7/3「守護者たち」
7/3「守護者たち」
ドースタンにおける敗北は物理的にも精神的にも連合軍に大きなダメージを与えた。しかしワシントン師団、ことにその司令官であるジェンソン・ミラーには活力をも与えていた。
反撃意欲に燃えた彼らの士気は高く、またフランクリンベルトの防衛力を考えればまだまだ対抗は可能だと彼らは考えていた。さらに開戦前にマキ・イズミ少将によって手配された増援の存在も精神的な支柱となった。
実際、この時に両軍がぶつかりあえば勝利とは言わないまでも長期にわたってフランクリンベルトを前線として押し留めることは可能であったろう。そうなれば前線はそこで留まることになり、戦略的にも大きな意味を持つ。
しかしその構想はミラーにとって不本意な形で断念させられる。
ドースタンを放棄して撤収せよとの命令を受けたとき、ミラーは臆面もなく国防長官を罵倒した。
「愚か者が、一体政治屋は何を考えているのか!」
「火星は武力さえ撤収させれば民間に関与しては猶予すると言ってきている。とりあえずはそれで市民の安全は守られるだろう」
表面上はミラーの無礼を無視して国防長官は説明する。元軍人である彼自身も自分の言っていることの馬鹿々々しさは重々承知しているようでその口調はミラーに対してボヤいているようでもあった。
「連中の要求を真に受けると」
「もちろん。連中は都合のいい数だけを解放して人質にするだろうさ。しかし他にいい手はないだろう。この先の戦争を戦う上でも君たちを失うわけにはいかんのだ」
もっと他に言いたいことがあるのを国防長官は我慢しているようだった。国防長官の彼にしてもフランクリンベルトの放棄は不本意な指示なのだ。ミラーの言うことは理解できるし、彼もそれに同調して政府を糾弾したいところだった。
しかし政府の意向は彼らと異なった。国防長官はわざわざ口にはしなかったが政府の中にはいまだにこの戦争を利益を得るための戦争と捉えている者がいる。その利益を得るための手段であるワシントン兵団をはじめとしたアメリカ独自の判断で動かせる戦力をフランクリンベルト防衛で失うわけにはいかない、というのが彼らの理屈である。これには国防長官も自身の肩書を改めなければならないと自嘲する。
「なんのためにフランクリンベルトを作ったんですか」
ミラーの言葉に国防長官は虚ろに笑った。
「要するに。そこで戦争が起こるとは思ってなかったんだろうさ」
火星の縦深戦術に対応するための巨大拠点こそフランクリンベルトの価値だったはずである。実際、それだけの戦力と設備がある。現時点でもこの地球連合有数の軍事拠点は火星軍にとって難攻不落。純軍事的に見れば徹底抗戦によって勝機を見出すことは可能なはずである。
しかしここで軍事的ではない理屈が軍人たちの肩を叩く。フランクリンベルトは軍事活動のみを行う拠点としてはあまりにも巨大すぎた。ゆえに軍事基地としては別に工業生産も担う拠点としても設計されている。巨大な軍事消費に目を付けた企業の投資もあってフランクリンベルトの経済規模は膨れ上がり、それに従って軍とは関係のない人口も膨大になったのだ。
軍事基地は平時においては金食い虫。その誹りを避けるうえでもフランクリンベルトに経済的な価値は必要なものだったと言える。しかし、それが利権化した。政府は耐えることのない軍事消費を核とした経済構造を売りに投資を促し、フランクリンベルトは歪に発展していった。これに伴ってフランクリンベルトの主導権とその価値は軍事拠点としてより経済拠点に移っていく。もはやフランクリンベルトは戦争を覚悟した拠点とは言えない。結局のところ平時の理屈が有事の備えを上回ってしまったのである。
徹底抗戦によって民間人に多くの犠牲が出れば世論はこぞって政府を叩くだろう。そうであるなら「火星の人道的な提案」を受け入れ、それを反故にする火星人を悪者にしよう。というのが政治屋の理屈だった。
「いずれにせよ。これは決定だ。君の責任までは本国も問わん。即刻、可能な限りの戦力を撤収させろ」
復唱も得ずに国防長官は通信を切った。
