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10/1「スカイフォール」

 グラハム・D・マッキンリーの歴史講義「第二次星間大戦・前中期」

 第二次星間大戦が唐突に幕開けたことはドースタン大会戦後の各国のおっかなびっくりの暗中模索に現われている。大戦の脇役である月や共同体は困惑し、仕掛けた側の火星すらその後の動きはもたついた。そしてもっとも迷走したのは地球連合だった。

 地球連合とは歴史の長い旧国家の集合体だ。その内部には多くの思惑が内包され、これをどうまとめ上げるかが地球連合の最大の課題だった。

 多くの人間にとって理解に苦しむところだろうがドースタン大会戦における大敗北は地球連合にとっては間違いなく重大な危機だ。にも関わらずそうとは捉えないものが連合には多く存在した。そういう連中が存在する以上、そうとは考えていない者もそれに付き合わざるを得ない。

 名目上とはいえ地球連合を取りまとめる存在である大統領がいなくなったこともより状況を悪くした。誰がその跡を継ぐのか?それすら彼らにとってはチャンスと見做されたのだ。

 悪いことにこの流れは政治の場だけに留まらず、連合軍内部にまで拡がった。政治の場がそうであるように軍も古い体制が続き過ぎていたからこの流れは必然だった。

 元々停滞していた体制が一つの事件で一気に瓦解を始めた。これは数年前、火星でも起こったことだ。

 ピンチの後にチャンスあり。やれやれ、そんなことを言っている場合か?多くの人間がそう思っただろうな。しかしこの醜い争いを勝ち残ったものこそ後に地球をまとめあげる大役を果たし、英雄と称されるんだから歴史というものは皮肉だな。

 それとも人類の錬磨とはやはり争いの果てにあるということか。皆はどう思う?



10/1「スカイフォール」

 ドースタン大会戦から3か月。イージス隊はシュガート、ホーリングス、ブラッドレーの3隊と共に逃避行の果てについにローマ師団第八大隊の元に帰還した。連合領域の端にあるコロニー「ダラス」へとたどり着いた諸隊のメンバーは生還劇にフィナーレを迎える。しかしこの生還劇の主役であるルビエール・エノーにとってこのエピソードにはまだ続きがあり、その結末も決定はされていなかった。

「大尉、大隊長が大至急出頭せよとのことです」

 まぁ、そうなるだろうな。周りの不安げな視線を集めながらルビエールは平然としていた。あまりいい予感はしないが最悪ではない。ヤングの件であろうが、ローズの件であろうが本当にマズいと大隊指揮官が判断したなら出頭と言わず入港、即捕縛となっただろう。

「全員、ご苦労だった。別命あるまで待機。もう大丈夫だ」

「ご一緒しますか?」

 リーゼが進み出たのをルビエールは制した。

「やめといた方がいい」

 どういう意味であるのか。引き下がりはしたもののリーゼは納得していなかった。

 乗り降り口には既に迎えの人員が待機していた。エイプリル・カーラ・フィッツジェラルドただ一人である。

「おかえりなさいませ。よくぞご無事で」

 不敵な表情で見せた敬礼にはルビエールに対する敬意が見え隠れしている。この時点でどうやら最悪のケースは避けられたようだった。

 連れられた先はダラスの作戦司令室のような場所でカリートリーは複数の人間たちと何やら打ち合わせをしている最中だった。

「こっちだ、大尉」

 カリートリーの呼び方に戸惑いながらルビエールは戦略図を囲む輪に加わった。何人かはローマの人間たちだったがほとんどは見たことのない者たちである。階級章から見ると自衛軍のようでダラスを守備する軍人たちのようだった。将校だけでなく副官や通信士も含まれている。現場の人間といった感じでその輪に加わったルビエールはやはり浮いてしょうがない。だが、ルビエールは彼らに敬意を持った会釈や敬礼によって迎えられた。

