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7/4「ダーティーソリューション」

7/4「ダーティーソリューション」

 ローマ師団第八大隊はフランクリンベルトに逃げ帰ることに成功し、イズミターンと共に撤収の最中であった。大隊として失った戦力こそワシントンと同様に小であったが大隊指揮官トロギール・カリートリーにとっては大きな損失があった。

「イージス隊に関しては現在も消息不明です」

「そうか」

 エイプリルの14度目報告にカリートリーはろくに反応しなくなっていた。他の生き残りの戦術情報から消息を辿ろうともしたが第七艦隊を中心として空白があまりに多い。通常の部隊ならMIAとしてそれまでだろう。しかしそれで済まされないのが試験小隊だった。救出は無理としても行方に関しては何としても確定しておかねばクサカに対して筋が通らない。

 会戦そのものは切り抜けている可能性が高い。もっとも悪いのは捕縛、あるいは投降によって火星側に渡ってしまっているパターンである。

「やはり火星側の情報を探らねば埒があかんか」

「妙案ですね」

 カリートリーの呟きにエイプリルは同意しつつもどうやって?と訴えていた。カリートリーは大きくため息をつくと覚悟を決めた。

「報告するしかないだろう」

 カリートリーの手には余る。クリスティアーノに報告した上で情報部に頼るしかない。恐らくサネトウ辺りが手を回して調べてくれるだろう。

「つまり万策尽き果てて泣きつくわけですね」

 カリートリーは言い返す言葉を思いつかなったのでかわりにエイプリルに鉄拳制裁をしても問題ないかを考え、心の内で実行した。


「正直それどころじゃないんだが」

 クリスティアーノの反応は冷酷通りこして酷薄だった。

 今頃地球ではドースタン会戦での敗北で政治も軍も大露わで状況把握と主導権争いで大混乱になっているだろう。現場の状況など眼中になく、目の前の利権こそが重要な連中をクリスティアーノは相手にしていた。しかしそれはそれとして対処してもらわねば。

「そうは申しますが後回しになればなるほど手遅れになると言うことも考えられます」

「とっくに全滅してることも考えられる」

 それはそうだが。いっそのこと全滅している確証でもあった方が楽なのだが。そんな思考が頭をもたげたのを振り払って粘る。

「ともかく消息を確定する必要があります。クサカへの説明もあります。サネトウ殿に対応してもらいたいのですが」

「無理だ」

 きっぱり言い切られてカリートリーは目を丸くした。

「なぜ?」

「ガットゥーゾにいきなり噛みつかれた。フランチェスコのじいさんを味方につけたがそのせいで本格的に鉄火場になった。サネトウにしてもフラビオにしても今は動かせん」

 おいおい。カリートリーは放心状態になった。

「始めたのですか?」

「始められたんだ!」

 クリスティアーノは相手側からの仕掛けを協調した。しかしその顔にはしてやったりとも書いてある。

「あの脳筋野郎、ドースタンの結果がぼんやり解ったところでいきなりうちの本営を抑えにかかったんだ」

 しばし状況を飲み込んでいたカリートリーは自分を取り戻して戦慄した。ローマの本営を抑える、そんな大胆なことをするチャンスはそうそうない。その数少ないチャンスがカリートリー率いる第八大隊の留守である。

「釣りましたね」

「なんの話かな」

 韜晦する司令官に頭痛を覚えながらカリートリーは先の展望を組み立てていた。

 ガットゥーゾは現在のマウラの中では保守派に属する男で正規軍内でも主流派に近しい。欧州各自衛軍にも強い影響力を持っている。恐らくはドースタンの敗北で自身の地盤が揺らぐことを警戒しての行動だろう。とはいえ、彼自身が自発的に行動したとは思えない。誰か唆した奴がいる。フランチェスコ爺は元々ガットゥーゾとの折り合いが悪く、クリスティアーノ贔屓だったので予想外というほどのことはない。

「それで、どういう風に割れたんですか」

「4割くらいが敵に回ってこっちは2割。残りは傍観と言ったところだな。親父殿は傍観側だ」

 最後の一言に忌々しさというスパイスが加えられていた。むろん、無関係であるはずはない。マウラ現当主としてはこの争いを骨肉の争いという性質にはしたくないから手出ししないだけ。実際には傍観のほとんども敵側と見做すべきだろう。

 随分と嫌われたものだな。好かれるようなことをした覚えもないので驚くほどの内容でもないが。

「本家はともかく、とりあえずガットゥーゾに関しては排除せねばならんでしょうな」

「だな。まぁ初手でしくじったのが運の尽きだ。親父殿は手を間違った。やるんなら最低限でなく、最大限で殴るべきだった」

 クリスティアーノはそういうが父親自らが娘を粛正するなど親子の情抜きにしても好ましい手ではない。それにカリートリーにはもう一つあまり愉快ではない想像が浮かんでいた。

