7/6「白幕」
7/6「白幕」
WOZの中核をなすウォルシュタットの首都エーデルワイスは小惑星エーデルワイス1を中心とした半人口天体都市であり、その地形を活かしてコロニーでありながら山も谷もある独特な景観を持っている。その山の一つにWOZの支配者たるギガンティアの領域がある。これより高い位置にある建造物はエーデルワイスには存在しない。
現代技術を以って作られた白亜の宮殿に機能はほとんど求められていない。行政的な機能はそれぞれの官庁にある。その宮殿に求められる機能とはギガンティアがいるという一点のみにあった。円形ドームの上端を切り落としたような外郭の内に大小様々な庭園に噴水なり、モニュメントなりが立ち並ぶ。誰が言い出したことか公園の博覧会と評されることもある。
ギガンティア本人の居住空間は地下に集約されており、宮殿の目に見える部分はほとんどが見栄えだけを追求している。しかしこの宮殿には外部の者が訪れることはない。つまりこれらの美的努力は全てその主の趣味か、あるいは賜物なのだった。
WOZ外務代表ニジョウ・リー・マハルはこの宮殿に足を踏み入れるたびにその美的叡智の結晶に感動すると共にそれが一個人のためのものであることを残念に思う。庭園として開放すれば名うての観光地となるだろう。いつか時代が変わればそういう未来もあるかもしれないなどと少しばかり不謹慎なことを思いながらリーは庭園を一人進む。
宮殿の中心部にある庭園の四阿に置かれた卓。それが宮殿の中心であり、ギガンティアの中心であった。
円卓。
古き叙事詩に倣ったこの卓には13の席がある。1つがギガンティアのもので残りの12席が騎士と呼ばれるギガンティア直参の部下たちの席である。
リーがその一つに腰を降ろすと白い給仕用の礼服に身を包んだ女中が歩み寄って恭しく頭を垂れた。
「本日はコウサカ様より献上されたチェルハートの286年が振る舞われております、如何でしょう」
リーはほう、と感嘆を漏らした。チェルハートは当代のコウサカの生家が製造している高級ウイスキーでリーですら早々楽しめるものではなかった。多少の誘惑に駆られたリーだったが職務中を理由に謝絶していつも通りのコーヒーを頼んだ。
「今日は他に誰かいるのかな?」
運ばれてきたコーヒーを受け取ったリーに女中はにっこりとほほ笑んで答えた。
「本日はニジョウ様とアスター様のみですので気楽なものでございます」
「それでチェルハートなわけだね」
2人はしばし秘密を共有して笑った。
正直なところリーは安心した。今回はただギガンティアに了承をもらいに来ただけで話し合いをしにきたのではない。その場にいる者が増えて話が議論に展開することは避けたい。
5分ほどして円卓に2人の人間が加わった。一人は銀髪白肌の少女。その居姿は見た目には二桁にかろうじて達するかどうかというほどの幼女だった。リーは勝手知ったる相手に恭しく頭を垂れた。それがWOZの意思そのものであるギガンティアその人であった。もう1人はその腹心である騎士。この場にはその3人だけだった。
2人の前にグラスが置かれたところでリーは切り出した。
「わざわざお時間をいただきありがとうございます」
「構わぬ。珍しい小鳥が迷い込んだと聞いたぞ。その件だろう?」
グラスのウイスキーを弄びながらギガンティアは見た目に相応しくない口調で続きを促す。
「はい。先のドースタンでの会戦で落ち延びてきた地球連合の軍用艦艇3隻。それだけでしたら追い返すところですが、うち1隻が異な縁を握っておりまして」
「で、どうしたい?」
話を端折ったギガンティアは先ほどからウイスキーを口に入れるかどうかを躊躇っているようだった。この幼女、見た目通りの年齢なので酒が呑めるわけではないのだ。なのにウイスキーを選んだのは子供じみた興味と見栄だと言うことをリーも承知しているのでわざわざ突っ込みはしなかった。
「シミズがクリスティアーノ閥との接触を試みていることは先刻承知のことと思います。クリスティアーノが望む、という条件付きであれば彼らに便宜を図って彼の手札を強化するのもよいのではないかと」
「それにしてもロバート・ローズは危険な手札になりはしないか」
