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6/4「サバイバー」

6/4「サバイバー」

 イージス隊のHV部隊デルフィナスとオライオンは敵機の索敵網を搔い潜りながら救援を待つホーリングスに向かう。連合軍側から見た後方ではいまだに第七艦隊の虚しい抵抗が続いていたがその逆である前線は大方の部隊が通り過ぎて後方警戒を担う二線級部隊の網は厳重ではなく、それほど苦労せずに両隊は示された座標に到達した。

「こいつはまぁ…」

 エドガーは感嘆の息を漏らした。ホーリングス隊の艦は大部分を喪失しており、爆散していないのが不思議な有様で見かけには残骸にしか見えない。実際、残骸なのだろう。しかしその残骸に身を隠したVFH11が周辺を警戒しているのも確認できた。

「ほんじゃ、頼むぜ」

「はいはい。こちらイージス隊のマサト・リューベック中尉です。ホーリングス隊の皆さんお元気ですか?」

 臨時に交渉事を任せられたマサトが通信を試みる。各パイロットとも、こういった状況は経験がない。マサトがパイロットとして動いていたことはルビエールにとって不運である一方でエドガーたちには幸運だった。

 返答はすぐに返ってきた

「こちらライナス軍曹です。あれから死傷者は出ていません。こちらの戦力はHV5機」

「それはよかった。シュガート隊の艦がこちらに向かっていますのでそちらに乗り移る準備を始めてください」

 通信の向こうで安堵の吐息が聞こえた。次の言葉は真に迫ったものだった。

「よかった。内部で降伏するかどうかで揉め始めるところだったんです」

 マサトは表情を無にした。思うところはあるがいまは役割を優先しなければならない。

「よく頑張りました、と言いたいところですけど。まだまだ危機の途中です。このままホーリングスの代表を務められますか?」

 返事はなかなか返ってこなかった。無理もないのでマサトは辛抱強く待った。

 彼女にしてみれば責任のほとんどを引き渡して自身のことに集中したかったところだろう。士官教育を受けているならまだしもパイロットとしても下位の人間の手に余る。しかし現状、マサトが信任を置けるとしたら彼女しかありえなかった。

 しばらくして覚悟決めた声が返ってきた。

「わかりました。やれるだけやってみます。ただ先ほど言いましたけど、問題が起こってまして」

「降伏の話ですね」

 艦内で意見が分かれているのだろう。想像はつく。マサトとしてはそれも一つの方法だとは思う。とはいえ、立場的にそれをお勧めするわけにもいかない。

「生き残ってる事務官たちの一部が降伏を主張してるんですけど」

「多数派ですか?」

「いえ、少数派です。整備班長たちが彼らを閉じ込めてる状態なんですけど、通信機材を強奪する動きを見せて。このままでは」

 仲間内の争いに発展する。そこまで口にするのをライナスは避けた。

「厄介ですね。それじゃ僕が行ってきますか」

「おいおい、説得する気か?」

 エドガーが初めて口を挟んだ。時間を喰い過ぎる。何をやるにしても時間というリソースは消費される。時間だけは取り戻すことができない。そして時間の欠乏は他の何より致命傷につながりやすい。こういった場面では特に。エドガーの懸念をマサトは理解していたがそれに対する答えは毅然としていた。

「その判断も含めて艦内の人間とは話す必要があります。ライナス軍曹、その整備班長と繋げますか?」

 ほどなく、整備班長を名乗る人物が通信に出た。

「おう、整備班長のアルトマンだ」

「どーも。イージス隊から派遣されたリューベックです」

 階級を省いた相手に倣った挨拶に相手はすぐに気づいたようだったが訂正はなかった。

「ああ、悪いな。そういうこと気にする相手とは仕事はしないもんだから。で、助けてくれるんかい?」

 マサトは苦笑したがアルトマンの態度にはむしろ好感を抱いた。

「いま救難艦が向かっていますので乗り移る準備をお願いします。何名で行きます?」

「生存確認してるのは200ほどだが正確なところはわからん。何人か引きこもってるんだが、そいつらはどうする?」

「その件は僕で預かります。そちらは自分のことに集中してください。今から1機そちらに向かうのでよろしく」

「そうか、解った」

 アルトマンは”預かる”の意味を察したようで深くは追及しなかった。

「じゃ、僕はホーリングスに向かいます」

「護衛は?」

「必要ありません。デルフィナスと一緒に周辺の警戒を」

 ロックウッドの問いにマサトは平然と答えた。ロックウッドにしてみれば自分たちに課せられた役割から放置しておくわけにもいかないのでこの答えに満足できなかった。この時、エドガーは別のことを考えていた。

