22/1「アブソード・リクエスト」
22/1「アブソード・リクエスト」
カタラーン戦線は特殊作戦群の失態によって想定外の仕切り直しを強いられることになった。とはいえ方面軍そのものには全く被害はない。当初の方針をただやりなおすだけのことでありまもなく第五、第三の主力艦隊は再出撃するだろうと見られていた。ところが再出撃は想定外に遅れていた。再出撃のための補給が終わらないのである。
「一体何度繰り返すのよ!」
旅団主計官マーガレット・ノイマンは冷徹で容赦のない人物ではあるが激高するようなことはない人物のはずだった。しかし第11旅団に対する度重なる補給手配の不備にノイマンの我慢はついに限界に達した。
最初は些細な問題だった。ノイマンは一時帰還した旅団の食料品を入れ替えるように手配した。これに時間がかかった。それ自体は大した問題ではない。同時期に第三艦隊、第五艦隊、さらに機動遊撃艦隊も帰還してきて補給を行っているのである。ロジスティクスに過大な負担がかかっただろうことは容易に想像がつく。しかしその後も問題が頻発した。最初のうちはよくあるようなトラブルだったが数日が経過すると聞いたこともないトラブルが言い訳がましく報告されノイマンもついに付き合い切れなくなった。
このような状況は経験がないわけではない。第11旅団以前からハミル率いる部隊は外様であることが滅多で風下に置かれることは珍しくない。それら意図的なサボタージュに対して強引な手に出て補給部と対立したこともある。しかし今回は補給部との対立などという次元の話ではなかった。補給部とてプライドがある。自分たちの仕事にケチをつけてまで補給を遅滞させるというのは尋常な話ではない。さらに今回の場合、補給の遅滞は旅団だけでなく第三、第五を含めてほとんど全ての部隊に波及していた。何者かが意図的に連合軍の足止めをやっている。それも敵ではなく、味方によって。
「そうなってくると補給部の連中も被害者みたいなものか」
ノイマンから情報を共有されたボスコフは補給部の立場を慮ったがそれはノイマンの癪に障った。補給部のさらに裏側の何者かが状況を操っているのは確かだろうが補給部の上層の多くはその協力者だろう。末端はともかく「補給部」が被害者というのはノイマンの認識とは食い違う。
「現場の方から何か情報を引き出せないのか」
補給部の末端からなら情報を引き出せるのではないか。ボスコフは軽く言うがノイマンは居心地悪げに目を逸らした。向こうが協力してくれるとは限らないし、したくはない。お互いにそう思っているだろう。今さらどの面を下げて協力体制を構築できるというのか。何よりその手の交渉根回しはノイマンの得意とするところではなかった。
ぐずるノイマンに助け舟を出すようにハミルは話を変えた。
「その点はノイマンに任せる。すべき話をしよう」
応じてボスコフが預かる。
「それで、どうします?強引に出撃できないわけでもありませんが」
事を荒立てるくらいならとっとと出撃してしまえばいい。多少鮮度の悪い食事にはなるが足りないと言う話ではない。第五艦隊も同じように考えるだろう。ボスコフの意見に味方の士気には殊の外敏感なベレドセンは反対する。
「期間がどれほどのものになるか解らないうちは迂闊に動くべきではないでしょう。それに身中の虫の意図も読めない」
もっともだ。ボスコフは唸っただけであっさりと意見をひっこめた。
「それならこっちの状況をどうするか、ですな。まぁ大人しく待つのが無難でしょうが第五艦隊さんはどう考えてるんでしょうな」
第五艦隊、というよりもその司令であるコノエは苛立っているだろう。この遅滞が何者かによる妨害で、それが第11旅団を狙ったものであるなら足を引っ張られていると捉えていてもおかしくはない。
「焦れて動き出す可能性はありますね」
ソープがいつもの調子で言うが今回はボスコフも全く同意見だった。いっそ動いてくれるなら話は簡単なのだが。もちろんボスコフは口には出さないのだが。
