24/2「そういう性分」
24/2「そういう性分」
ディアティにおける第五艦隊との決戦が空振りに終わったことは共同軍内の主導権に大きな影響を及ぼしていた。作戦を主導した突撃機甲大隊総隊長アーディンは信用を失墜、それによってAABそのものも脇に追いやられることになった。今や共同軍内の主導権はフロンティア2司令部の元にあり、AABはその尖兵として名誉挽回の機会を伺うのみとなった。
精鋭部隊かつ、独立愚連隊的な気質を持つAAB各大隊にとって現況は屈辱でしかないがそのイラ立ちの矛先は失策を打ったアーディンには向かなかった。
「喧嘩も先駆けもなしとは奇妙なものですよ」
第17大隊長アンソニー・オブライエンは第9大隊長マーク・ライゼルの乗艦に招かれ、彼の趣味であるボードゲームの相手を務めながら現況の奇妙さを不思議がる。
AABはそれぞれ根拠地が異なることから部隊色が異なり、さらに独立志向も強い。要するに言うことを聞かないし、好き勝手に動く。というのが共同軍内の認知だった。それがまとまって不遇な状況に置かれて放置されればどうなってもおかしくない。しかし、今のところ目立って独自の動きを見せる大隊は見られなかった。元々の認知が歪み過ぎていたのか。それとも動けない理由でもあるのか。当事者であるオブライエンには後者に関していくつか心当たりがある。
振ったサイの分だけ駒を動かし、手番を終えてからライゼルは口を開いた。
「総隊長殿の気の毒。キングの暗躍。どちらであれ、根拠地から外れた場所では迂闊には動けんだろうさ。それが結果的に後ろ向きな連帯に繋がっていると。君の言う通り、実に奇妙ではある」
キングのことはともかく。ライゼルが総隊長に関して同じ認識を持っていることにオブライエンはホッとしながらサイを振った。悪い目にため息をつきながら駒を動かす。
全く気の毒だ。アーディンは下手を打ったわけではない。彼の策は空振りには終わったが何らかのミスをしたわけではない。ただサイが想定外の目を出しただけ。その後の流れも本来ならアーディンの範疇外のことだった。
そして何より、それを導いた人間を各大隊長たちは知っている。ゆえに大方の大隊長たちはアーディンに同情的であり、そうでなくともその状況を導いた男を警戒しないわけにはいかない。
第4大隊長ジャスティン・キング。共同軍の空振りは奴が導いた。敏い者達の間では密やかな共通認識となっていた。
「それにしても第三艦隊によるスティルタイドの強襲、制圧。仮にそれがキングの誘導したものだったとして、一体何のために?」
そんなことは本人に聞いてほしいところだが。そう思いながらもライゼルはサイを振る手を止めた。
キング率いるAAB第4大隊の根拠地はライゼルとオブライエンの率いる大隊の根拠地にほど近い。それゆえに過去に何度か協同したこともある。ある程度は手の内と思考傾向も把握している。もっともそれだけで図り知れるほどキングという男もその背後も簡単ではない。
「そうだな。奴の根拠地が既に裏切っているとか?」
各大隊はその根拠地のコロニー勢力との癒着が強い。仮にキングの率いる第4大隊の根拠地「ウルクハイ」が地球側勢力と通じているならその意向を受けて裏工作を行っているのかもしれない。
「あのキングがですか?」
オブライエンには俄かに信じがたい。利敵行為に走る理由として筋は通るがキングは根拠地とそこまで仲の良い方ではなかったはずである。それにあの男の気質から言っても尖兵に納まるようなタイプとも思えない。ライゼル自身もその可能性を信じているようではなかった。
「目的を果たした上では後は何事も最小にするのがスマートというものだが。奴は目的を果たせる範囲内で最大限に状況をかき回すのを好む。奴を完璧に信用するやつなどいまい。それはキング自身も理解しているはずだ。だから誰かの言うことを聞くとしても自分の身を守るための算段もつけるだろう」
全く質の悪い男だ。そう付け足すライゼルにオブライエンは全面的に同意した。
「つまり、キングは何者かの命令を受けつつもそれとは別に独自の行動もしている、と」
