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9/3「BornToBe」

9/3「BornToBe」

 ヤングたちの問題に肩がついてから2週間後、そしてイージス隊の出立を3日後に控えた日のことである。この日、ルビエールは歴史に記されることのない一つの事件に巻き込まれることになった。

 出立の日が近づき始めるとマチルダとの打ち合わせも常態化する。ルビエールも慣れたもので堂々とWOZ側の施設を歩き回り、それを監視する者も何の違和感もなしにそれをスルーようになっていた。何人かは見知った顔になって軽く会釈をし、中には笑いかけてくるような者もいる。

 いつものようにマチルダと物資と装備の整備に関する報告を終えた。外は日が落ち、暗くなり始めていた。外務局には複数の出入り口があってその中でルビエールは職員が使う勝手口を指定されている。人目に付きにくく、往来も限定されているためだ。

 その出入口を出たところで女に見られていることにルビエールは気づいた。見られることには慣れているためそういう点でルビエールは鈍感ですらある。平時であれば一々気に留めていてはキリがないがその時は何かがルビエールのセンサーに引っかかった。

 見た目の問題か、それとも場所の問題か、どれかというよりは総合的なものだろう。そもそも外務局の出入り口周辺は人が留まっている印象がない。警備員の監視があるためだ。さっさと中に入るか、出るかのどちらかだ。そう思ってルビエールの目が警備員の姿を探し求めた。いない、あの女だけだ。

 何かが起こっていて、さらに起きようとしている。違和感は確信へと変わった。

 今さら引き返すのも不自然だ。直接的には目を合わせず、マネキンのように佇む女に意識を向けたままルビエールは通り過ぎようとした。

 妙なことに女は何かを確認するかのようにルビエールを観察していた。見慣れぬ虫の種類を特定するかのような眼。ルビエールですらそんな眼で見られたことはなく、背筋に悪寒が走ると同時にその女が危険であることを直感した。

 全力で駆けだすべきか、平静を装いながらルビエールはそのタイミングを計った。そうするよりも先に動いたのは女の方だった。首を少し傾げると徐に手を上げてルビエールの方に向けた。その手には銃。ギョッとしたルビエールの足は硬直し、襲い掛かってくる未知の衝撃を受け入れようとした。

 衝撃を受けたのは女の方だった。音よりも早く飛来した銃弾が女の側頭を叩き、一瞬にして意識を狩り取ると女の身体は人形のようにゴトリと床に倒れた。ルビエールは何が起こったか理解できずにそのまま立ち尽くしたが次の瞬間にはそれよりも理解しがたい展開が起こった。

 ルビエールの視界にさらに4人の女が躍り出てきた、どれも銃を手にしてルビエールの方を狙っており、ルビエールの目にはそれが発砲されたように見えたが銃弾が当たることも、また通り過ぎる感触もなかった。

 ほぼ同時か、早いくらいにもう一つの人影がルビエールと女たちの間に割って入っていた。その男の目の前の空間が蜃気楼のように歪んだのが何を意味しているのか、ルビエールにはその時は解らなかった。後で気づいたがそれは慣性制御によって衝撃を防ぐEシールドと呼ばれる技術だった。銃弾は空間転移によって捻じ曲げられた層に弾かれ、あらぬ方に飛散した。

 今度は男の番だった。男の手には片手で制御する小型のSMGが握られており、相手の銃撃が収まると同時に撃ち返した。近距離、かつ遮蔽のない環境はルビエールを殺すには打って付けだったろうが、女たちが身を守るには絶望的な環境でもあった。

 4人の女はそれぞれ横に飛んで逃れようとしたが1人は胴体に複数発を喰らって飛び込んだまま動かなくなり、もう1人は飛んだ先に集中砲火を受けてやはり動かなくなった。

 残りの2人は逆に飛んでいたため銃撃を逃れた。横跳びした先で体勢を立て直すとそのまま男に向かって飛びかかって白兵戦を挑む。その動きをルビエールは追うことができなかったが、男の方は弾の切れたSMGを放り投げると何の苦労もなしにいなして相手を床に叩き伏せ、そのまま頭部を蹴り上げた。不気味な音がしてあらぬ方向に首がねじ曲がりその女はそのまま動かなくなった。あまりに一方的な展開に残った1人は躊躇を見せ一瞬だけ間が空いた。ここまで僅か10秒。ルビエールは呆けて見ているだけだった。