 ドースタン会戦の結果を考えれば本家の思考が主流派から離れただろうことは想像に難くない。もともと4Cとの接触を図っていた本家にとって保守派のガットゥーゾは潜在的な障害に成り得る。クリスティアーノとガットゥーゾをぶつけて共倒れしてくれればなどと考えていたのではないか。元々クリスティアーノと御当主には血縁以外の感情はないも同然だったがそこまでやるのかと思うとカリートリーですら鼻白むところだった。

 しかしクリスティアーノの言う通り、本家は手を誤った。クリスティアーノは切り抜け、いまや自分のターンに持ち込もうとしている。

「そういうわけだからイージス隊に関しては後回しにするしかない」

 そう言い切られるとカリートリーも引き下がるしかない。

「それよりお前どこにいる」

「フランクリンベルトを引き払う第一陣に加わっております」

「とっとと戻ってこい」

「第一陣と言いましたが」

 それ以上どうやって早くしろと言うのか。送り出した張本人の一言にカリートリーは呆れ果てて表情を維持できなくなった。

「言ってはなんですが、急いだところで間に合わんと思いますが」

 カリートリーの帰還が間に合うほど長期化すればそれはもはや内戦の様相になる。そこまでやられては他の列強も黙ってはいられないだろうし、マウラ全体の信用にも関わる。

「後片付けがあるだろう」

 しゃあしゃあと言ってのけるクリスティアーノにカリートリーは決して急がないことを心に誓った。

「負けた時からが軍人の真価だ。やることはいくらでもあるぞ」

「それは、同意しますがね」

 この女に軍人を語られるのは虫唾が走るというのが正直なところである、もっともカリートリー自身も真っ当な軍人かと言われたら返答に窮すところなので深くは掘り下げないでおく。

「もう一つ。こいつは戻ってくる前に話が来るだろうが、近々ドースタン会戦に関連した査問が行われる。お前はそいつに証人として召喚されるだろう」

 査問。その単語を聞いたとき、カリートリーは然して驚かなかった。

 査問を行う名義も動機もある。ピレネーに続いての大失態、これに対して責任を取る者が必要だろう。しかしそれは恐らくは建前で本当の動機は権力争いだろう。立て続けの失態でこれまで軍部において主導権を握っていた者たちの足場は瓦解し、それを覆そうとする者たちが飛びかかってきたのだ。

 やれやれと嘆息を隠しもせずカリートリーは観念した。

「もちろん構いませんが、思う通りに発言すればよろしいのですか?」

 通信画面の向こうでクリスティアーノは視線を外して考えこんだ。

「貴様はこの査問をどう思う」

「ドースタン会戦の結果を理由に吊るし上げをするつもりでしょうな」

「私もそう思う。聞きたいのは、その吊るし上げの方だ」

 今度はカリートリーが視線を外して考えた。さすがに自分たちがその吊るし上げの対象になることはないだろう。第七艦隊の主要将校もほぼ全て故人となった。となればその対象はワシントン司令ジェンソン・ミラーが獲物と考えていい。

「よろしくない行動です。いまワシントンに詰め腹を切らせては今後の列強と正規軍の連携が崩壊します。と、いうよりもそれを目的にしている連中がいるのでしょう」

「同感だ。とはいえ、責任を取る人間は必要だ。とりあえず統合作戦司令長官殿とその一派は辞任・更迭ということになるだろうし、一部は既になってる。あとは現場からも一人くらいは、というのが新司令長官殿のお考えだろうな」

 なるほど。カリートリーは自身に提示される選択肢を理解した。

「ワシントンを擁護しますか」

「できるのか?」

 無理筋ならやる必要はないとクリスティアーノは暗に問うている。ミラーが沈む船ならその後釜に目をかける方が賢明と考えているのだろう。しかしカリートリーの考えは違った。

「多少のリスクを抱えてでもミラー司令を助ける方がよいでしょう。先ほども言ったように正規軍とワシントンの信頼に亀裂が入ります。それに彼の後釜が師団を完全に掌握できると仮定しても時間を要するはずです。あまりにも時節が悪い」

 カリートリーはあくまで純軍事的な理屈を並べた。もちろん、恩を売るという意味でもミラーを助ける理由はあるが、それに関してはクリスティアーノの領分である。政治的な理由で見捨てるという選択肢にも理はある。軍部の主導権が覆ればいくらミラーを助けても意味がないのだ。

「こちらこそお聞きしたい。査問をどう思っているのか」

 カリートリーの問いにクリスティアーノは複雑そうな顔をしていた。その葛藤はカリートリーにも察しは付く。クリスティアーノは状況の変化を志向するタイプの人間であって従来勢力の権化とも言えるミラーに加担することにアンビバレンツを感じているのだ。クリスティアーノが将来的に連合軍内で影響力を持とうと画策するならミラーに加勢するのにもリスクは高い。

 クリスティアーノの先見はミラーとの今後を意識した当然の葛藤だったが何もミラーに恩を売るとか貸しを作るという考えだけで動く必要もないのではないか。カリートリーの考えはもっとシンプルだった。

