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6/6「死んでいる男」

6/6「死んでいる男」

 全く、どうしてこうなったのか。ローズは独語する。

 生き残ってしまった。これは偶然なのか、あるいは必然なのか。

 ローズはその事変が起こる直前にゴールドバーグが忘れたと言いだした大統領令に署名するためのペンを取りに戻っていた。

「なんでお前生きてるんだ?」

 爆発を聞きつけ、大慌てで戻ったローズを見たソウイチが目をむいて発した一言がそれだった。区画は封鎖され、そこで起こったことを雄弁に物語っていた。

 この時、ローズがジェンス社を主犯と判断したことを責められる者はいないだろう。ソウイチのマズい発言もある。

 ローズは自身の死を覚悟した。実際にはそういう展開にはならなかった。もちろん歓迎されたわけでもない。彼に為された説明は部屋にいた人物の誰一人として生きてはいないということだけだった。

 ローズはいくつかの質問を受けただけで後は部屋に戻され監禁されることになった。ここにきてローズは状況を整理する時間を与えられた。

 当然だがゴールドバーグが自爆テロを起こしたという可能性は真っ先に除外された。これは彼の傍にいた者として断言できるし、掘り起こしたところで全く実のない可能性だった。

 ジェンス社の線も可能性は極めて低くなった。そうであるならローズを生かしておく意味がまるでない。彼らがローズの扱いを迷っている理由はまだわからない。

 そうなってくると火星側のテロリズムということになる。しかしこれもまた解せない。ジョセフ・ハーマンにそんな理由はあったか?ジョセフ・ハーマンとはゴールドバーグの思うような人物ではなかったのか。絶望的なオッズとはいえゴールドバーグの賭けの成功を願っていたローズには認めがたいことだった。

 いや、何もハーマンである必要はないのではないか。もう一つの可能性にローズは思い当たった。

 マルスの手。彼らであれば動機は十分だった。それは同時にジェンス社がローズを生かしておくとりあえずの理由にもなる。この考えはかなり論理的でローズ自身を満足させるに足りた。

 さて、どうしたものか。そこまで考えてローズは自分の思索に行き詰まりを感じた。

 いまローズの命を握っているジェンス社の連中は地球と火星に対してどう振る舞うかを考えているだろう。その判断によってローズの処遇は決まる。あまり楽観はできない。ローズ自身にはそれほどの価値はないのだ。ローズに利用価値を見出すならそれは証人としてだろうか。このことに関してはジェンス社の態度次第だ。

 問題なのはこの先、自分がどう振る舞うべきか、ということだ。それが定まらない限り彼はただ流されるだけの身になる。緩やかに自由の海まで流されてくれるならまだいいが、実際には激流と滝つぼだろう。そんな展開は御免被るところだったが、ローズは自らの持ちうる武器で道を切り拓くというイメージをまるで想像できなかった。

 つまり、まだ俺は死んでるってことだ。

 ローズはそう思うことにした。対外的にも間違いなくそう思われているだろうから皮肉の利いた表現じゃないかと自賛する。

 ローズはベッドに身体を投げ出した。なまじ命があると思うから失わんと必死になるのだ。死んだ人間はあれこれ考えない。この死体もどきに蘇生の機会が訪れるとしてもそれもまた波乱に満ちた展開になるだろう。だったら今は少しでも体力を回復しておくのが上策というものだ。

 短期間の激動に心身を削られ通しだったローズはそのまま深い眠りにつき、彼をイージス隊に引き渡すためにやってきた者たちを呆れさせるのだった。

 状況の変化は思った以上に早かった。熟睡していたローズは乱暴ではないにしても丁寧とは言えない扱いで起こされ、有無を言わせぬ圧力で連れ出されるとそのまま一艇のシャトルに乗せられた。