責任は問わない。それは国防長官の言える唯一の慰めであったがミラーにとっては不愉快極まりない言葉だった。彼の責任とは上層部に対して示されるものではない。
「自国民も守れないで何が国家かぁ!」
ミラーは大声を上げると拳をデスクに叩きつけた。弾みで骨にヒビが入るほど彼の憤怒は度を越していた。怒りを沈めるのに5分ほど時間を使った後にミラーはいつもの表情を取り戻した。
「イズミを呼べ」
ミラーの憤怒に身を縮めていた副官はホッとして足早に部屋を出ていった。今さら襲ってきた拳の痛みにため息をつきながらミラーは次の行程を頭に並べていた。
どれだけ不名誉で戦略的に異論があろうが命令は命令である。とんでもない難事だがやり遂げねばならない。しかしこれで連合軍が負うことになるダメージは戦力だけではなくなった。こちらは拠点を失い、相手は得た。それも難攻不落の策源地だ。このことが及ぼす戦略上の影響は計り知れないがミラーにはもっと切実な問題が提起される。
士気である。
ドースタンの一連の戦いは連合軍正規軍を強かに叩き伏せ、フランクリンベルトからの撤退はワシントンの自尊心を泥に浸す。敵にコケにされるのはまだいい。殴り返せばいい。しかし味方からの叱責は容易には払しょくできず、纏わりついて兵の力を奪う。今回の場合はその叱責には十分な理屈がある。
ミラーも他の兵たちもドースタン会戦のリベンジに燃えていたのに冷や水を被せられることになった。それだけでも士気の低下には十分なのだが、そこに加えて市民を置き去りにしての撤退である。それが例え政府からの命令であるにしても敵を前に逃げ出したと言われるのは目に見えている。
さらにこの撤退で連合軍の主流派は多くのものを失うことになる。信頼と実績。そしてそれを挽回する機会。これまで軍部で日陰者であった者たちはそれみたことかとワシントンら現在の主流派を糾弾してくるだろう。国防長官はああ言ったが場合によってはミラーの進退にまで話が及ぶかもしれない。
さて、その場合はどうするか。そう考えたとき、ミラーは首を振って自嘲した。
俺が考えるべきはそんなことか?
「お呼びでしょうか」
部屋に入ってきたイズミはミラーの薄笑いに怪訝な顔をする。その顔を見てミラーは不敵な笑みを取り戻した。
そう、イズミがいる。仮に自分が辞することになろうがイズミは後釜を上手く操縦するだろう。ならば考えるべきは後ろのことでなく、前のことだ。
「オーダーが出た」
連合軍最強のワシントン師団はもっとも不名誉な作戦を強いられることになった。この衝撃はただちに連合国内に混乱と怯えを伝播し、列強の信頼を失墜させることになる。
後世、戦場における結果によって功罪を議論されるミラーであるが、その評価において彼が国家の守護者であることを疑うものは一つとしてない。
「市民は放置でよろしいのですね」
話を聞き終えたイズミは先ほどまでのミラーと同じ顔をしていたがミラーの血の滲んだ拳がかろうじてその激発を防いでいた。
「そうだ。武力の撤収を優先だ」
ミラーははっきりと言い切った。この期に及んで少数の市民を連れていこうとしても却って混乱を招くだけだろう。
「では、食料など民生で利用できるものは最低限にして後は全て市場に卸しましょう。ほぼ無償で」
「どうせ接収されることになると思うが」
「手間にはなりますし、民もバカではありません。隠すなりなんなり知恵を出して抵抗するでしょう。そのための材料ということです」
「なるほど。いいだろう」
ミラーは頷いた。置いて行かれる市民には酷な話だが中には気骨を見せる者もいるだろう。そういった者たちに無茶な抵抗をさせない程度のはけ口にもなる。
「とにかく人手が足りません。この際、最低限の防衛人員以外は総動員させてもらいたいのですが」
「是非もないな。自衛軍には緊急条項に則って指揮下に入ってもらう。第七艦隊の生き残りに関しても早急に話をつける。従わん場合でも従わせる」
司令官の覚悟にイズミはむっつりと頷くと即座に行動に移そうと踵を返した。
「イズミ」
振り向いたイズミにミラーには普段の不敵さはなく、悲壮感を持って腹心に表明した。
「取り戻す。必ずな」