「いっそのこと第五艦隊さんが動いてくれれば僕らもそれに付き合えばいいだけなんで話が早いんですけどね」
ソープと同じ思考を辿ったことにボスコフは思い切り顔を顰めた。
「いっそ煽ってみます?」
これにはさすがに全員が咎めるように視線で射抜いた。されどソープは堪える様子もなく飄々と肩を竦めた。
「第五艦隊に関しては放っておいていい」
ハミルの切り捨てにボスコフは頷きつつホッとする。第五艦隊と旅団の仲はもはや如何ともし難いところになっている。ここに至っては双方が不干渉を選択している状態だった。余計な波風が立てばこの均衡は一気に破綻しかねない。
「なら、その逆、ですかね」
いつもの通りソープが発想を逆転させたらしい。ボスコフは自分でも頭の中を引っ繰り返してみた。
「逆に自制を求めるってことか。まるでとんちだな」
確かにそうすればこちらの体裁を保ちながらも第五艦隊は逆に動こうとするかもしれない。ボスコフは勝手に納得したがソープは苦笑しながらそれを否定した。
「主役はもう一人いるでしょう?」
「第三か」
確かに第三艦隊は第五艦隊が意識するに旅団以上の相手である。その第三艦隊の動きは旅団にも大きく影響するだろう。
「なるほどな。そう言えば第三はどう考えてるんでしょうな」
水を向けられたハミルは腕を組んで考え込んだ。
「方面軍司令のカーティスは第三艦隊の出身だ。それは彼の任命が第三艦隊の参加が決まってから選ばれたことと無関係ではないだろう」
カーティスが先であるなら第三艦隊はねじ込まれたと解釈できる。しかし逆であるならカーティスの存在は第三艦隊を制御するためのものだろう。
何とも迂遠なことだ。正規艦隊2個が参加する大作戦の裏側を知ってボスコフらは一様に肩を竦める心持ちになった。
「つまり、カーティス方面軍司令の統制下にあるうちは第三艦隊も勝手な行動はしないと。しかしそれだけで大人しく従うものですかな」
正規艦隊の司令を務めるほどの人間である。自分たちだけであるならともかく第五艦隊というライバルもいる環境で大人しくするものだろうか。
「その点は、俺も怪しいところだと思っている」
ハミルの漏らした本音に一同は黙った。逆に言えばそこに取っ掛かりがあるにはあるのだ。とはいえ、これはボスコフらの領外の話だった。それを敢えて口にするのはやはりソープだった。
「第五艦隊を牽制する上でも第三艦隊さんと連携するのはありかもしれませんねぇ」
軽く言いやがる。ボスコフらは閉口し、ハミルは苦笑した。
「その第三艦隊ですが」
ここでノイマンが口を挟んだ。そのことに多くの人間が驚く。主計官ノイマンは部隊の方針に関して口を挟むことを滅多にしないのである。
周囲の反応に顔を顰めながらもノイマンは律義にハミルの許可を待ってから話始めた。
「補給部のフリーズに悩まされているのは第三艦隊も同じはずなのですが。第三艦隊の主計官だけがここしばらく姿を見せなくなっているんです」
「抗議に参加してないってことか?」
ボスコフの確認はノイマンの言葉足らずを補うものだったが言葉選びがマズかった。ノイマンに睨みつけられたボスコフは首を引っ込めた。代わってソープがフォローする。
「つまり第三艦隊は補給への興味を失ったと。動く気がなくなったのか。それとも他にあてができたのか。なるほど、これは気になる」
「前者だったとしても補給部に顔を出してこない理由にはなりません。後者というのが大方の見解です」
大方とはどこまでか。ノイマンは交流が広い方ではない。精々支隊のウイシャン辺りまでなのではないか。ボスコフは突いてみたい衝動を覚えたが藪蛇になるのは確実なので口を堅く噤んだ。
「他にあてですか。スポンサーでも見つけましたかね?」
スポンサー。クサカからの支援を受けるエノー支隊のように正規ルート以外から物資の融通を受けることは連合軍では必ずしも珍しい話ではない。しかしそれは支隊のように比較的小所帯であるから可能なことである。正規艦隊程の規模を満足させられる補充ルートなど存在するのか?