「さぁ、どうする?」

 男が挑戦的に呟いた。そこで初めて女に感情らしきものが見られた。男を睨みつけた女は冷静な判断力を失っているように見えたが、次の瞬間、双方に思いもよらぬ展開が起こった。撃たれた女が突如息を吹き返したのだ。

 最後の力を振り絞ってルビエールに狙いをつけた女の銃弾はやはり男のシールドに防がれたがその間隙を縫って最後の一人は離脱を試みた。

 男はハンドガンを抜いて数発撃ったが女の方は少しふらついただけでそのまま走り去った。どうやら防弾繊維の服を着こんでいたため決定打にならなかったようだった。男は追跡を諦めると銃口を転じてまだ息があるらしい女に無慈悲にとどめを刺した。


 事が終わって赤毛の男はルビエールを一瞥すると両手を上げて敵意がないこと示すと「地球のお客さん?」と尋ねた。

 ルビエールが辛うじて頷くと相手は満足げに頷くと何者かと交信を始めた。

「銀の糸を確保。こっちも5匹いたぞ、1匹逃げた。あと何匹いるんだ」

 匹という数え方に違和感を覚えながらルビエールは倒れ伏した銀髪の暗殺者たちを見渡した。白肌でこそないがその容姿は美しく、それがかえって不気味だった。何者で、何のためにルビエールを襲ってきたのか。まるで解らない。確かに暗殺の対象になりかねないことに関わってはいるのだが。

「このまま続けるなら装備がいるんだが…わかった、貸しだからな」

 交信を済ませた赤毛の男は銀髪の女たちの装備を物色してその中から使えるものがないかを確認し始めた。それを呆然と眺めるルビエールの方を見もしないで男は話し始めた。

「最初に言っておく。色々と聞きたいことはあるだろうが、こっちに答えられることは多くない。あまり知ろうとするのも考えものだ。過ぎたるは及ばざるがごとしだ。俺の言ってる意味は解るか?」

 男は無遠慮に女たちの死体を物色し続ける。ルビエールは了承を口に出そうとして思い留まって頷くだけにした。男はこっちを見てもいないのにサムズアップで返事を受け取ったことを示すと追加の情報を与えた。

「こいつらは火星側のエージェントで、別にお前さんを狙って派遣されてきたわけじゃない。陽動だな。他の目的のために大規模に似たようなことをやってる。おかげでこっちは総出で対応に追われてるってわけだ。とんだ災難だったな」

 そうか。女の何かを確認するような眼はルビエールを陽動対象として適当かどうか判断していたのだろう。男の説明にルビエールは説得力を感じた。しかしそれほど大胆な陽動を仕掛けてまでやろうとしている目的とは何なのか。もちろん、質問を許されていないことは先刻突き付けられたばかりである。

「安全な場所まで連れてってやりたいんだが駆除が優先でね。まぁ追加で差し向けられることはないから大丈夫だろ」

 差し出された男の手を取って立ち上がったルビエールは男の言葉を信用することにした。見た目には中肉中背のどこにでもいそうな男だったが不敵な笑みには強者が持つ独特なオーラがチラつく。ちょうどエドガーのそれに近い。この手の荒事におけるエースなのだろうとルビエールは勝手に推測した。

