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1/2「末端神経」

1/2「末端神経」

 ルビエールとしてはこのような形で実戦初参加となることは不本意だった。

 前線境界の哨戒部隊の小競り合いくらいでやればいいものを、なぜこのような大規模な会戦で、目立つようにやらねばならないのか。試験小隊としての役割とはかけ離れた要素で事を進められるのは不快だった。自分自身だけでなく部隊まるごと見世物じみている。

「コーネフ大佐より、入電。貴隊の健闘を祈る。以上です」

 通信士の報告にルビエールとリーゼは顔を見合わせた。

「これはかなり迷惑がられているわね」

「命令権のない部隊が紛れ込んでいるだけならともかく、場合によっては守らなければならないともなれば無理もないことかと」

 儀礼的であるとしても端的であるし、無意味な通信だった。嫌味と受け取って間違いないだろう。

「しかし、本当に正面から突っ込んできますね」

 戦術画面を見てリーゼは目を細めた。ピレネーから繰り出された艦隊に対して共和軍は正対し、真っ向からぶつかり合う進路をとっている。

 ここ何十年と久しくなかった艦隊レベルでの会戦はリーゼにとっても初めての経験だった。それほどの規模の戦いをこれといった前哨戦もなしにはじめることに困惑と違和感を覚えていた。

「カナンの戦いを想起するわね」

「恐ろしいことを言わないでください」

 ルビエールは悪戯っぽく笑みを浮かべた。年相応の可憐さにギョッとさせられる。だが口にした言葉は物騒極まりなかった。

 カナンの戦い。宇宙戦争黎明期に起こったその戦いは未来を先取りしたかのように成熟した軍と数に驕る未熟な烏合の衆という奇跡的な差から生まれた凄惨な末路ではあったが、新兵器・新戦術による「未知の差」によって戦局を決してしまった悪例として多くの軍人に楔を打ち込む結果となった。イージス隊がそうであるように自然休戦期を挟んでいる今回の戦いにはお互いが新たな兵器・戦術を投入しているはずである。極端なブレイクスルーが起こっている可能性はある。

「接敵予想30分前」

 オペレーターが艦全体に伝える。ブリッジに必要な人員は全て揃っていた。その中には不要な存在であるエディンバラもいた。初めての戦闘という状況に過剰に神妙な面持ちで身体を揺すっている姿は滑稽でルビエールをかえって冷静にする役割をしていた。

 そしてもう一人、不要な存在がその隣に座している。

 イージス隊の陣営は通常とは異なる形をしている。名目上の司令官はルビエールではあるが、その部隊運営は実質的には大隊指揮官トロギール・カリートリーに担われている。試験小隊という性質上これは当然のことであり、ルビエールの役割は現場的な判断に限定される。これの補佐を行う参謀・監視役として派遣されたのがマサト・リューベック特務中尉だった。名目上はXVF15開発の特別顧問という体になっている。「特務」という階級に示されるのは「出向」と意味合いは近く、特定の任務に従事している間限定の階級であり、正規の軍人ではない例も多い。異なるのは「出向」は権利を限定されるものである場合をほとんどとするのに対して、「特務」は一部権利を拡大することにある。軍人における一般認識ではそれは胡散臭さの象徴だった。

 それに加えて件の特務中尉は見た目においても胡散臭さの塊だった。背は小さく、少年のよう、というよりは少年そのもの。それどころか少女と言われても不自然さのない細さの体躯。レンズの無い伊達メガネで飾られた顔に微笑みを張り付けている。一般社会で言えば可愛らしいの一言で片づけられる話で済むのかもしれない。しかしここは軍隊である。

 これが「あの大隊指揮官」から派遣されたのである。リーゼも初見で不快そうに顔を歪めたのは言うまでもない。この特務中尉は拡大された権利によって経歴を封印されており、「明らかな正体不明人物」となっていた。その意味合いからルビエールはいまだに挨拶以外でこの人物とコミュニケーションをとったことはなかった。

 ここにきてルビエールはついにブリッジの一角で座を占めているその少年の値踏みを試みることにした。

「リューベック中尉」

「はい?」

 少年は席から立ち上がりもせずに応対しようとしてまずいと気づいたのかのっそりと腰を挙げると伊達メガネを直した。どうみても正規軍人の動きではなさそうに見える。それを指摘することは無意味に思えたのでルビエールは続ける。