「これ、俺らがウロウロしてると却ってマズいんじゃないか?」

 ホーリングスは現状で隠蔽され、気づかれたとしても無視されている。むしろエドガーたちの来訪は周囲を刺激する愚を犯しているように思える。マサトもエドガーの言わんとすることに納得した。

「ですね。むしろシュガートを守った方がいいかもしれない」

 HV戦力の残されていないシュガートも襲われればひとたまりもない。彼らは敵の注意を避けながら慎重に移動しているだろうがホーリングスの現状を確認した今となっては優先度はより高くなったと言える。この救出作戦はシュガートがなければ行き詰まるのだ。

「よし、んじゃ俺らはシュガートに合流しよう」

 エドガーの決断にデルフィナスは即座に移動を開始。ロックウッドも多少のしこりを抱えてはいたが戦術的にも妥当と判断してこれに続いた。

 単機で宙域に残ったマサトの9番機に近づく味方機があった。

「ライナスです。案内します」

「よろしく」

 ホーリングス隊のVFH11にエスコートされて9番機はホーリングスに近づく。間近でホーリングスを見て改めて気づくことがあった。艦の喪失部分が不自然なのである。

「自分たちで爆破を?」

「はい。一度敵部隊に襲われて進退窮まったんです。それで班長が自分で艦の後尾を爆破して死んだふりを。そこからは静かになりました」

 なるほど。マサトは自然と口角を上げた。ホーリングスは危機的な状況において創意工夫を凝らし、やれることを必死に模索している。こういう人間たちには生き残ってほしいものだ。

 航行機能を失って不自然なスピンを続けているホーリングスに巧みに取りつくとマサトはコクピットから出た。すぐに恰幅のいい中年の親父が出迎えにでた。

「おいおいマジか」

 ホーリングス隊の整備班長アルトマンは新型機から現れた軍人とは思えぬ使者の姿に驚きはしたもののすぐに表情を引き締めた。現在の生き残りとシュガートへの移動準備の進捗を報告する。

「救難艇で使えるやつは1隻しか残ってない。ピストン輸送するには時間がかかりすぎるだろ。いま即席で物資コンテナを用意させてるから、そいつに詰め込んでHVに運ばせようと思ってる。もちろん緩衝も考慮してある。ある程度は、な」

 その準備は呆れるほど大雑把ながら要点を捉えていてマサトは感嘆した。準備に関してはこのままアルトマンに任せれば問題ないと判断できる。

「シュガートが到着し次第、移送を。ライナス軍曹に陣頭指揮を任せますが、問題はありますか?」

 本来なら常識外れな提案だったがアルトマンはほとんど迷わなかった。

「ない。あの嬢ちゃんは肝が座ってる」

 アルトマンの太鼓判にマサトは大いに満足した。残る問題は一つだけだった。

「それで、問題の引きこもりですが」

 アルトマンはバツの悪そうな顔をした。

「30名ほど聞き分けの悪い連中がいてな。隔離したのはいいんだが、ちょっと場所が悪い」

「どこです?」

「食堂、つまり厨房とそこに隣接する保存庫も含む」

「あぁ…それはマズい」

 マサトは天を仰いだ。好き好んでそこを選んだわけではないにしても厄介な場所だった。要するに食料を抑えられているのだ。

 どれだけ長期間の漂流をするかわからない状況で食料はどれだけあっても足りると言うことにはならない。可能な限り運び出したい。

「まぁ悪いことにはならないように努力しますけど。手短にする方を重視するので期待はしないでください」

「そこまで厚かましくねーよ。見捨ててもらっても結構だ」

 マサトは再び苦笑した。元々テクノとラインは不仲になりやすい。危機的状況にあってその亀裂が一気に拡がったと想像するのは容易だった。

 案内を伴って重力制御の失われた艦内を行くとそこにはありあわせの材料で急増されたバリケードで塞がれた通路が見えた。

 さて、どうなることか。マサトはそのバリケードの前で考えた。

 感情にせよ理屈にせよ相手を追い詰める方を選べば不幸な結果になる。一方で時間をかけている暇もない。

 ま、アルトマンのお許しを得ているわけでもあるし、降伏したい連中の信念をへし曲げるほど自分たちの選択に保証があるわけでもない。というか、マサトの興味は彼らの抱える食料の方が比重は大きい。

