3/2「値するもの」
3/2「値するもの」
AABの第九大隊に属するエンジェリオの隊長であるアキラ・タチバナ特別大尉はベルオーネに帰還するなり戦区司令部にその足を向けた。
亜麻色の長い髪を早足になびかせ、その凛とした姿は否応なしに人目を引く。その存在を認めたものは道を譲り、目を逸らす。紛れもない「少女」の容姿はそれが何者であるかを悟らせる。
戦区司令の座す部屋に入るなり、その部屋の主である高位将校は腰を浮かした。その眼には怯えの色を滲ませていた。その視線に冷然たる侮蔑を返すと戦区司令官は何を言うことも許されないと悟り、もう長くは座っていられないであろう席に腰を戻した。
続いてアキラの視線は貴賓用のソファに座る人間に向けられた。戦区司令と同じ高位の階級を持つ男は一パイロットの態度を気にすることもなく座るよう促した。
「見事にしてやられたな」
AAB第九大隊のマーク・ライゼル大佐は軍人らしからぬ優雅な仕草でテーブルに置かれたティーカップを手に取った。
「連合にも面白いやつがいたものだ」
「作戦は失敗ですか」
「失敗とは尚早だな。それをこれから決めようというんじゃないか」
「あの無様な戦闘のおかげでパイロットが枯渇しています。それとも他に何かあてでもありますか?」
対面に座ったアキラは軍的な礼節を無視して無様と言い放った。それを咎めるような者はいなかった。それも少女が共同軍内において特別な地位にあるからだった。
紅茶の喉を通り過ぎるを楽しむ、余裕をもった仕草でライゼルは堂々と返答を引き延ばしていた。アキラの眉間に不快の皺が寄るのを待っていたようなタイミングで口は開かれた。
「作戦は中止」
失敗ではなく中止。動く前に必要な条件を満たせなかったのだから表現として決して間違ってはいない。ただしそれはAABの理論であって戦区としてみれば疑いようのない戦略上の失敗だった。
戦区司令官は何か言おうとしたものの声にはならず肩を落とした。言うべきことなどなにもなかった。この時点で彼の軍人としてのキャリアは暗礁に乗り上げたのだ。
ライゼルとしては同情的にはなれないものの不運ではあったなと考える。この司令官は決して暗愚ではない。今回の結果で軍人としての最終評価に無能と綴られるのは不条理な話だ。
あのような戦い方は二度三度と通用するものではない。一発芸に等しい奇術であった。しかしその一度目を回避することは不可能に近かった。敵の狙いを看破する段階にまで辿り着くことができたところで回避するための行動を実践できるかどうかはまた別問題だった。後になって振り返れば見え透いた罠でも、その時、その場にある選択肢にそれを回避できるものがあるとは限らない。交通事故を必ずしも回避できないことと同じだ。またそのような状況に相手を追い込むことこそ奇術の真骨頂であった。相手の意表をつく発想をするだけならそこまで難しいことではない、実現することこそ真髄なのだ。それを連合軍の一戦区の戦いで目の当たりにするとはライゼルをして想定外のことだった。
「では、我々は撤収ですか」
アキラは不満げであった。ライゼルもこめかみに指をあてた。
そこは悩みどころだ。この少女はAAB単独でも一当て二当てはできると考えているだろう。それはライゼルも共感できる。ただ戦略的に意味のある行動ではない。被害云々でなく、ただの意趣返しにライゼルは興味ない。そのことを少女に納得させる言葉をライゼルは考える必要があった。
「今回の我々の作戦はある意味で向こう側の思惑ともかみ合う部分がある。つまりこの戦区において相手を行動不能にすることだ。ベルオーネそのものを放置してそのような状況を企図するのはなぜか」