「状況からの逆算だがね」
キングは誰かからの密命を受けて行動している。一方で自分自身を守るための策も並行して走らせているのではないか。だからこそ状況が矛盾している。ライゼルはそう考えたがオブライエンはその考えに完全には同意できなかった。
「どうなんでしょうね。言ってはなんですがキングも僕らも所詮は現場に立っている人間です。そこまで物事を見通して動けるものですかね」
オブライエンの見解にライゼルは唸った。確かに現場にいる人間に見えるものと動かせるものには限度がある。自分たちはキングの得体の知れなさから彼の影響力を過大評価し過ぎているのか。
「すると、君の考えはこうか。案外とキング自身も指示を受けただけで何が起こるのかまでは知らなかったと?」
「ええ。事は案外単純なんじゃないかとも思えるんです。キングが誰かの指示で自分が危うくなるような行動を取るとは思えない。しかしそれも彼も何が起こるのかまで知らなかったと考えると筋が通るんじゃないかと」
今やキングを疑っているのは自分たちだけではない。総隊長はもちろん、他の大隊長もキングを訝しむどころか確信に近い疑いを持っている。いくら何でもこの状況はキングにとって好ましいものではないはずだ。
そう考えた時、自ずともう一つの推測が成り立つ。2人は同時に口にした。
「つまり、キングも踊らされたと」
キングを信用のできる手駒と見做せる能天気な人間などそうはいない。キング自身も騙されたと考えれば筋は通るし、何より爽快だ。2人はニヤリとした。
もちろん。これは願望からくる憶測でしかない。今のところは胸にしまっておくべきものだろう。それ以上の深堀りを避けると2人はしばし沈黙した。
「ところで、アキラ君たちは元気ですか?」
露骨な話題転換にライゼルは苦笑いを浮かべた。ネピリム機関の実験体は2人の共通の秘密であり、話題だった。
「相変わらず焦れているよ。前回のニアミス以降は特にね」
オブライエンは右手で顔を覆った。
「昨年の捕り物は痛恨でした。もちろん、先輩のせいではないんですが」
その言葉は嘆きでもあるし、ライゼルへの詰りでもあった。返す言葉なくライゼルはサイを見つめた。
ライゼル率いる第9大隊麾下の強化兵部隊エンジェリオはネピリム機関の強化兵でほとんどが構成されている。その筆頭であるアキラ・タチバナは自分たちの存在意義を証明するための機会を常に欲している。ライゼルはそれを自身の権限の許す範囲内で配慮してきた。
昨年のWOZ領域近辺へのエンジェリオ派遣もその一つだった。共同軍情報部からの近隣エリアの警戒という意図不明な依頼をライゼルは怪しみながらもアキラ自身の希望から受諾してしまった。その結果は連合軍試験部隊との会敵交戦の末の痛み分けという内容だった。
ただ痛手を受けた。それだけだったなら大した問題にはならなかっただろう。ところが件の試験部隊は連合領域に帰還するや否やリターナーなる呼称と共に大々的に喧伝され、その流れでエンジェリオとの交戦までも取り沙汰されることになった。エンジェリオはプロパガンダの具にされたのである。
これによってそれまでアキラたちが積み重ねてきた「ネピリムの子」たちの評価は失墜することになった。アキラはそれを挽回することに躍起になっているがそういう時に限って機会は訪れない。前回の第五艦隊との決戦未遂はアキラだけでなく、ライゼルらすら嘲笑うかのように思えた。それはオブライエンと彼の第17大隊にいるネピリムの子らも同じだった。
「君の方はどうなんだ?」
「こっちは、相変わらずですよ。良いことなのか悪いことなのか」
「手間がかからなくていいじゃないか」
ライゼルの皮肉にオブライエンは申し訳なさげに苦笑する。
「トリスもアリスも彼女のことを気にしてますよ」
その言葉にライゼルは軍人ではない私人としての微笑みを見せた。
「いい子らだ」
それは間違いなくライゼルの本心ではあった。その微笑みの内側に潜む彼女らの状況に対する諦観にオブライエンは沈みこんだ。
いい子らであっては駄目なのだ。
