22/4「サーペンタイン」
22/4「サーペンタイン」
第三艦隊が出撃してしまったことで根詰まりを起こしていたロジスティクスは解消される見通しが立った。しかし第五艦隊司令コノエはそれを待つ気にはならなかった。
呼び出しを受けたハミルは出撃を強行しようとするコノエを冷視しながらも拒否はしなかった。断ったところで第五艦隊単独で出撃することは目に見えている。それでも既に整っている分の補給を積み込むために2日の猶予を要求。コノエも渋々これを了承した。
寝耳に水の強行出撃には旅団どころか当の第五艦隊からも困惑の声が漏れ聞こえるほどだった。ハミルの確保した2日はその困惑を落ち着かせる効果を持った。
元より準備の整っていた支隊と独立機甲師団はこの時点でも暇を持て余していたのだがその司令であるハルカ・ケープランドとルビエール・エノーの2人は密かにハミルから呼び出しを受けた。
「次の出撃に関してだが」
前置きもなしに切り出すとハミルは作戦図の奥深くにある大きめの点を指し示した。指し示されたディアティと呼ばれるコロニー国家はカタラーン戦線の中でも奥まった位置にあり目標フロンティア2の位置にも近い。しかしそこに至るまでの道程には複数の敵性コロニー国家がある。目標とするにしてもまだまだ先になる、はずである。
「ここまで行くそうだ」
2人は顔を見合わせた。指し示されたポイントに対する疑問もそうだがそれをハミルがわざわざ事前に2人に示すことが異様だった。どこから何を聞けばいいのか解らず困惑している2人を無視してハミルは続ける。
「リスクは高いがやりたいことは解る。状況を動かすなら効果的な一手だ。手前のコロニー国家を一つ一つ相手にしても然したる効果は見込めない。無視しても構わんし、ディアティを狙うこと自体もそれらの小国家に対する恫喝として機能するだろう」
それはそうだろうな。ルビエールも戦略的に有効な手であることは認めた。奥まった位置に侵攻すれば包囲殲滅を受ける危険性はある。しかし今のところそれらの小国家が本腰を入れて仕掛けてくるとは思えない。実際にはそこまでのリスクはないだろう。
で、それをなぜわざわざ自分たちに言う?ケープランドが如何にもそれを聞きたそうにしているのでルビエールが口を挟む。
「で、なぜそれを私たちに聞かせるのでしょう」
ルビエールの不敬にはリアクションせず、ハミルはしばし黙ってから切り出した。
「お前たちもSSの話は耳に入れているだろう」
2人はリアクションしないことで肯定する。頷くとハミルは続けた。
「確定ではないが特殊作戦群は欺瞞情報を掴まされたらしい。これを真に受けた特殊作戦群は方面軍司令部を通さない形で作戦を決行し、ハメられた」
つまり方面軍司令部はハイブランドへの強襲に関与していなかったのか。新しい情報に触れたことで2人の思考は不吉な方向に導かれた。
特殊作戦群が欺瞞情報を掴むというのは如何にも不自然なことだった。敵が罠を用意して呼び込むならそれは方面軍が対象になるはず。わざわざ特殊作戦群を狙って情報を流すなど不自然で困難である。何者かがそれを仲介したと考えるのが自然。
「内部に裏切り者がいるということでしょうか」
ルビエールの問いにハミルは不愉快そうに溜息をついた。
「そうは言い切れん。こちらがもたつくことを歓迎する勢力はいくらでもいるからな。いたとしても末端と考えた方がいいだろう」
言われてルビエールは考えた。さしてかからず答えは出た。そうか、ジェンス社やWOZという可能性もあるのか。だとすれば迂遠なやり方にもかえって納得がいく。
「それで。本題はなんでしょうか?」
ケープランドが幾分不機嫌に切り出した。ハミルは少しも動じずにケープランドを見据えた。
「ここまでの話で解る通り、こちらは暗闘の渦中にあり、そして十中八九その標的だ。こちらの立場に相乗りするのは危険だと言うことを伝えておきたかった」
「それをわざわざ忠告していただけたと?」
「後になって抗議されても困るのでな」
拍子抜けしたようにケープランドは息を吐いた。
「気遣いは有難いのですが厚かましいお願いをしたのはこちらです。その結果がどうなっても我々の判断責任でしかありません」
