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6/3「ブレイクダウン」

6/3「ブレイクダウン」

 後にドースタン大会戦と呼ばれることになる戦いは山場を越えた。ワシントンの撤退をサンティアゴは深追いせず残存する第七艦隊の包囲を優先。これによって戦いの趨勢は決し、後は個々の問題が残るのみだった。

 大統領警護という任にあたるはずだったローマ師団第八大隊は開戦前時点では第七艦隊の前衛にあたる位置にあった。大統領を出迎える予定であった第八大隊も例外なく、状況を理解することができていなかった。

 しかし大隊指揮官トロギール・カリートリーの決断は早かった。エレファンタ兵団が動き出した時点でカリートリーは部隊を前進させつつも前面の連邦軍を避ける機動を取った。”クジラから逃げるイワシ”とエイプリルが揶揄したこの選択は第七艦隊とワシントンが後退を始めると殿を務める羽目になると予見してのものだった。ワシントンと第七艦隊が戦略的な視点から後退を選択したのと対照的にあくまで戦術的な視点からの決断だった。結果的にこの選択は大当たりだった。

 直後に第七艦隊は旗艦を失って瓦解、エレファンタとドースタン守備部隊に袋叩きにされる。もし第八大隊も第七艦隊と共に後退を選択していれば諸共に磨り潰されていただろう。

 かといって情勢は第八大隊にとって楽な方に展開したわけでもなかった。死に体となった第七艦隊に襲い掛かろうとする突進してくる敵軍を避けるためにローマは散り散りになって逃げ惑う羽目になった。カリートリーにとってこのドースタンの戦いはバラバラになった艦隊を再編する戦いになってしまう。

 幸いにして大隊のダメージは軽微だった。戦線に取り残されながらも被害をほとんど受けなかったのはローマが雑魚であるからだった。エレファンタ、サンティアゴの意識は主力である第七艦隊とワシントンに向けられており、部隊を展開せずに逃げ惑う第八大隊は障害とも見做されずほぼ無視され、また小とも言い切れぬがゆえに後方の連邦軍からは消極的な攻撃しか受けずに済んでいた。

 とはいえ孤立し、取り残された危機的な状況であることには変わりがない。何とか艦隊を形にした頃にはワシントンほぼ戦域を離脱しており、第七艦隊はいま現在も猛烈な攻撃に晒され敗走を続けている状況だった。合流しようとするのは自殺行為に等しい。それどころかローマは第七艦隊という特大の餌が残っているうちに逃げるしかない。

「被弾した艦艇の処置は?」

エイプリルが状況をかいつまんで報告する。

「乗組員、必要な機材は全て回収済み。行動できます」

「再編状況は?」

「現在こちらを含めて3つのグループにまで集約が完了しています。ですが、これ以上の統合は危険と考えます」

 エイプリルの付け足しにカリートリーは頷く。動くならここだろう。 

「各自聞け、現在、我々が息をしていられるのは脅威と見なされる集団ではないからだ。艦隊結集しての離脱というわけにはいかん。これより本隊でもって血路を拓く。後は好きにせよ、生還を祈る」

 カリートリーのこの指令は大隊のみならず共和軍の突撃によって粉砕された第七艦隊残存部隊にも届く帯域で飛ばされた。戦域内には散り散りになりながらもいまだ生存している生き残りも多数あって生存につながる選択を必死に模索しているはずだった。ローマにその面倒を見てやる余裕はないがいくらかはローマの敵中突破に乗じて離脱する道を掴めるかもしれない。そのための通信だった。

 実際にはローマが強行離脱を試みたところで誘引される戦力はそれほど多くはないと考えられる。ここにきて危険を冒してまで旺盛な戦力を残した敗残兵を止めることに意味はないからだ。それでも網の目のいくらかに綻びは生じるはずである。

 この賭けに挑み、幸運を掴める者はどれだけいるだろうか。0だったとしてもそれほど驚くことではない。そもそも幸運を掴む以前に挑む者すら少ないとカリートリーは見ていた。

 上位将官の命令によってここまで来た者が唐突に運命のサイを渡されたところでそれに命を預けられる者などそうはいない。命令を受ける方はそれに従うだけで責任は全て出した者に帰属する。軍隊とはそのような組織だ。そうでなければ人を殺せ、犠牲となって死ね、などとは言い様がない。行動選択と責任を放棄することで彼らはここまで来たのだ。皮肉な話、それができる丹力を持つ者ほど真っ先に離脱を試み、粉砕される。