「あー、こちらイージス隊のリューベック中尉です。ホーリングス隊の救援に来ました。これから周辺諸隊と協力して離脱を計ります」

 無反応。

「ここに残ると言うなら無理にとは言いませんけど。できれば食料だけ渡してくれませんかね」

 無反応。

 マサトは馬鹿々々しくなった。自分が指揮官ならぶち破って制圧するくらいは考える。残念ながらその権限を持たないので自分に取りうる選択肢の中から選ぶしかない。食料は確かに惜しいが、ここで時間を使うくらいならアルトマンなり、ライナスなりを手伝う方が建設的かも知れない。

 そんなことを考え始めたところでバリケードの向こうでいくらかのリアクションが見られた。

「救援隊の数は?」

 バリケードの向こうからの問いは至って妥当な質問だった。しかし一番聞いてはいけない質問でもあった。残念ながらそれを聞かれるとマサトは素直に答えるしかない。その答えは彼らを満足させないだろう。

「2個小隊です」

 この時点でマサトはブラッドレー隊のことを知らないので2個小隊という回答は嘘にならない範囲で精一杯の虚飾だった。

 バリケードの向こうで細々と声を交わす様子があったがどう考えても肯定的な話合いには思えない。

「行きたければ勝手にしろ」

 はいはいそうですか。マサトは心の中で悪態をついた。彼らの中ではその選択肢は愚かなものと映っているのだろう。それは結構。ならばこちらも勝手にさせていただく。マサトは自身の思考回路にある容赦と情けの項目をオフにした。

「ではそうさせてもらいます。こちらの通信機器は機密機材ですので破壊させていただくので悪しからず」

 バリケードの向こうが泡立った。それでは彼らの降伏する手段が制限され生存見込みも著しく下がることになる。

 真っ当な対応なら降伏信号を送った後に通信機を破壊すれば済む話なのだからマサトの言う処置はただの嫌がらせであって脅しなのも明白だった。マサトを案内してきた整備員も驚いた表情を浮かべてマサトの正気を疑っているようだった。

「そんなことが許されると思ってるのか」

 相手の抗議にマサトは鼻を鳴らして酷薄に言い切った。

「別に許されようとは思ってませんよ。確かに僕にそんな権限はありません。でもそれと同時にあなたたちの生存に対しての責任もないんです。こっちもこっちで生き残るためにやれることをやってるだけです」

 一拍の間を置いてマサトは断固として要求した。

「食料を、よこしなさい」

 再びバリケードの向こうでささやきが交わった。彼らにとって無視できる状況ではないはずだ。もちろんマサトにそこまでするつもりはない。相手の選択肢に信頼を置けないのはお互い様だ。ここは互いに妥協を必要とする場面だ。頭を冷やしてもらうついでに肝も冷やしてもらう。

「わかった。通信機と食料を交換だ」

 悪戯の成功したような表情を浮かべてマサトは整備員に笑いかけた。

「いいでしょう。こちらの撤収が済んだらお好きなように。それと、心変わりした人がいるなら食料と一緒に引き渡してください。幸運を祈ります」

 しばらくして数名が食料と共に脱出組に加わった。

 アルトマンは満足そうな表情をして戻ってきたマサトを出迎えたが周りに聞こえないことを確認して低い声で言った。

「実際のところ、どっちが正解だと思う?」

「両方であることを願いましょう」

「なるほど、それもそうだな」

 アルトマンはマサトの答えに納得して神妙に頷いた。考えてもしょうがないことはある。片方の答えは自分たちの身でもって証明されるだろうが、もう片方の答えを自分たちは知ることはないだろう。250年に渡る戦乱のなかで捕虜となった人間は数知れないがその行方がどうなったかを知る者はほとんどいない。

 その後、アルトマンを筆頭に移送の準備は進み、ほぼ準備の整ったホーリングスに朗報がもたらされた。

「ライナスです。シュガートを確認しました」

 ホーリングスの生き残りたちの顔に色が戻った。窮地を脱したわけではないことは解っていても死んだ艦から生きた艦に場を移すことで生き残りの一歩を踏み出したことは間違いなかった。