「いずれにせよきな臭い話ですな」
真意はともかく、第三艦隊が独自の動きをし始めているのは間違いなさそうである。こうなってくると第三艦隊との連携も慎重にならざるを得ない。ソープもさすがに黙り込んでしまった。話は暗礁に乗り上げた。
このような時、道を示すべきはもちろん一人でしかありえない。鉄兜アントン・ハミルはしばしの黙考の後に判断を下した。
「旅団としては静観を維持。この件に関しては、しばらく俺が預かる」
ハミルが言うなら是非もなし。実際には何も決まっていない。それでも旅団幕僚たちはどこか安堵しながらそれぞれの部署に戻っていった。
旅団が暗闘する中で何事も起こらなかったのが支隊と独立機甲師団だった。ルビエールも状況に気付いてはいたものの下手に首を突っ込んでも何をできるわけでもなし、ノイマンにもいい顔をされないことから状況を見守る以外のことはしなかった。
この想定外の空白期間に動いた人間がいた。その日別段やることもなくトレーニングルームで時間を潰していたエノー支隊のHV隊長ギリアム・ロックウッドはやってきたエドガー・オーキッドから信じられないことを言われた。
「なぁ、ちょっと相談なんだが」
ロックウッドは仰天した。これまでエドガーから相談などされたことがない。そんなものを必要とする男ではないはずである。座何事かとロックウッドが神妙になるとエドガーは前提から話始めた。
「最近うちと独立機甲師団さんは付き合いがあるだろう。とはいえ、そんな状況がいつまでも続くわけじゃない。今の状況は特殊な状態だってことだ」
言うまでもない。これは一時的な状態である。独立機甲師団は第11旅団の待遇にただ乗りするために指揮下に入っているのでそれが順調であるうちは自分たちから解消することはないだろう。しかしこの処置には何の保障もない。反対する者がいないから実現しているだけで誰かの横やりが入ればあっさりとご破算となるだろう。
「で、それがどうした?」
「何、この特殊な状態を活かさない手はないと思ってね」
つまり独立機甲師団を相手にして何事かの無心ってわけだ。今のエドガーが独立機甲師団から得たいものとは。ロックウッドは相談事の正体に当たりを付けた。
「ハウザーの戦闘記録を手に入れられんか?」
だろうと思った。ロックウッドの予測は当たったが嬉しくも何ともなかった。ロックウッドにどうこうできるようなものではない。
「そんなもん機密情報だぞ」
「そんなことは知ってる。そこを何とかインチキできんのかって相談だ」
無茶なことを言う。ロックウッドは天を仰いだ。断るのは簡単である。しかし相手はエドガー。この男からの頼み事など金輪際ないかもしれない。あのエドガーに借りを作れるかもしれないのだ。無理、駄目で片付けるのはあまりに惜しい。成否に関わらず手間をかけるだけの価値はある、かもしれない。
「俺の権利の範疇でどうこうできるもんじゃないのは解ってるよな?」
「もちろん。俺と大差ないだろうからな」
「そのうえで頼むってことは筋道も解ってるわけだ」
「姫様に頼むしかねーだろ」
「おうけい。そこまで解ってるんなら頼むだけ頼んでみる。期待はするなよ」
だが骨を折ったことは忘れるな。言外の意味に気付いているのかいないのか。エドガーはニヤニヤしながら頷いた。
駄目で元々だ。ロックウッドは大した計算もせずにエドガーの要望をルビエールに伝えた。普通の指揮官なら一笑に伏すか、一喝するところだろうがルビエールは普通ではなかった。しばし黙り込んで計算を働かせ、ロックウッドに確認する。
「それは例えば、こちらの戦闘記録と引き換えだとしてもですか?」
おっと。ロックウッドは意表を突かれた。しかしこちらが欲しいのだから、相手も欲しがるだろう。取引としてなら実現可能ではないかとルビエールは示しているのだ。
「なるほど。それなら相手も乗ってくる可能性はあるでしょうな」
もちろんリスクの高い取引である。そこまでして手に入れたい、入れるべきかと考えればロックウッドには甚だ疑問である。