「フランクリンベルトが奪われた話は聞いているな?おかげでここらの中小コロニーも緊張状態というわけだ。相手はフル編成の兵団。仮に襲われれば一溜りもないだろう」

 自嘲気味に笑うカリートリーだがその言葉には言うほど緊張感はない。

「言ってはなんですが、ここにそれほどの価値はないと思います」

 敵は強大堅固なフランクリンベルトを手に入れたのだ。わざわざ中小のコロニーを抑えにかかる意味はないとルビエールは考えていた。

 価値はない。事実としてそうだが、何人かはルビエールの言葉に不服そうな顔をした。カリートリーは苦笑しながら頷く。

「うむ。故に我々は早急にここを退去せねばならんわけだ」

 自分たちがその価値になってしまう前に。カリートリーの示唆にルビエールも納得した。つまり腰を落ち着けて長居するわけにはいかないということだ。少しは気を抜けるかと期待していたルビエールは残念に思った。諸隊の人間はそれ以上だろう。

「で、いまその話し合いをしているわけだ」

 カリートリーの言葉を受けてダラス側の将校が一歩前に出た。

「どうも。ダラス防衛責任者のヒル中佐です。我々ダラス自衛軍は本営の指示により、希望する民間人の疎開を行うよう指示を受けております。しかし言うまでもないことですが我々に移送を護衛するような余力はありません。そこで、あなた方のお力添えをいただきたいのです」

「正規軍はどうしたんです?」

 何やら面倒ごとをかぎ取ったエイプリルが口を挟んだがヒルは気を悪くすることもなく肩を竦めた。

「正規軍はサンティアゴに対抗するために戦力を結集中だ」

 つまり逃げたんじゃないか。エイプリルは声に出さず表情でそう言い、ヒルは同じことを思っている相手にどこか嬉し気に頷いた。

「そちらの望みの全てを叶えることはできませんが、かまいませんな」

 カリートリーは一定の協力をするつもりのようだった。ヒルは表情を引き締め頷いた。

「もちろんです。収容できるだけの人数で結構です。我々としては残せる限りの戦力をここに残したいのです」

 どうやらヒルはダラスを全力で守る覚悟のようだった。カリートリーには無意味な覚悟に思えたが首を突っ込む気はなかった。自分が背負っているものと、彼が背負っているものは違うのだ。

「では、3日後に我々は進発します。問題は経路だが」

 そういうとカリートリーは戦略図に線を引いた。その線はダラスから地球を一直線に結び、見ているものを困惑させた。

「地球に直行、ですか?」

 ヒルは困惑気味に問いただした。意味がない。安全圏のコロニーにまで行ければそれでいいではないか。わざわざ地球にまで戻る必要性をヒルは理解できなかった。

「こちらにも事情がありましてな」

 もちろんその事情とはローズのことである。カリートリーとしては可及的速やかにマウラへと届けねばならない。また個人的な事情としてもその特大の爆弾をとっとと手放したいというところもあった。

 ヒルの方はチラリとルビエールを見て彼なりに何事か納得したようだった。

「まぁ、本国まで直接送ってもらえるならそれに越したことはないんですが」

 ダラスの民間人を安全圏のコロニーまで運んでもらえればくらいに思っていたヒルにしてみればどちらでもいい。

「やってみるか?」

 不意に問われたのはエイプリルだった。話の流れから言えば民間人移送の手筈のことだろう。一瞬不機嫌な顔をしたエイプリルだったが不遜な態度だったことに気付いて背筋を伸ばした。

