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4/1「研磨」

 グラハム・D・マッキンリーの歴史講義「第一次星間大戦と第二次星間大戦について」

 歴史にタラレバはない。しかし歴史から学ぼうというなら想像することは必要だろう。

 宇宙開拓歴における地球連合の不手際を挙げれば枚挙暇がない。火星の蜂起を許したことに端を発する星間大戦。その間も自領域内での勢力争いにかかずらい、宇宙戦国時代を呼び込み、コロニー国家共同体の成立を許したこと。月を独立させてしまったこと。UF前半だけでも酷いもんだ。

 実際問題、初期のうちになりふり構わずに武力を行使していたら地球連合はいまだに人類の覇権国家だったかもしれない。アルフレッド・ブレナーの火星蜂起から逃げ出した帰還船団を無視していれば火星蜂起は容易に鎮圧されたかもしれない。

 そうなっていれば、結果的に250年にも渡る争いも極小規模な叛乱に留まっていて、人類はより繁栄していたかもしれない。さらに後に続くロウカスの襲来にも地球連合としてまとまった状態で挑めたかもしれない。

 かもしれない、かもしれない、かもしれない。

 もちろん、諸君らの知る通り、歴史はそうは動かなかった。その事実をもって多くの意見が地球連合政府を無能と評する。

 諸君らはどう思う?

 当時の地球連合が武力を行使することを躊躇ったことは果たして間違いだったのだろうか。言うまでもない話だが、地球連合に武断を選ばせなかった勢力の一つには反戦派や穏健派も含まれている。彼らは自分たちの主張を誇ることができるだろうか。結果的には宇宙開拓歴のほとんどを占める戦争を導いたことを。それとも主張でなく、過程に問題を求めるだろうか。

 もちろん、地球連合以外の当事者にとってみればこれらの解は全く逆になるだろう。火星は植民地として圧政に苦しみ続けることになったかもしれない。宇宙コロニーも全て地球連合の管理下にあるとするなら今ほどの発展はしていないだろう。月統合国もWOZも生まれず、ジェンス社が暗躍することもなかっただろう。ま、仮にそうなったとしてもそのルートでは星間大戦という名前が星間内戦になっていただけではないかと私は思う。

 この話はどこに行き着くのか?

 我々は後世の人間であって当事者ではない。どちらかの身になって正解か不正解かを語るものではない、という話だ。

 歴史とは結果をもって選択の正当性を論じるものではない。失敗の選択肢の他に正解が用意されていた保証はどこにもないのだ。それどころかより悪い選択肢が潜んでいたかもしれない。誰が見ても正解の選択肢があったとしても、それが必ず上手くいくと誰が言えるだろうか。逆に、誰が見ても失敗の選択肢が、実はもっともベターな結果をもたらしている可能性もある。


 さて、やらかしという点で地球連合の話ばかりするのも不公平だ。ここはひとつ、地球連合の宿敵である火星共和連邦の宇宙開拓歴屈指のやらかしについても話さねばならないだろう。

 UF114年から始まったとされる星間大戦には明確な終わりがない。UF309年に勃発する第二次星間大戦も実際には第一次大戦の延長にあたるとする論調も存在する。

 このような状況になったのには政治的な理由がある。そもそも地球連合の立場としてこの大戦は国家間戦争ではなく叛乱戦力の鎮圧が建前となる。つまり政治的な妥結はあり得ないというわけだ。火星側にとってみても交渉の糸口にすらならない。この名目は時を追うごとに覆しようのない瘧となって連合政府の土台に巣食うようになってしまう。

 それでもまぁ地球連合が火星を制圧できてしまえば問題は解決できる、はずだった。そこで軍事的な理由だ。

 当時の火星側は敢えて連合領域に食い込んだ最前線に軍事拠点を築き、そこで一定の抵抗の後に放棄するという疑似的な焦土作戦を展開していた。この焦土作戦用の軍事拠点を何重にも配置することで連合軍の攻め疲れを誘って撤退に追い込む。そうして攻め疲れた連合軍の退いたところでまた新たに拠点を構築するわけだ。この作戦は火星の潤沢な資源あってこそのものだったが確立されて以降は火星側に重大な軍事的な危機を生じさせない絶大な効果を発揮した。