「あなたはこの状況をどう見ているのかしら?」

 斜め上に視線を彷徨わせてから少年はルビエールの視線を捉えた。試されていることを理解している。

「この状況というのがどれを指しているのかわかりませんけどね。戦術的にも戦略的にも火星側の意図が知れません」

「その前提をもって推測を」

「ふむ…」

 可愛らしい。首を傾げた仕草にふと思った。ルビエールにそういう趣味はないにしても、そういうのを好む人間であれば堪らないだろうと思った。公序良俗に反しているな。とルビエールは冗談のようなことを考えた。リーゼの苦々し気な表情も逆説的に少年の可愛らしさを証明している。

 当の本人はしばらく考える仕草を見せていた。それは自分の考えをまとめていたわけではなく、どこまでを話すべきかを考えていたからに過ぎないだろう。特務中尉という特殊な人物の値踏みだけでなく、持っている情報を吐き出させることもルビエールの狙いだった。

 実際、マサト・リューベックはルビエールの誘いにどこまで乗るかを考えていた。やがて値踏みを済ませた少年はゆっくりと喋り始めた。

「火星共和の出兵における狙いは「火星共和連邦の承認」といったところでしょう。まぁ、それがどこまで本気かはわかりませんけど、これを真に受けるものとして話を進めるなら、まずは局地的にでも勝利を得ようとするでしょう」

「問題はなにをもって勝利とするかね」

「ですです」

 マサトは指をくるくる回して賛意を示した。どうやらそういった仕草が染みついているようだった。

 リーゼは口の端をヒクヒクさせている。凡そ上官との会話でみせるべき態度ではない。とはいえ、ルビエールにとっては重要なことではなかったのでは気にはとめなかった。少年はさらに続ける。

「あくまでこっち側にそれを認めさせることを狙うなら怒らせ過ぎない程度に済ませなきゃなりません。もっとも…こっちが挫けるほどの勝ち方ができるならそっちの方が望ましいとは思いますけど。そんなものが存在するかどうかは疑わしいですね。仮にあったとして、カナンの戦いの再来なんてことになったとしても、それですら連合を怒らせるだけの結果になるでしょう」

「泥沼ね」

 そう。例え火星共和にどれだけ戦術的、戦略的な勝利を可能とする未知の方法があったとしても、地球連合そのものを消し飛ばせるわけではない。いまだ地球連合は総合的な国力で火星の3倍に値する。火星共和には地球を制圧するだけの戦力も国力もない。

 となればやはり火星の狙いは局地的な勝利をもって独立承認への足掛かりとすることになるか。

「しかし難しいでしょうねぇ。いまさら火星共和連邦の承認なんて現政権にしてみれば全面敗北に近いですから」

 ルビエールは頷いた。そうなれば250年に渡る戦乱は「火星独立戦争」と名を変えて歴史に刻まれるだろう。それをいまさら地球連合政府が認めるとは考えづらい。地球連合が人類の覇権国家ではなくなって久しい、それでも名目の上ではその椅子を諦めないのは「地球人」のイデオロギーに関わる問題だからだ。

 それこそ厳密には終わっていない星間大戦そのものではないかとルビエールは気づいた。果たして、火星共和はそれを理解していないものだろうか。

「さて、では火星がそれを認識している前提でやろうとしていることを推測してみますと…」

「内部向けのパフォーマンス」

「素晴らしい」

 マサトの笑顔に邪気が垣間見えた。ルビエールと同じようにマサトもまたルビエールを値踏みしている。

「火星共和は極右政権が立ち上がって、ぼちぼち「成果」が期待される時期になっています」

「成果ね」

 迷惑な話だ。

「でも実際のところ、こっちも期待してるところがあったんじゃないですかね?」

 マサトは意地の悪い顔を見せた。その意味するところを考える。心当たりはあった。慎重に言葉を選んで口にする。

「ここ数年の連合政府は火星共和の新政権の対応を慎重に見ていた」

 慎重に見る、とは火星共和との境界上での動きを控えることだった。地球連合は極右政権を刺激しないという施策をとった。これによって今回の自然休戦期は長くなっている。これは多くの穏健派に支持された。