「では、後は任せます」

「おう、世話になったな」

 移送にかかるアルトマンに別れを告げてマサトは自機に乗り込みホーリングスを離れた。入れ違いにホーリングス隊の機体が人員をすし詰めにしたコンテナを受け取りに入っていく。うちの一機がコクピットを開け放ち、小柄な女性パイロットが9番機に向けて敬礼をした。

 実際に目の当たりにすることはなかったがそのパイロットがライナス軍曹だと確信してマサトもコクピット越しに敬礼を返した。

「悪い知らせがある」

 不意に送られてきたエドガーからの通信にマサトはウンザリした表情を浮かべた。

「なんです?」

「つけられてる」

 マサトはすぐに各種情報を確認しようとしたが間を置かずにシュガート隊のヘリクセンが割って入った。

「こっちから説明させてもらうよ。あんたらの護衛を得てこっちまでは安全に来れたんだが、その間に相手の監視に目をつけられたみたいでね。さっきから哨戒機らしき機体がチラホラ見えてるんだ。多分、移送の間に捕捉されて襲われる」

 上手くはいかないもんだ。嘆きかけたマサトだったがこの考えをすぐ打ち消した。むしろここまで都合よく行き過ぎていたのだ。

「どうする、やるか?」

 そういうエドガーの言葉にはやる気しか感じられない。この戦いではイージス隊はまともな戦いをやっていないのでひと暴れしたいというのもあるだろう。

 まぁ。他に選択肢があるわけでもない。

「ホーリングス隊の機体には移送を続けてもらう必要があります。僕らで迎え撃つしかないでしょう」

「それと、もう一機追加だ」

 ヘリクセンの補足にマサトは首を傾げた。

「うちの虎の子だ。1機だけで運用してもしょうがない。そっちで使ってやってくれ。がんばれよハヤミ」

「マジっすか」

 虎の子と言われたシュガート小隊HV唯一の生き残りであるシロウ・ハヤミ伍長は如何にも迷惑そうに声を上げた。実際にはシュガートに属していた16機のHVで運よく生き残っただけのパイロットである。実戦経験はお世辞にも多いとは言えない。

「おい、そんなの預かってられねぇぞ」

 エドガーが迷惑そうに声を上げる。当然だろう。ロックウッドの沈黙も拒絶と取るべきだった。一方シュガートにしてみてもハヤミ伍長の扱いに困っているのは事実だった。経験の乏しいパイロット単機では使いこなしようもない。ハヤミ機は数少ないHVの一機なので貴重な戦力なのは間違いないにも関わらず持て余されていた。

 しばし考えてマサトはハヤミ伍長の使い道というよりも処理の仕方を思いついた。

「わかりました。僕の方で預かりましょう。デルフィナスとオライオンは敵機の迎撃を。こっちに近づけないよう多少離れてもいいでしょう。僕は直衛でここに残りますけど、文句はないですね」

「結構結構。んじゃいくか」

 余計なお荷物を避けて8機の狩猟犬は解き放たれていった。この狩猟犬は現状には不釣り合いなほど精強で少数で構成される哨戒部隊では到底太刀打ちできないだろう。問題はこの哨戒機によって呼び寄せられる部隊だ。イージス本艦の合流を考えればこの急造部隊の注目度はこれから加速度的に高まっていく。

 あまり時間はかけられない。

「ハヤミ伍長。ホーリングスから人員を入れたコンテナを運んでいます。僕らはそっちの護衛をします」

 通信の向こうで絶句しているのが解る。

「そんな無茶な」

「呑気に隣接してる時間はないのでしょうがないです」

 既にマサトはホーリングスに取って返していた。しばらくしてシュガートから1機のVFH11が追い付いてきた。ちょうど同じタイミングでホーリングスからの一陣も来ていた。

 その一団は5機全機で複数を数珠つなぎに結び付けたコンテナをけん引しながらやってきていた。まかり間違ってコンテナ同士が接触すれば中はただでは済まない。この5機は不意の機動を行うことのできないムービングターゲットに等しい脆弱な存在だった。9番機に気付いたマージュリーが通信を開く。

「あ、これで全部です」

「了解、慎重に」

 一団を見たハヤミはコガモの行列でも見るような気持になった。これを戦場で護衛するなど質の悪い冗談にしか思えない。自前の回避運動を取れない以上は守る手段はごく限られる。守る側にとっては最悪の想像をするのも無理はなかった。