「ほかにやりたいことがあるのでしょう」
アキラの素気ない言葉にライゼルは満足そうに頷いた。
「そうだ。つまり連合軍は目的を果たし、この戦区ではしばらくの間は動かないだろう」
ライゼルの言葉にアキラはウンザリとした表情を浮かべた。次に何を言うかを察したのだ。
「つまり、我々も目的を果たしたということだ」
詭弁だ。誰でもそう思うだろう、しかしこれに反論を試みる人間は多くはない。軍人の役割とは政治・戦略・戦術の順にそれの示す目標を完遂することにある。多くの場合、それは暴力という手段によって実現されるというだけで、戦闘それ自体を目的としているわけではない。
戦うことに利益なく、また戦わずに済むというならそれに越したことはない。というのは軍人の中でも一般的な思考であり、それでも戦うことにこだわるのは一部のメンツに固執した者か、ある種の狂人くらいのものだろう。
「連合の新型には興味はないと?」
アキラは攻め口を切り替えてきた。先の戦いには連合軍の新型HVが出現していた。これは共同軍の虎の子CLZ01でも優位に立てない能力を示してきた。軍用規格であの性能を実現できるのだとしたら脅威だ。情報は必要だろうということだ。
しかしこれはあまり分の良くないロジックだった。ライゼルは頭をふった。
「つついたところで向こうが付き合ってくれるとは思えないな」
確かにAABと一戦交えてこれを封殺した新型機は興味深い。威力偵察のターゲットとして価値のない情報ということはない。だが向こうはAABを封殺したという実績に満足しただろう。二度目をわざわざ狙ってくるとは思えない。
「正直、君たちを出さなかったのは失敗だったが、今回は自重。これにてお開きだ」
エンジェリオであれば結果は違うものになったとライゼルは考えていた。この少女率いるエンジェリオは特殊機関で養成された年端のいかぬ少年少女パイロットで構成されている。新機軸のパイロット強化実験の過程で生み出された彼女らは人体実験じみた肉体改良を施され、動体視力・対G耐性などHVパイロットに必要な能力の底上げを受けて精鋭揃いのAABすら圧倒する能力を持った。
ネピリム計画
その実験体の一人であると同時に研究員の一人でもあるのがアキラ・タチバナであった。その彼女は自分たちの価値を示すための「敵」を求めていた。
「なに、どうやら時代は君たちに出番をくれるようだ。機会はいくらでもあるさ」
不服そうなアキラにライゼルはそう言い聞かせた。それをいいことだとは自身では思っていなかったが。
こうして共同軍AABによるリーズデンに対する作戦行動は未然に防がれた。これはリーズデン戦区にとっては朗報ではあった一方で無傷の第九大隊が浮いたことも意味している。彼らがリーズデンにもたらしていたかもしれないもの。それがどういった形でどこに行き着くのか、誰にも預かり知らぬ歴史の綾だった。
「ラーメンかよ…」
エドガーは目の前に出された食事に露骨な不満を示した。
リーズデンの繁華街でエリックはエドガーと共にローゼンリッターの隊長ゲルハルト・ボーマンの招待に相伴していた。別に豪勢な食事を期待していたわけではない。上手い店というくらいなら酒でもおかしくない。しかし案内されたのは20席程度のこじんまりとしたラーメン店だった。
「なんだぁ、てめぇ。文句があるのか?」
エドガーの態度にボーマンは挑戦的な態度で返す。もみあげまで続く髭の巨漢で、ローテンリッターの隊長という肩書よりTACネームのベアの方がはるかにしっくりくる風体だった。エドガーも軍人らしいがっしりとした居姿にあってエリックだけはヒョロッと頼りない。
