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6/2「ドースタン大会戦」

6/2「ドースタン大会戦」

 連合国大統領と連邦外務大臣を吹き飛ばした爆発はそこまで大規模なものではなく、ミストレスの一区画を吹き飛ばすという程度のものだった。それでも運のないジェンス社の人員のいくらかの命を奪い、別室に待機していたソウイチたちを前後不覚にするだけの衝撃はもたらした。

「畜生め、やらかしやがったな」

 それがソウイチの最初の一言だった。差し出された手を取ると洒脱なスーツについた粉塵を取り払う。

 着込んだ仮面と外套のおかげか、ディニヴァスの方はそもそも爆発の余波を受けたとは思えないほど平静だった。

「おい、誰の仕業だ?」

 ディニヴァスは答えることなく部屋からの退散を促した。消火剤が舞い散る通路をスタッフたちが駆けまわっている。安全圏までの退避を促すスタッフを払いのけてソウイチは近場のソファに座り込んだ。いまだ平静には程遠いながらそれでもジェンス社CEOである男は次を考えなければならない。

 まさか両国の代表が爆死しましたなどと言う羽目になるとは。さしものディニヴァスも困ったという声色で呟く。

 そもそもどちらがやったことだ?この答えはすぐにでた。火星側のやったことだ。ゴールドバーグには全く理由が見当たらないし、ハーマンにそんな価値はない。

 それにしても思い切ったことをしたものだ。ディニヴァスは火星側から何の連絡も受けていなかった。爆薬の持ち込みなど許した覚えもないのでジェンスの警備をすり抜けて持ち込んだということになる。大方ディートリッヒあたりのやり口だろう。明白な不義理である。そこまでの勝手を許したつもりはない。この報いは受けてもらわねばならない。

「さてさて、どう報告したものか」

 火星はともかく、地球に対してどう振る舞うか。お宅の大統領、爆死しました。などと言えるはずもない。火星のテロリズムと素直に言うのはディートリッヒの思惑の内に入るだろうか。あの女の手口に乗るかどうかはその意図を考えてからにしておきたいところだが。

 うん、少し落ち着いてきたぞ。そう自分を鼓舞するソウイチはしかしまだ平時のそれにはほど遠かった。彼は今しがった起こった事件が齎す事態を想像できていなかったのである。別のスタッフが鬼の形相で駆けこんで叫ぶ。

「共和軍と連合軍が交戦を始めました!!」

 睨み合っていた連合軍と共和軍が交戦を始めた。そりゃそうなるよな。ソウイチが驚いたのはそのことに考えが至らなかった自分の混乱ぶりにであった。事態を呑み込んでからディニヴァスは大声で笑いだす。

「始まったな」

 あーあ。俺もう知らない。ソファに沈み込みながらソウイチは考えることを放棄した。



「今だ、行け!!」

 ミストレスで何が起こったのか。外に居た者でこれを知る者はこの時点ではいなかった。

 ただほとんどの艦艇でミストレス内部での衝撃は観測された。これに弾け飛んだ女がいた。エレファンタ兵団司令ライザ・エレファンタである。彼女自身、中で何が起こったかを知っているわけではない。ただ決めていただけである。”何か”が起これば行動する、と。予めそう仕込まれていたエレファンタ兵団は突進を開始した。


 会戦前、ライザの戦術思考は勝つためにあらゆる想定を行った。その思考が導き出したもっとも有効な一撃とは先制打だった。

 両軍は極めて特殊な状況に置かれている。両国の要人が両軍の睨み合うど真ん中で和睦のための会談を行っており、双方に武力行使を禁じているのである。しかし馬鹿正直にこの会談によって和睦が成立すると信じている者はおらず、その会談の破断を開戦の合図と捉えている。しかしこれはどちらにとっても理想的には程遠い形での開戦となる。