 実のところこれは相手側にとってはあまり好ましい流れではない。極右「マルスの手」は地球連合による圧政の歴史とそれからの解放・独立の正当性と、人類覇権を諦めない地球連合の脅威を説いて政権の座についているのである。

 マサトの言う地球側の期待とは、その慎重策によって極右政権の焦りを引き出そうとする狙いもあるのではないかということだった。

「火星共和は政治的な必要性に迫られて派兵しただけ、何か勝つ当てがあるわけでもない…極端な話、地球連合の脅威を喧伝できればそれでよし。勝つことが絶対に必要なわけでもない、か。楽観に過ぎる気もするけどね」

 ルビエールの導き出した推論にマサトは好意的な反応を示した。大筋で同じように考えていたのだろう。

「まぁ、この推論の答えはこの戦いの後に解るでしょう。それと付け加えておくと、これはあくまで火星政権の考えの推論であって、火星共和「軍」のものではありません。性質が性質です。彼らにそれが完全に伝えられているわけではないでしょうし、完璧に沿うとも限らない」

 確かに。実際に出兵して砲火を交える軍人にとって問題は別だろう。彼らは政府からの課題をこなしつつ、生き残りと自尊心を天秤にかけている。

 最低限の勝利。

 最大限の生存。

 彼らはどちらを選択するだろうか。



 現代の宇宙戦争の形態はヒト型機動兵器「HV」同士の戦いによって趨勢は決まると言っていい。

 宇宙艦艇はそのHVの母艦としての役割を主としており、かつてのように艦艇同士での撃ち合いはほとんど行われなくなった。そのための装備もないわけでもないし、実際にそれを活用するような戦術もあるにはある。しかし宇宙戦争における「基地」の役割も兼ねる艦艇にダメージを負うことはただ戦闘に負ける以上の被害であり、そこに座上する指揮官たちからは机上の空論扱いされていた。

 艦艇はHVに対する有効な戦闘力を持たないためHV同士の戦いでの優劣がほとんどそのまま勝敗に直結する。そのような形で決着をつけるのがもっともスマートで互いの被害も少なくて済むのである。

 宇宙戦争初期の大損害の反動もあってのことか、HV同士の戦いは戦争を敵対者の経済や生活までも破壊する殲滅戦から大昔の歩兵騎兵の時代に逆行するような効果をもたらした。実際に戦闘に駆り出されて、砲火を交える人間は激減し、戦争による戦死者も減少した。一方で個人的英雄「エース」を多く生み出すことになる。

 展開された敵の陣営を見て違和感を覚えたのはルビエールだった。

 艦艇の数とHVの数につり合いがとれないように思える。艦艇数に対して少ないのだ。

「しかし、被害を最小にしようと考えているのであれば自然なことでは?」

 リーゼの考えは真っ当だ。しかしその答えにルビエールは満足できなかった。

 あまり好ましくない考え方だが上位将官にとってHVでの戦いに被害という概念は適用されることはあまりない。現代戦争における死者の激減と英雄概念の復活は戦争の被害意識を大きく歪めた。敵方の司令官はそんな人道精神の持ち主だろうか?

 ボルトン兵団の司令官、スコット・ボルトンはロボットボルトンとあだ名される堅実な用兵家でこれは模範的な現代軍人であることを示している。一方でそれは奇抜なことをすることはないという要素になる。

 それなら、なおのこと気にし過ぎか?

 ルビエールはそれでも自分の中につっかえているものを呑み込めないでいた。


 XVF15は正式採用されればRVF15と呼称される予定のクサカ社の最新鋭デュアルロールファイター(複合戦闘機)である。Rは「リファレンス」を意味し、そこにクサカ社の自信のほどが垣間見える。すでにその機体には連合軍の伝統にのっとった「イーグル」という愛称をつけられる予定となっている。

 一般にHVは3~8機を1個小隊として動かされる。標準的な戦闘艦艇で12機から20機程度を搭載、運用する能力を持っているもので過半を構成、それを上回るものは空母などHV運用に特化した分類になる。哨戒艇の類でも2~4機程度は搭載されているのが一般体である。