エリックは内心で溜息をついた。付き合ったのは間違いだった。エドガーの誘いを断る困難さはさておき、エリックにとっても期待外れの歓待であるし、どうもこの2人の喧嘩に巻き込まれそうである。
「味は保証する。まず喰え、話はそれからだ」
そういうとボーマンは一礼すると丁寧な箸使いでラーメンを豪快にすすった。その音に2人は顔を顰めた。この手の伝統的な作法は知識としてしか知らない2人だった。
不承不承に箸をとった2人も出されたラーメンを口に運んだ。
2人は同時に微妙な顔をした。美味い。確かに美味いのだ。しかし、やはり求めていたものとは違う。何事にも適切なタイミングがある。飢えて乾いていれば粗雑なものでも奇跡的な美味に思える時もあるし、過剰に畏まった食事を提供されても、という時もある。
2人の反応は想定の範囲らしくボーマンは悪びれることもなく啜り続けた。
「リーズデンは独自産業が全く成り立たん場所でな。失業率は連合全体で見てもワーストだ。飲食産業もほとんど軍需をあてにしたチェーンがほとんどだ」
「で、この店は数少ない例外ってわけか」
エドガーは覚束ない箸使いで物珍しそうにナルトをつついている。振り返ってみれば繁華街というには寂れているし、そこを行き来する者は同僚の匂いばかりだ。思っている以上にリーズデンは廃れた世界になっているのだろう。
「俺はここ出身なんだが、物心ついた時からこんな感じだな。軍人になったのも他にまともな職がなかったからだ。この場所で未来を描ける奴はいないから、何かやろうってやつはここから離れてくしかない」
閉塞感がその世界を包んでいた。長期のダラダラとした戦争はリーズデンの国と人々を完全に疲弊させていた。
戦争が終われば、この小国は復活するのだろうか。エリックの脳内にそんな議題が浮かんだ。
「治安は?」
エドガーが単直に聞くとボーマンは難しい顔をした。
「それほど悪くはないんだよ、これが。随分と前にこっちが戦時統帥権を中央政府に引き渡した当時は酷いもんだったらしいんだが、そんときに警察機構は軍警察に半分併合されちまったし、だいたいの社会インフラも中央政府が補償費を出してるんでそれなりになってる。かわりに自由に動かせなくなったが」
「それで堕落したわけだな」
エドガーの言葉にボーマンは舌打ちした。
リーズデンは過去に崩壊しかけた。治安は崩壊し、社会インフラは壊滅的な危機に瀕した。その窮状においてリーズデンには二つの選択肢があった。一つは連合中央政府に戦時統帥権を引き渡し、国家補償によって生きながらえること。もう一つはベルオーネとの交渉によって和平、ないし降伏と、いかなる形であっても戦争を終わらせることだった。実際には2つ目の選択肢は鑑みられることはなかった。誰もが払ってきた犠牲を忘れることはできなかったのだ。
そうしてリーズデンは自由を引き換えにして国体を保ったのである。その時だけは。
実際には中央政府には身を切ってでも戦争を終わらせる意欲はなかった。深入りすれば共同体とも抜き差しならない事態に陥る。戦時は終わることなく、リーズデンという国を知る者は消滅し、ただ中央政府に食わされるだけの国が残った。
ボーマンが生まれる前のことであった。
ベルオーネもほとんど同じタイミングで共同体政府に主権を引き渡した。この時になって両国の民は二つ目の選択肢の存在を振り返ったかもしれない。
かつて、その選択を行った者たちがいまのリーズデンを見たとき、彼らは自分たちの選択に満足するだろうか?
