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7/1「ハッタリ・恫喝」

7/1「ハッタリ・恫喝」

 宇宙開拓歴309年。その時代の最期を炎に包んだ第二次星間大戦はドースタン大会戦によって端を切られた。誰もが予期しえなかった地球連合軍の大敗北によって戦争の様相は一変する。

 地球連合と火星共和連邦による星間大戦の延長にあるこの戦いはそれまでの火星独立戦争という性質から双方の覇権を巡る総力戦へと性質を変えることになる。月統合国、コロニー国家共同体といった諸勢力も否が応にも巻き込まれていくことになる。

 地球連合軍第14特殊戦略師団、通称ローマ師団所属の試験小隊イージス隊はこのドースタン大会戦において粉砕された連合軍戦線の切っ先にあって孤立することになる。後方には後退するワシントン師団、包囲殲滅される第七艦隊。取り残された部隊は生き残るために選択を迫られる。無謀な突破を試みるもの、投降するもの。イージス隊は巡り合わせたシュガート・ホーリングス・ブラッドレーの3隊と共に独自の選択を取ることになる。



 ドースタン会戦のキルゾーンを抜けたイージス隊とシュガート、ホーリングス、ブラッドレーの混成隊は長い逃避行を前に各隊の物資状況のすり合わせのために顔を合わせた。

「まずは4隊の物資を確認します。食料・弾薬の状況確認を。できるだけ均一化はしたいが構成人数が大きく異なるので必要なら人員の移動も考慮します」

 シュガートの会議室で諸隊の取りまとめ役となったルビエールが切り出した。階級的にシュガートのアンダーソン少佐、ブラッドレーのオオサコ少佐に劣るルビエールがまとめ役に立つことに違和感を持つ者もいた。

 しかし諸隊の選択であるWOZへの逃走という選択肢を提案したのも、また実行可能な手札を持っているのもルビエールとイージス隊だった。彼らはルビエールに従うしかない。

 各員が提示されたリストを確認すると戸惑い、そして一部に嘲笑が拡がった。

「こいつはローマが特殊なのか?それとも試験小隊が?」

 オオサコはリストに並ぶ品目に眉を潜めながら口にした。イージス隊の持つ食料品は一般的な食料に余裕がない一方で通常では含まれるはずのない品目が多く並んでいた。特に菓子類・酒類は軍事活動には不釣り合いな物が多かったのである。

 ルビエールは事情を説明することはせず悪びれもしなかった。イージス隊は通常部隊と比較して整備スタッフ、開発スタッフなど人員が多く元より食料事情がよくはない。一方で酒類、菓子類に関してはクサカ社系のスタッフが勝手に持ち込んだのを黙認していたものが多く存在していた。ルビエールはそれらを有事を理由に取り上げて並べたのである。それが体裁のよろしくない食料品リストになった。

「うちにも食料の余裕はない。物々交換は受け付けんぞ」

 ミーティングの意義を覆すオオサコの発言にルビエールは反感を覚えたが何か口にする前に別の言葉がそれを制した。

「ほう。このウイスキーは以前から興味のあったものですな。できればご相伴に預かりたいものです」

 シュガート隊の司令トーマス・アンダーソンの飄々とした言葉にオオサコは溜息をついて矛を収めた。

「うちにはホーリングスから持ち出された食料もありますので、埋め合わせはこちらでしましょう」

 次にシュガートから出されたリストはイージス隊以上のインパクトがあった。とにかく数が多いのである。通常品目だけでなく菓子類、酒類に関しても同じで種類こそイージス隊ほど豪勢ではないにしてもその量は一般部隊の規定を逸脱しているのは明らかだった。

 オオサコは完全に閉口してしまった。特殊部隊の範疇にあるイージス隊はともかく、一般部隊のシュガートからそれだけのリストが出てきてしまうとブラッドレー隊の方こそ立つ瀬がない。

