表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/148

5/1「ワイルドウィーゼル」

5/1「ワイルドウィーゼル」

 ピレネーの破壊から2か月が経過した。

 連合正規軍第七艦隊に先んじてフランクリンベルトを目指していたワシントン師団のマキ・イズミ少将は進捗に満足していた。

 事務の神様とまであだ名される彼女はその規模から実質的な第4軍と言われるワシントン師団のロジスティクス運用を司っている。地球連合内でも数少ない「実戦経験豊富」な軍人の一人で今回も第七艦隊も含む超大規模部隊の移動作戦を完璧にやってのけたのだ。その存在は冗談抜きでワシントンの命脈と言えた。

 直に艦隊はフランクリンベルトに入り、イズミたちによって手配された物資を受領し作戦行動の準備を完了するだろう。第七艦隊よりも早く。それがイズミのちょっとした楽しみだった。

 ワシントンに限らず特殊戦略師団は諸国の威信を背負うエリート部隊である。彼らには正規軍への対抗意識と少なくない軽蔑意識があった。イズミのそれはちょっとしたものでしかないが、中には連携に支障をきたすレベルにまで増長した例もあった。

「イズミ少将。ミラー司令官より通信です」

 部下の報告にイズミは眉を釣り上げた。艦隊の移動計画は既に詰めの段階にきている。この状況での呼び出しは追加の厄介ごとである可能性が大だった。

「ラストオーダーは過ぎてますが?」

 イズミの開口一番に画面の向こうでミラーは苦笑を浮かべただけだった。ワシントン師団の頭目は自らの心臓の性質をよく理解している。

「まぁそういうな。少々厄介なことになったので君の意見が聞きたいと思ってな」

 イズミは鼻を鳴らした。この手の言葉は信用ならない。何なら自分もそういう言い方をするからだ。

「18時間前にネーデルラント、8時間前にロックウェルがそれぞれ共和軍と戦闘状態に入った」

「は?」

 イズミは驚きを隠しもせずに目を見張った。

 ネーデルラント・ロックウェルともに連合軍の主要軍事拠点で今回の欺瞞作戦においても要衝となっている。故に戦闘状態に入ること自体は想定に入っている。しかし早すぎる。ネーデルラントには第8艦隊、ロックウェルには第6艦隊が移動している最中である。

「威力偵察兼遅滞活動」

 明白ではあるがイズミは敢えて口に出して確認した。ミラーも首是で返した。

「この戦闘で両拠点ともに施設にダメージを負った。残念ながら候補としては潰されたと考えていいだろう」

 なんと情けのない。イズミは舌打ちをした。策源地として活用するなら復旧を急がねばならないがその間に火星は他の候補地を調べればいいだけのことだ。

「まぁ、奇襲というのもあるが相手はエレファンタ兵団という話だ。奴らは港湾施設の損害の一点突破を仕掛けてきた。態勢を整える前に仕掛けてくるとは。してやられたな」

 ミラーは大して感慨もなさそうに言ったがイズミには由々しき事態だった。

 エレファンタ兵団。火星共和軍にあってもっとも攻撃的な兵団で現代戦争にあって異端とも言える破壊活動に特化した戦力編成を持っている兵団である。イズミのようなロジスティクス担当にとって天敵のような存在だった。

 もう一点、イズミを震わせたのは火星側の積極的な作戦行動である。これまでの専守防衛姿勢から明らかに転換されている。これは補給や移動作戦の危険性が上がったことを意味している。

 もちろんミラーとて状況を軽く見ているわけでもなかった。彼はこの状況に対して決断をしようとしていた。

「火星がここまで積極的に仕掛けてくるとは私も思っていなかった。既にフランクリンベルトには警戒を促しているが、いずれにしても思った通りにはならんだろうな」

 イズミは首を傾げた。ミラーは予定を変更するつもりなのだ。それはイズミにとって凶報を予感させる。

「さて、それで聞くが。1か月以内にうちが追加投入できる戦力はどれほどだ」

 イズミは天を仰いだ。

 難しい。元々が少ない期限の中でかなりの無理をして集結させた戦力なのだ。残りの戦力は虫食い状態で各所に分散していて、かなり効率の悪い編成作業になるだろう。何より他に心配するべきことがある。