「やります」

「よし、取り掛かれ」

 カリートリーが満足げに命じるとエイプリルは踵を返して部屋を後にした。

「お前はこっちだ」

 そういうとカリートリーはルビエールを引き連れて今度は聞き耳を立てられない部屋に移動した。

「まずはご苦労。大変な仕事だったな」

「ルビエール・エノー及びイージス隊帰還しました」

 ルビエールの報告にうむ、と頷くとカリートリーも敬礼を返した。ここにイージス隊の帰還は果たされたのである。

「先に聞いておくが、代償は他にないだろうな」

「報告した通り、ローズ補佐官に関するものと、ヤング中尉の騒動におけるドック被害の費用のみです」

 振り返ってみればそれだけで済んだのは我ながら上手くやったと言える。しかし代償とは別に失ったものも多くあった。

 カリートリーも同じ考えなのかため息をつきながらも自らとルビエールを納得させるように言った。

「正直なところ予想外のことをやってくれて冷や汗をかかされたが、お前はともかくやりきった。結果が全てと言うつもりはないが、結果として貴様は自隊だけでなく、シュガート・ホーリングス・ブラッドレーを救った。これは間違いのない事実だ」

「できるだけのことをしただけです」

「他の人間にお前と同じことができたと思っているわけではないだろう」

 あまり納得したくはなかったがカリートリーの言っていることは事実だった。ルビエール以外の人間ではローズというカードは手に入らず、また切ることもできなかったはずである。

「さて、2つ示し合わせておかねばならんことがある」

 カリートリーの切り出しにルビエールは身構えた。

「1つはオリバー・ヤングの一件についてだ。さて、建前と本音、どちらからがいい?」

 カリートリーは冗談めかして言う。その表情だけでもルビエールの行動を差して問題にする気がないのは解った。ルビエールにとってはあまり気に入らないことだったが。

「では、建前からお願いします」

 建前、つまりローマ側の言い分であり、シナリオだ。

「いいだろう。そもそもヤングのやらかした行為は軍の規定を完全に無視している。それに対処したお前の行動に関しては全く問題ない。もちろん、それ以前の貴様の行動、つまりWOZとの交渉に関しては議論の余地がある。しかしその点に関して裁定を下すべきは我々であってヤングではない。それとこれとは全く別の話というわけだ。その件とヤングの行動の正当性は個別に判別されなければならない。また仮にヤングの主張に何らかの正当性を見出したとしても、奴はオオサコを介した上で行動しなければならなかった。主張の正当性と行動の正当性は異なる。オオサコの支持を得られなかった時点で奴の行動に正当性は皆無であり、その行動は軍の規定を逸脱した蛮行と評価されなければならんだろう」

 カリートリーの弁はヤングの正当性を徹底的に否定するものだった。しかし口にした本人は皮肉に口元を歪めて同情的な表情を見せていた。

「本音は、多少複雑だ。俺の立場から言うならローズ補佐官の存在からも貴様の行動はやむを得んものと思う。もう少しばかり上手くやる方法があったかもしれんが、その場にいなかった俺があれこれ言ってもしょうがないだろう。お前が見つけられなかったのなら、つまりその場、その時には存在しなかったということだ」

 ルビエールは不快感を覚えた。カリートリーの同情はヤングでなく、ルビエールに向いていると思ったからだ。それを目ざとく察したカリートリーは哄笑を上げた。

「お優しいことだ。貴様が負けていればヤングは貴様に同情したと思うか?したとしてもそれは心のなかに留め置かれるだけだ。奴は自身の正当性のために徹底して貴様の名誉を穢しただろう。生きていればいたで生家の力を借りて名誉を回復しようと躍起になったはずだ。貴様の周りの人間全てにとって不利益な存在、それがオリバー・ヤングという男だ。俺にしてみればこれでもまだ理性的な対応だと言える。それに比べて貴様はどうだ、ヤングに対して何をできた?」

 その陰湿そうな風貌に似合わず、これまでカリートリーは個人的な感情で対象を侮辱することはなかったのでルビエールは驚き、そしていくらかの恐怖を感じた。

 カリートリーは激怒している。思い違いでなければその怒りは身内を危機に晒された親の怒りであり、同時にことの重大さを理解していない子への怒りだった。

「貴様は敵と戦うことを知らん。それでは、皆が死ぬぞ」

 半ば睨みつけるようにカリートリーは吐き捨てた。この助言と思えぬ助言にルビエールは心当たりがある。

 敵。敵とは何か。地球人としての敵、軍人としての敵、個人としての敵。カリートリーのいう敵とはこの場合、個人としての敵だろう。マサトの言う通り、それは全て異なるものであって履き違えてはいけないものだ。