 イージス隊にはテスト用のXVF15を8機2個小隊と予備機2機。さらに現行主力機VFH11の4機1個小隊を護衛随伴機として配置されている。

 これに登場するパイロット12名の内訳は大幅に異なる。選りすぐられたエース2名。特定分野のスペシャリスト2名。ベテラン枠2名。実戦経験のないルーキーも2名いた。それらをそれぞれ1名ずつ分けて小隊に配している。護衛小隊には4名のベテランを選出していた。

 これらの人事にルビエールは関与していない。それはそれぞれのスタッフが配置された意図も知るところではないということであり、それを把握することもルビエールの目下の課題となっていた。

「全機、出撃準備」

 命令が響くとハンガーのメカニックたちも慌ただしく動き出す。

「全小隊を出しますか?」

 あくまで確認といった口調でリーゼはきいてきた。いかな状況でも一般論を提示して、状況を再確認させることをリーゼは役割としている。これは人によっては煩わしく感じる場合もあるだろうが、それを命じたルビエールはもちろん気にしたことはない。

「かまわない。いいチャンスよ」

 なんのチャンスなのだろう。ルビエールは自分の言葉を反芻した。

 一般的に艦載機を全て出し尽くすと予備兵力もなくなるので避けるべきところである。ただこれは少数同士での戦いの話で大規模艦隊戦では奇襲を受けかねない側面・後背部隊以外では消極的と捉えられるやり方だった。

 何よりイージス隊は一般的な部隊には分類されない。この隊の任務は戦闘に勝つことではなく、戦闘を経験することそれ自体にある。そのためにイージス隊の母艦であるイージスは前衛にあって、かつ前線部隊の防御対象にすらなっている。前衛部隊を率いるコーネフ大佐にとってみればどれだけ迷惑な話だろうか。


 オーライ、こっちは順調だ。

 最新鋭HVを前にしてエリック・アルマス軍曹は自分に言い聞かせた。

 パイロット養成校を首席で修了し、最新鋭HVのテストパイロットに選出された。エリート街道まっしぐらだ。戦闘には勝つ必要はなく、死ねとも言われることもなく、さらには護衛までつく身分のイージーモード。

 身内の誰も彼もエリックの栄達を喜んだ。最新鋭HVのパイロットとして多くのスタッフも自分を気にかける。

 ではなぜいまこんなに気分が悪いのだろうか。とても気分が悪かった。

「ようルーキー。ブルってんのか」

 陽気な声が背後から聞こえた。振り向いた先にエドガー・オーキッド少尉の姿があった。その声は戦闘前でも緊張感はまるで感じられない。臆することのない凄みをその表情に宿している。

 彼はエースである。その証である銀剣勲章をパイロットスーツとヘルメットに記している。それは少なくとも30機以上の敵性HVを撃墜していることを意味していた。

「重役出勤ですね、少尉」

「おいおい、おれは重役だろ?」

 少尉の階級章を指さす。確かに階級的には高位だ、でもパイロットの階級は名誉階級であって実際の権力を示すものとは言い難い。結局のところパイロットは戦場の末端部位であり、その階級はパイロット同士での序列にしか役に立たないのだ。

「全機搭乗!」

 ハンガー内に響く声にパイロットそれぞれは軽重力のハンガーを蹴って自らの搭乗機にとりついた。

「頑張ってください」

 エリックの4番機を担当している女性メカニックが如何にも出向らしい野暮な言葉を贈った。それは純粋な厚意なのだろうが素直に受け取ろうという気にはならなかった。何を頑張れという意味だろう。別に何か格別の意味のあるではないとわかってはいるのだが。

 コクピットに身体を収めると所定の手順を始める。機体のシステムを立ち上げると目まぐるしく情報を提示してくる。ディスプレイ上の機体情報のチェックにはじまり、コクピット内の備品類チェック、自分自身のチェックを終えるとエリックは深く息を吐いた。

 パイロットのどれくらいがこの所定の手順とやらを順守しているのだろうか、現場勤めのないエリックにはわからない。ディスプレイ上の情報はあくまでシステムの提示しているデータに過ぎずエリック自身の目で確認したものではない、同様のシステムで何度もメカニックも確認をしている項目だらけだ。それでもそれはパイロットたちの生きる残るための義務であり、責任だった。

 フルフェイスのヘッドギアをかぶるとパイロットスーツと結合して肉体を外界から完全に遮断する。これで宇宙に放り出されてもそれ自体が命を奪うことはない。バイザーはHUDの役割も果たし、コクピットのディスプレイを用済みにしてしまう。

