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3/4「第三軍」

3/4「第三軍」

 地球連合の姿勢がはっきりしたのはピレネー破壊から一か月が経過して後だった。

 ピレネー破壊の報そのものは当初から連合全土を走り抜けたが連合政府の見解は「火星叛乱勢力によるテロ」というものであった。火星を国家と見なしていないためにその扱いと対応に苦慮する羽目になった。テロ勢力であるのだから討滅は必至であり、そこに話し合いの余地などないということになってしまう。火星側の言い分を聞くことすら議論を要する問題だった。

「現実を見ないから余計な矛盾を抱える羽目になるんだ」

 地球連合軍統合本部の一角に座すローマ師団オフィスでクリスティアーノは腹心に溢した。

 ついに地球連合は火星共和に対して先のピレネー攻撃を口実とした征伐遠征を決断した。しかし多くの軍関係者にとって、この当たり前の選択肢を選ぶのにこれだけの時間をかけたことは大いに不満であった。それだけ相手に猶予を与えたからだ。

 討伐遠征は火星の主要拠点の壊滅もしくは制圧を最初の目標として協議に入っている。この遠征軍が包囲を受けないために実際にはほとんどの戦線で攻勢に出ることになるだろう。その結果どうなるかはだれの目にも明らかだった。

 この機に乗じて列強国は思い思いの戦線で好き勝手な戦いをはじめる。火星に勝ったところで実入りをえるのは一部だけだ。その前に自らの手で連邦コロニーを制圧して領域支配の既成事実化を図ろうとするだろう。

 繰り返す内戦の結果、連合傘下国は国軍の遠征力を強く制限されているが、そのための特殊戦略師団であった。この連合政府の承認で存在を許される列強国有する第3軍は正規軍並みの遠征力を―経済力と影響力の許す範囲内で―持つことが可能であり、地球連合の有力な遊撃・機動戦力であると同時に列強の意思伝達手段であった。

 遠征軍の陣容は公式には発表されていないが来るべき時に備えていた正規軍の第七艦隊を中心とすることは確実視されている。これの脇を固めるために複数の特殊戦略師団が招集されるだろうがそれを決めるためにクリスティアーノは滅多に訪れることのない統合本部にあった。

「で、こちらは手を上げるのですか?」

 ローマ師団は遠征軍に志願するのか?常日頃から自軍を雑魚と憚らないクリスティアーノである。手を上げるなどあり得ないことだとカリートリーは承知していたが理解不能な動きを見せる上官を相手には確認せずにはいられなかった。

「バカ言うな。お呼びでない」

 でしょうね。とカリートリーは胸を撫でおろした。参加の準備をするには遅すぎるし、何よりMの手前もある。

「Mはどうなの?」

「作戦の意義は理解してもらえたと考えます。後はそちらの領域かと」

「そうか、ご苦労。では、あたしの番だ」

 会議10分前。クリスティアーノは席を立った。


 統合本部の会議室に集まったのは特殊戦略師団の各司令官22名(不参加5名)、正規軍第七艦隊司令官、統合作戦司令官、他は会議におけるお定まりの高級将官たち多数というところだった。

 会議の冒頭は連合軍制服組のトップである統合作戦司令官からだった。

「今回の遠征計画は先の火星叛乱軍のピレネー攻撃が発端ではあるが、元より我々連合軍の悲願とするところの火星奪還の一手でもある。250年に渡る火星人の跳梁跋扈を打ち破り、火星の自由を取り戻す戦いが我々の代で決すること、これは宿願である。作戦計画そのものはまだ立案にまでは至ってはいないがこの一大作戦にはもちろん特殊戦略師団の一同にも参加を願っている」

 大言壮語のわりに抑揚のない口調にクリスティアーノは制服組トップの苦悩を見て取った。本来であれば特殊戦略師団の助力などなく正規軍独力で遂行したいはずだ。しかしそのための準備はピレネー破壊によって崩壊した。甚だ不本意なタイミングではじまったというのが本当のところだろう。しかも正規軍はピレネーを失い、各戦線の防御強化も行わねばならず兵力の大幅な再編を余儀なくされている。遠征にあたって遊撃兵力である戦略師団を組み込むのは致し方のないところでもある。

 さて、各国はどう考えているのかな?クリスティアーノは興味本位で出席者を見回した。特殊戦略師団は各国の国軍であるためその性質上、各司令官は国の意向を受けている。ほとんどクリスティアーノの私兵集団と化しているローマ師団はこの点で極めて特殊な立場にあった。

