表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/148

24/3「第二次ディアティ侵攻」

24/3「第二次ディアティ侵攻」

 統合軍独立機甲師団本部付事務官オオトリ・カズマ中尉はその直属の上司であるマツイ・マサノリから彼に寄せられる上申の全てに目を通せと言いつけられている。いずれ独り立ちする時に役立つから、という建前だが実際のところは緊急性の薄い用件をそのまま丸投げするためだろうとカズマは見ている。

 とはいえ、実際役得な部分もある。独立機甲師団のラインワークを実質的に牛耳っているマツイの下には日々多くの上申が届くがそれは軍部の裏で何が起こっているのかを如実に表していた。その中には表にできない後ろ暗いものも少なくなく、知っているだけで優位に働きそうな情報も含まれている。もちろん、それは危険とも隣り合わせの情報だったが。

 その日もカズマは寄せられた嘆き、恫喝、苦情に目を通していた。ほとんどは眼に止まるようなものではなかったがその中に形式の異なるものが混ざっていた。

 第07独立機甲師団ハルカ・ケープランド大佐からの私信を読んだ時、カズマは文字通り飛び上がってマツイのもとに駆けた。

 血相を変えて執務室に飛び込んできたカズマのしどろもどろな説明にマツイは微塵も動じずに指示した。

「とりあえず見せてくれる?」

 青くなっていた顔をにわかに反転させてカズマは取って返して自らのタブレットを手に戻った。

 ケープランドからの私信は極手短で端的なものだった。


 第07独立機甲師団は第11旅団と共にディアティ攻略に乗り出すものなり


 それを読んでもマツイは表情を崩さなかった。状況を理解していないのか?業を煮やしたカズマがモノ申す。

「これは第五艦隊のための御膳立てですよ!?」

 ケープランドからの日々の報告でカズマもカタラーン戦線での状況は把握しており、第五艦隊と第11旅団との折り合いが悪いことも承知している。第五艦隊が先日の戦いにおける代償として第11旅団を囮にしたと推測することは容易だった。第11旅団は相応の出血を強いられるだろう。当然、それに帯同すれば独立機甲師団も同じ目にあう。

 マツイは黙ってカズマに続きを促した。皆まで言う必要があるか?苛立ちながらカズマは言った。

「不躾ながら上申しますと。我々統合軍が第五艦隊の面子に付き合う義理など毛頭ありません。やめさせるべきです!」

 なぜ統合軍が第11旅団の贖罪に付き合わねばならないのだ。第11旅団がそうするのは勝手だが独立機甲師団までそれに合わせて犠牲を出す義理も意味もない。ケープランド大佐は何を考えている?そして、こんな明々白々な話にマツイはなぜ黙っているんだ!?

「うん。その通り。そうだね」

 口先でそう言いながら表情は変えず。マツイは何やら考えていたがそれはケープランドをどうするかを考えているようではなかった。むしろ、その先にどうなるかを想像しているようですらあった。

 やがてマツイの出した結論にカズマは耳を疑った。

「それ、消しといて」

「は?」

「見なかったことにするから。消しといて」

 何を言ってるんだこの人は。呆然として説明すら求められないカズマにマツイは滔々と諭した。

「だって僕が駄目って言ってもあの人止まんないよ?だからと言って許可もできないし。それなら何かの行き違いで伝わってなかったことにするのが一番よ。ハルカさんもそれを見越して私信にしたんだろうし」

「そんな無茶苦茶な。文民統制はどうなっとるんです!」

 現場が勝手に戦うのを放置などしていたら指揮統率はどうなるのか。問題が起こったら誰がどう責任を取るんだ。

 カズマの正論にマツイは何とも面倒くさそうな顔をした。

「そりゃまぁ責任はハルカさんに取ってもらうしかないよ。こっちもできる限りのフォローはするけど。そんなもの向こうは期待してないでしょ」

 無茶苦茶だ。絶句するカズマを納得させるためにマツイはしばし考えてから言葉を付け足した。

「だってほら。僕はハルカさんのファンだから。全肯定になっちゃうんだよねぇ。困った困った」

 どう反応すればいいんだよ。カズマは開いた口が塞がらないという古典的言い回しを身を以って体験することになった。



 第五艦隊の選択は方面軍司令部を経由して第三艦隊に届けられた。その内容はリカルドを驚かせると同時に感嘆させた。第三艦隊と第五艦隊の距離は遠いのである。もともとできることは限られている。そのできる範囲内で意表をついてきたのだからコノエもやはり正規艦隊司令である。ライバルの策に舌を巻きながらもリカルドは冷笑を浮かべた。