「必要ならそこに保護されることにします」

 視線の先には出たばかりの外務支局がある。男はうんうんと頷いた。

「そいつは名案だ。ところで銃持ってるか?」

 聞かれてルビエールは危機に対して何の役にも立つことがなかった銃の存在を思い出してそれを取り出した。

「ほう、こいつはいい趣味だ」

 含みのある笑みをこぼすと赤毛の男は銃を受け取って一通りいじくると弾倉だけを取り出して銃本体はルビエールに返してしまった。

「大事にしてろ。こいつだけ貰っておく」

 そういうと自分の銃を取り出し、それに弾倉を入れた。男の持っている銃と同じ型だったのだ。

「ティアフォルク」

 聞き覚えのある声がして振り返るとマチルダが複数の人員を引き連れて駆け寄ってきた。余裕のない表情はルビエールの姿を認めると安堵したように見えたが次の瞬間には引き締められた。

「おう、お前さんと間違えたんじゃないか?」

 ティアフォルクと呼ばれた男は冗談めかして言うが、マチルダはバツの悪そうな顔をした。間違えたというよりは巻き添えになったのだ。混乱させるだけが目的なら対象は誰でもいいのだから銀髪白肌のルビエールを見て対象を変更した可能性は高い。

「お手数をおかけしました。後はこちらで何とかします」

「当たり前だ。俺は逃げたのを追うからな」

 そういうと赤毛の男は暗闇に去っていった。

「こちらのゴタゴタに巻き込んで申し訳ありません。お怪我ありませんか?」

 大丈夫、と身振りで示したルビエールの方は目の前に転がっている死体に目を奪われていた。よくよく見れば4体の死体はそれぞれ服装と髪型は違うが、どれも恐ろしいほどに容姿が同じだったのだ。ルビエールの視線に気づいたマチルダは忌まわしいものを見る目で死体の処理を部下に指示した。

「噂には聞いていましたが、こういうものが出てくる辺り、火星もなりふり構う気はないのでしょうね」

 吐き捨てるように言うとマチルダは数名を連れてルビエールをドックまで送り返した。

「本日あったことは他言無用でお願いします」

 別れ際の言葉は普段のマチルダの表情とは違うものが含まれていた。要望ではないし、脅しでもない。賢明な判断をしてくれという願いのようにルビエールは受け取った。

 そうは言われても誰に何と他言すればいいのか解らない。ルビエールは肩を竦めるだけだったがマチルダもそれ以上は求めようとはしなかった。

 この日起こった事件は歴史に記されることもなく、ただの騒動として一部の人間たちの記憶に留め置かれることになる。しかし因果とはどこでいかなる方向に作用するかは解らないものである。

 この事件に関してルビエールは本当にただ巻き込まれただけの立場であったが、それによって触れた情報の一端が後に不可思議な場所で帰結することになる。


 遠く離れた火星で作戦の失敗を聞かされたディートリッヒは受話器を叩きつけて普段は潜められた気性の粗さを露わにした。その怒りは送り込んだ部隊とそれを作り出した計画に向けられた。

 帰還0。文字通りの全滅との報告はむしろ気のすく思いだった。何がアルピナ計画だ。莫大な予算を投入した末の結果がこれである。直接的な武力にあまり興味がないディートリッヒにとっては珍しく自らの手駒として活用できることを期待して出資した計画だったが結果は惨憺たるものだった。

 叩きつけた受話器を再度手に取ったディートリッヒはその責任者を呼びつけた。結果を白紙にしてやろうかと思うくらいディートリッヒは怒り狂っていたが、その怒りが何の役にも立たないことくらいは性根に叩き込んである。ディートリッヒにとって怒りとは利用するもので身を任せる感情としては全く信用していない。

「ああ、なんと無様な結果でしょうか」

 ディートリッヒの口調は最初から糾弾の色を持っていた。相手はそれを予測していたのか、反応は早かった。

「お言葉ですが大臣。私どもの計画はあくまで優秀な素体を作ることにあります。その目的に関しては無様な結果を出したとは思っておりません。大臣の言う結果とは我々の結果を活かすことのできなかった作戦内容のことでありましょう」

 この言葉にディートリッヒは忌々しさを覚えた。確かに急造の強引な作戦にも問題があったのかもしれないが自分たちの作品に絶対の自信をもって、いかなる人間であってもこれを妨げることはできないと太鼓判を押したのは彼らである。

