9/6「エンジェリオ」
9/6「エンジェリオ」
イージス隊率いるドースタン敗残部隊と共同軍突撃校大隊分艦隊の遭遇戦が始まった。この戦いは大戦においては全く意味のない戦いでありロバート・ローズ、またルビエール・エノーが関わったという点以外に歴史上の意義を見出すことは難しい。
この戦いにおける連合軍側の目的は単純明快である。全部隊での帰還を果たすこと。指揮権と同時に各隊の生殺与奪を預かるルビエールは諸々の理性的な選択肢を無視して全隊での帰還を目指し勝算のない戦いに挑む。
一方で舞台上にはいない脚本家に踊らされる形となった共同軍側の目的は不明瞭なままだった。分艦隊の事実上の指揮官であり、特殊部隊エンジェリオを率いるアキラ・タチバナ特別大尉はこの無意味な戦いに自分たちネピリムの事情を持ち込む。
「新型が前か、思い切るわね」
迎撃に出撃してきた連合軍部隊の陣形を見てデジーは呟いた。このデジーの呟きにアキラはそれほど共感しない。ここにきて新型を温存しても負ければどうにもならないのだ。最初から全力で阻止にかかるのは戦術的にも正しいだろう。
これに対してアキラたち攻め手の選択肢は多岐に渡る。このまま前衛とやり合ってもよいし、足止め程度に相手をして別働で後方を叩いてもいいだろう。
ただ相手の新型はリーズデンで条件的に不利な撤退戦を被害なしで切り抜けたという実績がある。こちら側に積極的な攻め姿勢がなかったとはいえ渡り合うことができるだけでもこれまでアキラたちが相手にしてきた戦力とは次元が違うのは間違いない。
「どうでもいいから、早くやろーよ」
エンジェリオの3番機レンナ・ミシェルがせっつく。この少女パイロットもやはりアキラらと同じネピリムの子であり、その特殊な成長過程のために精神的に未熟で状況を無視した積極策を志向する傾向があった。ただこれはレンナだけの問題でなく、ネピリムの子という少年少女兵の多くに共通してみられる傾向でもある。その高いパイロット資質と駆っているCLZ01の性能的な優位性からこれまで策を弄することなく相手を駆逐できていたこともその傾向に拍車をかけている。
「ダメよ」
アキラはにべもなく否定した。不用心に突出させて撃墜された場合の被害が割りに合わない。通常ならそんな危険はまずないのだが今回ばかりはその可能性がそれなりに高い。今回アキラが率いている戦力のうちCLZ01は8機。AAB全体でも僅か120機ばかりしか運用されていない貴重な戦力であり、実験体であるネピリムの子自体はそれ以上に貴重だった。こんな得体の知れない戦いで失うわけにはいかない。
「いつになく慎重ね」
デジーはネピリムの中では比較的成熟しているタイプだったがそれでもアキラの消極的な対応に間接的に不満を示す。
このデジーの態度にアキラは静かに失望した。アキラは実験体であるネピリムの子の価値と待遇向上を考えて様々なところに気を回してきた。しかし当の本人たちはただ敵と戦うこと以外のことには全く無頓着なのだ。彼女たちを人間として扱うことにアキラ自身が疑問を感じることすらある。
「デジー、レンナ。他の部隊を連れて側方迂回して後方部隊を攻撃、他はあたしと敵前衛を相手にする」
最終的にアキラの出した結論は折衷案とでも言うべき中途半端な指示だった。レンナとデジーを迂回部隊に指定したのは半ば懲罰的意味を持っていただろう。
「えー」
レンナがあからさまに不満の声を上げたがアキラは無視した。
アキラ自身が今回の戦闘にそれほど乗り気ではないというのもあったがこの2人の思う通りにさせることへの不安と不満が多分に含まれていた。ただこの不純な理由が含まれた差配は悪手となる。
敵部隊が二手に分かれたことでエドガーは即座に相手の狙いを看過すると同時に対応を迫られた。
「マズいな。後ろの連中にAABの相手ができると思うか?」
「無理だろうな」
フィンチの返答はエドガーの考えと完全に一致した。かといってこちらと相対する戦力も決して容易な相手とは言えない。まず数の優位性が違う。
「12対16か」