「最終的に1個旅団は集められるでしょうが、フランクリンベルトのキャパシティを越えるのは確実です」

 フランクリンベルトにはアメリカ自衛軍と駐留正規軍、ワシントン師団、さらに第七艦隊とが集結しつつあるのだ。既に許容量の限界に近い戦力だった。イズミには補給を待つ艦艇が列を作る光景がありありと浮かんだ。

 ミラーは唸ると考え込んだ。彼もそれを知らなかったわけでもないだろう。単にイズミなら何とかしてくれるのではないかと僅かながら期待していたのだ。

 もちろん、無理なものは無理だ。イズミが確実という言葉を使う時はそういう時だった。

 イズミは戦闘部分に関しては門外漢であるため触れないがミラーの考えていることは察しをつけていた。

 作戦を前倒しにするかどうかだ。

 敵がこちらの目標を絞り込めば相対することになる戦力はより強大になる。増派を見込めるならそれを待って挑む手もあるが、これはたったいまイズミによって否定された。

 ならば欺瞞作戦を切り上げて速攻をかけようというのだ。が、これはこちらの態勢も不十分で挑む賭けになる。相手がヤマを張ってドースタンに戦力を集中していた場合、その結果は予測もつかない。

 そしてもう一つミラーに決断を迷わせる問題がある。第7艦隊をどうするかである。

 ワシントンからやると言えば第7艦隊は対抗意識からついてくるだろう。当然、戦力は多ければ多いほどいい。かといって彼らと足並みを揃えるには時間を必要とする。仕掛けるなら早ければ早いほどいい。第七艦隊を待つか、独自に仕掛けるか。

「仕掛けるぞ。後詰を用意しろ」

 イズミに緊張が走った。司令官は犠牲を覚悟した。その穴を埋める増援を指示したのである。



 そうと決めてから実行に移すまでの早さ、行動力。この点でエレファンタ兵団を越えるものはない、あってはならない。それが彼らの共通認識だった。ロジャー・ハウ大佐と彼の率いた部隊はまさにこれを体現した。

 エレファンタ兵団は目的のためなら犠牲を厭わず、これを貫徹する。この強固な共通認識こそもっとも攻撃的な兵団エレファンタを成り立たせている。「先のことは考えるが後のことは考えない」とカルタゴは評している。とにかく目標を達成することを第一義とする。末端兵士までがそれを共有しており、そのために選択される手段は身も蓋もないものだった。

 特筆すべき点は彼らに与えられる目標はエレファンタ兵団にとって可能と考えられる戦術に落とし込まれるところにあった。目標設定とそのための戦術だけが極端に柔軟な思想で行使されるのだ。ライザ・エレファンタが異端とされる所以である。

 この思想に兵団は全幅の信頼を置く。良くも悪くもエレファンタ兵団はライザの私兵集団のような集まりで海賊のような集団とも陰口される。

 ライザの号令一過、とるものもとりあえず進発したハウの一団は各所で合流し必要な物資を確保しながら強行軍で猪突した。そのやり口はほとんど略奪と言っていいレベルである。

 接収したものは主に老朽化した艦艇。多くは例のキャシャロット級でそれ以下の哨戒艇の類も含まれた。彼らは移動しつつそれらの艦艇の艤装を取り払うと簡易というよりも粗雑な装甲板で補強した。それは紛れもなくピレネーの特攻艦隊の再現だった。ただし中身はない。本当にピレネーの特攻艦隊を再現する場合は大量の爆薬類と正確に目標に突進させるための航法管制、さらに相手をひっかけるための戦術を構築する必要もある。そこまでの時間はないし必要もない。

 エレファンタ兵団の目的はあくまで敵侵攻作戦の目標がどこであるかを絞り込むことにある。要は相手のリアクションを引き出せればそれでいいのだ。疑似特攻艦隊はそのためのはったりでしかない。

 ハウはこの急増の欺瞞艦隊を二手に分け連合の拠点ネーデルラント・ブルックリンに向けた。候補の中でこの二つが選ばれたのは有力な候補の中でこの2拠点が相互に近い位置にあると同時に本命でも大穴でもないからだった。ハウの率いる艦隊には実体を伴う戦力はほとんどない。当たりを引き当てるのはむしろ危険であった。中間の可能性を潰すだけでも共和軍はヤマを張れる。