されたらボーマンは自分の祖先であってもぶん殴っただろう。
空になった丼が下げられ、三人の前に酒が運ばれてきた。途端に2人の隊長は気色を変えた。
「来るものが来やがったな」
切り替えはパイロットの得意とする領分である。呆れながらエリックも杯を手にすると3人はそれを打ち鳴らした。
「で、こっからはお仕事だ。どうなんだ、お宅の新型は?」
ボーマンは身を乗り出して嬉々とした表情で聞いてきた。酒を一口運んでエドガーの表情も緩んだ。なんだかんだこの手の話をパイロットは好むものだ。
「いいね。かなりいい」
エドガーは真に入った感想を述べた後に続けた。
「軍用規格で実現可能なレベルでは最高性能だろ。実際にはいくらかデグレードされる部分もあるだろうが、現状だと素体性能に極振りって感じだが拡張も視野にいれてて武装テストも並行して走ってる」
「ほう、そいつは楽しみだが、実際出回るのにどれくらいかかるもんだ」
ボーマンの一番の興味にエドガーは腕組みをして考えた。平時であれば新型機の試験からの量産配備は2~3年はかかるのが一般的だ。しかし戦時にあっては短縮される傾向にある。実際、イージス隊は実戦参加機会に恵まれ順調にプログラムを消化し、さらに先の戦いで箔をつけることまでできた。クサカ社も気のはやるところだろう。
しかしエドガーには気がかりな部分もあった。
「こいつは俺の勝手な予測だが、クサカの本命は別にあるんじゃないかって思ってる」
コストが高すぎる。そう思えるのだ。軍用規格で実現可能と言ってもそれは上限での話で最高級に属することは全く変わらない。現行機であるVFH11を置換するのには無理があるはずだ。
「ハイローミックスか」
ボーマンの言葉にエドガーは頷いた。
廉価版が計画されているはずだ。あるいは既に試験されていてもおかしくはなかった。XVF15はその機体の上位版に当たり、同時に廉価版の存在を隠匿する陽動の役割を兼ねてあれだけの性能と目立つ活躍の場を与えられている。それがエドガーの推理だった。
エドガーの説明に得心するとボーマンは天井を見上げた。
「と、なると俺たちに回ってくるとしたらそいつか」
「いやいや、お前らならハイの方がもらえるだろ」
ローテンリッターは戦区の精鋭小隊ではないか。そう言われてもボーマンは浮かない顔を崩さなかった。
「俺たちのボスが今のままならな」
ボス、つまりジョン・アリー・カーター大佐を言っていた。
ローテンリッターはカーターのお気に入りで構成され、半ば私物化されている。つまりカーターの型破りな人材・物資の調達手法によって成り立っているところ大なのだ。
仮にカーターが栄転することとなればナカノ参謀をはじめ、いくらかのスタッフは彼についていくだろうが、カーターの預かる部隊丸ごとということにはならない。残された大部分は新たな指揮官の思想の下で運用される。それはこれまでと同じであることを全く保障しない。役割も、優先度も、それどころか解体されることもあり得ない話ではなかった。そして近いうちにそうなる可能性は大だった。
「まぁ、あの人には偉くなってもらわんと困るがね」
カーターのような規格の外側から規格を揺さぶる男は状況の活性化に欠くことができない。上官は優秀な部下を欲するが、また部下も優秀な上官を欲する。しかし、得難い上官ほど、より上に行ってもらわなければならないというジレンマがあるのだ。
「実際、そのボスは頼りになるのかね」
エドガーの投げかけにボーマンは口角を釣り上げた。
「曲者だね。性格的にも働きぶりもな。やるべきことは全てやってくるので文句はねーよ。いろいろと苦労はさせられるが、どっちかというと現場にいて欲しい人ではある。ただ、どうも世の中全体がきな臭い方に動いてる、そういう時ほど、ああいう人が偉くなるチャンスが出てくるし、そうなるべきだと思ってる」
平時の人材という言葉があるように、戦時にこそ輝く人材はいる。ジョン・アリー・カーターは戦時でこそ輝くタイプだ。ボーマンは目を細めた。