 よーいドンでのぶつかり合い。

 両者ともにそんな馬鹿げた戦いなど望んでいない。ここでライザは共和軍と連合軍の相違点に注目した。

 1つは両軍の目的。

 共和軍は連合軍の侵攻に対する対処を命令されて任務にあたっている。これは当初の想定通りである。対して連合軍はドースタンに対する侵攻を目的としており、このような真正面からの会戦は予定外になる。共和軍はここで連合軍に勝てればそれでよい、連合軍はここで勝ってもドースタンを陥落させねばならない。

 先の戦いでの動きから見ても連合軍の指揮官は常に先を意識していると考えられる。既に多数の想定外に見舞われている連合側はウンザリしていることだろう。

 2つは両軍を縛る命令。

 共和軍、連合軍ともに停戦を指示されているはずだが、命令の出元は異なる。連合軍は大統領令によって縛られているはずであった。つまり、会談している当事者である。しかし共和軍は違う。

 開戦前、ライザはジェイク・フートを呼び出して基本的な作戦を説明した。全てを聞き終えたフートはこの素案に影響を与える意見を提示した。

「私の知る限り、指揮系統の異なる二つの軍が混在して作戦を遂行するとき、どちらか、あるいは両方が相手を利用しようと画策することが滅多です。ましてワシントンと第七艦隊はしのぎを削り合う精鋭です。高度な戦術連携をとってくるとは考えなくてよいでしょう」

 この考えにライザは納得して頷いた。この考え方はまさに共和連邦軍にも当てはまるものだったが共和軍と連邦軍ははっきりとした序列をもち、共通した目的の下に動いている。

 対して連合軍正規軍である第七艦隊と特殊戦略師団のワシントンは異なる指揮の下にあり、これは双方の目的にも差を生じさせる。このことは連携における摩擦となりうる。まして今回の会戦は想定外である。双方に連携意識があったとしても満足な打ち合わせはできていないだろう。

 このフートの考えはライザにさらに踏み込んだ選択をさせる根拠になった。

「どっちを狙うべきだと見る?」

 フートはサングラスを押し上げる仕草の間に思巡を終えたが実際にそれを口にすることは保留した。

「2つ確認したいことがあります。よろしいですか?」

 ライザは頬杖をついて静聴する構えを見せた。

「まず、もう片方に対する処置はどうなさるつもりなのか」

 当然の懸念だったがライザは平然と答えた。

「サンティアゴは有能だ」

 言葉としては簡潔、答えとしては不明瞭な回答だった。もちろんライザの参謀として長いフートにはライザの言わんとすることは理解できた。仮にエレファンタが第七艦隊を相手取るならサンティアゴはワシントンを相手取ることになるだろう。サンティアゴと彼の兵団にそれだけの期待をすることにフートも異論はない。ただ、問題はそれだけに留まらないだろう。

「確かに。今回の戦いは双頭の蛇同士の戦いですが、些か弱い頭があるように思います」

 つまりそれは自分たちだ。十全な編成ならともかく、ハウの別動隊を欠いているエレファンタは一段戦力で見劣りする。相手が先制打に動揺しない場合は分の悪い殴り合いになるだろう。

「頭が2つ、身体は1つ。そこがポイントだ」

 今度はライザの言わんとするところをフートは正しく理解はできなかった。

「2つ目を言ってみろ」

 含みのある笑みを見せてライザは次の確認事項を促した。どうやらライザはその事項を察しており、また1つ目の事項とも関連があるらしい。

「2つ目は。どのタイミングで攻撃を決断するのか、です」

 これこそ最大の難関だった。相手とて万が一に備えて臨戦態勢で待っているはずである。仮に先行できたとしてもそれはわずかな差としかなりえない。それではこの作戦は成立しえない。

 にも関わらずライザは当然のようにそれをできると考えている。つまり、ライザの言う先制打とはスタート地点からして他者とは異なるのだろう。正直なところフートは答えを聞きたくなかった。しかし破壊神は平然と言ってのけた。