 ピレネー破壊作戦を経た連合軍の反応は明らかに過剰対応だった。無理もない。はったりだと見抜けるかどうかは問題ではなく、彼らは都度対応するしかないのだ。その滑稽な動きをエレファンタ兵団は笑う。しかしハウの心情は明るくはない。この戦術は一度行使されてしまった以上は今後も両軍の脳裏に残り続けるだろう。それはつまり自分たちもやられる側になる可能性を提起する。まったく愉快な想像ではない。

 いずれにしても疑似特攻艦隊に連合軍が引き寄せられた隙を狙ってエレファンタ兵団は港湾施設への強硬偵察を決行し、成功した。

 結論から言えば2拠点ともにハズレだった。大部隊の作戦行動を予兆させるような物資の貯蔵は見られなかったのだ。部隊と共に搬入される可能性はあったがそれはつまり行動に移るのはまだまだ先の話ということを意味している。現時点では捨ておけばいい。

 残る候補はもっとも連合領域に近く連合にとって攻略の容易なレスティオか、もっとも遠く、難しい拠点であるドースタンと考えられる。他にも候補がないわけではないが、それらを一々考慮していては身動きが取れない。そもそもその4候補を除外できるだけでも意味はある。

 一般論で言えばレスティオだろう。軍事的に考えれば連合にとってもっとも邪魔な存在だからだ。焦土作戦を展開されたとしても消滅するだけで利があるので攻め得でもある。が、連合の動きを純軍事的に捉えることはナンセンスだった。連合の戦争には常に利害が絡む。そこは防衛の戦争を戦ってきた共和軍とはまったく異なる点だった。

 ドースタンはありえるだろうか?ハウの焦点はそこに向いていた。

 可能性はあるだろう。地球にとっての旨味と列強にとっての旨味は違う。ハウには理解の及ばない思考ではあったが。

 いずれにせよ目的は果たした。後はライザの判断するべきことだった。



 ハウの分艦隊によってもたらされた情報はライザに決断を迫ることになった。

 既に宣言したことの半分は達した。役割は果たしたと考えても誰もライザを責めはしまい。しかし共和軍に提示される2択はまったく性質の異なる選択である。

「何を考えています?」

 フートが傍らに立って問いかけた。

「もう一つの選択肢を潰すかどうかだな」

 これにフートは否定的な顔を見せた。

 現在、ライザはエレファンタ兵団の本隊を率いて選択肢の一つであるドースタンに近い宙域にまで進出していた。これは単にドースタンが一番近いというだけで根拠があったわけではない。しかしハウのもたらした情報は4択を2択とした。つまりあと一手で当たりを確定できる。ライザの言っていることはドースタンと睨み合うフランクリンベルトに仕掛けるということだった。

「危険な賭けですな。連合も腹を括って強行する気になっている可能性があります。藪蛇になる可能性が高いでしょう」

 当たりを確定できるメリットはあっても実際に当たりを引いてしまうと大損害を被るのはないかとフートは危惧した。蜂の巣を突くようなものだ。

 ライザ率いる本隊はハウの分隊のような準備を行っていない。ハウの取っている戦術は本格的な戦闘に発展させずに済むという巧妙な効果を見せた。今にして思えばライザの方もその準備をしておけばよかった。もっともそれだけの不要艦艇を集めるのは難しかっただろうし、いくら老朽艦でも使用中のものを強奪するのだからコストはバカにならない。

「あちらさんがその気になる可能性はどの程度あるものかな?」

 連合軍は伝統的に準備を万端に整えた上で進軍してくることが滅多である。故に自然休戦期などという空白期間も生じるのだ。さらにこれまで共和軍が今回のような戦術行動をとった例も少ないためリアクションに不確定なところもあった。

「ドースタンが当たりだとすれば連合正規軍のどれが来るかはともかく、ワシントンが絡んでいるのは確実でしょう。彼らには足並みを揃えずに行動する能力があります」

 なるほど。他ならともかく第4軍規模のワシントン師団であれば単独で作戦行動に踏み切る選択はある。それはライザ好みの選択でもあった。

「ヤマを張ってもいいのでは?」

 フートの進言にライザは考え込んだ。

 偵察活動という体でここまで来たエレファンタ兵団ではあったが解釈変更はライザの常套手段だ。偵察活動で来てみたら本格的な戦闘になっちゃいました、で十分通用する。しなくてもさせる。