しかしルビエールはそうではない。それどころかその提案からさらに踏み込んだことを考えていた。
「統合軍の新型。あれの情報と一緒に引き出せるなら、なくはないと思います」
「大胆なことを仰る」
統合軍の新型機。その情報に見合うだけのものとなればそれは一つしかない。こちらのRVF15の情報。まだまだ最新鋭機、情報としては十分釣り合うだろう。それとの抱き合わせでハウザーの記録も手に入れしまうわけだ。大胆で完全に立場を逸脱した考え方である。しかし魅力的でもある。これほどの考え、今思いついたわけではないだろう。最初からルビエールの思考に含まれていたのだ。ただし踏ん切りはついていなかった。どうやら自分とエドガーの陳情はその重い石を動かす一助になってしまったようである。
「自分の判断の及ぶところではありませんが、僭越ながら申し上げますと。エドガー・オーキッドは男であります。無意味なところからでも意味を見出し、お役に立つでしょう」
ロックウッドの意図に気付いてルビエールは顔を顰めた。危ない橋を渡るのは自分である。しかしこの状況を活用しない手はないという点に関してはルビエールも異論を挟む余地はない。しかし取引は自分たちだけの思惑だけでは成立しない。取引材料、取引相手の信頼は問題ないだろうがそもそもケープランドはこの手の話に乗ってくれるだろうか。そこがルビエールにとって懸念材料となっている。
「検討しておきます」
曖昧な返事だったがルビエールは後ろ向きなわけではない。はじめから成果を期待しているわけではないのだ。やるべきことはやったとロックウッドは素直に退室した。
さて、どうしたものか。バトンを預かったルビエールは腕を組んだ。得るだけならともかくとしてその代償にこちらの機密を用いるなら明確な情報漏洩である。誤魔化す方法がないわけでもない。何よりルビエールには他に欲しいものがある。それも戦術的な情報とは異なるもの。
ルビエールはつい最近のケープランドとカーターのやり取りを思い出した。カーターの根回しを乗り気なわけではなかったが受け入れてはいた。それにケープランドの脇に控えているエリクソン。他国の部隊に寄生するという厚顔無恥な策を提唱できるあの女は乗ってくるのではないか。ならばそのような部下を受け入れているにケープランドにも取っ掛かりはあるか。
よし。ルビエールはその日のうちに腰を上げた。何の約束も取り付けずにケープランドのいるであろう独立機甲師団旗艦アルバトロスに向かうと衛兵に話があるとだけ伝えた。ルビエールが単独でやってきたことに吉凶いずれかを感じたのかケープランドは即座に応対することを決めた。
「急にどういった用件かしら」
通された部屋にはケープランドだけでなくエリクソンもいた。お誂え向きだ。ルビエールはカーター流でいくことにした。
「あくどい話をしにきました」
エリクソンは首を傾げたが聞き覚えのある切り出しにケープランドはほんのわずかに口元を緩ませた。
「なるほど。面白い話が聞けそうね」
「期待に沿えるかどうかは解りませんが。その前にいくつか聞きたいことがあります。答えられない場合は質問自体を無視してもらってかまいません」
状況を掴めないエリクソンは尚も首を傾げたがケープランドは姿勢を崩した。
「御拝聴」
一呼吸を置いてルビエールはかまをかけた。
「そちらはまだALIOSに信用を置けていないのでは?」
ケープランドは反応しなかった。しかしエリクソンの表情が緊張で揺らいだのをルビエールは見逃さない。自らのポーカーフェイスに意味がないと察したケープランドは苦笑いを浮かべた。
「その質問には答えられないわ。ただ、意味は解った」
ほとんど答えたようなものだ。統合軍の新型機がISE社のものであるならALIOSもしくはそれに類似したOSが搭載されていると見て間違いない。統合軍はALIOSを運用し始めている。しかしあれを渡されていきなり信用することなど相当な能天気でもなければできないだろう。ケープランドたちは当然ながらALIOSを警戒している。そこからある可能性をルビエールは導き出した。