「うちの事務官は優秀でして」

 アンダーソンは澄ましていうがまともな方法で確保された物資ではないだろう。しかし、この場においてそれを口にするのは詮無き事である。出所がどうであれ、彼らには必要なものだった。

「実のところ、武器弾薬に関してもかなり余っております。必要であればお使いください」

「助かります」

 ストレージに余裕のないイージスにとって弾薬も決して潤沢ではない。同じように会戦で戦い続けていたブラッドレー隊も同じであった。

 2人がシュガートの物資類のリストに再び目を落としたときの表情は食料のときを再現した。元々シュガートにあったHV16機を鑑みても明らかに過剰な装備が満載されていたのである。

「うちの事務官に是非ともご教授願いたいものです」

「良い子に真似をさせるものではありませんな」

 ルビエールの冗談にアンダーソンも冗談で返した。食料はまだ手に入れる手段がいくつかあるが武器弾薬はそうはいかない。コールはアンダーソンを信頼のできる軍人と言う。しかしそれはどうも同僚と部下の評価であって、上官からの評価ではなさそうである。


 ミーティングを終えてルビエールとアンダーソンの話題もそのことになった。

「シュガート隊とはヘリクセン少尉の隊なのです。私は彼の悪だくみを苦笑いしながら黙認するだけでしてね」

 軽く言ってのけるアンダーソンだがそう簡単な話ではないだろう。あれだけの物資が一個隊に供給されるはずはない。その過程に規約無視、あるいは犯罪紛いの方法が含まれていることは想像に難くない。しかしそれがシュガート隊のやり方なのだ。

「生き残るためにやれることは最大限にやってきたつもりです。しかし、結果的にそれが無駄になったことが我々の生存の理由となったのは皮肉なものです」

 アンダーソンは目を細めた。シュガート隊は搭載したHVを16機のうち15機を失って戦力的にほぼ無力になった。無害となったシュガート隊は最前線に位置していたこともあって第七艦隊中枢を優先した敵に無視されて生存することができた。戦えなかったからシュガートは生き残ったのだ。

 パイロットの大半を失うなどルビエールには想像もしたくないことだった。ましてアンダーソンの戦歴は長い。彼が見送ってきた兵士たちの数はその数を遥かに上回るだろう。

「無駄にはなっていません。シュガートの物資は我々の生命線になります」

 ルビエールの表情に何かを悟ったのかアンダーソンはどこか気恥ずかしそうに頷いた。

「この程度の役には立ちませんとな。我々には他にあてがありません」

 シュガートだけでなく、ブラッドレーにしても単独で連合領域への帰還を果たすのは困難なのは間違いない。WOZ領域に逃げ込むというルビエールの案も試験小隊であるイージス隊だからこそ見込みがあるのであってシュガートらでは追い返されるのが関の山だろう。現実問題としてアンダーソンはルビエールを頼みの綱とするしかないのだ。

 しかしルビエールの方は自分で提案しておきながら、その策に付随する不安を払拭できずにいた。追い返されてもおかしくはないし、首尾よく懐に入り込めてもその先がどうなるかは解らないのだ。そもそもその行動自体軍人としての規約に反する。地球に帰還で来たところで何らかの処罰を受けることもありえた。

「あの時、多少無理してでもフランクリンベルトへの帰還をしておけばと思うことにもなりかねませんよ」

「あまり考えたくありませんな。どちらにしてもそんなことを考えるのは決断した方の結果が出た後で充分でしょう」

 数々の決断を降してきたであろうアンダーソンの言葉に理を感じながらもルビエールはその懸念を完全に切り捨てることはできなかった。そんな様子の指揮官に対して老兵は挑戦的な笑みを浮かべて見せた。

「ところで、当然のことですが私はWOZには一度も行ったことがありません。あそこは随分と発展した国家というではありませんか。無事に帰還できればいい土産話になると思いませんか。全く楽しみ楽しみ」