 ルビエールはヤングを味方として定義しようとしては周りの者にそれを諫められた。事件はイージス隊にとって都合よく収束したが、それはルビエールの行動の結果とは言えない。ルビエールはヤングを敵にすることを最後まで躊躇し続け、結局のところヤングとは相対することもなく終わったのである。

「私自身の手で決着をつけるべきであったと」

「ヤングの名誉云々を言うのであればな」

 それが敵対者への礼だ。そんな言葉を付け加えてカリートリーは黙ってルビエールに考える時間を与えた。カリートリーは自分の手でどうにもできなかったのだから黙っていろと言っている。しかしルビエールは我慢がならなかった。

「ヤング中尉の処遇はどうなりますか」

 自分の言葉を無視しているにも関わらずカリートリーの反応はそれほど悪くはなかった。むしろそうでなくてはつまらんとでも言いたげである。

「聞いておかんと目覚めが悪かろうな。まずヤングの親御である中将とは話がついている。彼自身はWOZで起こった件に関しては理解を示し、貴様に対する復讐心はないことを明言した。内心はどうであるにせよ息子の名誉を優先したということだろう。ヤング中尉に関してはドースタン会戦における撤退の最中で戦死したとすることで話はついた」

 この時、ルビエールの見せた表情は憤怒と言うよりは失望と呼ばれる類のものだった。

「何か不満か?」

 カリートリーは皮肉に口元を歪めてルビエールを試している。ルビエールは言葉に困った。

 なかったことにする。その解決はルビエールたちが事件の最中で目指していた着地点でもあった。ルビエールたちだけでなく、ヤングたちの名誉までも守られる。誰にとっても考えうるベストの解決である。しかしルビエールは誰よりもそれに納得することができなかった。

 それは自分の為したことの放棄だった。言ってみればルビエールはヤングの死に対する責任をも取り上げられたのだ。

 時に真実は誰にとっても不幸な結末を用意して眠っている。カリートリーは今度はルビエールの反応を笑わなかった。

「貴様の思うところは理解できんでもないし、その考えは正しいと思う。しかし、それを飲み込んでこその指揮官というものだ。思考と行動を両立できるならどれほど清々しいかと俺も考えるよ」

 カリートリーの言葉は親が子に言い聞かせるようであったし、ルビエールの抱いた反感もまた子の親に対する無条件の反抗のようだった。しかしカリートリーの言う通り、ルビエールは自らの思考と行動を別にせねばならなかった。

「シュガート・ホーリングス・ブラッドレーの人員には何の咎も制約もないようにお願いします」

 もちろん、緘口令くらいはしょうがないのだが、結果として巻き込まれた者たちが不利になるような状況だけは避けねばとルビエールは考えた。

「何も起こっていないのだから当然だ。もっとも、ヤングに与した者たちを黙らせるのにいくらかの工夫は必要になるだろう。それはヤング中将に任せることになる」

 言われるまでもなくカリートリーはルビエールの願いに沿うつもりではあったが、ヤングに与した者だけはその範疇に含まれないことを示唆した。

 ヤングに積極的に与したものたちは事態をより悪化させ、さらには見捨てたとしてヤング中将にすらよい感情を持たれていない。彼らは中将の精神的なスケープゴートとして遇されることになる。ある者は閑職に、ある者は激戦区に飛ばされることになるだろう。カリートリーとしても同情の余地はない。ルビエールですら頭を振るだけでそれに口を挟むことはしなかった。彼らは本件が明るみに出れば処罰されることになるのだからそれですらまだ良い処遇なのだ。

「それで私はどうなりますか」

 ヤングの件は解った。次は自分の番だった。やっていることの大胆さ、重大さはヤングの比ではない。しかし、諸隊を救ったという事実がある。ルビエールはどのような処置も受け入れる覚悟でいた。しかし当のカリートリーの態度は処罰を与える上官というよりは優秀学生を表彰する教師のそれだった。