「盾にでもなれってのか?」

 誰に言ったわけでもない嘆きにマサトが反応した。

「不正解。確かに守るのがあなたの任務ですが、あなたはその任務を果たすために何があっても生き残らなければならない」

 予想外の言葉にハヤミは言葉を詰まらせる。マサトは声を冷たくして続けた。

「いいですか。僕はイージス隊のために動いています。ホーリングスもシュガートもそのために利用します。あなたはシュガートのために動かなければならない。そのためにイージスもホーリングスも利用し、必要なら見捨てなさい。それがあなたの役割です。それをできるのはあなただけなんです」

 ハヤミは黙っていたがマサトの言葉を理解していないわけではなかった。ただ一パイロットが背負うにはあまりに重い責務だった。

 シロウ・ハヤミ伍長はシュガート隊のHV全16機の中では経験で言うと下から数えた方が早い。まだ駆け出しと言っていいレベルのパイロットでしかなかった。生き残ったのもただ運がよかっただけだと解釈している。

「俺みたいなぺーぺー一人で何させようってんです。言われたことだけやるので精一杯ですよ」

「それならそれで結構です。僕は先ほど言った通り、イージス隊のために行動します。ただ個人的な考えを言うならヘリクセン少尉が態々僕たちにあなたを押し付けた意味も考えた方がいいと思いますね」

「なんであんたがそんなことを言うんですかね」

「それは単純ですよ。味方は多くて、有能でないと困ります。つまるところハヤミさん。あなたには早急に有能になっていただきたいわけです。それこそがヘリクセン少尉の本当の狙い、というより願いだと思いますよ」

「はぁ?」

 この時、不意に通信が両機に届いた。

「正解」

 声の主はまさにヘリクセンだった。

「いいかハヤミ。いまうちの武力は実質的にお前だけなんだ。戦力として上等かどうか、経験があるかどうかはこの際関係ない。重要なのは武力の行使を決断できるだけの資質をシュガートが有しているかどうか、そこなんだ。ちょっと事態がややこしくなってきててお前さんには早急に暴力の施行者として体裁を整えてもらわにゃならん。そのうえでホーリングスの戦力を吸収して小隊戦力をでっちあげたい」

「ちょ、まさか隊長やれってことです!?」

 信じられないといった嘆きをハヤミは漏らした。これは質問でも確認でもなく、拒否に近いものだったがヘリクセンの返事はハヤミの希望を全く無視した。

「そういうことだ。ホーリングスに信用のできるエースでもいれば話は別だが、向こうの最上位もお前と似たり寄ったりだ。お前しかいない」

 ハヤミは尚も抗議しようとしたが今度は落ち着きのある声に機先を制された。

「ハヤミ伍長。アンダーソンだ。リューベック中尉にも聞いて貰いたい」

「はいはい、聞いてますよー」

「いま我々シュガート隊とホーリングス隊はイージス隊によって救助される立場にある。しかし状況は微妙に変化しているのだ」

 アンダーソンはブラッドレー隊とイージス隊のやり取りを2人に説明した。シュガートとホーリングスはこの両隊と共に戦場からの脱出を図ることになる。ルビエールにとってブラッドレー隊の参加は必ずしもありがたいものではないだろうことをアンダーソンは察していた。

 アンダーソンにとっても有難い話ではなかった。アンダーソンは個人的な知己によってイージス隊に信頼を置けるがブラッドレー隊のオオサコ少佐にはそんな根拠はない。オオサコにとっても同じだろう。

 厄介なのはアンダーソンとオオサコは同一の指揮系統の下にあるという点だった。立場的に言えばシュガートとブラッドレーこそ連携すべき間柄なのだ。さらにシュガートとホーリングスは戦力として不完全な状況にある。道理としてブラッドレー隊がこの急造部隊の主導権を取るべきと考えられる。オオサコはそう考えるだろう。

「そのオオサコって人はどんな人なんです?」

 マサトの問いにアンダーソンは首を振った。

「残念ですがあまりよく知りません。第七艦隊は比較的新しい艦隊な上に規模も大です。小隊レベルの人員までは把握できておりません」

「なるほど。で、アンダーソン少佐的にはどうお考えなんです?」

 意地の悪い問いにアンダーソンは緩く笑った。つまりどっちの味方になるつもりかと聞かれている。マサトを交えているのだから答えは一つだったが言質を取ろうというのだ。

 アンダーソン個人としても悩むところはある。ロバート・コールとは知己があると言ってもあのルビエール・エノーとかいうお嬢さんの資質は未知数である。軍人として確かなキャリアを積んでいるだろうオオサコの器量に賭ける方がよほど真っ当だろう。