イズミは答えず、行動でもって回答するべく退室した。
イズミターン。ドースタン会戦にて大敗北を喫した地球連合軍の撤収作戦の通称はもっとも不名誉な内容でありながら一個人の才覚を後世に知らしめる栄誉ある通称という側面も持っている。
事務の神様。ワシントンの至宝とまで言われるマキ・イズミ少将は軍部でも毒舌家で知られていたが後世それを一般的な認知にまで拡げてしまったのがこの作戦だった。
持ってきたもの以上の物資と戦力を引き上げることになったイズミは引き受けた任務の重大さに比例した毒舌を払うのだと言われるまで方々に愚痴をばら撒いた。
「おれはむしろその程度の払いで済んだことを称賛するね。命令出したやつを縛り首にしたって釣り合わない」
そう語ったのは同じ事務方のエキスパートとして名を残す統合軍マツイ・マサヨシの弁である。
そもそも物資、戦力とは在庫があってそれを運ぶというような単純なものではない。決して猶予のあるわけではない予算をやり繰りして調達した物資は一ミリも無駄にしてはならず、余裕のできた物資は活用できる場に移し、それができないのであればそもそも調達すべきではない。消費・予算・時間と複雑に入り組む要件の中でギリギリのラインを見出す。無駄な予算はないかと常に目を光らす監査とも戦いながら彼らは常にギリギリの実戦を行っているのである。
そんな中でフランクリンベルトから撤収しろとの命令である。有史でも類を見ない取って返し。フランクリンベルトにはイズミの卓越した手腕によってかき集められた物資はほとんど消費されずにそのまま残っている。しかもこれらを使うはずだった第七艦隊は壊滅状態。手が足りないし、時間も足りない。当然、運び出せなかった物資は火星のものとなるだろう。破棄にするにしても手がかかる。
難事である。しかしそれをやり遂げてしまうのがイズミの恐るべきところだった。
この作戦でイズミの持ち帰った物資は艦隊の標準的な積載量の300%を超えたと言われる。計画的にやれば同じ積載を実現することは可能であると同業者は語る。しかしイズミに与えられた時間と人手で、と問われれば誰もが首を振る。
かくしてフランクリンベルトの戦力はほぼ完全な形で撤収することになった。戦力と物資を失わずに済んだことは言い換えれば敵に与えずに済んだということでもある。
フランクリンベルトに入った火星軍は苦虫を潰すことになる。面子を潰されたワシントンの最初の反撃は事務官によってなされたのである。
地球連合はフランクリンベルトを失った。戦力の引き払われたフランクリンベルトにボルトン兵団が入港。史上初めて地球連合は外敵にその領域を明け渡すことになった。
後方のドースタンにはカルタゴ兵団が入り、フランクリンベルトが安定し次第ボルトンと入れ替わる予定になる。情勢に取り残されたカルタゴ兵団は既に主力兵団の雑用係と化していた。
初の栄誉をドースタン会戦自体に何の貢献もないボルトンが得ることには少なくない異論があったがサンティアゴも、既に本国への帰還を命じられたエレファンタも興味を示さなかった。もっと言うなら占領地運営とそれに付随するゴタゴタを嫌ったという側面もあっただろう。他にいないという現実的な理由もあったし、何より2人に比するとボルトンの野心と興味は軍人の領域には収まっていなかった。
しかし歴史的な評価から言えばこの抜擢は人的資源の誤った活用例となった。スコット・ボルトンには軍事的な堅実さはあれどもそれは対軍・対敵に対するノウハウでしかなかったし、それらのノウハウを柔軟に変化させる機転もなかった。
ボルトン兵団の兵士たちは略奪のような無法さこそ見せなかったがその性質は無骨な軍人であってその手際と優先度は稚拙だったと云う他なかった。特に優先度が問題だった。彼らの興味はまずフランクリンベルトの軍事基地としての機能に向けられ、それを自分たちの物とすることに比重が置かれた。彼らは軍隊であるのでいずれは奪還に動く連合軍への対処も考えると自然な習性と言える。その結果、ドースタンの都市としての機能の掌握は全て後回しになった。官庁を抑えて以降の話は派遣される政務官の仕事だと思い込み、誰も疑問に思うことはなかったし、思い至った者も口には出さなかった。誰もその仕事をやりたいとは思っていなかったのである。