 ただ、負担の少ないやり方とは言えない。先ほど言ったように資源負担は大きいし、放棄前提で気づかれた前線拠点では少なくない戦闘が繰り返されるわけだからな。資源の潤沢な火星が国力で地球を凌駕できなかった要因はこの軍事負担に見いだせるだろう。

 連合側としては前線拠点をそのまま放置すれば拠点は次々と連合領域に食い込んで増産される。攻めることそのものをやめることはできなかった。この拠点の構築と放棄の繰り返しで当時の主戦線はいまでもデブリだらけだ。

 火星共和軍の目的は資源のチキンレースを展開することにあった。悪辣で巧妙なやり口だと言える。しかし連合軍側も黙ってはいなかった。単なる拠点の刺し合いになることを嫌った地球連合は火星とは逆の発想で対抗する。巨大コロニーを中心とした極めて強大な根拠地を据え付けて連邦軍側の拠点構築における防波堤を作り上げたのだ。

 フランクリンベルト・ネーデルラント・ロックウェルなどがこれにあたる。そう、第二次星間大戦における激戦地だ。

 この拠点によって火星の縦深拠点構築は行き詰まることになった。とはいえ、構築された拠点を定期的に潰す必要性は残ったがね。

 ここに星間大戦において奇妙なローテーションが生まれる。火星が拠点を作り、それを地球が壊し、また火星が作る。いつしか地球が攻め疲れて下がり、火星が拠点を構築する時間は自然休戦期と呼ばれるようになった。

 この自然休戦期こそが第一次星間大戦がついに終結を見なかった最大の要因となる。互いに国交を持たず、交渉を持たない双方にとって一時的な休戦をする格好の理由になったのだ。250年もやってれば人間の考え方も変わる。その中には戦争を終わらせようとしたものもいただろう。自然休戦期はこういった人間たちの考え方の変化すら定期的にリセットしたのだ。特に火星の政権与党たる火星共和党にとっては都合の良いこと甚だしかった。定期的に地球が攻めてきてその脅威を喧伝できるんだからな。

 一方、地球では列強国の主戦派に対する言い訳として機能した。火星側の縦深焦土作戦を突破するには多大な犠牲を必要とすることは明白で歴代の連合政権は本格的な火星奪還に二の足を踏んだ。彼らにとって自然休戦期まで攻めて深追いをせず、火星を封じ込めておくという形は歴代政権にとって無用なダメージをもたらさない無難な選択肢となったわけだ。

 面白いことにこの自然休戦期は地球側の火星への信頼によって成り立っていた。火星は地球を攻めないという前提あればこそ、地球は自然休戦期をわざわざ崩そうとはしなかったわけだ。

 つまり地球と火星双方でマッチポンプをしていたということだな。

 この関係性を崩す出来事こそUF309年のピレネー事変だった。この軍事的な鳴動は列強国の強い影響力で安定していた地球連合の土台を揺さぶり液状化させた。この戦いにおける勝利は計算されたものではなかったはずだ。しかし火星としてはこの政治局面を利用しないでいることもできない。この事変以降、火星総統府はこれまでの姿勢を転換せざる得なくなった。

 そこからの火星総統府の動きには謎が多い。こういう言い方をするんだ。つまり、それが火星にとって大きなやらかしにつながってしまうのだ。それは数々の企て、そして計算違いによって後々致命的に作用することになってしまう。

 もっとも、それを言えるのも我々が後世の人間だからなんだがな。



4/1「研磨」

 リーズデンにおけるイージス隊の活躍は大きく二つの変化をもたらした。

 一つは整備スタッフとパイロットの関係が大幅に改善したことである。自分たちの開発したXVF15の躍動は整備スタッフを大いに満足させ、パイロットもその性能に信頼寄せた。勝利は全てを解決するという一例であった。

 ただしエリカ・アンドリュースという爆弾は以前、存在したままであった。むしろ周囲の現金な対応は神経質な開発主任を孤立させ、よりイラつかせることになった。整備スタッフとパイロット同士の関係に反比例して整備スタッフ内の雰囲気は潜在的に悪化していた。