 Mことモーラ・マッケンジーは関心なしと言った体で出された紅茶を口に運んでいるが他の司令官たちは無心というわけでもなく何事か伺うように視線を交わす。

 そんななか席を立ったのはクリスティアーノの隣に座っていたトウキョウ師団だった。

「我々は軍人であります。命令とあればどこへとも参じますが、ご承知の通り、我々トウキョウは直接的な戦闘より拠点構築・設営、輸送・補給支援に能力発揮する師団であります。そのことをご承知頂ければ、あとは粛々と責務を果たす所存であります」

 トウキョウ師団司令官のヨイチ・ハセガワはそれだけ言うと席に座った。彼を知る者は憮然とし、知らぬ者は唖然とした。戦略師団の各司令官たちはいつものことと平然としている。

 トウキョウ師団は数ある戦略師団の中でももっとも偏った思想で編成された師団である。ハセガワの説明通りに拠点構築や物資輸送などに特化した工兵団を中心に編成されており単独で行動することはまずなく、専ら別の戦略師団に帯同してその作戦活動を支援する役割を担っている。それはつまりワシントン師団専用の支援部隊という意味ととってほとんど間違っていない。

 ヨイチ・ハセガワをはじめトウキョウ師団は自らの役割に誇りを持ってはいたが、その性質上、各師団の思惑に振り回されるのを宿命としていることを面白く思っていなかった。つまるところトウキョウ師団は自分たちの立場を明示した上で「勝手にしろ」と迂遠に吐き捨てたのである。

「相変わらずねぇヨイチ」

 クリスティアーノのささやきは無視される。クリスティアーノはこの同年代の偏屈を殊の外気に入っているのだが残念ながら相手にされたことはない。

 続いて口を開いたのは本命のワシントンだった。

 第01特殊戦略師団、通称ワシントン師団司令官ジェンソン・ミラーはいかにも高級将官といった威厳のある風体を持つ初老の男でその権威は連合軍内部で単独の派閥を形成するレベルにある。序列外とはいえ統合作戦司令、宇宙軍司令に次ぐ実質的なナンバー3と目されている。

「まずはこの作戦計画の戦略上の目標をお聞かせ願いたいと思う。まだ策定されていないと仰るが語れることはあるはずだ」

 統合作戦司令官は答えず、隣の参謀総長がかわった。

「政府のオーダーは「火星奪還の前進」です。これを我々は火星奪還のための橋頭保確立と解釈して現在、攻略目標を選定しております」

「それはつまりそこを策源地として維持するということか」

「そう受け取って頂いて結構です。もっとも、維持できればの話ですが」

 若年の参謀総長スティーブン・ハモンドは神経質そうな面に不機嫌さを隠さない。

 正規軍にとってみれば侵攻からの拠点確立までは決して不可能な話ではなかったが維持し続けるにはその後の戦略が重要になってくる。現時点でその後の動きは白紙だった。

 ただ拠点を奪っただけではサンドバッグになるだけでその役割は正規軍に、仮に逸失した場合の責任もやはり正規軍になる。このことが攻略目標の選定を狭めていた。

 ハモンドはそもそも今回の戦略目標が気に食わない。奪還の前進などと言いながら政府に火星奪還に本腰を入れる意欲はない。であるならば橋頭保確立などではなく、ピレネー同様にあちら側の機動戦力に打撃を与える程度の設定でいいと考えている。しかしハモンドのこの意見は別の引力によって弾かれる。

「では、僭越ながらワシントンとしてはドースタンを提案したいと思う」

 ミラーの提案にハモンドは閉口した。そうきたか。

 ドースタンは火星共和の宇宙要衝で大規模なプラントと資源小惑星帯を持つ。政治的にも戦略的にもA級の目標だった。アメリカが主権を持つコロニー群と隣接する区域にある、というよりもアメリカという地球連合最大の列強が守る区域であるからこそドースタンは大規模に発展したのであるが。この邪魔、かつ魅力的な拠点を奪取したいというのがアメリカの代弁者たるワシントンの意向なのだ。

 うんざりした様子でハモンドは椅子に身体を沈めた。

 正規軍にとってみればアメリカのご都合に付き合わされることになるが、戦略的に考えて決してないわけではない。アメリカ国軍は自衛軍の中でも最大戦力を誇り、正規軍の守備戦力と合わせればドースタン奪取後の維持はかなり楽になるだろう。ドースタンを手に入れられるならアメリカは喜んで出してくるだろう。

 それにしても、とハモンドは思った。最初からそれありきであるなら、政府に直接「ドースタンを攻略しろ」と言わせればいいのである。他勢力の動向を気にして「相手に選ばせる」回りくどい方法には辟易とする。