 アンダーソン自身はそう考える。ではシュガート隊としては?と問われるとアンダーソンは苦笑するしかない。

「我々シュガート隊はイージス隊に賭けさせていただきます」

 アンダーソンはそう言い切った。既に決めたことだった。

「それは統一された考えなわけですね」

「その通りです。ヘリクセン少尉、君の考えを述べたまえ」

 水を向けられたハンス・ヘリクセン少尉はシュガート隊の首席事務官であると同時に実質的な参謀役として機能している。彼は堂々と言い切る。

「はいはい。まず第一に俺たちシュガート隊は死んで花実が咲くものかを隊訓にしててね。勝敗なんざ上の連中でやってろってのがスタンスなのさ」

「隊訓…ねぇ」

 どうやらシュガート隊は軍の規律とは別に隊独自の規律で成り立っているようだ。マサトは苦笑しながらも先ほどホーリングスのアルトマンに抱いた好感と同種のものをシュガートにも持ち始めていた。

「それでだ。現状でもっとも俺たちが生き残る公算の高い方法は何かって話になる。まず自衛手段としてホーリングスのHV戦力を取り込む。これは必須だ。次に離脱のためのパートナーだが、こいつはぶっちゃけイージス隊でもブラッドレー隊でもどっちでもいい。ただ俺たちが道を作る方にはなりたくない。そんな練度の高い役割ができるような状況じゃないし貧乏くじを引いてやる筋合いはない」

「図々しくないっすか」

 しゃあしゃあと言ってのけるヘリクセンにハヤミが呆れた様子で口を挟むが何ら動じる様子もなく答えた。

「その通り。図太い考えだ。だがそれを恥じる必要があるとは思わないね。俺たちはブラッドレーもイージスも利用して生き残る。ホーリングスを引き受けた責任もあるからな」

「それを僕に言いますかね」

「あんただから言っている」

 マサトの言葉にもヘリクセンは動じない。当然、マサトがイージス隊の名代であることを承知の上で口にしている。この問答はどういう展開をするのか、マサトはこの話の行き着く先を承知していたがヘリクセンがどういう風にそれを口にするのかという興味で付き合っていた。

「さて、そこでおれたちシュガートがブラッドレーじゃなく、イージスを選ぶ理由だ。ブラッドレーは同じ第七艦隊で俺たちに対して主導権を握る筋合いがある。もちろん、イージスもそうするだろうが、ブラッドレーと違ってイージスには俺たちに命令する権限はない。その主導権はあくまで俺たちの信任によるものでしかない。俺たちはイージスに対しては協力という体裁を持てるってわけだ」

「つまり有体に言えば、協力はするけど従う筋合いはないので都合がいいってことですね」

「その通り。借りたいのは力だけ。上下関係はノーサンキューってわけだ」

 ヘリクセンは悪びれもせずに言い切った。先ほどからマサトの顔は苦笑で固定されっ放しだ。アンダーソンとハヤミはどんな顔をしているだろう。

「もちろん、それで見捨てられたらお話にならない。だから俺たちはできる限り気に入られるように動く。見捨てるのが後ろめたくなる程度にはな」

 なんと太々しく、厚かましいことか。しかし既にマサトはシュガートのことを気に入っていた。ルビエールも気に入るかどうかは解らない。しかし、勝てはしないだろう。

「話はわかりました。しかしブラッドレーが主導権を取ってしまったらどうするんです?」

 だいたい想像は付くがマサトは聞いた。ヘリクセンのトーンは一段低くなった。

「取らせない。悪いがブラッドレーには焦げを喰ってもらう。あんたらにとってもその方が都合いいはずだ」

 マサトの表情は冷笑へと変わった。確かに、ブラッドレーに主導権を取られるのはイージス隊にとって不利だ。シュガートがイージスに加担すればそれを回避できるだろう。そしてそれはシュガートからイージスへの最大限の貢献と借りになる。要するにシュガートはイージス隊、マサトを共犯者にして間接的に主導権を得ようとしているのだ。