ライゼルとオブライエンの出身である研究都市コロニー「アルファトロン」の強化兵計画ネピリムはもはや失敗と見做されつつあった。
同じ頃、共同軍AAB第4大隊長ジャスティン・キングは乗艦の通信室にいた。秘匿通信の相手とは気心が知れているのか。キングは相手の新たな要求に臆面もなく呆れて見せた。
「無茶を言いますねぇ。同じ手が二度も通用するほど連中もボンクラじゃありませんよ。スティルタイドの件以降、こっちも目を付けられてましてね。ちょっとばかり窮屈になってるんですよ」
第三艦隊をフリーにしろという指示だけを受けたキングはそれを完遂したがその結果としてほとんどの大隊長たちに目を付けられることになった。予め言っておいてくれればこちらもそれなりの体裁を取り繕えたものを。
通信画面に映る相手アーノルド・ベイカーはだからどうしたと言わんばかりに笑いながらも一応はキングの言葉を受け止めた。
「まぁ、そうなるだろうな。何、基本的な仕込みはこっちでやる。貴様はそれを任意でフォローしてくれればいい」
「任意ねぇ」
知らせておくことで否応なく巻き込む手管にキングは嫌悪感を露わにするがベイカーはそれを了承と判断して話を変えた。
「それで、本命の仕込みは進んでいるんだろうな」
表情を消すとキングはそれまでと変わって淡々と答えた。
「そっちも随分と無茶な話ですよ。仕込み自体は進めていますが上手く発動する保証はできかねますね。もちろんこれは手段を選んだ場合の話ですが」
「ほう、貴様に手段を選ぶ気があったとはな」
安い挑発にキングは動じなかった。画面越しの相手に迫ると無表情に敢えてうっすらと敵意を乗せて答えた。
「勘違いしないでほしぃなぁ。僕はむしろ手段の方にこそ関心があるタイプですよ。だから今回の仕事は甚だ不服なんだ。その責任は、取ってもらいますよ」
ほう、どうやって?ベイカーは失笑で問い返し、その答えを待たずに通信を切る。何も映さないモニターに凶暴な笑みを向けてキングは答えた。
「最高のタイミングで吠え面かかせてやるって言ってるのさ」
キングの副官ニコ・バドエルは通信室から出てきたキングを見るなり必要なこと以外は言わないことを決めた。いつものように取り繕われた笑みの裏側にある癇癪を的確に見抜くことができないならばキングの副官は務まらない。
「次の行動は」
キングはしばらく視線を中空に彷徨わせていたが何やら思いついたらしくニタニタと笑いながら言った。
「特にないね。うちの連中は引き揚げさせて後は高みの見物と行こうじゃないか」
その指示にバドエルは背筋を凍らせた。バドエルはそれまでにキングがしてきた“仕込み”を知っている。キングはそれを途中で放棄しようと言うのだ。それがいかなる事態を招くのかを察したバドエルはつい先ほど自分に言い聞かせた決まりを無視せざるをえなかった。
「それでは場合によっては犠牲が途方もないものになりますが」
「だって問題が解決できそうにないじゃないか。元々無理無茶無謀な要求だったわけだし。僕らは言われたことをやった。それだけさ」
だったとしてもそれは。バドエルが言う前にキングが諭す。
「真面目だなぁバドエル君は。真面目さは時に有害だよ」
あんたの不真面目さに比べればはるかにマシだろう。過去に何度も口にしてはぐらかされてきた台詞をバドエルは呑み込んだ。そんなことよりも今はキングの判断だった。自分たちは世界にとって有益な存在であるためにいるわけではないが今回のキングの判断はあまりにも行き過ぎている。バドエルは尚も食い下がった。
「真面目にこなす必要がないことはそうかもしれませんが。これが相手側の要求に合致するとも思えません。全方位を敵に回しますよ」
ジャスティン・キング率いるAAB第4大隊は共同軍の一員でありながら共同軍のための軍隊ではない。キングによるキングのための部隊というのが実態ではある。ゆえにバドエルも共同軍にとっての利敵行為であってもキングの判断である以上は許容してきた。しかし今回は利敵行為などというレベルの話ではない。要求をした相手の意図にも全く沿っておらず、それすら敵に回す可能性がある。そうなればキングは孤立するだろう。