「誰が悪いのか決めるだけの場で使い潰すにはジェンソン・ミラーは大物過ぎると思います。重大な責任を取れるカードは貴重とでもいいましょうか」

 なるほど。クリスティアーノは得心したと頷いた。確かにミラーにはこんなバカげた責任よりももっと重い責任を背負ってもらった方がいい。

「わかった。お前に任せる」

 クリスティアーノからの信任を受けてカリートリーは珍しくも敬礼を返した。


 カリートリーが査問の召致を受けたのは大隊が安全圏に差し掛かったところだった。通信環境が安定してすぐということで、手ぐすねを引いて待っていたのだろうとカリートリーは推理し、この推理はほぼ的中していた。査問は既にある程度進行していたのである。ミラーを待つことなく議論は進行しており、結論も既に用意されていると考えて間違いない。

 上等じゃないか。

 カリートリーは自分の判断に確信を持った。やはりこんなくだらないことでミラーを切るのはバカげているし、そんなことを考える連中の思惑通りに運ぶのは気に入らない。

 VR空間に用意された査問室は査問をする側とされる側にX軸上の差をつけ、それぞれを照らす照明光度も罪を照らそうと片側に偏っていた。

 カリートリー自身はあくまで証人として招致されたのだがその証言を聞く側は自分の座る席の優位性を自身の者とでも思っているのかのようにカリートリーを見下ろしていた。

「第14特殊戦略師団第八大隊。トロギール・カリートリー大佐。楽にしたまえ。君にはドースタン会戦に参加した将校として証言をしてもらう。君自身が査問の対象になっているわけではないので気楽にしてくれたまえ」

 発言とは裏腹にその視線はつつく隙を伺う邪さが見えた。中央の席に座る男にカリートリーは覚えがなかった。つまりこれまで主流であった派閥とは異なる新長官派に属している人物なのだろう。俄かに手に入れた権勢をどう振るうか、また振るう相手を探しているかのようだった。

 この査問委員会にミラーに対して懲罰を課す権限は与えられていない。ミラーは正規軍ではなく、アメリカ自衛軍の属であるためだ。しかし、正規軍がドースタン会戦におけるミラーの責任を断定することはミラーにとって致命傷となりかねない。ただでさえ逆風に置かれているアメリカに対して世論は厳しく、ミラーに責任があると断定されれば無視することはできないだろう。

 査問官の席には8名。他の面子も似たようなものだったが、ただ1人見知った顔を見出してカリートリーは驚いた。

「では、聴取をはじめます」

 査問会を取り仕切るその人物は参謀総長スティーブン・ハモンドその人であった。正確には前参謀総長であったが。

 査問の最初はドースタン会戦の振り返りだった。VR空間内にドースタン会戦における各艦隊の詳細な動きが再現された。このデータに関してカリートリーは異論を挟む必要はなかった。ローマの持つ情報とほぼ完全に一致している。むしろローマの方が正確性で下かもしれない。各戦力の動きを見てカリートリーは改めて自身の選択を確認し、その正当性を確認することができた。

「さて、まずはドースタン会戦の結果を振り返って君の所見を聞こうか」

 戦術図に反映されたドースタンの模様を見て改めてカリートリーは感嘆の息を吐いた。

「やはり先制攻撃が上手くいったと表現するしかないでしょう。しかし、あれほど完璧な撃滅となった理由は他にもいくつかあります」

 そう切り出すとカリートリーは戦術図の操作を受け取ると持論を展開した。

「数の上では我々に利がありましたが、遊兵が多すぎました。二つの軍団が一塊になって内周の艦体がほとんど戦いに参加できなかった。これは次の戦いを意識しての防御的な展開で間違ったものとも言い切れませんが結果としてそれを相手に逆手に取られたのです」

 連合軍側の問題は消極的な布陣にあった。第七艦隊とワシントン師団が互いに寄り添うような布陣は防御するだけなら有効だが結果的に自分たちの動きを制約すると同時に戦う意思が希薄であると意思表明をしてしまっていた。これは相手も同じだろうという甘えもあったかもしれない。双方に戦う気がない場合は暗黙の了解として戦端が切られないことは決して少なくないのだ。何にせよ、相手にその動きを読ませる安易な布陣だったことは事実だった。

「対して、火星共和は先制の利点を最大限に活用した戦術で戦力を最大限に活用しました。古来からの大原則。敵より多くの戦力を活用する。これを戦術レベルで成立させたのは火星の方だったということです」

「随分と敵を持ち上げるじゃないか。自分たちには非がなかったとでも言うのかな」

 1人の査問官の横やりはカリートリーに何ら動揺を与えなかった。

「言うほど上等なものではありません。兵力を最大限に活用する。これは言い換えれば火星共和には余力が全くない状態だったとも言えるのです。第七艦隊が後退でなく、突破を選択していれば火星共和の薄い前衛は打ち破られ、逆に彼らが包囲殲滅される危険性もあったでしょう。本来ならこのような戦術は思いついても実行には至れません。それを火星はやってみせたのです」