こちらはデルフィナス・ハーキュリー・オライオンの12機。相手は16機、うちCLZ01が6機ほど含まれている。数の優位性は全てを上回る。これは古来より変わることのない真理だった。無理に撃退する必要はないと言っても微妙な戦力さだった。
「13対16で」
数を訂正する声がして前衛にマサトの機体が追い付いてきた。
「なるほど、いい数字になるな」
員数外のマサトのことを半ば忘れていたエドガーはこの増援で選択肢にオプションを加えることができると思った。
「フィンチ、アトキンスを後ろにするのはどうだ?」
一級ガンナーであるアトキンスは後方戦線を守る戦力として適任だと思ったのだ。こちらの分は悪くなるが後衛の安定が何より前衛の心理的な支えになることをエドガーは理解していた。
エドガーの意を察したフィンチは即座に問う。
「アトキンス、どうだ?」
「よござんしょ」
自分向きの仕事だ。アトキンスもそう思って快諾する。アトキンスもドッグファイトが不得手というわけではないが自身の適正を活かすなら後方部隊に鎮座する方だと判断した。
「よし、いけ」
マサトの合流と入れ替わりでアトキンスの機体が後方に下がった。
「さて。ところでイスルギの若旦那」
「なんです?」
合流してきたマサトにエドガーが語り掛ける。戦術的な打ち合わせかと思いきや意外なことをエドガーは問う。
「俺とお前さん。どっちが強いかね?」
この疑問はマサトの戦闘ログを見てからイージス隊のパイロット全員が想像を膨らませていた疑問だったが、よもや当人から当人へ投げかけられるとは思わない。アトキンスを除く全員がマサトの答えに耳をそばだてた。当の本人はあっさりと答えた。
「僕でしょうね」
「だよな」
言われたもう片方の当人もあっさりとそれを認める。
この現実主義こそエドガーの恐ろしいところだとロックウッドは思った。エドガーは自身の圧倒的な技量に自信こそ持てど驕るということがない。むしろその優位性を強化するために積極的に味方をあてにするのだ。そして今度はマサトを当てにしようとしているわけだ。
「前衛を頼む。俺がフォローする」
「いいでしょう。お任せしますよ」
「と、いうわけだ。フィンチ、俺とこいつで囮をやる。残りの連中の面倒を見てくれ」
どういう意思の疎通が図られたのか二人はあっさりと自分たちの為すことを決めてしまった。話を振られたフィンチも心得たもので2人のやろうとしていることをすぐに呑み込んだ。
「いいだろう。俺が全体の指揮を執る。文句はないな?」
「むしろ歓迎ですよ。うちの隊長はついていくのが大変ですからね」
この常識外れな案をマリガンは皮肉交じりに受け入れた。むしろフィンチとの方がやりやすいとすら思っている。それに元々アトキンスが抜けたことでハーキュリーは歯抜けになっているし、エドガーも抜けるとなればマリガンが指揮をすることになる。3:3の2隊よりは6機1隊の方がまとまりはいいだろう。オライオン以外の残りのメンバーはフィンチが引き受けることになった。
「俺たちはどうすればいい?」
ロックウッド率いるオライオンの本来の役割はデルフィナス・ハーキュリーの護衛である。しかしこの状況でそうは言ってられないだろう。護衛どころか部隊そのものが危機にある状況で護衛という役割を維持するのは部下の心理にも悪影響を及ぼす。もちろんエドガーにしてもフィンチにしても好きにしろと思っているだろう。それでも念のために言質を取ろうとするのがロックウッドの良くも悪くも賢しいところだった。エドガーは一笑に伏した。
「各自の思う最善を尽くせ、以上」
この一言は普段他人の神経を逆なでするエドガーの習性とは真逆の効果を発揮した。
普段からこうならねぇ。そんな感想を抱いたのはマリガンとロックウッドの2人だった。
エドガー、マサトの2機が突出し、その周囲をフィンチらが囲む。ちょうどリーズデンにおけるローテンリッターらとの立ち回りに近い。
突出した両者のHVが砲火を交え、即座に入り混じってドッグファイトに展開した。
現行機において最強と言われる共同軍のCLZ01とXVF15の戦闘はこれで二度目となる。しかし前回の戦いは撤退戦、かつ互いの目的が噛み合わない消極的な戦いでしかなかった。今回は違う。
