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4/3「お前は誰だ」

4/3「お前は誰だ」

 リーズデン戦区を離れたイージス隊は4隻の護衛艦艇を伴ってカリートリーの率いる第八大隊と合流しつつあった。

 ルビエールが第八大隊旗艦に通信を送った時、通信スクリーンに出てきたのは自分と同じ銀髪白肌の女性士官だった。

「大佐は現在、別の通信に対応しております。しばらくお待ちください」

 そう言った女性の顔は自分の目の前に現れたルビエールの容姿に興味津々と言った風であった。ルビエールも同じような顔をしていた。

 程なく、通信は大隊指揮官の暑苦しい顔に入れ替わった。

「遠路、ご苦労。少々面白いことになった」

 労いは一言で済ませて大隊指揮官は唐突に自分の話を切り出した。

「そっちでも確認できる頃と思うが、ジェンスのグレートウォールがこちらに接触を図っている」

「は?」

 ルビエールの目が忙しなく瞬いた。管制官に目を向けると彼は頷いてレーダー範囲の端に新たに映った船団をフォーカスしてみせた。その識別信号が確かにグレートウォールというコールサインを示していた。

 グレートウォール。ジェンスエンタープライズの本拠地の一つである超大規模船団である。それ自体が自給自足を可能とするプラントを備える動くコロニーのような存在で特筆すべきはそれらを無数の艦艇によって分散構成している点にある。それによってダメージコントロールと逐次の施設更新を可能にしているのだ。

 そのグレートウォールが地球連合領域に進出してきている。

「何が目的でしょうか」

 ルビエールの素朴な疑問に大隊指揮官は口の端を釣り上げた。

「こちらの探りに応えに来てくれたのかもしれんな」

 以前のやり取りを踏まえての言葉だったが内秘事項の仄めかしにルビエールはたじろいだ。大隊指揮官は明らかにルビエールの反応を楽しんでいる様子で次々にカードを切ってきた。

「さらに面白いことに、あちらから招待を受けた。俺と貴様、名指しでな。俺はこれを受けるが。お前はどうする?」

 想定外の言葉にルビエールは困窮していた。こういうことは幾度か経験があるがジェンス社という全くコネクションのない勢力からとなると初めてのことだった。しかもこの時期に、となるときな臭さが鼻をつく。それに大隊指揮官の様子も変だ。何か高揚状態にあるように見える。

 ルビエールの同様を気にする素振りも見せずに大隊指揮官は視線をマサト・リューベックに転じた。

「貴様も招待されている。こい」

「僕は命令なわけですか」

 マサトは苦笑した。

「お待ちください。できれば意図を説明していただきたい」

 エディンバラが割って入ってきた。彼の立場からすればジェンス社の招待にイスルギ社のマサトも含まれていることに不穏さを感じないはずがなかった。大隊指揮官もこの反応は予測通りと言った風に表情を変えずに受け止めた。

「さて、招待理由などはあちらに聞いて貰わねば」

 大隊指揮官のとぼけた返答にエディンバラは苦虫を潰したが、それ以上は追及のしようがなかった。

「我々はともかく、大佐自らが赴くのは危険ではありませんか?」

 ルビエールがリーゼのような言葉を吐いた。それを聞くと大隊指揮官は哄笑を上げた。

「わかっとらんな貴様は。言っておくが我々はかなり危険な状況にあるんだぞ。連中がその気になればこちらは容易に磨り潰される。これは実質的な脅迫だ」

 大隊指揮官の目がギラギラと輝いている。どうやら大隊指揮官の高揚状態はその危機的状況に由来しているようだった。

 グレートウォールはその規模に比するだけの戦力を保有している。第八大隊ごとき、瞬く間に屠られるだろう。

 多くの者にとって感覚的に理解しがたいことであろうがジェンスエンタープライズは法治に属さないがゆえに暴力という手段を如何様にでも振るうことができる。もちろん、ジェンス社が地球連合と敵対関係を望むわけはないが、ここで大隊を潰したところでいくらでも誤魔化せるだろう、それだけの力をジェンス社は持っている。