 らしくもなく思い切ったな。

 意表を突く。それ自体が明らかに普段のコノエの傾向とは異なっている。追い詰められたゆえか、焦りゆえか。心理状態以外の“何らかの状況“が絡んでいるか。もし、その背後にあの男が絡んでいるとしたら。

 リカルドはしばらく暗闇の中に張り巡らされた糸に目を凝らそうとした。

 状況から見るとアドバイザーの興味は第三艦隊から離れたらしい。いや、この表現は適切ではないか。これまでがたまたま第三艦隊の番だっただけでその番が次に移ったに過ぎないのだろう。

 そもそもアドバイザーはカタラーン戦線以上の領域から状況を俯瞰しているに過ぎないのだ。その視野は連合だけでなく、共同体にまで及んでいるのだろう。ならば次に奴が視線を注ぐのが第五艦隊の周辺だというのは何ら不思議なことではない。

 ではアドバイザーは第五艦隊に手柄を立てさせるつもりなのか?ここまでは連合軍の利益となるように流れを作ってきた。あの男も連合国の一員なのだ。そうあるべきだろうが。だが、この前提を当たり前のものと考えるべきなのか?

 まぁ。俺の知ったことではないか。リカルドは早々に切り替えた。アドバイザーなる男に不穏を感じていたリカルドにとっては厄介払いができて結構なことだった。必要となればまたコンタクトを取ってくるだろうがその時はより高く売り込みのみ。

 思索を切り上げるとリカルドは第三艦隊の幕僚たちと客将ジョン・アリー・カーターを加えたメンバーを招集した。

「次の動きが決まった」

 一同を驚かせられることを確信しているリカルドはその反応を楽しみながら十分に溜めを作った。

「第五艦隊に合流する」

 ざわめきが拡がった。面々のほとんどが次の動きをスティルタイド近辺からの切り崩しと予想していた。第三艦隊の幕僚たちの多くはその堅実な一手が選択されないことに驚き、不満を抱いた。

「目的をお聞かせ願いたい」

 どうせリカルドの考えではないだろう。声を上げた幕僚は方面軍司令部からの押し付けだと決めつけていた。リカルドは表情を変えずに飄々と答えた。

「目的は合流それそのものだ」

 その意図を理解できずに多くがキョトンとし表情を並べた。察しの悪さに苦笑しながらリカルドは面々を見渡し、既に答えに辿り着いているものを見つけた。

「カーター君。どう思うかね?」

 腕を組んで思案に沈み込んでいたカーターはしばらく反応しなかったがやがて腕を解いてリカルドの期待に応える。

「こちらが第五艦隊と合流する動きを見せれば共同軍はその前に動かざるを得なくなるでしょうな」

 第三艦隊と第五艦隊が敵地奥深くで合流すればどうなるか。第五艦隊は第三艦隊の補給を受けてさらに長期の作戦が可能になる。そこからはいかようにもできる。ディアティを攻略するか。そのままフロンティア2に挑んでもいい。さらにそこから二手に分かれて近隣コロニーを蹂躙するという手もあるだろう。いずれにしても共同軍としては何としても阻止したい展開となる。であれば。共同軍としてはその前に第五艦隊に仕掛けるしかなくなるだろう。

「そこを第五艦隊が叩く、というわけですな」

 カーターの説明で全員がその概要を理解した。しかし、それは彼らに別の疑問を齎した。

 この作戦は実際には共同軍のアクションを引き出すためのものでしかない。実際に合流する必要はなく、しようとするふりだけでいいのだ。それはつまり

「我々は第五艦隊のために陽動をやるということですか?」

 信じられないという面持ちで幕僚が口にする。リカルドが苦笑い浮かべるだけで答えなかったので唯一の外様としてカーターがわざとらしく咳ばらいした。件の幕僚は自分の言葉の意味に気付くとカーターに釣られたかのように咳払いし、幕僚たちの大半も居心地悪げに身じろぎした。