 皮肉な話だったがこの火星共和の無駄のない戦力活用はローマの生き残りに有利に働いた。要するに他にかかずらっている余地がなかったということだ。都合の悪い展開が1つでも起これば火星側には対応できる戦力がなく、瓦解した可能性すらある。火星側の行使した戦術は本来なら博打と呼ぶべき代物だろう。

 このカリートリーの論理展開は相手に誤った情報を与えた。

「つまり、手を謝らなければ勝てたと?」

 欲しがっていたプレゼントを目にしたように1人が目を細めた。しかしカリートリーにはそれを渡す気は毛頭なかった。彼の手の上でそのプレゼントは手品よろしく綺麗に消え去る。

「それほど簡単な話ではありません。戦術とは状況を利用する術です。共和軍は状況をいち早く理解することができた。我々はできなかった。我々には行使する戦術に確信を持つことができなかったのです」

 選択肢はいくらでも並べることはできる。正解の選択肢もその中にはあっただろう。後になって見れば、なぜその選択肢を選ばなかったのかとバカにもできよう。しかし現場では状況を把握できていなかった。一定の確証も得られずに選択をするのは戦術ではなく、博打である。ミラーやロウのような大艦隊を預かる司令官が責任を以って選択できるようなものではない。

 今回の会戦における最大のポイントは博打的な戦術ではなく、その策を成功させるために相手に状況理解を与えず、戦術的な選択肢に後ろ足を踏ませた手際にこそある。相手側の指揮官はどういうわけか状況理解を得ていた。会談の結末を予め知っていたのだろうか。いずにせよそこから逆算的に戦術を組み立てて連合軍側の動きを制圧したのだ。

「今回の開戦は極めて特殊な環境で発生しました。両軍が戦力を展開し、その間で両軍のVIPが武力衝突を回避する名目で会談を行っている。現場の我々は何も会談の成功を信じていたわけではありませんが会談の結果を待つ必要がありました。それは相手も同じはず、つまり両軍が縛られた状態にあると考えていたのです。しかし、そうではなかった。火星軍はこちらの動きを予見した上で大統領暗殺と同時に行動を開始した。敵はこの特殊な環境を利用して初手を打つアドバンテージを得た上で、こちらの選択肢の大部分を封じ込め、第七艦隊の動きをコントロールしたのです」

 状況を制されたこと。今回の主題に対するカリートリーの結論はそうならざるえない。

 それまで状況を見守っていたハモンドは大きく頷き口を開いた。

「なるほど。君の識見には頷くべき点が多くある。して、その洞察を働かせたのは誰だと君は思うかね」

「ライザ・エレファンタをおいて他にないでしょう」

 即答だった。これに関しては特になんの根拠もないが、もっとも大きな役割を果たしたのがエレファンタ兵団だったのだから妥当な推測であるし、誰も異論を挟まなかった。

「ではカリートリー大佐。戦場にいた君の識見において、連合軍側の対処に他の選択肢はなかったかどうか、考えてみてくれ」

 ハモンドは自身の発言に辟易と言わんばかりに口角を歪めていた。同じセリフを何度も言わされているのだろう。

 しかしカリートリーにとってはようやく核心に入る台詞でもあった。

「ありません」

 あまりにも平然と言い切られた台詞に査問室は静まり返った。ハモンドがフリーズしているところに査問員の一人が鼻を鳴らした。

「ローマの者であればさもありなんということか」

 自身を無能と表明しているようなものと彼には映っているようだった。他の者も取り繕った顔の裏に嘲笑を滲ませる。ただ一人を除いて。

「大変興味深い」

 前参謀総長スティーブン・ハモンドは真剣な眼差しでカリートリーを射抜いた。

「では逆にここまでいくつかの対処策が提示されているが、現場にいた君の意見を聞かせてもらうことにしよう」

 彼は解っているな。前統合作戦司令長官の派閥にいたハモンドはカリートリーの思惑を理解したのだ。査問会の体裁を保つために選ばれたであろう彼がこの査問会をバカげていると考えているのは想像に難くない。彼は決してミラー側の人間ではないだろうが査問会の思惑通りになることも面白くはないはず。彼ならカリートリーの思惑に乗ってくれるだろう。カリートリーは発言の対象をハモンド1人に絞り込んだ。

「では最初の意見だ。これは君たちローマにも関わりのあることだが、ドースタン会戦に先立ってワシントンはドースタン防衛ラインと前哨戦を行った。この戦いにおいてエレファンタ兵団の存在が確認され、君たちローマによって迎撃された。この時、後退するエレファンタ兵団を追撃することもできたはずだがワシントンとローマは戦闘を切り上げて後退した。このことがドースタン会戦においてエレファンタ兵団の決定的な動きをさせてしまったと言える。前哨戦の意義は敵の戦力確認ではなくそれに対処することにある。ところがワシントンはただ確認するのみで満足し、ドースタン会戦においてエレファンタ兵団の跳梁を許した。前哨戦の結果を何ら活かすことができなかったということである。前哨戦おいては被害を許容してでもエレファンタを追撃しなかったことも失策である。と、いうのが一つ目の意見だ」