この戦いは結論で言えば数の優位性という古来からの大原則を証明し、間接的にXVF15の戦闘機としての優位性を証明する事例ともなった。
捉えきれない。アキラがこれを認めるのにそれほど時間はかからなかった。特に突出した2機の戦闘機動はアキラがこれまで餌食としてきたパイロットとは次元が違う。戦闘そのものは先行させたデジーたちでも決するためこのまま時間を浪費するのも悪くはない。しかしそれではアキラたちの価値に疑問符が刻まれることになる。
アキラの脳裏に提示された選択肢は2つ。この2機は完全に囮に徹しているが、これをアキラで引き受け、残り同士をぶつけ合う形。もしくは集中砲火でこの2機を叩くかのどちらか。アキラの目的に叶うのはどちらか、考えるまでもない。
「マーヴィン。あの2機は私が抑える」
アキラ配下として長く、半ば副官のようなポジションにあるフィル・マーヴィン中尉はこの端的な宣言を即座に理解すると同時に自身に求められている役割を導き出した。
「了解です。残りを預かります」
アキラ配下のパイロットは同じネピリムの子であるデジーらを除けばその能力に大きな溝がある。その能力の差は意識の差にもつながる。つまるところアキラらは他のパイロットを見下している。逆にネピリムの子という得体の知れない強化兵に対して疑念を持っているパイロットもいてこの意識の溝は潜在的な隙となっていた。このため人間組の中では信任の厚いマーヴィンが一時的に指揮を代行することはよくあることだった。
「さて、楽なのはどっちなんだか」
残りの人間組に指示を伝達してマーヴィンは呟く。
相手、特に新型機が手強いことはマーヴィンも実感している。特に先の2機は全く理解のできない動きをしてマーヴィンたちをゾッとさせる。その2機をアキラ単独で抑え込む。まともとは思えないがマーヴィンはそれなりの付き合いからアキラはやってしまうのだろうという確信を持つ。これまでがそうだったからだ。
問題はこちらだ。新型機は6機にVFH11が4機、この4機もかなり動きがいい。とはいえ、こちらも虎の子のマトリクス5機を擁して数の上でも相手を大きく上回る。むしろこれで圧倒できなければ大恥もいいところである。
厭らしいなぁ。マーヴィンはアキラの狡猾な思惑に気付いた。ネピリムの子であるアキラは2対1で相手を制圧してみせる。人間組がその傍らで勝てばそれはそれでよし、負ければ負けたでアキラたちネピリムの子の価値は相対的に上がるわけである。
相手の動きが変わったことにエドガーは即座に気付いた。敵は1機だけをエドガーたちにぶつけてさらに正面を増やしてきた。たかが1機、と笑うようなことはしない。ここまでの戦いを得た上でエドガーとマサトを相手取るような選択をする相手である。間違いなくエース級。エドガーは未知のエースパイロットとの対峙にざわつく自身を律した。
落ち着け落ち着け、これは危機なんだぞ。ここでエドガーたちがその1機に封殺されるようなことになればフィンチたちの負担が一気に増す。特に優位性のないオライオンの4機が撃破されれば後は綻んだセーターのように防御線は解かれてか細い毛糸と化すだろう。
これを避けるのならばどうするか。1つ、マサトかエドガーどちらか1人で相手を抑える。1つ、2人がかりで敵のエースをぶちのめす。
正直なところエドガーには相手エースとのガチンコを楽しみたいという気持ちがあったがその気持ちはかろうじて呑み込まれた。
「2人がかりで潰すぞ。手こずりそうならどっちかが離脱してフィンチたちを援護する」
「了解」
短い返答。この少年の能力はエドガーの期待通り、それ以上である。機体の性能と考えても現状、考えうる最強のタッグではないか。手こずるなんてことがあるだろうか?しかしエドガーの勘は滅多にならすことのない警報を響かせていた。