そもそもボルトン兵団には政治的な配慮を担当する要員がいなかった。自分たちの仕事は軍事拠点フランクリンベルトの確保でその他のことは他の者が担当するものだと考えていた、というよりはそうであるべきと考えていたのである。実際、占領地の政治的な采配をする者は本国から派遣されるのであるが彼らはその下準備までもその担当者に投げようとしたのである。彼らが嫌々それに着手したのは軍事基地を掌握し終えてからで、それは遅きに逸した。
都市インフラの掌握は後手に回り、各種資源は民間に無差別にばら撒かれどこにどれだけの人間・物資があるのか、もはやばら撒いた当人たちも把握することができなくなっていた。もちろんフランクリンベルトの行政官たちが非協力的であったことも一因だったがそれは予想できて然るべき話で言い訳にしかならない。
共和軍は戦利品としての物資を満足に確保することができず、この打撃は補給作戦の経験に乏しいボルトン兵団だけでなく、カルタゴ兵団や連邦軍にもボディーブローを喰らわせる。それだけではない。都市インフラ機能に各種の嫌がらせが仕込まれ、後に乗り込んできた火星側の行政担当を大いに悩ませることになったのである。
これらの嫌がらせと抵抗に対するボルトンと火星の対応は一応のところ紳士的だった。民間人に危害を与えるようなことを彼らはしなかった。実際には掌握に忙殺されて何もできなかったという方が正しいが。
ともかくこれでボルトン兵団は次の行動に移るのに時間を要する羽目になる。
このゴタゴタを他所にサンティアゴ兵団は次の行動に移ろうとしていた。
「総統府のやり口に倣っていけば支配領域を伸ばしつつ、連合政府に打撃を与えることは可能だろう。作戦部もその想定で戦略を組み立ててくる。我々の役割は会戦によって敵に打撃を与え、コロニーに迫ったら戦力の撤収を勧告する。これを繰り返せばいい、ということになるだろう」
サンティアゴ兵団の首席参謀クリーディーは作戦部の戦略構想を簡潔に説明したがどこか小馬鹿にしている様子だった。
「簡単に言ってくれる」
声を上げたのは1人だったが賛同して頷くものは多かった。ドースタン会戦はあまりにも上手く行き過ぎた。本来なら一度や二度の戦いであれほどの戦力を削ることなどできないのである。それにフランクリンベルトのように戦力だけを撤収させて市民は人質にというやり口は心理的にも軍事的にも好ましいやり口ではない
「仰る通り。問題は山ほどある」
陰湿な笑いを湛えながらクリーディーは周りの意見をまとめる。クリーディーは見栄えのよくない風貌をしていてその風貌に違わぬ辛辣で身も蓋もない言動からダーティークリーディーと陰口をたたかれる。しかしその現実視点がサンティアゴ兵団の作戦能力の根幹を成しているのも事実だった。
「我々は軍人であって行政官僚ではない。一々無傷のコロニーを手中にしていてはそれらを維持するためにコストを裂かねばならなくなる。いずれ我々の処理能力は破綻するだろう。むしろ相手はそれを待っているかもしれない。それならばいっそ破壊する方がマシなように思う」
低く笑うクリーディーに何人かが顔を顰めた。間違いなく歴史に残る虐殺となる。火星の父アルフレッド・ブレナーの所業は火星ですら賛否はが分かれている。それを自分たちの手でなど考えたくもない。
ここで1人の男が声をあげた。
「そこまで端的に評する必要もないだろう」
クリーディーは無表情にその男を見やると黙ってその立ち位置を譲り渡した。
サンティアゴ兵団シュバルツ・ブリッゲン大佐は軍部では兵団戦力の中核として認知されている。最強兵団のエースに相応しい能力と人格を兼ね備え、その見栄えの良さから文民にもその名を知られる英雄であり、クリーディーとは真逆に華のある軍人だった。
彼は立ち上がると戦略図を前にした。