「部隊から情報が漏れ出ることはないでしょうね」

「その心配はありません。彼女らはあくまで素体であり、人間です。死体から得ることのできる情報はありません」

「その言い方では生け捕りではその限りではないと言っているようですわ」

 この切り口に対する返答には少しの間があった。

「彼女らには最低限の情報しか与えておりません。自分たちが何者であるかですら、です。自分たちの目的以外に知っていることはありません。生け捕りは我々にとっては好ましいことではありませんが、大臣に繋がることはないかと」

 この言い様にはディートリッヒですら悍ましさを感じた。しかしディートリッヒにとっては許容のできる内容でもある。失った分の補充を早急に行うよう命じるとディートリッヒは受話器を置いた。

 作戦の失敗は失敗として受け入れねばならない。再度仕掛けることはできるだろうか。そのための手段は?相手は奇襲を退けてより警戒を強めるだろう。いずれにしても準備に時間がかかる。となれば何か別の手段を持って相手の手に渡ったカードを封じ込めねばならない。

 本来ならそれこそディートリッヒの領分であるはずだったが今回ばかりは自分の方が情報に翻弄される側になるかもしれなかった。



 マチルダたちに護送されて後にルビエールは今日あったことを振り返らずにはいられなかった。銃を突きつけられること、それも冗談抜きで死の危機に直面したわりにはルビエールは平静だったがそれは単に鈍感であるからかもしれない。

 ルビエールの興味は死ぬかもしれなかったことではなく、死んだ女たちに向けられていた。

 同じ姿をした女たち。マチルダの言葉。それらから得られる推論は冗談のように思えるがもっとも自分を納得させるものでもあった。これにさらなる納得を得るためにルビエールは士官用休憩室に足を向ける。この手の事案に妙に精通している少年はその時間、大抵の場合はそこにいるのである。そしてマサトはやはりそこにおり、都合のいいことに一人だった。向かいの席に座るとマサトは視線を落としていた本を閉じた。

「雑談として聞いてほしいんだが、ILSに関わっているお前に聞いてみたいことがある」

「何です?」

 藪から棒に切り出してはみたが実際に話すとなるとルビエールはどう切り出すべきかと悩んだ。もちろん、全てを話すわけにはいかない。それでもルビエールがどうしてもマサトに話を聞きたいのは今日あった事件とこの少年に符号を感じずにいられなかったためである。

 散々悩んだ挙句にルビエールは単刀直入、というよりも雑に核心から切り出した。

「クローン、と聞くとお前は何を連想する?」

 突然出てきた言葉にマサトは少し目を泳がせてから口角を上げた。

「スターウォーズですかね」

 大昔の娯楽映画だ。いまや人類はあの映画に近いところまで来ている。しかし今のところクローン兵は実現していない。少なくとも、公には。

 技術上は決して不可能な話ではない。兵士として人間を生産して投入する。古くは奴隷兵、少年兵など「兵士を生産」する試みは珍しいものでもなく、そのほとんどが忌まわしき歴史として語られる。

 マサトはそのような単語が出てきた意味を考えてから声の温度を低くして話し始めた。

「イヴィー計画ってものがありましてね」

 その名前と口に出した相手からそれがイヴィーの憂鬱と関連するものだと推測するのには苦労しなかった。

 また機密に触れる羽目になるのかと内心で溜息をつきながらルビエールは続きを促した。

「前にも話しましたかね。AI兵器が兵器のメインに置き換えられないのは全体の質の向上と数のバランスを志向すればするほどコストが跳ね上がって資源破綻を起こすからです。最終的に人間の方がコスト的に良くなってしまっては本末転倒になってしまう」

 かつては人類の数は今ほど多くはなく、人間を失うよりは資源を失う方がいい時代が少しだけあった。しかし資源を湯水のように投入する戦争は瞬く間に資源を燃やし尽くし、人類よりも資源の方が貴重な世界を到来させた。それはネイバーギフトを得た今でも基本的に変わっていない。増えすぎ、また高度化し過ぎた文明を維持するためには資源という土台が必要であることを人類は身に染みて知ったのだ。