 もう一つの変化はルビエールを驚かせた。

 イージス隊はその員数外の立場からロジスティクスにおいては常に風下に置かれる立場であった。主要な部材はクサカ社から提供を受けることができることもあって戦区からの提供では常に冷遇されていた。

 それが一転、イージス隊は戦区の厚遇対象となり、補給面で煩わされることがなくなった。先の戦いで遺失したVFH11は即時に補充され、大隊指揮官が手配したパイロットが編入されてイージス隊が体制を取り戻すのにかかった時間はわずか5日だった。

 この厚遇はリーズデン戦区の艦隊司令ジョン・アリー・カーター大佐の計らいと思われたが実際には戦区補給部の忖度、というよりはリーズデン戦区全体がイージス隊に対して好意的、協力的になった結果と言える。

 イージス隊の事務官であるマオ・ウイシャンはこの状況をどれだけ利するべきかを考えていた。千載一遇のチャンスである。貰える時に貰えるだけ貰っておけというのは事務官の基本的な習性であって同時に腕の見せ所でもある。

 リーズデン戦区に遠慮はいらない。イージス隊の活躍もさることながら先の作戦で得た猶予によってリーズデン戦区は当分の間は大規模作戦の必要性はなくなったのだ。戦区の部材は当分の間は使い道がなくなった。近々他の戦区に移されるかもしれない。その前に貰えるだけ貰ってしまいたい。しかしイージス単艦に積み込める物資には限りがある。元々が試験小隊として余分な部材を積み込んでいる分だけストレージには余裕はない。

「クサカの人たちの補給物資を捨てれませんかね」

 マオの提案にルビエールは思わず笑いそうになった。クサカの補給物資とはつまりクサカスタッフが勝手に積み込んだ軍には不要不急な嗜好品のことを言っている。イージスのストレージの一角を占領しているそれはマオのロジスティクスをスルーして積み込まれているため完全な規律違反品だった。強権発動で廃棄することも可能ではある。

 論としては至極真っ当である。規律的な問題はもちろんのことながらセキュリティ面でも事務官の掌握していない部材が存在していることなど通常はあり得ない。

 ルビエールは指揮官としてこれを看過してはならない立場にある、建前上は。ただ、ここのところクサカスタッフと軍人との関係は良い方向に転がっている。ルビエールの思考はそちらを重視する方に動いた。

「捨てるんじゃなくて、いざとなればこっちで取り上げればいい」

 ルビエールの返答にマオは驚いたような顔をしたが、次の瞬間にはこの発想の転換を素直に受け入れ、悪戯っぽい顔を浮かべた。

「なるほど、人質にするわけですね」

 ルビエールも不敵に頷いた。クサカの搬入した資材もそれはそれで貴重な品だ。軍の補給品目のリストに載ることのないものが多く含まれている。

 しかし、この発想の転換はマオに変な火をつけてしまったようだった。

「どうせでしたらそれをネタにクサカからもいろいろ引っ張れそうですね」

 嬉々として打算を始めるマオにルビエールは口の端を引き攣らせた。そこまで踏み込むとは思っていなかった。

「まぁ、確かにそういう手もあるわね…」

「ところでこんな感じで行こうと思うんですが、どうでしょう」

 ルビエールがマオから手渡されたタブレットにはイージス隊が戦区を移動するにあたっての最後の補給要請の素案が示されている。

 過剰すぎる、いうのが素直な感想だった。ルビエールも後方で事務官の経験を持っているので前線事務官の強欲な陳情内容に頭を悩ませてきた。ただ前線で指揮をする立場になるとそれも正義と思えるようになった。確保できるのならしておくに越したことはない。

 しかし先ほどの話につながるがストレージが足りるとは思えない。

「これ、どこに置くつもり?」

「はい、そこで相談なんですが、遊興施設をいくらか潰せないでしょうか」

 ふむ。ルビエールは手を口に当てて考えた。元々クサカ社の保有していた試験艦であるイージスには通常の軍艦にはない遊興用のスペースが撤去されずに残っている。一部はクサカのスタッフが使用しているが軍としての規律上、あまり好ましくないものも多い。この際、倉庫に転用してしまうのもありだろう。