 アンダーソンが時折見せる茶目っ気にルビエールは苦笑いを返すしかないのだった。



 WOZ領域に入ってからも諸隊はしばらくステルス航法を維持していたが火星軍の追っ手を心配しなくてもよい領域に入ってからその隠蔽は解かれた。今では3艦は大手を振ってWOZ領域を侵犯していることになる。見つけてもらうために。

 諸隊がWOZの巡視艇に捕捉されたのは会戦から4日後、隠蔽解除後からは1日後のことだった。

「運がいい」

 巡視艇からの警告を受け取ったコールはそう溢した。巡視艇は1隻。パトロール部隊の分隊だろう。本格的な軍用艦艇には及ばない警備活動用の巡視艇では侵入者と相対するには質・量ともに全く足りない。つまり彼らはこちらに対処するのに実力を行使することはできないということだ。下手に戦力のある者と遭遇すると睨み合いになる可能性もあった。先に弱い者からこちらの意思を伝達できる。

「通信つなげ」

 ルビエールの言葉を待っていた通信士官が即座に相手に対して回線を開いた。

「こちら地球連合軍所属の艦艇です。こちらにはWOZに敵対する意思はありません。願わくは話し合いに応じられるよう望みます」

 WOZの巡視艇は小型でHVすら搭載していない。あくまで領域内の状況観察を目的とした艦艇だった。敵対的な存在に対するのはパトロール部隊の戦力であって巡視艇はパトロール部隊の航路周辺を巡回するのが役割である。

 この艦艇に搭乗していたのは船長兼操縦士のホリィ・ラングウェイ巡視とその他のクルー3人だった。彼女らはただの公務員で、その中でも下っ端の下っ端である。ようするにこのような状況に対処する権利もなければ能力もない。そして何よりやる気も覚悟もない。

「話し合いねぇ」

 WOZ側にもドースタン会戦の結果は流れてきていた。ホリィらのパトロール部隊もその敗残兵を警戒しての巡視であって、地球、もしくは火星の艦艇と接触することは予測できていたのだが話合いなどと言われても困る。彼女らの役割は領域侵犯をする者を発見し、それを本隊に知らせることにある。

「どうしますぅ?」

 副長に言われてホリィは天を仰いだ。何でよりによって私らなんだ?他にも巡視艇はいくらでもいるのに。とりあえずホリィは相手の通信は無視して再度規定通りの対応を取った。

「貴艦はWOZの領域を無断で侵犯している。即刻退去せよ」

「断る」

 即答にホリィは目を白黒させた。ついでクルーたちを見回した。何でもいいので答えを聞きたかったのだが誰一人持ち合わせはなかった。

「そちらにその気がないなら話し合いのできる者が出てくるまでこのまま進ませていただく」

 ちくしょう。こっちに何の力もないのを見越してるな。通信を一度切ってホリィは再度クルーたちを見回した。

「いいんじゃないですぅ。私たちの手に負えませんよぉ」

 1人の発言は4人全員の考えの総意になった。まさかホリィたちで武力行使もできない。元々このやり取りは武力も権利も持たないホリィたちには対処のしようがない事態だった。


 次にこの案件に悩まされる羽目になったのはパトロール隊の隊長であるウェイン・ダスティ巡視正だった。ホリィらの巡視艇からの報告にウェインは頭を抱えた。

「3隻だぁ?」

 パトロール隊の戦力は大型の準軍用艦艇6隻編成。一般的な違法船舶の威圧には十分な戦力だったが本格的な軍用艦艇3隻を相手には些か心許ない。それも堂々と領域内を進んでいく相手の対処となると話はさらにややこしい。実力行使で阻止するとなるとよくて大損害、悪ければ失敗するだろう。

 この時点でウェインの思考は職務の遂行よりもその責務をどうやって逃れるかに流れていた。無理に定められた職責に殉じることはこの場の誰にとってもいい結果とならないのは間違いない。

「とりあえず向こうに通信つなげぇ」

 ウェインは生唾を飲み込んだ。これまで彼の仕事は領域と戦力を傘に相手を威圧することだった。しかし今回は勝手が違う。こんなところにいるのだから先の会戦の敗残兵だろう。つまり、何をしでかすかわからないということだ。