 効率による戦争運営は何の解決も生まない。戦争は人間で行うものである。これは人類が実際の経験に基づいて得た結論である。ゆえに無人AI兵器は戦争に用いられない。

「さて、この問題に逆方向からアプローチを試みた者がいます。現状では兵器を自立化して高性能化すればするほど人間の方がコスト的に効率はよくなる。では、人間を高性能化して、生産すればよいのではないか、と」

 ぞくり、と。悪寒が走った。明言せずともその計画の悍ましさを感じさせたのはルビエールの血であろう。

「つまりそのイヴィー計画とは、人間を品種改良して、それ特化の家畜ならぬ、軍畜を作るって発想から生まれたんです」

 種の改良。つまり兵器として人間を生産する。身につまされるものがあった。ルビエールの属するノーブルブラッドも似たような発想によって生まれたはずなのだ。

「だが、そんなことを言っても人間の性能なんて不安定なものだ、無尽蔵に生産したところで性能にはバラつきがでるだろうし、素体がどれだけ優れていても訓練にかかるコストと時間はほとんど変わらないはずだ」

 ノーブルブラッドにも落ちこぼれはでる。逆にどれだけノーブルブラッドの純度を高めようと一般人からノーブルブラッドを越えるポテンシャルを持つ人間は出てくる。兵器としての安定生産には向かない。何より人間のポテンシャルは教育による影響が極めて大きい。その教育は時間をかけて行うものでそれを間違うと素体の優秀性など取るに足らない要素になるだろう。

 自分の言っていることは間違っていない。のだがルビエールは自分の言い出した言葉の無力さを知っていた。そんなことは大した問題ではないことを解っている。マサトはいっそ苛烈な言葉でそれを指摘した。

「方法はいくらでもあるし、要求に届かない者は処分すればいい。人間の素晴らしいところは希少な資源を用いず、ありふれた有機素材だけで作れるところですからね」

 ルビエールの絶句を受け取るとマサトは表情を緩めた。

「と、それはまぁ極端な話で、もちろん効率的な側面から言ってもよくありません。それでその問題を解決しようとすることこそがその計画の本質になったわけです。では、その計画を進めるとして、あなたならまずどこから始めますか?」

「素体選び、か」

「まぁそれも重要なファクターですね。確かに作ろうと思うならそのための厳選はされるでしょう。しかし問題なのはやはりどうやってその素体を効率的に仕上げるか、という仕組み作りです。大尉の言う通り、教育のやり方次第で人間の性能は大きく変化します。もう一つの問題は成長です。兵士として有力なレベルを16歳程度に設定したとして16年をかけるなんて到底許容できませんよね。この二つの時間こそが難題でしてね。今のところこの2つの解決策を模索しているわけなんですがそのうちの有力な策の一つが、これです」

 マサトは首筋を叩いた。その意味を知ったルビエールの脳裏に一気に不穏な想像が拡がった。

 ILSであれば成長と教育のうち、教育を急激に短縮が可能であることに思い至ったのである。

「もちろん、そんな技術はいまのところ実現していませんけどね」

 しかし実現させようと開発が進められているわけだ。いずれは実現するかもしれない。

 では、実現したとしよう。これは革命的だ。ILSによって教育を行えるならそれは何も軍だけでなくあらゆる分野で活用が可能になる。それぞれのノウハウをデータ化した上でILSを通してそれをインプットすればいいのである。そこまでいければ成長という問題に目をつぶるだけの価値はあるかもしれない。

「それで?その計画は成功しそうなのか?」

「しないでしょう」

 マサトはあっさりと断言した。

「そもそもそれが成功するかどうかはあなたの方がよくわかってるんじゃないです?」

 そう言われてルビエールは黙って考えを巡らせた。思い当たるところはあった。

 例えノーブルブラッドであったとしてもそれが出自の知れない者、例えばエイプリル・カーラ・フィッツジェラルドと、自分では歩める道は全く異なる。ノーブルブラッドであることが能力と成功に保証を与えるわけではない。一定の裏打ちにはなるだろうが、言ってみればそれは過去のデータでしかない。