 そもそも連合支配宙域に通達なしで進出してきていることが明白な領域侵害にあたる。それを堂々とやっていることもジェンスの強大さと傲慢さを表していた。

 しかしなぜ?この時期に、この場所で。さっそくクリスティアーノの勘が厄介ごとを掘り当てたようだ。

 この疑問も結局のところは応じてみないことには解らない。

「そういうわけで合流し次第、迎えにいくから用意しておけ。帯同できるのは貴様ら二人だけだ」

 ルビエールとマサトは顔を見合わせて互いに肩をすくめた。


 罠であること、陰謀であること、両方の危険性を持ってエディンバラとリーゼは反対したが、その言葉には相手の強大さに対する有効な処法は含まれていなかった。

 イージスのドッキングベイに連絡艇が接合した時、ルビエールはリーゼから手渡されたハンドガンを慎重にジャケットの内に忍ばせた。

 向こうに行けば取り上げられるのは明らかだったが、ルビエールがリーゼの進言のなかで唯一叶えられるものがそれだった。

 シャトル内には既に大隊指揮官が座しており、先ほど通信にでていた銀髪白肌の少女が二人を迎えた。

「エイプリル・カーラ・フィッツジェラルド特務少尉です。一応は護衛要員として皆様に帯同させていただきます」

 ピシッとした敬礼を見せる銀髪白肌の少女の名前をルビエールは検索した。ノーブルブラッドの大半は長い歴史のなかである程度の繋がりを持つ。ルビエールも名前だけであればほとんどの家系を知っているが、今目の前にいる自分と同じ容姿記号を持つ少女の名前には聞き覚えがない。

「御落胤というやつだ」

 大隊指揮官が見透かしたように呟いてルビエールはハッとした。極端な血族主義のノーブルブラッドにおいてはよくある話だった。

 そういった者たちは生まれ出た時点でかなりの差が生じる。スペシャルとしての記号を持たずに生まれたものは幸いと言える。持ち合わせて生まれてしまった者は決まった後ろ盾を持たずにノーブルブラッドとしての偏見をその身に受けるのだ。ルビエールは居たたまれない気持ちを隠して席についた。

「そうはいってもカーラジェラルドはなかなか優秀だぞ。天邪鬼なのがたまに傷だが」

 大隊指揮官は高揚状態が継続中なのか、自らの部下を弄ぶようなことを言っている。聞こえているだろう本人は不機嫌そうに顔を機外に向けている。


 しばらくすると機外の光景がグレートウォールの全容を映し出した。イワシの魚群のごとき艦艇の群雲だった。近づけば近づくほど異様さが増す。

 その魚群を構成する艦艇のほとんどは通常の巡洋艦レベルのサイズで、ハブとしての役割を持つだろう空母レベルの大型艦とつながっている。

 ネイバーギフトによって大型の構造物建造が容易となった現代では異端な発想で構成されたそれは、大きさではなく細かさによって見る者に恐怖心を与えんとしているようだった。実際、ルビエールはその異様に寒気を感じた。

 その中心に旗艦として座すのがジェンス社の誇る大型艦「ミストレス」だった。グレートウォールの中では例外的な大型艦はこの魚群の頭脳の役割を果たすと思われている。しかしルビエールは疑わしいとみている。

 これだけ徹底した分散化がされている中でそんな明確な弱点を設定するだろうか、ふざけた名前もたちの悪いジョークを暗示しているのではないか。この考えは実際にグレートウォールの姿を目の当たりにして一層強まった。

 シャトルが魚群に呑み込まれると圧迫感は劇的に高まる。

「これだけの規模を維持するというのは軍隊とは全く違う運用力が必要になるだろうな。いや、まったく恐れ入る」

 大隊指揮官は視察にでも来たような風に言った。

 確かに、軍の艦隊運用では基本的に生産活動などは考慮されないが、グレートウォールはプラント船だけでなく、一般市民にあたる通常業務を担当する人員が多数存在する。内部では経済活動も行われているはずで、軍隊が艦隊運用では気にする必要のない多くの要素が同時多発的に進行しているはずだった。要するにグレートウォールは都市と軍を同時に内包した船団なのだ。土地を持たない国家と揶揄されるだけのことはある。


 ミストレスの空間は不必要なほどに一つ一つの空間が広く、天井も高かった。4人が通された待機室は虚飾に彩られ、見る者に権威と財力を誇示するようであった。

 大隊指揮官ですら苦笑いを浮かべずにいられなかった。意図して演出されたであろう悪趣味さは来訪者の精神を逆撫でするのが目的と説明されても納得できるほどであった。実際、ルビエールがそこで感じたものは生理的な嫌悪感であった。

