21/3「レトロスペクト」
21/3「レトロスペクト」
不可解な後退指示に首を傾げながら混成艦隊は帰路についた。大した成果もない一戦はただの徒労と捉えられるが現場レベルでは話題がなかったわけではない。むしろ支隊においては大ありだった。
「アトミックハウザーね」
戦闘報告書を眺めながらルビエールは呟いた。戦闘毎に行われる支隊のアフターブリーフィングは先の戦闘で姿を見せた「アトミックハウザー」、そして統合軍の新型機に話題が集中した。
アトミックハウザー。本名はルーシア・ハウザー。統合軍最強のパイロットであり、生ける伝説。人間戦術兵器。その他大仰な異名多数。統合軍が持っている手札の中でも異彩を放つ一枚。それを送りこんできたのは統合軍が本気であることの証明か、それともただのアピールか。そしてそのハウザーを含む数機。統合軍が繰り出してきたHVの中に未確認の新型HV。支隊、旅団だけでなく連合軍全体でもその新型機に注目が集まっていた。
「どこのメーカーのだ?」
欺瞞装甲と塗装で外観から判別できることは多くない。それでもアディティが所見を述べる。
「断定はできないがブースター配置、挙動から見てクサカの影響を受けているとみて間違いないな」
アディティが新型機とRVF15などのクサカ社最新HVのデータを手早く比較した。それはかなりの部分で類似点が見られ、関係性を無視できるものではなかった。パイロット一同はそのデータに喰いついた。
軍用機の居姿が類似することは珍しい話ではない。しかし参考にされたと思われるRVF15はいまだ最新鋭機であり限られた界隈でしかその情報は明らかになっていない。その設計の有効性も実証されているとは言い切れないのである。にも関わらず設計に類似性のある機体が登場することはそれが単に表層がパクられたわけではないことを示唆する。
「なるほど。こいつは面白いな」
エドガーが嘯くがロックウッドは面白くもなんともないと思った。つまりクサカからデータ流出している可能性があるのだ。それもかなり前から。由々しき事態である。
ロックウッドらが懸念する一方でイスルギ社がISEに強奪されたことを知るルビエールはさも当然のように正解を口にした。
「ISEね」
ざわめきが拡がり、それぞれが想像に落とし込んだ。特にエドガーら旧イージス隊のパイロットはかつてのWOZへの寄港を思い出す。あの時に盗まれた。そう想像することは容易だった。
「なるほど。フラットラインの戦いでもISEの新型が出てきたという話だ。その派生機、あるいはその逆。技術給与を受けて月で開発したという線もあるな」
アディティの見解に自身の知見を加えてルビエールはシナリオを描いた。
「以前から交渉は始まっていて、今回の派兵でサンプルとして提供された機体ってところじゃないかしら」
ISEが絡んでいるならALIOSを搭載していると見て間違いない。と、なれば統合軍はその出自と効果を怪しむだろう。その懸念を払しょくするためのデモンストレーション。つまりかつてのイージス隊と同じようなことをやっているのではないか。
この推測が正しいとするならば統合軍もまたALIOSを運用し始めたことになる。マサトのALIOS拡散という目的は着々と進んでいるわけだ。さらにこのことはWOZと月の間に軍事的な繋がりができたことも意味する。宇宙の覇権争いはルビエールの思う以上に早い流れで動いているらしい。
「一つ所見を聞きたいんですけど」
ウィルフレッドが手を挙げた。生真面目な彼は全員の注目を浴びたところで許容されたと判断して切り出した。
「今回の戦闘でハウザーは16機撃墜したわけですけど。あれはパイロットによるものなのか、それとも機体によるものなのか。皆さんはどう思います?」
銀翼勲章3つ分。この常識外れな戦果を実現しているのはパイロットなのか。機体なのか。それとも両方か。まずアディティが述べた。
「機体によるものだとすれば他の同型機でもできているはずだが他はどれも常識の範囲内だ。要因としてはパイロットが大なんだろう。もっとも状況的にそう考えられるというだけで、なぜあんなことができるのかに関してはどうとも言えないが」
ハウザー以外の新型機のスコアが表示された。アディティの言う通りその数字は常識の範囲内に収まっている。やはりハウザー機のみが突出しているのである。続けてハウザーの動きが表示される。改めてハウザー機の特異な動きを見てパイロット一同は頭を抱える。代表してアドニスが嘆いた。
「ほとんど動いてねーじゃねーか。マジでなんなんだこいつ」