「艦長に話はしてあるの?」

「はい、映写室くらい残しておけば後は不要だろうという見解でした」

 根回しが早い。さすがに若いながらイージス隊に招集されるだけのことはある。

「いいでしょう」

 小隊司令官としてルビエールは決断した。以前であればクサカの反感を買うところだっただろう。しかしここ最近でパイロットと同様にルビエールも指揮官として信頼を上げていた。

 それと同時に互いの姿勢にも変化が生じていた。これまでと違い両者はお互いを邪魔者として排除・否定することをやめ、存在を認知した上で如何に利するかを考えるようになった。利用してやろうという図太さが芽生え始めていたのである。



「ええい、くそ。もうちょっと噛みつける奴はおらんのか」

 リーズデン戦区のエース部隊ローテンリッターの隊長ゲルハルト・ボーマン少尉はいらだたし気に椅子でのけぞった。演習宙域の状況を示す戦術画面では光点が映し出されては消えることが繰り返されている。

「つぎぃ!」

「隊長、もうみんな4ループしてます」

「バカ野郎、何ループしたかじゃねぇ、倒すまでに何ループかかるかでやるんだよ。相手も人間なんだ、精根尽き果てるまで攻め立てろ!」

「そんな無茶な」

 ローテンリッターのオペレーターは憔悴しきった様子で演習の再開を指示した。彼らローテンリッターはイージス隊の新型機を相手取った模擬戦に挑んでいた。純粋な新型機に対する興味と力試しに意気込んだ彼らのプライドは散々に打ちのめされていた。まったく相手を捉えることができないのだ。しかも2体1という変則的かつ屈辱的なセッティングである。

「さすがは新型機ですね。パイロットもあれだけ戦い続けられるとか化け物揃いですか」

 オペレーターの素朴な意見にボーマンは顔を顰めた。相手取る機体は順次入れ替わっているがその中の数名が戦場経験0だったルーキーであることを彼は知っていた。対するローテンリッターは12機3小隊編成でいずれも実戦経験豊富なベテランたちである。これだけの経験値と数の優位を覆されるとはボーマンもさすがに思っていなかった。

 これは果たして機体性能だけのものなのか?確かにXVF15の性能はカタログスペック的にもVFH11を圧倒する性能ではあるが、それだけでこの戦力差に説明が尽く気がしない。

「隊長、スパロー機が推進トラブルです」

「なんで新型よりさきにこっちが壊れるんだぁ!」

 ほとんど駄々をこねる子供のような嘆きでボーマンは椅子から転げ落ちた。

 この演習は動きの鎮静化したリーズデン戦区でやることのなくなった両隊の思惑がかみ合った形であり、双方にとって実入りの多い結果だった。一部を除いて。


「ほんとに壊れませんねぇ」

「何か文句が?」

 模擬戦データを分析している中でマサトが呟いた言葉にXVF15のハードウェアを設計したエリカは過敏な反応を見せた。

「褒めてるんですが…」

 最近になって孤立気味なこの開発主任は開発上の重要なパートナーであるマサトにも感情的になっている。以前はビジネスライクな対応だったのに、である。

 思い当たりがないわけでもない。ここ最近のXVF15の性能評価とパイロットたちの評価の焦点がOSに向けられていることだ。ハード担当であるエリカには面白くないだろう。もっと言えばXVF15の開発経緯でハードウェアの要求にクサカ社のソフトウェアが追い付けず、イスルギに助けを求める羽目になったことも潜在的な軋轢になっていただろう。

 元々XVF15はエリカの極端なまでの信頼性重視の設計で完成度の高い機体だった。これまでもマイナートラブルが数件あった程度でそれも機体の性能に影響を及ぼすような案件は一つもない。軍用規格の上限を裏コンセプトとしている機体ゆえの性能でもあったが、それを差し引いてもこの信頼性は驚嘆に値する。高品質パーツによって無理やり性能を高め、引き換えに運用性に難を抱える羽目になったCLZ01とは真逆である。