 イージス級の艦体は2基のカタパルトデッキと艦体後部にフライトデッキを持つ。基本的に出撃時にはカタパルトを用い、後部のものは主に着艦のためと物資の搬入搬出を行うためのものである。

 すでに護衛小隊のVFH11が2基のカタパルトから射出され、いまはエリックの属する1~4番機の第一小隊を1番カタパルトから一機ずつ出撃させようとしている。これはすでに出撃した機体に何らかのトラブルに見舞われた場合を考慮した一般的な手順である。

「4番機、3番機に続いてカタパルトデッキへ」

 恐ろしい、という概念はなかった。それはパイロットを殺す感情だと先達に散々聞かされたものだ。そんなものを持っている人間は決してパイロットになれない。そういうものを振り落とすために養成校は存在した。そもそも全長18メートルに及ぼうという大型の機動兵器を慣性制御の限界に近い機動で振り回すこと、それ自体が生命の危機を呼び起こすのに十分な凶行なのだ。命の危険など演習の時点でさほど大きな違いはない。これを克服したものこそパイロットと呼ばれるのである。

「4番機、発艦準備よし、幸運を」

 エリックを乗せた機体は軽重力から解放され、続けて電磁力に拘束され、さらに次の瞬間には急激な加速を伴いながら宇宙へと放り出された。

 世界が暗転し、人体の感覚器がパニックを起こす。平衡感覚の失調、視覚は見るべきものを求めて必死に瞳孔を調整する。何度味わっても不快であることは変わらないものの訓練の繰り返しによってそこからの回復は早くなった。

 機体は正常に稼働している。エリックは機体を軽く振り回した。操縦手の操作に機体は明確に応えた。オールグリーン、全て整ったのだとエリックは認めるしかなかった。大きく息を吸い込んで虚空を見つめる。すでに交戦状態に入った両軍の砲火と爆発が闇の中に生まれては消えている。

「いくぞルーキー。なぁに、ピクニックみたいなもんだ」

「少尉、隊列を」

「規格通りはお前がやってくれ准尉、おれは規格外れを期待されてるんだ」

 1番機オーキッド少尉の機体は眼前を軽快に踊りまわっていた。ベテランのトニー・マリガン准尉の2番機は隊列を作ろうと4番機の隣にまわってきている。彼はその生真面目さと堅実さからオーキッドに教科書野郎と呼ばれている。この二人を同じ小隊にするのはミスマッチではないのかとエリックは考えている。それは3番機のマックス・ホーエンザルツ上級曹長も同じであった。

「あー…これって好きにやれってこと?」

 一級狙撃手として招集された彼はそもそも一般的な小隊構成で戦うことに不慣れなのか戸惑っている。

 本来であれば小隊の動きは実質的に小隊指揮官とオペレーターによって制御される。しかし今回の指令は「戦闘に参加」することで、そういう意味ではオーキッドのいうピクニックという表現はあながち的外れとも言えない。

「これといったオーダーはありませんが、できるだけ集団行動した方がいいんじゃないですか」

「ルーキーが言ってることはまともに思えますね。単機で好き勝手やって機体トラブルに見舞われてもこっちは面倒見れませんよ」

 エリックの遠慮がちな進言をマックスは後押しした。確かにいくらオーキッドがエースであってもその機体は未知数の試作機であり、どんな潜在的な不具合をもっているかわからないのだ。

「バカ野郎。その時のための護衛小隊様だろ」

 オーキッドの言っていることは間違ってはいないのだが、最初からそれを当てにするというのはどうなのだろうか。

「少尉のおっしゃる通り、その時は我々の出番だな」

 先行して隊列を組んでいた護衛小隊の隊長ギリアム・ロックウッド准尉は軍人的で快活な口調でその仕事を請け負いつつも、こう続けた。

「しかし少尉、それにはある重大な問題があります」

「ほう、どんな問題だ?」

 どんな答えを返しててくるかを期待するような口調でオーキッドは聞いた。

「もの凄く、格好悪い」

 しばしの沈黙の後にオーキッドの爆笑で通信は占拠された。

「そいつは確かに大問題だ」

 ロックウッドの進言はオーキッドの意趣を変えることに成功したようだった。

「よし、わかった。俺が引率してやる。各機、まさかついて来れないとは言わんよな?」

 それはオーキッドからの不敵な挑戦状だった。


 イージスのブリッジでルビエールはパイロット間のやり取りを傍観していた。明確な作戦上の支障でもでない限りは個人間のやり取りにまで口を出す気はない。それよりも各パイロットそれぞれの資質を観察したかった。