機動戦闘では包囲を避けるために同一座標に留まることは忌避される。動き続けろと言われる最たる理由である。しかし戦闘記録上のハウザーはほとんど同座標に留まっていた。これもまた敵機を誘引するためにわざとやっているのだろう。何から何まで機動戦闘の概念をぶち壊している。HV教官に見せたら卒倒するだろう。
言えることは言ったし、見せられるものは見せた。アディティはバトンを渡す相手を求めて一同を見渡した。続けて意見をするものはおらずやがて全員の視線は一人のパイロットに集中する。その当人はハウザーの戦闘記録を凝視し続けていたがやがて諦めたように笑いだした。
「さっぱりわからん」
連合有数のエース。エドガーをしても意味不明。一同から次々に嘆きとも諦めともつかぬため息が漏れた。しかしエドガーのわからないという結論は回答の放棄ではなかった。
「ようするにだ。バロールの魔眼ってのは比喩でも何でもないってことだろ。こいつには事実として死が見えてるんだ」
エドガーが与太話を口にしたことに一同は唖然とした。いかにも不服気にアディティが溢す。
「非科学的だな」
「否定したら種が解るのか?」
否定することは簡単だ。そこで終わりなのだから。アディティはムッとしたが言い返さず、エドガーに続きを促す。
「一応それなりに根拠はあるぞ。まずこいつの装備だ」
エドガーは席を立つとアディティの持っていた端末に指を当てた。ハウザー機の映像が拡大されて荒い映像に異様な装備が朧げに映された。ロックウッドが目を凝らして確認する。
「対艦バズーカランチャーにバスターライフル、肩にマウントしてんのはグレネードランチャーか?」
どれもこれも対艦、対装甲用の大火力兵装である。威力はあるが弾速が遅い、速射性、連射性に劣る。装弾数が少ない、反動が強すぎるなどいずれも対HVを主とする機動戦闘には不向きな兵装だった。特にバスターライフルと言われる対艦、対物用の大型実弾ライフルは弾速こそ早いものの反動が凄まじく本来は狙撃で用いられるような兵装である。機動戦においては全くあり得ない装備構成。アドニスが皆の意見を代弁した。
「何と戦うつもりなんだよこいつ」
エドガーはニヤニヤしながらさらに端末を弄った。戦闘記録を遡ってハウザーの射撃シーンを映し出す。弾速の遅いバズーカ弾頭が的外れな方向に撃ち出されているように見える。しかし気味の悪いことに撃った先に敵機が吸い寄せられるように動いて命中している。エドガー以外の全員が溜息をついた。
HVの射撃は動体目標にロックオンしてその動きをFCSが計算するため基本的に偏差射撃となるがそれは相手のランダム機動を完全に捉えられるわけではない。そのため機動戦闘に用いられる兵装は速射性、連射性の高いマシンガンなりアサルトライフル。もしくは弾速の速いビームライフルなどが用いられる。照準を振り切られる前に当ててしまえという手法である。RVF15の主兵装であるビームアサルトライフルはこの要件をほとんど全て満たしていてその強さの主要因となっている。
逆にハウザー機の装備構成はそれらの要件をほとんど満たしていない。近距離で高速機動している的に当てられるような装備ではないのである。ところがハウザーはこれを明らかにランダム機動している相手の動きに的確に当てている。いや、当てていると言えるのかこれは?そこにくることを知っているとしか言いようがない置き撃ち。偏差射撃とは異なる技術。全く理にかなわない。理解不能。
「こいつが死を狙い撃ってるって話の根拠になったんだろうな。だが、それだけじゃない」
エドガーはハウザーの戦闘軌道、そのいくつかの場面にピンを落とした。そのポイントでハウザーの機体は一見すると意味のない挙動をしていた。ランダム機動による照準回避とも取れそうだったがエドガーはこれを否定する。
「避けてるんだよ。相手の避ける先に撃ってるのと逆だ。この野郎は狙われる前に避けてやがんだ」
死を狙い撃つ。これが比喩ではなく、死という概念そのものを見ていると仮定するならその逆に死そのものを回避することもできるのではないか。つまりハウザーは敵の射撃を回避しているのではなく、死の気配そのものを回避している。それがエドガーの出した推理であり、解だった。
まさかと皆が受け入れることを躊躇していたがエドガーは自身の答えを半ば確信していた。否定したところで解が出てくるわけではない。見えていると仮定することで筋が通るのであればそう考えるべきである。
エドガーは結ぶ。