「私が決める」

 さすがのフートも呆然とした。越権行為も甚だしい独断行為である。

「それは会談の結果とは別に判断するということでしょうか」

「そうだ。もちろん、会談の途中で仕掛ける気はないがな」

「なんのフォローにもなっていませんが」

 だとしたらその差は決定的とはならないはずだ。それともライザと会談に挑む政治家の間には何らかの申し合わせでもあるのか?しかしそれはライザのもっとも苦手で嫌悪する手法でもある。では、ライザの好む手法は、というと。

「連中と我々は性質の異なる命令の下で動いている」

 そら来たぞ。フートは形容のし難い感情に口元を痙攣させた。これはライザの無茶苦茶な屁理屈に付き合う時の癖なのでライザは気にも留めなかった。

「我々共和軍の受けた命令はなんだ?」

「ジョセフ・ハーマン外務大臣の会談の護衛です」

 フートはきっちりと答えたが、否定されることは心得ている。予想通り、ライザは皮肉をたっぷりと込めた表情で首を振った。

「もう1つあるだろう?」

「連合軍に対処せよ…ですか」

 解ってはいたものの実際に口にはしたくなかった。確かに拡大解釈で如何様にもできる命令としてそれは存在する。しかしこの命令は共和軍本部に出されたものでエレファンタ兵団、つまりライザに出されたものではない。これまでも拡大解釈を結果によって認めさせてきたエレファンタ兵団ではあるがその中でもこれはぶっ飛んでいる。

「勝てばよかろう」

 本当にそうか?さすがに賛同はできない。領分が政治にまで及んでいる。勝手に戦争をはじめると言っているようなものだった。

 ライザのけらけらとした笑いにフートは暗澹たる思いに駆られた。確かにライザの理念にほれ込み、ここまで付いてはきたものの、どうもその行く末は軍法会議となりそうだ。

「心配するな。会談の結果は見届けるさ。私なりのやり方でな」

 まぁ、この女が腹を括っているのなら、自分はともかく、他の連中は付いていくだろう。そうなれば結局のところフートも苦笑いしつつ腹を括るしかないのだ。

「まぁ、とやかくは言いますまい。で、私の考えですが、第七艦隊ですな」

「根拠は?」

「今回の作戦の肝は先制打によって一気に趨勢を決めることにあります。で、あるならばよりダメージを与えやすい方を狙うのが定石。ワシントンは先の戦いからも兵力を分散して個別運用する能力を持っていることを証明しております。これは打撃を与えても立て直す、あるいは個別に反撃を行うことも可能であることを意味します。かなり厄介です。で、あるならばワシントンに関しては十全の戦力を持つサンティアゴに任せるのが得策です。さらに、先ほどの命令系統の話をすれば独自判断から反撃に移るのが早いのもワシントンでしょう」

 ライザは黙って頷くとフートをさがらせ作戦案の詰めに入った。

 フートは黙っていたが第七艦隊を候補とする理由はまだあった。

 第七艦隊は正規軍の精鋭ではあるがワシントンやエレファンタ兵団のような独自のドクトリンによって編成された軍隊ではない。彼らは連合軍全体で共有したドクトリンによって編成されなければならない。ようするに教本通りということだ。第七艦隊の精鋭とはあくまで装備など物質的な質であって全体の質を保証するものではないとフートは考えている。司令官職が持ち回りのようになっている点もこの洞察を補強していた。

 ただしこの洞察は希望的な観測と言われれば返す言葉がない。それがフートの黙する理由となった。第七艦隊を攻めるべきと主張する上ではむしろ不要な理屈とフートは判断したのである。