「あの人が来たときはそのやり方は散々白眼視されたもんだ。重用されてる参謀のナカノは奇人変人の部類だったしな。大佐はあれで異常なほどの慎重派でね。とにかく物資を貯えたがる。あのミサイルもそうだし、ローテンリッターの資材もだいぶ恨みを買いながらかき集めてる。誰も彼もそれに巻き込まれたくないから距離を置いていた。かくいう俺もその一人」
「それで今になってありがたみがわかったわけだ」
「そういうことだな。おかげで先の作戦成功もあってうちの戦区は当面安泰だ。それを手土産に大佐は昇進と。何が良くて悪いかなんてのは過ぎてみないとわからないもんだ」
「そいつは確定なのか?」
確かにカーターの功績は大だが、そこまでうまくいくものか。だがボーマンにはその確信があった。
「恨みを買ってるって言ったろ?一番のお得意様は戦区司令様だよ」
あぁ、なるほど。エドガーも納得した。規格外の部下を追い払うために昇進させるわけだ。置き土産が戦区の安泰なのだから喜んで推薦するだろう。カーター自身にとっても望むところというわけだ。
「功績と言えばお前らのところも大だ。こいつは厄介だぞ」
ボーマンは冷やかし混じりに言った。厄介という表現はXVF15の活躍は大いに喧伝されるであろうことと、この先、より多くを期待されることになると示唆している。
エドガーが不敵に応じる。一方でエリックは自身の知る情報からイージス隊、そして自分たちに求められているものが何であるのかを考え、不安を覚えるのだった。
戦勝の4日後、ルビエールはいまだ戦勝の後処理に追われる戦区司令部に呼び出されていた。例によってその居姿は注目集める。いつものこととその全てをスルーしてしまったのでルビエールはその視線に今までとは違う好意が含んでいたことには気づかなかった。
艦隊司令の座す部屋に通されたルビエールは浅黒い大柄な男に出迎えられた。歴戦の猛者といった風の軍人だった。後方で指揮を執るというよりは前線で戦っているようなタイプに見える。エドガーのそれに近いだろうか。それがジョン・アリー・カーター大佐に対するルビエールの第一印象だった。
カーターはバツの悪そうな顔で敬礼を返すと恭しく座るように促した。
「君の隊には過酷な役割をさせてしまったな」
「いえ、そんなことは」
司令官をあちら側の人間と見なしていたルビエールはこの意外な切り出しに対応できなかった。
「全く、最初はよかったんだがな。あそこまで迅速に反応されるとは想定していなかった。完全に私の判断ミスだ」
「しかし、作戦はお見事でした」
恐縮するカーターをルビエールは心ならずもフォローした。おべっかに近い言葉に反応は鈍かった。カーターがルビエールに期待しているものはもっと別のものだったようだ。
「あんなものは奇術の類だよ。よほどのバカ相手でもない限り、次はない」
カーターは不服そうに言った。ルビエールはこの時はじめてジョン・アリー・カーターという男に個人的な興味を持った。策士というものは往々にして自身の作戦に酔うものであり、戦術と奇術を混同する。この男は少なくともその分別を弁えている。その上で奇術を行使できるというのは稀な存在に思える。
カーターの言う通り、あれは奇術の類のもので、タネさえバレれば対処は容易だ。AABはその対処を遅ればせながらやってのけたというわけだ。とはいえ全体としてみれば今回の作戦は成功したと考えるべきだろう。
「画竜点睛を欠いたのは残念だったが、とにかく君たちの働きで被害は最小に抑えられた、お互いに今回はポイント大だ」
ニカリと精悍な笑みを浮かべてカーターは手を差し出した。戸惑いながらルビエールはその手を握り返すと強い力で上下に振られる。ルビエールにとっては容易に信じがたいことにカーターという男は純粋にルビエールに感謝し称賛しているだけなのだった。
「お、お役に立てて幸いです」