 予想通り、ここで4人は武器の提出を求められ、それに応じたところで招待者を待つことになった。

「招待相手はCEOのソウイチ・サイトウ。名前くらいは知っているな」

 大隊指揮官の投げかけにルビエールは黙って頷いた。当たり前だ。ジェンス社のトップは国家の元首に等しいVIPだ。単一組織の長であるだけ、人類でもっとも影響力のある人間であるかもしれない。

「結構だ。これは貴様のためを思って言っておくが、マウラの名が出てきたら貴様は黙っていろ」

 思ってもいない言葉に3者共に驚きの表情を見せた。当の大隊指揮官は何かおかしいか?と言わんばかりである。

「自覚がないのか。貴様はマウラの一派とは別の道を歩む選択もあるということだ」

 大隊指揮官は空中に手で線を引いた。

「恐らく、ここで、一つ線が引かれる。お前はともかく、俺がここにいるのはマウラの、もっと言えばクリスティアーノ派の一人であるからだ。少なくとも俺はそう認識している。気づかんうちに枠に組み入れられんように気を付けるんだな」

 忠告とも勧告ともとれるこの言葉を大隊指揮官は部下ではなく、ルビエール個人に純粋な親切心で投げていた。

 カリートリーはこの招待に潜む意図に政治的目的があると見ていた。とすれば、ルビエールの立場がここで固定されかねない。それはクリスティアーノにとっては悪くない流れかもしれないが、ルビエールにとってはそうであるとは限らない。カリートリーはクリスティアーノの臣下ではあるものの、それはあくまでクリスティアーノの理念に同調するからに過ぎない。仮にルビエールがクリスティアーノの下に納まるのであれば、それもルビエール本人がクリスティアーノに同調してこそであるべきだと考えている。

 些か急な話ではあるかもしれないが、転換点は思わぬところで発生するものだ。後になって悔恨されても困る。

 ルビエールの方はと言えば言葉の意味は了承しつつも返す言葉に困っている風であった。その様子をエイプリルが苦々し気に睨みつける。

「選択肢があるとは贅沢な話じゃないですか」

 エイプリルが発した言葉の棘に大隊指揮官は思わず哄笑した。

「そういう貴様は選択肢を自分ででっちあげるタイプではないか」

 その言葉にエイプリルは拗ねたような顔を背けた。

 マサトが興味深げに眉を上げた。ルビエールも似たような顔をしている。大隊指揮官の言い草ではこの少女はかなり破天荒なことをするタイプのようだった。御落胤という生まれから振り回されて今の立場にあるのかと思ったがそうではないということか。

 少し、羨望の感情がルビエールの胸中に沸いた。案外とこの少女は自分で生き方を選んでいるのかもしれない。

 ならば、私も私の生き方を選ばなければならない。今はそれが何なのかは解らない。だったら、保留だ。

「では、遠慮なく黙らせていただきます。心使い、感謝します」

 うむ、と満足そうに大隊指揮官は頷いた。いまはそれでいいと言うようであった。

「んで、僕はどうすればいいんですかね?」

 次は自分の番とマサトは手を上げた。

「知らん」

 にべもなく切り捨てられてマサトは憮然とした。

 このやり取りはかなり奇妙なものだった。いや、以前からそうなのだが大隊指揮官はマサトの存在価値からみると随分と雑な扱いをする。ALIOSの開発者であり、ILSの実験体、その価値を大隊指揮官が知らないはずはない。

「向こうがお前もこっち側の者と認識しているならそれを利用する手もあるだろうが、そうはならんだろう。出方次第だ。好きにしろ。もちろん、こっちの不利益になるような場合は相応の覚悟をしてもらうが」

 カリートリーは皮肉に口を歪めてそう付け加えた。

 違和感の一端が見えた気がした。ようするに大隊指揮官はマサトを共同歩調者としか認識していないということなのか。

 どうにもこの少年の本質的な部分はまだまだ謎に包まれている。



「いやぁ、お待たせお待たせ」

 その男は自分の私室にでも踏み込むような気楽さで入ってきた。呆気にとられる4人を順番に見ながらも足を止めることはなく、主客であるカリートリーの前まで一気に歩を進めた。

 カリートリーが立ち上がる前からその両手が右手に伸び強引に握られる。

「感激だなぁ。トロギール・カリートリー。クリスティアーノ・マウラの腹心。今一番エキサイティングな勢力だ。おっと失礼。俺がソウイチ・サイトウ。ジェンスエンタープライズのCEOをやってる」