 強い相手に立ち向かうことは彼らの役割ではない、はずである。普段なら居丈高に振る舞うところ、ウェインの対応は慎重にならざる得なかった。

「こちらWOZ巡視保安庁所属レプトイドである。貴艦は我々WOZの領域を侵犯している。目的を明示せよ」

 目的など聞いてどうするのだ。それはつまりこちらへの要求へとつながるはずだ。その要求にこちらは応じられない。ともすれば談判破裂し、暴力の出る幕となってしまう。ウェインはそう思ったがそうしないと話が始まらない。この時点で彼は既に相手に乗せられていた。

「こちらは地球連合軍所属ルビエール・エノー大尉。我々は連合領域内への帰還するために行動している。人道的な処置を求む」

「応えられない。我々WOZは他国の争議、一切願い下げる」

「こちらは進路の変更は行わない。繰り返す、こちらは進路の変更は行わない」

 ウェインは何も言わず一旦通信を切ってから4文字の言葉を連呼した。

「何が人道的だ、畜生め」

 しばらくブリッジ内をウロウロして彼は道筋を考えた。

 彼の職責から言えば付き合う道理はない。許可する権限もない。相手はそれを承知の上で無茶なことを言ってきている。連中には武力も覚悟もあって、こっちにはない。

 こんなものは交渉ではない。脅しだ。脅しに屈するわけにはいかない。相手は不法侵犯者であり、明確な敵対行動である。理屈上は。

 考え抜いた末にウェインのとった対応は彼の職責に対しては無責任だったが、多くの者にとって幸いな選択だった。

「わかった、上につなぐ。つなぐがこっちの顔も立ててくれ。停船だけ頼む」


 次のバトンはWOZ航宙保安庁ダッハシュタイン管区警備部長モートンに渡った。後方勤務の彼には現場の緊張感や責務など対岸の火事だった。通常なら現場の人間にとって好ましい存在ではない警備部長の勤務態度は皮肉なことにいい方向に転がる。

 彼は自力で対処することはなく、飛び込んできた厄介ごとを即座に上に丸投げしたのである。

「どうも現場の方で厄介なことになっとるようです」

 状況を聞き終えたダッハシュタイン管区本部長マインズは如何にも神経質そうな官僚で迷惑そうな表情を浮かべて確認した。

「その情報はまだその部隊で留まっているのですか」

 モートンは一瞬マズいという顔をした。他の部隊にも情報を伝達して集結させるべきだったと思い至ったのである。

「失礼しました。すぐに手配します」

 慌てて退出しようとするモートンをマインズは制止した。

「いえ、そのままで結構です。この情報は内秘に。現場には現況を維持せよと伝えなさい。くれぐれも騒ぎを大きくしないように」

 こうしてイージス隊らの情報は状況判断のできる人物の元に届いた。マインズは保安庁の中でも軍部及び、外務と連絡をつけられる地位にいた。まずその情報はWOZ外務局に届けられた。

「はい、例の部隊と見て間違いなさそうです」

「そうか、本当に来るとはね。正直なところどこかで捕捉されてもらった方がよかったんだが」

 通話相手の物騒な発言にマインズは不吉な予感を覚えた。

「では、こちらで対処しますか。些か力不足な感は否めませんが」

「ああ、いいんだ。そこまでする気はない。とりあえず外部に情報が拡がらないうちに回収してしまおう。話はそれからだ。こちらから要員を派遣する。それまではできるだけ騒ぎにならないようにしてほしい。折り返す」

 マインズは通話を切って一息をついた。この件の預かりは保安庁を離れた。来てほしくはなさそうな一方で秘密裏に招き入れる対応にマインズは違和感を覚えていたが明らかに分不相応な疑問だったので残りの仕事に専念する。