その言葉には見くびるなという抗議が含まれていた。ハミルは苦笑して僅かに頭を垂れた。
「失礼した」
謝ることあるのか。ハミルの見せた姿勢にルビエールはやっかみを覚えた。単にそのような機会がなかっただけで本当にハミルが誤らない人間であると思っていたわけではないのだがハミルの見せた誠実さがルビエールは気に入らなかった。
「それで、旅団としてはこの状況を如何するのか。同乗する身として考えくらいは聞いておきたいのですが」
独立機甲師団は降りない。その意思を受け取るとハミルは2人に座るよう促した。
「ここ最近のロジスティクスの混乱。第三艦隊の抜け駆け。第五艦隊の焦り。状況が噛み合っていない。これは意図されたものではないのか。方面軍司令部は外部から影響力を行使できる者とそのシンパが関わっていると見ている。ただ今のところ目的が見えない。そしてその対象も。それが見えないうちは特定困難であるし、できることも限られる。だが、いくつか判断できることはある」
ハミルが言葉を切るとその示唆するところを2人は理解した。ケープランドが代弁する。
「まず。我々独立機甲師団はそのターゲットではないでしょうね」
連合内の争いに統合軍を巻き込むのは不確定要素に過ぎる。逆に独立機甲師団をターゲットにするなら連合軍を巻き込む意味がまるでない。独立機甲師団がターゲットである可能性は極めて低く、懸念する点があるとするなら首謀者にとって統合軍が巻き込まれことが許容範囲内なのかどうかくらいか。
ハミルは頷くと視線をルビエールに移した。ルビエールはふんと鼻を鳴らすとぶっきら棒に応えた。
「逆に、こちらは本命」
マリネスク長官派閥だけでなくマウラ閥の尖兵であるエノー支隊は方面軍にある部隊のなかでもっとも政治的な存在である。ターゲットになる理由は十二分にある。これは確定ではないが最初に判断しておくべきポイントだろう。つまり隣り合う2人の司令はこの件に関しては全く逆の立場にある。
「当然だが、第11旅団そのものも含まれている可能性は高い。支隊を狭義、旅団を広義としたターゲットということも考えられるだろう」
逆もあるだろう。ルビエールは思ったがハミルがそれを想定していないはずもないので沈黙を通す。
「それともう一つは方面軍司令部そのもの。つまりマリネスク長官ということになる。もちろんこれら全てが繋がった目標ということもあり得るだろう。少なくとも当事者であろう俺たちはどちらであるか、ではなくどちらでもあると考えるべきだろう。結果ハズレであったとしてもな」
当たりを付けられないのならハズレを潰しながら当たりである前提で行動する。それが鉄兜アントン・ハミルだった。
自分たちの身を守るためならそれでいいだろうが。理屈として納得しながらもルビエールはそんな言葉を押し留めた。解ってはいる。自分たちは災厄を引き寄せている側で下手に動いた方が却って周りを巻き添えにする。それでもハミルの方針にルビエールは反発を覚える。
「方面軍司令部は慎重にならざる得ない状況になっている。案外とそれこそが相手の狙いなのかもしれんが。まぁこれは願望か。その程度で納まるはずはないだろう」
ハミルは頭を振って一息をついた。こんな多弁なハミルはソープやボスコフでも見たことがないのではないか。それを知らないケープランドは口を挟んだ。
「話が随分と大きくなってきましたね」
ハミルは珍しくもほろ苦い笑みを浮かべた。
「全くその通り。大きく、遠い。こちらにできることは手近なところから片付けていくことだけだ」
なるほどそれが本題か。ケープランドはようやく得心できた。
「つまり、こちらはこちらの可能性を潰し、そちらもそちらの可能性を潰していく。それを互いに持ち寄ろうと」
言うとケープランドは横目でルビエールを牽制した。その視線はエノー支隊、というよりもルビエールがマウラ閥であることを認知しているようだった。伝えた覚えはないがケープランドも取引相手の裏取りくらいはするだろう。
まぁ、そうであるなら。ルビエールは黙ったまま頷いた。ハミルも頷き、3者は合意した。
ハミルは方面軍司令部及びマリネスクの周辺。ケープランドは月及び統合軍、そしてルビエールはマウラ閥。互いの可能性を潰していき、少しずつ闇を狭めていく。