「これは、どうも」

 顔面を引き攣らせながらカリートリーは応じた。自分も同じ立場なら似たような顔をしたであろうだけにルビエールは笑えなかった。

 続けてサイトウは視線を隣の少女に移す。

「エイプリル・カーラ・フィッツジェラルド。誰の血族かは口にしない方がいいのかな?」

 その言葉でエイプリルはサイトウを敵視することに決めたようだった。差し出された手をいかにも乱暴に握り返すだけで一言も発さなかった。

「イスルギの天才エンジニア、としておこうか。マサト・リューベック」

 含みのある笑みにマサトも苦みを含めた笑みを返した。

 次は、自分の番だ。ルビエールは身構えた。どんな言葉が出てくるものか。

「そして、古く、新たなる血統。ルビエール・エノー」

 言葉の意味を理解するよりも先に差し出された手を握り返す必要があった。他の3人と同じく強引に握られた手は力強く、それがサイトウという人間の活力を表しているようだった。

 挨拶を終えるとソウイチは両手の人差し指を4人に向ける砕けた仕草をした。

「もーちょっと待っててもらえる?」

 護衛がいるにしてもあまりに不用心な振る舞いはむしろ余計に4人を警戒させた。程なくして入室してきた異形の大男の姿を見てそれはさらに増す。

「待たせたな」

 居姿を完全に覆いつくす仮面と外套を纏った男は客ではなくサイトウに向けてそういった。

「おいおい、お客様に失礼だろう」

 サイトウの咎める言葉には真剣味がまったくない。そう、全ての仕草に本気が感じられないのだ。

「これは失礼。ディニヴァス・シュターゼンだ。CEOお付きの特別顧問ってことでいいのかな?」

 ディニヴァスの問いかけにサイトウは大げさに肩をすくめた。

 そうして得体の知れない組織の得体の知れない二人の男がルビエールたちの前に座った。

 ソウイチ・サイトウ。ジェンス社のCEO。道化師のような男というのがルビエールの第一印象だった。組織の長としての雰囲気がないということはないが、それは精々新興ベンチャー程度までといった印象に留まる。

 経歴には謎が多い。ジェンスほどの巨大組織でこの若さでトップになることは不自然なことだ。実績によるもの、とは言えないだろう。事実、彼の名が知られるようになったのは彼がCEOになった時からだった。つまり、それ以前の経歴はほとんど知られていない。真っ当な形で就任したわけではないだろう。もっとも、ジェンス社のCEOの選出方法そのものが真っ当だという保証もない。

 さて、とサイトウが話を切り出そうとしたところをエイプリルが手を上げて制した。

「この人は何なんです?」

 この人と指さされた仮面の男が首をわずかに傾げた。ソウイチの方はというと面白げにエイプリルを見つめる。エイプリルの言うことはもっともである。ディニヴァス・シュターゼン。そう名乗っただけの男は正体不明であった。居姿はもちろん、声も変声機を通していてもおかしくない。そんな人物を同席させて会談などできない。次にこの男にあった時、それを同一人物であると誰が言えるのか。

「その手の質問は何度もされてきたが、君ほど礼を欠いた言い草は初めてだよ」

「礼には礼で返す流儀ですので」

 ソウイチの言葉に何ら臆せずエイプリルは切り返した。仮面を被ったままの男にどんな礼があるというのか、ということだ。仮面の男は仮面越しに愉快気に笑い声を上げた。

「お嬢さんの言うことはごもっともだ」

 同じ懸念を口にしたものはいるが、状況と立場を優先したお伺いがほとんどであった。この少女の度胸をディニヴァスは気に入ったようであった。

「お嬢さん、この仮面の下には顔がある。だが、それは私であって私ではないのだ。私の顔も、声も、皮膚も、骨も。私を構成するパーツとしては、意味を為さないのだ」

 なんの答えにもなっていない。むしろエイプリルたちの懸念をよりはっきりとさせている。この男には何の保障もない。信頼を置くことはできない。

 いずれにしてもこの仮面の男はそれ以外の答えはないとはっきりと態度で示していた。つまり最初から無意味なやり取りなのだ。たまさか相手がそれに付き合ってくれただけのこと。最初からフェアな関係で挑める会談ではない。4人はそれを承知しなければならない。あるいは、それを端的に表すための仮面であるかもしれなかった。