「見えてるものが違い過ぎる。正真正銘の化け物だ」
こいつには一体どういう風景が見えてやがんだ。エドガーすら理解不能な強さ。イージス隊のエースは考えずにはいられない。
こいつとやり合う羽目になったら、どうする?今のところ答えは一つだけだった。
「それじゃですよ。仮にですよ。中尉の言うことが本当だとして。さらに仮に、こいつと戦う羽目になったら、どうします?」
アドニスが全員を代表して聞く。全員の注目が向くとエドガーは大笑いしてから言い切った。
「逃げる!」
アフターブリーフィングの話題はハウザーがほとんどを占めてしまったがルビエールの意識はいまだに統合軍の新型機に向いていた。
統合軍のHV戦力はその大半が地球製のVFH11の輸出バリアントであるVMF4だが統合軍がこれを有難がっているとは思い難い。独自のHV選定を始めていた統合軍にISEが付け込んだ。そんなところか。
この話は単に統合軍が手強い新型機を手に入れたと言うだけでなく、月とWOZの間に軍事的な繋がりが生まれたことを意味する。そしてもう一つ、マサトのALIOS拡散が進んでいるということでもある。
確証が欲しい。ブリーフィングを終えたルビエールは持っている情報源の一つを活用した。
餅は餅屋。ルビエールが選んだのはクサカ社の窓口であるロドニー・エディンバラだった。
「まず、私はエンジニアではないので解ることは限られますが」
エディンバラがそう前置きしたのはデータを全て見終わったあとのことである。重々承知とルビエールが一笑に伏すとエディンバラはにっこり笑って言ってのけた。
「うちの設計ですね。間違いない。正確にはエリカ・アンドリュースの設計と言うべきですか」
情報の内容よりも断言されたことにルビエールは驚く。そこまで言い切るのであれば根拠があるはず。エディンバラはバツ悪げに白状する。
「あの一件から事情が少し変わってきましてね」
あの一件とは2か月前の同時多発襲撃に他ならないだろう。あそこから状況が変化することは何ら不思議ではなかったがその方向はルビエールには予想外だった。
「渉外部門で一室預かることになりました」
あ、とルビエールの顔が一瞬色を失った。エディンバラの異動。名目上は昇進だが、その実態は面倒な案件を一括で担当することになったパターンだろう。その面倒ごとの一端にはルビエールの相手も含まれているに違いない。
「それは、おめでとうございます」
「どうも。一応昇進ですし、権利も拡大されました。触れたくないものに触れることにはなりましたがね。あなたのおかげとも言えるし、せいだとも言えます」
連合軍の英雄の窓口になったことでエディンバラの立場は望まざる形に歪んだようであるルビエールは何とも居た堪れない気持ちになったがエディンバラの方は淡々としており、むしろ現状に前向きなようだった。
「それで、です。以前の件に関してもその実態を知る立場になったわけですが。お聞きになりますか?」
ルビエールは目を丸くした。
「いいんですか?」
「いいもなにも。そういう約束だったでしょう」
「それはそうですが」
それこそ事情が変わったはずである。エディンバラにとってその情報は探るものから守るものに変わったのではないか。しかし企業人は稀に見せる悪い顔をした。
「情報も結局のところ扱う人間にとっては道具に過ぎません。陳列していても役には立たない。確かに私にはそれを守る義務がありますが、そうしない選択もある」
武器にも盾にもなる、か。理屈で解っていてもいまだ抵抗のある(と思っている)ルビエールと違ってエディンバラはそうではないようだった。自分の裁量でそれが扱えるのであれば活用することに躊躇いはないらしい。
「それに立場が変わったことであなたとのコネクションもより重要性を増したんです。私自身の身を守るためにもね。で、どうします?」
またしてもコネクションか。線が入り混じり過ぎて扱い切れるか怪しくなってきたが断るという選択肢に魅力はない。内心苦笑しながらルビエールはそれを受け入れる。
「では概要からですね」
エディンバラは自分の知る範囲、教えられる範囲で6月に巻き起こった同時多発襲撃事件を語った。その内容はルビエールに新しい驚きを与えるものではなかったが多くの不確定事項から1文字を取り除くことになった。
「それで、ですが。エリカ君はだいぶ前からイスルギ、つまりSE社の技術供与を受けて各種HVの設計を行っていたようです。それも、かなり特殊な用途のね」
