2種類ある。自分以外の誰かを騙すための演技と、自分自身を騙すための演技である。ローズの演技に後者が含まれているのであるなら…いや、確実に含まれているだろう。ローズは他者のために演技などしていない。となれば、彼にはその演技を真実へと変える気がある。少なくともそういう道があることを自覚しているはずである。
ロバート・ローズは世界と戦うつもりだ。例え目的が異なろうが、その目的地が同じであるならクリスティアーノも無視はできまい。
よもやロバート・ローズこそがクリスティアーノが持つ手札を切ることになるのだろうか。そんな大胆な予測を抱いたのはカリートリーだけではないだろう。
グラハム・D・マッキンリーの歴史講義「ロバート・ローズその1」
ドースタン大会戦から4か月。混乱と失態続きで組織としてのまとまりを欠いていた地球連合に転機が訪れた。
地球連合大統領補佐官ロバート・ローズの生還だ。彼はドースタン会戦でのテロを免れて現地にいた特殊部隊に身柄を預けられ、数多の苦難を乗り越えついに地球圏への帰還を果たした。
当時、ドースタン会談で何が起こったかは詳しくは解っていなかった。そのことが大統領を失った地球連合のまとまりに悪影響を及ぼしていたのだが、彼の生還によってその実態が明らかとなった。これによって大統領不在による疑心でバラバラになっていた諸国が落ち着く切っ掛けができた。
彼の証言によって会談は火星のテロによって破断したこと、また大統領ゴールドバーグは融和のために停戦交渉を行っていたことが明言された。
この証言はゴールドバーグという人物のストーリーと与え、地球連合に大義を提供した。火星は和平を願った指導者と、地球との融和を蹴って戦争を選んだ。このロジックは地球連合内の反戦派の語調を弱めた。
何のことはないように思えるかもしれないがロバート・ローズの生還は地球連合にとって大きな意味を持っていた。つまり地球連合はスローガンを得たわけだ。これで地球連合にとっての大戦の性質も固まった。平和のための使者を謀殺した連中への掣肘。要はこの戦いの起点となった連中を誅すること。これであれば戦争妥結としてもかなり現実的だ。
地球にとって第二次星間大戦とは火星総統府に巣食う悪逆の徒、つまりマルスの手を打ち倒す戦いになったわけだ。
それと同時に連合内部での勢力争いにも一つの志向性が生まれた。ロバート・ローズを手にし、大戦の流れを作り上げた欧州共同体はOPAの支持を得ることにも成功。これに他の列強国も追随し連合内部の主導権は再び列強国によって安定した。まぁようするに列強内の序列が多少入れ替わっただけに納まったわけだ。
いや。まぁ、本当のところはどうなんだろうな…。