 ハモンドはそれが自分自身の意見ではないと念を押すように手元の資料を机に放り投げた。

 表面上は神妙に、内心では苦笑しながらカリートリーはエイプリルがこれを聞いたらどう思うだろうかと考えていた。後で聞いてみることにしよう。

「なるほど。確かに前哨戦においてエレファンタ兵団に打撃を与えていれば会戦の結果は大きく変わっていたでしょう」

 これは間違いのない事実であろうからカリートリーは素直に認めた。しかしそれが原因でドースタン会戦に負けたというのは論理の飛躍だろう。

「しかし前提が間違っております。ドースタン前哨戦の前哨とは想定されたドースタン攻略戦にかかるものであって予期されていないドースタン会戦のものではありません。前哨戦とドースタン会戦は切り離して考えるべきです。あの時点でドースタン会戦などという特異極まる会戦を一体誰が想定しえたのか。会戦の結果を前哨戦の結果に求めるのは遡及に他ならず、追撃を行うべきだったというのも結果論に過ぎません」

 実際、追撃を行っていれば会戦の結果は大いに変わったであろうことは否定しない。エイプリルとのやり取りのこともあってカリートリーにも忸怩たる思いはある。自分の選択に間違いがないことは確信をもってはいても自身の選択の結果として第七艦隊の7割を越す戦力と人命の損失という結果につながった。それでもあの時点でできる判断としては妥当であるとカリートリーは断言せねばならなかった。それとこれとは別の話なのだ。

「なるほど」

 ハモンドの反応は素っ気ないものだったが他のメンバーの顰め面と比すれば随分とマシな対応だった。彼の立場からすればカリートリーの意見は積極的に歓迎するわけにもいかないのだろう。彼はカリートリーの意見に何の反論もすることはなく話を次に移した。それがカリートリーへの最大限の援護だった。

「では次の意見だ。ドースタン会戦における初手はエレファンタ兵団の戦術機動であったことは疑いの余地はない。しかし連合軍各隊はこれを座視し、ひいては火星軍の包囲戦術の完遂を許した。これはあまりにも消極的で致命的な遅れだった。この結果、ワシントンはサンティアゴ兵団に機先を制され、第七艦隊は敵の攻囲を受ける結果となった」

 カリートリーは恣意的に順序が入れ替えられていることに気付いたがそれにはとりあえず触れなかった。

「同じ場にいたものとしてお恥ずかしい限りですが、判断ができたところで行動には移せなかった、というのが本当のところでしょう」

 恥ずかしいと前置きしたカリートリーだったがその顔には少しの恥じらいもなかった。むしろ現場の苦労も知らずに結果だけを当てに言いたいことを言っている連中こそ恥知らずとすら思っている。いま相手をしているのがハモンドでなく、それを考えた当人であったらカリートリーは表情を維持できなかっただろう。

「当時は会談の結果が出るまで待機と厳命されておりました。これはもちろん共和軍に殴られろ、という意味ではありません。しかしそのことが消極的な判断に働いたことは否めません。特に大統領隷下にある第七艦隊には顕著に作用したでしょう。しかしその中でワシントンの動きは結果的にサンティアゴ兵団に制されたとはいえ迅速でありました。第七艦隊、さらに言えば我々を差し置いて判断の遅れを糾弾するというのは整合性に欠くのではないでしょうか」

 心中のいら立ちを抑制しつつもカリートリーの言葉には多少の棘が含まれた。後から結果だけを見て口を出す連中は戦端を開くという重大な決断を自分自身の裁量でできるとでも言うのだろうか。

 エレファンタの動きは間違いなく敵対的な行動ではあるが砲火を交えたわけではなく定義上は艦隊の移動に過ぎない。この時点でエレファンタに攻撃を仕掛けるのは自己解釈によって戦端を開くということになる。第七艦隊司令ロウが躊躇したのはごく自然なことでそれすら責めるのは酷である。ましてミラーの判断は連合軍の誰よりも早かったのである。このような理由で糾弾されて納得されると思っているのだろうか。

 それにしても振り返れば何と悪辣な手法だろうか。エレファンタの移動は明確な戦術機動ではあったがただの移動でもある。もし仮に第七艦隊がエレファンタの機動を敵対行動と断定して攻撃しようとしても彼らはそのまま素通りすればいいだけのことなのだ。博打のような作戦に思えてその実、大外れだけは避けられる巧妙さが潜んでいる。

 査問員は顔を見合わせて発言の機会を互いに譲り合った。明白な反論をできないでいるとハモンドは淡々と次の評価に移った。

「では、3つめだ。これはかなり戦術的な話だ。先ほども話題に上がった通り、エレファンタの突撃に対して戦術的には前進が正解であったことは明白だが、ワシントンも第七艦隊も後退を選択した。これは先を見越したとはいえ消極的で、結果から見ても明らかな失策と言える。また、前進突破だけでなく、敵の機動に動揺することなく、正面切って戦うという方法もあったのではないかな」