 現時点でサンティアゴやボルトンは動いていないがエレファンタはここにいるのだ。相手が計画を前倒すのなら自分たちで迎撃。しないならそれはそれでよし。

「よし、残りの全兵力をこっちに移せ。ここで根を張るぞ」

「本営にはどう報告しますか?」

 そもそもの偵察活動の成果に関してだ。エレファンタはドースタンに当たりをつけるがそれを共和軍全体に押し付けるわけにもいかない。

「わかっていることだけ報告すればいい。レスティオかドースタン」

 敬礼をしてフートが下がるとライザはドースタンの兵力データを参照した。

 エレファンタ兵団とドースタンの駐留の連邦軍だけで防衛は可能だろうか。相手にとって計算違いはここにエレファンタ兵団の本隊がいることだろう。ワシントンだけであれば多少は持たせることができる。しかし連合正規軍の艦隊も加われば厳しい。

 もちろん、戦いが始まればサンティアゴ・ボルトンの兵団も動く。この戦いの趨勢は双方の援軍がどのタイミングで到着するかによって決まる。

 常識的に考えれば連合艦隊が先だ。共和軍がレスティオかドースタンかで迷っている時間の分だけそれは致命的な差になるだろう。しかしライザはそれほど心配する気にはならなかった。エレファンタがドースタンに留まる。その意味に思い当たらないほどサンティアゴもカルタゴもボンクラではないはずだ。


 この時点で火星と地球両軍の陣容はそれぞれ予測して的を得た部分と外している部分が混在していた。

 連合軍においてはエレファンタ兵団の存在は予期されなかった。エレファンタ兵団はハウの分艦隊と認識されているのだから当然のことだった。一方で共和軍においても存在を予期されなかった一団はいた。

 ローマ師団である。

「なるほど。話は分かりました」

 カリートリーは平静を装うのに苦労した。

 画面向こうでワシントンの司令官ミラーは熱心にカリートリーの返事を求めている。ワシントンはドースタンに対して先制攻撃を仕掛ける決断をした。それにローマの参加を求めてきたのだ。

 この賭けに投入できる戦力は多ければ多いほどいいとミラーは考えたのだろう。第七艦隊は現在ローマ師団よりも遅れた位置にあって、さらに補給を受けて戦闘態勢を整えるのに時間を要するのは間違いない。図らずもローマは貴重な即応可能戦力となってしまったのだ。

 急転直下の事態にカリートリーは即断を躊躇ったが、潜考していられる状況でもなかった。ミラーは使えるものは全て使う気でカリートリーの意見など求めていないのは明らかだった。

「前倒しは承知しました。で、いつのやるのでしょう」

 第七艦隊との差が開くほどリスクは高くなる。時間は可能な限り欲しい。ローマの本音を言えばこの戦いは成功しようが失敗しようがどうでもいい。被害を少なく抑えられればそれでよし。

 逆にミラーは早ければ早いほどよしと考えている。

「うちのイズミが君たちの補給受け入れを準備している。それが終了次第、すぐだ」

 ミラーの顔にしてやったりの表情が浮かんだ。カリートリーの方は口の端を引き攣らせた。

 クソ狸め。

 マキ・イズミの名は特殊戦略師団全体にも知れ渡る勇名だ。ワシントンの伝家の宝刀まで持ち込んでいたとは。ワシントンがこの作戦にかける熱量はカリートリーの思う以上のようだ。

 しかし、ここまで引きずられていいのか?もともとローマがこの場にいるのは何か別の思惑があってのことのはずだ。

「念のために聞いておきますが、我々の派遣を要請したのは何か他の用事があったのではありませんか?」

 この時、ミラーの見せた反応はカリートリーの想定を完全に外した。ミラーは素っ頓狂な顔をすると

「なんの話だ?」

 と、困惑気味に言ったのだ。

 カリートリーは足元がグラつくのを感じた。

「クリスティアーノから君らを派兵したいと言われて受け入れたのだよ。君も苦労させられているようだな」

 いくらかを察したのかミラーは苦笑しながら通信を切った。

 つまり今回の派兵はワシントンではなくクリスティアーノの意思だった。

 となればジェンスとの接触もクリスティアーノは折り込み済みだったのではないか?