「どうなる。とは何を意味しているのか解らんが、貴様は諸隊を救い、機密の漏洩もなく帰還し果せた」

 困惑気味に眉を動かすルビエールにカリートリーは続けた。

「しかも、ドースタン会談で行方不明となっていたロバート・ローズ大統領補佐官を救出して生還させた。これは多大なる功績と言える」

 つまり、それがマウラの、クリスティアーノの用意したシナリオだった。この手の手法にルビエールは覚えがあった。

「プロパガンダに使うということですか」

 嫌悪感を露わにするルビエールにカリートリーは悪びれない。

「そうだ。それに、今さら貴様の経歴に傷をつけるわけにもいかなくなった。状況が変わったわけだ。俺たちにとって重要なのは死んだ男でなく、死んだと思われていた男をどうするかなわけだ」

 死んだと思われていた男、ロバート・ローズのことである。カリートリーは紙の束を投げて渡してきた。

「貴様はクリスティアーノの名を使って勝手にWOZによしみを作った。それ自体は不問としてもかまわん。結果としてWOZとのコネクションを得ることができたことをクリスティアーノは歓迎している。しかし俺たちを利用するということは俺たちの側に立つか、さもなくば敵対するということだ。覚悟をした上での行動だろうな」

 今度はルビエール自身の選択によって生じた結果だった。それに異存はない。

「ここからは貴様にもキャストの1人になってもらう。シナリオは用意した。一字一句とは言わんが頭に叩き込んですぐに処分しろ」

 紙媒体を用いる伝達は古めかしいが、いまではそちらの方がより機密性が高い。見る手段が限られ、処分も容易であるためだ。

 ざっとその内容を確認したところでルビエールの表情はより険しくなった。そのシナリオはルビエールとローズを主役に据えた者だった。

「大袈裟すぎませんか」

 率直な意見に対してカリートリーは口元を歪め、笑いとも何とも言えない表情を見せてから言った。

「それがクリスティアーノに従うということだ。覚悟しておけ」

 ドースタン会戦から3か月。歴史にロバート・ローズの名が出現した。誰も予想だにしなかった平凡な男の帰還は地球にとって一つの転機となる。


 第八大隊の地球帰還にはシュガート・ブラッドレーの両艦も付き合うことになった。本来なら正規軍から別の集結地点への移動を指示されるところダラスの民間人を少しでも多く乗せるべき、というエイプリルの具申を大隊指揮官が取り入れて一時的に両隊を指揮下に組み入れたのである。このことが両隊のメンバーたちのその後に大きな影響を及ぼすことになる。

 三日後、宣言通りに第八大隊はダラスを進発した。エイプリルによる加減のない段取りで艦隊各艦には民間人が満載されカリートリーには各艦からの不平不満が殺到した。カリートリーはそれを受け入れるだけは受け入れるがエイプリルには何の咎も負わせない。

 同乗した民間人による些細なトラブルを除けば艦隊は順調に地球帰還の道のりを進み、309年11月、第八大隊とリターナーたちはついに地球軌道エレベータの一つ「エッフェルステーション」へたどり着いたのだった。

 エッフェルステーションは欧州共同体が共同管理する地球軌道上の最大クラスの宇宙港で地球と宇宙を繋ぐ玄関口でもある。ここで各員はそれぞれの道を行くことになる。ルビエールはローマ本営への出頭を命じられローズと共に地球へと降下することになる。イージス隊の中で軍人組はそのままエッフェルステーションに駐留するがクサカ社・イスルギ社のスタッフは艦を降りるためこの時点で試験小隊イージス隊は役割を終えて、実質的に消滅することになる。

 手ぐすねを引いて待っていたクサカ社は即座に社員の帰還を求めてきた。速やかにイージス隊の持つデータを活用してXVF15及びXVF16の正規採用を急がねばならないのである。