「当然、相手もこちらの動きを注視しているだろう。不用意に自分の領域から離れないように」
ほとんど自分に言われていることに気付いてルビエールは苛立った。ただし、この中で一番危ういのが自分であることは否定できない。マウラ閥どころかジェンス社やWOZまでにもそのパイプは伸びている。利用する一方で利用される可能性もある。解ってはいるが。
横目でルビエールの反応を観測していたケープランドは拉致が開かないと思ったのか話を終わらせにかかった。
「念のために上に話はさせてもらいますがいずれにせよ現場判断で協力はさせていただきます。こちらとしてもマリネスク長官との連携は重要なものになるでしょうし」
対共同体に関して連合軍を当てにしている統合軍としてはマリネスク側に肩入れする方が得るものが大きい。マツイ、フーシェンならそう考えるだろう。ケープランドの確約にハミルが頷くとそれで話は終わった。ルビエールを無視して。
「では各自、抜かりなく」
言うとハミルは席を回転させケープランドはまだ何事か言いたげなルビエールを引っ張って退室した。
退室後、ルビエールとケープランドの2人はしばらく自分のことに思考を使って無言だった。いち早く考えをまとめたのはケープランドの方だった。
「あれが鉄兜。なるほど噂通りとも言えるし、そうでもないとも言える」
情報部から事前に手に入れていたプロファイルにはだいぶ欠けがある。堅物という評はあの男の表層しか表していないのだろう。目的に対しては純粋なのだろうがそのための道程には拘りを持っていない。敵として相対するなら難敵だろう。
そして、評価を改めねばならない人物がもう一人。
「なんだか百面相をしてたわね」
自分のことを言われていることに気付くのには間があった。そこまで表情には出ていないはずだ。丁重に無視する選択をしたルビエールにケープランドはさらに続ける。
「まぁ、あなたの片思いみたいだけど」
誤解を招きかねない表現にルビエールはせき込んだ。周囲を確認してから抗議する。
「言いたいことは解りますけど言い方は考えてください」
あら、失礼。と口にしながらもケープランドは全くルビエールの意を汲まず、それどころか急所をさらに抉り込んできた。
「それはつまり、もっと正確に表現した方がいいってことかしら?」
想定していない返しにルビエールは面食らい、さらにその意味するところに次々に表情を変えて辛うじて一言絞り出した。
「何も言わないでください」
勝者の笑みを浮かべてケープランドは口を閉じ、2人はそのまま別れた。
結構イジワルな人だな。そう思いながらもルビエールはケープランドの言う「正確な表現」とやらに意識を奪われた。
なぜ、自分はああもハミルに苛立つのか。同族嫌悪などという話ではない。自分自身いまだその感情を理解できていないがそもそも理解したくなかった。それはつまりハミルを理解することにも繋がる。
ああ、駄目だ。ルビエールは首を振った。考えると答えに近づいてしまう。個人的な思考を端に追いやるために自身のやるべきことに集中する。
ハミルの根回しの対象になったことはいよいよもって状況が怪しくなってきたことの証左でもある。ハミルの見立てではその何者かの目的は連合軍の敗北や妨害ではない。勝ち方をコントロールしようとしているのだ。それも特定の誰かに利益を与えるためではなく、不利益を与えるために。これはルビエールにとっては想像の範疇外だった。手柄を争うための手段としてならまだ解る。しかし蹴落とすことそのものを目的とするならもはや敵と変わらないではないか。支隊がその何者かのターゲットに含まれているのだとすれば、ルビエールもその相手を敵と見做さねばならないだろう。
全く、こんなことに付き合わされるなんて。
探偵ごっこは嫌いではないがやはり定義上であっても味方を疑って回るのは気分のいいものではない。とっとと役割を済ませようと選択肢を並べる。ルビエールと関りがあり、暗躍が考えられるものはジェンス社とWOZ、そしてマウラ。しかしジェンスとWOZに関して現状では当事者ではない。この2者に探りを入れるのは藪蛇になりかねない。今の時点でそこまで探る必要はないだろう。