「あのクソあまぁぁぁぁ!」

 頭を抱えてカリートリーはのたうち回った。



 ローマ師団の参戦は当然ながらイージス隊にも参戦を強要することになった。

「そういうわけで腹を括っておけ。顛末がどう運ぶか、俺にも予測できん」

 カリートリーは明らかにウンザリした表情で通達してきた。

 ルビエールにはそれを詰るような意識はなかった。明らかに大隊指揮官の思惑を外れた展開なのは明白だった。中間管理職の悲哀はルビエールにも共感できる。

 とりあえず今は受諾すること以外できはしまい。

「では、このままそちらの指揮下で動けばよろしいですか?」

「うむ。こっちの都合に付き合わせるんだ。面倒は見てやる」

 大隊指揮官としてはイージス隊を温存する選択もあろうが、イージス隊だけを浮かせて置くことに裏目の予感を感じていた。これはルビエールにも同感である。それにイージス隊にとって第八大隊についていくことは悪くない話だ。

 大隊指揮官の指揮下にあればリーズデンのようなことは起きないだろうし、何よりルビエールにとって楽である。戦術的な判断は大隊指揮官に任せておけばよいのだ。

「念のためにマサト・リューベックに準備をさせておけ」

「は?」

 不意の指示にルビエールは瞬きを繰り返した。当の大隊指揮官はニヤつくだけだった。

「それだけ言えば伝わるはずだ。できる限りの準備はしておかんとな」

 要領を得ないながらもルビエールは頷いた。

 はて、この不可解な指示にリンクする情報があった気もする。いつのことだったか。


「で、これどうしましょう」

 整備スタッフ数名と共にモーリは途方に暮れた。

 フランクリンベルトに到着したイージス隊を待ち受けていた補給物資。その中に含まれていた特大の厄介者、2機の新型試験機XVF16はパイロットのあてすらもないままイージスに運び込まれていた。

 この厄介者の闖入にエリカは激怒して姿を消した。恐らく本社かエディンバラにクレームを入れにいったに違いない。

 現在、イージスには8機のXVF15試験機体と予備機2機。4機のVFH11で14機のHVが運用されている。イージスには設計上は18機のHVを積載可能なハンガーがあり、運用限界数は16であるので数値上はこの2機を積むことも可能となる。しかし試験小隊であるイージス隊は多量の資材とスタッフを抱えている。その一部がハンガーを侵食しているため14機の時点で運用限界に達している状態だった。

 試験用の資材を別ストレージに移せばいい話ではあるがそれに賛同するスタッフは皆無だった。

「いっそのこと予備機を1機バラしますか?」

 現状のXVF15の信頼性を鑑みれば2機も予備機を持っておく必要はないのではないか。モーリの提案は少なくない整備員に妙案と同調されたが整備主任は賛同しなかった。

「駄目だ」

「駄目って、駄目の理由を教えてもらえませんか」

「あの2機はイジるなってお達しだ。お前らだってあれのソフトがシーリングされてるのは知ってるだろう」

 モーリ含む上位整備員はその言葉に違和感を覚えた。モーリたちもハード部分の保守整備でしかその2機を触ることを許されず、そのOSにシーリングが施されていることは知っている。ただそれはパイロットの決定していない機体に余計な情報を入れないための処置と認識していたのだ。

 整備主任の言葉はシーリングに何か別の意図があると言っているように思える。というよりも9番機と10番機は予備機とは異なる役割を持たされているというべきか。

 まぁ、それを自分たちが勘ぐってもしょうがないことか、モーリはその違和感をしまいこむと次の手を模索した。

「だったらXVF16の方をバラしましょう」

 やけくそ気味な提案だったが整備主任は否定することなく唸った。ここにいる整備チームはXVF15のチームなのだ。招かるざるXVF16のことを気色悪く思っている者でほとんどだった。