何としてでもキングの翻意を導こうとするバドエルにキングは優しく微笑んだ。その微笑みが優しさではないことをバドエルはよく理解していた。
「全方位が敵かぁ。僕は結構なことだと思うけどねぇ。バドエル君は味方が欲しいのかい?」
何を言ってるんだ?まるで噛み合わない話にバドエルは力が抜けていくのを感じた。この男を説得することなど無理なのだ。もはや何を言うこともできないバドエルにキングは諭す。
「バドエル君。僕はね。世の中を面白くしてやりたいのさ。そのために必要なのは誰かの共感を得ることではない。理解も必要ない。そして何より、僕ら自身が面白い存在である必要もない。ていうかね。人間なんて元来つまらないものなんだよ。面白い人間もいるにはいる。けど、そういう人間が世界を面白くするわけではない。逆さ。人を面白くするのは世界なのさ。僕は、そういう世界を人々に提供したいのさ」
過去何度となく聞かされてきたキングの理念。バドエルはいまだに理解できないし、する気にもならなかった。しかし、その戯言のためにこれまで多数の犠牲が出てきた。そして今回は特大の犠牲が出る可能性があるのだ。
殺した方がいい。何度そう思ったことだろう。そして今日ほどそう思ったことはない。しかしバドエルにそれはできなかった。それを解っているからキングはバドエルを傍に置く。その反応を見て楽しむために。
「だーいじょうぶ。こちらは手を退くだけ。問題は起きないさ。仕込みはほどなく発見されて回収される。それだけのこと。バドエル君は心配し過ぎだよ」
確かにそうだが。しかしこの不安は何だ。何事か起こる気がしてならない。この男はそれを確信しているようにしか思えない。バドエルの予感を見透かすように薄ら笑いを浮かべてキングは言葉を付け足した。
「まぁ、それで何ごとか起こるんなら。それは僕ら以外の誰かがやらかす運命だったってことさ」
ディアティ近辺でのニアミスから2週間。第五艦隊と第11旅団の混成艦隊はディアティからそれほど離れていない宙域に留まっていた。暗礁が少なく開けたその宙域では艦隊の様子が丸見えになる一方で相手の出方も容易に見通すことができる。混成艦隊は敵地で堂々と姿を晒して共同軍に来るなら来いと挑発している。
対する共同軍は監視しつつも手出しせずに遠巻きに眺めるに留まっている。今の共同軍では混成艦隊と正面切って戦える戦力を集結させることは難しい。戦線を見渡せばスティルタイドにある第三艦隊はいつ動き出してもおかしくなく、第五艦隊への攻撃がそのトリガーになる可能性がある。混成艦隊を壊滅させられる確証でもなければ仕掛けることなどできない。かといって混成艦隊を放置して第三艦隊に集中することもできない。大局的に見れば第五艦隊は戦わずして共同軍を封殺していると言えた。
とはいえ、その状況は第五艦隊自身にとって都合のよいものではない。混成艦隊は十分な量の物資を持っているが敵地のど真ん中では補給の当てなどなく、刻一刻とその数字は余裕をなくしていく。兵も敵地のど真ん中で全方位を常に警戒し続けなければならない。そして何より最大の問題は、その状況が何の見通しもないままに続けられていることだった。混成艦隊の大多数の者達は戦局がどのように展開しているかも解っていないのである。方面軍に見捨てられているかのような状況に不安を覚える者もいた。
「やっぱり動きませんねぇ」
エノー派の通信帯域でジェニングスは雑談のように切り出した。退屈を持て余していたルビエールが付き合う。
「ちょっかいくらい出してくるかと思ったけど。思った以上に徹底しているわね。それとも、本当にそんな余裕がないのか」
エノー支隊は混成艦隊周辺を警戒する哨戒部隊の役割を買って出て本隊の周囲を衛星のように周っていた。新鋭艦で構成される支隊ならではの索敵能力と行動力を活かすという建前だが何もしないでいるよりマシというのが本当のところだった。しかしそれでも来る気配のない敵を探し求めることは退屈でしかなかった。