 人工知能を介して機体とパイロットをつなぐ新生代OS「ALIOS」もこの信頼性に一役を買っていた。XVF15は本来なら高度な機体制御を行うために複雑なアビオニクスを構築せねばならなかった。しかし、この新世代OSは機体のシステムを学習することで独自に操作システムを構築することを特徴とする。この機能を前提に設計(正確には再設計)されたXVF15は機体そのものに複雑なアビオニクスを搭載することをしなくてもよくなったのである。この重大な制約を外されたことはエリカにとって大きな意味を持った。これまでエリカの開発してきた機体の多くがシンプルなコンセプト、操作性に重きを置いていたためだ。これによってエリカの設計はより軛を解かれた形になった。要するにXVF15とALIOSは持ちつ持たれつの関係にあるのだ。今のところは。

 しかしこの関係はいずれ逆転するであろう。XVF15の開発は実質的に終了している。イージス隊の役割のその喧伝とALIOSの運用テストに比重が置かれている。このことはエリカも承知のことである。


 状況が変化しているのはパイロットたちも同じだった。ただ、こちらは全面的に向上していると言っていい。

 テストパイロットのルーキー枠であるエリック・アルマスは無我夢中で状況についていくのに必死だったものが、自分の行動を客観的に捉えられるまでになっていた。今回の演習でも2機のベテラン機を相手取ってほとんど一方的なスコアを達成した。これはイージス隊のメンバー全員が達成したことではあるもののエリックには大きな自信になった。

 自機と、敵機から見る自機を意識した立ち回り。これはエドガーが指摘したエリックの癖で、それがエリックの組み上げるべきスタイルとなりつつあった。

 このエリックのスタイル構築に大きな役割を果たしたのもOSだった。エリックはそのスタイルから俯瞰情報を好む傾向がある。ほとんどのパイロットは機体情報の優先度が主観中心であるため標準的なインターフェイスもそれに倣って構築されている。イスルギの新世代OSはこのインターフェイスをパイロットの傾向に合わせて構築していく。パイロットの視線移動の癖から得たい情報、必要としていない情報を学習して表示するべき情報・その表示する場所を個別に組み立てていくのだ。このためエリックのHUDは複雑怪奇な俯瞰情報で占められ、他のパイロットでは到底扱えない代物になりつつある。ただ、これも程度は違えどイージス隊のメンバーに共通することだった。

 この傾向は機体の習熟が進めば進むほど顕著になっていた。今ではほとんどのパイロットが独自のインターフェイスと操縦セッティングを構築し、無意識化に機体情報をOSから認知し、反射的に機体を振り回せるようになりつつある。

「気味が悪い」

 最近になってエドガーはそう溢すようになった。

「またですか?」

 マックスがそれに付き合う。

「今日の俺は調子が悪かったのだ。いつもより反応が数パーセント遅い。なのに機体の方がそれに合わせて来やがった」

「いいことじゃないです?」

 新世代OSの恐ろしいところはそういった状況を逐次更新していくところにあった。良ければ良いなりに悪ければ悪いなりにパイロットをフォローしてくれる。まるでもう一人の自分がコクピットにいるような感触がある。

 無頓着な者であればそれを気が利く、という程度で済ませるのであろうが、ここまでAIにパイロットが依存していいのか?という得体の知れない不信感がエドガーにあった。まるでAIに操縦させられているようだ。

 かつてのAI戦争は際限のない資源浪費を招き翻って人命よりも資源が重いという状況を作り出してしまった。それに比べればエドガーは人間が導き出した現代戦争の形を比較的マシなものと認識している。