慣れていなかった。称賛されることはある、さすがはノーブルブラッドと。しかし面と向かって感謝されるという状況にむず痒さをルビエールは覚えた。
「あれは俺たちの真似だな?」
カーターはいたずら小僧のような笑みで聞いてきた。
防空ミサイルを使った奇襲攻撃のことを言っている。ないはずのものがあるという状況を利したアドリブではあったが、確かにピレネーとカーターの戦術を見ることなくあの発想にたどり着くことはできなかっただろう。
「参考にさせていただきました」
「ふっふっふ。あれを瞬間に呑み込んで取り込める柔軟性を持つものは多くはない。まして実行に移す度胸となればもっと希少だ」
何が嬉しいのかカーターの激賞はルビエールにとっては行き過ぎたものだった。
「あれだけのミサイルはどうやって調達を?」
どう受け取っていいかわからずルビエールは露骨に話を逸らした。不躾すぎるか?と思ったがカーターの方はよくぞ聞いてくれたとばかりに精悍な笑みに邪気を含ませた。
「この作戦の以前からCSAに使うミサイルを少しずつ削っていたんだがな、それはまぁちょっとした保険としてだ。ほとんどはピレネーの連中が持ってきたやつだ。連中をこっちに引き受けるときにピレネーの運営部に何か必要なものはあるかと聞かれたのでCSAミサイルが足りないと嘘をついた。それで一時的に備蓄が増大したのが決行の決め手になったわけだ」
カーターは平然と嘘をついたことを白状したのでルビエールは唖然とした。この表情はカーターの期待通りだったらしく満足そうな顔をしてさらに続ける。
「そもそもこの作戦もピレネーをヒントにしてるんだぞ。艦隊に何を積むか。ボルトンは爆薬を積んだが、我々はミサイルを積んだというわけだ。もちろん一番の肝はどうやって相手を引き込むかなわけだ。その点もピレネーの戦術は白眉だったな」
ガハハと笑うカーターを呆れた表情で見てルビエールは自分の呼ばれた理由を察した。この男はこの手の話を好んでいるだけなのだ。
カーターの作戦立案から実行までの講釈はしばらく続いた。半ば自慢話ではあったが、ルビエールにとって実のない話ではなかった。場合によってはロジスティクスを騙してまで必要な部材を確保する豪胆なやり方は参考にすべきか判断に困るところだったが、「そういう男」もいるということを知れただけでも学びとなった。
「さて…俺のご高説も十分と言ったところで、ここからは個人的な話だ」
講釈を切り結んだところでカーターの雰囲気が変わった。ここで当初の想定に戻るのか、とルビエールは弛緩していた頭を切り替えた。
「今回の作戦。君たちの参加は想定されていなかった。これに参加させよと横やりがあったのは承知の通りだろう?」
この部屋に入って困惑させられたのは何度目か。あまりの切り出しにルビエールは言葉を見失った。カーターは苦笑いを浮かべた。
「不愉快な話だったんでな、最初は無視しようかと思っていた。連中はクサカの足を引っ張りたいんだろうが、そんなくだらんことで俺の作戦の邪魔をするなってんだ」
話を続けながらカーターはルビエールの表情を確認し続けていた。値踏みをされている、とルビエールは思った。それはいつものことだった、しかし今回は何か違う。それは何なのか。それを確認するにはこの話に付き合う必要がありそうだった。
「だが、思い直した。戦術上、君らに敵を引き付けてもらうのは有効な手立てだし、新型機の性能を見たいという思いもあった。なので多少の見返りをつけてもらって受け入れることにした」
カーターは悪びれることもなく言ってのけた。
なぜそれを言う必要があるんだ?ルビエールの困惑した顔にカーターは応えた。
「個人的な話だと言ったろう?ルビエール・エノー、俺は偉くなりたいんだ。偉くなってより多くの部隊を率いて大きなことをしたい。そのためにお前さんを利用したが、これは間違いではなかったが間違いだった。俺は俺の目的のために賭けるべき対象を誤っていることに気付いた」