「やれやれ、とんだ愚連隊ですねぇ」

 言いながらマサトの口調には嫌悪の感情は全く感じられず、ヘリクセンのやり口を肯定していた。

「で、それがなんで俺が隊長やれって話につながるんですかね」

 ハヤミは不平たらたらにボヤいた。

「ああ、すまんすまん。いいか、俺たちがイージス隊に加担して主導権を取らせるならそれなりの体裁をもった状態でないと格好がつかないんだ。だから演技でもはったりでもいいからお前さんにはベテランになってもらう必要がある」

 ハヤミにもようやく話の流れが見えたようだった。戦力的に体裁が取れていないシュガートではイージスに肩入れしても効力が薄い、キャスティングボートを握るにはそれなりの説得力を必要とするということだ。

「まぁ、命令ならやってみますけど。後でどうなっても知りませんよ」

「やってみますじゃない。やるんだ」

「へいへい、わかりました~」

 バッサリと切り捨てられてハヤミは大げさに舌打ちをしてみせた。ペテンの片棒を担がせるのだ。これくらいの不敬はさせてもらう。ところがこの対応は却って相手を喜ばせたようだった。

「いいぞ、その調子だ。ここでいいお知らせだ。ハヤミ伍長は小隊司令権限で戦時昇進。ハヤミ曹長となる。2階級特進だぞ。おめでとう」

「縁起でもねぇ!」

 ハヤミの絶叫が通信を駆け巡った。

 面白い集団だ。マサトはこの2つの部隊を助けようと思うのに理屈を必要としなくなっていた。

「さて、話はついたところで悪い知らせだ。デルフィナスは敵をきっちり惹き付けてる。だが、徐々に集ってくる敵が増えてきた。そっちもそのうち捕捉されるぞ」

 マサトは9番機の戦闘システムを切り替え、直近の4機編成の敵部隊を補足した。進行方向から見てこちらを狙っているわけではない。デルフィナスとオライオンの誘引は機能している。しかし各方向からこれに向かおうとする者の中に道中でホーリングスたちを補足する者も出てくるだろう。そうなる前に今度は自分たちでもう一つの誘蛾灯をやらねばならない。

「了解。こっちから仕掛けて陽動をかけます。ホーリングスの誘導を頼みます。それじゃ曹長。行きますよ」

「畜生。なんでこんなことに」

 マサト機がコガモの列から大きく離れる。ハヤミも手持ちの分隊機銃のセーフティを切るとそれに続いた。

「いいもの持ってますね」

「こいつがうちの売りってやつでね」

 ハヤミは自機の分隊機銃をこれ見よがしに振って見せた。

 分隊機銃はHVの個人携行兵装としては最大クラスの武器となる。ガンナーの持つ小隊機銃を縮小して設計されたもので弾丸の威力を抑えるかわりに小隊機銃の持つ欠点を個人レベルでも扱える範囲に納めている。連合軍の規約でパイロットの裁量で装備を認められる中では最大火力の装備と言える。ただしその評価は必ずしも芳しくはない。分隊機銃は役割的にも性能的にも小隊機銃と通常火器の中間にあって中途半端と評価される。ほとんどの小隊では小隊機銃の配備を優先され、決してコスト的に安いモノではない分隊機銃は配備を見送られる傾向にある。本来なら伍長クラスのパイロットには不釣り合いな装備と言える。

 そんなものが何で売りに?マサトは小首を傾げながらもあるものは活用させてもらおう。十分な距離を取るとマサトは先ほど捉えた敵編隊にタグをつけた。

「んじゃ、それで敵を釣ってください」

 マサトの指示をハヤミは即座に了承しなかった。

「囮役は勘弁してほしいんだけど。ガンナーサイトもねーし」

 ハヤミ機は分隊機銃を装備しているがガンナーの装備はしていない。実はハヤミ機が分隊機銃を持っているのはシュガート隊独自の常道外れな戦術思想の影響でハヤミ自身はガンナーでも何でもなかった。通常のガンナー役をやれと言われても無理なのである。

 しかし当のマサトは一考に気にする風もなかった。

「構いませんよ。敵にこっちがいるってことだけ解らせてくればいいんです。あとは僕がやります」

「こっち流れてきたら逃げるぞ」

「もちろん」

 生き残れと言われた手前、ハヤミは悪びれもせずに宣言し、相手も軽く受けとめた。

 マサトの機体が加速する。それと同時にハヤミの分隊機銃が火を噴いた。当てるには遠すぎる。しかしその火線は敵機の注意を惹くのには十分な効果を発揮した。

 敵部隊の意識は必然、ハヤミに向く。ハヤミは逃げようとするのを躊躇わなかったものの実際には踏みとどまることになった。

 敵機編隊がハヤミに対して脅威を向けるその前に敵機の意識は突撃したマサトの機体に奪われた。ハヤミ自身も僚機の大胆過ぎる行動に意識を奪われる。マサトの駆る9番機は文字通り真っすぐに敵真正面に突っ込んでいく。

