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0/2歴史的補項「ハモンドインパクトについて」

ナリス・エリクソンの戦史講義「宇宙戦争の時代」より抜粋


2.

 振り返ればその時代の兵器価値は異常だった。例えば戦闘機を撃墜するための対空ミサイル1発が平均的な成人の生涯所得に匹敵する。これはミサイルと戦闘機の性能競争の成れの果てだ。しかしこのミサイル1発がもたらす効果にそれだけの価値があるのかと言えば、どうだろうか。そのミサイルが最大に効果を発揮したとしても戦闘機1機の撃墜に過ぎない。それ以前に多数のミサイルが開発消費されることを考えれば効率はさらに落ちる。

 兵器対兵器による開発戦争。この戦いによって最新兵器の多くがその本質的な価値を置き去りにして無秩序に発展を続けていた。暴走と呼ぶべきだろう。

 一方で人間を相手にした兵器はどうか。今現在でも我々にとって火薬によって鉛玉を撃ち出す古式ゆかしい銃は大きな脅威のままだ。その銃の価格は週所得、安いモノなら一日の所得でも買えてしまうだろう。そして、それでも十分に目的を果たせる。これは人間が鉛玉を克服するように進化しなかった結果だが、銃には必要十分がはっきりと示されているためともいえる。つまり価値がはっきりとしているということだ。

 競争の結果として進化を続けてコストを増大させてきたAI兵器群にはその価値の定義がなかったのか、あったとしても間違っていたのか。どちらであるにせよ、はっきりとしているのは恐竜的に進化し、大規模になっていった兵器はもはや戦争の道具としての域を大きく逸脱していたということだ。

 過ぎたるは及ばざるがごとし。AI兵器群は果たして本当に戦争に必要なのか?食い潰す資源に見合うだけの価値があるのか?

 この疑問が生まれはじめたとき、AI兵器の価値を根底から揺さぶる事件が起こった。

 AI兵器の最大の強みは均一化にある。一方でそれこそが最大の弱点である。つまり一点が綻びを見せればその一点は全体に波及しうる。この弱点をAI兵器は終わることのない進化によって補ってきた。この進化が続く限りにおいて理屈上、AI兵器は無敵だった。しかしそれは全体のコストが膨れ上がり続けることも意味している。

 資源は既に尽きかけていた。

 旧時代最大の軍需企業ハモンド社は膨れ上がった自社兵器群の整備保守に資源を奪われ、徐々にその更新に対応できなくなりつつあった。しかし高度化、複雑化するAI兵器と競合他社との開発競争は歩みを止めることを拒絶する。

 それは1つのバグに過ぎなかった。発覚した時点でそれは軽微な問題でしかなかったがシステム的に根深い部分に存在し、コアデータの入れ替えを必要とした。全体の更新を必要とするAI兵器においてはどれだけ軽微なバグであっても修正には膨大なコストが必要となる。コスト効果を鑑みたハモンド社はコアデータの入れ替えまではせず、パッチを当てることで応急的な措置を取るに留めた。これ自体は上手くいった。しかし、同じようなケースが二度三度と続いた。全体のシステムが肥大化したこととそれによる維持コストの圧迫に窮していたハモンド社は抜本的な解決を先送りにしてその場凌ぎのパッチを当て続けてコアデータは継ぎ接ぎだらけになり、内部データに不要なシステムを抱えることになった。

 そして穴が空いた。継ぎ接ぎだらけのデータの奥深くに生じたこの穴は開発者もAI自体も認識することができなかった。そしてそこに生じたデータ残滓は人知れずその他のシステムに作用し、原因不明の不具合を起こし始めた。全体の維持コストを抑えるためのデーターオーバーホール頻度が下がっていたこともあって問題が発覚するのにも、また解明されるのにも時間がかかり、それは致命的な遅れとなって解決のための猶予を消し去った。

 そして破綻は訪れた。

 ハモンドインパクト。それは偶発的なバグなのか、意図的に植え込まれたのかは解らない。ともかく歴史的な事実は突如としてハモンド社及び同系列のAIに関連したシステムが不具合を起こし、連鎖的に使用不能になったということだ。酷いケースでは搭載していたシステムの暴走まで起こった。当然、運用国の軍事力は丸裸となり大混乱に陥った。

 この事件は無敵のシステムはあり得ないという結論を提示する。あらゆるシステムは更新・進化を続ける限りデータ残滓を生み続ける。これを適時に排除するのは無限の努力を必要とし、滞った瞬間にデータ残滓はシステムに嚢胞を穿ち、システム自身が自覚のできないアノマリーを生じさせる。これは他のあらゆるAIシステムにも共通して生じ、定期的なシステム切り替えが避けられないことを人々に突き付けた。もちろん、それに必要な資源とコストが莫大となるのは言うまでもない。資源に苦しんでいた人類にはまったく現実的ではなかった。

 イヴィーは説く。恐竜的な進化を遂げた兵器はそれ自体が希少な資源の塊でその製造にも維持にも多大なコストを要する。それに比べれば増え続ける人類は単純な有機素材とたんぱく燃料で動く低コスト資源だ。どちらが重視され、活用されるべきか、自明の理であるはずだ。

 人間は抗弁する。人間と資源を同列で語るなど愚の骨頂だ。戦争とは効率によって語られる問題ではない。互いの理念と正義、そして歴史の折り重なったものだ。それを蔑ろにして決着する戦争に意味などない。

 イヴィーは問う。では、我々が戦争に加担する意味はどこにあるのか?

 このイヴィーの問いに人類は答えることはなかったし、その理論を認めることもなかった。しかし時代は進み、人口はさらに増え、資源は枯渇する。人類が地球に納まりきらない時代が来た。資源を確保するために戦争が起き、さらに資源を燃焼させる。軍事費に圧迫される市民たちの不満はより高まり、にも関わらず列強国の軍備は全体の質の悪化を見せ始めた。故障、あるいは整備不良によって役に立たなくなった兵器の代わりに戦場に立ったのはやはり人間である。その頃からかイヴィーの提唱した理論は砂糖の衣を着込んで戦争史に姿を見せることになる。

 戦争とは、機械に任せるものでなく、人間同士の意思のぶつかり合いによって決着するものである。

 リアリズムにロマンチシズムを被せた美しい表現だ。もちろん実体は資源枯渇で軍備どころか社会インフラの維持すら困難になった強国の苦し紛れの美辞麗句だった。しかし私自身もこの言葉には一定の理があると思っている。戦争に勝つということは結局のところ人に勝つことだ。機械に勝つということではない。戦争に負けるということは人に負けることであって機械に負けるということではない。そうでなければ人間は納得することができないのだ。

 このロマンチシズムの登場によって戦場の主役は人間に回帰する。皮肉なことにこれは人類史上でも初めての戦争の縮小ともなった。人道主義者は泣いて喜ぶべきところだろう。

 資源の数を争うのでなく、戦える者の数で争われる戦争が模索されはじめた。その不可思議な模索の中で人々は戦争とは何なのかを見つめなおしたことだろう。しかし残念なことに戦争そのものをやめようという結論にはならなかった。増え続ける文明の維持コストに人口抑制論までささやかれ始める。

 ここで人類は大きな賭けに出た。宇宙への入植だ。

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