そこで一拍を置いてからカーターはルビエールを見据えて言った。
「つまり何を言いたいかっていうと、お前さんを味方につけたいと考えてるってことだ」
ルビエールの意識は真っ白になった。何を言っているのか理解するのに時間がかかった。カーターはそれを待った。
「それでは、そのくだらない連中を敵に回すことになりませんか」
ルビエールが辛うじて言うとカーターは声を上げて笑った。
「問題にならんな。そもそも連中のお願いは君らを参加させることであって失態を演じさせろと言われたわけじゃない。だいたい俺は現場の人間だぞ?そんなお願いをするような連中をよく思ってるわけがないだろう」
願い下げだとばかりにカーターは吐き捨てた。
こんな人間がいるのか、とルビエールは衝撃を受けていた。自分に対する価値の見出し方がまるで異なる。
カーターは気分を害したと言わんばかりに大げさに溜息をつくと再度、真剣な眼差しでルビエールを見据えた。
「いいかルビエール・エノー。君は自分のやったことにもっと誇りを持つべきだ。今回の戦いは結果として俺たちの勝利に終わったが、策自体は不完全な形で実行せざるを得なかった。タラレバを言ってもしょうがないが、AABの存在を確認した時点で俺は決断を迫られた。相手の出方を待つか、先んじるかだ」
自身の決断を振り返ってカーターは苦い顔をした。
「性に合わなかったんで先んじるを選んだわけだが、この時点で作戦に穴が生じた。もちろん、俺も参謀のナカノもその穴をどうにかしようと色々と講じてはみたが、なにせ時間がなかった。奴らが穴をついたとき、俺は艦隊の一部を犠牲にすることを選んだ。俺自身の選択による当然の帰結としてな。そこにだ。そこに、お前さんが来た。その時の俺の気持ちがわかるか?」
わからない。いや、ちゃんと考えれば想像はできるだろう、ただいまのルビエールには無理だった。
厄介なことにカーターはルビエールに対して偏見をもっていない。ゆえにその能力に不釣り合いな未成熟など想像も及ばないのだろう。
「まぁまぁそこまでに。フロイラインはお困りのようです」
助け舟を出したのは参謀のケン・ナカノだった。彼は執務室を仕切るパーテーションの向こう側で様子を見守っていたようだった。しかしその姿をみたルビエールは思わず怯んだ。複雑怪奇にウェーブさせた金髪にジャラジャラと過大なアクセサリを身と服に飾ったエキセントリックとしか表現できない居姿。それがケン・ナカノであった。
自身の熱弁が相手を戸惑わせていたことに気付いたカーターは咳ばらいをして自身の参謀を手招きした。
「話にも出てたな。参謀のナカノだ。見ての通り、変態だ」
「のぉぉぉぉ、その紹介はやめてくださいって言ったでしょぉぉぉ!」
ナカノの猛然とした抗議の様子にルビエールは口元をひきつらせるばかりだった。同時に件の奇術を生み出した奇才であることを否応為しに納得させた。
ひとしきり抗議をすると不意にナカノは表情を引き締めた。ルビエールに正対するとその姿には似つかわしくないお手本のようなお辞儀を見せた。
「私の方からも礼を言わせてください。我々の策で失うはずだった仲間を救ってくれました。ありがとうございます」
率直な言葉だった。それが一番ルビエールの胸を打った。白い肌は紅潮して、目には涙が滲みそうにそうなった。
その様子を見てカーターの方もようやくルビエールという人間の持つ未熟さを知ることになった。
「いろいろ言葉を飾ってしまったようだな。俺にも改めて礼をさせてくれ。ありがとう」
くっとルビエールは顔を背けた。そうして自身の未熟さと戦う若者の姿にカーターは覚えがあった。
「部下を失ったのは初めてか?」
その時、ルビエールがカーターに見せた表情は怯えに近い。
カーターは昔を思い出していた。自分の率いていた部下が命を落とす。それは前線指揮官であれば誰もが味わう苦悩だった。その時、指揮官は自問自答するのだ。
命を賭すに値するものとは何かを?