もちろん。この状況はいつまでも続くわけではない。共同軍が動かないならこちらから動くまでのこと。とはいえ、その主導権を支隊はもちろん旅団も持っていない。不服そうにウェイバーが溢す。
「共同軍が動かないならこっちから動くしかない。で、第五艦隊はどうするか」
「どうするのがいいと思う?」
ルビエールの問い返しにウェイバーは即答した。
「後退でしょう」
第三艦隊がスティルタイドを攻略した時点で陽動としての役割は十分に果たしている。これ以上危険地帯に身を晒している必要はほとんどない。スティルタイドなりにまで後退してそこを橋頭保に共同体のコロニーを侵食していく方が堅実で安全だ。
それができれば苦労はしない。
3人は同時に溜息をついた。混線艦隊が留まっているのは正しい選択の結果ではない。そこには別の理屈が絡んでいる。第五艦隊が満足する結果を出すこと。それを果たさないことには混成艦隊は後退できないのだ。
全く理解できない。したくもない。ルビエールはそのために思考を回すことを拒否していた。ウェイバーにもいい案は浮かばない。それも第五艦隊の都合への忌避感で頭が回らないからかもしれない。
第五艦隊がルビエールらの思いつかなかった画期的な案を思いつくか、それとも諦めて後退するか。いずれにせよできることは待つことのみだった。
「ぼちぼち節約を意識しなきゃですかねぇ」
ジェニングスも諦め顔で呟いた。ルビエールとウェイバーも自隊の物資状況を確認する。ろくに戦闘をしていないので弾薬類は潤沢なままだが食料、エネルギー類はただ留まるだけでも確実に減っていく。今のところは半分も切っておらず余裕がある。しかし、第五艦隊が何がしかの行動を起こすならばこの数値も信用できなくなる。食料はともかく電力をはじめとするエネルギーは戦闘によって急激に消耗される可能性がある。
「食料はともかくエネルギーは節約しておきたいですね」
ウェイバーが意見する。ルビエールも同意する。ならば、こんな哨戒活動はやめた方がいいか。
「そうね。ほどほどに抑えていきましょう。こっちの哨戒活動も交代してもらうわ。各隊にも物資の再点検と報告を指示」
2人は頷くと即座に行動に移った。一方、ルビエールの腰は重かった。
でもなぁ。自分で買って出て置いて辞めると言い出すのはなぁ。
そんな思考にハッとして頭を振る。何を情けのない考えをしてるんだ。
「よろしいでしょうか」
様子を伺っていた通信士官の報告にルビエールは慌てて表情を引き締めた。
「なに?」
「ハミル司令より招集です」
第五艦隊が無い知恵を絞り出したらしい。ルビエールは直感した。そうでないとしても支隊の哨戒活動を交代してもらうためにちょうどいい呼び出しではないか。状況が変わったんだ。道理はある。ルビエールは自らを奮い立たせると席を立った。
第11旅団旗艦アレウトにはもはや見慣れた連絡艇が接続している。ケープランドも呼ばれたのか、それとも押し掛けたのか。さすがに今回は前者か。さて、どんな話になるのやら。
旅団司令室には予想通りケープランドもいた。先に話を聞いたのか不機嫌さを取り繕いもせずに座っている。ロクな話ではなさそうだった。
ルビエールにも座るように言うとハミルは静かに切り出した。
「次の動きが決まった。第三艦隊がこちらへ合流する」
なんと。ルビエールはその意味をすぐに理解したが俄かには信じられなかった。ルビエールの反応から皆まで言う必要はないと判断したのかハミルはとっとと実務的な部分に話を移した。
「当然、共同軍はその前に動くだろう。それを迎撃することになる」
第三艦隊の合流は共同軍を動かすための陽動、御膳立てでしかない。つまりこの作戦の主たる目的は第五艦隊が手柄をあげること。第三艦隊が動くのだからそれは方面軍も承知のことだろう。つまり方面軍全体で第五艦隊のご機嫌取りをしているというわけか。
なんて不純な。ケープランドが不機嫌になるのも当たり前だったし、ルビエールも同じだった。
「戦略的に不要なリスクに思いますが」
共同軍とてバカではない。それなりに策を練ってくるだろう。こちらが想定以上に痛手を被ればその後の作戦にも支障が出る。