「その危険は我々でなく、クリスティアーノが被るものです」
リーは切り捨てた。クリスティアーノがローズを活用するなら良し、仮にクリスティアーノが勢力争いに敗北し、その結果WOZがマウラ本家から不興を買ったところで問題はない。あくまでWOZにとって利用価値があるのはクリスティアーノであるからだ。
「なるほど。それでクリスティアーノが望めば、というわけだ」
リーの理屈に一定の理解を示すとギガンティアはその視線を隣の男に向けた。
「お前はどう思う」
それまで隣の席で瞑目していた男が目を開けた。ユリウス・セルシウス・アスター。WOZ三大貴族の筆頭であり、またギガンティア円卓における筆頭騎士であるアスターの当主。ウォルシュタットの成立した時から今に至るまでその地位を維持し続ける正真正銘の貴族である。年の頃はまだまだ若い28歳。しかしそれですらギガンティアに比べればマシなのでその違和感を狂わせていた。アスターは特に何の感慨もなく当然のことだけを言った。
「そもそもマウラに関してはシミズの案件であるはず、彼が承知であるなら私から言うべきことは何もないかと」
予想通りとはいえアスターの無関与宣言にリーは安堵した。
ギガンティアの騎士たちは大きく3つの派閥に分かれている。保守派・中道派・実働派の3つ。筆頭騎士であるアスターは言うまでもなく保守派に属するがこの件に関してイニシアチブを持っているもう一人の騎士であるシミズは実働派に属している。アスター自身の思惑はともかく、立場上から口を挟んでくる可能性は全く0ではなかった。
「もちろん、彼には既に了承を得ております。むしろ彼は積極的にクリスティアーノと結ぶ算段でしたので、今回の件は双方にとって強力な誼を作る機会とも言えるのです」
「よろしい。シミズが了解しているならそれでいいだろう。よきにはからえ」
高らかに宣言するとギガンティアはウイスキーを口に流し込み、途端に顔をぐしゃぐしゃにして喘いだ。状況を予期していた女中が素早くハンカチを差し出すと幼女は内容物をそこに染み込ませる。その様子をリーは苦笑しながら見守るのだった。
ニジョウ外務代表との会談から2日後、ルビエールの元にはマチルダが訪れ、イージス隊ら諸隊がWOZにおいて客人として遇されることが伝えられた。ルビエールにとっては吉報ではあったが複雑なところもあった。早すぎるのである。
ルビエールの反応を敏く察したマチルダは思いもがけぬ言葉を発した。
「私はあなた方を無事に帰還させるのに協力せよと言われております。その目的完遂にはタイミングこそ重要との認識をもっております」
「つまり、急がせはしないと?」
「いつまでも居ていいということではありませんが、可能な限り条件が整うのは待ちましょう。我々にとってベストなのは火星に気取られないタイミング。それはそちらにとってもベストなタイミングではありません?」
「願ってもない」
ルビエールの率直な言葉にマチルダは複雑な表情を浮かべた。
「あなたのその妙に正直なところは嫌いではありません」
妙な言葉にルビエールは眉をわずかに動かしたが相手の機嫌を損ねないよう努めて感情を見せないようにした。どうもこの女はルビエールに対して個人的な感情を抱いているようだった。それはやはりルビエールの血の絡むものだろうか。よくは解らない。いずれにしてもあまり有難いものではなさそうだ。
「それで、本国への連絡はとれませんか」
これで本国に状況を報告できるとルビエールは期待していたが回答はにべもなかった。
「こちらから伝言はしてもよいのですが直接的な交信はセキュリティ上許可できません」
それもそうか。WOZ側はロバート・ローズの取り扱いに慎重に慎重を期すだろう。ルビエールは素直に引き下がった。
「では、クリスティアーノ・マウラもしくはトロギール・カリートリー大佐にこちらの状況報告をお願いします」
「もちろん。ではここからの対応はアグスティン次官に任せますので、私はこれで」
マチルダは席を立ち、替わってキャシー・アグスティンが諸隊のWOZ滞在に関する大量の要件を提示し始めた。
食料や艦艇の整備補修などルビエールたちの欲していたものほとんどが叶えられた。もちろんただではなかったが常識の範囲内であると納得できた。十分すぎる待遇にルビエールは満足していた。