やはりまずはマウラ閥関与の確認からだ。可能性は低いだろうがハミルの言う通り可能性を排除するだけでも状況の見通しは立つ。とはいえ、クリスティアーノに聞いてもろくでもないことになるのは確定である。幸いなことにこの手のことを聞くならうってつけの人物がいる。
「なるほどな」
ルビエールから状況を聞かされたローマ師団第八大隊司令トロギール・カリートリーは通信画面越しに満足げに頷いてみせた。目下注目の的であるカタラーン戦線の情報が得られることはカリートリーにとっても歓迎できることである。それがルビエールからであるなら尚のこと。カリートリーは上機嫌に冗談から入った。
「まず、こちらの仕業ではないことは言っておく」
別にそんなことは疑っていないが。ルビエールの表情を見てカリートリーは意地悪く笑う。
「そうとも限らんぞ。連合最初の一大反攻作戦だ。貴様に華を持たせるために他の足を引っ張るという手はある」
自分の中にはなかった発想にルビエールは憮然とした。そんなこと思いつきたくもない。
「もちろん、クリスティアーノはそんなことを考えんだろう。獲物を取ってきた猟犬に餌をやるのがクリスティアーノだ。逆はない」
餌をやってから命令はしない。確かにクリスティアーノは餌で相手の行動を操るタイプではない。少なくとも自分に対しては。
「それにそんなことをやるなら貴様を巻き込まない理由はない。恩着せがましく教えてやった上でやるだろう」
その方がルビエールをからかえて面白い。ルビエールの持つクリスティアーノ像に完璧に沿った推理は完全に腑に落ちた。
「と、なればやはり別の何者かがこちらを標的にしていると考えられますか」
「マウラかマリネスクか。それ以外のオッズはかなり低いだろうし、ハズレだとしても然して問題ないだろうな」
自分たちに類が及ばないなら大した問題ではない。言っていることはハミルと同じでありながらルビエールは反感を覚えず、またその矛盾にも気づかなかった。
「問題なのは誰が、どこから、何のために、だな」
「どこから?」
ルビエールが首を傾げるとカリートリーは手を挙げてクルクルと回した。
「手を回す、とは文字通り迂遠に回っているものだ」
カリートリーらしい表現にルビエールは苦笑いを浮かべてその意味を翻訳した。
「何者かが直接的にこちらに干渉しているわけではない、と」
翻訳に満足を示すとカリートリーは自らの考えを披露した。
「マリネスクの手回しを思い起こしてみろ。政府を動かすためにジェンス社に手を回し、月を介して最終的に連合政府を動かした。そうしたかったわけではない。そうせざるを得なかったわけだ」
その時点ではマリネスクには政治的な部分で立ち回るためのパイプがなかった。政治というルートを迂回するためにそのような手回しをしなければならなかったのである。この話を現状に当てはめるとどうなるか。
「回りくどい妨害工作は遠距離からの手回しゆえの限界ということですか」
相手が軍事以外の場から干渉しようとしているならその手段は大きく限られる。間に挟む者も多くなり、危険を増すだろう。
頷きながらも今度のカリートリーは答えに満足していなかった。声を低く、注意を促すように付け足す。
「手が限られていることは十分考えられるだろう。しかしそれは敵の持っている手札の全てが矮小である保証にはならん」
そうか、単に今は使えないというだけで他の手札が控えていることは考えられる。
「つまり、今はその手札を使えるように場を整えている段階と」
「もちろんこれは悲観的な予測だ。今はそうとも考えられる、というに過ぎない。しかしこれが正鵠を射ているならば、その効果はこちらの想像を上回るだろう。最低限、頭の片隅に入れておくべきだろうな」
そう考えているからハミルはああも形振り構わずに根を回しているわけか。大袈裟に過ぎると思いつつもルビエールは納得した。
「で、収穫はあったか?」
「とりあえずマウラが関わっていないことはほぼ確信できました」
それが第一の目的であり、それは果たせた。ルビエールの満足げな態度にカリートリーは眉を傾けた。
「ふむ。それだけで満足なのか?」