ハミルはチラリとケープランドを見やった。どうやら同じやり取りを既にしていたらしくケープランドが溜息をつきながら答えた。
「迎撃をするのは私たちだそうよ」
思ってもいない言葉にルビエールは横っ面を叩かれたような気になった。すぐにルビエールの脳内でその言葉の意味が理解されて展望が組み立てられたがはた目には唖然としているようにしか見えなかったのでケープランドが言葉を続ける。
「共同軍が第五艦隊に仕掛けるなら相応の戦力になることは確実。一方でまさかのために第三艦隊にも注意を向けざるを得ない。そうなれば共同軍のキャパシティはそれでほぼ飽和する。その隙をこそ第五艦隊はつこうということね。確かに、そこまでするとは相手も思わないでしょうね」
こっちも思わなかったけど。ケープランドは呆れ気味に付け足した。
つまり第五艦隊は第11旅団を身代わりにしようというのだ。混成艦隊を相手取ろうという共同軍の戦力を第11旅団単独で迎撃させ第五艦隊は第三の戦力として別の獲物を狩る。自分の発想にはない超利己的な思考にルビエールは眩暈を覚えた。そこまでして何を得ようというのだ。
「ディアティだそうよ」
あまりにも素っ気なく言うので今度こそルビエールは唖然とした。
「そんな無茶な。占領はどうするんです!?」
袋小路に飛び込むようなものだ。仮に成功しても方面軍はディアティにまで部隊を送り込めない。当然ディアティを放置することもできず第五艦隊はディアティに固定され今度こそ八方ふさがりになりかねない。ルビエールの投げかけはケープランドに向けられるべきものではなかったが気持ちは解るとケープランドも嘆き気味に代弁した。
「ディアティが攻略できるならそこを第五艦隊と私たちで固守できれば問題ないって判断ね。カタラーン戦線としてはディアティが攻略できるならそれ以上の下準備は必要ない。第三艦隊が合流すればそこを起点にフロンティア2の攻略にとりかかればいいと。第五艦隊の想定はそんなところかしら」
スティルタイドなどと違ってディアティは敵の喉元。カタラーン戦線における最終目標フロンティア2にもほど近い。それ以上の先がないのだからそこに居座る分には方面軍の後詰めは必ずしも必要ない。ついでに第三艦隊のそれまでの手柄も一気にかすむことになるだろう。第五艦隊としては万々歳の結果だ。
もちろん。うまくいけばだけど。ケープランドはそう結ぶ。表情は暗にそうはならないだろうと言っていた。
あまりに都合の良い考え方にルビエールは到底納得できなかった。上手くいくかいかないか以前にそんなリスクを取る必要がない。第三艦隊の切り崩しを続けていく方が双方の被害も少なく済むはずだ。どうしてそこまで急ぐのか。欲するのか。
「状況が揃ったということだろう」
それまで黙っていたハミルがぼそりと呟いた。2人はさらに求めるがハミルは拒否した。
「俺たちがどうこう言っても状況は変わらん。既に作戦は承認されていて第三艦隊は期日通りに動き、共同軍もそれに反応する。そこでだ」
ハミルは言葉を切ると2人を見据えた。次の言葉の反応を承知しているがゆえに言いたくなさげだった。
「独立機甲師団は第五艦隊について、後方に下がっていてもらう」
第11旅団の都合に独立機甲師団が付き合う必要はまるでない。ケープランドは軽くため息をつくだけで答えを見合わせた。次に何を言うべきか、言われるか、3人共が理解していた。
「支隊もだ」
予想はできていた。しかし実際に言われてルビエールは頭が締め付けられるような痛みを感じた。
この囮役はルビエールの独断行為によって生じたもの。代償なのは間違いない。それをハミルは自分たちだけで引き受けようとしている。それがルビエールには受け入れがたかった。
これは自分が齎した結果。そう考えるルビエールが為すべきは一つだけだった。
「こちらも前面に立ちます」
予想通りの反応をしたルビエールにハミルは無感情に用意していた言葉を吐いた。
「それはお前たちの役割ではない」
「役割がどうとか!」
喰って掛かる若僧に一寸も動じず、ハミルは切り返す。
「支隊は旅団の切り札だ。切るべき場面は他にある」