 しばらくしてフートの進言を加える修正を得てライザの作戦案は完成した。

 これまでライザの決してきた作戦案は遂行さえされれば間違いなく結果を出してきた。今回も間違いなくそうなるだろう。むしろいつも以上の確信をライザは抱いていた。

 しかしライザの胸中は複雑だった。作戦のもたらす結果に対する高揚とは別の何かが胸に引っかかっている。

 勝てばいい。フートに言ってみせた言葉は本心とは言い難い。果たして本当にそうだろうか?ピレネーの件を思えばそこに疑問を抱かずにはいられなかった。

 カルタゴの言った言葉が脳裏を過ぎる。

「勝ってはいけない時に勝って負けた例はいくらでもある」

 ライザはまとめあげた作戦案の納まったメモリーをじっと見つめた。

 ライザ・エレファンタは自らの価値は常に勝つことにあると考えてきた。相手をねじ伏せて得た勝利をどうするかはライザの問題ではない。この考え方は軍人として間違っていないはずだ。

「勝ち方があるからって無邪気に実行するとかバカげてます」

 別に無邪気に実行しているつもりはない。事実、こうして悩んでいる。もっとも結果が結果だけに過程は大した意味を持たないかもしれない。ライザは1人苦笑を浮かべた。

 確かに戦術的な勝利が戦略的な敗北の道を舗装したとされる事例は多い。時に勝利はそれを勝ち取った者と享受する者に異なるものを与える。ライザも身を以って知っている。では、それが国にとって毒であることを知りながら勝利を得ることは果たして正しいのか。

 迷うくらいなら命令の曲解などしなければ済む話だ。サンティアゴのように黙って命令通りにすればいい。

 そうすれば、どうなる?

 なんだ結局負けるじゃないか。

 参ったな。

 ライザは頭を振ったが意識はリセットされなかった。いっそ勝ち方など思いつかなかった方がよかったとでもいうのだろうか。

 勝たなければ負けるし、勝ったら勝ったで問題になる。他に問題にならない、いい具合の勝ち方、道筋でもあるのだろうか。

 そんなものありはしない。少なくともライザには見つけられない。それはつまりないのと同じだ。だとすればライザの取るべき道は1つしかなかった。負けることはライザの責務であろうはずもなかった。

 例え火星の恒久平和が負けることによって得られるものだとしても、それを是とするのは軍人の仕事ではない。何より、自らの部下たちの身命までを賭して、わざわざ負けてやれるほどライザは平和などという得体の知れない定義を価値のあるものとは見なしてはいなかった。

 多少の逡巡の後、ライザは作戦案を戦術コンピュータにロードさせた。

 そうしてエレファンタ兵団の突撃は決まったのである。


 エレファンタ兵団はその攻撃目標を第七艦隊に絞り込んでいた。悪辣な洞察がそこにはあった。

 ワシントンと第七艦隊は互いの艦隊を並べ大規模な方陣を形成している。右翼のワシントンは左側面を、左翼の第七艦隊は右側面を互いに守らせている状態になっている。一見すれば相互に連携した布陣と見える。

 突撃前、ライザはその陣形を確認してほくそ笑んでいた。見方を変えれば互いの逆側面には互いの艦体が邪魔になって手出しのできない状態と言える。

 付け焼刃。

 その陣形は高度な連携をとれないために中途半端に連携を模索した妥協の産物だった。あれならまだ独立した2つの艦隊でいた方が脅威だっただろう。それでも”次”を意識する2つの部隊の司令官は防御のしやすい陣形としてそれを選択したのだ。それだけこの会戦には消極的、あるいは回避したいと考えているに違いない。

 お誂え向きとはこの事だった。

 エレファンタ兵団は最大速力で第七艦隊側面に回り込む機動をとった。HVの展開などは行わずにただ迅速な移動を志向したその突進は攻撃のための移動であることは明らかでありながら連合軍側に先制攻撃を決断させることを躊躇わせる皮肉な効果を伴った。事態を掴めていない第七艦隊からのリアクションはいまだなく、ほとんど無抵抗にエレファンタは側面に回り込むことに成功する。