「有力な案として検討しておこう」

 統合作戦司令官が気のない返答をした。この男もハモンドと同じように今になって政府とアメリカの意向を知ったくちのはずだったが、軍人としてのキャリアの終わりを近く迎えるにあたって諦めの境地にあるように見えた。ハモンドは自分までそういう気になるには早いと考えていた。

「仮にドースタンを目標とするとして、ワシントンにはもちろん参加いただけるわけですね?」

 ハモンドの言葉はミラーのテーブルからいらない選択肢を排除するだけのことでしかなかったがその意図は正しくミラーに伝わったようだった。

「もちろんだ」

 精悍な笑みでミラーは若い参謀総長の一矢を受け取めた。だが、その笑みもすぐに失せて別の話に切り替わった。

「しかし、我々だけというわけにはな。手柄を独り占めするわけにもいかんだろう。どうだろうトウキョウは?」

 戦力的な過不足の話ではなく、手柄的な話と言ったがこれは半分本当であった。ワシントンの戦力であれば正規軍とで十分攻略は可能、というよりもワシントンで不可能なら他の師団をどれだけ合わせてもほとんどの場合不可能と言ってよかった。他の師団の参加を求めるのはそれが「アメリカの、アメリカによる、アメリカのための」作戦になってしまうことを避ける政治的な意図が大だ。ここでお抱え師団であるトウキョウが出てくるのは既定路線と言えた。むしろ大規模作戦においてトウキョウなしを想定するのはかなり苦しいくらいである。ハセガワは丁重に無視することを選択したがこれは単に彼に辞退する権利は与えられていないだけのことだった。

 クリスティアーノは視線をMに流した。ロンドンは参加するだろうか。それはつまりカリートリーの説得失敗、クリスティアーノの作戦頓挫を意味する。幸いと言うべきか老婦人は黙して動かなかった。それがMの意思表示ではないことはクリスティアーノも弁えている。まずは第一段階を突破できたというだけだ。

 手を上げた師団司令官は2人いた。この2師団とトウキョウを加えてドースタンを攻略目標とする作戦案が改めて検討されることを確認してこの議題は終結した。実際のところそれは他の案と比較されたりはせず、即座に詳細の検討に入るだろう。


 ローマ師団のオフィスに戻ったクリスティアーノを意外な客が待っていた。

 ちょうどMが出されたコーヒーに口をつけている場面であったが老婦人はあろうことか顔をしかめて。

「コーヒーは嫌いだから紅茶にしてほしかったわ」

 などとのたまったのでさすがのクリスティアーノも口をひきつらせ、控えていたカリートリーは愉快なものを見れたと顔を綻ばせた。

 すぐにクリスティアーノの分のコーヒーも出せれて両者は向かい合った。

「ドースタンが確保されれば、あなたの作戦は意味を無くすかもしれないわね」

「そうなんですか?」

 やおら切り出したMにクリスティアーノは素っ頓狂な顔を見せたので逆にMが困惑してカリートリーを見た。カリートリーも苦笑を浮かべた。

「そんなことはありませんよ。主戦線の構築はあって当たり前ですし、そもそもドースタンが取れるかどうか、それも判然としません」

 これはMに対してというよりクリスティアーノに向けての説明だった。

 肩透かしをくわされたMは咳払いをしてから改めて名士マウラの息女を品定めしようと思考を巡らせたが完全に腰を折られて方向を見出せなくなっていた。カリートリーに視線を流すと小太りの男は申し訳なさそうに苦笑した。

 この男はマウラの意図など知ったことではないと言った。では、この得体の知れない女に何をもって付き従うのだろうか。

「マウラが何をどうしようか、なんてことを私は知る由はないし、知る気もないのだけど。あなたの手に乗るかどうかを決める前に、あなたはマウラの何なのかを知っておきたいわね」

 悪い聞き方だ。カリートリーは即座に思った。この女は次の瞬間に「当主の長女です」と答えかねない。

「当主の長女ですが」

 カリートリーは顔を覆った。Mは純粋にあきれたような顔になってカリートリーをみた。

「あなたも大変ねぇ、こんなのの下にいるなんて」

 こんなの呼ばわりされた本人はけらけらと笑う。カリートリーは解っていただけましたかと苦笑する。

「お嬢ちゃん。私はあなたの策に乗るのは構わないの。そのための手回しはしましょう。でも一つだけ知りたいことがあるの。あなた自身はこの戦争をどうしたいのかしら。私がその手に乗ったら、それはどんなことに加担することになるのか。それを知りたいわ」