 降伏という選択肢もあるにはある。むしろもっとも生存の見込み高い選択肢かもしれない。しかし火星と地球の間に捕虜に関する協定が存在しない以上、その扱いをどうするかは火星人の良心に依存することになる。実際はどうであろうと結果の保証をできない以上、余所の指揮系統にある者たちにそれを示唆するのは筋違いもいいところだった。自発的に選択してもらう他ない。

 いずれにせよ、彼らの生存はカリートリーの器量の範疇外だった。


 ローマの撤退はカリートリーの懸念を嘲笑うようにスムーズに行われた。主力HVを機動力皆無のスキュラで構成していたローマは下手にHVを展開することもできず、苦肉の策として艦艇甲板に配置して対空機銃紛いの運用をしていたのだが、これが思いのほかに効果的でその派手な対空砲火で敵HVの戦意を削ぎ、寄せ付けずに済んだのである。

 とはいえ、ローマの撤退成功の最大要因はやはり彼らにとって不本意な部分にこそあった。

「ようするに何の役にも立たなかったら逃げれたってことでしょう」

 後にエイプリルはこの撤退をそう評した。この無礼千万な発言にカリートリーは苦笑するだけで反論しなかった。

 実際、ローマはこのドースタン大会戦で何の役割も果たすことはなかった。大統領警護の役割から最前線にはいたものの、大統領を失い、開戦直後に散り散りになってその再編に忙殺されてしまった。それゆえに戦力を失わず、誰にも相手にされずに済んだのだ。

「あの、すいません大佐。あたし気づいたんですけど」

 ローマがひとまずの安全圏に離脱してしばらくしてエイプリルは敢えてマズい失態を報告する部下となった。薄ら寒いものを感じたカリートリーは忌々しいものを見る目で次の言葉を待つ。

「イージス隊はどこです?」

 エイプリルの聞き方は公平性に欠けていた。員数外のイージス隊のことを放置して忘れていたのは誰も彼も同じで、またそのことに気付くべきは誰であるかも定められていなかった。エイプリルはいち早く、その輪から抜け出したのである。

 カリートリーは青ざめた顔でイージス隊の所在を各チームに確認した。ただイージス隊の性質を鑑みればいないことには気づかなくてもいることに気づかないということは考えられなかった。

 結果は予想通りの最悪だった。別れていたグループの1つにイージス隊はいた。離脱の前までは。しかし離脱の最中で敵部隊の進路とかち合った際にはぐれたというのだ。まさか反転して合流するわけにもいかず、グループはそのまま離脱した。好きにせよと言い放った手前、カリートリーは何も言えなかった。

「で、どうします?」

 他人事のようにエイプリルは聞いてくるがどうしようもない。シートから身体をずり落としながらカリートリーは天井を仰いだ。

「いまさら戻れるか」

 この当たり前の言葉にエイプリルは意地の悪い顔を浮かべた。

「他の部隊には守らせるのに、いざ自分たちとなれば見捨てますか」

「痛いところをつくな」

 カリートリーは忌々し気に舌打ちをしたもののそれだけだった。確かにイージス隊はこれまで守られる対象だった。現在でもその価値は変わってはいない。変わったのは状況だ。

「酷なようだがイージス隊の価値は絶対値で定義されているわけではない。自分たちで何とかしてもらうしかない」

 いくら何でも大隊を犠牲にしてまで救うわけにはいかない。後は切り抜けてくれることを祈る以外にカリートリーにできることはない。

「生き残れますかね?」

「願望に近いかもしれんが、この戦闘を切り抜けるだけならできるだろう。問題は、その後だな」

 カリートリーの答えにエイプリルは意外そうな顔を見せた。彼女の方では絶望的と考えているのだろう。そちらの方が正常な思考のようにカリートリーも思う。とはいえ正常な思考が常に正しい結果につながるわけではない。

 願望とは言ったものの比較的強い心証でカリートリーはイージス隊の離脱は叶うだろうと思っていた。イージス隊がどの方向に逃げ出したかにもよるが、第八大隊と同じように前進をしているはずだった。そうであれば共和軍主力のエレファンタはやり過ごせていると考えられる。ドースタン守備隊も第七艦隊の殲滅に夢中でそれ以外の戦力に関心が薄いことは第八大隊の容易な離脱にも表れている。