 人間の起こした問題は人間で解決すべきで何人も代替すべきではないし、できない。

 それがエドガーのたどり着いた一つの結論だった。競馬で戦争の勝敗を決めて納得する阿呆がいるものか。結局のところ命を賭けて殴り合うのが一番だ。

 もちろん戦争そのものが忌避すべきものと考えてはいたが、譲れぬものがあることもまた事実であるし、それによって戦争は起きてきたし、これからも起きるだろう。

 歴史のなかで際限なく拡大を続けてきた戦争の形のなかで現代のHVを主体とした戦争は人類が消極的にではあるものの初めて見せた戦争の縮小だった。

 ALIOSはその戦争の形を変えるかもしれない。

 そんな不安がエドガーの胸中に巣食っていた。



「お疲れ様です。いい調子じゃないですか」

 イージス隊の中で一番最後に帰還した4番機をモーリが迎えた。

「どうも。どんどんOSが変化していくんで戸惑ってますよ」

 コクピットから出てきたエリックはモーリの言葉を素直に受け取る。この二人の関係も他のスタッフと同様に結果に伴って変化していた。エリックにとってみれば信頼のおけるメカニックであり、モーリにとってみれば目覚ましい進化を見せるパイロットの一人になった。

「みんなそうですよ。オーキッド少尉が多少特別なだけで」

 慰めでなく、モーリはそう見ている。現状、イージス隊のテストパイロット8名のセッティングは出撃のたびに大きく変化している。ただ一人、エドガーの機体だけがここ数戦で変化の度合いが縮小していた。

「自分のスタイルが確立されてないってことですかね。他のみんなはそんなわけでもないと思うんですけど」

「確かにエリックさんも含めてルーキー組はかなり変動幅が大きいんですがベテラン組も似たようなものなんですよ。多分ですが、スタイルの差というよりも、やりたいことの差なんじゃないでしょうか」

 エドガーのようにはっきりとした自分のスタイルをもち、そのためにやるべきことを把握しているものは要求するものもシンプルな傾向にある。一方でフィンチは万能にスタイルを切り替える分だけ複雑化している。

「やりたいことの差」

 エリックは考え込んだ。自分がやりたいこととはなんだろうか。自分の目の前のことで精一杯で考えたことはない。第一小隊はエドガーが突出してマックスとマリガンの二人がこれをフォローすることがほとんどで、その中でエリックは曖昧な立ち位置でいる。

「あんまり考えすぎない方がいいんじゃないですか。現状でもエリックさんのコマンドデータは平均を上回ってますし、今日だってエース部隊相手に戦えてたんですから」

 モーリの言うことはもっともだった。余計なことを考えて戦うとそれが隙につながる。

「こっちとしても、そのまま色々試行錯誤してもらった方がありがたいですね」

 珍しくハンガーに姿を見せていたマサトが声をかけてきた。この少年も徐々にXVF15開発における中心人物として存在感を見せるようになっている。

「単純な人のデータもそれはそれでありがたいんですがね。一番重要なのは一人一人のデータが構築されるまでの過程ですから。変な話、迷走してもらう方がありがたいくらいでして」

 開発者ならではの視点はエリックには何の慰めにもならない。したくて迷走をしているわけではない。何なら今すぐにでもやめたい。

 しかし改めて思い知るのはテスト部隊という存在の特殊性である。未熟であることが貴重であると言われるなど一般部隊では考えられないことだろう。そもそも未熟であれば長くは生きられない。それどころか周りの足を引っ張ることも考えられる。それを思えば何とも贅沢な地位に立たされているとエリックはますます申し訳なく思えてしまうのだった。



 イージス隊がリーズデンに留まっている意味はほとんどない。これは関係者ほとんどが解っていることではあったが、実際にイージス隊が次の動きを指示されるのには2週間もの時間を要することになった。

「待たせて悪かったな」

 通信画面の向こうで大隊指揮官は申し訳なさそうに切り出してきた。信じられないことにその顔には普段の余裕のある薄ら笑みがない。ルビエールは凶報の予感を感じずにはいられなかった。

「まず移動に関してだが、早急にフランクリンベルトに移動してもらうことになる」

 予想外の指定にルビエールは目を丸くして、その意味を考えた。

 フランクリンベルトは地球連合の宇宙拠点の中でも最大規模を誇るコロニー群である。最大列強国アメリカが主権を持ち、その自衛軍による強固な防衛力を誇っている。共同体はもちろんのこと、共和連邦ですら手出しできない絶対防御ラインとなっている。