 彼らの中ではカタラーン戦線の主役は自分たちであるという認識がある。自分たちを中心に考えればこのまま第五艦隊には楔の役割を果たして貰えばいいのである。その方が手堅く、共同軍に隙を与えない。わざわざ危険を冒してまで共同軍と刺し合いをする必要はない。ましてそれが第五艦隊のためとなれば猶更だった。

 奥歯に物が挟まったような顔をしている面々にリカルドはやおら視線を鋭くした。

「つけあがるなよ馬鹿ども。貴様らは何者か、その胸に聞いてみろ」

 第三艦隊司令の言葉は彼の姿勢と同時に方向性を示していた。第三艦隊の幕僚たちは何の抗弁もなく背筋を伸ばし連合軍人へと姿を変えた。その忠節に満足そうに頷くとリカルドはあっさりと表情を戻した。

「第五艦隊には散々陽動をやってもらった借りがある。ここらで一つ、彼らの為にこちらが陽動を行うというのも一興ではないかと考えたわけだ」

 強者の余裕でリカルドは嘯く。実際のところこれ以上第五艦隊と仲を悪くすのも考えものである。第三艦隊の幕僚たちはこのリカルドの酔狂に疑念を抱くことはなかった。ただ一人、食客ジョン・アリー・カーターのみが違和感を抱いた。

 言っていることの全てが嘘なわけではないだろう。しかし本当でもない。リカルドはつい最近まで第11旅団と支隊から距離を置きたがっていた。ではその旅団と行動を共にする第五艦隊はどうなのか?ここにきて第五艦隊の肩を持つ理由が借りの清算とも思えない。

 悪い予感が多重に沸く。この中に当たりはあるのか。あるいはそれすら外したところに答えはあるのか。いずれにせよ何も起こらないということはないだろう。何事かが動いている。それは預かり知らぬところ、かなり前から始まっている。その舞台はまず間違いなく支隊、旅団、そして第五艦隊。いまその帰結が迫っていることをカーターは確信する。

 確信してなお、何もできないことにカーターは歯噛みする。彼のいる位置は全てを見通すには近すぎ、手を出すには遠すぎた。

 切り抜けろよ。同志。



 310年9月中旬。第三艦隊がついに共同軍深宙域へ向けて動き出し、共同軍がそれを察知した頃、第五艦隊もまたディアティに向けて動き出した。

 共同軍は大慌てで用意していた戦力をディアティに向けて派遣したがそれを察知した第五艦隊はディアティ近辺で足を止めた。これによって第五艦隊と共同軍は再びディアティ近辺で向かい合う形になった。

「前回の再現か」

 突撃機甲大隊を率いて即応した総隊長アーディンは不愉快気に吐き捨てた。敵は誘い出した共同軍との戦闘を主目的としている。共同軍にとって前回と違うのは宛てとなる策を用意していないこと。今だ編成が整っていないことの2点。それだけでも十分に致命的だがさらに敵には後詰めである第三艦隊が向かっている。もちろん彼我の距離からこの場に影響をもたらすことはないがその合流を許すわけにはいかない。是が非でもここで状況を変える必要がある。つまり共同軍は前回のようにやり過ごすという手も封じられているのである。

 戦闘は止む無し。最良はここで第五艦隊に打撃を与えて追い返すこと。しかし、勝つあてはなし。

「司令部からは何もなしか」

「部隊の集結以外に指示はありません」

 アーディンの問いに副官は生真面目に答えた。今回の戦いはフロンティア2司令部に主導権が移っている。AABとて勝手な行動は許されず、今は指示を待つしかない。しかしフロンティア2司令部には見通しがあるのか。ただ状況に振り回されているだけではないのか。とにかく部隊を集結させることだけを優先していることもその予測を補強している。

 味方への不安を払しょくするためか。アーディンは頭を振って思考をリセットした。連合軍は何を考えているのか。

「敵はこちらの数が揃うのを待つつもりか」

 第五艦隊は動きを止めて迎撃態勢を敷きつつある。仕掛ければ蹴散らせるだろうにそうしないのは蹴散らせる数が少ないためか。後続との乱戦になることを避けるためということも考えられる。