 そんなバカげたやり方はない。ハヤミだけでなく敵機も思考が硬直したらしくワンテンポ遅れて射撃で応じる。それを嘲笑うように9番機は姿勢を捻り火線を掻い潜る。

 なんだあの機動。後方から観測するハヤミからは9番機が推力を機体の姿勢でコントロールしているのが見て取れた。推力偏向を用いないその機動で9番機は小刻み揺れている。その揺れだけで射撃ラインを外し、速度をほとんど落とすことなく距離を詰めていく。後方から見ていられるハヤミと違って敵機は9番機の不可解な機動を理解できず、足を止めて撃ち落とそうとする。しかしその一発たりとも9番機を捉えることはなく、両者の距離は急激に縮まっていく。あり得ないほどに。

 HV戦闘における戦闘距離は大まかに4つに分類される。ロングレンジ、ミドルレンジ、インレンジ。そしてクロスレンジの4種である。マサト機の選択した戦闘距離、クロスレンジはもっとも近い距離での戦闘。それこそHV同士で殴り合いができるほどの超近距離戦闘だった。

 突っ込んでくる。一番前の1機は直感的にそう考えてそれを回避しようとして右に機体を飛ばした。しかし正面にいた機体は全くと言っていいほど動かなかった。相手もほとんど同じタイミングで同じ方向に動いたのである。動きを制されたパイロットの驚愕する視線にはほとんど眼前というレベルで肉薄した9番機の姿がある。直後に至近距離でビームアサルトライフルの連射を喰らった機体は胴体部に風穴を開けて沈黙した。

 残りの3機はこの様子を間近で見ていた。急に懐に飛び込んできた見たこともないHVの動きは決して経験豊富ではないパイロットに恐慌をきたさせるには十分なインパクトとなって彼らの思考を硬直させた。

 3機が反射的にライフルを構えた時にはマサトの機体は転じていた。ここにXVF15の機動性とクロスレンジという戦闘距離が猛威を振るう。離れた対象が移動したところでそれは視界内で少し動く程度のことでしかない。しかし近ければ近いほど視界内での移動と実際の移動距離は乖離する。一般的なドッグファイトの距離とされるインレンジですら互いの距離と視界の奪い合いなのだ。クロスレンジにおいてはちょっとした移動で相手の視界から飛び出すことができ、背後を取ることも可能となる。ただし、それは彼我の位置関係を正確に把握し、かつその位置を取るための運動性を確保した上での話である。多くの場合でそれは机上の空論であった。これまでは。

 次の1機はマサト機を探し求め棒立ちになったところを背後から射撃を喰らい撃墜された。その様子を背後から捉えていた1機が照準に捉えようとしたが次の瞬間には9番機は既にその位置にはあらず、再び視界から姿を消す。

 マサト機の位置を捉えることができず右往左往する敵機は瞬く間に撃墜された。ほんの30秒程度の時間である。

 ハヤミはマサト機の戦いに度肝を抜かれていた。1:4の数の不利を覆すという点では有効なやり方かも知れないがわざわざ敵中に包囲されに行っているのも同然である。そうでなくても激突の危険性の高さからリスクの方がはるかに勝る戦い方だった。

「背中に目でもついてんのかよ」

 この呟きはもちろん比喩だったが恐ろしいことに事実だった。ハヤミは知る由もないがマサト機のXVF15の9番機にはILSのプロトタイプにあたるシステムが搭載されている。そのシステムはXVF15のセンサー類で得られた情報をマサト自身の電脳に直接インプットする。その中にはXVF15の背部センサーも含まれている。事実、マサトの背中には目がついているのである。マサトは相手の位置を正確に掴む目を持ち、そして有利な位置を取る足があった。敵パイロットにはそれがない。どうしようもないほどに不公平な戦いだった。

「いい感じですね。いまの調子でやってきましょう」

「へいへい」

 とんでもない奴と付き合う羽目になった。軽く言ってのける相手に呆れながらハヤミは次の編隊を釣るべく移動を開始した。

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