 擬人化。ルビエールの脳裏にはそんな言葉が浮かんだ。

 人が仮面を被る理由は二つある。一つは正体を隠すため。その場合、仮面そのものには意味がない。重要なのはその下にある正体である。2つ目は仮面そのものに意味がある。別の何かを演じる時だ。この場合、中の人間そのものには意味があまりない。

 この男の本質は中身にはなく、そのマスクによって別の何かを体現している。何をか?何ものにも縛られず、正体不明で信頼のおけない存在。つまりジェンスエンタープライズそのものを擬人化しているのだ。

「ま、人間の顔だって仮面と大差はないさ」

 部屋に漂う沈黙をディニヴァスに対する存在の了承と受け取ったか、サイトウが満を持して口を開いた。

「君たちをここに呼んだのは確認しておきたいことがあるからなわけだ」

「見返りは?」

 無償提供してやる筋合いはないと大隊指揮官が切り込んだがサイトウの方は乗り気とうい風ではない。

「力関係を思えば、こっちにそんな筋合いはないんだけどねぇ。まぁ内容次第というところかな。それに、俺たちの質問そのものが君らにとって面白い素材を提供するんじゃないかなぁ」

 なるほど、うまいことをいうものだ。カリートリーはサイトウ個人の才覚が肩書を汚すものではないことを確認した。

 さぁ、勝負だ。

「よろしいでしょう。話せる範囲でお答えする」

 大隊指揮官の応じに満足そうに頷くとサイトウは室内の明かりを落として各自に中央の立体スクリーンを注視するように促した。

「こいつは地球と火星の内部勢力の大まかな相関関係を示したものだ。見ての通り、火星は現在の政権与党マルスの手によってほぼ独占状態にある。一方で地球はアメリカを中心とした列強国が主導権を握っているとはいえ中堅諸国に旧列強の4Cを中心に潜在的な反列強国勢力がひしめいている。ま、それはどうでもいいんだ。俺たちが確認しておきたいのはこのうちのどれだけが状況を理解しているかってことなんだけど」

 そういうとサイトウはお楽しみのカルチョの結果でも聞くように身を乗り出した。

「で、あんたらのとこには行き着いているのかな?」

 要領の得ない質問ではあったが、それを読み取ってこそなのだろう。大隊指揮官はルビエールとエイプリル、二人の少女を見やってから覚悟を決めるかのように深くため息をついた。

「フォースコンタクトのことを仰っているのであれば、然り、と」

 反応は3つに分かれた。ディニヴァスとマサトは韜晦するように明後日の方を向き、エイプリルとルビエールは言葉の意味を理解しかねて呆然とした。サイトウの方はと言えば膝を叩いてしたり顔をした。

 フォースコンタクト。4度目の外宇宙生命体との接触。3度あったのだから4度目もあるだろう。ただこの場で出てくる単語としてはあまりにも突拍子もないものだった。

「上等だ。それなら次の話ができる」

「ちょっ」

 たまりかねてエイプリルが口を挟もうとするのをカリートリーが制した。説明は後でいくらでもできる。この様子を嘲笑いながらサイトウは続けた。

「単純な話、いまの諸勢力はフォースコンタクトを知っているかどうかと、それをどう利用するかで分かれている。マウラは知っている。わかった。で、君の所見じゃこの情報、マウラはどう活かすかな」

「撒いたのはそちらでは?」

「その通り、だからどう芽吹いてるかを確認したいのさ」

 しゃあしゃあと言ってのけるサイトウに目を細めながらカリートリーは自らの所見を述べた。

「4C、MPEと接触をしています。協調するかは怪しいところですが、当然ながらこの二つも状況を知っているはずだ」

 マウラ本家が接触を図っていることから考えれば十分あり得る話だ。それどころかマウラの方からその情報を提供したかもしれない。

 要するに世の中の黒幕たちはこのフォースコンタクトという情報を切っ掛けにして動き出したのだ。

 しかし、この情報。かなり怪しい。諸勢力を動かすために流布した偽情報と言われても納得できるほどには都合の良い情報だった。

「実際、どうなのです。フォースコンタクトは起こるのですか」

「そりゃーいつかは起こるんじゃないかな。でも、問題はそこじゃないだろう」

 カリートリーの問いにサイトウはとぼけた表情を繕ってみせた。カリートリーは苦虫を潰す。

 確かに。もうことは動き始めているのだ。情報の真偽はこの際は無意味だった。仮に噂通りの事態が起こるのだとしても、それを見越して動き出している連中に付き合わざるを得ない。