 問題は離脱した後だ。ある意味で軍人にとってもっとも難しく、凄惨な戦いがイージス隊には待っているかもしれない。


 カリートリーの予想は正確だった。イージス隊もやはり急転直下の状況において状況を把握するよりも先に行動を強制されていた。

 イージス隊の属していたグループはカリートリーらの本隊に追従しようとした。当然イージス隊もそれに続くがしかしそのルートが敵艦隊のルートを横切る位置になってしまったのである。敵がこちらを見逃さない場合は横腹をぶち抜かれかねない。そうならなくとも敵は転進してこちらを追撃してくる可能性がある。その場合、最後尾のイージス隊がもっとも危険に晒される。かといってここで遅れれば取り残される。

「本隊と分断されます!」

 航法管制官の悲鳴のような訴えにルビエールは苦虫を噛み潰した。言われなくても解っている。

 もはや大隊に追従するのは不可能だった。ルビエールは周辺グループの意思を確認したいと思ったのだがその中の誰に何を確認するべきかを迷っているうちにさらに状況が変化した。イージス隊と共に行動していた第八大隊の艦艇は散り散りに散開したのである。分散して敵のヘイトを拡散する。意図したかどうかはともかくこの博打は最後尾のイージス隊にとっては分が悪すぎた。

 ルビエールは躊躇したが何も選択しないわけにはいかない。そうと腹を括ったルビエールの判断は明敏だった。

「艦長、最大船速で敵正面へ!」

 コールの瞳孔が開いた。それはルビエールの言葉に驚いたのでなく死中に活を見出したゆえだった。

「最大船速。進行方向、敵艦隊直下!」

 コールの指示に動揺しつつもイージスのブリッジクルーはこれによく答えた。イージスはその速力を利して敵艦隊の進行方向を逆進しつつ猛烈な勢いでダイブした。この唐突な動きは敵艦艇の虚を突き、両者は猛烈な勢いですれ違った。

 ただ一隻の艦艇のために艦隊を転進させるわけはない。いくらかを切り離してくることも考えられるものの速力の差から振り切れる。この判断でイージス隊はとりあえずの急場を凌いだ。あくまで、とりあえず。

 かくして、イージス隊は戦場にあって孤立したのである。

「さて、この先はどうしましょうか」

 一息をついたコールはコーヒーのボトルに手を伸ばした。その顔は途方に暮れているようにも見えた。ルビエールも暗澹たる気分だったがそれを顔に出さないように努め、いつもの仏頂面を維持してリーゼを見やる。

「本隊…この場合は大隊指揮官のことね。それと第七艦隊とワシントンがどうなっているかを確認して頂戴」

 リーゼは頷くと通信管制官たちの一角に移動した。

「戦場はどうなっていますか?」

 ルビエールの具体性を欠いた質問にコールは首を振った。どういう意図であるにせよ返答できるだけの情報をコールは持ち合わせていなかった。

「ただ混乱の一言ですな。かなり悪いことが起こっているように思えます」

 コールももちろんそれを得ようと努めてはいたが戦況の混乱は膨大なノイズとなってあらゆる情報を混沌に呑み込んでいた。

 情報が欲しい。ルビエールは切に願った。大隊指揮官に合流できれば最上だがもはや位置も把握できず、特定できたところでたどり着ける保証などなかった。

「救援要請は出さないのですか!?」

 状況を見守っていたエディンバラが声を上げた。ルビエールたちがそうしないことを非難しているような口調だった。ルビエールの面倒臭そうな表情を見てコールがエディンバラの相手をする役を買って出る。

「敵に我々の価値と位置を教えるようなものです。救援の見込みのない状況では自殺行為です」

 年長のコールの諭すような口調に顔を赤らめたエディンバラはいくらか落ち着きを取り戻したものの基本的な思考は変わっていなかった。

「付近部隊への救援要請であれば可能でしょう」

 コールは苦笑した。確かに周辺の部隊へ呼びかけ結集することは思いつくだろう。しかしいたずらに戦力を集結させれば敵の注目を惹くことになる。先の見通しなしでやることではない。何より戦術的なこと以上に根深い問題がある。