特殊な用途。ルビエールの脳裏に何かが引っかかる。エリカ・アンドリュースの設計した機体、特殊な用途。エリカの設計したHVはRVF15、VFH16のような真っ当な機体だけではない。彼女の出世作である拠点防衛用Pシリーズはまさに特殊な用途に含まれる機体だろう。
しかし今にして思えば不可解なところがある。なぜ拠点防衛用の重HVなどという特殊な機体をクサカが開発したのか。あれこれ理由付けできなくはないのだがクサカが自発的に作ろうとするとは思えない。何より、あのエリカ・アンドリュースが開発することに違和感がある。
いや、エリカ・アンドリュースだからこそか。ルビエールはそれまで全く別のパズルのものだと思っていたピースが実は同じ絵のものであることに気付いた。
「対ロウカス用?」
意味不明瞭な呟きに驚きもせずにエディンバラは頷いた。
「やはり、あなたもご存じでしたか。エリカ君が言うにはISE社は以前から対ロウカスを念頭に置いた兵器作りを各所で行っているようなのです。Pシリーズがもっとも顕著な例です。対拠点防衛用というのは名目に過ぎず、実際には中小型のロウカスを排除することを目的に設計されたものとのことです」
なるほど。物量で襲いかかる相手にはPシリーズのコンセプトは噛み合うだろう。Pシリーズの登場はクサカ社がHVの分野で躍進を始めた時期とも重なる。これもSE社の技術供与を受けたからなのだ。
色々と辻褄があってきた。マサトがALIOSを拡散させたことも対ロウカスを見越した施策なのだ。
この件はもっと掘り起こしておきたい。しかしその前にルビエールには確認すべきことがあった。
「そこまで知っているならマサト・リューベックが何者であるかも承知ということでいいですよね?」
エディンバラな少しだけ考えてから頷いた。
「ただものだとは思っていませんでしたがそんな大物だったとはね。そんな人物と一緒に現場にいたとはさすがに予想できませんでしたよ」
それはそうだろうな。自分も一緒にいた時は全く想像しえなかった。苦笑で同意しつつルビエールは話を次に進めた。
「それでですが。スターク・エヴォルテック社に関して知っていることはありますか?」
シミズ・マサトの基盤とされるWOZの軍需企業。同じ軍需企業であるクサカのエディンバラであればルビエールには知りえない何かを知っているのではないか。エディンバラは少し考えてから期待以上の情報を出した。
「当然そちらもご存じでしょうがスターク・エヴォルテック自体は前身も含めれば200年以上の歴史を持っている企業です。つまりその経営者たちにも連綿とした歴史がある」
カナンの戦いで登場した人型機動兵器HVを実用化したのもSE社である。そこから凡そ200年。規模の上ではクサカやモーリスゼネラルなど上回る企業は出ているが今だ技術力ではトップを走る老舗である。それくらいはルビエールも知っているがそこまでだった。エディンバラはその歴史に着目していた。
「それで私は不思議に思ったんです。彼はどうやってそのスターク・エヴォルテックを手中に治めたのか?と」
確かに。マサト自身がスターク社を作ったわけではないのなら何らかの形で譲られたか、さもなくば奪う形になったはずである。世界トップクラスの軍需企業をどうやって?ルビエールはその話に一気に興味を持った。
「これは私の想像に過ぎませんが」
そう前置きしながらもエディンバラは自身の筋書きにそれなりの自信を持っているようだった。
「彼のような人間が力を得るならば、大きな状況の変化が必要なのは疑いもないでしょう。真っ当な手段で時間をかけたとは思えない。そこでスターク社の周辺で何かあったかなと思い起こしましたが大きなものがありました。6年前です」
6年前。ルビエールにはWOZでの出来事などほとんど知識にないがしかしほとんど唯一知っている事件があった。あれこそ6年前だったか。
「グラスノーツ事件?」
「貴方なら知っていても当然ですね。そのグラスノーツ事件を契機にしてスターク社も組織体制が大きく変わったのではないでしょうか。軍需企業ですからね。関りが大きかったことは想像に難くない」
グラスノーツ事件。ルビエールにも聞き覚えがある。6年ほど前に起きたWOZ軍を舞台にした大規模な内部闘争である。その闘争の結果、WOZ軍は大きな組織改編を避けられなくなったという。エディンバラの言う通り軍需企業のスターク社がそれに関わっていた可能性は高い。その煽りを喰うことは考えられる。
そこでルビエールの脳内で一気にシナリオが出来上がった。