殺気として語られるものがあるのならばアキラ・タチバナはそれを塊にして纏っていた。突撃してきた機体が戦闘距離に達するまでの時間は常道外れだった。速力は出せば出すほど戦闘機動の冗長性を奪う。慣性制御の許容量を越えれば方向転換ができなくなり、いい的になってしまう。戦闘距離まで最大速度で突っ込んでくるなど自殺行為に近い行動だった。それを漆黒のマトリクスは犯していた。
射程内に入り次第2人のライフルがその進行方向を遮った。
当たるのか?それなら拍子抜けだったが直前に漆黒のマトリクスはとんでもない急制動をかけてビームはその前方を虚しく通過した。
マジか。方向を僅かに変えるならまだしも急制動するなど身体の骨が飛び出すような負担がかかる。
直後、2人の耳を警報音が射抜いた。反射的に2人は応射の射線から逃れるがそれを待ち構えていたようにHV用の小型ミサイルが出迎えた。
「クッソ」
仰天しながらもチャフを作動させて難を逃れたエドガーは相手から意識を切ったことに気付いて戦慄する。相手の姿、自身の状況を探し求めたエドガーにALIOSが即座に応えた。そこに映し出されたのはクロスレンジでもみ合っているマサト機とマトリクスだった。
即座にエドガーが水を差して2機は距離を取った。
「世の中は広い」
侮っていた自分を罵倒しなけりゃな。エドガーは苦笑を不敵な笑みに変えてテンションを切り替える。こうでなくちゃならない。
マサトの方も驚きを禁じ得ない。
「気を付けてください。あれはかなりいじられてる」
「それは中が?外が?」
「両方です」
この敵は異常である。機体の急制動と方向転換のやり方が常軌を逸している。まともな慣性制御の許容を上回っている。通常ならあれほどの機動は機体負荷の限界を超えるため制限される。機体に関しては機体構造を強化した上でリミッターをカットすれば何とかなるかもしれない。しかし中身はそう簡単ではない。中の人間や機器類はシェイカーに入れられているようなものだ。つまり中の人間も尋常ではない。
エドガーは口笛を吹いて呆れを表現した。マサトの言葉の意味を理解できたのは実例が目の前にいるからだった。今さら驚くほどのことではない。
「ただ、正直なところ問題はそこじゃありませんね」
納得し難いという口調でマサトは呟いた。エドガーもその心境に同意する。
ポテンシャル的な問題であるならマサトとエドガーの2人でどうにでもなる。しかし、直面している問題はそれだけで説明できるようなものではない。
全速力で突撃してきたのは速度に乗ったミサイルを射出するためだ。ミサイルがマサトたちに到達する時間を計算しつつ応射で2人を動かしてミサイルの気配を消し、さらにその間に自機の気配すらも消した。
相手の動きを先読みし、一手二手先の手を打ってくる戦闘センス。それこそが最大の脅威だった。
つまり有体に言ってしまえばこの敵はやたら強いということになる。
「さて困った。対策は?」
口調はいつも通りだったがエドガーの心理には普段見せることのない焦燥があった。二人で何とかすると言っておいて、二人で何ともできなさそうなのである。これはかなりマズい。
マサトの方はHV開発者としての見地から一つの疑念を持っていた。それはマトリクスの性能である。外見上の見た目、つまりハードウェア的な改造が見られないにも関わらずXVF15をすら凌駕する常識外れな急旋回を繰り返す。通常なら考えられないマニューバである。
実現する手立てがないわけではない。一番真っ当なのは慣性制御の強化である。慣性を打ち消す、あるいは作用させて機体を守りながらも機動を強化する。この手法はXVF15が最先端とマサトは考えているが、相手がさらに先を行っている可能性は排除できない。
しかし、この可能性はあまり現実的ではない。この手法は正攻法と言うべきやり口なのだ。実現できているのであればとっとと実用化すべきものである。つまりこの1機だけを強化しないで他の機体も同じようにすべきである。もちろん試験段階という考え方もできるがそうであっても1機だけでやる必要はない。この可能性はほぼほぼ排除できる。