 コールはそれをエディンバラが思い至らないことで意識の隔たりを実感した。それは多少温度の低い口調に現われた。

「仰りたいことは理解できます。しかし寄せ集めでの離脱は確度が低いですし、集めた部隊は自分たちの命に引き換えるほどの価値を我々に見出してくれるでしょうか」

 コールは可能な限り表現を穏やかにしたがそれを聞いていたルビエールは生ぬるいと思った。

 要するにエディンバラの言っていることは味方を盾にしろと言っているのだが、それを指揮系統の異なる相手に要請したところでこの状況下で「はい、わかりました」となるはずがないのである。下手をするとこちらが囮にされかねない。

 エディンバラもコールの言わんとするところは理解した。しかし納得はしなかった。

「その価値を決めるのは彼らの役割ではないでしょう。私にはイージス隊だけでなく連合軍側の指揮権を一部行使する権利が与えられています。緊急的な措置として命令することはできるはずです」

 コールは顔を歪めた。理屈の上ではそうだろうが。どうもエディンバラは軍人たるもの命令に絶対服従であるべきという妙な固定概念を持っているようだ。確かに理想としてはそうであるべきだ。しかし現実は異なるからこそ軍規、罰則は存在し、厳格に振るわれるのである。この軍規というものは軍隊という組織を維持すためのもので軍人個人を維持するものではない。時に軍人自身の手によって放棄されることもあり得るのだ。

 軍規と命令は集団を軍隊たらしめる。しかし人を軍人たらしめるのは軍規でも命令でもない。結局のところ人間の生存に対する欲求を制するのはルールではない。それは個人、あるいは上官たちの理念でなければならない。これを維持し続けることは極めて困難である。特に負けているときには。

 コールとしてもエディンバラの心情は決して理解できないわけではない。エディンバラとしては何としても部隊を、部下を、自分たちの生還を果たしたい。それは彼の責務でもある。しかし、それはどの部隊の指揮官も同じだ。彼らはいま軍人としての理念と生存に対する本能のはざまで揺れ動いている。そこに故も知れぬ部隊からの強権が働けばどうなるだろうか?

「生還を果たしたいのは等しく同じなのです」

 コールは陰鬱な表情でエディンバラに告げた。年長者の表情に気圧されてエディンバラもさすがに黙った。

 深刻な顔をしてリーゼは戻ってきた。重要なメンバーにだけ聞こえる声で告げた内容はイージス隊の窮地をより一層深くするものだった。

「通信妨害で詳しくは把握できませんが第七艦隊の通信状況が明らかに異質です。旗艦からの通信が途絶えているようです」

 凶報どころの話ではない。それが意味するものが何であれ第七艦隊は大混乱に陥っていることは間違いない。

「本隊は?」

「恐らく敵部隊の向こう側にいると考えられます。無理やり通信を開きますか?」

 ルビエールは首を振った。その瞬間にエディンバラは仰け反ってそのまま倒れこみそうになった。仰天してリーゼがそれを支えると哀れな企業人は懇願じみた口調で説明を求めた。さすがにルビエールも可哀想になって自分の口で説明した。

「正確な位置が解らないなら危険すぎるということです。向こうがこっちを確認しても救出のための算段が必要になる。その間に敵は手をこまねいてはくれませんし、そうなればその救出が成功するかどうかも怪しい。いまは隠匿する方が生還率は高いと考えるべきでしょう」

 口に出すことは避けたものの助けを求める相手である大隊指揮官にも問題がある。彼こそイージス隊の価値に対して決定権を持つ存在である。彼にとってイージス隊の価値は絶対的なものではない。むしろ彼はイージス隊の価値を試し、高めることを役割としている。こちらを助けるどころか「自分で何とかしろ」と言ってくる可能性もある。ルビエールは個人的な理由からそうなる可能性の方こそ高いと考えている。

 もっとも、それを説明してもエディンバラには理解されないだろう。

「だったら単独で離脱するのですか、どうやって?」

 エディンバラの言葉は当然の疑問だった。しかし全くもって言う必要のない台詞だった。彼の台詞はルビエールの逆鱗に触れた。

「いま必死に考えてんだ、黙ってろ!」

 ルビエールが忌々し気に口にした言葉に両者は共に凍り付いた。

「たわけめ」

 次の言葉は聞こえないほど小さかった。自分で口にした言葉の思った以上の効果にルビエールは驚いていた。

 こんな時にアイツがいれば。不本意ながらルビエールはそんなことを思った。参謀役のマサトは他のパイロットと共に待機状態にあった。正直なところパイロットとしての価値より参謀としての価値の方がよほど重要だと言うことをルビエールは認めざる得なかった。