「さて、ここまでの話を聞くとマウラは反列強に回るような動きしているように思えるね」

「実際にそうであるならここで話すことではありませんな」

「なるほどなるほど。つまりマウラはいま割れているようだ。あなた方はそちらに舵を切りたくはないと」

 カリートリーは内心で舌打ちをした。

 どうも違和感がキツい。ほとんどこちらの内情を知っているくせに何を引き出そうとしているのか、それがわからない。

「実は、俺たちはどちらでも構わないんだな。興味があるのは、この先の地球を誰が引っ張っていくかってことだ。さて、重大な質問だ。クリスティアーノ・マウラはマウラを手に入れるだろう。彼女はそれで何をするのか?」

 何気ない言葉だったがカリートリーは目の前に刃を突き付けられるイメージを感じた。

「わかんないんだよねぇ、彼女自身の意思が。これ、結構重要なんだよ、俺たちにとっては。状況がいきなりひっくり返る可能性がある。彼女が誰の下にもつくことなく、自分たちのためだけに動くつもりであるなら…」

 そこで少し言葉は濁された。次の言葉を強調するための演出なのは明らかだった。

「邪魔なんだよね」

 来やがったな。カリートリーは相対する人物を不敵な笑みで見据え、今や完全に自分を取り戻していた。

「なるほど。今の時勢に新興勢力が増えるのは気に入らんでしょうな」

「そう、その通り。最悪のタイミングだ。大人しく従来勢力に属してもらうのが一番なんだけど。それじゃ彼女は納得しないだろう?彼女は目的を果たすために勢力を築くだろう。気に入らないがしょうがない。そいつは強者の権利だ。だから、こっちも場合によってはその手助けをしよう。もちろん、俺たちにとって有益な存在であれば、って注釈はつくがね」

 そして、そのためにはクリスティアーノ自身の思惑を知る必要があるということだ。さしもの彼らも個人の理念、意思までは確定的情報として得ることはかなわないらしい。

 カリートリーは言うべき言葉を模索した。これはクリスティアーノ代行者たる彼の役割だった。

 まず、クリスティアーノの理念はジェンスにとって有益であろうか?微妙なところだ。クリスティアーノの理念は現代支配機構に対する挑戦と言っても過言ではない。その一端を担うジェンス社にとっては好ましい存在とは言えない。この問題は彼らを引き込むことで翻すことも可能であるかもしれなかったが、先ほど彼の言った通り、それをやるには時期が悪い。

 では、そのことを言わずにおけようか?それで済むなら苦労はない。

「彼女は、あなた方の情報を信用した上で動いている。つまり、それをチャンスと捉えている」

 カリートリーの切り出しにサイトウだけでなくディニヴァスすらも意外そうに息を吐いた。

 おやおや、こいつは面白い。カリートリーは自身の攻め口が思う以上の効果を発揮したことにほくそ笑んだ。

「それはつまり。事前でなく、事後の方に重きを置いているということかな」

「然り」

 他の勢力はフォースコンタクトが起こるという噂それ自体を利そうと活動している。これらの勢力にとってフォースコンタクトは起ころうが起こるまいが関係はなく、実際には懐疑的であって実際には起こらない方がよいと思っているし、信じたいと思っている。これは正常かつ賢明な思考だろう。これに対してクリスティアーノはフォースコンタクトは起こるという予測に基づいて動いている。

 バカげた考えだと思う者もいるだろう。しかし興味深いことに、当のサイトウたちの反応はそうではなかった。これはカリートリーに多少の優位性を与えた。

「なるほど、その考えは君も共有しているのかな?」

 サイトウは平静を装っていたが苦し紛れとカリートリーには映った。

「その通りです」

 そうでなければクリスティアーノに付くことなどできない。カリートリーは自信を装って答えたが、実際には半信半疑だった、少なくとも5分前までであれば解らないと答えるところだっただろう。

 ところがサイトウのクリスティアーノに対する興味はその情報に確信を得る絶好の機会を与えていた。いまやサイトウは墓穴を掘るか、有耶無耶にするかの二択を迫られている。

 これを知ってなお、クリスティアーノを支援するということは真実を認めることと同義だった。

 危険な賭けではある。されど彼らがクリスティアーノの真実を欲するのであれば、こちらが期待するものもやはり真実しかありえなかった。その真実は会談の結果として示されるだろう。