「クリーディー参謀の要点はつまり、占領に固執する必要はない、ということだ。彼の言う通り一々コロニーを手に入れ、管理していては負担が増す。相手がそれを意図しているかどうかは別としてこれはある種のコスト的な焦土作戦に近い状況と言える。これに自分たちからハマるわけにはいかない」
焦土作戦という言葉にざわめきが起こった。ここにきて全員が2人の言わんとする状況を理解したのだ。
火星軍の焦土作戦は地球側の攻め疲れを誘うものであるのに対して火星側が直面しているのは占領地の防御と管理による破綻の危機である。
「もちろん。地球側がこれを意図して行う可能性は低いだろう。しかし総統府がフランクリンベルトに味を占めて、この手を多用すればどうなるか。自分たちからそれに陥ることはあり得る」
誰もがその想像にうすら寒さを感じた。彼ら軍人にとって政府とは必ずしも最善の策をとってくれると信頼できる存在ではなかった。占領地を増やすという見栄えの良さを選択してくる可能性は大いにあり得る。
「厳選すべきだ」
シュバルツの結論そのものを否定するものはいなかった。ただし疑問を持つものはいた。
「それは結構ですが。それ以外のものはどうなさるのですか」
まさか破壊するわけにもいかないだろう。この疑問に答えたのはクリーディーだった。
「それぞれの駐留戦力さえ封じられれば後は放置すればいい」
占領にこだわらない、脅威さえなくなれば無視すればいいといういっそ清々しい割り切りに驚嘆のため息が拡がる。
「そうすべきだろうな」
低く威圧的な声に注目が集まった。キース・サンティアゴである。遅れてやってきた兵団長は戦略図を見渡すと要衝のいくつかにピンを落とした。
「政府が次に欲しがるとしたらこの辺だろう」
その数に各人からため息が漏れた。どれも大きく、また多すぎるのである。
「業突く張りだ」
クリーディーが冷笑交じりにそう評する。
「で、作戦部はどう落とし込みますかね」
「戦略的に無意味な拠点は除外するだろう。他の拠点に関しても順次、という体にするはずだ」
いくら作戦部でも自分たちの戦力で実行する以上は可能と思える範囲に納めてくるだろう。失敗すれば自分たちの責任になるのだからそこまで無謀な作戦は立てられないはずである。しかし戦略的に正しい判断が現場にとって楽な展開を生むわけでもない。
「いずれにしてもネーデルラントとロックウェル。この2つが候補から外れることはない。俺たちの次の仕事はこのどちらか、あるいは両方になるだろう。ま、両方だろうな」
サンティアゴは苦笑交じりに言うが充分過ぎるほどの無理難題に幕僚たちは青ざめた。
連合軍の軍事拠点の中でもフランクリンベルトと並ぶ要衝である。もっともこれ自体は誰にでも予想できることだった。問題は誰がやるか、という点だったがエレファンタが帰還し、ボルトンがフランクリンベルトの掌握に忙殺されているのだから早くに仕掛ける気であれば必然的にサンティアゴ兵団ということになるだろう。しかしフランクリンベルトほどではないにしても両拠点共に充分過ぎるほどの巨大拠点である。サンティアゴ兵団だけでは全く足りない。
「なるほど。意地でもボルトンに手柄を立てさせたいわけですな」
クリーディーの言葉にサンティアゴとシュバルツは黙して何の反応も見せなかったが他の幕僚たちには唸ってこの推測を受け入れた。
自分たちは露払いをさせられるのだ。サンティアゴ兵団が死力を尽くしていずれかの拠点と激戦を繰り広げた後にボルトンが満を持して投入される。ここ最近の流れから容易に想像できるシナリオである。
「もっとも、そうシナリオ通りに運ぶとも限りません。敵はもちろんのことながら、我々もエレファンタ並みの大根役者ですからな」
この皮肉にはサンティアゴも珍しく口角を上げた。釣られて他の者も不敵に笑う。
「優先目標の選定権は確保する。攻略の手筈を進めておけ」
サンティアゴの指示に全員が敬礼で応じた。
残りの実務的な話を終えて会議が解散したところでシュバルツはクリーディーに歩み寄った。
「政府が何を考えているのかわからんな。我々に痛手を覚悟で突き進ませる一方でエレファンタを下げるとは」
迷惑そうな顔をしたクリーディーだが律義に自分の考えを整理すると滔々と話し始めた。