 後出しジャンケン。カリートリーの評価はそんなところだった。

「先ほども言った通り、我々は状況の把握が不可能であり、戦術的な選択肢の大部分が不確定な博打と化していました。前進突破は一般的にリスクの高い戦術です。確信もなしに選択できるような戦術ではないでしょう。そもそも前進突破を選択したところでそれを相手が全く想定していなかったと言い切れるのでしょうか。敵は戦力をほぼ使い切っていたと私は言いましたがこれも結局のとこは推論にすぎません。私はライザ・エレファンタがそれを見越していないとは考えられません。まして確実な正解となりえたかどうか。これを証明せずしてこの論を認めせるのはかなりの難題に思えますな」

 そこを突っ込まれたらどうするつもりだ?とカリートリーは暗に指摘した。これに対する答えが用意されていないのは明白だった。実際には前進突破を選択すれば成功した可能性は高いとカリートリーは思っている。エレファンタはその戦術的な穴を無視したのだろう。この推測にも確信はないし今さら確かめる術もない。いずれも後から見ればそう思える、というだけの話でそれが正解であるという確証などない。不正解の逆方向に正解が用意されているのなら自分たちの仕事も随分と楽になるのだが。

 重い空気が十分に拡がったのを確認してからハモンドが話を切り替えた。

「では、その件に関してはさらなる検証を続けるとして、最後の件に移ろう」

 読むべき資料を見ているハモンドの表情は筆舌に尽くしがたい感情が彩っている。憤怒、呆れ、悲嘆、諦観、いずれにしても負の感情なのは間違いない。

「ドースタン会戦において第七艦隊はおよそ7割が失われ、壊滅した。君たちローマもその憂き目にあったことだが、現場においては多数の部隊が生存の為に必死の撤退を行っていた。その最中、ワシントン師団は残存部隊を置き去りに撤退を行った。これによって多数の兵が失われることになった。敵前逃亡とは言わぬまでも将兵の士気を低下させ、軍の信用を失墜させる軍司令官にあるまじき背信行為ではないか。だ、そうだ」

 なるほど、これが本命か。感傷的な意見にカリートリーは失笑を浮かべた。随分と美しい精神である。凡そ真っ当な軍人の出した意見とは思えない。ハモンドもさすがに最後の一言を付け加えずにはいられなかったようだ。

 カリートリーは自身がこの査問に召致された理由にも納得した。委員はローマもワシントンに見捨てられた部隊と考えているのだ。しかし彼らにはカリートリーが現場で戦ったという認識がないようだ。その時点で彼らの期待を裏切る理由には充分だった。

「それに関しては何を助けるのか?という点が抜け落ちているように思えます。第七艦隊は統率を失っており瓦解、散り散りとなっていました。これらを包括的に助ける術があるのならともかく、実際にはいくらかを吸収するのだけで精一杯でしょう。零れた小麦粉を手でかき集めるようなものでそれが果たして救出によって失われるであろう犠牲と釣り合っているのか。それを考慮された意見なのでしょうか。そもそもこの意見は負けた後の話ではないのですか?」

 カリートリー自身、分散された部隊のいくらかを見捨てる決断をせねばならなかった。イージス隊もその中には含まれる。その決断は各司令官それぞれが背負っている。部下たちの命を預かって、それを戦場に捨てる決断をしたのだ。

「そのような取捨選択で失われた者たちや遺族は納得すると思うのかね」

 するわけがないだろうバカ野郎。思わずカリートリーは発言者を威圧した。

 命を預かり、そして捨てる判断。納得などされないし、望んでもいない。その納得されない感情も背負って自分たちは司令官をやっているのである。

 頭の中でガチリと音がして撃鉄が上がる。幼稚な後出しじゃんけんにカリートリーは辟易していた。話をすればするほどこんな連中のためにミラーを犠牲にするのはバカげているという思いが強くなる。

「バカげてやがる」

 思わぬ発言に空気が凍る。自分の口から出たのかと思ってカリートリーも仰天したがその言葉はハモンドの口から飛び出していた。他の者も突如出てきた言葉に唖然として止まっていた。ハモンドは大きく姿勢を崩すと口調を一変させた。

「負けたのはロウの責任だ。それで充分でしょう。あんたらのパワーゲームのためにワシントンと対立されちゃ現場が迷惑だ。これから火星が傘にかかって攻めてくるってのに、あんたらはワシントンと対立しながらそれに対抗しようってのか」

 屈服させたと思い込んでいた男の突然の叛乱に査問員の顔は見る間に赤くなっていく、逆に青ざめたのはカリートリーだった。カリートリーの目的はミラーの援護であってハモンドと一緒に新長官と対立することではないのだ。幸い委員たちの意識にカリートリーの居場所はなかったのだが。

「き、君は立場を解っとるのか。前長官派から拾ってもらった分際で」

 居丈高に声を張り上げた査問員はそれでハモンドが従順になるとでも思っていたのかも知れなかったが、全くの逆になった。ハモンドは待っていましたと言わんばかりにニヤリと笑った。