 いずれにせよ。連合軍の迎撃態勢は共同軍がいずれは仕掛けるしかないことを承知した上での余裕の選択だろう。共同軍は今もなお集結中。時間をかければ数の上だけなら互角に近いところまでは集められる。

 しかし揃えるべきなのか。アーディンは不安を覚えずにはいられない。共同軍は第五艦隊よりも練度ではるかに劣る。これほどまとまった数での作戦行動などしたことがない。それら寄せ集めが集結し、かつ陣形の整えようとする。それは連合軍にとって格好の攻め時となるだろう。

 ならば、こちらは揃う前に仕掛けるべきではないか。アーディンは首を振って自身の思考を否定する。無理だろう。相手は連合軍の正規艦隊である。アーディン率いるAABならばともかく、方々からかき集めた共同軍の寡兵では仕掛けたところではじき返されるのが関の山。悪くすれば戦力分散となって各個撃破されることになりかねない。結局のところ練度の劣るこちらこそまとまるしかないのだ。まとまった上で何かが起こるのを期待するしかない。

 散々考えて運頼みか。何とも情けのない結論にアーディンは溜息をつくしかない。


 その時、共同軍の艦隊が動き始めた。何の指示も聞いていないアーディンには寝耳に水の事態だった。

「何があった!?」

 副官が慌てて周囲の共同軍部隊に確認を取る。戻ってきた時にその顔は困惑に覆われていた。

「司令部よりの指示です。体勢を整えた部隊から順次攻撃を仕掛けよ、と」

 フロンティア2司令部は仕掛けることを選んだのだ。

 バカなことを。アーディンは単直にそう思った。波状攻撃を仕掛け続ければ相手も疲弊するとでも思っているのかも知れないが疲弊するのはこちらも同じだ。相手が疲弊する以上のダメージと疲弊を負いかねないぞ。それに疲弊させた後はどうする。少数で仕掛ける羽目になった部隊は脱落していく。仮に成功しても追い打ちをするための戦力が残るとは到底思えない。

 AABにその指示が来ていないのはまさにその役をやらせるためと考えられるがそのような意向をアーディンは全く知らされていなかった。現場の人間が状況を全く共有できていない。

 くそ。戦線の部隊を指揮する立場にないアーディンは歯噛みする。AABはただ司令部の意向を受けて行動することのみを許されている。しかし今の状況で自分たちに与えられる指示に全幅の信頼を置くことなどアーディンには到底できそうになかった。


「仕掛けてくるか」

 旗艦アルバトロスのCICでケープランドは眉間に皺を寄せた。共同軍の仕掛けは理解に苦しむ選択だった。終結を待たずに仕掛けても攻める側の共同軍の方がより消耗する。ケープランドにはじり貧になるだけの悪手としか映らなかった。

「第11旅団より入電。手筈通り、以上」

 ハミルらしいな。あまりに端的な内容に苦笑しながらケープランドは各隊にも同じ一文で指示を飛ばした。

 間もなく各隊からHVが出撃して共同軍を迎え撃つ形が整った。

「敵機は少数で仕掛けてくる。この程度の数であればはじき返せるだろうが追い打ちは厳禁とする。各隊担当外のものには手出し無用」

 独立機甲師団は無理を言ってこの戦いに参加している。不用意に動いて迷惑をかけることはもちろん、無為に戦力を失うわけにもいかない。

 ケープランドはとにかく自隊に自重を求めた。今の状態なら問題はないだろうが敵の仕掛けがこれだけとも思えない。そんなケープランドの悪い予感を裏打ちするかのような報が前線からもたらされた。

「アンサラーから通信です」

 ケープランドとエリクソンは顔を見合わせた。統合軍最強のパイロット、アンサラーことルーシア・ハウザーの乗機にはケープランドら司令部への直通回線が用意されている。それはハウザーの性質を最大限に活用するためであるがケープランドらにとってその回線が用いられることは好ましい事態ではない。緊張の面持ちで通信を開くとハウザーは必要なことだけを言った。