 パイロットの人事についてもルビエールは関与していない。これもつまりその意図を知るところではないということだった。ルビエール自身もそうであるように書類上から察すること以外の要因によって招集されている人物もいる。可能ならばそれを把握しておきたかった。

「上手い操縦ですね」

 マサトの評はロックウッドのことだろう。確かに見事だった。オーキッドの趣向を上手く読み解き、角を立てることなく相手を納得させた。ああいった術はこれまでの経歴で身に着けていったのだろうか。まさに書類上では読み解けない貴重な情報だった。

 オーキッドの言動に関しては若干の注意を払う必要はあるだろう。正直なところ、小隊長向きの資質を持つとは思えない。ルビエール個人としてはこれぞエースなのか、くらいにしか思ってはいないが、リーゼなどは一連のやり取りに嫌悪感を隠し切れない表情であった。万事を規格化したがる軍においてはオーキッドのような人材はその力量による貢献よりも人格による規律崩壊の方を問題視されやすい。

 しかし、それもまた一般的な部隊での話だった。この試験小隊においては彼の「規格外」も選抜理由の一つであると考えて間違いないだろう。ルビエールとしてはオーキッド自身それを自覚していること、さらにロックウッドにそれを制御できる可能性があるとわかったのは僥倖と言えた。

「各小隊。戦闘ラインに到達します」

 報告するオペレーターの声は緊張によるものかいくらか震えていた。エディンバラも表情を硬くしてスクリーンを注視している。彼らは民間の身であり、離れているとはいえここは戦地なのだ。

 さて、いよいよか。それぞれの事情を胸に誰もが心の内で呟いた。

 不意にマサト・リューベックは居たたまれない気分になった。

 特務という特殊な階級をもつ少年はイージス隊という場違いな駒の揃う盤面を思った。そこにあるのはそれぞれ違う動きをする駒。役割も違えば、為すべきところも違う。それは少年自身もそうであった。ただ少しだけ他の駒よりは知っていることが多いだけに過ぎない。

 それぞれの駒に思うところあって、目指すべき場所も違う。この盤面、このゲームそのものの行き着く先はどこなのだろうか?

 そして駒の内のどれだけがゴールにたどり着くのだろうか。


 死の火線が交差する宇宙を4機の大鷲は飛翔する。どこから発せられたともわからぬビームと銃弾の発する光線の錯綜する壮大な光景にエリックは息を呑む。これら全てに人間の生き死にが関わっているのだ。稀に見える円形の火球は小さいものは迎撃されたミサイルによるもの、それ以外は撃破されたHVの爆発である。つまりその爆発の数だけ命も失われているのである。エリックの心では恐怖心は制御されていた、それでもその圧倒的な超現実には動揺をせずにはいられなかった。

「よっしゃ、各機。ついてこれない奴は護衛にでも拾われてろ。嵐に飛び込むぞぉ!」

 交戦規則を無視した命令とも掛け声ともつかぬ通信後にオーキッドの機体は急加速した。

「やれやれ、いくぞ。第一小隊、エンゲージ」

 マリガンがかわって交戦規則を順守した。口調とは裏腹にマリガンの2番機もオーキッドの機体に追随し、エリックとマックスの3・4番機もこれに続いた。

 オーキッドの機動は機体の慣性制御に対する挑戦のようだった。直線的な軌道はなく、常に円を描くように、大なり小なり横方向のモーメントをかけ続ける。それは敵機に捕捉されないためのものであると同時にオーキッドから各隊員へのテストでもあるとエリックは解釈する。

 戦場にありながらエリックはオーキッドの機動に集中しなければならなかった。他のことに気を取られている余裕などなかった。XVF15の機動性は既存HVのものとは隔絶した性能をもつ。その全力機動に護衛小隊はついて来れず、取り残されたからといって拾ってもらえる保証などなかった。いまや第一小隊は敵味方の境界上にあって戦線を縦横に駆け巡り、その機動力を見せつけていた。