 30に近いクリスティアーノをお嬢ちゃん呼ばわりするのはMならではだったが、実際、お嬢ちゃんはこの言い草を気に入ったようだった。

 クリスティアーノはよくぞ聞いてくれたとばかりに身を乗り出した。

「終わりにしたい」

 端的に過ぎる表現だったがクリスティアーノらしいとカリートリーは思った。

「なるほど」

 そう口にしたMだったがそれで納得するわけがなかった。

「それは具体的にどういう状態を意味するのかしら。相手の殲滅?和平?それとも…わたしたちの滅亡?」

「対立構造そのものの終結」

 クリスティアーノは言い切り、Mの息が止まるのをカリートリーはみた。

 難題である、などという話ではなかった。軍人の領分を完全に超えている。政治だけの問題でもない。火星と地球の間に横たわるイデオロギーの確執。これを解決する策を人類はいまだに見つけていない。その難題にクリスティアーノは何か大事を仕掛けようとしている。

 Mは真剣な表情でクリスティアーノを見やった。この女はある種の狂人に類する存在ではないのか?という疑念が湧いた。この女の口にすることがマウラの意思であるとは到底考えられない。この女はマウラだが、マウラではない。では、その後ろに控える男はどうなのだろうか。

「なるほど。あなたはマウラではなく、このお嬢ちゃんに従っているというわけなのね?」

「えぇ、まぁ、そうですね」

 水を向けられたカリートリーは不服そうだった。確かにMの言う通りなのだが、できれば本人の前でそれは言わないでほしかった。

 3者の間に沈黙がおりた。

 カリートリーはMことモーラ・マッケンジーという人物の評価はこの会談の是非に関わらず修正が必要だろうと考えた。まともな軍人であればクリスティアーノとの関係をマウラとの関りと考え、損得で動くだろう。まともな人物であればクリスティアーノを触れてはならぬものとして扱うだろう。

 どうもMはそのどちらでもないようだ。Mはクリスティアーノとの付き合い方をどう処理するかを考えている。さらに自意識過剰でなければカリートリー自身との付き合い方もだ。それは何のためだろうか?

 やがて、Mの表情がかわった。それは何らかの発想の転換を得たようにカリートリーには見えた。

「いいわ。分の悪い賭けは嫌いじゃない。乗りましょう。クリスティアーノゲームに」

 にこりと笑ってMはその表情に「貸しよ」と付け加えている。

 カリートリーはMの人物評に「野心あり」と付け加えた。


 果たしてこれは成功なのだろうか?

 Mがオフィスを後にしてカリートリーは思考を巡らす。ひと段落するたびに自問すること、これはカリートリーの癖に類する思考傾向だった。

「あのババア、思った以上にくせ者ね」

 クリスティアーノはどこか嬉しそうにつぶやいた。

「お嬢様はMの正体をどう捉えていますかね?」

 M流の呼び方でカリートリーは聞いた。この呼び方はお嬢様とカリートリーの関係にはかなり馴染む。クリスティアーノも苦笑しつつ部下の非礼を受け入れた。

「Mという仮面の下にある真っ当な軍人…という面の皮の下に野心。部下にはしたくないタイプね」

 最後の一言はクリスティアーノらしい。実際、Mを部下にするなど薄ら寒い想像だった。

「Mは発想を転換したように思えます」

 カリートリーの言葉にクリスティアーノは満足げに頷いた。

「それだ。Mは選択肢が増えたと考えた。私たちが可能性の一つに数えられたということだ」

 そこが気に入った。とクリスティアーノの目が語る。Mレベルの年齢と立場でそういった発想を得られるというのは稀な才覚と言える。さらにそれを選択できるものとなるともっと少ないだろう。