しかし後半に差し掛かったところでルビエールは困惑することになる。
「外出に関する規定、ですか」
「何か問題でも?」
キャシーの返しにルビエールは言葉を詰まらせた。正直なところそこまで許されるとは思っていなかった。
「外出してもよろしいのですか?」
「客人として遇せよ。とのご指示ですから。もちろん護衛という名の監視はつけますので、外出人数と時間には制限はつけさせていただきます。妙な真似はしないように注意してください」
ルビエールの困惑とは裏腹にキャシーは気楽に言ってのけ、後にその眼を意地悪く輝かせた。
「問題を起こしたら起こしたでこちらの交渉に有利になるということですよ」
さすがWOZ。マチルダの影に隠れているがこの金髪の外務次官も食えない相手だとルビエールは思い知らされた。
ルビエールの持ち帰ったWOZ滞在中の要件は即座に諸隊の首脳によって整理された。当然、その中には外出許可に関する要件も含まれる。
「何か急を要する目的を除いてやめた方がいいでしょう」
リーゼはバッサリと切り捨てた。規律を乱す可能性が高いとの考えである。
「しかし、ずっと艦艇内に閉じこもっていては精神がやられちまいませんかね。それに外の情勢も確認しておきたい」
ヘリクセンは逆に手段として使うべきと主張する。確かに、ルビエールたちはドースタン以降、自分たち周辺の情報しか得ることができていない。WOZから与えられる情報を精査するためにも自分たちで得られる情報は得ておきたい。
「あまり好ましいやり口ではありませんが選りすぐられた者のみで、ということになりますかな。いずれにせよ、この件は大尉のご判断にお任せしましょう」
アンダーセンの言葉でこの件は実質棚上げになった。ルビエールは不用意な行動は慎む方が賢明であろうと当面はこの件のことは忘れることにする。
イージス隊ら諸隊の奇妙な生活が始まった。WOZ内のドックが彼らの根城となり、そこで帰還へのタイミングを伺うことになる。食料をはじめとした諸々の問題はほぼ完全に解消され、それどころか献立を迷えるほどの自由度をコックたちは苦笑いしながら楽しむことになる。
WOZ側は協定通りに連合艦艇を連合領域として踏み込むことは滅多になかった。彼らの興味はルビエールとローズに移ったため仮に何らかの行動をするにしてもシュガート・ブラッドレーに類が及ぶ可能性はほぼない。
諸隊は安全な状況を手に入れたと言える。しかし、それを全ての人間が歓迎しているわけではなかった。
「社員の帰還ですか」
珍しくルビエールの司令室にやってきたエディンバラの要望にルビエールは腕を組んで考える振りをした。予想していた提案だったが待ち構えていたような態度は見せたくなかったのだ。
エディンバラとしてはこの際にWOZの航路を使って民間人を艦から降ろして帰国させる手段を模索しないわけにもいかなかった。もちろん望み薄の提案なのは百も承知ではある。
「言うまでもありませんがXVF15をはじめとした資材まるごとを宅配するような魔法の手段はありませんし、そのうちの一部であっても見返りなしにWOZは引き受けないでしょう」
イージス隊の事情を置いておくにしてもそんな都合のいい話にはならないだろう。それにルビエールにしてみればわざわざ危ない橋を渡ってクサカとイスルギを交渉材料から外したのである。それをみすみすテーブルの上に乗せてまでやるべき処置にも思えない。
ルビエールの難しい顔にエディンバラは意外な理解を示した。
「私もそれは承知しているつもりです。何よりXVF15にしてもALIOSにしてもそれを交渉材料にする権限を持っているつもりもないし、持とうとも思っていません」
「つまり見返りはなしで交渉すると?」
少し躊躇ってからエディンバラは苦渋を押し殺して告白した。
「社員の統率が乱れるのが心配です。我々は所詮民間人ですのでこのような環境でのストレスに持ちこたえられません。現に事務スタッフにノイローゼが拡がりはじめていています」
そのためにエディンバラとしては何らかの形で行動を示さねばならなかった。プロジェクトマネージャーとしての責務だった。