「そいつは失礼。だったら、辞めさせていただく」

 やおらハモンドは通信を切ってしまった。呆然と立ち尽くすカリートリーと査問員たちの間に長い沈黙がおりた。

 やりやがったな。カリートリーはハモンドの策に舌を巻いた。

 ここまでの査問を率先して引っ張ってきたハモンドがいきなり抜けたことで査問が完全に行き詰まった。進行をハモンドに依存してきた査問員たちは自力でこれまでの議論をまとめ上げねばならなかったが彼らの用意した理屈は先ほどカリートリーに砕かれたばかりで何の役にも立たない。ハモンドは最高のタイミングで責任を放り投げたのだ。他の者が拾い上げて引き継ぐには最悪のタイミングで。

「えー。とりあえず聴取は切り上げようか」

 渋々と言った表情で1人が声を上げると査問員に安堵のため息が拡がった。聴取と言わず査問そのものが切り上げられるだろうなとカリートリーは思った。

 連中にはこのまま査問を続けてもまとめられないし、再度査問を招集するには新しい理屈が必要になる。連中もそこまで暇ではないだろう。

 次々と通信が切られてカリートリーだけが残され、呆れのため息をつきながらカリートリーも通信を切った。しかし即座に別の通信が飛び込んできた。

「やぁ。大変世話になった」

 画面の向こうでハモンドは清々しい顔をしていた。

「お見事でした」

 カリートリーにしては珍しく本心から相手を称賛する言葉が漏れる。

「君がいなければごり押しでミラーの処分が決定されただろう。私は連中の腰を折っただけのことだ。面倒を理由に私に船長をやらせたのが連中のミスだな」

 かくしてハモンド船長の舵取りによって船は座礁したわけだ。

「全く責任放棄も甚だしい」

 この言葉をハモンドは非難とは受け取らなかった。

「責任か、美しい言葉だな。だが、そいつはしばしば人間の有り様を縛る呪いらしい。いっそ無責任であるほうが効率的な判断をできることがある」

 なるほどな。カリートリーはハモンドという人物の一端を垣間見た。責任を取ることでなく、放棄することで役割を果たす。このような戦い方もあることをカリートリーは心に留め置いた。

「この先はどうされるのです?」

「とりあえず左遷先が決まってから考えるさ」

 新長官派と完全な決別を選んだ以上、ハモンドを待っているのは閑職だろう。

 惜しいな。率直にカリートリーはそう考えた。ハモンドにしてもミラーにしても味方同士の争いで失うのはバカげている。その原因が責任であるというならハモンドの言う通り、それは呪いなのかもしれない。



「こっちは片付いた」

 事もなげに言うクリスティアーノと対照的にカリートリーは大きく安堵のため息をついた。とはいえ問題が全て解決したということでもないだろう。カリートリーはすぐに気を引き締めた。

「それで、本家はどうしますか」

「親父殿には隠居してもらう」

「周りが納得しますか」

「しない奴は排除してある」

 おいおい。どこまで片をつけたんだ。さすがのカリートリーすら悪寒を走らせた。

 サネトウらは以前からこの状況を待っていたのだ。クリスティアーノは言葉通り最小限でなく、最大限で事に当たったと言うことだろう。

 ともあれ、クリスティアーノは事実上マウラを乗っ取ったわけだ。これで今までとは比較にならないほど自由に動くことができるようになるだろう。

 その大立ち回りに自分が含まれていないことに少々の不満はあったがカリートリーは話を自分に移した。

「そうか、あの偏屈がね」

 査問の顛末を聞き終えたクリスティアーノは含むところありそうに笑った。

「彼はまだ若い。捨て置くにはもったいないと思います」

「だが、うちにももったいない」

 この返しにカリートリーは笑うべきかどうか迷った。

「あいつの居場所はここじゃない。ハモンドには軍の中央に戻ってもらう必要がある」

 今度はカリートリーも苦笑しつつ頷いた。確かにその方がいい。しかしそう簡単にいくだろうか。彼は参謀であって直接的に表に立って責任を負うような人材ではない。後ろに立って支えるに値する上官いてこそ輝く人材だろう。果たしてそのような人物が正規軍に現われるだろうか。

「さて、これでようやく戦争の話ができるわけだが。状況は最悪、らしいな」

 サネトウの受け売りで言っているだけだろうが事実ではあるのでカリートリーは憮然と頷いた。

「火星はフランクリンベルトを無血で入手し、ドースタンと合わせて絶対的な拠点を得ることに成功しました。しかもそこには無垢の市民が人質になっている。取り返すには相当な覚悟がいるでしょう」

「覚悟ねぇ」

 それは何の?と聞かれたらカリートリーは返答に窮すだろう。自国民を危険に晒すことはもちろん、凶悪な防御拠点を攻略するための犠牲。その困難は想像もしたくない。故に政府も軍部も不愉快で不名誉な結論に達するだろう。

「フランクリンベルトは当分の間は放置されるでしょう」

 フランクリンベルトは取り返せない。火星軍も政治的な手段で手に入れた。取り返すには同じ方法を使うしかないだろう。しかしそれまでの間は策源地とされる。厄介なことこの上ない。