「政府にはどこがしかで政治的妥結の算段があるように見える。それには何をしでかすかわからんエレファンタの爆発力は邪魔ということだ。おかげで我々とカルタゴが使い潰されることになるわけだ」
総統府には政治的な妥結の算段があるとクリーディーは睨んでいた。その妥結のために軍を動かしている。これはつまり設定された目標さえ達成できるなら犠牲を許容するということだ。どこで戦争が終わるかわからない状況では安易に戦力を使い潰すことはできないが、終わる算段があるなら必要な分以外は使い潰してしまえる。現場の人間にとっては不安を煽るだけなので口にはできない。
クリーディーの言葉にシュバルツは唸る。
「実的な敵でなく、その背後の敵ばかりを見ていて戦争は勝てない」
それがシュバルツの考えだった。政府は政府と戦っている。政治的な妥結にばかり目を向けていて戦略的な部分は軍部にまる投げしている。それだけならいいが政府には軍部に隠れて別の戦争をやっているところがある。おかげで現場は敵ではなく、味方に振り回されている。
本音を言えばシュバルツにとっても総統府のやり口は気に喰わない。民間人を人質に取りつつ、地球の政権に打撃を与えるやり口は目の前の敵、そして巻き添えになる市民を全く無視していた。このようなやり口は必ずしっぺ返しを生む。
「珍しく気があう」
クリーディーも同意した。珍しく、というがシュバルツはそうは思っていない。周囲から相反すると目されている両者だが、サンティアゴという稀代の司令官の元で同一の目的を遂行する者である。表現とやり口が違うだけで2人の考えは基本的に一致しているのが常であった。
クリーディーはシュバルツとの差を有効に使いこなしているところがある。自分が悪役を演じることでシュバルツに善役を演じさせ、作戦上の議論をスムーズにしているのである。クリーディーはシュバルツの英雄像の構築にも一役も二役も買っている。シュバルツにとって気に入らない一方でもっとも頼りになる男でもあった。
「しかし、使い潰す気でいるにしても地球のやる気を削げるほど地球の戦力は少なくはないだろう」
ドースタンのようなミラクルは起こらない。上手くネーデルラントとロックウェルを落とせたとしても今度ばかりは被害が出る。さらにフランクリンベルトと同様に手に入れた拠点の維持も必要になるだろう。連邦軍だけの戦力では無理がある。
「もちろん。それくらいは総統府も考えてあるだろう。思うに、総統府の算段は我々だけでなく、余所も巻き込むはずだ。ドースタンでの大勝を活かすならそこだろう」
「なるほど、今なら共同体の多数を巻き込めるか」
言いながらシュバルツはそれを妙案として納得はしていなかった。
共同体の日和見共も地球が無敵の存在でないことを知れば勝ち馬を迷うだろう。しかし、そういう連中は火星に勝ち目がないと見ればまた手のひらを返すのは間違いない。信用ならないし、あてにもならない。
結局のところシュバルツたち自身で身を削って勝利を維持し続けねばならないということだ。
「あまり勝利にこだわらないことだ、大佐」
クリーディーの言葉にシュバルツは訝し気に眉を動かした。
「君の懸念の通り。共同体は潮目を見ながら戦うだろう。そんな連中を繋ぎとめるために総統府は勝利を求めてくる。しかし我々と彼らの勝利の定義、それを得ようとする目的は異なる。我々にとって勝利とは中身だが、彼らにとっては外見の方が重要になることが度々ある。極端な話、その外見の勝利を求めて中身を犠牲にすることもあるだろう」
不吉な予測をシュバルツは否定しなかった。戦術上の勝利と戦略上の勝利、そして政治上の勝利はそれぞれ異なる。
「政治の求めには程々に答えねばならんが、それと我々の勝利を両立していては身が持たん。現場での勝利は却って我々の首を絞めかねないと言うことだ」
時には、勝たないことも重要であることをクリーディーは説いている。シュバルツは神妙に頷いた。軍人にとっては全く不本意な戦いではあるがシュバルツはそれを受け入れた。彼にとって勝利とは手段に過ぎない。それが適当ではないときは求めるに値しない。