ルビエールはこのエディンバラの行動を認めた。彼も彼なりに背負っているものに向き合っているのである。実る可能性は薄いがそれを理由に否定する必要もなかった。それに心理的に追い詰められた民間人を抱え続けることのリスクはイージス隊にとっても他人事ではない。万が一であっても取り除けるならそれに越したことはないのだ。
「なるほど。状況は理解しました。我々に不利益にならないようにした上で挑む分には問題ないと考えます。レプティス外務官に話を繋げますか」
エディンバラはほっとしたようにため息をついた。そこがゴールと言うわけでもないだろうが、一つのハードルをクリアした心持ちなのだろう。障害扱いされていたことに多少は苦い感情が過ったがルビエールは問題の共有を優先した。
「対処療法に過ぎませんがWOZ側の医師に見せてもよろしいのではないでしょうか。彼らは軍医ではありませんし、心療のエキスパートもいるようです」
WOZの医師団の協力は下手をすると食料的な援助以上に諸隊の助けになっていた。各隊の軍医には面白くないことだったが彼らのノウハウは明らかに地球連合の基準を大きく上回っていた。この援助をクサカ社ら民間人のスタッフは敬遠していた。というよりもクサカ社のスタッフの多くが他との関りを避けて引きこもっている状態だった。しかし軍医ではなく民間医であれば事情も少しは変わってくるかもしれない。
「そうですね。勧めてみましょう」
この回答はエディンバラなりの歩み寄りだったかもしれない。形振りを構っていられなくなったという意地の悪い考えを追い払ってルビエールはリーゼに医師の手配を指示し、自身はレプティスに連絡を取ることを約束してその場を終えたのだった。
このエディンバラの責任感は吉と出た。無謀とも思える交渉に出向いたエディンバラに対してWOZは1名の帰国をあっさりと承認したのである。
「意外でした」
報告するエディンバラは狐に化かされたように腑に落ちぬ表情をしている。
WOZ側の理屈はこうである。WOZはローズの引き渡しを円滑にするために使者を派遣するつもりだった。この際にこの話、またイージス隊の状況を証言する者を必要だろうと判断したのである。
しかし1名というのが厄介だった。
「では、誰を帰国させましょうか。場合によってはその1名を特使とすることもできるわけです」
リーゼの言葉にルビエールは難しい顔をした。確かにその1枠を本国との連絡に使わない手はないのだがこの1枠はエディンバラの取ってきた1枠なのだ。こちらの都合で使うことには違和感がある。
一方でこの提案にエディンバラはそこまで反発する気配を見せなかった。当然の考えだからだ。それにたかだか1枠では問題の解決には全く寄与しない。それどころかその1枠を巡って諍いが起こるかもしれないとエディンバラは懸念していた。
「エディンバラマネージャーの勝ち取った1枠です。そちらで使うのが道理でしょう」
そう言われてエディンバラは複雑そうな表情を浮かべた。娘であってもおかしくない年齢の人間に言われる言葉に相応しいとは思えないがともかく手柄として保証されたのである。この複雑な心境は利己的ではない思考にエディンバラを導いた。
「では、リューベック中尉はどうでしょう?」
クサカともローマともつながりのあるマサトは特使としては最適な人物であろう。能力的にも文句はない。本人の機密性と胡散臭さは懸念事項だが上手く誤魔化せるだろう。
ルビエールはこの案にそれなりの理を認めた。ところが当の本人は全く乗り気ではなかった。
「ALIOSから離れるわけにはいきませんよ」
ルビエールにはわずかに引っかかりが生じた。ALIOSは確かに重要だがイスルギにとってもっとも重要なのはマサト・リューベックのILSであるはずなのだ。ALIOSのデータとマサト・リューベック自身の確保がイスルギにとっては最重要事項ではないのだろうか。
しかしこの疑念を突くのは無益だった。マサト・リューベックを欠くことがイージス隊にどのような影響を及ぼすかは先の撤退戦でルビエール自身が身に染みている。
「とりあえず、エディンバラマネージャーがよろしいというならこちらで1名選別しましょう」