「色々ありましたが何とか無事に戻れましたし、成果は思う以上に得られたわけです。感謝すべきところなんでしょうなぁ」

 苦笑交じりのエディンバラの言葉に混ざる入り組んだ感情にルビエールは妙なシンパシーを覚える。ルビエールとしても素直に感謝されてもむず痒いところである。

 この二人は余りにも違う互いの立場を奇妙な逃避行の過程で理解しあうことになった。もっともそれがもたらしたのはお互いに苦笑いしながら黙るくらいのもので何かの役に立ったかと言えば怪しいところだった。

「互いの役割を果たせたことは確かです」

 ルビエールの返しに肩を竦めたエディンバラは少し考えてから右手を差し出した。企業人流の敬意の表し方であり、最後まで彼が軍人とは一線を画しているという意思表明でもあった。この意思表明をルビエールは苦笑いしながら握り返すことで受け取った。

 本来であればこの軍人と企業人との道は交わるはずがない。ルビエールもエディンバラもそう思っていたのであるが、わりとすぐに交わることになる。

 イスルギ社のスタッフもクサカ社と同様に即座に降下することになった。ただしクサカの場合はトップダウンの命令であるのに対してイスルギの場合は開発部長でもあるマサト自身の判断による。慌ただしく降下していったエディンバラ達に比べればそれはのんびりしたものだった。

「そういえばお前のセカンドライフとやらの目的を聞いてなかったな」

 エレベータ待ちの限られた時間の中でルビエールが選んだのはそんな言葉だった。

 マサトはステーションから見える地球を眺めながら言うべき言葉を選んでいた。

「いやぁ、別にそこまで大それたことをしたいわけでもないんですがね」

 そこで言葉を切ったマサトは頭を掻くと表情を変えた。どこか得体の知れない少年の仮面が俄かに失せて本当の表情がそこに見えた。

「前言撤回。ちょっとばかり大それたことをしたいと思ってましてね」

「それが何かは、教えてくれないわけか」

 少年は人差し指を口元に持ってくると悪戯っぽい顔を見せた。

「あなたがいまの道を進むなら、そのうち知ることもできるかもですね」

 それはつまり、その大それたこととやらにはマウラも関わっているらしい。

「こっから先のクリスティアーノがどうなるのかは僕も予測できませんけど。少なくとも見ようとしている世界は僕らと同じですよ。んじゃ、またいつか」

 見ようとしている世界?その言葉の意味を問う前に少年は荷物を抱え上げるとあっさりと別れの言葉を口にしてエレベータの搭乗口に歩き出した。

 何と声をかけたものか。迷っているルビエールに振り返ると少年はいつもの飄々とした顔で減らず口を叩いた。

「まぁ、精々巻き込まれる側にならないようにしてくださいね」

 忠告のつもりなのか、冗談なのか解らない言葉にルビエールはウンザリとした表情で返答した。

 こうしてマサト・リューベックは地球へと降下していった。不可思議な少年との交流によって得られた情報が本格的に形を成すのはまだ少し先の話である。

 短いながらもその縁が及ぼした影響は測り知れない。そして今後も。再会することがあるかどうかは別として、ルビエールはマサトのやることに何らかの影響を受けることになるのだろう。

 まぁ、たぶん巻き込まれる側になるんだろうなぁ。ルビエールは根拠もなくそう確信するのだった。



 次にエッフェルを発つのはルビエール自身だった。イージス隊の人員たちも順次原隊に復帰することになるがローマ師団を始め原隊には原隊の事情があって即座に移動というわけにもいかない。イージス隊ら軍人組の行き場が決まるのはかなり後になる。

 時間など有り余っていたし、即座に呼び出されると思っていたのでルビエールの身支度などほとんど済んでいた。余った猶予を使ってルビエールはシュガート、ブラッドレー隊らリターナーの主だった者たちに別れを告げて回る。