 連合軍の中ではワシントン師団ミラーの動き出しは早かった。彼もミストレスで何が起こったかは知りえない。しかし共和軍の動きを敵対活動だと断じる丹力を彼は持っていた。ワシントンは前進して、方陣の前面を変化させようと試みた。

 しかし一歩遅かった。紙一重の差でサンティアゴ兵団の機先がワシントンを制し、その行動選択を奪ったのである。

 戦端が切られた。最初の砲火はサンティアゴとワシントンとの間で交わった。最初の内はサンティアゴの突撃をワシントンが迎え撃つ形となった。しかしサンティアゴの意図はワシントンの封じ込めにあり次第にサンティアゴはエレファンタとは逆方向に展開していき連合軍全体を挟み込むような形になっていった。

 これに少し遅れた形で第七艦隊の前面にはドースタン守備隊が詰めはじめていた。結果的に共和連邦軍の布陣は凹状に連合軍を包もうとする動きになった。

 このサンティアゴ兵団とドースタン防衛部隊の動きは申し合わせたものではない。サンティアゴはライザの動き出しから状況を察して動き、マシスはさらにサンティアゴの動きから自分たちの役割を選択したに過ぎなかった。しかしこれはライザの意を完璧に得た動きとなった。

 しかしエレファンタの狙いは凹陣形の形成にはなかった。エレファンタ兵団は徐々に部隊を引き延ばして包囲網を形成しながらも第七艦隊の後端に対して鋭角に戸口を閉ざすような動きを見せる。これによってエレファンタは手薄ながら第七艦隊を包囲下に置くことを狙って見せたのである。

 完全包囲の危機に対して第七艦隊司令官ロウは前に進むか、後退するか、側面を突破するかの3択を迫られる。

 後退しつつ戦うことはエレファンタ兵団との同行戦となり壮絶な殴り合いを演じることになる。手間取れば前面のドースタン防衛部隊に追いつかれて痛打を受けることになる。側面突破も同様で回頭と突破に手間取れば側面をドースタン防衛隊に突かれることになるだろう。

 前進は、一見して包囲される危険を冒すように思える。しかし前面のドースタン防衛部隊は戦力として数段劣る連邦軍。エレファンタも前進した第七艦隊を攻撃するためには反転を必要とするため一拍遅れる。さらに第七艦隊という壁が移動すれば艦隊の内側にあったワシントンの遊兵が動けるようになる。

 ロウの洞察は戦術的には前進突破を正解だと訴えていた。しかし実際にとられた選択は違った。双頭の蛇はそれぞれ考えることも境遇も違っても行動を別にすることはできなかったのである。

 この時、ワシントンもサンティアゴ兵団の旺盛な戦力と相対する状況になっている。エレファンタとの連携行動なのは間違いない。この両者の戦力は互角でむしろ第七艦隊側の方が戦力的には優勢な状況にあったのである。仮に第七艦隊が前進突破を行ってそれが成功したとしてもワシントンが敗走してしまっては完全な敵中孤立の危険性を生む。

 それこそ敵の狙いなのでは?ロウの意識に疑念の種が生まれた。第七艦隊の退路を絶とうとする一方でワシントンの退路は残しておくのもつまりワシントンと第七艦隊を分離させるための手段なのではないか。

 ロウは改めて自分たちの目的を振り返った。第七艦隊の目的はドースタンを攻略すること。これは会談が失敗しただろうことも含めて変更されることはないだろう。先手を打たれたことは甚だ遺憾なことではあったが、ここで無理に挽回する必要はない。結局のところ自分たちはドースタンを攻略すればいいのだ。今ならばワシントンと第七艦隊ともに大きなダメージもなく撤退は可能だ。