それだけのものを自分は部下の命と引き換えに得ることはできたのか。多くの場合はより多くの人命、もしくは理念によってその答えは示される。しかし不思議なことに若い指揮官とはその答えに安堵感を覚えない。そのことによって自身の選択を肯定されてしまうことを割り切れないのだ。納得しなければならない、わかっている。でも納得できない。まして、それを第三者に肯定されたくもない。
そうでなくてはならない、とカーターは考えている。
今のルビエールにとって見ず知らずの誰かの命が助かったということは慰めにならないだろう。ルビエールの中では誰かの生よりもローランド・ウィテカーの死の方がはるかに勝っている。ルビエールはむしろ自分の為したことによって彼の死が相殺されることを無自覚に恐れていた。
「俺も散々に部下を死なせてきてる」
カーターにとっても身に覚えのない話ではない。
命は等価ではない。そのことを若い指揮官は学ばなければならない。
命は等しくなければならない、世間にあってはそうであろうが、個において、それは絶対ではない。誰もが家族や恋人の命をどこの誰とも知れぬ誰かと等しくできるだろうか。
まして見ず知らずの市民、あるいは国などという、個には何ら報いることのない者たちのために命を投げ打たせる軍となれば命は等価という前提は成立しようがなかった。
指揮官とは、その命の価値を都合によって変動させねばならない業の深い存在である。その業をどのように処理していくかは人によって違う。正解のない問題に自分で答えを出し、自分で採点するようなものだ。こればかりは各々それぞれの方法で向き合い、背負っていくしかない。
とはいえ、妙な背負い方をしてほしくはないな。と思うとカーターは不敵な顔を取り繕った。
「君は自分がやったことを理解しているはずだ、その意味と、結果もな。安心したまえ大尉。功績は損失を補填しない。どれだけデカい功績を挙げようと、失ったものは帰ってこない。君は、君の判断によって部下を死なせた。それは絶対に消えない。一生背負って行きたまえ」
ルビエールは心臓を刺されたかのような顔をした。一瞬のことだった。カーターの言葉は若い指揮官にとどめを刺したようだった。次に見せた表情は安堵と諦観の混じり合うほろ苦い笑みだった。
カーターはニヤリと笑うと続けた。
「我々の背負っている者は何者にも許されるものではない。それでもどこかに、何かに救いを求めるのは至って正常な思考だ。とはいえ、それにいつまでも捉われていると、さらに部下を死なせるぞ」
ルビエールは言葉を用いずに頷いた。口を開いたら何が出てくるかわからない。カーターは解っているとでもいうように頷き返した。
「あー…、まるで君に説教をするために呼んだみたいな感じになってしまったな。とにかく、君には大きな借りができた。何かあればこのジョン・アリー・カーターを頼ってくれたまえ。将来的に俺と一緒に働くというのも候補に入れてくれていいんだぞ?それまでは壮健なれ」
カーターの敬礼にルビエールは最敬礼で返すと部屋を後にする。
ナカノはその姿を見送ると軽くため息をついた。
「あれで耐えれるものですかね?」
ナカノにはどちらかというと線の細さが印象に残ったようだった。とはいえ先の作戦でのルビエールの戦術をもっとも評価しているのも彼だった。
「うむ。そういう例も多くある。だが周りがそれを許さんだろうよ」
「ノーブルブラッド…ですか」
その単語にカーターは憮然とした。
「皮肉な話だな。彼女がいまその地位にあるのは血の為せるところだが、その肩書はかえって彼女を規格の内側に縛り付ける鎖になるだろう」
ノーブルブラッド。それは規格であり、また枠でもある。墜ちるを許さず、また飛び出すことも許さない牢獄のようなものだ。
「規格の内に甘んじるか、規格を飛び出すのか。あるいは…、お楽しみという奴だな」
そう切り結ぶとカーターはこの戦争における次の展開に思いを馳せた。
今回の作戦は共同軍の動きを一時的に鈍らせることを目的としている。それは何のためかと言えばもちろんピレネーの一件への報復。その準備のためだろう。そして目的は果たされた。
大きな戦いが始まる。これは間違いない。ではどのような戦いになるのか。
カーターに限らず、多くの人間がそれを想像したであろう。しかしその予想を的中させたものは誰一人としていない。それを招いた者も含めて。
309年6月。終焉は今だ起点に過ぎない。