「それはサネトウ殿も同じなのかな?」

 サイトウが意外な名前を口にしてきた。別に知っていてもおかしくはない。ただこれまでの情報力を誇示するため開示というよりはクリスティアーノ陣営になにがしか隙が見いだせないかを探っている感があった。この攻め口は結局のところ無駄だった。

「もちろん、クリスティアーノを信任するに私以上と言ってもいいでしょう」

 これは確定的に明らかだった。サネトウこそクリスティアーノの理念の熱烈なる信望者だ。クリスティアーノが自らの理念を裏切るならば、真っ先にその手を覆すのも彼だろう。

 サイトウはしばらく目を細めて考え、クリスティアーノ一派を残しておくべきか、潰しておくべきか両方の利益不利益を秤にかけていた。

 その視線がマサト・リューベックに向いたとき、カリートリーは内心舌打ちをした。忘れていた。この男の勢力とクリスティアーノ派は協力関係にはあるがそれは絶対ではない。ジェンス社との関係悪化を嫌うなら距離を置く選択肢は十分ありえた。

 よりにもよってこの場で居合わされるとは。

「マサト・リューベック。君はクリスティアーノ・マウラのやろうとしていることを承知していると考えていいのかな」

「そうですね」

「承知した上で協力していると?」

「そうです」

 この素っ気ない答えはカリートリーにとって予想ほどひどくはなかった。よくもなかったが。ともあれ、サイトウの秤をクリスティアーノ派に傾かせる言葉となったことは確かだった。ジェンス社とてイスルギの技術は無視しかねるはずだ。

 さらにしばらくの熟考の後、サイトウはディニヴァスを見やった。仮面の男は肩をすくめてみせ、消極的な同意を伝えた。

 そこでサイトウは宣言した。

「いいだろう。好きにしてくれ。面白そうなのは確かだからな」

 容認はするが協力はしない。そう受け取ってよいか、いつもなら言質を取るところだったがカリートリーは敢えて言及はしなかった。この容認はサイトウにとって不承不承のものなのだ。存在の承認を受けただけでも大成果とするべきだった。

「1点だけはっきりさせておこう」

 先ほどと同様にサイトウは一呼吸を置いて次の言葉を強調しようとした。続けられた言葉は真意はともかくとして、明らかに政治的な意図を持っていた。

「4Cは駄目だ。いいか、4Cは、駄目だ」

「…承知しました」

 他のあらゆる言葉を封殺してカリートリーはそう言った。別の言葉を使ったところで全て拒絶されるのは間違いない。

 考えるべきことが一気に増えた。ジェンス社は4Cを純粋に敵視しているのか、あるいは何かに利用しようとしているのか。マウラが関わることを嫌っているのは間違いないだろう。

 いずれにせよ4Cは危険牌だということだ。マウラ本家の動きを一刻も早く制する必要がでてきた。

「とりあえずクリスティアーノに関してはそれで充分かな。どうだ?」

 サイトウに水を向けられたディニヴァスが何か言うべきことがあるかどうかを思索したが特にないようだった。

「では、この話は終わりだ。次だが…」

「火星ではその情報はどう扱われているのでしょう?」

 このタイミングでカリートリーは話の流れを自分の手にしようと試みた。サイトウはさほど気分を害する風もなく、気楽に答えた。

「あそこはほぼ独裁体制だからねぇ。そこまで手広く撒いてはいないんだ」

「マルスの手くらいしかいないと?」

「うん。他に有力な勢力はないからな」

 カリートリーは眉をわずかに動かした。意外なことにジェンス社にとって火星共和党は有力な勢力に含まれていないらしい。あるいは既に終わった勢力と見做されているのか。

 これは朗報とは言えないがかなり重要な情報に思われた。火星の政権はかなり強固であり、また情報の面でも錯綜せずに管理されているということになる。つまりシンプルなのだ。それは大きな武器になる。

「火星以外のことも聞くかい?」

 サイトウは気さくに尋ねた。既に彼らにとっては然して重要な情報ではないのか。必ずしも真実が語られるわけでもないだろうが、聞かずにおけようものか。カリートリーは首是で返した。

「共同体のいくつかの勢力に流してるけど、だいぶ情報が変形してる。月は火星と似たりよったりだな。WOZにはこっちからは教えてないけど。あいつらは知ってるに違いない」