「後退だ。どのみちこの戦いは意味がない。仕切り直すぞ」

 ロウは後退を決断するとワシントンにその旨を連絡した。ミラーもこれに賛意を示し、サンティアゴと相対しつつも徐々に後退を始める。精鋭部隊の面目躍如。この後退はワシントンと歩調を合わせ、整然と隙なく行われた。包囲の目を絶たれたエレファンタ兵団は引き延ばした艦隊を素早くまとめ上げると第七艦隊との同行を始めたものの攻撃には入らず距離を保った。

「警戒怠るなよ。回頭時に仕掛けてくるぞ」

 言いながらもロウは脅威を感じてはいなかった。いまのワシントンと第七艦隊に隙はない。こちらは回頭せずにこのまま睨み合いを続けながらフランクリンベルト付近まで引き上げてもいいのだ。そうなれば回頭を必要とするのは相手側になる。そうなる前に敵は引き上げるだろう。

 ここまでのロウの洞察は正確だった。彼は何も間違えてはいない。彼にミスがあったとするならそれは正解に満足してしまったことだった。

 つまり、正解は一つではなかったのである。

 第七艦隊の旗艦「インダス」のレーダークルーの神経はこの時点で前面のドースタン防衛部隊と側面のエレファンタに向けられていた。これは第七艦隊含めてほぼ全ての艦艇がそうであった。

 彼らの扱うレーダーは複数の性質を持つ探知機の複合で現代ではエネルギー反応を検知するものを主としている。当然、それらは個々に向き不向きというものがあって艦艇を捜索するのに向いているものもあれば隠蔽したものを捜索するのに長けたものもある。どれにしても長短所があって万能なものなど一つもなかった。戦闘中に用いるレーダーは当然ながら艦艇とHVのエネルギー反応を観測することを得意とする一方で空間を漂うデブリのようなものを補足するためのものではない。要するに起動していないHVを捉えるのには不向きだったのだ。

 4機。たった4機だった。会戦前、ライザに尋ねられたレーダークルーはこう答えた。12機であればまず気づくでしょう、8機であれば微妙なところ。それ以下であるならただのデブリと判断される、と。

 実際、その通りになった。機体を張りぼての岩に包んだ4機のライノスは第七艦隊にデブリと判定されスルーされた。この杜撰なミスは後世、多くの人間に責められることになるのだが、それは同じ道具を用いる人間たちを憮然とさせた。彼らの使っている道具は万能ではない。その時、彼らが捉えるべきは真正面に展開する敵艦隊の動きであってわずか4つのデブリではなかったのである。仮にこれが機雷ないし武装したHVであったとしてもそれは艦隊全体に脅威をもたらすものとは認められない。これら全てをフォローするのは機能的な側面からもマンパワー的な側面からも無限の要求と言えた。

 しかし結果としてその4機が戦局を一変させたのは事実だった。

 エレファンタ兵団特殊部隊ブルーに属する4機のライノスは開戦のはるか前から第七艦隊に見せていた退路にデブリとして隠蔽されていた。機能の全てをダウンさせたHVのコクピットで特殊部隊ブルーの精鋭4名は、襲い掛かる時を待っていた。

 ライザの傍らを離れ、自らのいるべきコクピットにいたフートは暗闇の中で策が成功していく様を文字通りその眼で観測し、改めて戦慄していた。敵は導かれるがままに背を向けたまま自分たちの方に退いてくる。ライザ・エレファンタ。破壊の申し子。まるで最大の破壊結果から逆算して作戦を導き出しているかのようだ。

 その最大の破壊結果とは、実はもっと先の未来から逆算しているのではないか?