 この時点で、というよりも終始、ローズには外の状況は解っていなかったのだが、発進したシャトルから見紛いようのない戦場を見ることができた。

 かなり遠い。その遠さにあってすらはっきりと確認できる夥しい光線と火球の雲は凄まじい激戦であることをローズに知らしめた。

「おお、神よ」

 これが結果か。止めようはないと知りつつも、それでも止めようと試み、ついぞ始まってしまったことにローズは信じてもいない相手の名を呟かずにいられなかった。

「ふむ。大統領補佐官殿はどういった神をご信じなさるのか」

 この声にローズははっと振り返った。そこには仮面の男。得体の知れないジェンス社そのものと言える男がいた。

 皮肉なのだろう。そう思ったローズに反してディニヴァスは熱心に返答を促していた。

「ただの言葉の綾です」

 苛立たし気にローズは答えたが両者の力関係を思えばこれは危うい態度だったかもしれない。

「そうか。これだけの命のやり取りを目の当たりすれば神の意思とやらも信じたくはならんものかな」

 ディニヴァスは本気で雑談をしているようだったがそれはかえってローズの警戒感を高めた。こんな話に付き合う必要はない。

「それで、僕はどうなるんでしょうね」

 拍子抜けといった仕草をしてからディニヴァスは気さくに答えた。

「正直なところ、君の処遇に関して我々はいまだに確信を持てていない。生かすかどうかも含めて」

 ディニヴァスは組んだ足に手を置き、その指が順繰りに膝を叩いている。仮面の男は目の前の男をこの場で殺すことも権限的に可能とでも言いたげだった。

「さて、部屋で考える時間は十分あったはずだ。君はどう考えどう動く。我々に何を提供してくれるのかな?」

 思惑を完全に外した質問にローズは狼狽えた。その表情にディニヴァスの方も怪訝に首を傾げる。

 マズい。ローズは青ざめた。

 状況の重大さに比してローズの言動は迂闊としか言うしかない。ディニヴァスの求めは当然のものであって、何の準備もしていないなどその時点で見切りをつけられてもおかしくない体たらくである。

 ローズは必死に頭を掻きまわしたがディニヴァスが満足しそうな理屈を引っ張り出すことはできなかった。宿題を忘れたガキのようにもっともらしいシナリオを作ろうともしたがこの手の策はローズの不得意分野だった。

 ええい、悪魔に恥をかかせろだ。

「もうしわけない。寝てました」

 ディニヴァスの膝を叩いていた指が止まった。それは次の瞬間に指ではなく、手の平になった。その音に笑い声も混じり出した。

「こいつはいい度胸だ」

「度胸もなにも、電車の中を逆走したって来た道を戻れるわけじゃない」

 開き直ったローズの態度にディニヴァスは感心したような息を吐いた。

「面白い表現だ。いつだって電車を動かすことのできる人間はごく一部でしかない。大抵の人間は乗っているだけで行先すら知らぬ者ばかり。目的地が見えてきたところで騒ぎ出すのさ。しかし大統領閣下はそういう連中とは違うように思える」

 ここでディニヴァスは話を自分の方にして身を乗り出した。

「全く、好き勝手に立ち回ってくれたものだよ。おかげでこちらも大わらわだ。当の本人は現世からドロップアウトしてしまったので君に聞くしかないんだが、なんでまた戦争を止めようなどと?」

 この質問にローズは本能的な嫌悪感を抱いた。戦争を何だと思っているのか。仮面の男が自分たちとは全く考え方の違う人種であるとローズは改めて認識した。

 しかし、この吐き気を催す邪悪な質問に対する答えをローズは持ち合わせていなかった。そもそもゴールドバーグは真剣に戦争を止めようとしていたのだろうか。彼の言動はどちらかというと止めることよりも”止めようとする”行為そのものに重きを置いていた節があった。

 それこそ抱いていた違和感の正体だと今さらローズは気づいた。もっともそのタイミングに大した意味はないだろう。

「あの人は電車を止めようとしたわけでも、行き先を変えようとしたわけでもないと思います」

「ほう?」

 ディニヴァスは興味をそそられたようだった。

 ゴールドバーグは政治家として比較的良心的な人物だったとローズは胸を張って言える。少なくとも汚職の類にはほとんど接していない。だからこそ大統領にもなれたのだ。だからと言って楽天的な平和主義者ではなかった。正義感・義務感と言ったものを重視するようなタイプとも言えない。かつてはそのようなものを持ち合わせていたのかもしれないが、政治家として生きていく過程ですり減らしてきたのだろう。

「それで、君の結論は?」

 ディニヴァスは仮面の下で熱心にローズの結論を待ち望んでいた。その様子にローズは強い違和感を覚えた。

 なぜそんなことを気にする?