そんな当たり前の可能性を潰したところで何になるのか。ルビエールが事情を説明するとその顔は反転してむしろ機嫌がよくなっていった。現場で人脈を作り連携する。これはカリートリーがルビエールに与えた課題にも通ずる。
「なるほどな。上手くやっているじゃないか」
作ったのは自分じゃないのだが。ルビエールはむず痒さを覚えながらもわざわざハミルのことは口にしなかった。
「それで、次はWOZか、ジェンスと言ったところか?」
さて、それは悩みどころだが。ルビエールは逡巡したがそれは一人で悩むものでもないことに気付いた。
「今のところその2つは当事者ではなさそうです。藪蛇になりかねないとも考えられますが」
カリートリーは組んだ手に顎を乗せるいつもの姿勢と不敵な表情を見せた。
「確かに、戦線においてはな。隙を与えかねないというのも理解できる。複雑化しかねんだろう。だがしかし、対共同体の戦争として見た場合は連中も十分に当事者だ。戦線への関心はむしろ我々以上かもしれんし、何より視野が違う。こちらには見えないものを見つけ出すかもしれん。そして逆もまた然り。むしろこちらから引っ張り込むという選択肢もあるのではないか?」
ルビエールは精神的に仰け反った。恐ろしいことを言いだす。いくらなんでも無茶ぶりだろう。その心理を読んだかのようにカリートリーは破顔した。
「それが今のお前の限界だな」
む。ルビエールは機嫌悪く押し黙ると続きを促した。カリートリーは悪戯な笑みを浮かべると教師のように語り聞かせる。
「手を回すとは、迂遠に回っているものだ」
負けた。ヒントは既に出されていたわけだ。ルビエールは素直に降参を示した。
「そちらで探ってもらうことはできますか?」
それでこそ。カリートリーはニヤリと笑って頷いた。
「よかろう。こちらも現場の情報を得ることにもなるからな。何か解れば連絡を入れよう」
通信が切られるとルビエールは軽く息を吐いた。今回は完全にカリートリーが上手だった。しかし結果としては上手くいったのでは?心地の良い敗北感とカリートリーとの連携への手応えにルビエールは複雑な笑みを浮かべた。
通信を終えたカリートリーは上機嫌だった。実のところ、カリートリーにもカタラーン戦線の情報は入っているし、それに対しての調べも始まっていた。さらにその過程でWOZの協力を取り付けることも既に視野に入れられていた。つまりルビエールとの連携はマウラにとっては必要なものではない。
カリートリーの指示の下にその調査に関わるエイプリル・カーラ・フィッツジェラルドはタスクにルビエールへの情報提供が加えられたことにいい顔をしなかった。単純に面倒が増えたことだけが理由ではない。
「無意味なリスクに思いますが」
エノーに情報を与えたところで何ができるとも思えない。それにエノーはその情報を自分で使ってしまうだろう。こちらで意図しない方向に拡散する危険性がある。
「他ならぬエノーの頼みだ。これを無碍にするのは道理に反する」
結局のところ依怙贔屓ではないか。エイプリルの考えは実際その通りなのだがカリートリーにもそれなりの理屈はある。
「奴らが標的になるのはそれなりの理由があって、その大部分はうちにある。言ってみれば陽動をやって貰っているんだ。それに奴らをハメようとしている連中は必然こちらの敵ということになる。相応の支援はして然るべきだろう。それに突き止めた場合の対処には現場との連携が必要になる可能性は高い。その時になって急に話をしていては機を逃すことにもなりかねん」
「エノー支隊は我々の手駒ではありませんし、そのために我々がいると思っていましたが」
それはそうだ。しかしそれはエノーと協力しない理由にはならない。ま、そんなことはカーラジェラルドも解っているのだが。
「気に入らないならそういえ」
「はい、気に入りません」
カリートリーは破顔して部下のやっかみを笑い飛ばした。
「奴とて好きで踊っているわけではない。お前とて踊りたいわけでもなかろう。それとも代わってやるか?」
不快感を隠しもせずにカーラジェラルドは踵を返して仕事に戻っていった。それでもやることはやる。確信しているカリートリーは苦笑いするだけだった。