 らしくもない想像にフートは自嘲した。闇の中で待つというのは人間をおかしくさせるものらしい。

「逃げ道は頭に入れてあるな。いくぞ」

 フートは3人のパイロットに声をかけた。その中にはレインも含まれている。ライザとは違って4人のライノスパイロットは待つことに適性を持っていた。まかり間違えばそのまま回収されることもなくデブリとして漂流し続けることになる恐怖と隣合わせの状況で待ち続けることは決して容易なことではない。

 ライノスが再起動したとき、それは単なるデブリではなくなったものの即座にそれに気づくものはなく、気づいたところで手遅れだった。何者の邪魔もなくライノスの並列レーザーは第七艦隊の旗艦を照準に捉えた。ライノスはこれまでも多数の目標を粉砕してきたが自然休戦期にあってはその金食い虫ぶりから価値を疑問視する声もある。艦艇に肉薄することの困難による損耗とコストが見合わないという理屈である。しかし今回は完璧な黒字となった。

 現代艦艇は防御に重点を置かれており、仮にライノスの並列レーザーの直撃を受けてもただちに艦体が四散するようなことはない。ただしそれはライノス1機での話である。4機のライノスからの直撃など想定しようもない。

 第七艦隊旗艦で何が起こったかを知ることができた者はいなかった。4機のライノスから放たれたレーザーは旗艦インダスの艦体を刺し貫き、第七艦隊を指揮するべき将官たちを一瞬にして宇宙の塵へと変えた。

 第七艦隊旗艦撃沈。この瞬間にドースタン大会戦は想定外の結果に雪崩撃った。

 皮肉なことに状況を理解するのにもっとも苦労したのは第七艦隊自身だった。

「何が起こったんだ!?」

 この質問に答えるべき旗艦は既にいない。この結論を迷いもなしにたどり着ける者はおらず、またその結論を保証してくれる者もいない。結局、各部隊それぞれで自発的に情報得て判断するしかなかった。そして情報を得たときに彼らに突き付けられたのは誰に従うのか?という問題だった。規定上は存在する予備の指揮系統もそれが現実になった時に機能するのにとてつもない時間を要した。

 第七艦隊の指揮を”3番目”に引き継ぐことになったメイソン大佐は後に述懐する。


 旗艦が失われたことを艦隊が認識するのに時間がかかり過ぎた。次に指揮系統の浸透に時間がかかった。というよりも、これに失敗したのが我々の最大の問題だった。私がこれに成功したのは単に指揮すべき艦隊が3割にまで撃ち減らされていたからに過ぎない。


 要するに第七艦隊は完全な機能不全に陥ったのである。

 この状況にもっとも迅速に反応したのはもちろんエレファンタ兵団だった。この状況を導きこんだライザは満を持して兵団に突撃を指示し、第七艦隊の横腹に飛び込んだ。

 自分たちの状況を確認することに意識を持っていかれていた第七艦隊はこのエレファンタの急激に組織的に対応不能だった。各部隊は陣形を整えることもままならず、明確な目標もなしに散発的に抵抗をするしかない状況に陥る。

 それでも、この時点ではまだ第七艦隊は連合軍の精鋭たるを証明していた。各個の部隊に損傷はなく、エレファンタの攻勢に存外の抵抗をしてみせたのである。しかし結果的にこれがまずかった。この抵抗で第七艦隊の中でも戦意旺盛ないくらかの部隊で秩序が回復されたのだが、マズいことに指揮系統を引き継ごうと躍起になっていた将校はその中に含まれていなかった。この結果、第七艦隊は交戦、抵抗するグループと再編するグループに別れてしまい、指揮系統の回復にとってはかえって障害となってしまったのである。

 逃げるのか、抵抗するのか。個々が精鋭であっても明確な目標を持たなければただの游兵に過ぎない。第七艦隊は烏合の衆と化した。これに追い打ちかけるように前面のドースタン守備隊が襲い掛かる。

 方針も定まらぬまま戦っていた第七艦隊にとって耐えきれるような攻撃ではなかった。ついに第七艦隊は瓦解した。

 指揮系統の不全は軍隊にとって致命傷になるという語りつくされた至言を補強する羽目になった第七艦隊であるが、仮に秩序を回復することに成功したとしても相手の痛手をいくらか増やしただけで結果に大きな差はなかっただろう。状況はその程度で打開できる段階を過ぎていたのである。