「この艦を動かしているのもALIOSですね」
今度はケープランドも表情を取り繕うことができなかった。ルビエールは確信する。統合軍最精鋭の部隊が旧式艦を旗艦としている理由。自立学習型汎用OSとも言えるALIOSはHVを動かすためだけのシステムにはとどまらない。理屈上はあらゆる電子装備を学習して対応可能なはずである。艦船すらその範疇に含まれるだろう。その運用テストをケープランドたちは旧式艦を使って行っているのだ。それを旗艦としてしまうのは味方を実験に使いたくないといった理由だろう。ケープランドらしい。
「なるほど。考えてみればアレに関しては貴方たちの方がよほど詳しいわよね」
ケープランドはまたしても答えなかったが「アレ」が何を意味しているのかをもはや隠していなかった。
「今度はこちらから聞いてもいいかしら?」
ルビエールが頷くとケープランドは身を乗り出した。
「連合軍ではアレはどういう扱いになっているわけ?」
不明瞭な聞き方に苦笑しながらルビエールは自分なりに解釈する。
「こちらではクサカ傘下の企業が開発したという体裁からスタートし現在はクサカに開発が移管されているという形になっています」
「その過程で実証実験が行われた、と」
もちろん。実際にはその間にかなりきな臭いやり取りがあった。しかしルビエールの立場からそれを言っても藪蛇にしかならないだろう。ケープランドがマサトのことを知っているとも限らない。
「で、あなたはそれで納得したわけ?」
「するしかありませんので」
いずこも同じか。ルビエールの返答にケープランドは納得するしかなかった。ここでケープランドの口から率直な気持ちが語られた。半ば愚痴の共有だった。
「まるで意味が解らないわ。なんでこれほどのシステムがいきなり出てくるのか。他国の軍に供与されるのか。アレは地球連合のものだと思っていたけど実際にはWOZが持っているとか疑ってくださいと言うのと変わりないわ。そして何より、なんでそんな得体の知れないものを使わなきゃならないのか」
全くだ。ルビエールは苦笑しながら同意した。話題に追従しているのを確認してケープランドは尚も続ける。
「質が悪いのが性能は抜群なところね」
「そちらもやはりそう思いますか」
「そうね。この艦は2世代前のものよ。当然、そんな古い艦を運用した人材なんて残っていないんだけど。今の艦艇と同じ感覚で扱えるってクルーが絶句してたわ」
そこまでなのか。2世代も前の艦船となると動かすシステムも全く異なるだろう。HVのように機能が限定されているわけでもない。それを現役艦艇と同じ感覚で扱えるというのは信じがたい補正能力である。ルビエールは改めてALIOSの底知れないポテンシャルに呆れた。
さらにケープランドは続ける。
「あなたもフラットラインでの話を聞いたでしょう。あたしが思うにあの圧勝もアレの影響だと思うわ」
ルビエールは思わず腰を浮かせた。なぜそこに思いいたらなかったのか。WOZもALIOSを既に運用しているだろう。生み出した当事者たちはALIOSの扱い方をもっとも熟知しているはずだ。つまり
「WOZ軍は艦隊レベルでALIOSを運用していると?」
軍のシステム全体をALIOSで運用すればHVを手足のように動かせるように軍隊そのものを手足のように動かせるのではないか。ケープランドの推理は飛躍しているがルビエールは無視できなかった。
「そう考えないとやってられないわよ。既存の軍隊フォーマットで実現できる動きとは思えないわ」
完全な嘆き節でケープランドは評した。つまり統合軍にはフラットラインの戦いの詳細が伝わっているということか。欲しい。ルビエールはそう思って顔に出た。当然ケープランドは見逃さない。
「欲しそうね」
ルビエールは咳払いで誤魔化す風を装ったが気にしていなかった。交渉はここからである。
「そうですね。そちらの商材の一つくらいにはなるかもしれません」
「お高く出たわね」