「つまり、グラスノーツ事件の間隙を縫ってマサト・リューベックはスターク・エヴォルテック社を乗っ取った」
「そう考えれば腑に落ちる。という程度の推測ですがね」
あり得る話だ。マサトの出自がILSの被検体であるのだから彼には出自的なバックボーンはないと考えられる。そんな人間が一大企業を手中にするなどまともな手段では不可能だろう。そんなアクロバットを実現するための条件がWOZにはある。WOZは有意義な人材を取り込むことには躊躇がない。そしてマサトはILSという手札を持っている。これを売りにWOZに入り込み、グラスノーツ事件を契機に一気に場を覆した。俄かに信じ難い所業だがマサトならやりかねないのではないか。マサトを知る2人にとっては決して飛躍した想像ではなかった。
「あくまで想像、ですがね」
エディンバラは念を押す。いくら何でもドラマじみている。しかしルビエールはこれを疑う必要性を感じなかった。
「いえ。ほぼ正解だと思います。ALIOSを持っている彼は恐らく軍部側にとっても有用だったはずです。軍部の協力を得られていたとするなら、そこまで難しくもない」
グラスノーツ事件の本質はWOZ軍部の自己矛盾の解決にあったとルビエールは考えている。当時のWOZ軍は本来軍部にあるべき利権が外部に拡散していた状態にあったという。これに強引なリセットが行われた。スターク・エヴォルテックもそのリセットの対象だったとするなら現在のWOZ軍部とマサトの利害は一致していたと考えられる。その後ろ盾があるならば実現は可能ではないか。
「それをやったからか、それともそれをやるためか。そこで彼はシミズの名を得た」
ルビエールの結びにエディンバラも頷いた。シミズという名は新興貴族としてギガンティアに与えられたものだろう。
「当時は我事でも何でもないので気にもしていませんでしたが、今にして思えばその時点で既にはじまっていたわけですね」
当時のことを思い出してエディンバラは目を細める。ただのニュースでしかなく、自分には全く関わりのない話だと思っていた。それが突如として線として繋がった。
6年前。ルビエールもそのニュースを見てはいたが軍人になる前どころか、軍人になることが決まる前だった。
同じように記憶を手探っていたエディンバラは記憶を遡上させる。
「そこからイスルギへの浸透。ALIOSの開発。クサカへの売り込み、と。時期的にも一致します」
「厳密には何時頃の話なんです?」
「私の領分ではないので正確ではありませんがクサカで話が出始めたのは4年ほど前のはずです。その前の時期からイスルギに手が伸びていたということになるでしょうな。当時も訝しんでいるスタッフはいましたよ。なぜこんなものがいきなり出てくるのか、とね」
そうだ。訝しんでいたのは誰あろう。エリカ・アンドリュースだったな。エディンバラは思い出した。そしてその好奇心で危うい領域にまで踏み込み、巻き込まれることになったか。さもなくば自分からさらに踏み込んだ。大体そんなところだろう。Pシリーズの開発スタートもその前後の話だったはず。
「その時期から彼は対ロウカスを見据えた準備を進めていたということになりますか」
一息をつくとエディンバラは抱えていた疑問を投げた。答えが出ることを期待してというより共有するためのものだった。
「私はいまだに半信半疑なんですが。その、ロウカスの襲来というのは本当に起こるんですかね」
ルビエールは目を丸くした。当然の疑問なのにどういうわけか自分の中では完全に失念されていたのである。
どうなのだろう。改めて考えるルビエール自身も確信があるわけではない。しかし
「私がこの件を知ったのはジェンス社のソウイチ・サイトウからです」
「サイトウ?」
思わぬ人物の登場にエディンバラは面食らう。しかしそれはさらに続いた。
「それとWOZもこの件を知っています。ISEの動きも当然WOZの意向が関連していると見て間違いないでしょう」
WOZはこの件を知っており、WOZの軍需企業であるISE社は具体的に行動に移している。状況判断でしかないがこれだけあればロウカス襲来は現実に起こるものと判断するしかない。それがルビエールの結論だった。
エディンバラの表情が硬直する。彼の中でも同様の結論が出たようだった。ロウカスの襲来は起こるのだ。
「やれやれ。こんなことを知ってどうすればいいんでしょうね、我々は」
「さぁ、どうすればいいんでしょうね?」
ルビエールは無責任に言ったがエディンバラも全く同じ気持ちだったので頭を掻いて心の中で頷くのみだった。