 ルビエールが答えを出しあぐねている間も状況は刻一刻と動き続けていた。イージス隊以外にも生存している部隊はあり、彼らもまた生存を賭けた選択を模索していたのである。これらの部隊の選択もイージス隊に影響を及ぼし、望む望まざるに関わらず巻き込むことになる。

「近隣部隊より短距離通信で交信が入っています」

 通信士官の報告にルビエールは顔を顰めた。来てしまった、というのがその表情の理由である。

「あー、こちら第七艦隊所属、ホーリングス小隊のバーゼル少尉だ。健在なら共闘といかないか?」

 騒々しい雑音に混ざる軽薄な口調にルビエールたちは顔を見合わせた。不可思議な点がいくつもあった。

「共闘とはどう意味か」

 ルビエールは慎重に口を開いた。返答はすぐに帰ってきたがその言葉はさらに砕け、予想の斜め上を行った。

「ああ。すまんすまん。もっと具体的に言うべきだった。つまり、一緒に逃げようぜって話なんだ。ていうかもっと正直に言えば助けてくれってことだ」

 ルビエールたちは再度顔を見合わせた。今度はリーゼが厳しい顔で首を横に振った。

「まともではありません。脱走兵の可能性があります」

 リーゼは最悪の想定をしていた。戦場では危機的な状況において指揮官が部下によって更迭されるシナリオである。バーゼルと名乗る人物の少尉という階級はどう考えても小隊を率いるに足る階級ではないのである。

 ルビエールもリーゼの言わんとすることは理解できたが釈然としなかった。そもそも脱走兵ならもう少し頭を働かせるのではないか?馬鹿正直に少尉と名乗る必要もない。

「もう少し具体的な話をお聞きになればよろしいように思います」

 コールも含むところありそうに言う。あまり吉事には思えないのだろう。

「こちらローマ師団のイージス隊ルビエール・エノー大尉だ。もう少し詳しく状況を説明されたし。こちらも危機的な状況にあって期待に沿えるとは言い切れない」

 ルビエールの通信に対する返答はかなりの間があった。

「すいません。バーゼル少尉は戦死なされました。私はマージュリー・ライナス軍曹、ホーリングス隊のパイロットです」

 再び一同は顔を見合わせた。先ほどの声と全く異なる明晰な口調は性別すら違う人物の者だった。

 状況を凡そ察しながらもルビエールは質問を繰り返した。

「軍曹。状況の説明を求める」

 再び間。この先ほどから生じる奇妙な間がホーリングス隊の置かれている状況を暗に示していた。

「はい、説明します。我々の艦は被弾により大破。主要なラインオフィサーは全員戦死されました。先ほどまでHV小隊長のバーゼル少尉が指揮を継続していましたが撃墜されました。まだ艦には生存者が多数いて防戦中です。救援を求めます」

 なるほど。ルビエールは頭を抱えた。ホーリングスは不幸にも指揮系統を完全に喪失した状態で生存者のみで戦っている状態なのだ。

 一旦通信を切ってコールたちに視線を流した。コールもリーゼも微妙な顔をし、エディンバラに至っては露骨に首を振った。

「我々にそれだけの余裕はありません」

 リーゼは事実だけを述べたがこれは卑怯な論法にルビエールは思えた。

「つまり見捨てるのが妥当と言うわけだ」

 ルビエールの言葉にある感情に気付いたリーゼは一瞬怯んだ後に腹を決めた。

「そうです。仮に回収に成功しても人員に喰わせるだけの猶予はありません」

 リーゼの言っていることは忌々しいことに事実だった。イージス隊にホーリングス隊の人員を押し込めば食糧事情は急激に悪化する。イージス隊に何のメリットももたらさずリスクのみを拾いにいく行為だ。しかし、そんなことは言われなくても解っている。

「それでいいと思うのか?」

 ルビエールの切り返しにリーゼは顔を赤らめた。リスクだけで判断するのが正しいのであれば迷う必要はない。自らの言葉がルビエールの判断を助けるものでなかったことに気付いたのだ。

 リーゼの言うべきことはホーリングス隊を見捨てるという選択に対してルビエールを納得させることにある。この場合、要点はリスクや効率とは無縁の場所にある。この時のリーゼの思考は自らの定義する役割からは大きく逸脱していた。ゆえに通常では考えられないような理屈を導き出した。