 つまり、ノーブルブラッドの真の価値とは能力にあるのではない。能力によって積み上げてきた実績、つまり過去の方にあるのだ。しかし実績とは常に最新のものでなければならない。エノーの名が軍の世界において色あせたことからも言える様に世界は常に「最新の過去」を求める。ゆえに全てのノーブルブラッドは自分たちの地位を保つために血反吐を吐きながら延々とその世界の先端を走り続けなければならないのである。これに失敗して没落した者はノーブルブラッドに限らず数多い。貴族・王族・民族・企業。

 これはクローン兵にも言えるのだ。過去のデータを覚え込ませることで一定の水準を満たすことはできるだろうが技術と言うものは常に発展拡散する。つまりクローン兵も状況に応じて変化していかねばならない。厄介なのはそのデータがチープ化した場合だ。一つの戦術のメタ戦術が生まれた時、これを是正しないことは致命的な弱点となりうる。クローン兵に限らず、技術そのものでなくそれを行使する側の端末は工業製品のようにそれで完成する、ということがないのである。

 ここでルビエールはある事実に気付いた。

「おい、またイヴィーの憂鬱が出てくるぞ」

 マサトはご明察とばかりに指を鳴らした。

「はい、その通り。結局のところ全体の質を向上、安定させるためのデータ更新が必要になります。各自が勝手に生き残るために学ぶ人間と違ってクローン兵には自発性を持たせるわけにはいきません。均一品質が売りのクローンに個々の個性はかえって邪魔になりますし、そんなものを持たせればアノマリーの発生、もっと言えば反乱の危険性も生みますからね。なのでクローン兵はAIと同様に全体の更新を常に求め続けるわけです」

 それは必然コストの増大を招く。本末転倒である。

 この思考経路はルビエールに一つの結論を導き出す。

 クローンだろうがAIだろうが、有機物であろうが無機物であろうが、人間であろうがロボットであろうが。技術を行使するための端末は均一化を志向すればするほどととてつもないコストを生じさせるということである。短期に大量製造してもその分だけ消費される物品ならともかく、長期に渡って維持し、稼働しなければならないシステムにおいて均一化というテーマは決定的にかみ合わないのかもしれない。

 これを思えば人間とはなんと低コストで効率的な技術端末だろうか。それぞれが個々に勝手きままに多様化したかと思えば社会というシステムを通じてこれを錬磨し、淘汰し、拡散することで発展を自動的に行う。その上で一定数のカオスを許容しながらも全体としての秩序を維持し続けている。この端末は戦争という自然界の中にあってあまりにも不合理な動きを見せることもあるのだが、あらゆる環境に対応して拡散を続け、今もなお回り続けている。今のところは。

 ルビエールの思考の飛躍を他所にマサトはさらに話を進めた。

「まぁ、仮に更新、均一化の問題を解決したところで問題は山ほどあります。特に問題なのは役目を終えた場合。つまり処分の方法です」

 ゾッとするような想像がルビエールの脳裏を駆けた。処分方法などという考え方はしたこともなかった。しかし現実には兵士も兵器も無限に使えるわけではない。老朽化だけの話でなく、戦傷によって実用に耐えなくなる可能性もある。そうなったものをどうするのか?国家が更生して社会に出られるように面倒を見るのか?バカげている。それではとてもないコストが発生する。差別問題も間違いなく発生するだろう。ひいては人権を持つものが人間兵器として使われること自体にも問題が提起される。

 そもそもクローン兵には生存の権利が認められるのだろうか?もっと言うなら基本的な人権も。これを認めてしまうならクローン兵のメリットの大部分が死んでしまうではないか。これもまた本末転倒である。

 ならばその処分方法とは殺処分となるしかない。

 ルビエールはここまで考えてウンザリした。どうしてそこまで苦労してそんなものを作ろうとするんだ?この疑問への解答は別の視点から提示された。

「まぁ、今話したのは大規模にやろうとするうえでの問題点に過ぎないわけで、ひっそりと作ってひっそりと使ってひっそりと処分するなら、コストに見合うかどうかを別とすれば使えないことはないでしょうね」