「まずそちらで新型機を受領してもらうことになる」

「新型?」

 重々しく頷いた大隊指揮官はその新型機のデータをルビエールに転送してきた。

「XVF16。要するにXVF15の廉価版、というよりは次期主力機の本命だな」

 ちょっと待ってください。というよりも先に大隊指揮官は画面の向こうで手を上げてルビエールを制した。

「言いたいことは解る。なので、その機体の扱いは貴様に任せる。受領した後にどうするかは好きにせよ。とりあえず2機。置物としてはデカいが」

 不思議な押し付けだった。Xとつくのだから試験機であることは間違いない。それを受け取るだけ受け取って好きにせよ、では責任放棄もいいところだ。

 さて、ではこれに対してルビエールはどうすべきなのだろうか。用途不明の新型機2機を受け取って何をすべきか。何ができるか。

「要するに試験そのものは別でやるので実績だけつければいいということでしょうか」

 ルビエールの言葉に大隊指揮官はほろ苦く笑った。相当な無理難題が押し付けられたのだろう。大隊指揮官の苦々し気な表情にルビエールは同情的になった。

「色を見せるな。XVF16の採用そのものは出来レースのようなものだ。使わなくても使ったことになるだろう」

 随分とこちら側視点で配慮されていることにルビエールはまたもむず痒さを感じていた。それもまた実績の導くものなのだろう。ベルオーネ打撃作戦以降、こういった場面が増えていたがこれほど変わってくるとは思っていなかった。

「問題はここからだ」

 大隊指揮官は表情を引き締めた。ここまでは彼の既定路線通りだった。しかし想定外の横やりで彼はイージス隊を思ってもいない方向に動かすことになった。

「ドースタンの話は聞いているか?」

 ドースタン。フランクリンベルトと睨み合う火星共和連邦の宇宙要衝である。無意味な小競り合いを繰り返すリーズデン・ベルオーネと違い、互いに大規模な戦力が集中しているため緊張状態とはいえ身動きのとれない戦区である。

 しかし、話とはなにか?考えてもしょうがないのでルビエールは素直に答えた。

「聞いておりません」

 この返答に大隊指揮官は露骨に失望した顔を見せた。

「もう少し、特務中尉を活用せよ」

 なるほど。言われて自分の機転の利かなさにルビエールは憮然とした。確かにルビエールの人間活用は場当たり的なところがある。

 まだまだだな。最近のルビエールは自分が未熟であるという前提を挟むようになっていた。決して驕るような気質ではなかったが、ローランド・ウィテカー軍曹の死後、自分は人間として欠けているものだらけなのだと自分を卑下しているところがある。

「まぁいい」

 大隊指揮官は話題を戻した。

「ピレネーの件からようやくこちらも反攻作戦を行うことが決定した。目標はドースタンの確保だ」

「まさかそれに参加せよと?」

 大隊指揮官は肯定しなかった。が、それは全くの否定を意味してもいなかった。

「現在、作戦に際して正規軍が艦隊を移動させる準備に入ると同時に多数の欺瞞作戦が発動している。先のリーズデンの打撃作戦もその一環だ。当然、フランクリンベルトにも似た種の欺瞞作戦が展開される」

「つまり、イージス隊を陽動に使うということでしょうか…」

「理屈はそういうことだ。事前にイージス隊がドースタン付近で活動していてそれを大規模攻勢の予兆と考える者はいないだろう。ただ、これは陽動などと呼べる代物ではない」

 それがイージス隊を引っ張り出すための名目なのは明らかだった。実際に陽動作戦と称して活動はさせるだろうが、いざ攻勢作戦となったときにも引っ張り出されるのは目に見えている。

 しかし、なぜそこまで急ぐんだ?

「この要求はどこから来ているのでしょうか?」

「ワシントン直々のご指名だ。実のところ、ローマ師団そのものにもお声がかかっていてな。おかげで俺が出張る羽目になった。正直なところ、ワシントンが何をやりたいのかは俺もわからん」

 大隊指揮官にとって一番の想定外がそれだった。ドースタン侵攻作戦の編成で中心となるワシントン師団がローマ師団に派兵を要請してきたのである。この意外な派兵要請にクリスティアーノは乗った。そこでカリートリーの率いるローマ師団の一張羅、第八大隊が派遣されることになったのである。