何よりマサトにはもっと確度の高い予測があった。逆に慣性制御を最低限にする手法である。慣性制御はパイロットと機体を保護して最大限に機動性を発揮するための制御機構ではあるが一方で機動を制限する枷でもある。機体とパイロットが限界を超えるような挙動はできないように設定されているし、宇宙空間で無制限に機動ができてしまうと処理がおいつかないためにある程度のオートメーションの役割も持つ。これを限定的に解除すれば機体は運用上の機動限界を超えて理論上の機動限界まで稼働するようになる。
無論、極めて危険である。機体の空中分解、パイロットの失神昏倒、悪ければ死亡。慣性制御が備わっているのはまさにこのような危険を回避するためでもある。この相手がその手法をとっているのであれば遠からず自滅する可能性がある。
「このまま戦えば相手は自滅するかもしれません」
口にした言葉が状況を抜本的に解決するものではないことをマサトは承知していた。当然、エドガーはそれを指摘した。
「それはいつよ?」
「それは何とも」
これだけの敵を相手に自分たちはその自滅とやらまで戦い続けられるのか?エドガーもマサトも推測しようがなかった。いや、そもそもそれまで味方は持つのか?という不安がある。しかしいずれにしても二人には他に取れる選択肢が見当たらなかった。
前線で戦うXVF15たちの後方でハヤミ率いるシュガート・ブラッドレーの混成隊も近づく敵編隊を迎え撃とうとしていた。
相手は精鋭のAAB。対するハヤミたちシュガート隊はベテランにはほど遠いひよっこの生き残り6名。ブラッドレー隊は先の反乱に加わった者も含めて14機。これをイージス隊のアトキンスが率いる。
対する共同軍は総24機。複数機のマトリクスも確認できており、こちらの主力であるVFH11では分が悪い。つまり数、質ともに劣勢と言うわけだ。
いい部分もないわけではない。まずイージスの強力な索敵支援と各艦の防空ミサイルの支援を得られる。またXVF15を駆り、小隊機銃を携えた一級ガンナーのメリッサ・アトキンスがこの混成隊を主導することである。そして(ハヤミには納得がいかないが)新型機XVF16を駆るハヤミの存在もある。
「よぉシロー。いいもん持ってるじゃねーか」
イージス隊のメリッサ・アトキンスがハヤミに話しかけてきた。新型機を受領したこともあってハヤミの存在は各隊でも話題になっている。メリッサはハヤミ機の装備する分隊機銃に興味を示していた。
「こいつがうちの売り。どっから調達してきたのか知らねーけどほとんど全機に装備してんですよ」
もっとも自分以外は生き残っていないのだが。ハヤミはそれを思い出して笑いは虚ろになった。ハヤミの装備する分隊機銃は小隊機銃と通常火器の中間に位置する個人携行装備としては最大火力の装備と言える。独自規格で扱いやすい武器とは言えないが性能そのものは悪くはない。シュガートはこれをほとんど全機が装備できるだけの物量を用意していた。そのほとんどが失われ、いまは弾薬だけが無駄に余ってしまいハヤミ機はそれを持てるだけ持って出撃していた。
「扱えんのか?」
「まぁ、それなりに」
ハヤミは控えめに答えたが同じ場所で戦ったマサトはハヤミにガンナーの素質ありと認めそれを1級ガンナーであるアトキンスに伝えていた。それでアトキンスはハヤミに興味を持ったのである。
「よっしゃ。いいか、当たり前の話をするぞ。連中を母艦に近づけるわけにはいかない。かといって前に出過ぎても逃げられなくなる。つまりそれなりに近い距離で相手を迎撃しなきゃならない。そこであたしらの出番ってわけだ」
あたしら。つまりそれにはハヤミが含まれているらしい。ああ、また嫌な予感がする。
「船の代わりの壁が必要だ。つまり、あたしらだ」
「ローマだと的のことを壁って言うのか?」
ガハハとアトキンスは豪快に笑う。
「違うね。ローマでは的ってのは敵って意味だ」
それだと相手から見たらやはり的ではないか。まぁどうでもいいことなので追及はしないでおく。この話は要するにハヤミとアトキンスのガンナー2人で囮役をするということらしい。