エディンバラはあっさりと頷いた。彼の立場ではこの1枠は活かせないということだろう。あるいはルビエールに売る方がより利益となると踏んだか。
預かったルビエールは内心で厄介なシロモノだと悪態をついた。これは借りと考えるべきなのか。できればそうは見做したくない。何ならルビエールにすらこの1枠は上手く活かせる手を思いつかないのである。
「帰還の時期などはまだ解らないのでしょうか?」
今のところエディンバラがもっとも欲しているのはそれだった。とりあえず返る算段さえつけば心理的にも光明となるはずである。
「残念ながら、我々の問題はかなり上の方で扱われることになるので、それなりの時間がかかると思います」
ローズの扱いを考えればWOZもクリスティアーノも迂闊な行動はできない。そもそもクリスティアーノはローズをどう扱うか、まずそこを決めねばならない。決めたあとも根回しに奔走するはずで、話し合いにしても受け渡しの手筈にしても慎重を期するだろう。一刻も早く、などとは考えないはずだ。
「そもそも我々は一種の人質のような状態なんです。ローマ、つまりマウラの対応次第では交渉も難航するでしょう。もっと言うなら、上の考え次第で斜め上方向に事態が動くことも考えられます」
クリスティアーノがイージス隊を見捨てることはまずないにしてもWOZ側が見返りを求めたりなどすればややこしい状態になるかもしれない。いっそクサカとイスルギを餌にする方が解りやすかったかもしれない。今さらなので口にする必要もないが。
「伏魔殿ということですな」
肩を竦めるエディンバラは妙に納得した風に言うが、考えてみればエディンバラの方がそういうところには詳しいのかもしれない。
「提案なんですがね」
WOZ到着以降、妙に存在感を消しているマサトが不意に手を上げた。
「帰国は無理にしても不要なスタッフは人質って名目でWOZに預けちゃえばどうです?イージス隊が交渉をマウラに丸投げしてるのと同じように、そっちもクサカ本社に投げちゃえばいいんですよ」
ルビエールとエディンバラは顔を見合わせた。
妙案かもしれない。技術スタッフは無理にしても事務スタッフはほとんど不要な状態にある。WOZ側に預けて帰国できる保証はないがノイローゼ状態の者にしてみればWOZに残る方がマシであろう。イージス隊にしてもエディンバラにしても人質として取られたという体にして奪還はクサカ本社に投げてしまえばいいのである。
「なるほど、WOZにしてもクサカと交流の糸口を掴めるわけですから悪い話じゃない」
ルビエールの言葉を慎重に呑み込んでからエディンバラは頷いた。
「やってみる価値はあると思います」
「次から次へと面白い提案をしてきますね」
マチルダは半ば呆れながらそう答えた。その口調は皮肉と奇妙な諦観があった。
「理屈は解りました。しかし正直に言わせていただくならもう少し我々を人道的に評価していただきたいですわね」
「と、言いますと?」
「傷病者として預けて頂ければ、後日にでも丁重に送り返すと言っているのです」
「それは、失礼しました」
確かに順序を飛ばした提案だったとルビエールは素直に認めた。
「いいのですよ。悪の秘密結社か何かのように思われているのは慣れていますから。でも、そういうのは私の担当ではないので、少々癪な気持ちになるのはご理解していただければ幸いですわ」
この時、後ろに控えている金髪癖毛の女の表情が臆面もなく呆れ果てているのにルビエールは気づいていたが見なかったことにする。
どうもマチルダ・レプティスの言うことにはまだまだ裏がありそうだ。やはりWOZはWOZ。くせ者なのは間違いなさそうである。
「まぁ、体裁はともかく身柄を預かる分には構いません。そちらも重要人物と情報を預けるようなバカな真似はなさらないでしょうから。丁重に、されど関わらずでお取り扱いしますわよ」
取引商品のように。と余計な一言を付け加えてマチルダは笑った。やはりこの女は好きにはなれそうにないとルビエールは思った。
この処置により重要ではないクサカ社のスタッフ数名が艦を離れた。余計な波風を立てぬようにこのことは伏せられたが、どこからか漏れ出てあらぬ噂に信ぴょう性を持たせてしまうことになる。
次回投稿は5月を予定しています