 一気に大量に情報を与えることでサイトウは話を強引に停止させようとしていた。

 さて、この中に精査すべき情報はどれだけあるだろうか。カリートリー個人にとって興味深いのはWOZだけ全く違う扱いを受けていることだ。それはいま考えても仕方のないことなのだろうが。

 サイトウが目でこっちの番だぞ、と訴えてきたのでカリートリーも再び首是で返す。

「マウラには連合政府と繋がりはあるのか?」

 この質問も具体性を欠いていて不可解なものだった。カリートリーは素直にそれを表情と声に出した。

「どういう意味です?」

「いや、結構。答えとしてはそれで十分だ」

 サイトウはそれ以上話を進めることを拒絶した。マウラと連合政府とのつながり、マウラは連合の勢力なのだからあってもおかしくもなんともない。むしろあって当然なのでサイトウの言う繋がりとはより強い結びつきを差しているに違いない。

 カリートリーの知る限りではマウラに現政権に対して影響力を行使できるほどの繋がりはない。カリートリーのリアクションはそれを示すものとしてサイトウに受け取られたのだろう。それは特に問題ないはずだ。

「どうしてそんなことを聞くのか、って感じだろうな。当然の疑問だ。実のところ連合政府と列強の間に溝を生じさせる動きがあってね」

 軽い口調から飛び出してきた情報の不穏さにカリートリーは唸った。連合政府は列強の代弁者に過ぎない。意思を持たない傀儡を翻って自分たちの傀儡にしようと試みる動きは何度かあったが、その度に潰されてきた。

「それは先ほどの4Cと関係が?」

「そう思いたいところだが、違うらしい。それでマウラもちょっとだけ疑ったが、非現実的だ」

 そんなはずはあるまいとカリートリーは思った。

「我々に探れと言っている?」

「その読みは嫌いじゃない。しかし無理だ、時間が足りない。それよりは、気をつけろって意味の方が近い。確信は持てないがね」

 ソウイチは両手を上げてこの話は終わりだと示した。


 残りの話は取り立てて重要なものではなく、組織間の情報交流と言えるレベルに留まった。もちろん相手の不審性を考慮しなければであったが。

 ルビエールは結局のところこの会談の中で一言も発する機会がなかった。カリートリーとジェンス社のやり取りの機密性を考えればそこにいることを考慮すらされていないのではないかと疑ってしまうほどに無視されていた。

 サイトウの興味はもっぱらカリートリーの背後にいるクリスティアーノ・マウラとマサト・リューベックにあるように思われる。

 なのでルビエールのすることと言えば観察しかなかった。これはエイプリルにも共通している。結局、この二人は自分がなぜこの場にいるのかという疑問に答えを見つけることなく終える。

 とはいえ、答えに関してならその場にいた誰一人得た者はいなかったかもしれない。


 客を見送ってソウイチは仮面の男に問いかけた。

「これで十分だと思うか?」

「あれ以上知りたければ本人に会うしかないだろう。そうするか?」

 ディニヴァスの問い返しにソウイチはしばらく首を傾げてから首を振った。

「やめとこう、気に入っちゃいそうだからな」

 半分冗談、半分本気でソウイチは言った。ジェンス社ほどの勢力となれば弱勢力など活かすも殺すも裁量次第である。それこそソウイチの好みで潰されたり飛躍した例はいくらでもあった。それ自体は問題ではない。現時点で深入りするのはマウラという勢力をジェンス自身で育て上げることだ。それはシナリオの大幅な修正を招く。いまは時間的な要因で避けたい展開だった。

「将来的に邪魔にならんといいがな」

「どうだろうな。少なくとも奴らと相容れる集団じゃないのは間違いない。最悪のケースの心配がないなら分の良い賭けさ」

「CEOがそうおっしゃるなら結構。それで、大統領閣下に関してはどうする?」

 ディニヴァスの問いにソウイチは考え込んだ。それこそが二人にとって目下の主題であった。この時代、大統領と呼ばれる称号を持つ人間は二人しかいない。地球連合大統領と月統合国大統領の二人である。

 ソウイチの長い熟考は芳しい成果を生まなかった。彼は確信と自覚のないままに歴史的な決断をすることになる。

「いいさ。無視するわけにもいかない。引き受けよう」

 仮面の男は特に意見もせずにCEOの判断を受け止めた。続いたソウイチの呟きは本当に理解に苦しんでいる者の嘆きだった。

「それにしてもあのジジイ。歴史的なバカなのか?それとも聖人気取りか?」


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