 突然、視界に共和軍のHVが飛び込んできた。WMV09セイバーウルフと呼ばれる共和軍のハイローミックスのローにあたる主力機体はそれと認識した時には視界の中で右から左に流され、すぐに後方に位置することになった。エリックは目で追うことをあきらめ、レーダーに意識を向けた。敵機も方向を転換してくる。敵機からのロックを警告するアラートが耳を打った。戦慄が走る。撃ってくる。

 直感的に機体を左右に振る。しかし驚くべきことに速力は全く落ちなかった。身体にかかる負荷の違和感にエリックは戸惑った。幸いなことに敵機からの射撃はこなかった。回避機動によってロックを一時的に外されたのか、単に撃ちそこなったのか。自分もそうだが、相手にとっても唐突な展開なのだから後者の方だろう。

 元々の移動方向の違いから両者の位置関係は一瞬で射程外にまで開いた。エリックは軽く息を吐くとオーキッドの追尾に再び意識を集中した。

 オーキッドの戦場横断は大胆ではありつつ巧妙でもあった。特定の場所には留まらずに戦場を横断する。別部隊を相手取っている敵の横顔を殴りつけ、追いすがろうとする敵は当該エリアの味方に殴られる。結果的に第一小隊は敵を攪乱している。XVF15の圧倒的な機動力と員数外の独立部隊という立場を最大限に活かした選択だった。

 とはいえ、決してリスクのない選択ではない。先陣を切るオーキッドの機体はその突撃に気付いた敵機の砲火に晒されることになる。しかしこれは同時に後続僚機のリスク低減とチャンスを生む副次効果ももっていた。

「2番機、一機撃墜」

「撃たせてやったんだ。感謝しろよ」

「はいはい」

 マリガンもこれは重々承知の上だった。オーキッドは本来このようなヒットアンドアウェイより特定エリア内に留まるドッグファイトを好むタイプのエースだ。こんならしくもない戦い方をするのも小隊長としてそれなりに気を回しているということなのだろうか。

 自分の番はくるだろうかとエリックの思考は色を見せ始めていた。エリックとて養成校を首席という才覚を持つパイロットだった。なまじ従来機の経験の少ない分だけ新型機への適応には有利なところもあっただろう。少なくともオーキッドに追随することに関しては2・3番機と遜色なく動けるようになっていた。

 小隊の戦場横断が新たな敵の一団を驚かせたとき、一機のWMV09がエリックの視界に映った。それは先行する機体に気を取られ、エリックに背中を向けてほとんど同じ方向に機動しているという状態だった。エリックの目にはほとんどスローモーションに映っていた。あらゆる情報がそれを絶好の獲物と訴えていたにも関わらずエリックは逆にあまりに容易なターゲットに戸惑った。

 通常であれば射撃のチャンスは刹那しかないものだがそのときは3秒程度続いた。エリックがトリガーを引かなければもっと続いたかもしれない。意を決してというよりは時間切れを恐れてトリガーは引き絞られた。その瞬間、彼我の距離・速度を元に算出された未来位置に向けて左手のビームアサルトライフルは発射され、仕様通りの結果を見せた。

 命中の可否は敵機の爆発によって示された。

「4番機バンディットダウン。おめでとうございます」

「やるじゃないかルーキー」

 小隊オペレーターの弾んだ声に続いて、メンバーもそれぞれ手短に称賛した。

 エリックは赤面した。嬉しいという感情によってではない。称賛されるようなことをした気にはなれなかった。これ以上ないほどにイージーなターゲットだ。ほとんど誰の手によっても達成可能な状況だったように思えるし、その状況もエドガーの大胆な戦場横断の賜物だった。

 それでも敵機はエリックによって撃墜されたという事実はエリック・アルマスという人物の歴史に一生刻まれるべき記録となった。それは同時に一人の人間の終焉を意味しているのだ。

 どんな相手だったのだろう?

 一瞬だけそんな感傷に取りつかれて振り払った。初出撃を最後の出撃にしてしまう新兵は少なくない。そんなありがちなストーリーはごめんだ。考えるのは後でもできる。エリックはそう自分に言い聞かせた。


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