 この不可解な要請にXVF16を急ぎたいというクサカが噛んでいる可能性は高いが、それであればイージス隊のみでいいはずだ。この話には2重3重に裏がありそうな気がする。

「ま、これはこっちの仕事だ。お前は自分の役割に集中しろ。俺からは以上だ」

 話を切り上げようとした大隊指揮官に対してルビエールは用意していた手札を切った。

「先日のリーズデンの打撃作戦の手回しのことですが」

 通信を切ろうとした大隊指揮官の手がとまった。

「JEEに行き着きました」

「それは、面白いな」

 先ほどと違って大隊指揮官は嬉しそうに顔をニヤつかせた。ルビエールが自発的に動いてマサト・リューベックから得たであろう情報だからだ。

 イージス隊が名を上げることとなったリーズデンの打撃作戦でイージス隊は外部の力によって参加を求められた。この引力の出所を探らせた結果、浮上してきたのがジェンスエンタープライズ社の地球法人JEEだった。

「純粋に新型機への興味が動機と考えてよいものでしょうか」

 そうはなるまい、と大隊指揮官は考えた。ジェンスエンタープライズもまた軍需企業の一角ではある、新型機への関心は高いだろう。だが、連中が知りたい情報は実戦によって明らかとなるものではないはずだ。

「貴様ももう知っているだろうがXVF15のコアとなるのはイスルギのOSだ。ジェンスエンタープライズが興味を持つとするならそいつが一番だろう」

「イスルギのOSは機密情報でしょう」

 そのためにXVF15という半ば欺瞞の開発プロジェクトに組み込まれているのだ。

「無論だ。とはいえ、連中の情報力を軽視するのも楽観というものだろう」

 ジェンスエンタープライズと言えば企業という体裁を持ってはいるが元を辿れば宇宙戦国時代に生まれた得体の知れない非合法組織である。その母体となる本社は如何なる法治にも属さない超巨大船団にあって宇宙を漂流している。彼らはその立場を利してあらゆる闇に潜んでいる。冗談抜きで「悪の結社」という表現が馴染む組織なのだ。

「個人的な推測ですが」

 ルビエールはそう前置きした。ジェンス社が絡む話はどうしても憶測を孕むのでルビエールは好んでいなかった。

「ベルオーネに派兵されていたAABと我々をぶつけてあわよくば鹵獲させようとしていたという可能性はないでしょうか」

「邪推が過ぎる、な。そういう気持ちになるのも無理はないが」

 実際、大隊指揮官もその立場になればその可能性を排除しきれないだろう。とはいえ、イージス隊のためだけに共同軍にAABを動かさせるというのも非現実的だ。

「JEEが噛んでくるとなると面白い情報ではある。こちらでも探りを入れてみよう。貴様も少しはらしくなってきたな」

 冷やかしの混じった言葉ではあったが大隊指揮官はルビエールの行動を好意的に受け止めたようだった。ルビエールは少し顔を赤らめた。


 通信を切ったカリートリーは天井を見上げた。彼は第八大隊の旗艦であるエスクード級2番艦「アイアス」の司令室にあって既にフランクリンベルトへの道中にあった。

 カリートリー率いる第八大隊はローマ師団の一張羅ではあるが決して実戦経験が豊富なわけでもない。というよりも、長い休戦期を挟んでいる現代の軍隊において艦隊レベルでの実戦経験が豊富という部隊は存在のしようがない。これはワシントンもそうであるし、火星共和にも同じだ。これは両者ともに過去の戦いを基準にせざる得ないことを意味している。

 翻ればカリートリー自身が育て上げた大隊の力量を計るのにはいい機会であるし、これからはじまる大戦の基本的な戦いの流れを観測するチャンスでもある。

 と、いうことにされている。カリートリーは一人苦虫を噛み潰した。クリスティアーノの考えは解っている。ワシントンの思惑に乗りつつ、場合によってはクリスティアーノに代わって見て、聞いて、考え、決断をせよということだ。そういうときのためにクリスティアーノはカリートリーに重大な裁量を与えている。その肝心要が早くも訪れたのだ。

 クリスティアーノの勘は妙な冴えを見せる。鬼が出るか蛇が出るか。


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