不敵な笑みを浮かべるとケープランドはエリクソンを振り返った。心得たものでエリクソンは天井を見上げた。何も聞いてない、考えない、私は空気。
「さて本題に入りましょ。どんな話なのかしら」
「情報を交換したいのです。そちらの新型機に関する情報、フラットラインの戦いに関する情報、さらにはISE、つまりWOZとの関係」
「贅沢ね。そんな情報を得て何に使うつもりなのかしら?」
ケープランドは嘲笑したが交渉のための駆け引きでしかなかった。ルビエールが動じずにいるとケープランドは話を先に進めた。
「で、交換する情報は?」
「こちらのRVF15とALIOSに関する情報。及び、それを作った男に関する情報」
最初の2つまでは予測の範疇。しかし最後の一つは予測外の掘り出し物だった。ケープランドは思わず確認した。
「マサト・リューベックね」
喰いついた。あとは糸を切らさないことだ。ルビエールは神妙に頷いた。どこまでを知っている?どこまでを欲している?ケープランドも慎重に言葉を選ぶ。
「不思議よね。彼、あんなものをどうやって開発したのかしら。どうしてそんなものをばら撒くのか」
よし。ルビエールは手持ちの情報が相手の求めるものと合致することを確信した。後はこちらの求めと釣り合わせるだけ。余裕の生まれたルビエールはその前に一撃をかました。
「そんなことを知ってどうするんです?」
意趣返しにケープランドは苦笑したがすぐに表情を切り結んだ。
「率直に言うと我々にとってはRVF15に関しての情報にさほど価値はないわ。察していると思うけどアレはうちの機体とも繋がりがある。つまり今さら手に入れても保証くらいにしかならないってことね」
やはりそうか。統合軍の新型はRVF15の運用データを元に設計されたか、その逆。時節的にはほとんど同時に開発されていたとも見れる。いずれにしてもほとんど共通した技術が使われているのだろう。ならばこの取引は終わりか。もちろんそうはならない。ケープランドはため息交じりに続きを口にした。
「ただし。マサト・リューベックなる人物に関する情報は別ね。マツイさん、だけでなくうちのボスであるリン・フーシェンも彼には強い興味を持っている」
リン・フーシェン。統合軍独立機甲師団総司令。知識として知っているだけの大物の名にルビエールは困惑した。エリクソンも同じように困惑している。ケープランドは必要以上の情報を提供し、そして得ようとしているようだった。
「マツイさんはともかく、フーシェン閣下にろくでもない情報を掴ませるわけにはいかない。そこで聞きたいんだけれども」
わずかに身を乗り出すとケープランドは静かに問う。その所作にはそれまでのケープランドにはない威圧感を伴っていた。
「半端な情報だったらただじゃおかないわよ。貴方如きが扱える情報にそれだけの値はあるんでしょうね」
身の毛がよだつというのはこういうことなのか。後にルビエールはそう振り返る。ルビエールはこの時初めて気圧されるという経験をした。そしてその時になって自分が持っている思わぬ気質にも気づかされることになった。
後の戦史家ナリス・エリクソンはルビエール・エノーに関して多くを語ることはしていないが出会った当初の彼女に対してこう記述している。
見た目通りの人間だった。冷静と沈着を保つことに腐心していたが、中身はその肌の通りに赤い血が透けていた。どういう育ちを経たものか。稀代の英雄はその実、反骨精神旺盛なクソガキでしかなかった。もちろん、全ての人間が生まれた時から同じではないように、その時点ではそうだったというだけの話だが。
なめんじゃないわよ。もちろん言葉には出さないがそれがルビエールの次の言葉の前置詞だった。
こっちもそれなりの覚悟をしてきている。ルビエールは無理矢理勇気を奮い立たせて応じた。
「情報の価値を決めるのは扱う者。活かせぬ者ならいかなる情報とて無価値でしょう」
果たしてそちらはどうかな?相手の思わぬ挑発返しにケープランドは一瞬怯んだが即座に立て直した。面白い。不敵な笑みに切り替えると同時にケープランドは攻め手を変えた。
「出所は?」