 このディニヴァスの好奇を活かすべきだとローズは思ったがそうはできなかった。そもそもローズはゴールドバーグの行動を処理できているわけではなかったのだ。

「申し訳ありません。僕にも結論は出てないんです」

 再びの失点、とローズは思った。しかし当のディニヴァスは残念そうな仕草はしたもののローズの処遇にそれを反映させることはなかった。

「そうか、結論が出たら教えてくれ。機会があればな」

 この言葉はディニヴァス自身にその機会を奪うつもりはないことを示唆しているのか、ローズには解らなかった。確かなことはこの話はここで終わりだということだけだ。その証拠にディニヴァスはあっさりと話を転じる。今度はローズにとって大きな意味のあるものだった。

「さて、君はこれから連合軍のとある部隊に引き渡される。それからとある勢力が君を預かることになるだろう。そこからは君次第だ」

 とある勢力という単語にローズは反列強勢力を想起して青ざめた。これを察してディニヴァスは肩をすくめた。

「心配するな。連中に肩入れしてやるつもりはないさ。ある意味でお前にとって一番チャンスのある選択をしてやってるんだぞ」

 ローズにはそんな勢力に覚えはない。いずれにしても選択する権利を持っているわけでもなく、答えはすぐに解るはずだった。

「では、幸運を祈る」

 儀礼的な言葉であろうにしては真の籠った言葉で仮面の男は話を終わらせた。



 用意された部屋に連れられて行くローズ大統領補佐官を目で追いながら、マサトはルビエールに向けて言った。

「縁というものは面白いですね。あの人が生き残ったのはあなたがここにいたからです。ソウイチ・サイトウにしてみても扱いに困っていた。あなたがここにいなければ彼は誰に知られることもなくテロで死んだことになっていたでしょう」

 ルビエールはどう反応すればよいかわからず韜晦した。

「さて、ここからが問題です」

 マサトはいつものように意地悪く笑う。言うまでもなくルビエールも解っている。

「ローズ大統領補佐官をどう扱うか、だな」

「ポイントは、ソウイチ・サイトウはあなたに預けたという点です。他には大隊指揮官も同じように預けられたでしょうが、それ以外の人物でも同じであったとは考えられない。共通して言えるのはソウイチ・サイトウを知っているということと、マウラと縁がある点です。連合軍人であるから、ではないでしょう」

「面白くないな」

 ルビエールの言葉は本音だった。ルビエール個人の責任の範疇を越えた預かり物だ。逆にマサトは愉快そうな顔を見せる。

「僕は面白いと思いますね。さて、ジェンスが自分たちで補佐官を利用するでもなく、手放したがる理由は察しがつきます」

 ローズには証人となって貰わねばならない。公式なものとしてではなく、内部的なものとして。今回の件で黒幕として疑われるのはゴシップメーカーのジェンスにとってすら不名誉か、さもなくば不都合なのだろう。

 公に生存者として返還しないのはローズが生きていることが必ずしも地球連合にとって都合のいいこととは言えないためだろう。場合によっては大統領の死を脚色した上で利用する手もある。その時に証人となりえるローズに出てきてもらっては困る。陰謀好きのジェンス社ならではの心遣いということだ。

 とはいえ、不可解な点は残っている。

 そこまでを説明してマサトは主題に対するルビエールの考えを促した。ルビエールは渋い顔をして思案の海に潜った。

 不可解な点。それはもちろんルビエールに補佐官の処遇を投げたことである。ローズをジェンス社潔白の証人とするならマウラなりに預けろと指示すれば済むことなのだ。どう扱っても関知しないとは、つまりジェンスにとって都合の悪い流れになることも考えられるはずだった。