 こちらに招き入れるに通常の港は使えない。秘密裏にと言われたのだから目の届きにくい場を用意する必要がある。もっとも都合のいい候補は軍用ドックだろう。コロニーの比較的奥まった場所にある。

 次のマインズの行動は通常の手順を無視した。軍務局には情報を伝えず、代わりに個人的な伝手を使ったのである。

「なるほど。話は解りました。こちらのドックを提供しましょう」

 通話向こうで相手はあっさりと言いのけた。マインズはその言葉にほっとする。彼女はイージス隊らを招き入れる手筈を迅速かつ最小限の情報拡散の内に整えることに成功したのである。


「外務局が出てくるたぁどういう了見だぁ?」

 保安庁からの指示にウェインは首を傾げた。追い返すつもりなら軍が出てくるはずだ。外務となるとどうも客として招き入れる気があるらしい。一体どういう力学が働いたのか。ウェインにはどうも目の届かない領域で話が動いているらしい。

 まぁ、何にせよ。自分たちで対処する必要はなくなったのは結構なことだ。後の責任はあちらで取ってもらおう。


 まずは1ステップ。パトロール部隊から指定座標までついてくるように指示を受けたイージス隊はWOZ領域への進行を再開した。

「見事な交渉です」

 コールは言うが言葉通りの意味でなく茶化したものだろう。ルビエールは自分たちの立場と相手の立場を計算した上で恫喝したのだ。

「もともと相手に選択肢はありませんでしたよ」

「左様。大尉は相手の選択肢を弁舌と武力によって排除した。交渉というものはそれを支える力があって初めて成り立つものですよ」

 ルビエールは憮然とした。これはまさに軍の存在価値の一端と言える。そしてその一端をルビエールは自分たちのために乱用しているのである。

「向こうの指示に従って進みます。くれぐれも刺激しないように。それと、機密情報の処理ができるように手筈をお願いします」

 頷いてコールは指示を出し始めた。

 シュガートやブラッドレーは別としてイージス隊は機密の塊である。緊急時のハザードマップはあるが、それを使用するわけにはいかない。ルビエールたちは帰還せねばならないのだ。使い物にならなくするわけにもいかない。ルビエールは相手の目の前に餌をぶら下げておきながら、別の餌をその口に放り込んで満足させなければならないのである。



 エリカに呼び出されたモーリはその表情を見て身構えた。不機嫌というほどでないにせよ深刻そうに整備班長と話し込んでいる。

「何の御用でしょうか」

「WOZに入るのは聞いてるでしょ。緊急事態に備えたキルプロセスを仕込んでおけってクソジジィからお達しよ」

「キルプロセスって…」

「ひらたく言えば自爆装置ってことね」

 エリカの言葉をジョークと判断していいものかモーリは迷った。

 もちろん自爆装置というのは例えで実際に爆破装置を仕込めという話ではないだろう。XVF15の機密に関わる部分を破壊するための処置の話だ。機体にはもちろん仕込まれているがイージスにあるXVF15全体の研究データ、さらにエリカらクサカ社の保有するデータまでも網羅するとなれば事だった。しかし、今になってそんな準備が必要と言うのはどういうことなのか。

「さすがにハードごと接収されるまではされないと思いたいけど、ソフトは除かれるだけでもかなりヤバいからそれに対する処置がいるのよ」

「一番簡単なのは見張ってることじゃないっすかね?」

 整備班長が投げやりに言う。彼には全く興味のない話題のようだ。まぁ実際それが確実ではある。しかし誰がやりたがると言うのか。隊の守衛に任せれば、と言いたいところだが、彼らは彼らでギリギリの人員でこの状況に対応せねばならないし、人を近づけさせない以上のことは期待できないだろう。それもあくまで相手がコソコソとしてくれば意味があるが強引に接収しようとするなら無意味になる。

 自分の意見を言った整備班長はそのまま黙る。モーリは嫌々話を進めることにした。

「話はわかりました。で、何を仕掛けるんですか?」

 不正なアクセスや起動手順に応じて作動させるトラップ系は手間がかかる。時間的にもそこまで凝ったものは仕掛けられないし、雑過ぎてもあまり意味がない。機体を使い物にならなくすることも可能な限り避けたい。