 ルビエールがシュガートの司令室に入った時、アンダーセンはヘリクセンと話している最中だったがその姿を見たヘリクセンは「おっと」の一言を発するとそそくさと退散する。

 また何か悪だくみをしていたのか?苦笑するルビエールにアンダーセンはバツ悪そうな顔をしながら

「ご心配なく、ご迷惑はおかけしません」

 などと言うのであった。

「今後はどうなりますか?」

 儀礼的な挨拶を交わしてからルビエールは表情を柔らかくして問う。アンダーセンは煙草を取り出すと飄々と答えた。

「さぁ?編成部は本来なら今の編成のまま補充だけしてどこかの戦線に復帰させるつもりだったでしょう。ですが地球まで戻ってくることは想定していないでしょうし、原隊である第七艦隊も消滅しました。当面は宙ぶらりんになるかもしれませんな」

 アンダーセンの推測は的を射ていた。ダラスでカリートリーが両艦を徴用せねばシュガートとブラッドレーはそのままロックウェルかネーデルラントに移されるところだったのだがその予定から外れてしまった2隊の次を迅速に用意しているほど編成部も暇ではなかった。地球にまで戻ってきてしまうと次の戦地に動かすにしてもかなり遠く、単独では動かしにくい。結果として両隊は解隊されてそのメンバーはそれぞれバラバラの道を歩むことになる。

「かえって余計なことをしたでしょうか?」

「いやいや、シュガート隊は私の預かる隊ではありますが、それはあくまで戦地での話。私自身も含めて隊は軍のものです」

 理屈としてはそうだろうが、自分で育て上げて、生き残ってきた部隊員たちが上層からの命令一つでバラバラになることを簡単に受け入れられるだろうか。ルビエールとイージス隊はそもそも軍の都合で勝手に集められた部隊だが、それでもこれでお役目終了と思うと寂しいものがある。

 しかしアンダーセンは飄々と、わざと軽薄に言葉を繋げる。

「長いこと軍人などやっていると色々浮世離れをしてしまうものです。私がこれまで面倒を見てきた者たちのどれだけが生き残っていているのか、どのような最期を遂げたのか。恥ずかしながら私は預かり知りませんし、もはや知りたいとも思いません」

 酷薄ともいえるアンダーセンの言葉にルビエールは驚かされた。アンダーセンは面目なさそげを装いながらもその裏には確固たる考えでそれを口にしていた。

「今、手元にあるものが私の全てということです」

 これまでに関わってきたものたち全ての行く末にまで責任は持てない。持とうとするのも思い上がりというものだろう。

 それがトーマス・アンダーセンという男のたどり着いた答えであり、責任の全てということなのだろう。ほろ苦く笑うアンダーセンにルビエールが言えることなど何もなかった。

 次の瞬間、アンダーセンの表情はいつもの形を取り戻していた。語るべきこととは語ったとでも言うのか、次の言葉はルビエールに関してだった。

「しかし、あなたにはこんな老兵の境地に来られては困りますよ。私の影響などと言うことにでもなったら末代までの恥です」

 冗談めかして老兵は言う。今のルビエールにアンダーセンほどの悟りに至れるとは思わないし、至りたいとも思えないのだがどう返していいものかルビエールは苦笑する。

「機会があればまた一緒に戦いましょう」

 ルビエールは本心でそう口にした。ルビエールがいつか自分の部隊を持ち、編成に携わることがあるならば、その部隊のメンバー候補には真っ先にアンダーセンやヘリクセンの名が挙がってくるだろう。それほどルビエールはアンダーセンたちを信頼し、評価するようになっていた。

「もちろん、ご縁があるなら是非に」

 口ではそういうがアンダーセンの態度はそんな機会はないだろうとどこか素っ気ない。ルビエールは自分の言葉が社交辞令と受け取られたと認識した。その時が来れば行動で示せばよいと気にはしなかった。