 とはいえ、ジェンスはルビエールがそのような動きをすると考えていないのだろう。となれば。

「マウラと私に恩を売りにきたということか」

 それも、どちらかというとルビエールに重きを置いたもの。

 マサトはルビエールの推察に頷いた。

「もっと言えばジェンスとしてはマウラに、ソウイチ・サイトウとしてはあなたに、ですね」

 ルビエールは反発することなくマサトの補足を受け入れた。いまだに自分にそれだけの価値を見出されることには納得してはいなかったが。

「ま、謹んでマウラに預けるのが無難でしょうね。基本的にはソウイチ・サイトウもそう想定してるはずです」

 そうだろう。そもそもルビエールには補佐官を活用する術などない。

 ただ、そう簡単な話ではない。目下、イージス隊は火星圏内で孤立状態なのだ。

「補佐官のことは後で考えるとしよう。改めて今後のことを話し合いたい」

 マサトも神妙に頷くとブリッジへと足を向けた。


 短距離通信でイージスとシュガート隊、ホーリングス隊、ブラッドレー隊の主だったものが揃った。

「さて、この先の方針に関して話をしておこうと思います」

 全員揃ったのを確認するとルビエールは口火を切った。

 4隊の中で階級と戦歴的にもっとも上位なのはアンダーソンだったが彼はシュガート隊の全権までも委譲することでルビエールの指揮権を確立させていた。これによって4隊の意思を統一したのである。

 ルビエールに対する個人的な信任もあったものの、アンダーソンがより重視したのは生存のための団結であった。十全の戦力を残すブラッドレーは別にしてシュガート、ホーリングス共にイージス隊に救われた立場である。加えて艦の速力や重要性などほとんどの面で優位にたつイージス隊に対して2隊が持たざる者であることは明白だった。

 イージス隊はこの2隊をいつでも見捨てることができる。もっと言えば自らの生存のための捨て駒にできる。もちろんルビエールにそのような意思はない。アンダーソンもその点でルビエールを疑ってはいないし、無意味な懸念であることは承知していた。

 しかし、ルビエールとイージス隊が危機的な状況に追い込まれた場合はどうなるか?イージス隊は不本意ながらも2隊を見捨てざるをえないだろう。アンダーソンが避けなければならないのはまさにそのような展開だった。

 つまりシュガート隊ら2隊の生存戦略は足手まといにならないようにイージス隊に最大限貢献するほかにないのだ。嘆かわしいことに全ての人間がこれを理解しているわけではない。中にはルビエールの出自とイージス隊の特殊性から想像を膨らませ、自分たちを捨て駒にするのではないかという疑心の根拠とするものすらいた。

 最古参かつ、最上位にあるアンダーソンの全権委譲は2隊の立場を知らしめる意味を持っていた。それは同時にブラッドレー隊への牽制の意味も含まれる。

 ブラッドレー隊の指揮官であるオオサコ少佐はいまだイージス隊に対して信頼を置いていないのは明らかだったが現時点では黙していた。

 自身が話を主導することに異を挟む者はいない。それを確認するとルビエールは択を提示した。

「考えられる策は2つあります。1つは強行帰還。何とかして共和軍の警戒網を突破してフランクリンベルトへ帰還すること」

 ルビエールにとって幸いなことに最初に示した策に乗り気の者はいなかった。至極真っ当な策のように思えてこの策は成功の見込みが全くない。

 第七艦隊は壊滅、ワシントンもダメージを負って撤退。フランクリンベルトは共和軍に包囲されている可能性が極めて高い。というより、包囲されていないと考える方に無理がある。そんな状況でフランクリンベルトへの帰還を試みたところで捕捉されるのは目に見えている。そうでなくとも包囲を突破してフランクリンベルトに飛び込まなければならない。あまりに無謀な賭けだった。ではもう一つは?

「もう一つは単独離脱。宙域を離脱し、独自に連合領域への帰還を試みること」

 これもまた危険な賭けなのは明らかだった。何人かが眉を顰め、何人かは嘆息する。結局のところそれしかないらしい。

 単独離脱は原隊との連絡が取れないことを逆用した独自の行動でそれによって生じる責任の所在という潜在的な問題を孕んでいる。この問題はイージス隊への疑念と作用しあって致命的な瓦解を招く恐れもあった。そして何よりそれを遂行するには戦力が足りていない。

 どちらにしても選びたくない選択肢。期待していたわけではないにしても多くの者から失望の吐息が漏れる中で率先してそれを選んだのはもっとも数多くの選択をしてきた老兵だった。

「私は単独離脱を支持します」

 アンダーソンが単独離脱を支持したことに驚愕の色が拡がった。誰もがこの老兵を品行方正な軍人と見做していたのである。それはルビエールですら同じだった。仮に賛成するにしても消極的なものと考えていた。

「いやいや、結構じゃないですか。死んで花実が咲くものかってね。生き残ってやりましょうよ」

 アンダーソンの副官であるハンス・エリクセンも大いに同調し、単独離脱を推す。どうやらこの2人で一気に押し切ろうと考えているようだった。

「オオサコ少佐のご意見は?」

 ヘリクセンに馴れ馴れしく振られたオオサコはしかし表情を変えず、じっくり考えてから口を開いた。

「それしかないだろう」

 この時、ルビエールは違和感を覚えた。オオサコはその程度の結論を出すのに時間を必要としたのか?