しかしハヤミは厳密にはガンナーではない。防御装備のガンナーサイトももっていない。もちろんアトキンスもそれは見て解っている。壁の主体はあくまでアトキンスの小隊機銃とガンナーサイトである。しかし防御火線とは点では意味がない。ラインを構成せねば相手を阻めない。
「いいか、支点力点作用点だ。あたしが力点でお前が支点。敵が作用点。わかるか?」
「まぁ何となく」
さっぱり解らない。たぶん適当なことを言ってるんだろうな、とハヤミは解釈して適当な返事をした。ともかく防御火線の主役はアトキンスでそれをフォローするようにハヤミがポイントを移動しながら撃てばいいのだろう。実際その考えは完璧な正解だった。
「いいかお嬢ちゃんども、あたしとシローで的をコントロールする。お前らの役目は網の目をくぐろうとするやつを追い返すことだ。網の向こう側に行ったら死ぬからな。ちなみに後ろに下がっても母艦がやられて死ぬ。同じ死ぬなら踏みとどまって死ね!」
この人本当に俺と同世代なの?ハヤミはアトキンスの堂々たる指揮ぶりにそんな疑問を浮かべた。実は同じ疑問をマージュリーたちはハヤミに向けているのだが全く自己評価と他者評価とは乖離するものである。
戦闘が始まっている。第一次防衛線ではイージス隊。第二次防衛線ではシュガート・ブラッドレーの混成隊が敵部隊と相対している。
敵の数は艦隊規模から推測すれば少ない。単純にそれだけしか搭載していないのでなく温存されているのだ。これはWOZ側からの介入を警戒しての予備であると同時に牽制的な意図もあるだろう。いずれにしてもルビエールたちにとっては慰みになる展開と言える。とはいえ、圧倒的な不利は動かない。
イージス隊ら諸隊の勝ち筋は相手を振り切って逃げること。イージスはともかくシュガート・ブラッドレーの艦であるサミュエル級戦艦は速力的には標準的で共同軍艦艇を正面切って振り切れるほどの速力はない。となるとHV部隊をぶつけながら共同軍艦隊を回り込んで逃げ道を開き、距離を取るしかない。
艦艇と違ってHVの航続距離には限界がある。自らの艦艇に近い距離で行動できる連合軍と違って共同軍側は艦隊が後方にある。HVの発艦・着艦は宇宙戦争におけるもっとも無防備な状態であるため艦隊をそこまで前に出すわけにはいかないのだ。
つまりルビエールたちは敵HV部隊を着艦せざるえない状況に持ち込めば逃げられることになる。敵部隊がHVを着艦させているその間にルビエールたちは十分な距離を稼ぐことができるだろう。
もっともそれができる見込みがないからこそルビエールは悩んでいる。回り込むことまでは難しくない。しかしそこから敵HV部隊を退かせて振り切る方法がない。単純に時間を稼ぐことも困難だ。とにかく手駒が足らない。
ルビエールは先ほどから戦況を覆す手を模索し続けていた。しかしルビエールの手元には圧倒的に手札がない。各部隊は前面の敵を相手にするのに精一杯で他のことをする余力などない。イージスはもちろん、シュガート、ブラッドレーの2艦を動かすことも考えたが艦が損傷を被ることは敗北に直結する。
結局のところルビエールにできることは何もなかった。本来それが当たり前である。現場レベルの指揮官が戦術的な策を行使できる状況など成立しようがない。リーズデンのような状況は例外中の例外なのである。
今からでもイージスだけでも逃げる手はある。いや、もっとも多くの人間を救うなら、HV部隊を捨て石にすることだろう。この初志に反する余計な思考もルビエールをさらにイラつかせている。
このような思考はアンダーセンやオオサコにも共通して脳裏にあったが二人の場合はそれを意に介さないでいられる。この二人を動かし、支えるものが理念であるからである。二人にとってその選択は戯言でしかないのである。
ルビエールの場合、事情は複雑になる。理念どうこう以前にクサカやロバート・ローズのことなどあまりにも多くのものをルビエールは抱え込んでいる。自らの理念でそれらを犠牲にする可能性を無視することもまた無責任である。オオサコやアンダーセンが理念に自らの行動を預けられるのも彼らの立場がよりシンプルであるからとも言える。意思を貫徹することの難しさを嫌と言うほどルビエールは味わうことになる。