「それは旅団がいてこそ用意されるものです。この戦いで旅団が潰れればそんなものは訪れない」
役割を間違えるなよ。
役割がなんだ。
2人は睨み合う。今回ばかりはルビエールも譲る気はなかった。それはハミルも同じだった。こうなってはお互いが好きなようにやるだけ。それは旅団と支隊の関係崩壊を意味していたが既にハミルとルビエールの関係は崩壊状態だった。
なるようになれ。ルビエールが腹を括り、視線を外そうとしたその瞬間。わざとらしく嘆き、ため息をついたのはケープランドだった。
「なんだか勝手に話が進んでいますけど。こちらの返事が済んでいませんが」
驚いたのはハミルだけでなくルビエールもだった。2人お互いに独立機甲師団が下がるのは共通認識になっていた。いくら何でも第五艦隊と旅団の都合に巻き込ませるわけにはいかないし、統合軍にも巻き込まれる理由はないはずである。
しかしケープランドは不敵な笑みを拵えると2人の認識を嘲笑った。
「我々もお供させていただきます」
前提が崩壊した。ハミルはしばし言葉を失くした。普段なら黙考と見做されるところだが今回ばかりは唖然としているのが明白だった。
やがてハミルはかろうじて絞り出した。
「どういう了見か聞かせていただきたい」
ルビエールを見かねての助け舟か。それとも旅団への恩義か。どちらであっても感情的な問題でしかない。それを補強するためにケープランドはどのような理屈を用いるというのか。なんであろうとハミルは拒否するつもりだったがケープランドはそんなものを鼻から用意していなかった。
ケープランドはすまし顔で堂々と、しゃあしゃあと言ってのけた。
「そういう性分ですので」
予想外の答えにハミルはまたしても面食らって言葉を失った。何の答えにもなっていないではないか。しかしケープランドは不敵な笑みを浮かべてそれ以外の答えはないことを示す。
理屈では説得できないということか。
やがて、ハミルは嘆息とも諦観ともつかぬ苦笑いと共に折れた。
「では、引き続き支隊と共に行動を。配置は追って知らせる。くれぐれも勝手な行動はしないように。面倒は見切れんからな」
「イエッサー」
見事なまでの最敬礼でケープランドは受領する。急な流れにルビエールは呆気にとられて見ているだけだった。意地の悪い笑みを浮かべるケープランドは前回とはどうやら逆を行ったらしい。
つまり、エノー支隊と独立機甲師団もまた旅団と共に正面役になったのである。
「今度はどういう風の吹き回しです?」
以前と同じようにエレベータで二人きりになったタイミングでルビエールは詰った。やはり同じようにケープランドは飄々と答えた。
「言ったでしょ。性分よ」
そんなもののために配下の者達を危険な前線に立たせるのか。納得できなかったがそれはルビエール自身も同じようなものだった。
「そっちはどうなのよ」
自分の判断が招いた事態。支隊の人間でルビエールに責を求めるような者はいないだろうがそれはルビエール自身が気にしないでいい理由にはならない。それに部下をつき合わせることを自分にどう納得させるのか。頭を絞ったルビエールは出てきた答えに苦虫を噛み潰した。
「性分ですので」
ケープランドは声を上げて笑ったがそこに嫌味はなかった。むしろ過去に自分も通った道かのように目を細めて言い聞かせる。
「恩着せがましいことを言える立場じゃないけど。ここまでやってあげたんだから大人しくして頂戴よ。ハミル大佐が折れたのも私たちをつけることであなたの独断専行を止められるという意図もあってのことでしょうし。彼の言う通り、本来は出るべき場ではないわ。ここはお互いに自重、ということで一つよろしく」
支隊の、ルビエールの果たすべき役割は他にある。些事にかまけて本来の役割を見失ってはいけない。これはそれを理解した上での折衷。無碍にすることはハミルだけでなくケープランドとの信頼関係を崩壊させることになるだろう。さしものルビエールもそこまでの我儘を通す気はなかった。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」