 手間と要件の達成の鬱陶しさにエリカは投げやりになった。

「機動プロセスにダミーを差し込んで誤った手順を経由したらAILOS系統のシステムを全てシャットダウンするようにして、それとX16を組み立ててシステムを空っぽにしておいて、ハード系を接収されそうになったらそれを生贄にする」

「マジですか」

 整備班長とモーリは声を揃えた。困難な状況になったときの対応にその人の本質が発揮されるという。エリカの場合は完璧主義者の本質が出たようだった。対応としては過剰、しかも猛烈な手間である。

「時間がないわよ。さっさととりかかりなさい」

 取りつく島もなしに言い切るとエリカは問答無用とばかりに踵を返して2人を置き去りにした。

 残された2人は顔を見合わせ、当面は仕事に忙殺されることを覚悟するのだった。


 エリカの決断はパイロットにも波及した。彼らテストパイロットにはもとより戦闘データのプロファイルなど通常パイロットにはない諸々の作業が付きまとっている。現状ではそんなものは捨て置けとパイロットは思うのだが、エリカの指示によってこれまでの成果をまとめておかねばならなくなり待機中の時間を利用して作業をしなければならなくなったのである。

 とはいえ到底身の入った作業にはならず、進捗は芳しくなかった。このまとめあげたデータは彼らを置き去りにしてクサカに届けられる、その結果として彼らはお役御免、つまり見捨てられることも想像に及ぶ。もっとも、そのデータこそ自分たちの成果でもあるのが複雑なところである。

「面白いモノを見せてやる」

 そう言ったのはエドガーたちと同じタイミングで待機状態に入ったロックウッドだった。エドガーとは逆にただ待機しているだけの彼はドースタン会戦の戦闘ログを整理している中で興味深いものを発見していた。

 作業に辟易していたエドガーは当然、これに喰いついた。見せられたのはシュガート隊の生き残りであるハヤミ機の戦闘ログだった。

「なんだいこりゃ」

 マックスが困惑気味に髪をかき上げた。エドガーは黙って映し出された映像を凝視し、マリガンとエリックはどちらかというと呆然と見ていた。

 それは先の戦闘でハヤミ機と共に敵部隊を迎撃するXVF15の9番機マサト・リューベック機の戦闘機動の一端だった。敵編隊に飛び込んでからのクロスレンジでの戦闘。

「見ての通りだよ。俺が聞きたいのは一つ。お前らにこれができるか?」

 無理だ。エリック、マックス、マリガンの3人は迷うこともなくそれぞれの反応でそう示した。黙って映像を凝視し続けているエドガーもしばらくすると顔を上げて首を横に振った。

「無理だ。人間業じゃねぇ」

 エドガーの感想は決して誇張でなく、他の面子も似たような感想を持っていた。機動そのものは理論的には可能だろうが、その機動を選択するための判断ができない。9番機の機動は山勘でやっていることではなく、しっかりと周りの敵の動きを把握した動きだった。

 これがALIOSの行き着く先なのか?エドガーの脳裏に得体の知れない不安がよぎった。

「ルーキー、お前はどうみる?」

「えぇぇ!無理ですよ」

 いきなり話を振られてエリックは反射的に否定した。エドガーにしてみれば今いるメンバーの中でもっとも環境情報を取り込むことに優れているエリックの意見を聞きたかっただけなのだが。

「こいつは見た感じ。相手の動きをちゃんと把握したうえで動いてる。お前の俯瞰情報が行き過ぎればこういうことも起こるのかと思ったんだが」

「いや、無理ですよ。確かに見るだけならできるかもしれませんけど。結局のところ情報を活かすだけの判断が必要になります。でも敵機の動きをOS側で判断してフォローなんてできない、というかできるんならとっくにやってるはずです」