 この視点は工業製品として割り切った考えに近い。ルビエールは今日自分が見たものがそれに類するものであろうと推測した。諸所の問題点を度外視しても達成すべきタスクに対する手札。そう考えれば意思を持たない使い捨ての人間兵器としてクローン兵は成り立つわけだ。

 もちろん反吐の出る非人道的な思想なのだが、道具として完璧に割り切っている分だけいっそ清々しいものがある。

 これでルビエールは今日自分の見たものに一定の結論を出すことができた。しかし逆にルビエールにはどうしても気になる別の疑問が生まれた。

「おまえ、国籍とか市民権はあるのか?」

 このとんでもない質問にマサトは皮肉に顔を歪めながら答える。

「失敬ですね。ちゃんと持ってますよ。まぁ、正規の手順で手にしたものとは言えませんがね」

「正規の手順、ねぇ」

 それ以上突っ込む気にもなれず、ルビエールは溜息をついた。マサトの表現には過剰な皮肉が込められている。正規の手順とは可笑しな話ではないか。基本的な人権やそれに付随する存在証明とは生まれた瞬間、あるいはその少し前の時点で認められる。少なくとも地球国家連合においてはそうである。いらないと言ったところで勝手に与えられるものなのだ。ほとんどの人間は意識したことすらないだろう。マサトの言う手順とは手続き上の意味も含むがつまり親の腹から生まれる、という手順も意味している。そしてマサトにとってそれらはわざわざ手に入れなければならないものだということも顔を歪める理由だろう。

 当然、クローン兵はそれらの手順を得ない、つまり存在証明も持たない。それらに基本的な人権を認めるのかどうか。それもまたクローン兵が実現しない理由になるのだろう。

「だいたい今の世の中人間は余ってるんです。結局のところクローン兵っていうものは人間を作る行為なわけで、既に無数の人間が存在するのにこれを活用せずにわざわざ作る必要がないってことですよ」

「それじゃお前の存在の否定じゃないか?」

 ルビエールのこの言葉ははっきりと拒絶された。皮肉でなく、真顔でマサトは答える。

「僕の存在と価値に決定権を持ってるのは僕だけですよ」

 自身の言葉が完全な失言だったことに気付いてルビエールはすまないと一言付け加えるので精一杯だった。少年は虚ろに笑ってルビエールの言にも一理あることを認める。

「まぁ、仰る通り、被検体としての僕はとっくに役割を終えてるのも事実ですよ。前にも言いましたけど、僕の兄弟たちは残ってませんし、計画そのものが闇に消えてしまった。つまり僕が今やってるのはセカンドライフってことですね」

 冗談めかす少年にルビエールは改めて彼の歩んできた道程に興味を示した。

 ILSの被検体という生い立ちからイスルギ社の開発部長という座までの道筋が穏当であるはずもない。自身の生まれ落ちた意義の消失。それにはルビエールも覚えがあるがマサトはそこから自らの意思で歩み、自身の存在を自身で定義している。

 それに比べれば自分はどうか。言われるがままに軍に入り、与えられたタスクを。

 全う、できてないな。

 ルビエールは目を泳がせた。

 この時、今さらになってルビエールは自分が与えられた定義に全く沿っていないことに気付いた。誰から見ても明らかであるのにここまでルビエールは周囲から与えられた定義に縛られていると思っていたのである。

 実態はどうだ。状況に踊らされたとはいえロバート・ローズを山車にして敵前逃亡紛いにWOZに逃げ込んだかと思えば勝手にマウラ閥を騙ってマウラとWOZの双方をペテンにかける。品行方正なお人形のやることではない。

 いまさらそれを本人は気づいたのである。全くお笑い種である。

「どうかしました?」

 不意に自嘲に顔を歪めるルビエールにマサトは怪訝な表情を見せた。

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