「それでMの見返りとやらは?」

「あぁ、人的資源と物的資源の無心です」

「なるほど。クサカの新型ね」

「物的な方は私の裁量でどうにもなりますので報告はしませんでしたが」

「で、人的な方は?」

 カリートリーは難しい顔をした。

「デニスを欲しいと言われました」

 途端にクリスティアーノは爆笑した。

「お前がつい最近口説き落とした奴じゃないか!」

 カリートリーは苦々し気にクリスティアーノを睨んだ。冗談ではない。デニスはカリートリーの率いる第八大隊の強化のために引き抜いた肝入りの人事だった。

 ひとしきり笑い転げたクリスティアーノは冷めたコーヒーを飲み干して落ち着いた。

「まぁ、それは半分嫌がらせね。こっちの情報をそれだけ知っているぞって誇示」

 そんなもののためにこっちの苦労が水の泡になるのだからカリートリーはやっていられなかった。

「雑魚からの脱却が遠のきますよ」

 笑止といった風にクリスティアーノは嘲った。

「お前のことだ。クサカの新型もそれなりの数を確保してるでしょ」

「なんのことでしょうね」

 カリートリーはとぼける言葉を吐いたがそれは目の前の相手に通用すると思っているのではなく、そのことに関して話す気はないという意思表示だった。

「話は変わりますが、人的な資源のことで思い出したことがあります」

 露骨な話題転換に苦笑しながらクリスティアーノは続きを促した。

「ルビエール・エノー大尉のことですが、今さらながらあのような部隊に配置された理由をお聞きしたいと思いまして」

「ほんとに今さらね」

「あなたなら手元に置きたがると思います」

 しばらく考えてからクリスティアーノは先ほどまでMの座っていた席を示した。カリートリーが腰を下ろすとクリスティアーノはつまらん話だぞと前置きしてから話し始めた。

「事の起こりは30年くらい前に遡る」

「ずいぶん前ですね」

「混ぜっ返すな」

「これは失敬」

「エノーが軍人家系のノーブルブラッドであるのは承知の通りだが、これは正確には過去形であるべきなんだ。いまのエノーの当主、つまりルビエール・エノーの祖父だが、彼は軍人ではあったがエノーを軍人家系から脱却させたいと志向していた。彼がなぜそんなことを考えたかは解らん。それで彼はルビエールの父である長男以外の1女1男を別のノーブルブラッドに嫁がせて、さらにその家系のもの、つまりルビエールの母を長男の嫁に迎え入れた。そちらのノーブルブラッドの分野に家系を転換させようとしたわけだ」

 この話の流れがカリートリーには読めた。クリスティアーノにとっては身をつまされる話なのだろう、居心地を悪そうにしていた。

「だが、それは上手くいかなかった。エノー家系にその分野に馴染む力がなかったのか、それとも組んだ相手が悪かったのかは知らんが、エノーは力関係でその家系の下になることが濃厚となった。そうなるとエノーの御当主は軍人家系という枠組みも維持したいと思いなおすようになった、それで、末姫を軍に嫁がせることにしたというわけだ」

 何とも勝手な話だ。カリートリーは呆れたと肩をすくめてみせた。クリスティアーノもそれを咎めない。クリスティアーノもまた軍に嫁いだ身の上だった。

「とはいえ、軍もそう甘くはない。世代に空白のあるエノーには影響力はそれほど残っていない。つまりルビエール・エノーには軍人家系エノーの復興という使命があるわけだ。そこで、同じ古い軍人家系であるマウラが頼られた」

「つまりルビエール・エノーはマウラの徒弟ではなく、エノーとして自立しなければならず、それには目に見えた功績を必要とする。そこでクサカの試験小隊というわけですか」

「クサカとしても新型HVを席巻させるには大規模な認知活動が望ましいし、その点ではエノーのお嬢ちゃんは都合がいい。ま、失敗した時はこっちで引き取るさ」

 なるほど。クリスティアーノとしてはルビエールを子飼いにできるほうもまた好ましいが、マウラとしてはエノーに貸しを作る方を選んだということだろう。

「お聞きしたいことは聞けました。部署に戻ります」

 そう言って下がろうとしたカリートリーをクリスティアーノは引き留めた。

「お前はどう見てる?」

「どう…とは?」

 カリートリーはとぼけながら自分の口にすべき言葉を並べていた。

「エノーお嬢ちゃんは使い物になるかな?」

 クリスティアーノにしてみれば興味本位な質問だろうが、なかなか重要な質問にカリートリーは思えた。いま思い浮かぶ選択肢のどれを選んでもカリートリーには大した影響はないだろうが、さて、どう答えるとルビエール・エノーのためになるだろうか。カリートリーは考えた。

 クリスティアーノに気に入られることが必ずしもプラスに働くとは限らないことはカリートリーが一番わかっている。とはいえ無難な選択をするのも趣味ではない。いっそのこと劇薬を投じてみるのも面白いか?

「イスルギの特務中尉を気に入ったようです。面白い嗅覚を持っていますよ」

 クリスティアーノは口を開けた。何事か考えてからようやく言葉を絞り出した。

「そうか。…まぁ趣味は人それぞれだな」

 クリスティアーノはそれ以上言わなかったのでカリートリーはオフィスを後にした。自分の発言が何か重大な勘違いをさせたのではないかと気づいたのはかなり後になってからのことだった。まぁクリスティアーノのことだ、しばらくすれば自分の勘違いに気付くだろう。


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