「新長官派は果たしてどういった戦略で挑みますかね」

 お手並み拝見と行きたいところだったがそれには間が悪い。ここでさらに押し込まれては巻き返しが困難になる。特に今回は5年という時間制限がつくのだ。新長官派は権力を手に入れた一方で好き好んで困難な状況に直面することになる。彼らは前任者の失態に乗じただけでその座に立つに相応しい能力を実証したわけではない。即座にその器量が試され、審判も下されることになる。彼らにはまず功績が必要になるだろう。

「新長官の素性は知っているか?」

「いえ、なにか?」

 カリートリーは怪訝な顔をした。

「マリネスクとかいう奴だ。聞いたことがないだろう」

 ない。その事実にカリートリーは辟易した。主役たちは後に控えている。保険を掛けてあるわけだ。

「そういうことだからまだ連中の目は内側に意識が向いている」

「そうは言っとられんと思うのですが」

「その通りだ。で、話はこっちにかわるが。うちも本国から自国コロニーの守備の為に戦況に対して積極的に働きかける許可を取った」

 鼻息荒そうにクリスティアーノは言うが、実際のところは詭弁を捲し立てて言質をとったのだろう。もっとも、カリートリーにしてみれば有難い許可ではある。

「では、例の作戦も遂行できそうですな」

 例の作戦とはピレネー事変直後にクリスティアーノが走らせていた作戦のことを差していた。しかし当のクリスティアーノはカリートリーの言葉が腑に落ちなかったようだった。

「意味があるのか?」

 状況は変化している。件の作戦は地球が攻めるうえで派手に作戦が拡大することを防ぐ意味を持っている。その想定は既に崩れている。当然、作戦の遂行も再検討されて然るべきでクリスティアーノにとっては終わったものと見做されていた。

 カリートリーもその点に異論はない。状況は変わった。しかしだからといって作戦自体が使い物にならなくなったわけではない。

 地球連合側が防戦に回る展開にあってはクリスティアーノの策は火星側の注目を惹く策として転用が可能なのではないか。より過酷な任務と言えるがそれだけ理解も得られる。皮肉なことにクリスティアーノの策は連合の敗北によって役割を変えてより重要な策へと変貌する。事前に走らせていた策ゆえに展開が早いというのもメリットである。

 カリートリーの説明にクリスティアーノは腕を組んで黙考する。

「もちろん。ほかに何か目的があったのであれば意味のない進言でありますし、何よりMにも再確認が必要でしょう」

「いや、Mなら乗るだろう」

 Mはあくまで政治的な思惑にのることを警戒しているのであって純軍事的な利のある作戦であればそれを名誉として納得するだろう。カリートリーの理屈であれば充分納得するはずだ。

「解った。サネトウにもそれで話してみよう」

「それで、中央政府はいまどうなっておりますか?」

 それこそが重要だった。現在の地球連合は各国が散発的に状況に対応しているに過ぎない。大統領暗殺によって中央政府が機能不全に陥っていることは想像に難くないが、そろそろ立ち直ってもらわないことにはまとまった戦略もできず、反撃は遅れに遅れるだろう。

 しかし当のクリスティアーノはバツの悪そうな顔を見せてから感情を消した。その態度にカリートリーは嫌な予感しかしなかった。

「政府はいま完全な機能不全だ。副大統領が入院してそのまま行方をくらましてな。それもあって新大統領の選出も滞っている状態だ」

 大嘘だ。カリートリーはすぐに断じた。意図的に中央政府は機能不全にされているのだ。

「で、本当のところは?」

 軽いため息をついたクリスティアーノは感情を取り戻した。

「列強にとって新政権は邪魔になる可能性が高い。反列強はドースタンの失策を煽って列強の信頼は失墜。とはいえ、まだ反列強よりの候補が列強の反対を押し切れるほどの支持もない。結果、双方にとって大統領を決めることにメリットがない状態なわけだ」

「何をバカな」

 それどころの話ではないだろう。というのはカリートリーの考えであって残念ながらクリスティアーノはこれに共感しなかった。

「実際のところ、今の情勢じゃまともなやつはやりたがらないし、やりたがる人間はまともじゃない。そのなかでやれるやつを見出すのはもっと困難だ。半端な奴が就任するのが一番質が悪いだろう」

 それはそうであろうが。カリートリーはクリスティアーノとの視点の違いにいら立ちを覚えた。

「問題は決まらないことでなく、それを具に争うことの方です」

「ああ、なるほど」

 クリスティアーノは頷きながらもその言にそれほどの価値を見てはいない。結局のところそれをやめさせたければクリスティアーノでなく、相争っている当人たちにそれを解らせるしかないのだ。恐らく、それは不可能だろう。

 連中にしてみれば今は千載一遇の好機でもあるのだ。これを全体のためと座して見逃すようでは権力者としては見込みがない。もちろん、クリスティアーノも現状を歓迎しているわけではない。しかしマウラには現状を動かすだけの影響力も手札もない。それは列強も反列強も同じだった。その手札をどちらが見つけるのか、あるいは作り出すのか。今はそれを見守るしかないのだ。


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