 いずれにしてもルビエールは議論を労さずして意見を通すことができそうだった。生き残り部隊に反対の者がいたとしても最有力者である3人を前にしては沈黙するしかないだろう。予め想定していた議論をルビエールはスルーした。

「では、我々はこれより独自に行動。帰還を目指すことにします」

 不安、恐れ、覚悟、好奇心。それぞれ抱えるものは違えど、一旦はルビエールの元に意見は集約された。

「で、どこへ目指すか、という話になると思うんだけど。当てはあるのかな?」

 ヘリクセンが続きを促した。その砕けた口調に戸惑いが広がった。当の本人はおどけた調子で周囲を見渡した。

「これからみんなで生き残ろうってんです。この際、階級なんてなしにしましょうよ」

 ルビエールがアンダーソンに視線を投げると彼は静かに笑うのみ。なんとまぁ。彼らは指揮権だけでなく、階級すら放棄するつもりらしい。

 しかしこれはさすがにやりすぎではないか。シュガート隊の2人はブラッドレー隊をかなり警戒しているようだがこれでは却ってオオサコの不信感を煽るかもしれない。

 当のオオサコは相変わらず黙している。どうもオオサコには他隊に干渉する気がないようにも見える。あくまで危機を脱するまでの協力体制がブラッドレー隊の想定であるなら深入りしようとしないことも頷ける。そうであるならいいのだが。

 とりあえずヘリクセンの言葉を無視することをルビエールは選択した。否定どころか窘めることもしないのだから消極的な容認とも見做せる曖昧な判断にリーゼをはじめ数人は顔を顰めたがルビエールは次の言葉を発するための決断に意識を向けていてそれには気づかなかった。

「知っての通り、ドースタンは境界線付近でもっとも食い込んだ位置にある。つまり周辺宙域のほとんどは連合領域外となるわけだ」

 表示された戦域図に全員の意識が向いた。当然ながらもっとも近いのはフランクリンベルトになる。それ以外、となると急激に線が細くなる。食い込んだ位置にあるとは、逆に言えば連合領域の中でも突出しているということでもある。どの拠点に逃げ込むにしても長い距離を逃げ隠れすることになるだろう。さらにフランクリンベルトを包囲するだろう共和軍はこれをさらに孤立させるために近場の拠点に対して圧力をかけることも考えられる。安易に近い拠点を目指すのはより危険と考えられる。しかし一切の無補給で行動できる限界線も考慮しなければならない。特に食料は戦闘を行うことがなくとも減り続ける。

「我々の行動限界で到達できる拠点はいずれも共和軍が警戒するであろう拠点の枠に入ると考えられます。つまり危険度で言えばどれも大して変わりがない。加えて一度でも戦闘に入ればそれを凌いだとしてもその後の行動に多きな支障が出ることは疑いがない」

 ルビエールは一度話を区切ってここまでの話に異論がないことを確認して自らの主張を口にした。

「なので、私としては戦闘そのものを絶対的に回避したい」

 しばらくの沈黙が流れた。ルビエールの言っていることは当たり前の話であって驚くに値しない。問題はそのためにどうするか、である。敵の警戒の範疇を移動するには行動限界が邪魔をするはずだった。

「つまり、そのためにどうするのかな?」

 ヘリクセンの言葉に頷くとルビエールは宙域図を一気に拡げた。

「いまの部隊の行動限界では敵の警戒網を迂回することはできない。ならば、行動限界を引き延ばせばいい」

 ルビエールは宙域図に線をひき、連合領域からも共和連邦宙域からも外れる宙域にその線を導いた。

 誰もが驚きに目を見開くなか、ルビエールは宣言した。

「我々が目指すべきは、WOZだ」

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