 そして今のところXVF16の扱いに関しては「預かっておけ」という曖昧甚だしい指示しかない。

「やっちまうか」

 整備主任のつぶやきにチームの誰一人反対する者はいなかった。


「念のために準備をしておけ、だそうだ」

 ルビエールが伝えた大隊指揮官の指示にマサトは怪訝な表情をしていたが、すぐにその意味に思い至ったようだった。

「それは、まぁ構わないんですけど」

「差支えなければその意味するところを聞かせてもらいたいな」

 しばらくの間マサトは考えていた。

「この上、首を突っ込み過ぎると身動きが取れなくなりますよ」

「そいつは今更だろう」

 ルビエールの言葉に苦笑するとマサトは喋りはじめた。

「いまハンガーにある予備機2機のうち9番機に入っているOSは僕用のILSプロトタイプが搭載されてるんです。そいつで出撃しろって意味ですね」

 突拍子のない話だったがルビエールは然して驚かなかった。むしろリーズデンでの戦闘中の発言に繋がって納得いくほどだ。

「もちろん、クレイジーな発想ですがね」

 そりゃそうだ。開発主任で尚且つ貴重な実験体を投入するなど狂気の沙汰だ。しかし大隊指揮官はそれを準備しろと言う。

「興味本位な質問だが、お前以外にその処置を施された人間はいるのか?」

 いると考えるべきだろう。唯一無二の存在ならさすがにそんな指示はしないはずだ。

 ルビエールはこの質問に対するマサトの回答を期待していなかった。しかし、それは思っていない形で返ってきた。

「ほとんど死にました。まともに生き残ってるのは僕だけです」

 言葉の持つ意味に不釣り合いな素っ気なさにルビエールは目を瞬いた。

「それで、よく回るものだな…」

 ルビエールが辛うじてそう言うとマサトの方は苦笑した。

「実際にはこのプロジェクトは一旦廃棄されたのを蒸し返したってのが正解でしてね…」

「おいまて、また機密が増えるのか」

 またぞろ機密情報に晒されるのではないかとルビエールは警戒感を露わにした。相手は悪戯の失敗したような顔をしてふふふと笑った。

「まぁこっちのことはお気になさらずに、僕らに危機が迫るようでしたらお力を提供しますよ。どこまで意味があるかはわかりませんけど」

 マサトは少なくとも大隊指揮官の指示に不服があるようではないようだった。

 この少年の思惑はどこにあるのだろうか?ルビエールは心の中で首を傾げた。クリスティアーノの思惑に乗り、協力する。それは勢力としてではなく、個人としての行動にしか思えない。

 大隊指揮官は言った。「企業という盤面で状況を覆そうとしている」と。この目的とクリスティアーノの思惑が合致する余地はあるかもしれない。それにしても不用心な行為ではないか。

 いずれにせよ、同じ船に乗っているのだ。思惑が異なっていようが一蓮托生の関係にあることはかわりない。

「なら、頼りにさせてもらうわ」

 深く考えるのは避けてルビエールは状況に集中することにした。

 地球・火星双方にとってのそしてイージス隊・ルビエールにとっての運命の戦いが幕を開けようとしていた。


 グラハム・D・マッキンリーの歴史講座「ドースタン大開戦その1」

 ドースタン大開戦。宇宙開拓歴において強い響きを持つ言葉だ。

 第二次星間大戦における事実上の緒戦。この戦い顛末を語ることは極めて難しい。一つ確かなことは両者にとってとんでもない破断を生んだという事実だ。

 この戦いは前哨戦と本戦の二つに分かれる。火星側の拠点ドースタン、地球側の拠点フランクリンベルトに挟まれる宙域を戦場として地球連合軍は精鋭の第七艦隊とワシントン師団、火星共和軍はエレファンタ兵団に加えサンティアゴ兵団と共和軍の主力兵団が激突した。第二次星間大戦においても最大クラスの会戦だ。

 連合軍の目的は火星共和最大級の拠点であるドースタンの占拠。共和連邦軍はこれに対する防御に動いた。

 連合軍の展開した欺瞞作戦によって共和連邦軍は防御網の策定に苦労することになる。エレファンタ兵団によって候補地は絞り込まれたものの前哨戦においては主力としてあたる予定のサンティアゴ・ボルトンの両兵団はドースタンには入っていなかった。この時点でドースタンに入っていた火星側の陣容はドースタンを守る連邦軍部隊と偵察活動を行っていたエレファンタ兵団の本隊の2つでしかなかった。これですら僥倖と言える陣容だ。なにせエレファンタ兵団はそもそも防衛任務のためにいたわけじゃなかったんだからな。

 とはいえ連合軍側も決して万全な陣容だったわけじゃない。エレファンタ兵団の強硬偵察によって攻略対象を絞り込まれたワシントンは主力の第七艦隊を待たずにドースタンに対する攻撃を決断した。これは戦術的には敵軍の陣容を把握するための牽制と見るべきだろうが不用意な戦闘だったのではないかとしばしば議論の対象となる。

 実際、史実として見れば前哨戦の戦いはあまり意味のない結果となった。しかし、戦史家に言わせればこの前哨戦の顛末は本戦に致命的な影響を及ぼすことになる。

 そして本戦の顛末は歴史に致命的な影響を及ぼすことになるわけだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