一方でイージス隊にとっての後衛、エンジェリオにとっての前衛でも大きなフラストレーションがたまっていた。
アキラがドッグファイトに忙殺されていることでデジーら迂回部隊は半端な作戦目的で行動していた。突破して敵艦を直接叩くのか、このまま防衛部隊を撃破するのか、これを適切に判断する者がおらず、防衛ラインを適当に突いてはアトキンス・ハヤミの的確な火線に阻まれることを繰り返していたのである。デジーとレンナにはこの状況を打倒する戦術的な判断をする思考がなかった。麾下部隊の中にはそれができるベテランがいたのだが、彼らも意見することはなかった。彼らはこの少女パイロットが自分たちの意見を聞くとは思っていなかったのである。これは偏見ではなく経験に基づいた考えで的外れとも言えない。彼らのこのような思考には自分たちが得体の知れない少女パイロットの麾下に入ることへの不満も影響していただろう。つまり彼らにとって戦術的な意見を具申することは助け舟を出す、というよりも藪蛇をつつくということであり、それをやる意味も義理もなかったのである。
このような状況では連携も成立しようもない。レンナたちが攻めあぐねていたのはアトキンスたちの防御の巧妙さもあるがレンナたちの稚拙さとやる気のなさも多分に影響していた。
思惑も連携もバラバラなレンナたちに対してアトキンス・ハヤミの火線とそれをフォローするマージュリーらの援護射撃は急造とは思えない連携を見せた。ハヤミはたまたまと言い、アトキンスは自分の指揮の賜物と自画自賛するが最大の要因は相互の信頼にあった。ハヤミはアトキンスを、マージュリーらはハヤミをそれぞれ信頼し、迷うことなく行動できていたのである。
この時点ではアキラの不純な人材配置とエドガーの人材配置で明暗がはっきりと分かれていた。
「ムカつく」
これまで全ての敵を力業で制してきたレンナはこの状況が気に入らなかった。彼女にとって敵とは容易に叩けるものでしかなく、それが存外の抵抗をしてみせることなど望んでいない。上手くいかない、などということを彼女は受け入れなかった。
「Bシステム解除」
この言葉を聞いたデジーはレンナのやろうとしていることを察し、無駄だと知りながら一応のために制止の言葉を発した。
「ちょっと、許可なしでそれはやめときな」
「じゃぁこのまま大人しくしてればいいわけ?」
そう言われるとデジーは黙り込んだ。もともと本気で止める気はないのだ。好きにすればいい。
Bシステムとはアキラたちネピリム専用に改良されたマトリクスを通常機と同様の機能に納めるセーフシステムのことだった。無限の宇宙空間での機動はそれこそ無限に近い形で行えるが、それゆえに機体によって適度に制限されねば機体とパイロットの対応力を越えてしまう。アキラたちのマトリクスはこのセーフ機能を意図的に分離していた。このシステムを解除すると機体は慣性制御による制限を解除して本来の設計を無視した機動性を発揮するようになる。ただしその機動は機体の耐久性を無視している。さらに制限を解除するということは機体の制御を自身で行わなければいけないということでもある。要は操縦が極めて困難になるのだ。
アキラがエドガー・マサトの2人を相手取って遅れをとらないのもこのBシステム解除による無限機動の賜物である。レンナもそれによって状況の打開を狙っている。
次の瞬間にレンナの機体は急加速した。電磁カタパルト並の猛加速に機体が悲鳴を上げるがレンナにそれを慮る気などない。レンナ自身の身体も同様に猛烈な負荷に悲鳴を上げているがそれを心地よいとすら思う。
「ちっ、いくよ」
止めはせずとも振り回されることに不快感を持ちながらデジーらもこれに続く。デジーの方はBシステムの解除はしない。本来なら切り離すことを想定していないBシステム解除は機体がどうなるかが予測できない。最悪は空中分解して自滅することもありえるのだ。ただデジー以外の誰かが使う分には全く気にはならない。Bシステムの解除とネピリムの能力。この2つに対抗できる者などいるはずがないのだ。