「この艦には軍人だけでなく、企業人も多数おります」

 この言葉に一番驚いたのはエディンバラだったかもしれない。ルビエールとコールも呆気に取られており、そしてリーゼ自身も凍り付いていた。

 かなり気まずい雰囲気が流れた。この沈黙を破ったのは4人のうちの誰でもなかった。

「先ほどの部隊とは別の部隊からまた短距離通信です」

 通信士官の報告に4人はまたもや顔を見合わせた。また問題が増えたと思ったのも無理もないことだろう。

「でますか?」

 リーゼの言葉は皮肉じみて聞こえるのだが恐らく気のせいではない。ルビエールは軽くため息をついてから姿勢を正した。

 この時点でルビエールは腹を決めていた。救援要請なら無視する。イージス隊とルビエールの器量ではどうにもならない状況であった。自らの生存を優先させる判断をするつもりだった。

 しかしこの覚悟は早々に崩れることになった。

「こちら、シュガート小隊のハンス・ヘリクセン少尉だ。そっちの通信を傍受した。こっちの話も聞いてもらいたい」

 少尉のバーゲンセールだな。ルビエールは口角を上げた。

「シュガート小隊。そちらも小隊長が戦死でもしたのか?」

 知らずルビエールの口調は砕けていた。体裁を維持するのも億劫になっていたのだ。通信の向こうでは意味を理解しかねたのか一瞬の間を置いてから笑い声が響いた。

「いや、うちの隊長はいま部隊の指揮にかかりっきりでね。ちょっと待ってくれ。いい話ができるんだ。ホーリングスの処遇で迷ってるんだろう?こっちで協力できると思う」

 ルビエールの顔が怪訝に変化した。

「どうする気だ?」

「ホーリングスの人員はこっちで回収する。あんたたちは俺たちを可能な範囲で守ってほしい。悪くない話のはずだ」

 ルビエールはヘリクセンの言う言葉に裏がないかと考えを巡らせた。イージス隊にとって都合の良すぎる提案だった。

「こちらの善意をあてにするということか?」

「そういうことだ。実際、こっちもかなり悪い状況なんだ。そっちにとって俺たちが都合のいい存在じゃないことを承知の上で頼みたい。助けてくれ」

 ルビエールはついさっき固めていた覚悟が崩れていくのを自覚していたがそれに抗おうとはしなかった。

 これに危機感を抱いたのはリーゼだった。いくら無理のない範囲と言ったところで一度施した善意を振り切るのは容易な話ではない。その判断はイージス隊にとって枷となる。それこそ相手の狡猾な狙いではないかと理屈を付ける。この味方に対する思考は平時のリーゼならあり得なかっただろう。イージス隊にとって単独行動の方が離脱しやすいという確度の高い予測はリーゼに別の結論を排除する思考展開をさせていた。

「少尉風情で決められることとは思えません。隊長が健在であるなら隊長と話すべきことかと」

 リーゼは自身の思考を恥じる必要はないと考えている。しかしその思考を表に出さずに口にする小賢しい術を導き出したことには自己矛盾を感じずにはいられなかった。

 ルビエールの方はリーゼの進言を受け入れて確認することにした。ルビエールもリーゼの言葉の裏を察していたが、思う通りにはならないどころか墓穴を掘るのではないかと思っていた。仮にシュガートもホーリングスと同じ状態だったらどうするつもりなのか。結論を引き延ばしているだけに思える。

「小隊長と話をしたい。でれないのか?」

「OK、わかった。いまちょうど戻ってきた。ちょっとまってくれ」

 意外にもヘリクセンはあっさりと請け負った。しばらくすると今度は如何にも老齢な男の声が届いた。

「失礼しました。隊の編成に掛かり切りでしたので。自分はシュガート小隊を預かっております、トーマス・アンダーソン少佐であります。うちの部隊の実務的な部分はヘリクセン少尉に預けておりまして、非礼をお許しください」

 その人物の評価をする前にコールの表情が変わった。ルビエールに何か訴えかける視線を向け、ルビエールがそれを受け取ると自信をもって言った。

「私の知人です。信頼できます」

 ルビエールは頷くとコールに任せた。真意はともかく、コールの言うことなら疑ってもしょうがない。

「アンダーソン少佐。こちらロバート・コールだ」

「コール?はて私の知るコールであれば、とっくに干からびているはずですが」

 とぼけた返答にコールはにっこりと笑った。

「老兵は死なずを地で行ってるよ。そっちも人のことを言える年齢ではないだろう」

「やれやれ、長いこと軍人などやっているものではありませんな。早いところ退役をしたかったのですが、どこで降りるタイミングを逃したのやら。こんなところで命脈を使い果たしそうです」