 言ってみれば第七艦隊にとって旗艦の消失は脳を失ったというよりも神経を裂かれたと表現する方が適当だったように思う。もはや誰が脳の代わりをしたところで身体はその命令通りには動かない状態だった。あれならいっそ身体ごと粉砕されて散り散りになった方がマシだったろう。そうすれば各々散り散りに逃げることになって、まだ生き残りは多かったはずだ。


 メイソン大佐はそう振り返る。

 ワシントンも第七艦隊の惨状は観測していたものの身動きのできる状態になかった。サンティアゴ兵団はワシントンの封じ込めに徹していたが、これへの意識を疎かにすれば攻め手を変えてくることは疑いようもない。ミラーは第七艦隊の指揮を間接的に引き継ごうと試みたものの第七艦隊の指揮系統の混乱ぶりではどうしようもなかった。ワシントンと拮抗する戦力であるサンティアゴを相手に下手なことをすれば痛撃されるのは目に見えている。だからと言って慎重すぎても第七艦隊を喰いつくしたエレファンタが襲い掛かってくるだろう。

 この場面でミラーに迫られた選択は緊急かつ酷薄だった。第七艦隊を救援して共に崩壊するか、見捨てるかの2択である。後者だ。ワシントンの幕僚たち誰もがそう思いながら具申はできなかった。

 ミラーの理性はその選択の正当性をいくつも積み上げる。第七艦隊は壊滅し、もはやドースタンの攻略どころではない。それどころかフランクリンベルトの防衛すら考えなければならない状況にまで事態は変貌した。ここでワシントンまで壊滅するわけにはいかない。この考えに反対する者はいないだろう。

 で、いつまで戦力を温存するつもりだ?ミラーは自嘲した。

「やれやれ。先を見過ぎたか」

 これこそ敗因だ。先のことしか考えていない思考を掬われたのだ。ミラーは自分たちの視点が足元に及んでいなかったことを痛感した。

 この敗因は今さら気づいたところで何の役にも立たなかったが不思議とあらゆる理屈を飛び越してミラーの決断を促した。

「後退だ。隙を見せるなよ」

 敗北は敗北。ミラーにはそれを受け入れる度量があってさらにそれに捉われない図太さがあった。先を見据え過ぎたことが今回の敗因なのは確かだが、それ自体が悪だったわけではない。それはそれ、これはこれだ。

 戦争とはこういうものよな、だが次はこうはいかんぞ。

 ミラーの眼光に長らく影を潜めていた敵愾心が燃え上がった。


 4機のライノスは決死の覚悟で作戦に挑んでいたが混乱下の第七艦隊は4機のHVなど目に入らず、彼らは悠々と離脱することに成功する。

 いっそもう少し暴れることもできたかもしれない。と思いながらも出過ぎた思考だとフートは頭を振る。十分過ぎるほどの結果だ。

 過ぎたるは、なお及ばざるが如し。

 フートはいま自分たちのもたらした争乱の意味を考えずにはいられない。それはこの戦いだけに留まらず、戦争全体にすら影響を及ぼすだろう。そのトリガーを弾いたのは実際にはフートではない。弾かないという選択肢をフートは与えられていない。

 ではこのトリガーを弾いたのは誰なのか。

 ライザ・エレファンタか?それも違うだろう。ちょっとばかりねじ曲がってはいてもライザも結局のところ軍人でしかないのだ。ライザは自らの意思を持っていても実態は火星の持つ銃であってそれを使うのは別の人間のはずだった。このトリガーは遠く離れた場所で、はるか以前に弾かれているのだ。

 どこの誰かは知らんが、ただで済むとは思わんことだな。ライザ・エレファンタは意思を持った銃で、その銃口から飛び出す弾にも意思があるのだ。

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