「今日は一段と死が濃い」

 死を見るとされるハウザーの言葉に2人は身を竦ませた。

 司令官であるケープランドから見た時、ハウザーの価値とはエースとしての価値にはなかった。死への嗅覚。それを利した人間レーダー。言ってしまえば“炭鉱のカナリア”こそが独立機甲師団におけるハウザーの役割であり、その危険察知は独立機甲師団の損害を常に最小に導いてきた。そのハウザーがわざわざ伝えるほどの死の濃さとは。理解できないことを承知の上でエリクソンは聞かないわけにはいかなかった。

「何が起こると言うんです?」

「それが解れば苦労はないよ。ただ、今んところ濃いのは向こう側だ」

 向こう側。つまりより強い危機に瀕しているのは共同軍側ということ?しかしこちら側には共同軍を痛打するような作戦はない。だとすると共同軍は一体何の危険に晒されているというんだ?不可解な見解にエリクソンは困惑を深めた。

「つまり、あちら側がこちらを痛打するような罠を用意しているわけではないと」

「そういう気配はない。こっちはそのままでいいと思う」

 どういうことだ?ケープランドは爪を噛んだ。第五艦隊がこちらの知らぬ行動をとっているという可能性もあるが。

「伝えなかった方がよかったかい?」

 ハウザー自身もその不可解さに伝えるべきか迷ったらしい。人類最強とも言われるエースパイロットであり、理解を越えた存在と捉えられがちなハウザーだがその実は他人への配慮もできる。普通の人間だった。唯一越えているとするならそれは“死“に関わる部分だけだろう。

「そんなことはないわ。ありがとう、こちらも注視するわ。そちらも気を付けて、幸運を」

「そいつは間に合ってる」

 素気のない返事に苦笑しながらケープランドは通信を切るとすぐにハウザーのもたらした謎に思考のほとんどを回した。その甲斐もなく、答えが出たのははるか先のことであり、全てが終わる頃になる。


 他の部隊同様にエノー支隊もHV部隊を展開させ終えるとルビエールは改めて支隊全隊に念押しをした。

「繰り返しになるけど。今回の戦いはただの壁役よ。本来なら支隊はもちろん旅団の仕事でもないけど。第五艦隊に華を持たせることになるわね。余計なことは考えずにただ敵を受けて止める。それに集中する。とにかく、無理はしないこと」

 くどいほどの念押しはルビエール自身が動かないように自分を縛ろうとしているようだった。

「今回は自重するようで安心しましたよ」

 変に挽回しようとするよりはずっといい。旅団参謀兼支隊副官フレッド・ソープはそう溢しながらもどこかしっくり来ていないのか歯切れが悪い。溢された方の支隊旗艦艦長ロバート・コールも同意した。この作戦配置は前回の作戦行動の代償と見て間違いない。ルビエールはその代償を旅団が負うことを不服ながらも受け入れたらしい。ルビエールの気性から前回以上の独断行動を心配していた者は少なくなかった。なので自重を念押すルビエールに安堵する一方でらしくもないと感じていた。

「旅団の方はどうなのです?」

 コールの問いにソープは少し考えてから答えた。

「どちらかと言うと第五艦隊に華を持たせることが不服、ってところですかねぇ」

「なるほど」

 その言い方では“支隊のせい“という認識も少なからずあるのだろう。コールはそれ以上を求めなかったがソープは取り繕うように言葉を足した。

「幸いなことに、ボスコフさんはじめ、上位陣には支隊に懐疑的な考えの人はいませんよ。そこのところは司令の人となりの為せるところですかねぇ」

 ソープの言う司令は2人いるがこの場合はルビエールを指しているだろう。その言葉に潜む皮肉にコールは口元を緩めた。

 旅団の上位陣。ボスコフやノイマンといった面子はルビエールの本質を理解し始めている。それはつまり本質的には“子供のまま“だと言うことだ。しかしだからこそか。ルビエールには味方を貶めたり、贄にするような謀略は取らない、取れないという信頼がある。何かあったとしてもそれは彼女を取り巻く状況が齎したもの、と捉えられるのだ。それは恐らく正しい。

「とにかく今回は何事もなく終わってくれることを願うばかりですよ」

 ソープの言葉は第五艦隊の作戦成否を問題にしているようではなかった。ただただ旅団と支隊の無事しか考えていない。軍人としては適切な考え方ではないがコール自身も心中は同じであり、ただ笑って受け流すのみだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