この疑問はルビエールにとって予想外だった。しかし当然の疑問である。なぜそれを想定していなかったのか。ジェンス社やWOZから得たなどと言えるわけもない。ましてマサトの友人だからなど言えるわけもない。心内で舌打ちしながらルビエールは短時間で言葉を選ばなければならず、その答えは消極的かつ曖昧になる。されどそれを億尾にも出さずに堂々と言い放った。
「私的な繋がりとだけ」
気まずい沈黙が降りた。マズい返答。ルビエールは下手を売ったと思ったが実際にはケープランドは訝しむと同時にその情報とルビエール・エノーなる人物により強い興味を抱いた。
私的な情報網。これが本当なら交渉のテーブルに置かれている情報は連合軍そのものが掴んでいる情報ではないということになる。人物、情報共に得体の知れないきな臭い話になってきたがそれゆえに不気味であり、ケープランドの好奇心をより刺激した。
「どうやら、他にも色々と知っているようね。個人的に」
どう答えるべきか。自身の持つ情報の危うさを今さらながら思い知る。やがてルビエールは苦笑いしながら常々思っていることを吐露した。
「知らない方が楽だったことを色々と」
「ああ、なるほど」
藪蛇らしい。どういう思考を得たのかケープランドは納得してその好奇心を引っ込めた。再び沈黙が降りたが今度はケープランドの思考によるものでルビエールはそれを待つだけでよかった。
やがて、ケープランドは一息をついて結論を出した。
「いいわ。マツイさんにALIOSとマサト・リューベックに繋がりそうな取引があったら受けてもいいと言われているし」
なんだ。手ぐすね引いて待っていたのか。どうやらどちらが先に切り出すかの話でしかなかったようだ。となるとルビエールは余分な支払いをすることになったのか。
「さて、それはどうかしら。こっちもこっちで余計なことに巻き込まれたとも言えるわね」
ケープランドの言い草にルビエールは目を丸くした。情報は感染する。ケープランドはルビエールのもたらす情報の扱いに苦慮することになる。マチルダと同様にある種の一蓮托生の関係になるのだ。
と、なれば私は感染源か。ルビエールは自嘲的な笑みを浮かべて嘯いた。
「では、やめておきますか?」
「納得は全てに優先する。私の友人がよく口にする言葉だけど、全く身に染みるわ」
なるほど。それは自分にも当てはまるな。ルビエールはその言葉を心象の額縁に入れて保存することにした。
「とりあえず機体の情報に関してはともかく政治的な話は私の領分じゃないからマツイさんに確認を取ることになるわ。とはいえ、さっきも言ったけどマツイさん自身はその気があるから断ることはないでしょう。交渉相手はあなた個人ということで伝えておけばいいのよね?」
「それでお願いします」
「解った」
話はまとまった。となったところでルビエールはこの話の発端となった「お願い」を忘れていたことに気付いた。上げかけた腰を辛うじて留めると涼しい顔をして要求をさらに増やした。
「ああ、ついでにデザートも頂けるとありがたいのですが」
「デザート、ね」
厚かましいとケープランドの顔に出ていたがルビエールはもはや気にしない。
「過去のもので構いません。アトミックハウザーの戦闘記録を提供してもらえないでしょうか」
この無心は予想外だったようでケープランドだけでなく、エリクソンも困惑して2人は顔を見合わせた。やがてケープランドは苦笑いしながら確認した。
「私が言っても信じないでしょうけど。参考になるようなものじゃないわよ。彼女に関しては私たちも理解不能なんだから」
黙って高く売ればいいものを。それを包み隠さない辺り参考にならないというのは本当なのだろう。だからといってそれで好奇心を納得させることはできない。
「これに関してはうちのパイロットたちからの無心です。納得は全てに優先する。彼らにしても理解不能だと言うことが理解できればいいのだと思います」
ルビエールの言にケープランドは納得したようだった。再び顔を向けられるとエリクソンも首是を返した。
「解った。おまけするわ」