 刻限が迫ってきた。多くはない荷物を手にしてルビエールは時間5分前に指定場所に到着する。そこには明らかに軍人とは異なるタイプの暴力の使い手が周囲を警戒していた。

 マウラ閥側のエージェント、だけではない。正規の警察系勢力も全体を警護して物々しい雰囲気になっている。しかし彼らのルビエールに対する態度は全く持って紳士的だった。ここが軍人とは異なる点だろう。彼らの主たる役割は要人の警護なのだ。自分がその対象になっている理由に心当たりのあるルビエールは内心ではウンザリしながらも彼らの職務に礼を持って対応する。

 ステーションのVIP用のラウンジに通されたルビエールはそこでもう一人の要人と席を並べた。元大統領補佐官ロバート・ローズは難しい顔をしながら書面を見ながらぶつぶつと呟いていた。隣に座ったルビエールを一瞥すると彼は念のために手にしていた紙を折りたたんで懐にしまった。あまり見られたくなかったのか最初の言葉には少し棘があった。

「シナリオは頭に入れましたか?」

 それでルビエールはローズのやっていたことを理解した。

「私の方は大して覚えることもありませんので」

「羨ましい限りですよ」

 そういうとローズはまた懐から紙を取り出すと睨みはじめた。ローズは台本を頭に叩き込んでいるのだ。もしくは台本を確認しているのか。ルビエールは読んだら即座に破却しろと言われてそうしたのだがわざわざローズには言わなかった。彼ほどの人間がそこまで迂闊ではないはずでその紙も対策がされていると思って間違いないだろう。

「色々と感謝はしてますよ」

 おや、嫌われたか?エディンバラのそれに近いローズの切り出しにルビエールは苦笑する。まぁそうなってもしょうがないくらいのことはしているのだが。とはいえ、ローズもローズで選択をしたのだ。今になって後悔してもおかしくはないがそれはローズの問題だと開き直る。ルビエールも自分の選択という問題を抱えているのだ。

「あなたは僕に道を提示した。僕はそれを選んだ。もっとも、それをちゃんと歩けるかどうかは別の話ですが」

「そうですね」

 その通りだ。ルビエールは心の中で繰り返す。それを決めるのはローズ自身だ。例え道がそれ一つしかなくても選択し、歩むのはローズ自身である。

「1つだけ聞きたいんですが」

 ルビエールはローズの方を見たがローズは紙しか見ていなかった。

「あなたは僕をとんでもない道にエスコートしたわけですが、あなた自身はこの先どの道を通っていくおつもりですか」

 ようやくローズの視線がルビエールに向いた。その目はこう言っている。

 一人だけ舞台を降りるなよ。

 いらぬ訴えだろう。ルビエールが舞台を降りようとするのを許さない人間はいくらでもいる。この先、奴らが用意したレールの上をルビエールは。

 走ってたまるか。

 不意に反骨心を目に宿らせたルビエールにローズは気圧された。

「どの道をいくかはわかりませんが。自分で選んで自分で歩きますよ」

 既に電車からは転げ落ちたルビエールである。ろくでもない選択肢の中からであったとしても、歩くか歩かないか、それだけは自分自身で決める。

「お時間です」

 いかにも熟練といったSPが告げる。軍人の世界には凡そ必要のない礼節で2人は扱われる。ルビエールに久しくなかった悍ましい感触が蘇る。

 ああ、ここだ。ここから私は生まれたのだ。こいつらは自分たちの中身など見ていない。こいつらが見ているのはその背後にいるものだ。

 これからルビエールが対峙することになる相手。クリスティアーノ・マウラもそのうちの一人である。果たしてその女はルビエール個人にとって敵であるのか、味方であるのか?あまりいい予感はしない。

 VIP用エレベータが静かに降下する。見上げる存在になったステーションを見つめ、徐々に近づく地表に視線を移す。

 別れとはいつどこで、どのように訪れるものか知れたものではない。特に軍人のような職業と今の時勢では。今日のこの日に別れた者達の何人と自分は再会することがあるのだろうか。

 一方で出会いもまたいつ、どのように訪れるかは知れたものではない。ルビエールは忌み嫌う悍ましき世界で新たな縁との邂逅を果たすことになるのである。


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