 エリックの証言にエドガーは唸る。そこなのだ。9番機の戦闘機動で見るべきは機体でもOSでもなく、パイロットだった。

「つまりスゲーのはALIOSじゃなくってアイツってことになるのか」

 全員が顔を見合わせたのはその結論に納得したくないからだったろう。一方でこれがOSの賜物であるなら、それはそれで彼らに求められる領域が跳ね上がることも意味している。どちらも有難い話ではなかった。

「まーなんにせよ。9番機が戦力になるってことは確かなわけだし、それをお前らにも知っておいてもらいたかっただけだ」

 言いながらギリアムは明らかにテストパイロットたちの反応を楽しんでいた。

「それともう一つ。こいつは司令官からの提案でお前らにも意見を聞きたいんだが」

 そう前置きをしてギリアムは別のデータを披露した。そのデータを見てエドガーは口を皮肉に歪めた。

「XVF16。次の主力機候補か」

「なんだ知ってたか」

 既にその存在を予見していたエドガーの反応にギリアムはがっかりしたようだったが他の3人は期待通りの反応を見せた。

「どういうことです?」

「XVF15はそもそも主力機としちゃコストが高すぎることくらいはお前らも気付いているだろ。そいつが本命。そもそも俺たちの試験はXVF15じゃなく、OSの方ってわけだ」

「はー、なるほどね」

 しばらくその情報を噛み締めてからマックスは言った。

「で、それがなにか?」

 話の腰を折られたギリアムは咳ばらいをすると表情を変えた。

「実はこいつの現物が2機こっちにあるんだ。そいつを使えるようなら使えとお達しがあってな」

「そんなんあったか?」

「分解されて納まってるらしい」

 ギリアムたちオライオンの戦力が強化されるなら使えるものは使えばいいとルビエールが指示したのだった。ただし、その効果に関してギリアムは懐疑的だった。アニメではないのだ。見たこともない新型機にいきなり飛び乗っても勝手の違いに戸惑うだけですぐに戦力になるようなものではない。しかし、現実にはエリックのように初手からそれなりの結果を出した例もある。ゆえにギリアムは現状でALIOSの第一人者であるテストパイロットたちに意見を聞きにきたのだった。

「そいつにもALIOSは搭載されてる。で、問題なのはそいつを一朝一夕で使いこなせるかってところだ」

「無理だ。やめとけ」

 エドガーは言い切った。それにギリアムは頷く。

「そうか、ならいいんだ」

 このやり取りにエリックは首を傾げた。普段のエドガーならその理由を詳細に説明するだろうし、ギリアムもそれを求める。

 現実には適応力次第ではXVF11を使うより戦力向上は可能ではないだろうか。XVF15はともかくXVF16には未知の部分が多いにしてもだ。

 エリックには疑問だったがギリアムは純粋にXVF16を信頼できないから固辞する材料を欲しがっただけだった。エドガーはそれを察知したのでそれだけを提供したのだ。


 おかしなことになった。

 シュガート隊のHVパイロット唯一の生き残りであるシロウ・ハヤミ伍長改め曹長は感情の整理に苦労していた。

 ハヤミはパイロットとして軍歴は長い方ではない。むしろ駆け出しに近い。実際に戦闘経験で言えばここ最近で密度の高い戦闘を繰り返してきたエリックたちイージス隊のルーキーに毛が生えた程度の差しかない。

 そんな彼が同隊のHVパイロット唯一の生き残りとなったのは単なる偶然に過ぎない。第七艦隊の前衛にあったシュガート隊は第七艦隊の後退によって殿となったところで共和連邦軍の突進にあい第七艦隊の崩壊に直面。ベテランを次々に失う混乱の最中、シュガートは最前衛にあった不幸から相手艦隊に通過されるという幸運を引き出して轢殺場から逃げおおせた。