「心外だな。私は生還して退役するつもりだ、死ぬときは故郷でと決めているんでね。命がいらないというなら是非とも我々のために使わせてもらえるとありがたい」

「私一人ならそうしてもいいのですが、部下の命を預かっている身ですので。前言撤回。お断りです」

 コールの軽口はブリッジクルーの皆を驚かせていた。実はそれはシュガート隊でも同様だった。2人の老兵にとって同世代は減ることはあっても増えることはない。数少ない共感相手との会話は何より優先されるのだろう。

「では、力だけお貸し願おう。ホーリングス隊の人員を回収して貰えるとのことだが。頼めるだろうか」

「こちらこそお願いしたい。ホーリングス隊の人員回収はこちらで引き受けましょう。シュガート隊はイージス隊の指示に従います」

 コールは満足げに頷くとルビエールに後を託した。ルビエールは呆気に取られていた。老兵2人の世間話のような流れを傍観していたら話が一気に進んでしまっているのである。

 またおかしな流れになったな。

「申し訳ない。ですが、彼は間違いなく我々の力になります」

 コールはそう言って恐縮はしても悪びれてはいない。自分のしたことが指揮官の意に反したものではないと確信を持っているのだ。実際ルビエールも憮然とした表情は見せても不服な展開というわけではなかった。味方を見捨てるという選択肢は可能な限り避けたい。ホーリングスとシュガート、このニコイチ小隊が機能するならそれはそれでいい。

 先ほどとは全く逆の覚悟を決めることに多少の気恥ずかしさを覚えながらもルビエールの胸中はむしろ晴れ、口は軽くなった。

「こちらローマ師団イージス隊のルビエール・エノー大尉です。こちらのHVをホーリングスに向かわせます。その誘導に従ってください。そちらの戦力状況を報告ください」

「残念ながら戦力は艦艇1、HV1機です。機動戦力が失われ、逃げに逃げて何とか隠蔽をした状況というわけです」

 この報告にエディンバラは頭をがっくりと垂れた。シュガート隊の戦力は彼の期待に応えられるようなものではなかった。しかしルビエールは不謹慎ながら逆のことを考えていた。

「艦を失ったホーリングスとHVを失ったシュガートでようやく一人前というわけだ」

 皮肉気味に言ったもののホーリングスの人員受け入れの方法を悩んでいたルビエールにはむしろ都合はいい。この言葉にアンダーソンは激怒するどころか理解を示して頷いた。

「不幸中の幸いと言えましょう。我が隊がこの宙域で生き残れているのは戦力として物の役に立たないからです。この上はせめて救難艦としての役割くらいは果たさせていただきましょう」

 このアンダーソンの言葉はルビエールに感銘を与えるものだった。その様子にコールは安堵する。この撤退戦において両指揮官の信頼関係は大きな武器になるだろう。

「デルフィナスとオライオンをホーリングスに向かわせます。本艦もステルスを維持しつつ両隊と合流します。敵戦力の注意を惹かないルートと合流地点の算出を」

 頷くとコールは航法管制に指示を出した。次いでルビエールはエドガーとロックウッドの2名に状況を説明した。この時、ルビエールはマサトをCICに戻すことも考えたが思い直した。

「中尉。ホーリングス隊とシュガート隊との調整を頼めるか」

 各員ともに驚いた一方でこの機転にすぐに納得した。パイロットたちにとっては完全な門外漢の役割だがマサトであればルビエールの目耳となって小隊レベルの判断もできるだろう。

「それはホーリングスの人員をシュガートに回収させるまでってことでいいですか?」

 マサトの問いにはその後にイージス隊がどうするかに関しては含まれていない。その意図を受けてルビエールはやはりマサトが適任であると確信した。

「それでいい。とりあえずはな」

「了解」

 場合によっては合流させるまでで義理を果たしたとする道筋を残しておくべきだろう。それはどちらかと言うとルビエールのためというよりはリーゼやエディンバラのためだった。