 もちろん、それで全てが落着したわけではない。戦場孤立、戦力はハヤミ機のみ。絶望、と表現するのに十分だろう。ここからシュガートとハヤミは奇妙な縁を引き当てる。

 ローマ師団所属の試験小隊イージス隊とシュガートと同じように孤立していたホーリングス隊、ブラッドレー隊との共同戦線をとることになったのである。そしてハヤミはシュガート隊唯一の実行戦力として得体の知れない特務中尉と共に行動を共にし、戦地昇進して同隊のHV隊長をやる羽目になった。

 シュガートのハンガー内にはハヤミ機とホーリングス隊の生き残りの5機が明らかに過剰なスタッフによって調整されていた。16機を整備するだけのスタッフにさらにホーリングス隊のスタッフもいるのである。イージス隊かブラッドレー隊に回すことも考えられたがイージス隊は整備スタッフ過多であるうえに機密上の問題から、ブラッドレー隊も活用の道なしとしてやんわりと、されど断固として受け入れない姿勢を見せた。そのためシュガートのハンガーは余り人員のたまり場になってしまったのである。

「ハヤミ隊長でよろしいでしょうか」

 来た。ハヤミはウンザリという心情を隠しもせずに声の方を向いた。ホーリングス隊のパイロット5名が整列し一斉に敬礼をした。

「マージュリー・ライナス伍長。他4名。ハヤミ曹長の指揮下に入ります。よろしくお願いします」

 その顔ぶれを見てハヤミはがっくりと項垂れた。ほとんど自分と同じ年代の若いパイロットある。一人くらいベテランは生き残らなかったのかよ。

 嘆きたいところだったがハヤミはヘリクセンに堂々としてろと散々に言い聞かされていた。それに嘆いたところで相手を心配させるだけだ。表面上だけでも虚勢を張らなければならない。

 のっそりと起き上がるとハヤミは堂々と嘆いた。

「ガキばっかじゃねーか」

 マージュリーは一瞬怯んだが即座に姿勢を正した。

「若輩ながら生き残ってしまいました。救出してもらった命です。シュガート隊のために使わせてもらいますので、何卒ご指導のほどお願いします」

 何を吹き込まれたんだ?ハヤミの表情はマージュリーたちには訝しんでいるだけに見えただけだったがハヤミに対して実態とかけ離れたイメージを持っているのは間違いなさそうだった。大方、ヘリクセンがあることないこと言ったのだろう。

 しばらく間が空いてハヤミは自分が何か言わなければいけないことに気付いた。そんな気の利いた言葉は用意していないが思ってもないことでも言わなければ。記憶を手繰って今までお偉方が並べてきた有難いお言葉を探す。

 沈黙が気まずさに変わろうとしてところでハヤミの口をついたのは意外にも直近の言葉だった。

「いいか。俺はシュガートのために動いている。そのためにお前らを利用する。お前らもホーリングスのために動かなきゃならない。それができるのはお前たちだけだ。そのために俺たちやイージスの連中も利用しろ」

 完全にマサトの受け売りである。しかし、案外と上手くいったのでは?なるべく表情に出さないようにハヤミは5人を見渡した。

 小柄でひっつめ髪のマージュリー・ライナスは意表を突かれたような顔をした後に表情を引き締め最敬礼で返事をした。

 しまった。必要以上に上手くいったらしい。

「いい台詞だ。なんだ案外と上手くやってるじゃないか」

 5人の部下を何とかやり過ごしたハヤミに頭上から声がかかった。見上げるとハヤミ隊長のプロデューサーであるヘリクセンがニヤニヤとしながら状況を観察していた。

「ただの受け売りですよ。俺の言葉じゃない」

 心底ウンザリした表情でヘリクセンに言い放つが考えてみればこれはかなり無礼な対応だったかもしれない。とはいえ、ハヤミからすればそれくらいの不遜は許されなければやってられない。

「何が悪い?いい言葉ってのは語り継がれていくもんさ」

 どういう状況で語り継がれるんだよ。心内で悪態をついたが即座に気付いた。歴史や故事ってのはヘリクセンのような連中が作って広めているのだ。


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