 コールもそれには異論を挟まない。確かにアンダーソンとは古馴染みだがそれぞれ立場は異なる。イージス隊が両隊との連携に深入りするのなら、それは生存においてメリットがあるからでなければならない。少なくともそう判断できるだけの説得力を必要する。そうでなければ士気に対するダメージは測り知れない。アンダーソンは独断で連携を進めてはいたがそれに関して詰め寄られるならばシュガートを「捨て駒」にする選択肢を提示する腹積もりだった。

 コールにしてもルビエールにしてもリーゼの懸念を理解していないわけではない。しかし効率だけを重んじることは組織理念の崩壊をも招く。理屈だけが先走れば最終的に部隊の生存は個人の生存にとってかわるのである。

 もっとも恐れるべきはその連鎖だった。この危険は意思が混在すればするほど高まる。つまり混沌である。

 転じればこれこそコールとルビエールがシュガートとホーリングスに手を差し伸べるべきと考える理由でもあった。全体のために連帯することで個人意思をねじ伏せ、士気の崩壊を防ぐ。平時であれば同調圧力と忌避されるやり口である。しかし現状は個人の生きたいという願望をねじ伏せることこそ肝要だった。

「周辺に他部隊はいるか?」

 ルビエールが確認するように聞いた。ルビエール個人の考えではいない方がよい。いたとしても向こうからの接触されない限りは無視したい。ルビエールは自身で思っている以上の器量を求められていると思っていた。これ以上は積載量オーバーだ。一方で他にそれを預けられるほどの者がいないことも自覚している。

 このルビエールの苦悩は理解度の差こそあれほとんどの軍人には察せられた。故に通信士官は自分の職務を呪いながら報告することになった。


「こちら第七艦隊所属ブラッドレー隊のオオサコ少佐だ。こちらは原隊から離れ独自に離脱する状況にある。貴隊の状況を求む」

 このハキハキとした口調にエディンバラは色めいたが他3人の顔は優れなかった。少しの躊躇いを見せてルビエールは何度目かの名乗りをあげた。

「こちらローマ師団イージス隊のルビエール・エノー大尉です。第七艦隊のシュガート隊と共にホーリングス隊の残余を回収して離脱するつもりです」

「ローマ?」

 オオサコの言葉に好意的な感情以外のものを感じたのはルビエールだけではないだろう。コールもリーゼもブラッドレー隊の登場を歓迎している様子はない。

「まぁいい、戦力は多いほどいいだろう。こちらは戦力的にはほとんど無傷な状態だ。協力を要請する」

 この時、ルビエールの浮かべた顔は形容しがたいものだった。リーゼとコールはそれを察したものの口を噤んだ。

「わかった、ブラッドレー隊、指定座標で合流されたし」

 ルビエールは平静を装ってそう告げたものの、表情に関しては失敗した。音声通信だったのは幸いだった。

「よろしいのですか?」

 恐る恐る聞いたリーゼに答えずルビエールは思案に潜った。3人の考えを理解できないでいるエディンバラだけが不思議そうな顔をしている。

「どうしたんです、ブラッドレー隊に何か問題でも?」

 例によってルビエールは無視したので例によってコールが不承不承に答える。

「船頭多くして船山に上ると言います。戦力として不十分な2隊はあくまで我々に救助される体であるため問題ありませんが、ブラッドレー隊は相応の戦力を持っています。意見が食い違えば厄介なことになります」

 艦艇と士官を失ったホーリングスは事実上の全滅であるので問題ない。アンダーソンのシュガートも立場を弁えて協力的になってくれると確信できる。この2隊は生き残るためにイージス隊を必要としているため協力をしなければならない。しかしブラッドレーは違う。彼らはイージスと対等な存在。少なくとも相手はそう考えるだろう。

 彼らは生き残るためにイージス隊に協力することもしないことも選択できる。むしろイージス隊こそがブラッドレーに協力すべきと考えてもおかしくない。オオサコ少佐が階級や経験などを持ち出してこの急造隊の主導権を取る動きを見せようとすればどうなるか。これはオオサコの軍人としてのタイプにも強く影響されることなので何とも言えないが。

 いずれにせよルビエールはこの先の行動に対してブラッドレー隊の意見を無視するわけにはいかなくなった。単純に自分たちにとって確度の高い選択肢を選べばいいわけではなく、相手にその選択を理解してもらわねばならない。場合によっては結束と天秤にかけて妥協を選ばなければならないかもしれない。極めて難しい舵取りを求められることになったのである。


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